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唐突で申し訳ないのだが―――皆様は、銃ばかりが存在する世界で銃を一丁も持たずに剣一本だけで戦場を駆け抜ける変態が存在するという事をご存知だろうか?
それは文字通り、剣だけを振るう馬鹿の事だ。
「ここがGGOの世界か……随分と殺風景なんだな。もう少し気候が良いなら、ピクニック気分になれたんだが」
砂風が舞う砂漠地帯。その中央に建てられた廃墟の中を、武装もせずに一人で歩く人間が居た。
此処は《GGO》というゲームの世界である。
時にして2025年。この世界ではVRゲームが大きく発展し、莫大なる人気を獲得していた。
量子物理学の天才にしてゲームディベロッパー―――茅場晶彦によって構築された『仮想世界』の技術は素晴らしく、その殆どが彼の研究開発によって生み出された。
この《GGO》―――ガンゲイル・オンラインもまた、そのVRMMOゲームの一つであり、日本で稼働しているVRMMOにおいて唯一リアルマネートレーディングが可能という特徴を持つFPSゲームだ。
最終戦争後の荒れ果てた遠い未来の地球を舞台とし、FPSゲームの通り武器の殆どは銃火器であり、そこから繰り広げられるのは銃撃戦。
ナイフや『
何故なら―――銃火器と剣では、圧倒的に剣の方が不利だからだ。
誰もが理解している現実。見て分かる、見なくても分かる、誰にでも分かる極々普通で当たり前の事である。
にも関わらず、だ。
―――今こうして廃墟の中を歩いている青年には、その銃火器が一つも見当たらないではないか!
軽装も軽装。というか、その服装は完全に傍から見れば私服以外の何者でもありはしなかった。
上は前のジッパーを下ろしてシャツを曝け出すジャンパースタイル、下はカジュアルスタイルの黒いズボンにタクティカルな黒ブーツ。お前何しに来たと言っても過言ではない。
いやまぁ、それは良いのだ。だってそういう服装なのだから。GGOに実際にある服なのだ、そこに文句を言っても仕方ない。
重要なのは―――FPSゲームで銃を持っていない事にこそあるのだ。
そのプレイヤーを見た他プレイヤーは、心に留める事も出来ず声を上げて「アイツ何してんだ……?」と言わざるを得ないだろう。何なら初心者ですらそう言うだろう。
というか……
「アイツ、何してるのかしら…?」
実際にそう呟いてしまったプレイヤーが居た。
距離にして約1km。離れたビルの屋上にうつ伏せ、構えるスナイパーライフルに備えられたスコープを覗いて、堂々と廃墟を歩く青年を見ていた少女は、呆れた様にそう呟いた。
それだけおかしいのだ。それだけ馬鹿馬鹿しいのだ。今の彼がやっている行動は。
FPSゲームの戦場を、銃を持たずに堂々と歩くなど愚行以外の何ものでもありはしないし、これがチームデスマッチであったなら明らかな害悪行為だ。
チーム―――クランとも呼ぶ―――を作り、皆で協力して他クランを倒すといった遊び方もある以上、これが害悪行為や利敵行為でないならば何だと言うのか。
幸いにも、彼はどのクランにも所属していないし、何なら今日始めたばっかの初心者である為、心配は要らないのだが。
とは言え、このGGOをそれなりに長くやっている少女―――シノンとしては、ちょっと考えられない様な行動である事に変わりはないが。
「初心者でもあんな事しないわよ…でも、多分初心者よね、あれ……。どうしようかしら」
此処はGGO。FPS。殺された方が悪い銃と鋼の世界。
だが、シノンの良心的にはあの少年を撃つのにな些かの躊躇いがあった。
見るからに初心者、しかも武装すらしていないプレイヤーを撃つのは気が引けた。それは流石に可哀想ではないか? と、心の中の天使が意見を伝えている。
