生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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閑話② 気になる人間

 

 最近、気になる人間が出来た。

 

 その人は私より背が小さくて、世間一般的にいう白くて可愛い感じの人間だった。

 

 私個人の感性で言えば、正直他人の面貌の判断基準や特徴は一々覚えるつもりはなかったのだけれど……どうにもあの少年の顔は頭から離れない。

 

 初めての経験だ。何時もは、どれほど容姿の優れた人間に絡まれようとも印象に残ることなど一度たりともなかったというのに。

 

 その少年が、何か特別な経験を積んでいるとか、目を見張る才能を有しているワケではない。それどころか、鈍臭くてバカで、やること成すこと全てが上手くいかない典型的な凡人の筆頭格のような人間だ。

 

 『こ、この前は出来たんだよっ』と必死に言い訳を並べ立てるし、得意気に語る知っていることを深く追求すれば、直ぐ様ボロをだす浅い知識。その癖、失敗ばかりの己を鑑みることなく、気に入らない事象に苛まれれば、周囲の人間に『僕を舐めやがってっ、どいつもこいつも滅べッ!!』と涙目で叫ぶ他責的思考。

 

 己の欲望に忠実と語るべきか、良い意味でも悪い意味でも裏表のない少年だった。

 

 私の周囲は、『私』の有する才幹の影響で、『私』のことを全肯定する都合の良い人形に遂げつつある。どうでもいいと深く追求しなかったことだけど、その認識は確信に変わっている。

 

 誰も彼も気持ちの良いキャラを求めているのだ。完璧で欠点のない世界を皆は探している。そこに、特異とも表現された『私』の能力が当て嵌まってしまったようだ。

 

 その事実を知覚したからこそ、『私』に影響されない少年が目に付いたのかもしれない。

 

 出会いこそ非平凡なものではあったが、次以降に見せた『私』の顔に一切気が付かなかったのだから。そんな人間が存在するなんて思いもしなかった。

 どうやら少年は、世界に不満や敵意が溢れかえっているのに、『私』という救いを微塵も求めていないらしいのだ。

 

 この理由、根源が私には解らなかった。

 

 人間は、誰しも何かに救いを求めている生き物だと割り切っていたのだが……認識を改める必要がありそう。

 

 生活習慣、人生設計の破綻、理不尽の横行、将来の夢、現在の崩落、不満渦巻く社会の実情、人間関係、そして生命の負の極致と連鎖。

 

 総て生きている以上、大なり小なり人間は抱いているもので、例外はない。故に、そこに無意識だろうと救いを求めてしまうのが人間の常と考えていた。

 

 ……が、

 

『キミが満足するまで色んなことを一緒にしよう! 大丈夫だよ! 解らないことがあるのなら僕が側で一緒に考えてあげるから! どーんと頼って! なんたって僕はキミより長く生きていて、『楽しい』ことを沢山知っている、『楽しい』の先輩なんだもの!!』

 

 あの目には、『負の感情』が一欠片もなかった。あるのは、目が開けられなくなるくらい光輝く眩しさだけ。

 私のことを純粋に想って言ってくれた善意100%の言葉。

 

 酷くチグハグだと思った。

 

 少年に『負の感情』がないワケじゃないのは解っている。彼は基本的に怒りっぽい。怒っている姿は怖くないが、それでも怒りがあるのは確認済みだ。

 

 であれば、その原因となる事柄へ『救い』を求めるものではないか。何故彼は、それをせずにあんなにも綺麗で在れるのだろうか。

 

 私は理解できなかった。

 

 彼といると、解らないことが不便であると認識することが多くなる。過去の経験や記憶は沢山あるが、それらは全て淡白な代物で人間の感情を理解するには余りにも不適切なモノだったからだ。

 

 人形を操る分では何一つ不自由しない優秀な記憶能力は、人の感情を知ることにおいてはまるで役に立たなかった。

 

 いや、それも違う。そもそも私は誰も信用していないし、何も知りたいと思えることがなかったのだ。

 

 こんな気持ち悪い欠陥品を完璧だと宣う周囲の人間に興味を持てという方が無理な話ではあるけれど。

 

 しかし、今はその弊害が出ている。初めて知る、私の周囲に居なかった種類の人間。

 

 聞き分けの悪い子どものように負けず嫌いで、周囲への愚痴は尽きないのに、話す顔はとても眩しい。頭を空にして『楽しい』を全力で取り組み、何でもない当然のことに幸福を感じ取り、困っている人が居たら手を差し伸べることができる人。

 

 ……傍にいても、気持ち悪くならない唯一の人間。

 

 その人を理解することが、全くできない。この無知で愚かな現状が、酷く不快と感じた。

 

