《GGO》で剣聖   作:全智一皆

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第二十四話 即時決戦

 

■  ■

 其処には、常に死があった。

 BoB本戦序盤。まだ他プレイヤーがエンカウントする暇すらも出来ていない序盤も序盤。

 周囲の地形を把握し、索敵し、撃つか撃たれるかの緊張の最中という戦場において、しかしただ二人だけがその例外であり、完全に枠組みから逸脱していた。

 戦場に響き渡る激突音。全てを焼き切る光剣と全てを斬り捨てる実体剣の二つが互いの身体をぶつけ合い、火花を散らしていた。

 

「ッ―――!!!!」

「……」

 

 すれ違う剣先。互いの頬を切り裂く刃には、彼等の意思が宿っている事を示すかの様に熱い。

 アキツとキリト。SAOというデスゲームを生き延び、アインクラッドにおいて『双刃(そうじん)』という非公式の名称を付けられていた二人(タッグ)

 アキツは現実世界(リアル)で培った圧倒的な剣技と身体能力。キリトは仮想世界(ゲーム)で培った圧倒的な技術力(プレイスキル)と最速の反応速度。

 似ている様で正反対だった二人が、今こうして激突している。互いに全力で、死力を尽くしている最中だ。

 SAOという世界を生き抜いてから、本気でゲームというものに打ち込めなくなったキリトが今―――かつての様に本気で、剣を振るっている……!

 

(……攻め切れないな。俺が思っている以上に、キリトは研鑽を重ねていたらしい。少々侮っていた)

 

 剣を重ねる中で、アキツはキリト(戦友)の技量の高さに驚嘆せざるを得なかった。

 SAOの時よりも磨きが掛かっている。ALOを経て、より技量が上がっている。

 或いは、最初からこうだったのかもしれない。自らの死すら厭わない真の全力、互いの命を賭け合う生殺与奪の戦闘をした事など友人とはなかった。

 これこそが―――キリトの全力。ヒースクリフとの戦闘で見せた気魄に匹敵するか、それ以上の殺気を零す、アインクラッドの英雄その人だ。

 

「ハァッッ!!!」

 

 光剣とライキリが鍔迫り合う。灼熱が拮抗し、火花を散らし続けながら、両者の瞳が交差する。

 歪みも澱みもない、真っ直ぐな瞳がキリトを射抜く。

 つい昨日までは乱れに乱れていた筈の心は澄み切り、もはや一片の曇りもない。それに対して、今のキリトは酷く濁り切っていて、乱れまくっていた。

 全ては友の為。これ以上、友の手を血で汚さない様に――――――今この時、この場所で、自らの手と剣を以て友を斬り捨てなければならないのだ。

 

「これ以上、お前に誰も殺させない…!」

「お前をそうさせたのは俺か。或いは死銃か……どちらにせよ、俺は今のお前を止めなければならん」

 

 踏み出した右足を振り上げ、キリトの足首へと引っ掛ける。預けていた力の片方が消え失せる。ぐらり、とキリトの重心が傾き、表情が歪む。

 隙を突かれた。体術を読み逃した。だが、それでも抵抗は出来る。その選択を捨てる必要まではない。

 咄嗟に振り抜いた左手がヨミビトシラズの襟を掴み、鍔迫り合いから解放された光剣を逆手に持ち替えて刀身を振るう。

 だが、それも防がれる。鍔迫り合いという檻から解放されたのはアキツのライキリも同じ事だ。

 体勢を崩されたキリトに取れる行動は受け身を取るか抵抗するかの二択のみ。今のキリトならば確実に攻めると予測したアキツは、キリトが光剣を逆手に持ち替えたのと全く同時にライキリを逆手に持ち替え、己が身体を切り裂くそれを完全に防いでみせた。

 

「このGGO(世界)は俺達の都合だけでは回っていない。それをつい先日教えられた。俺達の必死だけが、全てではないんだよ」

「何を…!」

「俺が言えた義理じゃないが、まずは落ち着け、キリト。俺達だけがこの大会に参加している訳ではない。彼等には彼等なりの本気と目的がある。俺達の都合を押し付け、それを蔑ろにするのは彼等への侮辱だ」

 

 つい先日、アキツはそれを指摘された。

 悪を斬る為に戦った。友を守る為に駆け抜けた。しかし、それが全てではない。周囲の人間までもそれに巻き込み、蔑ろにする事とは即ち愚行に他ならないと。

 彼等には彼等なりの本気と目的がある。彼等はそれを持って、この大会に望んでいる。

 たかがゲーム、されどゲーム。信念と本気を抱いて真剣に戦っている彼等に対して、己の都合を押し付けて蹂躙するというその姿勢は不誠実極まりない。

 

