生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
色々ありすぎたその翌日。
僕は、己の机に突っ伏していた。机に突っ伏したまま、顔を埋めていた時間がどれほど続いたのかは分からない。窓の外からは朝の光が薄く差し込み、教室の空気は少しだけ湿っていた。頭の中には、昨夜の断片がぐるぐると回っている。
……昨日は、本当に厄日だった。
後輩に敗北しずっと拘束されるし、謂れのないことで初対面の美少女に敵意を向けられるし。
それに──
『私にとって、日和先輩は無駄や『ソレ』ではないよ。彼こそが……私の『幸福』そのものなんだ♪』
頬に感じたあの唇の感触。笑顔に溢れた宣言。全部が全部、僕にとっては刺激的すぎて。
「うぐぅ〜〜〜〜〜〜」
頬が熱い。なんか上手く言えないが、布団の上でのた打ち回りたい気分だった。
結局あの宣言の後は、なし崩しっぽく終わって星の人も終始呆然としていた。後輩の有無を言わせない圧倒的威圧感に呑まれていたというか……僕も固まってたから、あんま詳しいやり取りを覚えていない。
一つ言えるのは、僕と星の人が何も言えない中、三月だけが踊り出しそうなくらい愉しんでいたってことだけだ。そりゃもう祭りにでも来てんのかって程に。昨夜の意味のわからない口論に『勝者』を決めるとするならば、間違いなく後輩だろう。
元々は星の人をどうにかするつもりで僕を巻き込んだのだと考えてたけれど、なぜ僕までこれ程痛まにゃならんのだ。というか僕は一体何に負けてんだ……悔しくないのが逆に悔しい。
そのステージに上がれてないみたいな、僕だけアイツに翻弄されてるようで。気持ちに整理をつけることのできない、経験不足丸出しのクソガキすぎて悔しかった。
星の人があのまま終わるとも思えんし、これから更に頭が痛くなることが増えていきそうだ。
「ああ……クソッ。いつもいつも……あの娘はほんとにっ、ワケわからんッ」
「おはよう、日和。今日は随分と可愛く悩んでいるね」
「……おはよ、せーくん」
視線を上に上げると、朝っぱらから爽やかな笑みを見せる王子様がいた。まだまだ朝早い時間なのに、もう来たんだ。仮面もズレ落ちてないみたいだね、後輩にヤラれた脳も回復してるっぽいし何よりだ。
「何か悩み事か? 俺に出来ることならなんでもするよ? 他ならぬキミの頼みならね」
「どーも。けど、悩むのなんて慣れっこだし、そんな気にしなくていーよ」
「ふっ、そういうワケにもいかないな、姫」
僕の返答に満足いかなかったのか、せーくんは真剣な表情で膝を付き、僕の右手を両の手で掬い上げた。
誰が姫だ誰がッ。何処ぞの騎士じゃあるまいし、一々動作がオーバーな奴だな。けど合わせてあげないと二人きりの時はしつこいからなぁ。……今はうざ絡みをあしらえる程心に余裕がない、少しだけ合わせてあげるか。いつもと違うことをするのは、経験を積めるかつ気分転換になるかもだし、最近怒ってばかりだもんね。
「俺は、幼馴染として、縁ある親友として。キミの幸福を願っているんだ。だから、今みたいな浮かない顔のキミを放置することなどできるはずないだろう? Мy Princess」
「で、でも……これはワタシの問題だから。せーちゃんを巻き込むなんて出来ないしシたくないよッ。せーちゃんの傷付くところを見たくないッ」
「え」
大袈裟なその演技に乗ってくると思わなかったのだろう、せーくんは口をぽかんと開けた。
