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「じゃあ、なに? 貴方はGGOがFPSだって知らなくて、ALOやASEと同じものだと思って買ったって事?」
「むぅ……そうなるな。何たる不覚だ…」
場所は戦場から離れて、比較的平和な場所へと移り変わる。
SBCグロッケン。ゲームで言う所のホームに当てはまる場所であり、GGOのプレイヤー達が集まっては武器を購入したり調整したり、情報を買ったり売ったりする場所だ。
此処はそのグロッケンにある酒場、情報収集や大会の観戦などがよく行われる場所だ。その一席にて、シノンは呆れた様な顔をして、目の前で落ち込む青年を見ていた。
そう―――この青年は、致命的なミスをしたのだ。
アバター名《Akitsu》。そう己に名を付けた青年は、その本来の目的とはかなり逸れたゲームを買ってしまったのだ。
青年はリアルでも剣術を嗜む剣術家である。誰でも知っている様な名の知れた剣士の子孫の家に生まれ、幼い頃から剣術を鍛えてきた列記とした剣術家だ。
そんな家系故にゲームなんて碌にした事がなく、
数少ない楽しみが無くなってしまい、どうしたものかと悩んでいたが、そのゲーム以外にも楽しめるゲームは幾つもあった。
北欧神話をモチーフとし、妖精として広大な世界を楽しむ剣と魔法のVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》。
和風的な要素を組み込んだVRMMORPG《アスカ・エンパイア》。
この二つこそ、青年が心から楽しむ事が出来るゲームだったと言えるだろう。何せ実体剣、重りある刃金を振るえるのだから。
だが―――青年はゲームに酷く疎かったのだ。青年はどのゲームも同じ様なものであるとしか考えていなかった。ジャンルというものをまったく知らなかったのだ。
その所為で、青年―――アキツはGGOを買うに至ったのである。
「なんていうか……貴方、すっごい無知なのね。ゲームの中だから、あまりプライベートに突っ込むのは野暮なんだけど……その、かなり厳しいのね」
「まぁ、歴史ある家だからな。厳しいのは致し方ないというものだ。俺自身、それに文句がある訳でも無し。剣術に打ち込む事は嫌いではないからな」
アキツ自身、それに不満はない。
剣術の家に生まれた
アキツもまた剣術家。剣術に己が全てを打ち込む事は好きだ。その研鑽を重ね、いつかは剣の頂へ立つ事を目指す一人の剣者である。それが己だと理解している。
だが、その剣者にも休みは必要だ。
「とはいえ、息抜きは必要だ。まぁ、その息抜きの為のゲームを間違えてしまった訳なのだが……何とも情けない限りだ」
「まぁ、その……あまり落ち込まないで。ALOやASE程じゃないけど、GGOにも実体剣はあるから。噂では、『ライキリG7』っていう刀の形をしたレアアイテムもあるらしいわ」
「なんと……! それは良い事を聞いた。そのライキリとは、何処にあるんだ? 是非とも教えてくれ」
落ち込んでいた空気を吹き飛ばし、子供の様に目を輝かせながら机の前に身を乗り出してしまうアキツに、ついシノンは仰け反ってしまった。
いきなり男子が急接近だ。リアルでもゲームでもそんな経験はないシノンにとっては、かなりびっくりする出来事だった。心臓がびくっとなってしまう様な。
「わ、私も知らないわ。あくまで噂で聞いただけだから……」
「む……そうか。だが、それだけでもやる気はあがるというもの。驚かせてしまってすまない。恩人ともあろう人に無礼を働いた」
「恩人って……大袈裟よ。ていうか、さっきまで敵対してたじゃない」
先程まで自分を斬り殺そうとしていた人間から、頭を下げられて感謝される。ましてや恩人など言われるなど、そんな経験はGGOでも初めてで、シノンは戸惑ってしまった。
だが、アキツのその言葉も行動も、全て紛れもない本心である。
