――友人Lより、剣聖について(訂正)
剣聖への愚痴
■ ■
―――其処は、『黄昏の空』と表現すべき場所だった。
地面はなく、その代わりとして空と夕日を移す水面が其処には在る。とても幻想的で、神秘的で、一生その光景は脳に刻み込まれ、忘れる事など出来ない程に美しい場所だ。
そんな場所に、三人―――たった三人の存在が、其処には立っていた。
「彼は、決して英雄と呼べる様な存在などではなかったんだよ」
白衣に身を包み、崩落していく天空に浮かぶ鋼鉄の城を眺めながら、男は残念に思う様な、しかし何処か苛立った様な、そんな声色で言葉を零した。
男の名前は―――
それでいて、《SAO》―――ソードアート・オンライン―――というゲームを創り出し、それをデスゲームへと仕立て上げて4000人以上もの死者を生み出した犯罪者である。
そんな彼が思い浮かべていたのは、たった一人の男。
「■■■■。その名前は、私もよく知っていた。何せテレビを付ければ、その度に彼の名前が必ず出てくる程だったからね。だが、私はあまりにもその剣技について無知だった。あれ程までに並外れた……否、
彼がSAOというゲームに残した爪痕は、決して消える事はないだろう。
たった一人のプレイヤーによる敵との戦闘によって、《カーディナル》による敵のレベル・行動パターンの調整と修正が行われたのは、彼が初めてだった。
《カーディナル・システム》。ソードアート・オンラインというゲームを制御し、統制する巨大なシステム群。或いは、そのメインプログラムとも言うべきか。
この《カーディナル》は、二つのコアプログラムが互いに互いを修正し合う事で常に最適状況を維持するように設計され、さらに無数の下位プログラムによって世界の全てを調整している。
その《カーディナル》によって、バグやシステムの穴をついた不正行為は悉くが修正され、ゲームバランスを崩壊させない様になっている。
だが。
だが、しかし。
誰が想像するだろう。
誰が想像しただろう。
誰が予想するだろう。
誰が予測しただろう。
「
魔王は遠い目をした。もういっそ懐かしいなーと思ってしまうくらいには、すごく遠い目をしていた。
それを見た二人―――黒髪の少年と茶髪の少女は、つい「あー……まぁ、確かに」と納得してしまった。二人もまた、彼のその圧倒的な剣技を目の当たりにした者の仲間でもあったからだ。
それは至って単純で、しかしそれ故にあまりにも理解し難い現実にして事実。
ただ単に、そのプレイヤーによる技量によって為された結果。あまりにも現実離れ、或いはゲーム離れした技術力によって生み出された成果だった。
「彼の存在そのものが、あまりにもイレギュラーだった。言うなれば、そう、
「……それを縛る為に、少しでもゲームバランスを整える為に、彼奴に《ユニークスキル》を与えたのか?」
少年の問に、茅場はあぁと頷いて答えた。苦渋の決断だったがね、とも続けた。
「ユニークスキル《抜刀術》。本来ならば、90層以降が解放されてようやく解禁する事が可能だった筈のスキルを、私は管理者権限で《抜刀術》だけを解禁し、彼に与えた。少しでも彼を縛る枷―――つまり、
SAOには、《ユニークスキル》というものがあった。まぁ、正確には『スキルを習得した本人以外に習得したプレイヤーが居ない』という理由から、プレイヤー達から『
《二刀流》・《神聖剣》・《暗黒剣》・《無限槍》・《抜刀術》・《手裏剣術》・《会心撃》―――この七つの内の一つ、《抜刀術》。
本来ならば90層という終盤の階層以降から解禁される筈だったそれを、茅場はGM権限によって解禁し、彼へと与えたのだ。
本来ならば強力なスキルを与えてしまった方が、ゲームバランスを崩壊させてしまうのかもしれない。だが―――彼の場合は、そうではなかった。
寧ろその逆。彼がスキルを使わない所為で、ソードスキルという必殺技を使わない所為で、彼に《ユニークスキル》を与えた方が、ゲームを崩壊させずに済むから。
「アイツが根っからの剣士だからっていう事実を逆手に取った訳か。《ソードスキル》を使えば、嫌でも硬直する時間が出来る。つまり戦場での弱点が増える。けど剣士だから、或いは剣術家だから、刀を最大限扱える技を手放すのは惜しい―――と」
「その通りだ。……彼が剣士としてか、或いは彼の心の根っこという部分から刀やそれに関する技術に執拗なのは幸いだったよ」
「まぁ……リズにも
「態々土下座までしてたもんね。リズも、驚く通り越してちょっと引いてたし……」
二人としては、とても懐かしい思い出だ。面白い様で、彼の新しい一面を知れた様で、また仲が深まった様な、そんな思い出だ。
まぁ、そんな思い出だが内容は一人の鍛冶師に対して大金と素材と土下座という三つの誠意を以て刀を鍛えてくれという、何ともシュールな光景ではあるのだが。
「彼は現実世界の法則を超越した存在だ。だが、決して英雄ではなかった。アレは―――生まれる時代を間違えた存在だ。それ故に、この世界に適合した。いや、
見たまえ―――そう続けて、茅場は水面の上に
其処に映し出されたのは……
「―――これ、は」
「アキツくん……」
それは、過去の記録。
詳細するならば、2024年の8月に起きた出来事の事だ。
レッドプレイヤー―――Player killを略して『PK』と呼ばれる行為を積極的に行うオレンジプレイヤー、或いは殺人者達の通称。