しかし、このまま他のプレイヤーに見つかり、リンチされてしまうのもそれはそれで可哀想だ。ならばいっその事、今こうして彼を狙える自分が撃って現実を教えてあげるべきではないか? と、心の中の悪魔も意見する。
悩ましい。どうしたものだろうか……と、そうこう悩んでいる内に、
「おい、コイツ銃持ってねぇぞ!?」
「初心者か? でも銃持ってねぇって……えぇ?」
「む」
少年は他プレイヤーと邂逅を果たしてしまった。
プレイヤーは二人。持っているのは片方がアサルトライフル、片方がサブマシンガン。実に典型的だ。
「アンタ、もしかしなくても初心者だよな?」
「あぁ。今日始めたんだ。コツコツ貯めたバイト代で買った」
「おぉ、なるほど。で、アンタ武器は持ってないのか? 一応此処フィールドだし、銃撃戦なんざしょっちゅうだぞ」
「いや、武器ならあるぞ。ほら」
そう言って、少年はジャンパーによって隠されていた腰に手をやり、何かを取り出して親指を掛ける。
ブォンッ―――という音と共に、白色の閃光が真っ直ぐ伸びた。
「ほら」
「
「アンタ、悪い事言わねぇからソレは止めとけ。マジで玄人か廃人くらいしか使えねぇぞ、それ」
GGOというFPSゲームにおいて存在する、数少ない近接戦闘用武器―――『
科学技術によって光の剣が柄から構築されるそれは、剣として機能するし攻撃力も高い。だが、銃撃戦が基本のこの世界においてそれを活躍させる事は大いに難しい。
だって、そもそも銃撃戦なんだから敵を接近させるなんて馬鹿な事をしないのだから。近付こうとしても、近付く前に銃撃されて終わりなのだ。
「む、初心者とは聞き捨てならんな。俺はこれでも剣術は長い方だぞ」
「いや、だとしてもなぁ……GGO初心者が使う武器ではねぇだろ」
「どうする? 正直、やっちまうのが可哀想な気がしてきたんだが……」
「うーん……」
悩む二人。スコープからそれを見て、揃いも揃って何をしてるんだか……と、シノンは溜息を吐いた。
そんなど真ん中で堂々と立ち話なんてしてたら、揃ってキルされるのがオチだろうに。
仕方ない。今回ばかりは優しさを出そう。地面を狙って撃てば、焦って逃げ出すだろう。
三人から視線を外し、スコープで三人の足元に狙いを定め、シノンはライフルの引き金に指を掛けた。
ドォンッ!!! と、銃声が遥かに吠える。
GGOには
これを避ける事で、現実より遥かに容易に銃撃を回避する事が可能になるのだ。銃撃戦にゲーム的な面白さを盛り込む為のシステムである。
だが、逆に言えば―――その線を辿れば、敵が其処に居るのだと分かる。
「おぉ、其処か」
それは、まさしく一瞬の出来事。
解き放たれた弾丸は、しかし地面を穿つ事はなかった。キンっ、という鋭い音と共に銃弾は綺麗に真ん中から切り裂かれて消えていった。
それと同時に―――青年の目とシノンの目が、ぴったり合っていた。
「嘘でしょ……!?」
幾ら
否、そうではない。そもそもの話、そのラインがまず表示されていなかった筈だ。
シノンはスナイパーだ。スナイパーという能力値に秀でたクラスは、初弾の一発だけではあるもののラインを相手に与えないという利点を有している。
つまり、ラインは表示されていない。だがしかし、青年はシノンが居る方をしっかりと見ている。真っ直ぐ、寸分の狂いもなくその眼で捉えている…!
ラインが表示されているならば、まだ分かる。だが、それが無いにも関わらず狙撃に反応し、あまつさえ1kmも離れた自分を捉える!?
そんな馬鹿げた話があってたまるか!
「狙撃!?」
「くそっ、他プレイヤーだ! おいアンタ、逃げるぞ!
「いや、見付けたので行ってくる」
「は? ちょ、おい!」
心配感謝。また会おう。そう言い残し、青年は廃墟の中を駆け抜けていった。
たった一振り、鋼を溶かす光刃を持った剣を構えて―――青年は、氷の少女を斬る為に地を駆ける。