「だが、君は俺にGGOの事を教えてくれた。あのままGGOの事を知らなければ、もしかしたら誰かに騙されていたかもしれないし、無知である事で恥を晒していたかもしれない。そう考えれば、俺にGGOの事を教えてくれた君は、GGOにおける命の恩人も同然だ。改めて、ありがとう」
「…そこまで言われちゃ、否定するのもアレね。どういたしまして」
困った様にしながらも、シノンは笑った。
やりにくいとは思うものの、感謝は素直に受け取ろう。律儀だと思えば、彼は良い人間だ。
些か律儀が過ぎる様な気もするが、シノンは彼に悪い印象は抱かなかった。言葉も態度も混じりっ気がなく、虚飾や欺瞞が感じられないそれからの感謝は、悪い気はしなかった。
GGOの民度はFPSという事もあって決して平和とは言えない。勿論、誰も彼もが態度も悪いという訳ではないものの、しかし悪い人間が居ないかと言えばそんな事はない。
悪辣な行為に走るプレイヤーだって当然居る。どんなゲームにだって、そういう輩は存在する。
初心者が鴨にされる、なんてのはゲームではもはや常識だと言える。それくらい、それが常識だと言えてしまうくらいに、初心者を虐める悪辣な人間がどのゲームにも居るのだ。
GGOに来る前のゲームでも、彼はそれを知っている。事前知識を持っているが故に我先にと様々なものを奪って行った者達の事を、よく知っている。
まぁ、青年はそれを悪とはしなかったが。生き残る為に必要な事をしただけ、戦場では我が身可愛さがあって当然だと受け入れていたから。
「君が良ければ、是非とも友人になってほしい。今後も君の事を頼りたい」
「それは良いけど……貴方、ちょっと警戒心無さ過ぎじゃない? 私が何か企んでるとか、思わないの?」
「思わないな。欠片の疑いもない」
「えぇ…」
まさかの即答だ。
これには、さしものクールなシノンも呆れざるを得なかった。
出会って少しばかり。ただゲームの基礎というか、前提という前提を話しただけなのに高く信頼されるのは、かなりおかしな話だ。
いや、決して気味が悪いとか嫌とかそういう訳ではないのだけれども、何故そこまで信頼されるのかという疑問が彼女にはあったのだ。
「これでも人を見る目があると自負している。君は良い人だ、間違いない」
「そ、そう……それはどうも」
真正面から、曇りなき眼で堂々と伝えられると流石に恥ずかしい。彼女はそっぽ向いた。
これまで出会った事がないタイプだ。こうも素直な男とは、リアルでもゲームでもシノンは会った事がなかった。
「勿論、君が何か対価を欲するのなら喜んでそれを差し出そう。とは言っても、俺に出来る事など粉骨砕身で君の露を払う程度くらいしかないが」
「……貴方のそれって、ロールプレイなの? それとも素?」
「む、これが俺本来の口調だ。前のゲームでも同じ事を言われたんだ。そんなにおかしいだろうか、俺の口調は?」
「古風ではあるわね」
「剣術家だからな。それで納得してくれ」
「剣術家だからで説明つくのかしら……? まぁ、良いけど。別に対価とかも求めないわよ、『友達』に」
GGOでもリアルでも、彼女には友達と呼べる存在が多く居ない。
元の性格がクールである事と、彼女自身の口数が決して多くはないのもある。だが、友達が要らないと考えている訳でもないのだ。
目の前の青年とは、出会って間もない。
だが―――彼となら、本当に『友達』と呼べる関係になれるのではないか。そんな期待が込み上げた。
シノンに友達と呼ばれたアキツは、分かり易く―――表情に明るみが出たという意味で―――嬉しそうにした。
「! そうか、良かった。君と友達になれて嬉しく思う。改めて、俺はアキツ。知っての通り初心者で、剣以外能のない男だが……どうか、よろしく頼む」
「シノンよ。よろしく、アキツ」
剣を振るう事しか出来ない男は、僅かではあるものの少女の氷を溶かした。