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Bullet of Bullets―――略して、《BoB》。
それはGGOというVRMMOFPSゲームにおいて、いったい誰が最強なのかを決めるバトルロワイヤル形式の大会。
《BoB》の本戦に出場するには、本戦出場権を得る為の今日のトーナメント式の予選試合を勝ち抜き、上位へと食い込まなければならない。
予選はアルファベットのブロックごとにランダムで分けられ、ソロ遭遇のトーナメント型で行われる。フィールドは完全にランダムで、スポーン位置もまたランダム。しかし、互いに最低でも500mは離れた場所からスタートする。
その予選で各ブロックの上位に食い込んだ二名―――つまり1位と2位の二人だけが、各ブロックの生き残り合計30名と総当りのサバイバル型の本戦を行う事になる。
この予選で1位、或いは2位にならなければ本戦へは勝ち進めない。即ち―――取れる順位など、最初から決まっているという訳だ。
「狙うならば、やはり一位だな」
寂れた狭い廃墟の中、ぽたぽたと建物の罅の隙間から零れる雨粒の音を気にもせず、アキツは警戒しつつも堂々と歩いていた。
腰に差したるはライキリG7とクサナギG8。打刀と脇差の様なその組み合わせとヨミビトシラズという和洋折衷を体現した様な格好は、まさしく現代の侍と言わざるを得ない。
此処はダンジョンではないし、モブも居ない。敵対NPCなど存在せず、ただ己を狙う敵が一人居るというそれだけの場所だ。
そんな場所をコソコソと歩く必要など、アキツには全く無かった。そもそもとして、アキツにはコソコソ動く等という思考がまず頭の中には無かった。
自分の得物は剣二振り。銃器も弓矢もありはしない。背負うものなど一つもなく、この手にあるのは敵に近付き振り抜くしか出来ない人斬り包丁二振りのみ。
なればこそ、鼠の如くコソコソと歩くなど愚策に等しい。歩いていれば敵は見付かる、見付からなくとも敵が攻撃してくれば居場所は分かる。剣士であるが故に、そういう戦い方しかアキツには出来ぬのだ。
「何より……こうした方が炙り出すにも最適だろうよ」
ふと、再び殺気が零れてしまう。
それは、予選が始まる前の事だ。
アキツがシノンとキリトと合流して僅かばかりの時間が経った頃、アキツはキリトから死銃に関連した情報を聞かされたのだ。
『何? 死銃と思わしき人物を探している?』
『あぁ。死銃についての調査を依頼されてさ。それでGGOにログインしたんだ』
民間の協力者として、キリトは死銃と思わしき人物―――つまり容疑者を探す為に、GGOの《BoB》に参加しに来たという事らしい。
その捜査に、アキツも協力してほしい。キリトは頭を下げて、そう頼み込んだ。
かつてのキリトならば、危険な事に巻き込む訳にはいかないと責任を感じ、決してアキツにその事を伝える事はなかっただろう。
だが、キリトはアキツに話した。自分が死銃を調べている事、この《BoB》に死銃の容疑者らしきプレイヤーが居ると疑っている事を。
けれど、残念な事にこれは決してアキツを友として信頼しているからとか、相棒として頼る事を覚えたからとか、そういった絆的なものではない。
いや、信頼はしているし相棒と呼んでも過言でないくらいに、共に戦場を駆け抜けた仲間であり戦友ではあるのだけれども、これはそういうものではない。
これは枷だ。キリトなりの、アキツへの枷であり縛りなのだ。
仲間であり戦友でもあるキリトからしても、アキツの『悪』というものに対する容赦の無さ、在り方は異常だった。
SAOでラフコフ討伐隊の事件が起きる前の段階―――より正確に言うならば、ギルティソーンの事件やシリカを狙ったオレンジプレイヤーへの対応を知った時から、既にその事には気付いていた。
故に、キリトにとってアキツを放置する事は最も避けたい事だった。何も情報を与えずに放置していれば、《BoB》という大会は確実に崩壊する。
ゲーマーとしての視点から言わせてみれば、アキツという存在はあまりにも桁違いで、天災以外の何者でもありはしない。
そんな彼が殺気を振り撒き、本気で挑むのならばゲームがゲームとして成り立たない。それはただの一方的な虐殺戦場だ。
何より―――友人として、戦友の手をこれ以上汚して堪るものか。そう思う確かな気持ちがあったのだ。
まぁ、
そんな戦友の気持ちを察してか、アキツはいかんいかんと殺気を抑え込む。
「相手が死銃と確定している訳でもないんだ。こうも暴走しては見えるものも見えんというもの……。今は《BoB》に集中しよう。取り敢えずは勝ち進まねば」
深く息を吸って、吐き捨てる。戦場で感情を乱してはダメだ、迷えば敗れる。隙を生む。
死銃の事は決して許しはしない。だが、それはそれだ。今の自分は《BoB》という大会に出場する選手の一人。友人との相対を果たす為にも、今は勝ち抜かなければ。
そう決意し直し、よしと一歩を踏み出そうとした瞬間―――
ぽぉんっ、と腑抜けた音が廃墟の中で響き渡った。
「っ!」
咄嗟に身を屈め、コンクリートを蹴って前方へと跳ねれば、ドゴォォォォッッッッッッ!!!!!!!! と、突如として発生した爆風によって背中が押し出される。
ダメージは無い。だが、完全に不意を打たれた。その中継を総督府の地下にある画面で観ていたプレイヤー達は、おぉッ!!! と一気に沸く。
あのアキツが、超感覚で狙撃手の位置すらも察知する剣鬼が、不意を突かれたのだ。
(人の気配も殺気も、強い感情すらも感じなかった。仕掛け罠の類か?)
