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廃墟の街を駆ける青年は、確実に自分を殺しに来る。それを瞬時に理解したシノンは、ライフルを抱えて素早く階段を降りていた。
予想外にして想定外。
そもそも銃弾を斬られるなんて考えてもいなかったのに、それからさらにラインもなく自分を捉えるなど誰が予想出来ただろう。
幸いなのは、相手が初心者であるが故にAGIが高くないという所か。1kmも距離が離れているならば、そう簡単に距離は詰められないだろう。
だが―――
「何なのアイツ…! どういう視力してるの!? あの距離からピンポイントで私を捉えるとか、目が良いどころの話じゃない!」
目と目が合っていた。しっかりと、真っ直ぐ。
現存する人間の中でも最高の視力を持つとされるマサイ族は、その殆どが8.0で、中には10.0を有する者も居ると言う。
だが、その視力が10であったとしても最大距離は50m。1kmという距離を見る事は可能かもしれないが、しかし細かく鮮明に見る事は出来ないのだ。
ならば当然、そこに居る人間など見れる訳もない。だが――――――あの青年は、その目でしかとシノンを捉えた。
訂正しておくと―――地の文で訂正するのアレだが―――別に青年はそこまで目が良い訳ではない。彼とシノンの目が合ったのは、ぶっちゃけて言えば偶然でしかないし、弾丸の位置は予測したのではなく勘だ。
ただ、『其処』に敵が居るという確信があったのだ。自分が見詰めたその先に、自分を撃ってきた敵が居るという絶対的な確信が。
それは、第六感。或いは超感覚。そう呼ばれるもの。
かつて世界を救った一人の英雄が有したものと似て非なる、相手の殺気だけでなく強い感情をも感じ取るもの。
このゲームの世界において、もはやテクニックにすらなり得ないそれによって、青年はシノンの狙撃に反応し、そして居場所を捉えたのだ。
それは―――青年がその感覚に頼らざるを得ない程の戦場に居たが故に身に付いてしまった、一種の
「見付けた」
「!?」
バリンッ!!! と、劈く様に硝子が割れて一人の人間が行く手を阻む様に転がり込んだ。
つい足を止めてしまう。だが、それも無理はない。
時間にして約10分。
平らな場所ならば兎も角、此処は廃墟の街。ビルや建物が多く存在し、真っ直ぐ進むだけでは辿り着けず迂回しなければならない戦場だ。
にも関わらず―――初心者でAGIも上げていない筈の青年は、10分という時間で1kmの距離を殺して現れた。
「ど、どうやって此処まで…!?」
「一々曲がったり道を変えるのは面倒だったので、外から建物を駆け上がったり跳び移ったりしてショートカットして来た」
…
……
………
…………
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――????????????????????????????」
かなり間を置いたが、それでも全然理解が出来なかった。頭の中で宇宙と一匹の猫が広がっていった。これがスペースキャット……
わざわざ道を変えたりするのが面倒。曲がったり真っ直ぐだったりで時間が掛かる。これはまだ分かる。
だが、そこから外から建物を駆け上がったり、建物から建物に飛び移るという考えに至るのが訳分からない。
言ってる事が全然普通じゃない。まったくマトモじゃない。何を言ってるのかしらこの初心者は?
ぽかんとしているシノンを見て、青年は分かり難かっただろうかと首を傾げた。
「流石にずっと壁を走ってた訳じゃないぞ。途中から別の建物に飛び移って、下がってきたらまた飛び移ってを繰り返した」
「…………………………………………………………………………」
「うーん……これ以上は説明のしようがないんだが」
困った様に、青年は悩む。
だがしかし、ここで青年が困るのはお門違いである。寧ろ現在進行形で困り悩んでいるのはシノンの方なのだから。
「初心者にそんな訳の分からない動きが出来る訳ないでしょ!?!?!?」
「うぉ。急に大きい声を出さないでくれ、ビックリした」
「あ、ごめんなさい……って、そうじゃなくて! 貴方、初心者なのよね?」
「うん? あぁ、そうだ。こつこつ貯めたバイト代で買って、今日始めたんだ」
「そうよね……つまり、能力構成も特に決まってない」
GGOは『レベル制』ではなく『スキル制』。
従来のレベル制であれば職業によってステータスの割り振りを行うが、GGOの様なスキル制では決められたゲーム内のスキルを選択し、それを自由に上げる。
「そうだな。取り敢えず試し斬りがしたかったら、考え無しに出てきた所だ」
「GGO初心者っていうか、ゲーム初心者なの……?」
「む。ゲームは初心者ではないぞ。これでもやり込んでいた方だ。まぁ、もう無くなってしまったんだが」
「そう……でもね、初心者はそんな訳の分からない動きは出来ないわ」
「そうか? 感覚と距離が掴めれば簡単だが」
「そんな訳ないでしょッ!?」
「能力値の振り無しは要するに一般人と同じ訳だろう? だが現実と違ってリミッターは無いからな。簡単だぞ」
「何を言ってるの……?」
分からない。言ってる事がこれっぽっちも分からない。
確かにGGOはゲームだ。身体能力にリミッターなんて掛けられていない。だが、だからと言って青年の言葉が理解出来るかと言われれば否である。
リミッターが無いからとか、物理法則が云々とか言われても、この人間がやってみせた事はあまりにも桁違いで常識外れだ。
「彼奴は『システム外スキル』とか言っていたな。一応、これに当てはまるものだ。っと、話が大きく逸れてしまった。いや、この場合は目的が逸れたと言うべきか」
ブォンッ……と、光の刃が熱と共に唸る。
青年の目的はただ一つ―――目の前の少女をその手で斬り捨てる事である。
正直、青年にはGGOのシステムがよく分からない。なんならPKによるアイテムドロップも知らぬままだ。
だが、青年は『経験者』だ。戦闘の経験者、死合の経験者だ。
生きるか死ぬかの世界を生きた人間だ。故にこそ、自分を殺そうとする人間に対しては人一倍敏感であった。
「君は俺を狙った、つまり敵だ。見敵必殺、悪即斬。廃墟の街にて獲物を狩る御人よ。産まれて間もない赤子、一介の剣士の身にて申し訳ないが―――
「随分と芝居がかった台詞ね…!」
1kmもの距離は遂ぞ3m程度にまで縮まっている。
片や剣士、片や狙撃手。
この距離ではライフルを構えられない。仮に構えるのが成功しても、当たる確率は極めて低いだろう。
ここは、剣士の狩場。剣士の舞台だ。彼我の距離は既に無に等しく、こうも縮まった距離において狙撃手に出来る事は数少ない。
腰には拳銃がある。だが、スナイパーライフルの銃弾すら感知したこの男と対面している今、果たしてそれが許されるかどうか。
向こうに隙があるならば、構えられる。この近距離ならば、放たれた銃弾を躱す事も容易ではない筈だ。
だが―――それが出来るイメージが、どうにも湧かない。
あぁ、これはダメだ。どうやっても反撃出来るイメージが無い。
「降参。この状況じゃ、どうやっても貴方には勝てそうにないもの」
シノンは呆気なく諦めた。
ライフルを地面に起き、両手を挙げて膝をついた。見て分かる通り、降参のポーズだ。
青年はキョトンとし、そこから少しして驚いて、
「ゲームで介錯を頼まれるのは初めてだ」
「違うわよ!?」
まったく見当違いの言葉を口にした。