男性失格   作:空言流転(旧魔庭鳳凰)

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ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん
本当を話せなくってごめん


ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん 嘘を吐き続けてごめん

 『恥の多い生涯を送って来ました。』だなんて、そんなことを臆面もなく言える人間は幸福だ──そんな馬鹿げたことを、掛け布団で遮断された闇の中に蹲りながら訥々と瑞希は考える。

 大庭葉蔵はどうして、そんなことを日記の中でさえも告白できたのだろうか。瑞希には、例えそれが夢の中であったとしてもできなかったことを。『恥の多い生涯』──大庭は自らの生涯をそう称した。けれど、だとしたら、瑞希の人生は何なのだろうか。

 『恥の多い生涯』──────ではない、…………ですらない。

 

 ()()()()()()()──である。

 

 生まれてから今まで、一片の反論の余地すらなく、瑞希の生涯は『恥』であった。それは違うからであり、異なるモノだからであり、そして……貫けなかったからだ。

 嘘を吐き続けてきた大嘘吐きの紛い物だからだ。

 『言いたかった』ことは『言えなかった』。自らの手で行いたかった告白と懺悔は唐突な強襲を前に崩れ落ちた。砂上の楼閣、畳の上の水練、鞍掛け馬の稽古。……遅すぎた『それ』、間に合わなかった『それ』。

 分かっている。彼らに悪意はなく、彼らに罪はないことくらい。

 けれど、どうしたってこのタイミングで? なんで……。

 当然、それは現実逃避であり、それ以外の何物でもなかったが、それでも瑞希は向き合うことができなかった。いや、向き合いたくなかったと言うべきだろう。

 辛い現実から。

 酷い現実から。

 

 ()()()

 

 文字にすればたった三文字の『それ』は……それだけで瑞希の全てを壊した。

 『すべて』だったんだ。

 か細い糸の上でドミノ倒しをするような人生で、それでも『それ』は瑞希の『すべて』だったんだよ。

 

 すべてだったんだ。

 

「…………ボクの、せいだ」

 

 空転する思考の結論はいつも『そこ』だった。生まれてから今まで、ずっと否定され続けた人生。……気持ち悪い、狂ってる、頭がおかしい、合わせられない、嫌いだ、信じられない、壊れてる、正しくない、間違ってる、仲間になれない、付き合いきれない、三次元じゃ受け入れられない、理解できない、馬鹿じゃないの。

 

 『変なの』

 

「っう、……ぷっ……ひュ、ァ」

 

 吐瀉物がせり上がり、またそれを飲み込む。この三日間で何千回同じ行為をしただろう? ……合わせる顔なんて、なかった。

 『違う』モノは、……怖い。

 当然のことだ。だってそうだろう? みんなそうだろう?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『あいつだって別に隠してねえじゃん!!』

 

 例えば瑞希がLGBT──即ち、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーであればまた話は違ったのかもしれない。女性に恋愛感情を持つ女性、男性に恋愛感情を持つ男性、異性にも同性にも恋愛感情を持つ人々、外見と異なる性自認を持つ人々──そういう、あえて的外れな言い方をすれば受け入れられる土壌が育ちつつある性質の持ち主であれば、また違ったのかもしれない。

 『ボクはレズ』です、『ボクはゲイ』です、とそんな風に言いきれたのかもしれない。無論、自信を持って『ボク』を『これがボク』と言い張って。

 だけど、違うのだ。そうじゃない。

 

 暁山瑞希は自分のことを男だと認めている。

 

 その上で、暁山瑞希は可愛い恰好が好きだし、

 

 フリル付きのスカートを履いて、ワンピースを着る。

 

 だって、暁山瑞希は()()()()()()()()()()()()()()だから。

 

 それは趣味嗜好の話であって、瑞希自身が性的少数者というわけではないから。

 だから、開き直れなかった。それが正しくないと分かっているからだ。

 自分は自分の意志で世間一般の常識とは違うことを貫いている。それは、何が違うと言うのだろうか? 殺人を他責にする犯罪者と、病気だからと言い訳をして他人の金を使い込むギャンブラーと、酔っぱらってDVをする夫や妻と。……同じだった。『異常』なことをしているのは、同じだった。

 ただそれが罪に問われていないだけで、明らかにみんなに迷惑をかけていた。

 気を使わせて、腫物にされて、陰口を叩かれて。……当然のことだった。

 

 『私は、かわいいものが好きな瑞希のこと、大好きだよ』

 

 そう言ってくれた人はいた。

 

 『だから──いつか、ちゃんと話してよね』

 

 そう言って、待っててくれた人はいた。

 

 『お父さんに、話せた』

 

 そうやって、勇気を出した人がいた。

 

 だから、変わりたかった。瑞希だって、話したかった。だけど、だから、なのに!

