シュピーゲルの名前をフリューゲルと間違えていたので訂正。noaaaa様、ご指摘ありがとうございます。
汚名と愚行を挽回する機会→償う機会に訂正。なまなぼな様、ご指摘ありがとうございます。
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斬って、斬って、斬って。
立ちはだかるもの全てを悉く斬り伏せるその様に、誰もが驚愕し、そして恐怖していた。
アキツ。突如としてGGOに現れた、FPSゲームで銃器を一つとして装備せず、ただ剣だけを用いて戦場を駆け抜ける侍。
刀の形をしたレア武器である『ライキリG7』と、
そんな彼の戦闘は―――あまりにも、冷徹なものだった。
此処は戦場ではない。此処は仮想世界、決してリアルなどではない。言ってしまえばただのゲームでしかない場所だ。
そんな世界において……アレは、なんだ?
果たして、アレを遊びと言っても良いのだろうか?
アレをゲームであると言っても良いのだろうか?
否、否だ。絶対に、そんな事は有り得ない。
アレは本気だ。アレはもはや―――ゲームをゲームとしてプレイする一人のプレイヤーですらなくなっている。
《剣鬼》。かつてSAOに存在した殺人ギルド『
ヒースクリフとキリトという二人の強者を差し置いて、ただ僅かばかりの友を除いたプレイヤー達は揃って《剣鬼》を恐れた。
もう決して目覚める事はない。そう思われていたモノは、しかし友が為に再び目を覚まして剣を握っている。
手加減も、容赦も、躊躇も。そのどれもが一片足りとも見当たらない。
飛んでくる銃弾は全て斬り捨て、次の一手を打たせずに首を落とす。
隠れた者の僅かな敵意、感情を先読んで居場所を突き止め、距離を殺して首を落とす。
感情などまるで無い。移す行動の全てが単なる作業。目の前に立ち塞がる者全てが動く藁。決して敵として見てはいない。
もはや歓声は無い。ただ誰もが、静かに彼を恐れるのみだった。
「……」
「恐ろしいね、彼」
それを眺めていたシノンに、声が掛かる。
「シュピーゲル……」
「やぁ、シノン」
灰色の髪を持った彼の名はシュピーゲル。GGOにおける数少ないシノンの友人である。
シュピーゲルはモニターに映るアキツの戦闘場面を見ながら、恐ろしいと口にした。
「ただひたすらに強い。アレはVRゲームをやり込んだが故のものじゃない、実戦に実戦を重ねた末に得た力だ」
「実戦……」
「モニター越しだけど分かる。感情なんてものが欠片もないんだ。動く時も斬る時も、まるで伽藍堂みたいに感情が篭ってない。ただそうするという意思があるだけ……
相手を斬る為に動く。相手を斬る為に距離を潰す。
相手を斬る為に戦う。相手を斬る為に剣を振るう。
全ては相手を斬るという結果に収束し、其処に至っても尚、アキツは何か一つの感情すらも抱かない。何一つとして、アキツには何ら影響を及ぼさない。
相手を斬る為に行う動作の悉くが自然体。それが呼吸と同じであるかの様に、平然とそれを行っている。
「まぁ、全部兄さんの言葉なんだけどね。でも、僕にも分かる事がある―――アレは、怪物でしかないって事だ」
「っ……」
怪物。そう言われて、シノンは違うとすぐに言えなかった。
だって―――怖いと思ったから。強さというものの目標だと思っていた筈の人が、恐ろしいと一瞬でも思ってしまったから。だから、否定が出来なかった。
そうじゃない、と。
アキツは怪物なんかじゃない、と。
ただ淡々と敵を斬り伏せ、斬り捨てる冷血の鬼。己が剣技で以て悉くを斬って殺す殺戮の剣鬼。
それが怪物でないと言うのなら―――いったい、何だと言うのだ。
「けど、シノンなら勝てるって僕は信じてるよ。君はとても強いんだから。頑張って、シノン。応援してるよ」
「……えぇ。ありがとう」
予選決勝は―――シノンとアキツ。
本選に出られるのは1位と2位。この試合で負けたとしても、二人は本選には進む事が出来る。
けれど……シノンは、自分の胸の内が苦しく、辛くなっていた。
(私が戦いたかったのは、勝ちたかったのは――――――本当に、あのアキツなの……?)
