生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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29話 後輩と能力確認

 

 

「す、好きだ……三月。俺と、俺と付き合ってくれッ!」

 

 熱気の帯びた風が吹き、静寂が辺りを包む校舎裏。そこに一つの緊張と覚悟の灯った声が響いた。

 風に煽られた木は揺れて、葉は一つ一つ舞い落ちていく。ドキドキと鳴り響くように鼓動する心臓、差し伸べる汗ばんだ手のひら。

 この訪れた静寂の時間が、今まで生きた時の中で最も重苦しく、恐ろしいモノに少年は感じた。

 

 少年は、同じクラスの少女──三月のことが好きだった。キラキラ輝く亜麻色の髪に、人々を魅了する人体造形。性格も天真爛漫で、誰に対しても平等に優しく接する少女の姿に、少年は惹かれているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年自身、自分は女子にモテる方だと思っている。運動も出来て、成績も常に上位。容姿も誰からも「カッコいい」と言われる程度には優れている。

 今まで彼女を切らしたことはなかったし、女性との交際経験はそれなりに豊富だ。可愛い女性とみれば、ちょっかいを掛けて落としてきたことも少なくない。

 思った通りの結果をこれまで残してきたし、これからもそうするつもりで少年は生きていた。

 

 自画自賛し天狗になる程、己の存在が優れているモノだと少年は信じて疑っていなかった。

 

 そんな少年が高校に進学し、出会ったのが三月だった。

 

 一度も見たことないレベルの絶世の美少女。絶対に俺の女にしてみせる。少年の節制のない性格を考えれば、そう思うのも無理はないだろう。

 

 しかし三月は、少年に靡かなかった。

 

 最初はいつものように話を合わせて、徐々に距離を詰めて優しく語りかければ、簡単に落ちると少年は思っていた。しかし、三月は天然なのか、どれだけ少年がアプローチを仕掛けて、距離を詰めても笑顔で受け流すだけであったのだ。

 

 しかも、天然な癖に少女は妙にガードが固く、一定以上の距離感を誰に対しても認めなかった。心に壁があると表現するのが正しいだろう。少女は休日や、放課後の誘いの類は一切了承しなかった。

 

「用事があるんだ、ごめんね」

 

 この台詞を聞いた回数は一度や二度じゃない。それは自分だけではなく、三月を慕う全員が味わっている。

 強引に連れ出すことは好感度を考えれば実行に移せない。今ある手札で、手探りに方法を模索することしか少年には出来なかった。

 

 ──大丈夫、こっちのスキルを開示すれば向こうも興味を示し、俺のことを慕うはずだ。だから、何も問題はない。

 

 まだまだ希望はある。何れ落とせる。少年はそう思っていた。

 

 けれど、少年は甘く見、驕っていた。三月の能力の高さを。

 

 

 少年の運動神経、成績、容姿、人当たりの良さ。あり得ないことにその全てを三月は上回っていたのだ。大凡、人とは思えない運動能力の高さ、一度見聞きしたことを記憶し、出力する学習適応能力の逸脱具合。誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力に、困っている人に寄り添い、人の幸福を祝うことのできる善性度。

 

 何もかも、次元が違った。

 

 それでも少年は諦めなかった。

 

 挫折を味わいたくない、俺は出来る人間なんだ。この女に見てもらえるくらい、勝てるくらいもっと、もっともっと頑張らなきゃダメだ。負けたくないと、振り向かせてみせると。少年は気持ちを奮い立たせて何度も何度も様々なアタック方法を試みた。

 

 それはプライドもあったのだろう。この女を落としたいという願望もあったのだろう。けれど一番は──……。

 

 

 

 

 だが全ては徒労に、無駄に終わった。

 

 適度に隙があるようで隙がない、完璧にして驕りを見せない本物の「天才」。  

 

 ありとあらゆることで少年の何歩も前を歩き、決して振り返ることをしない。最初から、自分は土俵にすら立っていなかった。

 

 度重なる『器』の差に、己を天才には程遠い『凡人』と自覚した少年は崩れ落ちる。

 

 完全に負けた。勝負になどなっていなかった。初めから希望の一つもなかったのに、何を必死に頑張ってきたのだろうか。

 

 そして、少年の心は完膚なきまでにへし折れたのだ。

 

 

 

 しかし、そんな意気消沈する少年に甘い言葉を掛けて再起させたのも三月だった。

 