 

 『………………あ……あ………………』

 

 間に合わなかった。遅すぎた。手遅れだった。

 それは、──誰のせいだ?

「ぅううぅぅぅうぅうぅう」

 誰が悪い? 誰が悪い? 誰が悪者だ?

「ああああぁぁあぁあぁぁあぁぁああっぁああああああぁぁあ」 

 瑞希のせいだ。瑞希が悪い。瑞希だけの責任だ。

「ひっ、ひぅいぃいぃいあぁああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛……あ゛っ、……おっ、ぇっ゛」

 叫んで、泣いて、吐いて、飲み込んで、その繰り返し。

 なんて、罰当たりなんだろうか。なんと、罪深いんだろうか。銀貨三十枚で救世主を売ったユダでさえ──きっと今の瑞希ほど罪深くはないはずだ。彼の行いは彼の人を神の子にするための決心で、つまりは献身で、故に自己犠牲で、彼はずっと彼の人のことを愛していたから。

 それに比べて瑞希はどれだけ浅ましいのだろうか。

 自分のことだけだ。

 自分のことだけ。

 自己中心的。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんっ……ごめんなさい……っごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──────」

 幾度、幾百幾千度繰り返した謝罪。……それはもはや色を失いつつもあった。繰り返される言葉はまるでボイスレコーダーの再生音。『何』に対する謝罪なのかすらも、瑞希は分かっていない。

 絵名に言えなかった『嘘』の罪深さに対しての?

 『ニーゴ』で偽り続けてきた『罪』の重さに対しての?

 それとも、それら全てをひっくるめて…………自分自身が、暁山瑞希という生命体が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ごめんなさい」

 普通に生きれなくてごめんなさい。

「ごめんなさいっ」

 迷惑ばかりかけてごめんなさい。

「ごめんなさいっ!」

 期待に沿えなくてごめんなさい。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」

 頑張れなくてごめんなさい。

「ごめんなさい……」

 言えなくてごめんなさい。

「ごめん、ごめんなさい……」

 大嘘吐きでごめんなさい。

「ごめんなさいっ、ごめん……ごめんなさいごめんなさい……」

 勇気を出せなくてごめんなさい。

「ごめ、ん……なさい」

 優しさを求めてしまってごめんなさい。

「こ゛めんなさぃ」

 独り善がりでごめんなさい。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 立派になれなくてごめんなさい。

「ごめん、ごめんっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 裏切ってしまってごめんなさい。

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

 誤ることしかできなくてごめんなさい。

「ごめんなさいっっっ!」

 謝ることしかできなくてごめんなさい。

「ごめん、……な……さい」

 間違い続けてしまってごめんなさい。

「ごめん、ごめん、ごめん──ごめんなさい」

 周りに合わせられなくてごめんなさい。

「ごめんなさい」

 男に生まれてごめんなさい。

「ごめんなさいっ、ごめん、赦して……」

 開き直れなくてごめんなさい。

「ボクが、…………ごめん」

 気を使わせてごめんなさい。

「ごめん、ごめん……ご、めんなさい」

 約束を護れなくてごめんなさい。

「ごめんな、さい……」

 そんな顔をさせてしまってごめんなさい。

「ごめ、んなさ……い」

 女の恰好をしてごめんなさい。

「ごめん」

 愚か者でごめんなさい。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……」

 異常者でごめんなさい。

「──────ごめんなさい」

 泣いてばかりでごめんなさい。

「ごめんなさい──ごめんなさい」

 なにもできなくてごめんなさい。

「ごめんなさいっ!」

 もう会えなくてごめんなさい。

「ごめん……、ごめん……ごめんなさい…………」

 ──────生きていて、ごめんなさい。

 生まれてきて、ごめんなさい。

 そんな無意味ばかりが零れ落ちる。謝罪は誰かにするから意味があるのであって、こんな独り言は無意味でしかない。それでも瑞希は謝らずにはいられなかった。だって、だって、だって、

