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戦国時代にその名を轟かせた伝説的な剣士の一人であり、鹿島新当流の開祖にして『生涯無敗』の異名を持った剣聖である塚原卜伝に並ぶ、その時代において『剣聖』の異名を得た数少ない剣豪の一人。
最強のカウンター剣術とも名高い『新陰流』の開祖にして、新陰流の奥義である『無刀取り』を完成させた柳生石舟斎宗厳の師匠でもあり、それでいて竹刀の雛形である『袋竹刀』を開発し、現代の剣道にも大きく貢献した人物でもある。
そして―――アキツこと
上泉秋永。年齢19歳。性別、男性。所属は群馬県の極々普通の大学の一般科。部活動への所属は無し。
小学校低学年の頃より実家で剣術を学び、幼少から剣に打ち込み続けた努力の末に、中学生時代に初めて出場した剣道部中体連にて優勝を果たしてからの大会における戦歴は無敗。一時期は『大会無敗の中学生剣士』として新聞にも載っていた。
高校に上がってからは部活動の剣道ではなく、実家の新陰流の方へと専念する様になり、古武道大会で学生という身分でありながら出場し、惜しくも準優勝という結果を残した。
そして、古武道大会で準優勝という結果を残してから数日後に彼はSAO事件に巻き込まれ、その数年をデスゲームの中で過ごした。……
一人の英雄によってSAOがクリアされ、全てのSAOプレイヤーが解放された。勿論、彼も例外ではなく、無事に解放された。
両親は泣いて喜んだ。そして、父親は義憤した。もう二度と、息子をこの様な目には合わせまいと。
長い間、体も動かさず、食事も取れず、点滴に打たれる日々を過ごした結果、鍛え上げられた秋永の肉体は衰弱していた。しかし、秋永はそれに苦しむ事も残念に思う事もなかった。
SAOがクリアされて、一週間という時間が経った頃―――秋永は、もうその時から既に剣を振るっていた。
まだ細い腕で、家にある真剣を振るっていた。それを見た両親は驚愕し、祖父母もまた目を見開いた。
―――それは、あまりにも洗練されていた。SAOに巻き込まれる前よりも綺麗で、鋭く、速く、恐ろしいものに仕上がっていた。
それは事実だったし、紛れもない現実だった。
彼は、この現代社会において
その手と刃で、
その結果、その答えが今だ。彼はその剣技を以て、剣士として世界に立てる領域にまで踏み込んだ。
「うわっ、マジかよ本物?」
「マジの侍じゃん……」
「やばっ、めっちゃカッコイイんだけど! 写真撮ってもらおうかな…」
「ちょちょ、声掛けて来なって!」
「むりむり! そっちが行って来なよ!」
「……」
場所は体育館から変わって、詩乃の教室にて。
教室はそれはもうガヤガヤとしていた。原因は勿論の事、廊下から教室を見学している秋永である。
テレビによく出ている有名人、『現代の剣聖』とすら言われている強者が何ら珍しくもない高校に来訪しているのだ。彼の事を詳しく知らずとも、多少なりとも興奮してしまうのも無理はない。
まぁ、当の本人は『最近の子供達は元気だな』くらいにしか思っていないのだが。
まぁ、それはそれとして。詩乃は本で顔を隠しながら、教室の中で気不味そうにしていた。
(なんでよりによって私のクラスを回ってくるのよ…!)
ぶっちゃけ恐怖でしかなかった。だって妙に鋭い所があるし。いつ自分が、朝田詩乃がシノンであると気付かれるのか分かったものではない。
もし気付かれて『む? 何故シノンが此処に居るんだ?』みたいな事を言われたら、クラスメイトから何を聞かれるか。取り敢えず、質問攻めに遭うのは必然である。
別に平穏を望んでいる訳ではないのだが、かと言って波乱万丈な学園生活を望んでいる訳でもない。何より……
(
詩乃には、危惧すべき問題があった。
詩乃には面倒な連中が付き纏っている。詩乃のパニック発作の事を中途半端に知って、色々と言って金を巻き上げようとしてくる面倒な連中だ。
もしアキツと友人である事を知られたなら、絶対に面倒な事になる。いや、それよりも―――朝田詩乃として、数少ない大切な友人をそんな事に巻き込みたくないのだ。
だが、
(あの眼鏡を掛けた少女……具合が悪そうだな。大丈夫だろうか? しかし、何故だか何処か見覚えが……何処かで会っただろうか?)
どうやら詩乃のそれは杞憂で終わりそうである。
ゲームではやけに鋭い癖して、いざリアルになって友人を見ても、何か面影あるなーくらいで彼女がシノンだとは気付いていない。全く出来ない男であった。
◆
それから時間は流れ、放課後になった頃の事だった。
「む?」
「あっ」
ばったり、邂逅!
教室で必死に顔を見られまいと本で顔を隠し、教室から出る時も警戒に警戒を重ねて彼と対面しない様にしていたというのに!