そりゃそうだ。僕基本せーくんの扱いぞんざいだもの。今も気を抜いたら青筋が立つくらいには、気持ち悪いと思っているもの。
……Мy Princessってなんだ最早騎士でも王子でもねーよテメーはッ。
だが、今はツッコミを入れることなく見逃そう。僕だって、視野を広げる行為を忘れたワケじゃないんだからね! 停滞したまんまじゃ終われない! しかし自身の演技ながら合ってなさすぎて吐き気がすごいな……。
「き、傷付くことなどないよ。キミのために生きられる、これより強い幸福は存在しないんだ。ボクっ……んん俺は、そう思っている。寧ろ、キミに頼られない方が何倍も傷付くよ」
「……ほんとに?」
「ああ! 勿論だとも! 世界共通認識さ!!」
「ふふっ、大袈裟だね。……せーちゃんと話してたら、すっごーく気分が楽になる。ありがとう」
「ふぇッ」
顔を紅くしたせーくんが、素っ頓狂な声を上げた。
いや、こんな素人演技に心乱されんなや、プロだろお前。いや、照れているフリという可能性もあるのか? 傍目から見て今の僕超気持ち悪いだろうし、敢えてノリにノリを重ねた的なやつかも。であればこっちもノってやるか。
「へ、変に思わせぶりなことは言わないでくれッ。いくらボクといえども、キミが相手だと勘違いしてしまいそうになるッ」
「……シてもいいよ」
「……へ?」
「勘違い……せーちゃんならシてもいいよ」
「なっ……なッ」
昔、後輩にヤラれて揶揄われまくったコンボだ。低クオリティといっても、ノリでやる分には気持ち悪くても問題ないだろう。
今思えば、これ超あざといし悪ノリ丸出しだな……やっぱり後輩の演技力と合わさって漸く人に違和感なく見せられる程度になるのだろうね。
ここまで来たら締めの台詞を言うのは恥ずかしいが……ここで折れたらいつもと何ら変わらない。経験を積むためだ、やってやる。
僕の右手を握り込んでいるせーくんの両の手の上に空いている左手を添え、僕は笑顔で告げる。
「だってせーちゃんはワタシにとって……た、大切な人……だからッ」
「───コブっっ」
「うおおおッッ!?」
羞恥に心を突き刺されながらも何とかセリフを言い切ったその瞬間。ボンという音と同時にせーくんが崩れ落ちた。
え、え、演技か……? い、いやこの顔はガチで失神してやがる。けど、なんで?
解らないことを減らすためにこんなノリに乗ってやったのに、逆に解らないことが増えてしまった。出来れば一生知りたくもないのだけれどもッ。わ、ワケがわからんな。
と、取り敢えずコイツ無理矢理にでも起こすか。放置は流石に無責任だもの。
混沌の中、それだけはすることにした。
◆◆◆◆
「うっ……」
「あ、目、覚めた?」
「此処は……天国かい?」
「なんでそう思うの?」
「目の前に……可愛らしい天使がいる」
「ほんとに天国に送ってやろうか」
目が覚めた第一声が遺言でいいのか? いいんだろうなぁせーくんだもの。
せーくんが気を失ってから約三分。揺さぶり続けて強引に目を覚まさせたのは良いものの、覚めたら覚めたで永眠を授けたくなるのだから人の心というのは難しい。
「全く……自分で振っておきながら弱いところを見せたね。思った以上の破壊力で脳がオーバーフローしちゃったんだ」
「いいよ別に。僕も自分の気持ち悪さくらいやってて解ってたし。寧ろごめんな、キショいこと言っちゃって」
「……はあ、昔から解っていたことではあるが、キミは自分のことを客観的に評価できない困ったちゃんだね?」
呆れ顔でせーくんが言う。
いや、違うが? 客観的に見たからこその『気持ち悪い』評価だが?
