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「はぁ、はぁ…やっ、やっと……辿り着けた……」
「お疲れ様、シノン。いや、本当にお疲れ様だ。そして大変申し訳ない」
「本当よ、この剣術馬鹿ッ!」
ダンジョンのボス部屋の手前で、肩で息をしながら道中の敵を狙撃で何とか片付けて此処まで辿り着いたシノンを労うアキツ。
だが、シノンは声を荒らげた。かなり強めに。
それはもう人生で初めてなのではないかと疑ってしまう程の声で、流石のアキツもつい反射で申し訳ないと頭を下げてしまう。
「誠に申し訳ない……」
「分かる? 私スナイパーよ? 狙撃手なのよ!? 援護も援護、一人で敵を殲滅出来る様な役職じゃないのよ!? そんな役職の人間を置いてきぼりにするとか、ダンジョンの群れた敵相手に凸スナかませって言ってる様なもんじゃない巫山戯てる!?」
「弁解の余地もない……」
凄まじい剣幕に、ついたじろいでしまう。
だが、こればっかりはアキツの責任である。彼をよく知らない人間がその場に居たならば、誰もがシノンを支持するだろう。
まぁ、彼は過去が過去であるが故に仕方ないと言える部分が無くも無いのだが、それを知らない彼女が気にする訳もなく。
「はぁ、はぁ……」
「お詫びと言ってはなんだが、事が済み次第、叶えられる限りシノンの要望に応えよう。これは完全に俺の過失だ、責任は全て負う。ボスも俺が相手をしよう、君は休んでくれて構わない。いや、寧ろ休んで頂きたい」
「はぁ…ふぅ…。いや、何もそこまでしなくて良いわよ。そりゃ、弾は多く消費しちゃったけど……それでも戦えるわ」
「だが、君に迷惑を掛けたのは事実だ。下手すれば君を死なせてしまっていたかもしれない。これは、間違いなく俺の非だ」
「ちょ、跪かないでよ! もう……重たく考え過ぎよ。そりゃ、死んだらアイテムをドロップしてしまうけど、また買えば済む話だわ。それに、貴方の協力もあって武器は手に入っているし。そこまでしなくても…」
彼と関わり始めてから1ヶ月も時間が経つと、シノンもそろそろ分かり始めてきた。
彼の人柄は愚直と言って良い程に真っ直ぐであり、あまりにも正直だ。それが優しさへと繋がっている。だが―――自分の非に対する謝罪、詫びには何処か執着めいた何かがあった。
彼は自分の非に対して素直に謝罪が出来て、自分の出来る範囲であればどんな詫びでも受け入れようとする。謝罪までは受け取っても、シノンにとっては態々詫びまでする事でも無いにも関わらず、しかし詫びようとする。
それは執着。或いは恐れ。自分への非に……
(相手の事を気にし過ぎている……って訳でもなさそうなのよね。その気遣い、優しさは本物だわ。他人への思いやりもそう。けれど―――彼は、
「そうだな。だが、そういう事じゃないんだ。これは―――俺の未練であり、業だ。言うなれば我儘なのだ。それを肯定こそすれ、否定するのは道理に適わぬのが己だ。だから、其方こそあまり気にする事はない。これは俺の意思で行っている事だからな」
「アキツ……」
「……すまない、
その背中は、いつもと何ら変わりはない。身に纏う空気だって、変わりない。
それなのに……何故だかシノンには、彼が何処か怯えている様にも見えた。
それは、強者であるが故の苦悩。例え自分がそうは思っていなくとも、しかして実力とはすなわち他者の評価の上で成り立つもの。
彼は強かった。十分な程に強かった。それ故に期待が寄せられ、信用が寄せられた。この人と一緒なら大丈夫、この人が居れば守ってくれる―――そんな意識が、自然と彼の方に集まって行った。
それが、彼の
「開門―――御相手仕ろう」
大きな黒鉄の門が開き、ダンジョン特有の開けた場所の中央に―――人型のエネミーが一人で立っている。
ヒューマノイドライトGS型―――左手に大型自動拳銃、右手に空色の光刃を持つ
ガン&ソード。それが、このヒューマノイドライトGS型のスタイルであり、後にこのGGOへとログインしてくる友人Kのスタイルにもなる。
ある種の二刀流。この銃と鋼鉄の世界における、銃と剣の二刀流だ。
「銃と剣の二刀流…? 凄まじいスタイルね」
「銃と剣の二刀流か……ふは、彼奴がやりそうな手法だ。それで設定されていると言う事は、出来るという事だ。相手に取って不足無し―――いざ参る」
躊躇いもなく、アキツは先手を切った。
障害物など全くない大広場。相手の銃弾を防ぐ手段は躱すか斬るかの二択のみ。ならば、もはやグダグダとあれやらこれやら考える時間は捨て置くに限る。
白い閃光の剣を構え、アキツは真正面から堂々とヒューマノイドへと突撃した。
それに応える様に、ヒューマノイドも銃を突き出しながら大きな歩幅で駆け出す。
ドォンッッ!!!