放課後になって気が抜けてしまったのか、まさかの堂々と文字通りの顔合わせ。ばったりと真正面から互いに顔を合わせての邂逅を果たしてしまった。
「……」
「……」
沈黙が流れる。それはもう気不味い沈黙が。
まぁ、気不味いのは詩乃だけであって秋永は別に気不味い訳ではないのだが。
秋永は単に、自分を見て硬直してしまった眼鏡っ娘に、どうかしたのだろうか? と疑問を抱いているだけである。
暫くして、最初に見た教室で具合を悪そうにしていた少女だと気付き、秋永の方が声を紡いだ。
「具合は大丈夫か?」
「へっ!?」
いきなり話し掛けられた所為か、変な声を上げてしまう詩乃。
それにびっくりしてしまったのか、僅かに秋永の体が跳ねた。
「ご、ごめんなさい……いきなり話し掛けられたから、びっくりしてしまって……」
「そうか。いや、こちらこそ急に話し掛けてすまない。教室で見た時、君の顔色があまり良くなかったのでな。何処か具合でも悪かったのではないかと愚考した次第だ」
「あぁ…」
「その反応から察するに、どうやら俺の勘違いだった様だ。良かった」
安堵した様に、胸を撫で下ろす。
まるで友人を心配していたかの様な具合だが、秋永は彼女がシノンである事を知らない。つまりはほぼ他人の様なものだ。
それなのに、そんな事をするなんて。
「……本当に、誰にでもそういう感じなのね」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何も。……失礼します」
「うむ。時間を取ってすまなかった、帰り道には気を付ける様に」
「ご心配どうも。…それでは」
少し素っ気ない様に、校門まで歩く詩乃。
だが、そこで動きを止めた。
「あれ、奇遇じゃん朝田」
「っ……」
何故だ、何故こうも今日はタイミングというものが悪いんだ。詩乃は心の中で、そう愚痴った。もはや恨みすらした。
まさに今どきの女子高生と言った格好をした3人の女達こそ、詩乃に付き纏う面倒な連中である。
包み隠さずに言うならば―――彼女が銃というものにパニック発作を起こす事を中途半端に知っている事を利用し、金を巻き上げようとする外道達だ。
「……何の用」
「いやー、ちょっと遊びまくって電車代無くなっちゃってさ。だから一万貸してくんない?」
「自業自得でしょ。私が貸す義理はないわ」
「冷たい事言うなよ。友達でしょ?」
「私は貴方達を友達だと思った事はないわ」
「チッ。面倒臭ぇな……これ、お願いじゃなくて命令な? ほら、早くしろよ。じゃないと―――」
そう言って、リーダー格と思わしき女が指で銃を形作ろうとする。
それを見た瞬間、一気に詩乃の態度が急変する。顔を真っ青にし、呼吸が乱れ、冷や汗が止まらなくなる。
イメージが頭を過ぎる。過去が頭で叫び出す。自分の呪い、今を作り出した過去が―――お前が殺したのだと非難する。
だが……あまりにも、それは悪手だった。
シュッ―――と、何かが風を切る音がした瞬間、
「―――」
ぷつりと糸が切れたかの様に、その女が前に倒れそうになった。
地面とキスしてしまいそうになった女を、誰も受け止めようとはしない。何故ならそれはあまりにも一瞬で、もはや視界はおろか意識にすら移っていなかったのだから。
瞬きをしたその一瞬。瞬きによって視界が覆われたその僅かな
「っと」
倒れそうになった女を、背後から抱える様に誰かが引き止める。そうして、ようやく周りの取り巻きが女が気絶した事に気が付いた。
「えっ、」
「は、ちょ、え?」
状況を把握する事が出来てない。だが、それも当たり前か。
いきなり人が倒れ、そして―――ついさっきまで其処に居なかった筈の男が……上泉秋永が、彼女達の後ろに立っていたのだから。
「危なかったな。見るに、急に意識を落としてしまったと言った所か。彼女は貧血持ちか?」
「い、いえ……」
「そうか。いや、学校が近くで助かった。一先ず、彼女を保健室まで運んでやってくれ。俺はこの子を見ておこう」
―――有無は言わさない。
心配している筈なのに、何処か鋭い雰囲気を持ったその秋永に気圧され、取り巻き達はせっせと女を担いで校舎の方へと早歩きで向かっていく。
「はっ、はっ……」
「大丈夫だ。ゆっくり、ゆっくり呼吸するんだ。彼女達は居なくなった、君を脅かすものは居ない」
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
宥める様に。安心させる様に。
声色は変わらないものの、しかし自分を心の底から心配しているのだと、彼の雰囲気から詩乃はそれを感じ取った。
あまり表情は変わらないし、声色だって変わらない。けど、彼はよく雰囲気が変わる。明るくなったり、暗くなったり。意外と、分かり易い。
(リアルでも、変わらないのね……)
さっきまで、苦しんでいた筈なのに。
どんな世界でも、相変わらずの
(やはり何処か見覚えがあるが…うーむ、分からん)
あんだけ顔合わせても詩乃がシノンだと気付かない鈍感系オリ主。