その中でも特に名の知れた集団―――殺人ギルド『
100人を越えるプレイヤーを殺害したラフィン・コフィン、通称『ラフコフ』の存在は攻略組にとっても障害でしかなく、しかし殺す事は彼等と同種になる事を意味した。
それ故に捕縛を目的とした討伐隊が発足された。だが、その中に彼は居なかった。
いや、正確には居たのだ。彼は討伐隊のメンバーにしっかりと加わっていた。しかし、彼がその討伐隊を抜けたのかと聞かれると、そうではない。
彼は、置いて行ったのだ。
討伐隊を置いて、討伐隊よりも速く出て。
単独で――ラフコフのアジトを襲撃したのだ。
―――斬る、斬る、斬る。
氷の如く冷静に。
機械の如く冷徹に。
羅刹の如く冷酷に。
無情のままに、敵陣の真ん中で我が身を踊らせ、群がる
血潮の如く舞う赤いエフェクト。それと共に宙を舞うのは、瞳孔が開かれた眼をした―――笑顔ではなく、恐怖が染み付いた様な顔をした生首。
パリンッ、と砕け散るのは人の命。まるで飴細工の様に脆く消えゆくそれに対して、剣鬼は一瞥をくれてやる事もなく突進する。
それは、命の奪い合い。あまりにも凄惨で、残酷な―――あまりにも一方的な殺し合いだった。
「……」
「止まらねぇ、コイツ止まらねぇよッ!」
「一人だ、たった一人だぞ! アイツは
「―――ははっ、やっぱりだ。コイツはオレ達とおんなじだァッ!!!!」
驚く者。慄く者。喜ぶ者。それら全てに、興味無し。
振り下ろされる直剣を見切り、その柄を弾いてがら空きの首へと刃を通す。友に鍛って貰った大切な刀は、獣畜生ではなく悪人の首を斬り落とす。
振り抜かれる大剣を、木の葉の如くするりと躱して間合いを取って、首を落とす。
突き出される槍の矛先を鞘で跳ね除け、足で蹴り上げて、首を落とす。
大きく薙ぎ払う大斧を跳躍で躱し、その上に乗って勢いのままに、首を落とす。
投げ飛ばされる短剣を刃金で弾き返し、別の敵の喉元に突き刺して、首を落とす。
何度も。
何度も、何度も。
何度も、何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も―――何度でも、その剣で首を落とした。
「……」
其処に、一切の感情はない。ただ目の前に群がり、広がるモノを斬るという絶対の意思だけが存在している。
冷静で冷徹で冷酷で冷淡で。
無情で薄情で残酷で酷薄で。
剣を振るうにも、首を落とすにも、撫で斬るにも。
斬り捨てるにも、斬り伏せるにも、斬り落とすにも、斬り穿つにも、斬り刻むにも、斬り殺すにも。
何をするにしても、誰を殺すにしても、彼は敵に対して一切の感情を抱かなかった。抱いていなかった。
強いて言うなら、よく動く藁。敵対する藁。彼の眼には、ラフィン・コフィンの面々がそうにしか写っていなかった。
もはや、奴等は彼にとって人ではなかったのだ。生き物ですらなかったのだ。獣畜生として見てもらえてすら―――いなかったのだ。
「は―――はは、ははは、きひひひ、っはハハハハハハハはハハハハハハハアハハハハハハッッハッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
爆笑が戦場に響き渡る。
腹の底から込み上げてきた、本当の笑みを抑えられなかった狂人は、声を大きくして剣鬼へと叫ぶ。
「お前は同じだ! オレ達と同じだ!」
「……」
「人殺しだ、人斬りだ! そうだ、そうだよ、嗚呼、お前はそうだともッ! お前は―――オレ達との殺し合いを都合のいい修行だと思っている! オレ達と同じ様に、殺しという行為に利己を見出している!」
「……」
その言葉は、剣鬼に届いてはいた。耳に入ってはいた。
だが、剣鬼はそれに一瞬足りとも意識を向ける事はなく、路傍の石や草を踏む様に無視して突進する。
斬って進む。斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って、前へ前へとその足を踏み出して突き進んでいく。
地に伏せる事無く消える屍。砕け散るソレを振り払い、埃の様に扱って更に前へと駆け抜ける。
「お前は殺しを、殺人を、殺戮を―――オレ達の様に、オレ達と一緒に、オレ達と共に、心の底から望んでいる――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
既に、敵
そこまでして漸く、置いていかれた討伐隊が到着する。そして、その目に写し、収める。
―――剣鬼が剣鬼として生まれる瞬間を。
「――――――そうかもしれないな」
剣鬼は、否定をしなかった。拒絶をしなかった。
やんわりと、それを受け入れた。
「だが」
鯉口を切られ鞘に納められた刃が、狂人を睨み付ける。
刀に感情はない。想いこそあるものの、されどされは想いであって感情へは至らない。
振るう者は、刀に意思を上乗せするだけだ。ただ目の前の敵を斬るという―――それだけを乗せる。
「
一閃。音は無い。
刃が空を裂き、一直線に駆け抜けて首を斬り捨てる。
斬り飛ばされたその首の最期は―――笑っていた。
「例え俺が、殺しに意味を見出したとて」
それでも。
「例え俺が、殺人に価値を見出したとて」
そうでも。
「例え俺が、剣に溺れた愚人だったとて」
だとしても。
「―――俺が、
剣鬼は、己が意志を決してねじ曲げない。
こうしている間に、オリ主と友人Yは戦闘中。