生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
何故、こんなことになったのだろうか。
「お前、もうちょい寄れよっ」
「了解です」
「!? お、おい近いわアホ!」
「え、だってさっき先輩が寄れって」
「ち、違うそうじゃない! 近くに寄ってこいって意味じゃなくて、もうちょい離れろって意味だよ! お前わかっててやってんだろ!!」
こんな状況であるにも関わらず、無駄に良い顔を近付けてくる後輩をグイグイと押しのけながら、僕の困惑と憎悪は極限に達していた。なんでこのようなことになったのか、ワケが解らなかったからだ。
「畜生っ……なにさこの状況……狭いし暗いし……もう意味わからんッ」
「……先輩、この距離でその表情は色んな意味でヤバいです。止めてくださいとは言いませんけど、食べられても文句は言えませんよ」
「お前、頼むからちょっとはブレてくれない??」
誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ? お前だよ、全部お前が始めたことなんだぞおい。なのに、なんでそこまで他人事みたいなキョトンとした反応ができるの? 少しは自分の唐突すぎる行いを振り返り、責任を持ってくださいお願いしますから。
それすらするつもりがないのなら、せめて──
「なんで掃除用具入れの中にお前と一緒に入らなくちゃダメなのか、その理由くらいちゃんと話せよスカポンタン!!」
「あはは、スカポンタンなんて久し振りに聞きました」
『ヤられ役の台詞は確かに先輩にお似合いですよね♪』なんて言って笑う後輩を、張っ倒したくなる衝動に駆られる。
イけない耐えろ、耐えるんだ……0から10までコイツのペースに合わせていたら、僕は憤死してしまう。
故に、一旦頭を冷やせ。真に受けようとするな。コイツの思惑をはかる前にどうしてこうなったのかを僕自身で一度考えて、僕が知る限りの状況の整理をつけてみようじゃないか。
あれはそう、放課後。いつもの空き教室で後輩がやって来るのを待っていたときのことだった。
◆
「先輩ヤバいです! ヤバすぎてヤバいことが起きそうです! ホントにホントにヤバヤバです!!」
バンと、ドアを開ける大きい音と共に空き教室に入ってきた喧しい後輩。いつもにも増して異常なそのテンションの高さと意味不明な言動に、僕は眉をしかめた。一体全体なにごとだよ。
「なにがヤバいのさ」
「ヤバいですっ」
「なにがヤバいんだよ」
「ヤバいですっ」
「なにがヤバいんだよっ」
「ヤバいですっ」
「なにが、ヤバいんだよッッ」
「ヤバいですっ」
「だーかーらー!! テメーはBotか!? なにがヤバいのかって聞いてんだろうがよ!!!!」
「うわうるさ。すみません、静かにしてもらっていいですか?」
コイツ……ぶん殴ってもいいかな。話が通じないし、耳を押さえて浮かべる心底迷惑そうな表情にムカッ腹が立ってしょうがない。……僕が煩いのはホントに誰のせいなのかな? あ?
「先輩、今は説明している時間がありません。本当にヤバいんです。申し訳ないのですが、一旦あそこにある掃除用具入れの中に入ってもらっていいですか?」
「はあ!? なんでだよ!」
「事情は気が向いたら説明します。だから今は早く入ってください」
「気が向いたらって、お前巫山戯んじゃ──」
「大丈夫、中は清掃済みです。だから急いでください」
「なんで清掃済み!? ていうかそういう問題じゃ──お、おい無理矢理抱き上げようとするな! もう分かったから離せ! ちゃんと自分で入れるから離して! ホ、ホントになんなんだよもう!!」
全然理解が追いつかない、一生かけても追いつける気がしない。なにがどうしてこういう結論に至ったの?
何もかもが唐突な勢いの川の中。何もかもが舐めている一連のやりとりで僕が解ったのは、たったの一つだけだった。
──このクソガキは、いつか絶対泣かす。
こうして僕は事情を全く把握する時間もないまま、川が流れるかのようにスムーズかつ強引に、掃除用具入れの中に入れられた。
そして、後輩も何故か一緒に入ってきた。いやなんでだよ!