 

 『あーあ、いっそ、ボクの代わりに誰かが全部話してくれたらいいのに』

 

 望みどおりになったじゃないか。

 いったい何が不満なんだ。

 他人任せにしてきた人生のつけがきただけ。逃げ続けてきた人生の負債が返済されただけ。先送りにしてきた人生の報いが訪れただけ。

 たったそれだけの、当然の罰。

「えなぁ……」

 誰が悪い? 誰が悪い? 誰が悪者だ?

「……えなぁ」

 瑞希のせいだ。瑞希が悪い。瑞希だけの責任だ。

 最初から話していればよかったんだ。『ボクは男だけど可愛いモノが好きだから女装しています』って言えばよかったんだ。受け入れてくれている人はいるし、気を使ってくれている人もいた。陰口を叩かれることはあっても、正面からいじられることなんてそうそうになかったし、……面白半分で声をかけてくる人も、けれどそれを嗜める人だっていた。

 好きなモノを好きだと、声高に言い切ってしまえばよかった。

 なのに瑞希自身が後ろめたいことであるかのような態度をとっていたから、周りも瑞希にどう接すればいいかわからなくなった。

 

 そんな目を向けないで? ──だったらどうして、堂々としなかった?

 そんな声を掛けないで? ──だったらどうして、毅然としなかった?

 

 『みんないなくなれ』? ──いなくなるべきは、お前だ。

 

 理解できないのは当然だ。異常なのは瑞希なのだから。狂っていて壊れていて頭がおかしいのは瑞希なのだから。

 正しいのはみんなで、間違っているのが瑞希なのだから。

 『優しさが生まれるのが怖い』? なんて、──────傲慢。

 異常者が真面に扱われることを望んでいる? 周囲の助けなくして生きられないくせに『優しくしないで』? 『普通の人と同じに扱って』? もはや、馬鹿にしている。

 馬鹿だ。

 大馬鹿者だ。

 理解できないのは瑞希の生き様だ。瑞希が歩み寄ろうとしなかったのに、世界が瑞希に歩み寄らないのは可笑しいだなんて、……なんて、高望み。

 異常な側を優遇しろと、異質な側に合わせろと、狂人と普通に接しろと。そんなことを言うなんて、……なんて強欲。

 

 でも。

 

 でも。

 

 でもさぁ。

 

 楽しかったんだよ。

 

 信じさせてくれたほどに。

 

 ほんとうにたのしくて。

 

 まいにちがたのしくてさぁ。

 

 こんないつも通りが、いつまでも続けばいいって。

 

 いつまでつづくのかなぁって。

 

 ずっと。

 

 ずっとさあ。

 

 ずっと一緒にいたくて。

 

 ずっと。

 

 もっとさぁ。

 

 もっとみんなといたくて。

 

 だから。

 

 だからさあ。

 

「ひとりに、しないで」

 零れ落ちた本音。

 孤独に満ちた部屋の中。

 己の浅はかな意志で捨てた絆。

 全てが断絶した狭い世界。

 何の温かみにもならない布団を抱いて。

 必死に自分を嘘で護ってきた暁山瑞希という名の雄。

 暴かれた罪と嘘。

 赦されなかった過去。

 だから、当然だったんだ。

 個人情報保護が撤退されたこの世界、瑞希の家の住所なんて誰も知らない。

 携帯もパソコンもシャットダウンさせた今、『セカイ』からですら瑞希と連絡を取ることはできない。

 だから、当たり前なんだ。

 寂しさに塗れた『白』。

 あまりにも寒すぎる『白』

 

 

 その声を、拾ってくれる人なんて──────、

 

 

「しないわよ」

 

 誰かが、掛け布団をめくった。

 久方ぶりの光が、瑞希の眼を射した。

 

「あんたを独りになんて、させない」

 

 

 

 

 

 ──────現実は。時に『逃げ』すら許さない。

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