だって冷静に考えて僕にあんなこと言われても需要なんて0、マイナスまであるだろう。
SAN値ばっか減って、良いことなんてなんにもない。
「日和、なんでいきなりボクの演技にノってくれたんだ? いつもは罵倒だけで済ますじゃないか。もしかして、浮かない表情になっていることと何か関係があるんじゃないか」
「……鋭いね、王子様」
「何年一緒に居ると思ってるんだ。このくらい解らなきゃ日和の幼馴染を名乗れないよ」
せーくんが、真剣な眼差しで僕のことを射抜いてくる。
コイツ……結構僕のこと見てるんだな。フザケて調子に乗る印象が先行がちだったから、こういう頼りになるせーくんを見たのは本当に久しぶりだ。
「自分探し……的なやつだよ」
「自分探し? それはまたどうして」
「んー……解らないことを否定ばっかりして遠ざけるんじゃなくて、負けないために知りたいと思ったから」
「………」
「ふん……幼稚だと嘲る?」
「いいや、カッコいいと思うよ」
「───」
予想しなかった言葉を言われて、数秒脳が停止した。『カッコいい』……初めて言われたかもしれん。
い、今の何処にカッコいい要素があったんだ。か、揶揄われてんのか?
「い、いいよそういうの……直ぐバレるんだからッ」
「嘘じゃないよ。キミは、昔からずっとボクの大切な人で……最高にカッコよかった」
「ぅ……ぐっ」
「まあ、それ以上にカワイイが過ぎるんだけれどもね」
「おい」
最後ので台無しだよ。ほんと、顔伏せかけたじゃん。どこまでも空気読めない奴だなっ。
「けれど、日和が真剣に悩んで成長しようと頑張っていることはよくわかったよ。……ふふ、余程大切なことなんだね」
「べ、別に……そういうんじゃない。只、ダサいまま負けるのがイヤなだけ」
「そっかそっか……ふふ」
「な、なんだよ……言いたいことがあるのなら言えよッ」
「いやぁ……特にないけどぉ?」
「ム、ムカつく!」
ニマニマとし始めたせーくんに、僕は肘打ちをくらわせようとする。しかし、普通に受け止められたため攻撃することが叶わなかった。大人しくヤられとけよっ。
「日和は解らないことを理解できるようになりたい。そのために、今までは即否定していたことも行い、経験を積みたい。こういう認識で間違いないかい?」
「間違ってない……けど、それが何さ」
「ふふ、成長するのに必要な『経験』。このボクが提供しよう」
クールな笑みと紳士な振る舞いで、せーくんはそう宣言した。鬱陶しいくらい様になってやがるが、そこが逆に怪しさを煽っている。
「経験だぁ? お前が僕に? 一体何を考えてるのさ」
「邪なことは何一つ考えていないよ。ボクは、大切な日和が望むものを与えたい。それだけなんだ」
「ッ! へ、へぇ」
「………」
「………っ」
お互いに言葉を発することなく見つめ合う。言いたいことはあるのだけど、真っすぐに言われるとどうにも照れ臭くて胸が詰まってしまう。やはりコレが僕の弱点だよなぁ。ストレートな気持ちに非常に弱い。
……ほんとに邪な気持ちはないようだし、今回くらいは信用してあげてもいいかな。せーくんは、なんだかんだ頼りになる人だものッ。
「……ま、まあ、お前が態々与えるってんなら受けてあげてもいいけど? 断るのも可哀想だからねッ」
「……カワイイ」
「おいなんか言ったか」
「言ってないよ。しかしそうか、引き受けてくれるか。なんだろうな今日は最高の一日だね!」
拳を天高々と突き上げ、せーくんは全身で歓喜の気持ちを表現し始めた。や、だから一々リアクションがオーバーなんだよテメーは。
「あんまり燥がないでよ、鬱陶しい」
「ああ、ごめん。日和の力に成れることが嬉しくてついね」
「っ……で、け、経験って何さ。僕がやったことないヤツなんだよね?」
「うん。いつもキミが断固拒否していたヤツさ!」
満面の笑みを、せーくんは僕に向けた。顔はほんと良いんだよなぁ……顔は。
三月や星の人にだって退けを取らないレベルには美形だもの。中身は三人三様、全員問題アリだが。
どいつもこいつも問題児ばかり……けれど今回のせーくんは僕のために人肌脱いでくれるっぽいし、ちゃんと期待には応えてあげるか。
大切な幼馴染として!
その日の放課後、僕は女子の制服を着ることになった。
やっぱ瀬下のバカはいつか八つ裂きにしよう。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!