◆
予選決勝が開始する。
其処は廃墟、その橋の上。夕日を背景としたその中で、シノンはポップした。
「……最低でも500mは離れてる。なら、まだ十分に移動は出来る。此処からだと……あのバスまでが限界かしら」
心中は決して穏やかではない。だが、それであったとしても、しかしアキツと戦わないという選択肢はシノンには無かった。
強引に、荒れた心の内を抑え込んでシノンは冷静を装って周囲を見渡し、
場所が橋の上というのもあって、シノンが取れる選択、場所は限られる。時間は僅か。それまでに移動を済ませ、狙撃をするに優位な場所を陣取らなければならない。
「……」
廃車になりつつあるバスの中に入り込み、その中央に伏せてへカートⅡを構え、深呼吸を繰り替えてしながらスコープを覗く。
落ちていく夕日。過ぎていく時間。たった数秒ばかりのそれが、まるで数時間の様に長く感じてしまう。
アキツを倒す。それが、彼と関わる様になってから遂に変わったシノンの目標だった。
強さの証明。即ち最強の打倒。
GGOにおいて……否、もはやあらゆる剣という武器が存在する全てのVRMMOゲームにおいて、アキツは最強そのものだ。
超人的な身体能力と自己把握。死が隣り合わせの世界で鍛えられた剣技。常軌を逸した第六感。
キリトとアキツの会話を聞けば、嫌でも察しがつく。そして嫌でも納得出来る。
SAO―――ソードアート・オンライン。天才にしてマッドサイエンティストである茅場晶彦によって創られたデスゲームの
アキツとキリトの強さとは、ゲームでの死が現実での死となる世界で、必死に足掻き続けたが故に手に入れた強さなのだと。
そして―――
『おまえは、ダメだっ。出ちゃいけない……これ以上、お前は人を斬っちゃ―――!』
その言葉の意味は、まさしくその通りなのだろう。
アキツは、上泉秋永は―――
自分と同じ、人殺し。
「っ! ちがうっ、アキツはそんな……」
違う? どうして否定出来るの? 貴方は、彼の事を何も知らないのに。
そんな幻聴が、さらにシノンの精神を乱れさせる。
事実だから。彼女は彼の事を何一つとして知らない。彼の内側を、彼の過去を全く知らないのだから。
まだアキツが人殺しだと断定した訳ではない、なんて苦しい言い訳は出来ない。キリトのあの言葉には、嘘なんて無いと分かってしまったから。
「っ……ぁ」
ふと、小さく声が漏れた。
スコープの先。夕焼けに背を向けながら―――待ち人が、ゆっくりと歩いていた。
「……」
無表情。無防備。
右手に握っていたライキリは鞘に納まっている。クサナギも腰に掛けられたままだ。
殺意や敵意云々ではなく―――そもそもの戦意が、まるで感じられない。
「な―――」
「っ、ざ、」
「ふざっ――――――」
「ふざけないでよッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ドォンッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
怒号と共に、銃弾が放たれる。
ヒュン、と空気を切り裂く鋭いソレは、まさしく獲物の首をへし折る鷹の如く。けれども、鷹はアキツの頭を外れて背後の車を穿ち、爆発させただけだった。
「っ!」
引き金を引く。…外れる。
引き金を引く。……外れる。
引き金を引く。………外れる。
引き金を引く。…………外れる。
計五発。全てが外れた。掠りすらしていない。
へカートⅡを持ち上げ、急ぎバスから降りてアキツの方まで駆けていく。
「どういうつもりっ? なんで戦わないの?」
「……」
「答えなさいよ…! 私には、剣を抜く価値すら無いって事?」
「……《BoB》の本選に出られるのは、その各ブロックにおける1位と2位。君はそう言った」
「……えぇ、そうよ。それが何?」
「こんな俺と君が戦う理由はない」
「ッ―――なによ、それっ!」
湧き上がる感情に身を任せ、へカートを放り投げてシノンはアキツに掴み掛かった。
「ふざけないでよッ! そんなので勝っても意味がない! 戦う理由がないですって? なによっ、それ!」
「……」
「えぇ、そうでしょうね! 貴方にとっては結局
その言葉に、アキツの無表情が崩れる。目を見開き、ハットした表情に切り替わる。
だが、シノンは止まらない。もう止まれない。
心のダムは完全に瓦解した。溜まっていたそれは、全てが吐き出される。
「でもっ、その価値観に私を巻き込まないでよッ!」
「し、のん」
「わたしはっ、貴方と本気で戦いたくてっ! 全力で戦って、貴方に勝ちたくて…頑張ったのに……!」
するりと、腕の力が抜け落ちる。とす、とアキツの胸に頭を押し付ける。
ぽたりと頬を伝った涙が、地面に落ちて……
「どうして、そんなことをいうのよっ…! わたしのきもちすら、どうでもいいっていうの……?」
「―――――――――」
自分が何をしたのか。自分が何を言ったのか。その全てを、アキツは遅れて理解した。
侮辱だ。屈辱だ。
己は今、アキツという一人の人間と全身全霊で戦う為に頑張った、努力した人間の全てを否定し、拒絶し、破壊してしまった。
己の恩人を。己の友人を。己の手で、言葉で―――泣かせてしまったのだ。
……愚か。
愚か、愚か、愚かッ…!
何をしているのだ己は。
何をしているのだ、上泉秋永。
お前は何の為に鍛えた? 何の為に剣を振るった?
全ては、大切に想う人達を守る為に―――悲しませない為に、あの世界で必死に生きたのではなかったのか?