◆
以上、回想終わり。
……うーん、なんて言えばいいのだろうか。色々とツッコみたいポイントは乱雑しているけれど……取り敢えず僕は、目の前のクソガキを血祭りに上げればいいのかな?
状況を整理し心を落ち着かせるつもりが、困惑と殺意しか湧いてこない。
本当に初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさんは。いや本当に初めてだわ、マジでちょっとは自重しろ。
「ねえ、そろそろ本気で事情を説明してくんない? 僕のように心が大らかで広い人でも、限界というものがあるんだよっ」
「私も限界ギリギリのところまで来ていますが、それでも耐えて頑張っているんです。一人だけワガママを言わないでください」
「僕のどこにワガママな要素があったの!?」
急に巻き込まれた意味のわからない状況について説明を求めるのは、いたってスタンダードな思考だろう何が悪いっ。あとお前は一体なにを我慢しているっていうんだ。僕の見る限り、いつもと同じくらいウザいぞクソが。
もうわかった。多少強引だろうと絶対話させるっ。ワケもわからないまま引き下がれるか。
「お前、ホントにいい加減にしろよ。本気で怒るぞ。なんにも難しいこと言ってないじゃん。なにがどうなっているのか状況説明くらいさっさと──」
「もう、そんなにカリカリしないでくださいよ。少しは肩の力を抜いてください……ふうーー」
「ふおッ!!?」
後輩が怒れる僕の身体を必要以上に抱き寄せ、耳にふぅと息を吹き込んでくる。いきなりのことだったために抵抗ができず、成された行為と耳を擽る柔らかな息吹に、僕は後輩の腕の中でビクリと身体を震わせた。な、な、なっ。
「なにをしとるんじゃ貴様はああああ!!」
「ぷ、あははは! 先輩って本当に良い反応をしてくれますよねっ。『ふぐぉおおおおおっ』って……ぷ、くくっ。雑魚キャラが殺られるときの断末魔じゃないですかッ」
「喧しいわ!? そ、それにそこまで大袈裟なリアクションはしてないぞ! 話を脚色するんじゃない!!」
「『ふぐぉおおおおおっ、ひでぶ!!』」
「煽るな!!」
ム・カ・つ・くッ。現在の場所と状況説明がどうでもよくなるくらい、心の底から腹が立つぞこのクソガキャア。泣かす……絶対泣かし潰してやる!! ……あ、ぐっ、そ、それはそれとして。
「も、もういい離せ、僕はここから出るっ」
「まだダメです」
「知らないね。出るったら出る」
「まだダメです」
「出るっつってん──」
「まだダメです」
「……じゃあ、出ないから……せめて抱きしめるのを止めろ……お願いだから」
「永久にダメです」
「急に飛び越えたな!?」
畜生、どっちにしろダメなんじゃんっ。巫山戯んなよマジで。
ん、ぐ、悔しいけれどコイツ、顔と身体つきはいいし、なんか甘い匂いがするから……僕の精神関係なく身体の方が勝手に反応して、そろそろヤバいんだよっ。年下の後輩……泣かしたい対象相手にこんな反応情けなさすぎて死にたくなる。この密着状態は冗談抜きでヤバいのだ。けどバレたくない、僕の尊厳のためにも。何より煽られないためにも! だから頼むっ。
心よ鎮まれ……鼓動よ落ち着け……心臓よ止まれ……止まって!!
「あれ、先輩の心臓……ものすごくドキドキしてますね。ふふ、そんなに超絶美少女の私にトキめいちゃったんですかぁ?」
ダ メ で し た。
終わったな僕の尊厳。これから凄い勢いで僕は煽られることになるだろう。心臓を止められなかった僕の敗北だ、甘んじて受け入れるしかない。
ああもうクソ。ぐや゙ぢい゙。
「し、してないし。も、もう充分だろ……離せよ……バカっ」
「っ……解かりました、離します離しますから。あんまり、ヤバい反応をして焚き付けないでください。私、それほど辛抱強くないんですからね。あとバカは先輩です」
やっぱり、煽られるのだった。
「し、してないし。も、もう充分だろ……離せよ……バカっ(涙目の上目遣いで)」