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GGOは、日本のVRMMOゲームにおいて唯一『リアルマネートレード』を採用しているゲームである。
要するに、GGOで稼いだお金をリアルマネー―――つまり現実世界における自分の金銭にトレードする事が可能という訳である。
それ故に、GGOにはお金と時間を注ぎ込むプロが数多く存在している。
《BoB》―――バレットオブバレッツと呼ばれるGGOで大人気のバトルロイヤル方式の大会の優勝を狙い、賞金を勝ち取る為に鍛える者も居れば、バウンティハンターとして賞金首を獲る者も居る。
素材アイテムや装備、果てはアカウントまでもお金になるのはどのゲームでも一緒で、特に女性アバターはレアなものになれば高値で取引される。
まぁ、そもそもこのGGOは鋼鉄と銃の世界なので、まず女性プレイヤーが少ないという希少価値も含めてあるからなのだが。
「という訳だから、わりと居るのよ。女性アバターにナンパする奴は」
「ふむ。なるほど、現実でも仮想でも何処であろうと、男は女に飢えているという訳か。悲しき
「だから、まぁ……その……」
「ぎゃあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 痛っ、いたたたたいたいいたい!!!!!!! すみません、謝ります謝りますからっ! だから離してぇェェェェッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「そろそろ離してあげて? 流石にちょっと可哀想になってきたわ」
現在、SBCグロッケンにて。
総督府ロビーにて、シノンにしつこく絡んでいた一人のナンパ男がアキツの巧みな柔術によって床に組み敷かれていた。
男の悲痛な叫びの所為で注目を集め、ロビーではなんだなんだと観衆の目線が向けられていた。
「何あれ……ナンパ?」
「見た所、それが正しそうね〜。あの人は…彼氏さんかしら?」
「……あの服、ヨミビトシラズか。聞いた事はあったが、まさしく和洋折衷と言った具合だ。実際に見てみると格好良いな」
「アンタねぇ……ちょっとはナンパの方に目向けなさいよ」
「貴方もだいぶGGOに染まってきたわね〜」
「…よし、素材集めに行こう。俺も欲しくなってきた」
「はぁ!? ちょ、今さっきロビーに来たのよ!?……あー、もうっ! 分かったわよ、行けば良いんでしょ!」
「うふふ、相変わらず仲良しね〜」
ナンパの方に目線を向けたかと思えば、アキツの装備の方に目を向けて素材集めに奔走しに行った三人組はさておいて。
ぶっちゃけた話、シノンは注目を集めていて恥ずかしくて仕方なかったのである。
シノンからの頼みという事もあり、次からはしない様にと釘を刺してアキツは手を離し、男はそれはもう韋駄天の如く素早く逃げていった。
アキツがGGOを始めてから、早くも一ヶ月が経過した。
素材集めに奔走した苦労が報われたのか、無事に『ヨミビトシラズ』も手に入り、様々な敵対NPCとも戦闘経験を重ねてGGOにおけるプレイスキルも身に付け、それなりに多くのプレイヤーから名を知られ始めた頃の事だ。
アキツは、とあるプレイヤーと待ち合わせをしていた。
「……すまない、待たせてしまった」
「問題無い。今日は話を受けて貰い、感謝する―――闇風殿」
プレイヤー名、闇風。
第二回BoBの準優勝者にして、『ランガンの鬼』と呼ばれる俊敏性に特化した能力構成をしたGGOにおけるトッププレイヤーの一人。
純然たるプレイヤースキルなら第二回BoB優勝者であるゼクシードを凌ぐとすら言われているプロに、アキツは教えを乞う予定であった。
「……失礼かもしれないが、彼の
「それが素なのよ、驚く事に。あんまり指摘しないであげて」
「…了解した」
「しっかり聞こえているぞ」
「こ、こほん。…それで、AGI特化の俺の走法について、だったか?」
分かりやすく咳払いをして、本題へと入る。
アキツが闇風に教えを乞うたのは、純粋にAGI特化である彼の走法が実戦において役立つものであると思ったからである。