「……シノン」
右手でシノンの涙を拭い、左手で襟を掴んだシノンの手を優しく握り返す。
少しだけ離してくれ。傷付けない様に、これまでの無情の全てを覆すかの如く穏やかに言って離させる。
「あきつ…?」
大きく一歩下がって、また一歩下がって、その場で膝を落として正座をする。
両の手を地面に着けて、体を落とす。
「――――――誠に、申し訳ないッ!」
ごっ! と、頭蓋が割れんばかりの鈍い音を叩き出して地面に頭を叩き付ける。
あまりにも勢いがあり過ぎて、HPのバーが半分にまで減ってしまったそれこそ『土下座』。
日ノ本の民たる日本人が誇りし伝統。尊崇高貴な対象に恭儉の意を示す、或いは深い謝罪の意を示す際に行うものである。
「返す言葉もない! 俺は、いや私は、君の熱意を、BoBへの想いを―――私への戦意を粉々にしてしまった! 愚劣極まりない事をしてしまったッ!」
「……土下座しても、許さないっ、わよ」
「そうだな。それ程までの事を、私はしてしまった。君の全てに背く様な事をしてしまった事、此処に深く謝罪する。可能な事であるならば、腹を切って詫びたい所ではあるが……それは、さらなる愚行だろう」
「…………そうっ、ね。そんなことしたら、絶交っ、するわ」
「私としても、それは嫌だ。絶対に。だからシノン――――――俺に、それを償う機会をくれ。
今この場所で、
もう遅いのかもしれない。今更が過ぎるのかもしれない。けれど、そうすべきだと思った。
戦意には戦意を、熱意には熱意を、想いには想いを。アキツは自らに受けたソレ全てを、必ず倍にして返す。
全力での勝負を望んだシノンの想いを侮辱してしまった自分に出来る、せめてもの償い―――それが、上泉秋永としての己が技ではなく、
「愚かな申し出だと分かっている。だが、愚問な己にはこれしか思い付けなかった。……どうか、受け入れてはもらえないだろうか」
「…………」
「……お願いします」
「………………」
静寂。頭は着けたまま。
たった数分の逡巡。
その果てに―――シノンは、深く溜め息を吐いて、
「はぁぁぁぁぁ…………分かったわ」
それを、了承した。
「! 本当か?」
「今回だけよッ。……次同じ事したら、本当に絶交するから」
「分かった。二度としないと約束する。……ありがとう、シノン。本当に、ありがとう」
「良いから、さっさと頭上げなさい! アンタの体ごと、その奥義も穿いてやるからッ!」
「相分かった。ならば俺は、全力でそれを迎え撃とう。合図は、そうだな……この石を上に投げて、それが地面に着いた瞬間だ」
「了解」
距離は大して開かない。つまりは、僅か6m。
ガチャンっ! と、最後の一発が装填されているへカートを構え、シノンはスコープを覗き脳天を捉える。
へカートの弾速は825m/秒。その弾丸が6mの敵に至るその時間にして僅か0.00727秒。
もはや人間の反応速度を超越したそれを、真正面から迎え撃つなど愚行も甚だしいのだろう。彼を知らぬ者は、皆揃って嘲笑を浮かべるだろう。
だが―――アキツには、それを為す奥義があった。
「――――――」
ぴん、と石ころが宙に舞う。
それは、
『ステータス』という、ゲームの中でのみ許された
きっと誰も意識しないであろうそれを、しかし己が限界を正確に把握する事が出来る究極の身体把握能力を有するアキツは認識し、制御する。
「……参る」
鯉口を切り、ライキリの柄を握り締める。
右足を前に。左足を後ろに。腰を捻り、落とし、静かに息を吐いて、目の前の少女にのみあらゆる意識を向ける。
心技体。そう呼ばれる、スポーツにおける教訓がある。
精神、技術、身体。それら全てのバランスが整ったその時こそ、最大限のパフォーマンスを発揮する事が出来るというものである。
精神は全て、彼女に向ける。
技術も全て、彼女に向ける。
身体も全て、彼女に向ける。
自分が持ち得る全てを彼女に向けて―――一閃を放つ。
……一秒。未だ。
……二秒。未だ。
……三秒。―――今ッ!
「――――――」
ドォンッッッ!!!!
冥府の女神が怒号を発す。唸りを上げて、冥府の番犬が鎖を噛み千切り、咆哮を上げて人間へと飛び掛ろうとした、
―――その、刹那。
瞬きすらしなかったシノンの眼前に、ライキリが迫っていた。
「―――――――――――――――――――――」
顔面を斬り捨てるその寸前で止められ、抜けた腰に手が添えられる。
驚愕。或いは愕然。人間の認識すら越えた一閃は、もはやオカルトじみたものだった。
たった一人の敵が為、己が全てを賭けて一刀を抜く。己と敵の間に発生する悉くを見逃さず、掴み取り、穿つ技の名を―――《
ここでGGOコソコソ裏話。
この時、リアルのオリ主は鼻血が出た。