《GGO》で剣聖   作:全智一皆

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第二十話 それは冷たい刃の様な

 

■  ■

「ふぅ……何とか終わったな。アキツの方は…あれ? アイツまだ終わってないのか。てっきり先に来てるものだとばかり思ってたんだけどな」

 

 第一回戦を無事に勝利で終わらせたキリトは、自分より先に来ているだろうと思っていた戦友が居ない事に少しばかり驚いていた。

 あのアキツが、まさか来ていないとは。負けたなんて事は絶対に有り得ないだろうから、おそらく敵の策に翻弄されているのだろうと、総督府地下ロビーにあるモニターを見上げれば、物陰に隠れて機を伺っているアキツが居た。

 

「多分、トラップかな。アイツの天敵って言ったらそれくらいだし」

 

 曖昧ながら、『超感覚』を有している事を自覚しているキリトだからこそ、アキツが何に苦戦を強いられているのかは理解出来る。

 人に限らず、モンスターの攻撃すらも察知する事が出来るのは、強い殺意や感情があってこそ。SAOというデスゲームの中で剣士として数多の死合を経験してきたが故に花開いたそれは、アキツの武器。

 だが、あくまでもそれは相手の殺意や感情を感覚的に察知しているから反応出来るものであって、彼とて無から何が飛んでくるかを予測する事は出来ない。

 故に、彼にとって感情も意思もない存在というのは天敵だ。何かの行動、発言によって作動するトラップはその最たる例と言えるだろう。

 

「というか、アイツ本当に剣だけなのか……ゲーム的にどうなんだ? もっとFPSしろよ。これFPSゲームだぞ? ナイフキルとかとは違うんだからさ」

 

 呆れた様な、困った様な顔をするキリト。いや、まさしくその通りではあるのだが。

 幾ら剣が使い慣れてるからって、FPSゲームの世界で銃器というものに一切関わる事なくプレイするというのは、ゲーマー的にちょっと一言や二言くらい行ってやりたい。そんなキリトの気持ちは、決して間違いではないだろう。

 ゲームプレイは勿論、個人の自由だ。それは否定しない。だが、せっかくのGGO。せっかくのFPSゲーム。

 これまで剣しか触れて来なかった、刀剣類しかなかった世界から、銃器という現代の遠距離武器を使うゲームをプレイしているのだ。せめてサブで入れるくらいはしろよ、というのがキリトの文句である。

 自分の様に調査で来てる訳ではなく、趣味としてやっているのだからFPSとしてFPSを楽しんでも良いじゃないか。

 

「まぁ、俺も剣使ってるからあんま強くは言えないけど……」

 

 キリトもまた、最初の頃のアキツと同じ様に光剣(フォトンソード)使いである。

 SAOは勿論、ALOでも剣を手放す事がなかった彼だ。GGOでも剣を手放す事がなかったのは頷ける。

 何より、彼はサブとしてハンドガンを装備している。右手に光剣、左手に拳銃というガン&ソードと呼ばれる―――勝手にそう呼んでるだけ―――スタイルを取っているのだ。

 対してアキツはメインでライキリ、脇差代わりにクサナギという、もう隠そうともしない完全なる侍スタイルである。

 ぶっちゃけた話、ここまで実力と剣技を見せつければ彼が上泉秋永であるとバレるのは時間の問題だが、まぁそれは本人の問題だろう。

 それはそれとして、どんな場所でも相変わらずな戦友に嬉しいやら困ったやら、複雑な表情をしたキリトは、

 

「―――オマエとヤツは、本物か?」

「っ!?」

 

 突如として背後から掛かった籠った声に驚き、咄嗟に大きく距離を離す。

 腰に掛けた光剣(フォトンソード)に手を添えながら、冷や汗をかいて背後に立った相手へと視線を向ける。

 黒い外套を纏った、赤い目をした髑髏のマスクを付けた長身の男。全く見覚えのないその男は、距離を取った事も気にせず話しを続ける。

 

「もう一度、聞く。オマエとヤツは、本物か…?」

「……」

 

 誰だ? 誰だ? 誰だ?

 見覚えはない。だが―――俺は、コイツを知っている。キリトは、直感でそれを理解した。

 思い出す事は出来ないが、けれどもこの男と自分は何処かで会っている。何処かで出会い、剣を交えている。

 

(知っている……絶対に。確信だ。間違いない。俺はコイツを知っている。コイツと会っている。コイツと顔を合わせている…! でも何処だ? 何処で出会った?)

「……質問の意味を、理解していないのか…?」

「っ、あぁ。意味が分からない。本物って、どういう事だ…?」

「……」

 

 本物。それが指し示す意味を、キリトは理解出来ずにいた。

 男は指を縦に走らせ、トーナメント表を表示させてそれをキリトへと見せつけて、名前の方へと指す。

 

「この、名前。Kirito、Akitsu。オマエは、英雄か? ヤツは――――――」

 

 言い切ろうとして、男はそれを止める。

 キリトの方から目線を外し、モニターの方を見詰めている。

 訝しみながらも、キリトは男が見詰めるモニターの方へと目線を移す。そうすれば、そのモニターの中で―――降り掛かるグレネードの悉くを斬り捨てながら疾走する剣士の姿があった。

 

「―――聞くまでも、なかったな」

「……どういう、ことだ」

「ヤツは、本物だ。あの剣技を、忘れる訳が、ない……」

 