 だが――――――それでは思い留まれない理由が、キリトにはあった。

 

「それ、でもっ……!」

「っ…!?」

 

 光剣を手放し、腰に備えていた自動式拳銃(オートマチック)を引き抜いて引き金に指を走らせる。

 サークルは安定していない。だが、この近距離ならば下手に撃とうと外す事など皆無―――相手が彼でないのなら、という点を除けば。

 銃声と共に解き放たれる鉄火は、アキツの脳天目掛けて飛翔する。

 狙撃銃(ライフル)のそれに比べれば、あまりにとろい。だが、それを回避するには距離があまりにも狭すぎた。

 無傷での回避は不可能。そう確信したアキツは即座にキリトを蹴り飛ばし、その反動を利用する様にして後ろへと全重心を傾けて地面へと落下した。

 

「くっ…」

 

 ちりっ、と目元を掠り、灼熱が毛先を貫く。焼かれる様な痛みに耐えながら、受け身を取って間もなく体勢を立て直し、キリトを睨む。

 瞳の奥にある焔が揺れている。勢いを緩める事なく、常に燃え続けている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 周りがなんだと言うのだ。他人が何だと言うのだ!

 このまま友を止めなければ、人を斬ってしまう。悪人を斬ってしまう。その手を血で染めてしまう。

 それを認めろと? それを許せと? それを見逃せと?

 今度こそ止められるのに。今度こそ背負えるのに。見て見ぬふりをして、また友が手を汚す事を許容してしまえだと!?

 ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなっ!!!!!

 

 SAOの様に、ゲーム内で死んでしまえばリアルでも死ぬという訳ではないと分かっている。だが、これはそんな問題ではないのだ。

 既に何人もの人間が死銃の手に掛かっているという事実を知ったアキツが、それを野放しになんてする訳がない。

 アキツは必ず行動に移す。あらゆるツテを利用して、必ず死銃の居場所を突き止めるだろう。それをする程の行動力が、決意が、上泉秋永にはあるのだとキリトはよく知っている。

 だから――――――

 

「止めなくちゃいけないんだッ!」

 

 あの時、自分は何も出来なかった。

 友の為に動けなかった。

 友と一緒に行けなかった。

 友の事を分かっていなかった。

 その手が汚れたのは誰の所為だ?

 その手を血で染めた原因は何だ?

 自分だ。あの場で誰よりも彼と一緒に居た、彼の隣に立っていた筈の自分が、何もする事が出来なかったのだ。

 だが、今この瞬間は、違う。

 己の命を賭けろ。文字通り死力を尽くせ。ただ一人の友が、これ以上その手を汚してしまわない様に―――()()()()()()()()()()()

 

「キリト……」

 

 ほんのりと、僅かに瞳の色が黄金に染まりつつあるキリトの気魄に、アキツは僅かに退いた。

 己が押されている。これまで受けた事のない気魄、覚悟に気圧されつつある。全く新鮮で、一度だって経験した事の無いそれに、アキツはライキリを構え直して応えた。

 あぁ―――これはダメだ。もう手加減なんてしようがない。

 キリトは本気だ。本気で自分に挑み、()そうとしている。まるでヒースクリフと相対した時の様な殺気混じりの顔持ちだ。

 情けない己を嘲笑う。何が研鑽か。結局、戦友の一人すら満足に助けられていないではないか。自分の所為で戦友に重りを押し付けてしまっているではないか。

 恩人を泣かせた果て、遂には友に己を斬らせる様な真似すらさせてしまうなど―――何処まで愚かなのだ、己は。

 もうキリトは止まらないのだろう。アキツの言葉など意味を成さない。彼をその手で斬るまで、決して意志を曲げない。

 ならば、もう……

 

「斬り捨てる他に道がない」

 

 意識を切り替えて、感情(余分)を捨てる。

 アキツとキリト。剣士と剣士。お互いに負けられない想い、曲げられない意志、折れない決意が存在するならば、もはや言葉に意味も価値も存在しない。

 決着とは即ち生か死か。勝敗こそが正しさの証明だ。

 

「――――――参る」

 

 ただ一言。それだけを零して、踏み出していく。

 一歩。英雄が踏み出す。

 二歩。剣鬼が加速する。

 三歩。英雄が疾走する。

 四、六、八、十。距離が縮まり―――剣鬼と英雄が、激突した刹那。

 

 ドォンッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!! と。荒野に鳴り渡る程の轟音(じゅうせい)と共に、まるで二人の決戦を制止するかの様な狙撃が放たれた。




「人との決戦前に何やってんのよ、バカ」
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