罪を断って悪を斬る。
悪を以て罪を斬り捨て、
罪を以て悪を断ち斬る。
信念掲げた偽善の為される事の、
なんと美しき様なれば。
此処に在るのは、
紅々たる刃金のみ。
■ ■
『
自らをそう叫び、MMOトゥディに出演していたGGOのプレイヤー「ゼクシード」に向けて発砲。突如として悶え苦しみ、ログアウトしたゼクシードは―――リアルで死亡したとニュースで報道された。
ゲームでの死が現実での死に繋がる。或いは、ゲームでの殺害を現実世界における死へと繋げる事が出来る何かを有した人物。
様々な考察が為される中で、このSBCグロッケンの総督府でも所々で死銃について話している声が聞こえたりする。
しかし。
だが、しかし。
死銃の事やら、これから始まるBoBの事やらで会話を続けているプレイヤー達が居る、このGGOの総督府ロビーにおいて、ただ一人。
たった一人だけ―――沈黙と殺意に身を包んだ男が居た。
「……」
まるで其処に誰も居ないのではと錯覚してしまいそうな程の沈黙。けれど、事実として其処にはしっかりと人が居る。確かに存在している。
実際に、其処には誰も居ないなどと錯覚する事はない。何故なれば彼の周囲、約半径数m辺りには唯ならぬ雰囲気―――否、隠しようもない殺気が満ち溢れていたからだ。
静かで、沈んでいる様にも関わらず、ソレは荒々しさを漂わせて今も猛り狂っている。
民草の一揆。或いは武士達の合戦か。それに違わぬ荒々しさだ。
雄叫びと慟哭、血潮と肉塊が飛び交う惨憺たる戦国の戦場に飛び込んでしまったのではと勘違いしてしまう様な、そんな惨状を妄想してしまう様な、そんな殺気を放ち続けていた。
その人物こそ、アキツ。今回の第三回BoBの出場者の一人にして優勝候補として名前が挙がっている剣士であるのだが。
彼の周りに人は居ない。いや、居よう筈もない。
ここまで殺気を漂わせておきながら、その殺気を感じておきながら、彼の周りに親しき友人が来よう筈もなければ、彼に期待する他者が近寄ろう筈もないのだ。
だが、勘違いはしてほしくない。彼は決して、感情に飲み込まれてこの様な暴挙に出ているという訳ではないのだ。
寧ろ感情を抑え込んで、今も他者に迷惑を掛けまいと必死になって殺気を漏らさない様に抑えている最中なのだ。
ただ、ほんの少し。ほんのちょっと。
「……死銃か」
普段のものとは全く異なる、低い声色でアキツは独り呟く。空いた左手を腰に差したライキリの柄に添えながら、
人殺し。殺人者。ゲームの世界で現実の人間を殺した男。
仮想世界の死がイコールで現実世界での死になるというそれは、SAO
だが、それ故に。アキツはその死銃と呼ばれる存在に対して、凄まじい怒りと殺意を抱かざるを得なかった。
人殺しとは、悪だ。あまりにも許容し難いもの、決して許してはいけない悪だ。誰かが斬り捨てなければいけない悪だ。
同じ人殺しが何を言うと、
だが―――
同じ悪だと? あぁ、そうだとも。否定などしない。世間においては、同じ人殺しだ。殺しという手段で悪を裁いた偽善者だ。
だからどうした? だからなんだ? それが、悪を斬り捨てない理由になるとでも言うのか?
否、否否否。そんな事はない。断じてない。
例えこの手が汚れていようとも。
例え他者から罵られようとも。
極まった悪は許してはならない。悪は斬らなければならない。まして人殺しなど以ての外、許しを考える余地すらありはしないッ!