 こういった他人を起点とするカタチで自分を不快に思うことなど人生において只の一度もなかったな。何より、私は彼を『解りたい』と願っている時点で、相当入れ込んでしまっている。一体何故か、この感情の起源を、正体を知りたい。

 

 知らなくても生きていけるこんな世界で。誰も彼も願うに値しない暇潰しの材料で。私は生まれて初めて人を通じて、この解らない様々なことを、解っていきたいと思ったんだ。……しかし。

 

「コレも時が経って振り返ってみれば……ちょっと特別程度の暇潰しの一つになっているのかな」

 

 口に出た言葉は、哀愁にも似た声色だった。

 

 私は、人生が何時でも終わっていいと考えている。それは生命に何の未練も抱くことが出来ないからだ。

 この在り方に後悔や疑問を抱けるほど私は生きていて『楽しい』とは思わない。所詮、生きる行為など、死ぬまでの暇潰しに過ぎないのだから。

 

 どれだけ崇高な人生を歩み、どれだけ幸福を抱擁しようとも。生命の辿り着く場所が全て一緒である以上、私にとって生きる行為は死ぬまでの暇潰しみたいなもの。何を壊そうと、何を演じようとも。その部分だけはこれからも変わることはない。

 

 私は、死ぬために生きているだけだ。

 

 ……ふふ、こんな心内を彼に明かそうものなら、『えぇ……闇深厨二病患者かよッ』とか言われそうだ。容易に想像がつく。

 

 きっと私みたいな人間は、刹那で破滅的な運命を進むことしかできないのだろう。しかし、まあそれも仕方がないな。

 

 どんな過去や未来を背負っていても。私達は、『今』を生きることしか許されないのだもの。

 

 この決断が間違っているかどうかなど解らない。いつか、ふとした拍子に全てを切り捨ててしまうかもしれない。壊滅した人間関係を嘲って、『良い暇潰しだった』と満足する人生を歩けるかもしれない。どう転んでも良い、未来のことなんて私は解らないんだ。

 けれど、例え意味のない時間を過ごすことになっても、全部溶けてグチャグチャに壊れてしまったとしても、彼を知ろうとすることを絶対に後悔だけはしない。

 

 何故なら。

 

『貴方は、私に楽しいことを教えてくれるの?』

『ふふん、任せろ! 僕程の天才になれば、そこら辺に転がっている空き缶にすら楽しいを見出せるものさ! 子どもの君にゃあ理解するのは厳しいだろうけどね!』 

『ふぅん……空き缶の何が楽しいの?』 

『え!? え、えっとね……こ、転がってて……捨てられなくて嬉しいなぁ、楽しいなぁって』

『空き缶視点? なんで貴方視点の話じゃないの? 貴方は空き缶の気持ちが分かるの? だったら空き缶は今何を考えているのか、分かりやすく丁寧に教えてほしい』

『……』

『出来ないのか。だったら別にいいよ……期待してたワケじゃないし。大人ってウソつきだもんね』

『は、はあ!? で、できるし! 余裕で空き缶さんの気持ちを把握できてるし! ち、中学生の君には少し難しいだろうから、ちょっと言葉を考えてただけだ!』

『そっか、なら早く教えてよ』

『……う、ぐぎぎっ』

 

 ──この子はからかうと、良い反応で、声で鳴いてくれる。どうしようもなく胸をザワめつかせる潤んだ瞳で、私のことを睨みつけてくれるんだ。

 

 沸き立つ感情が、どう足掻いても私を後悔させないと、そう思わせた。

 

 ふふ、これから、もっと楽しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深く考えることをせず、能天気なまま『私』に関わろうとする愚かで、可哀想な君へ。

 

 どうか『私』に溺れず、私を一分、一秒でも退屈させない素敵な暇潰しの道具で在ってほしい。眩しくも、胸を温かくするその笑顔を私に向けてくれたら──記憶に焼き付くくらい、優しく綺麗に壊してあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 少し先の未来。

 

 

「お待たせしました! せんぱ──……なんですか、その鼻のガーゼ。何があったんですか」 

「あー……うん。今日の体育であったドッジボールで……ちょっとねッ」

「……顔面に当てられて鼻血を出したんですか」

「く!? さ、流石にバレるかッ……お前だけにはバレたくなかったのに! 笑いたきゃ笑いなよっ」

「………」

「え……な、なにその顔……どういう感情?」

「誰に当てられたんですか」

「え?」

「ボール、誰に当てられたんですか」

「え、だ、誰って……名前言ってもわかんねーだろうし、なんでそんなこと聞くのさ」

 

 日和の問いに対し、三月は感情の視えない漆黒の瞳を纏ったまま、小首を傾げた。

 

「私のモノに傷をつけたんですよ? ──ぶっ潰すに決まってるじゃないですか」

「決まってないが!?」

 





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