「えっと……君は、凄い人だね」

「……嫌味かよっ」

「ふふ、違うよ。誰かの為に一生懸命頑張れるのは、凄い人の証だよ」

「!!」

「他の人がどう思っているのかは知らないけれど……私は、君が凄い人だと思う」

「………っ」

「進むも、止まるも全部君次第だよ。どっちを選んでも絶対に無駄な選択になんてならない。だって……この高校は、こんなにも素晴らしい場所なんだから」

 

 微笑んだ三月のその姿は、どんなモノよりも美しくて。夜に浮かぶ満月のように妖麗で、輝いて見えた。

 

 

──進むも、止まるも……俺次第。

 

 

 脳裏で言葉を反芻する。三月を振り向かせる為にしてきた努力の数々が実らず、全部無駄になったと少年は考えていた。

 

 三月は皆に、平等に優しい。コレは裏を返せば、誰も「特別」にはなり得ないということ。だから、俺の能力で三月を……この人の特別に成りたいと、打ち込んだこともない努力を懸命に行ってきたのだ。

 

 どれだけ頑張っても埋まらない圧倒的な差に絶望したから、三月の優しさが『優しさ』のままだったから、あの努力は意味がなかったと打ち拉がれた。

 

 けれど、他でもない三月が俺のことを『凄い人』だと笑いかけてくれた事実が。誰かのために頑張ってきたと言ってくれたその言葉が。

 

 どうしようもなく嬉しいと感じた。見ていてくれたんだと心の底から歓喜した。一体、何故。

 

 

「あ……そっか、俺」

 

 そこで少年は自覚する。

 

 初めはゲーム感覚だった。誰かを本気で想って人と付き合ったことなど人生で一度もなかった。三月も難易度の多少高いゲームだな程度に思っていたのだ。

 けれど、いつの間にか努力することがまるで気にならないくらい、苦痛じゃないと思えるくらいに。

 

 落とす行為が『目的』ではなく、『意味』になり得る程に。

 

「──俺は」

 

 ──三月に、恋をしてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ごめんなさい、君の気持ちには応えられない」

 

 そうして。

 

 好意への返答の代わりに、誠意をもってして。少年の告白は終わりを告げた。

 

「……そうか。何となく解ってはいたけれど……キツイな、これは」

「………」 

「一応、理由を聞いてもいいか」

 

 震える手足を強引に宥めて言葉を紡ぐ。胸が痛くて、最後まで届かなかった想いが悲しくて仕方なかった。自分でも解るくらい今の俺は酷い顔を晒している。

 

 その様子を三月は一切笑わず、真剣な表情で見据えてくれていた。

 

「他に好きな人がいるからだよ」

「え!? ま、まじ……?」

「まじ」

「ウソでも冗談でもなく?」

「うん」

「……まじかよ」

 

 その理由は、理由としてはド定番。しかし、他人への接し方に『平等性』がある三月が口にするとは思わなかった台詞だった。

 

 三月が、誰かに特別な感情を抱く所が想像できない。聖女のように全てを愛する存在と認識していたために、信じることが難しかった。

 

 同時に、もし三月の言葉が虚偽ではなく真実だった場合。これ程までに素晴らしい少女の寵愛を受けた存在は、世界で一番幸福な者であろうとも思った。……グズグズと湧き出る嫉妬心もある。

 

 届かなかったからこそ、吹き出す想いもあった。

 だからせめて、“好きな人の好きな人”……その名前くらいは知りたかった。

 

「そ、そいつの名前は……なんだ? 教えてくれないか?」

 

 けれど、その区切りを嘲笑うように。天使で聖女な彼女は、自身の唇に人差し指を添え、今までにない意地の悪い表情を浮かべていた。

 

「───秘密♪」

 

 初めて見る三月の表情に、少年は激しく胸が弾み、ときめくと……我ながら単純すぎる己の感情に少し笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 彼女の笑顔をまた一つ知ることができたという想いに、先程まで抱いていた“知りたい感情”が上書きされたとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 嬉しそうに少年が去った後、三月は首を傾げていた。

 

 

「やっぱり、強力なマインドコントロールの一種だよねこれ……感情誘導に操作も出来ちゃうんだ。『私』の才幹って凄いなぁ。能力確認と多少の暇潰し程度にはなったかも。私が『死ね』って言えば、あの人本当に死ぬんだろうなぁ」

 

 『名前の知らない人が死んでもなんとも思いようがないけど』と独り呟くと、少女は軽い足取りで歩き始めた。

    

 

 

 

 

 

 

「『自分磨き』をもっと頑張って、先輩を落とさないと!」

 

 

 

 





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