 冷静で冷徹で冷酷で冷淡で。

 無情で薄情で残酷で酷薄で。

 何も思わず、何も抱かず、ただただ無情に立ち塞がる悉くを斬り捨てんとする剣技。

 人を護る為に鍛えたのではなく、人を殺す為に鍛えられた剣。何度も何度も殺し合いを重ね、剣を交えて積み重ねられた最高峰の技。

 男はそれを見た。何度も、それを目にした事がある。

 故に、分かる。

 それ故に、理解する。

 嗚呼、間違いない―――奴は、あの《剣鬼》なのだと。

 

「オマエは、本物か? それとも、英雄の名を騙る偽物か…」

「っ、ぇ、ぁ」

「決勝で、確かめるまで…あの剣鬼を、その気にさせられる、ならば……オマエも、斬って、捨てよう……」

 

 トーナメント表を閉じ、腕を降ろしたその刹那を、キリトは決して見逃さなかった。

 背を向けようとした瞬間に見えた、包帯が巻かれた腕。その隙間から顔を出す様にマーク―――笑みを浮かべた棺のそれを目にした瞬間、キリトはぞっと顔を真っ青に染め上げた。

 

 鼓動が早まる。呼吸が乱れる。

 『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』。SAOというデスゲームに存在した殺人鬼ギルド、200人以上のプレイヤーの命を奪った殺人者達。

 浮かび上がるのは、あの日の光景。

 戦友を人殺しにしてしまった瞬間。

 たった一人の友人に……全ての罪を背負わせてしまった、弱き己の過去。

 

「……」

 

 男はもう居ない。ただ、己だけが其処に居る。

 よろよろと、力なく近くのソファに腰を降ろして頭を抱える。

 誰かを殺した訳ではない。自分がこの手で、人を殺してしまった訳ではない。

 だが―――ある意味では、人を殺したも同然なのかもしれない。

 弱いから、背中を押す羽目になった。覚悟が無いから、決意が足りなかったから、友人を一人で行かせてしまった。

 一緒に行けば、止められたかもしれない。それが出来なくとも、例え止められなくとも、せめて一緒に罪を背負うくらいの事は出来たかもしれない。

 だが、行かなかった。行けなかった。分からなかった。理解出来なかった。

 長く一緒に居たのに。独り(ソロ)で動こうと決めて、大切な人とのバディを解消しても尚、一緒に居てくれた友人の事を何一つとして……キリトは、分かる事が出来ていなかった。

 己の弱さへの自己嫌悪。言う筈のない友人からの罵倒。幻影。自らの手を汚さなかったが故の、自分が優しいが故の、異なる恐怖がキリトにはあった。

 

「おれはっ、おれ、は――――――」

「――りと、きり――――――キリト」

「っ!?」

 

 バッと顔を上げたその瞬間、両手が包まれる。

 アキツが居る。友人が居る。

 いつもの顔で、いつもの目で、其処に居る。

 

「あき、つ」

「ゆっくり呼吸しろ。何も言わなくていい。今は、取り敢えず落ち着け」

「あきつ、おれは、」

「いい、何も言うな。後から幾らでも話は聞く。だから今は落ち着くんだ、キリト」

「ちょ、ちょっと。どうしたのよ、其奴。顔色が……」

 

 試合が終わったシノンもまた、キリトの方へと駆け寄る。

 顔面蒼白。そう言うしかない表情だ。何かに怯え、恐怖している。まるで銃を見た時の自分の様だが、少しだけ違う。

 それは―――他者や何かに対するものではなく、己の弱さへの嫌悪から来るものだ。

 

「何があったの?」

「分からない。試合が終わって此処に戻れば、こうなっていた。おそらくは、前のゲーム関連の事だろうが……」

「あき、つ」

「キリト。今は」

「おまえは、ダメだっ。出ちゃいけない……これ以上、お前は人を斬っちゃ―――!」

 

 ふん、と。キリトの姿が消え失せる。

 休憩時間は終了。第二回戦の幕開けだ。

 握っていた手が消え、虚無を掴んで肩が震える程の拳を握り―――

 

「――――――」

「…………………………ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 全てが、溢れ出す。

 目には見えぬもの。本来ならば感じぬもの。それを人は殺気、殺意と呼ぶのだろうが、しかしこれは決してそんな生易しいものではない。

 黒い何か。刀で全身を一瞬で斬り捨てられるイメージがゲームの中で、頭の中で浮かび上がってしまう程の濃く強い感情の放出。これを殺気と呼ぶのなら、他の殺気と呼ばれるものは随分とちゃちなものになってしまうだろう。

 ロビーは静まり返っている。誰一人として、何も喋らない。否―――一言だって喋れる訳がない。

 今日まで生きてきた中で、たった一度だってここまで鮮明に自分が死ぬ瞬間をイメージしてしまう程のものを感じ取ったならば、言葉を交わす事など不可能だ。

 

「……死銃だな。キリトに接触したのか。俺の友人に何を吹き込んだのかは知らんが……」

「あき、つ……?」

「―――俺は、斬る。必ず」

 

 全悪斬捨。問答無用。

 剣を握りしは地獄の修羅。一筆抹殺をも辞さぬ羅刹天。

 我が友に手を出すと言うならば―――例えそれが死を呼ぶ者で在ろうとも、この刃で首を斬り捨てて御覧に入れよう。

 抜かば斬る。決して止まらぬ。それこそ剣鬼の踏む道。




この世で最も『心意』というものを扱ってはいけない男。
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