この身が地獄の底まで墜ちるとしても、しかし決して歩みを止める事などない。
誰かが斬らなければ人が死ぬのだ。誰かが裁かねば大勢が死ぬのだ。それを、偽善だの何だのと下らない理由で見過ごせと言うならば、自らに刃を向けた方がマシだ。
「―――必ず斬り捨てる。首を洗って待っていろ、死銃」
柄を握り締め、目を鋭く細めて虚空へと言い放つ。
決意は既に固まった。志は元より愚直。恐れるものなど何もない。
来るなら来い。来ないなら向かうだけだ。その首を斬り落とし、銭も奪って、積み上げた石すら蹴り壊して―――
「アンタは何やってんのよッ!」
「いたっ」
スパァンッ! と、凄まじく良い音がロビーに響き渡る。
突如として後頭部に轟いた衝撃につい後ろを振り向くと、其処には見慣れた少女と見慣れない長髪の
「シノン…」
「なんでロビーで殺気振り撒いてるのよ! 他の人の迷惑でしょ!」
「む、漏れていたか? すまない、抑えていたつもりだったのだが……」
「あれで抑えてたつもりって……はぁ。つくづく規格外ね。けど、全然抑えられてなかったわよ。それに私が近付いた事にも気付けてなかったじゃない。そんなんで本当に大丈夫なの?」
「むぅ……ぐうの音も出ない。不甲斐ない姿を見せてしまった、申し訳ない」
「反省したなら良いわ。大会でそんなヘマしないでよね。初戦敗退なんてしたら許さないわよ」
「それは俺としても御免被る。君と相対するまで勝ち残るさ。それで、其処の御仁は?」
シノンに下げた頭を上げて、アキツはシノンの隣に立っている男へと目を向ける。
長い髪。服の上からでも分かる細い体。見た目的には完全に女。―――だが男だ。
アキツは見抜く。彼が彼女ではなく彼であるという事を。そして、自分と同じ剣士であるという事を。
「自分を女と偽って私の着替えを覗いた極悪人よ」
「なっ!? いや、だからアレは誤解で!」
「―――ほう?」
「あぁ待って待って剣を抜かないで! いや、本当です! 本当に誤解なんです! だからお慈悲! お慈悲をください!」
「腹を切れ。介錯してやる」
「アイエェェェェェ!?!?!?!?」
容姿を悪用して女性の下着姿を見るなど言語道断。其処になおれ、介錯をしてやる。誉あらば腹を切れ。
「てか、お前アキツか!?」
「む? 俺の事を知っているのか」
「俺だよ、俺! キリトだ!」
「キリト…? 何を言ってるんだ。俺の知るキリトは長髪ではないし、瞳の色も黒色の筈だが」
「GGOはアバターがランダム生成なんだ! だからこうなってるんだよ!」
「ランダム生成…?」
「嘘だろそれすら知らなかったのか…!?」
「嘘でしょそれすら知らなかったの…!?」
まさかそれすら知らなかったなどとは思わず、ついシノンもキリトならぬキリコに並んで驚いてしまう。
GGOは、SAOや他のVRMMOの様にキャラクターメイクができる訳ではない。GGOというゲームを始めた時、アバターの容姿はランダムで生成される。それはコンバートであっても例外ではない。
GGOで発生した殺人事件―――死銃の調査を依頼されたキリトは、ALOのデータでGGOへとコンバートしてきた。だが、そのアバターはALOのものとは全く異なるものだった。
ALOのアバターはリアルのキリトにかなり似ているものなのだが、このアバターは完全に見た目が女性のそれである。
なので、アキツがそれを信じられないのも何ら不思議な事はないのだ。
まぁ、それはそれとしてGGOを初めてかなりの時間が経っているのに、そんな事すら知らなかったのはゲーマーとしては結構問題である。
「知り合いなの?」
「事実ならばな。ふむ……では、一つ尋ねよう」
「俺が分かる問題にしてくれよ…」
「初めて俺と一緒にダンジョンに行った際に俺がボスに取った行動とそれに伴った影響は?」
「システム外スキル、主にミスリードと遊び駆けと見切りを駆使してボスの攻撃を殆どパリィ、ソードスキル無しの自前の剣技でボスのHPを半損。その結果として、カーディナルが他のボスの行動パターンを何度も修正した」
「よし、本物だ」
それはSAO時代、エクストラスキル《刀》を手に入れた事で、武器種《カタナ》を装備出来る様になったアキツが、それを試したいという理由からキリトをダンジョンに誘った事が始まりだった。
その結果としてキリトはアキツのダンジョン嫌らわれ体質を知り、振り回され、散々といった道中を過ごしてボス部屋へと辿り着いた訳なのだが……
それまでの道中こそがボスだったのではないかと思ってしまうくらいには、そのボスの攻略は呆気なかった。主にアキツの技量のお陰で。
友人を置いて行けないという理由から、自殺行為にも等しい無茶なレベリングに余裕でついていき、疲れ果てたキリトを逆に介護する等を当たり前の様にこなしたアキツは、当時から既にキリトと同等のレベルだった。
曲刀ではなく打刀。最も振り慣れたそれを手に入れたアキツは、キリトと共にボスを容易く攻略したのだ。
「貴方、前のゲームでも本当にとんでもないわね……」
「そっから後の事だけど、《抜刀術》のソードスキルで1フレーム疑惑の攻撃仕掛けてきたぞ」
「1フレームって?」
「抜刀から攻撃ヒットまで約0.016秒」
「……本当に人間?」
「一応」
「聞こえてるぞ」
まぁ、かくして。
《BoB》という、銃使い達の大会に―――SAOの英雄と剣鬼が参加する事が確定したのであった。
某神ゲーに出てくる墓守と剣技で良い勝負が出来る程度の男。