大広場に鳴り響く銃声。それと共に解き放たれる大口径の銃弾。頭に直撃すれば即死は免れず、四肢に当たれば弾き飛ばされるのがオチの一撃だ。
だが―――そんなもの、アキツには何ら関係のない。
「流石にライフルよりは遅いか」
キンっ……と、銃弾が真っ二つに斬り捨てられる。
大口径―――.50AE弾。1988年にAction Arms社のアメリカ人、エヴァン・ウィルジンによって開発されたそれは、拳銃弾の中では最強クラスの弾丸。
その弾速もエネルギーも桁違い。しかし、既にアキツはGGO当初から、これよりも速い弾丸を既に斬り捨てている。
そもそもの話、アキツにしてみれば放たれる銃弾の大きさやら威力やらは何ら関係ないのだ。
何故なら彼が振るうのは光剣。力で叩き斬る西洋の剣でも、技と速さで斬り捨てる日本の刀でもない、科学の光によって焼き斬るSFの剣なのだ。
直剣やら日本刀ならばいざ知らず、光で全てを焼き斬る様な光剣であれば、弾速から来る衝撃など些事にも等しい。
だが、それは同時に―――対人戦において、致命的な一撃が常に付き纏うという事でもある。
相手も光剣。あらゆるものを焼き斬る刃を持っている。土俵は同じ様で全く異なっている。向こうは人の様で人ではなく、敵対NPCとしての防御力もある。対して、アキツにはその防御力が無い。
防護フィールドというプレイヤー用防具がGGOには存在していはいるものの、しかし近距離戦になればなるほど、その防護能力は減少する。
つまり、アキツはほぼ防御力が皆無。相手はダンジョンのボスとして耐久値も多い。あまりにも差が出来過ぎている戦況だ。
しかし―――それこそ、剣士の得意分野である。
「互いに間合いだ。斬り合うか、絡繰」
―――一閃が交差する。
バチッ! と、火花が舞い散る。振り下ろされる閃刃、振り上げられる閃刃が互いを殴り、叩き、拮抗する。
だが……
(―――何か、足りない)
剣技としての完成度は、アキツが上だった。剣戟を見たシノンは、剣に関しては全くの素人であるにも関わらずそれを理解した。
ヒューマノイドの剣には感情も理屈も無く、それは確かに一つの武器ではあるのだろう。剣士の死合、斬り合いにおいてそれは一つの合理にある。
しかし、ヒューマノイドの剣には―――術理というものが無い。技というものが無い。それは剣技としてはあまりにも欠陥で、そんなものを剣技とは言えなかった。
それに対して、アキツの剣は彼女から見ても洗練されていて、綺麗で―――それ故に、恐ろしいものだった。
敢えてカウンター技を幾つも先出しして、その中に相手を斬る確実な攻めの一手が含まれている―――二つの流派を組み合わせたそれこそ、アキツの剣術である。
斬り合いはアキツの土俵。剣戟の嵐の中、間を縫う様に解き放たれる研ぎ澄まされた一閃がヒューマノイドをジワジワと苦しめていく中―――
「っ!?」
「なっ―――」
予想外の事が起きた。
ヒューマノイドが突如として膝を抜き、アキツの足を払ったのだ。
軸を失い、体勢を崩して前方へと倒れ込む。隙は出来た、その脳天を撃ち抜く―――そんな意思を表すかの様に、ヒューマノイドは左手に構えた銃の照準を合わせた。
(体術…! これまで剣を振るうか銃を撃つかの二パターンしかなかったのに……!? まさか、HP減少で行動パターンが変わるタイプのボスなの!?)
「―――これはこれは、一本取られたな。成程、ただ剣と銃を抜くだけの阿呆でも無いらしい」
これには、アキツも感嘆の意を示さざるを得ない。
見事也。剣術に限らず、柔術などの体術も含めて研鑽を重ねてきた己を以てして、その目を欺いた払いには敬意を表そう。
故に―――
「その見事な技に敬意を評し、奥義で以て返り討とう」
それは、時間にして僅か一秒の出来事だった。
態勢を崩し、銃口が額へと迫り、その引き金をヒューマノイドが引くその瞬間を決して逃す事なく、アキツは空いた左手で銃のスライドを掴み左側へと押しのけた。
バァンッ!!! と、銃弾が予定とは異なる方へと放たれ、カチ……と、虚しい音が鳴る。
―――隙が、相手にも現れる。
だが、これは決して容易ではない。
ある程度の熟練者であれば為せる技でこそあるが、態勢が崩されたあの一瞬で、咄嗟にその行動に出る事がまず異常と言えるだろう。
それを為せるからこそ、彼は強者足り得るのだが。
光剣を納め、棒立つ。しかし、其処に隙の一切は存在しない。
『―――!』
「来い」
使い物にならぬそれを捨て、ヒューマノイドは剣を構えてそれを振り抜いた。
それこそ愚行。学習せぬが故の失態。彼の剣術は、相手が先に攻撃した時にこそ真価を発揮する―――最強のカウンター剣術である。
緩やかに失速していく視界。研ぎ澄まされ、拡張されていく思考の領域。全体の動きを流れるが如く読み解き、その隙に付け入る。
間合いは
「是即ち、刀を取る技に非ず。我、刀無き時に人に斬られまじき為也」
その奥義の名を―――無刀取り。
活人剣。そう在るべきとするその剣術を学び、習い、修めた。
だが、彼にとってこれは。
「斬捨御免」
相手を無力化し、その首を斬り捨てる為の