《GGO》で剣聖   作:全智一皆

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久々


第二十三話 戦地を駆ける

 

■  ■

「シノン」

「…アキツ?」

 

 グロッケンの総督府、その地下ロビーにて。

 BoBの本戦に出場するプレイヤー達が待機しているその時間。シノンは声を掛けてきたアキツを見て、何処か不思議な感覚を憶えた。

 蟠りと言うべきか、不安と言うべきか。或いは迷いと言うべきか。予選の最後に戦った時に彼が身に纏っていたそれらが、綺麗に無くなっていたのだ。

 

「昨日の試合について、改めて謝らせてくれ。すまなかった」

「…いいわよ、もう。ちゃんと本気を出してくれたんだもの。私の方こそ、その……情けない所を見せてごめんなさい」

「君が謝る必要はない。間違いなく、俺の落ち度だった。もう今後、あんな事はしない」

 

 アキツにとって、友を泣かせるのは一生の恥に等しい愚行だ。そもそもとして彼が剣を振るい、研鑽を重ねる事を選んだ始まりとは、即ち数少ない友を守る為だったのだから。

 故に、友を悲しませる事など有り得ない。死にも勝る恥だ。だがその恥を、シノンは許してくれた。

 彼にとって友とは肉親に等しい大切なもの。友の為とあらば、如何なる理由があったとしても剣を振るう。己に出来る事などその程度であると分かっているが故に。

 彼女は己の全力を望んでいる。なればこそ、それに応えるのは必然の事だった。

 

「本戦では、最初から全力で参る所存だ。立ち塞がる者を悉く斬り伏せて、必ず君の下まで辿り着く。だからそれまで生きていてくれ、君の首を斬るのは俺でありたい」

「大胆な宣戦布告だこと。まさかそこまで言われるとは思ってなかったわ。何かあったの?」

「母上と話して、色々と聞いてもらった。母は偉大なのだと、改めて思い知らされた次第だ」

「……そう。良かったわね」

 

 嬉しそうにして語るアキツに、シノンは苦笑で返した。

 母。そう呼べる存在は、シノンにはもう居ない。

 否、確かに存在はしている。生きてはいるのだ、決して死んでなどいない。だがある意味では死んでいるのと同義で、アキツが語る様な会話は出来ない。

 彼には親が居る。迷い、悩む姿を後ろから支え、助けてくれる親が居る。

 対して、自分はどうか? 両親は無く、未だトラウマを克服する事だって出来ていない。挙句の果てには、試合で彼自身に自らの弱音を吐き出して、八つ当たりをしてしまう始末だ。

 彼には彼の理由があった。それは分かっていた筈なのに、自分を優先して全てを吐き出した。それが自己嫌悪を誘った。

 

(彼はきっと、私には分からない何かをかかえている……私の弱さなんかよりも、もっと苦しくて、重い何かを……それに比べれば、私は)

「シノン?」

「っ……いえ、何でもないわ。そろそろ本戦が始まるわ、お互いに頑張りましょう」

「無論だ。必ず会いに行く」

「狙いながら、気長に待ってるわ」

 

 それを皮切りとして、転送が始まった。

 遂に本戦。BoBも本番へと向かい―――『剣聖』の目覚めもまた、近付いている。

 

 

 

 

 転送が終わった。

 其処は見慣れぬ荒野のフィールド。特に盾になりそうなものもない開けた場所だった。

 アキツは其処に転送され、そしてそれと同時に、

 

「アキツ……」

 

 ――――――『黒の剣士』キリトもまた、同じ場所に転送された。

 まるで神様が悪戯を仕掛けたかの様な噛み合わせ。偶然と言うにはあまりにも出来過ぎた遭遇に、キリトは顔を歪ませると共に剣を振り抜き、アキツへと疾走した。

 

「はぁァァァッ!」

「キリト…?」

 

 あまりの勢いに、アキツはつい動じながらもライキリを抜いて応戦する。

 必死だ。或いは、夢中になっていると言うべきか。今のキリトには冷静さが欠片も存在していない。ただひたすらにアキツを倒すという一心で、自らの全てをそれだけに注いでいる。

 だが、それもその筈だ。

 何故ならキリトにとって最も懸念すべき点が、全力を出して叩き潰さなければならない相手が死銃から、アキツに変わっていたのだから。

 

(これ以上、アキツに人を斬らせる訳にはいかないんだ…! コイツをもうこれ以上、コイツに人殺しなんてさせちゃいけないんだ!)

 

 元ラフコフのプレイヤーである事、キリトとアキツを知っている事。どれもが重なったあのプレイヤー―――最も『死銃』に近いであろうプレイヤーとの僅かな会話だけで、キリトは理解していた。

 アレは、ダメだ。アキツはアレを必ず斬る。アレが死銃であると確定したならば、アキツはあらゆる手段を用いてあのプレイヤーを確実に()()

 既に数人が奴の手に掛かり、殺されているのだ。アキツがそれをゲーム内で倒す程度で許す訳がないと、アキツの友人として、仲間として、隣に立ってきたキリトは断言する。

 

 かつては止められなかった。隣に立てなかった。共に背負えなかった。

 それは己の弱さが故ではない。彼が本当に優しいからこそ、友に罪を背負わせる訳にはいかないのだと判断した事は分かっているつもりなのだ。

 けれど―――そうだと認める訳にも、それに甘んじるのも、キリトは許せなかった。

 傲慢かもしれない。自惚れかもしれない。だが、それは確かな事実。

 SAOという世界でアキツの隣に居た時間が長いのはキリトだ。彼と共に最も長く戦場を駆け抜けたのは、他ならぬキリトなのだ。

 だからこそ、知っている。彼の優しさと冷酷さを。そして思い知らされている―――己の弱さを。

 共に背負えなかった自責。誰よりも隣に立っていたのに、彼の闇に気付く事が出来なかった自己嫌悪だ。

 それが駆り立てるのは―――戦意だ。全身全霊で、戦わなければならない。もうこれ以上、友に人を斬らせない為には剣を交えなければ止められない。

 だから、キリトは死に物狂いで剣を振るう。大切な友を止める為に、殺す気で掛かっている。

 

「……まるで鏡を見ているかの様だ。シノンから見た俺は、否、予選を進んでいる時の俺は、まさしく斯様な在り様だったという事か」

 

 剣を払う。剣を弾く。剣を流す。

 必死の形相で我武者羅に剣を振るうキリトを相手にして、アキツは自らの醜さを認識する。

 つい先日まで、自分もこうだったのかと。誰もを薙ぎ払い、斬り伏せ、有象無象の如くと見詰めてあしらったのかと。

 度が過ぎる必死。ただ恐怖させるだけの剣気。あまりにも酷過ぎるものだ。それを友にさせるなど、自分はどれだけ愚かなのだと自嘲する。

 だが、すぐにそれを切り替える。

 今は自嘲をするよりも、目の前の友の暴走を止めなければならない。己が愚行をしていたのだと、シノン(彼女)が気付かせてくれた。

 己の都合を、他者に押し付ける事は他者を蔑ろにする事だと教えてくれた。今、自分の所為で友がそれを為そうとしているならば、友が己と同じ轍を踏んでしまわぬ様に止めねばならない。

 

「一度誤った俺がどの面下げて……いや、今は後回しか。一度誤ってしまったからこそ、俺と同じ轍を踏ませる訳にはいかん。多少強引であろうと止めさせてもらうぞ、キリト」

 

 本戦の序盤にて―――早々に、黒の剣士と剣鬼が刃を交える。

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