柱の物陰に身を隠し、ライキリの柄に手を添えながらアキツは思考を巡らせる。
超感覚が作動しなかった。殺気も強い感情もまるで感じなかった。そうなれば、導き出される答えは自然と一つに縛られる。
超感覚を有するアキツが、唯一として感じ取れぬ存在―――それは、《無機物》だ。
感情も意思も籠らない兵器。武器。単純な動作、仕掛けだけで発動する罠の類だ。それならば、自分が不意を突かれたのも頷ける。
(
感情も意思も籠らない、或いは抱かない存在。それこそアキツの天敵であり、最も警戒すべき代物だ。
アキツがGGOを始めてから既に数ヶ月もの時間が経過している。良くも悪くもアキツの名前、戦闘の情報はGGOのプレイヤー達にかなり広まってしまっている。
強者は揃って名が上がる。名が上がれば知る者が増える。知る者が増えれば仇なす者も増える。なればこそ、その強者への対策を取る事は決して不可能ではない。かと言って、容易ではないのも確かだが。
だが、この対策は初戦あまりにも完璧過ぎると言わざるを得ない。知ってか知らずか、的確にアキツの弱点を突いた見事な戦法だ。
「初戦でこれか。ゲームのイベントに参加するのはこれが初めてだが、《BoB》……中々奥が深いじゃないか」
感心した様に、アキツの口角が上がる。
彼とて人だ。退屈には苦しむもの。だが、その退屈もここで瓦解し、崩された。
《BoB》。猛者と挑戦者達が集う大会。ただ剣を振るうしか能のない己とは違い、銃器と戦術を用いて戦場を駆ける者達との戦闘。
殺し合いではなく、純粋なる決闘。ゲームの中だからこそ出来る戦いだ。
「―――上等だ。剣士アキツ、真正面から正々堂々と悉くを斬り伏せて御覧に入れよう」
戦略? 戦術? そんな乱暴で野蛮な事が出来る訳ないじゃないですか。穏便に正面突破するしか取り柄のない男です。
ラフコフ討伐隊を置き去りにして、ただ敵を斬るという事以外に何も考えず突っ込んだ男、それこそがアキツ。
宮本武蔵の様な勝つ為に手段を選ばぬ兵法家に教えを施されたならばいざ知らず。此方は一殺多生にして一生多殺、相手の攻めをこそ己が攻めへと転じる新陰流である。
どんなトラップがあるのかなんて知った事ではない。こちとら剣を振るしか出来ない剣鬼だ、その程度の難関など―――腐る程に斬り捨てて来たのだ。
「―――!」
覚悟は決めた。後は突っ走るだけだ。
物陰から我が身を躍り出し、ライキリの鯉口へと親指を添えて廃墟の中を疾走する。
ぽんっ、ぽんぽんぽんっ。と、腑抜けた声が何度も轟き、暗闇の中から幾つもの黒が姿を表すのをアキツは決して見逃さなかった。
その内の幾つかは、己の間合いに入り込む。
見逃せば爆死。回避は不可能。防御も然り。爆炎によって己が身は焼かれ、爆風にトドメを刺されるは必然。
ならば―――斬って捨てる他、道は無し。
親指で鯉口を切り、疾走したまま間合いへと入り込んだ幾つかの小さな黒を抜刀で斬り捨てる。
横一直線。寸分の狂いもなく斬られたそれは、もはや爆発する事すらなく地に捨てられる。アキツはそれに一瞥もせず、ただ只管に突っ走る。
爆発、爆風、爆炎。全てが脅威。命を焼き焦がす刃となり得る。けれど、その悉くが当たらない。
間合いに入ったものを斬り捨て、駆けて駆けて駆け抜ける。―――もう何度もやって来た事だ。
「ウソだろ…!? やっぱバケモンだろアイツ! こっちがどんだけ頭回してこの策を思い付いたと思ってんだよっ!?」
アキツより僅か10m離れた柱の物陰に隠れた男は、遂に耐え切れずそう叫んだ。
トラップ制作のスキルによって作り出した、ランチャー&グレネードトラップ。
廃墟の様々な場所に仕掛けた糸の様な短く脆いワイヤーに引っ掛かれば、それだけで作動する単純かつ強力なそれは、しかし男のグレネードランチャーを犠牲にしたものだった。
つまり、今の男は素手。アキツに抗う為の武器が一つもないのだ。
「ほう、なるほど。自分の得物を犠牲にした罠という訳か。中々に大胆な事をするものだな、貴殿」
「あっ――――――」
「良い戦術だ。俺の様な男には、中々効果がある。だが、突破された時の事を入れなかったのは失敗だったな。さらばだ、
刃金が男の首を斬り落とし、HPを全損させる。
第一回戦―――勝者、アキツ。