アキツの能力構成は、一点特化ではなくSTRとDEXとAGIの三つのステータスのうち、STRとDEXを中心としながらAGIを育成している。
彼が目指しているのは、レアアイテムである刀型武器『ライキリG7』の確保である。
武器を装備する際に求められるステータスはSTRとDEXの二つ。レアアイテムともなれば当然、求められるステータス値も高くなってくる。特にソード系に分類される実体剣の刀ともなれば、
だが、それらだけを中心にしては彼の剣士としての強みが発揮出来ない。ので、STRとDEXを順当に育てながら、AGIも育てる事にしているのだ。
LUX? そんなもんは知らん。オールドサウスの砂漠地帯に居るワームにでも食わせておけ。
「AGI特化のステータスに任せた走りではなく、独特の歩法を用いているとお見受けした。もし良ければ、その走法を実際に見せていただきたく」
「……」
「無論、タダとは言わない。もしこの話を受けてくれるならば、ヨミビトシラズを手に入れる過程で手に入れた『上質なエメラルド』30個を貴殿に譲渡するつもりだ」
「ぶっ!?」
「ちょっ、はぁ!?」
あまりにも桁外れな交渉条件に、思わず吹き出した闇風と驚愕を隠せないシノン。
『上質なエメラルド』―――それはGGOにおける所謂換金素材であり、また加工用素材アイテムである。
基本的に素材アイテムや換金アイテムはトレジャーボックスから手に入るのだが、宝石系のアイテムはボスを倒す事でしか入手が出来ない。
その『上質なエメラルド』もまた同様であり、その換金額は一つで500000クレジット。それが30個―――つまりは、15000000クレジットだ。
ゲーム内通貨の100分の一でリアルマネーでトレードされるという事は……150000円である。
「む、もしや足りないだろうか?」
「い、いや…十分だ。だが、どうやってそんなに手に入れたんだ? 確定ドロップの品ではなかった筈だが……」
「どうやっても何も…オールドサウスのボスを何度も倒したからだが」
「―――――――――」
「目当てのものは全く出なかったので、かなり周回した結果だ。俺はそこまで金に興味はないので、寧ろ貰ってくれると助かる」
流石はLUX値0の男と言うべきか、推定でも60か80そこらのボスを30回も倒したというのだから恐れ入る。
よくそこまで精神を保てたものだ。常人ならば、心折れて今日はもう眠りますありがとうございましたとログアウトする程の苦行である。
「分かった…協力しよう。だが、流石に全て貰う訳には……」
「む、そうか? 遠慮しているならそれは無用だぞ。本当に必要無いんだ」
「いや、かなり苦労しただろうそれを貰うのは気が引けるというか……」
「私でもちょっと、いやかなり抵抗あるわ……」
「ふむ……では、丁度三人居るのだし三等分にしよう。それなら問題無いだろう?」
「えっ!? いや、なんで私まで!?」
いきなり自分にリアルで五万円ものお金が振り込まれてしまう話に発展し、シノンはつい大声をあげてしまう。
まぁそりゃ、いきなり自分の手に五万円ものお金が降ってこようものなら驚愕ぐらいするだろう。彼と関わっていると驚かされてばかりだと、シノンは思う他なかった。
「シノンは世話になっているからな。日頃の感謝の気持ちだ」
「日頃の感謝って……別にそこまでされる様な事はしてないわよ。寧ろ、貴方に協力してもらって私が助けられる事が多くなったじゃない」
「なら、ヨミビトシラズの素材集めを手伝ってくれた礼という事で受け取ってくれ。それがダメなら、少し前にダンジョンを案内してくれた礼だ」
「どう言っても渡さないって選択肢は現れないのね……はぁ。分かった、ならありがたく受け取るわ」
「うん、ありがとう。遠慮なく使ってくれ」
「頑固だな、彼は」
「えぇ、こういう所は絶対に譲らないの。律儀というか、何と言うか……」
「聞こえてるぞ」
それだけ、アキツはシノンに助けられている―――つまりは、そういう事だ。
後に、闇風は彼が《剣聖》として名を馳せる事になった際にこう語る。
余計な事を教えてすみませんでした―――と。