メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
きみのもとへ
「貴方はだんだん眠くなる……貴方はだんだん、眠くな〜る……」
「………………」
「……おっほん。ふぅ……あ〜な〜た〜は〜……だぁ〜ん〜だぁ〜ん〜……」
「………………………………」
どうする?
▶乗ってあげる
ツッコむ
無視する
にげる
昼下がりのトレーナー室、目の前で突如繰り広げられる彼女の……我が担当ウマ娘メジロアルダンの奇行に、僕の脳内にもウインドウが浮かび上がる。というか、嘘でしょアルダン……紐括り付けた五円玉で催眠しようとする人なんて、今日日いないよ……
「……んんっ、んー……貴方は、眠くなる、だんだん……だんだん眠くなる、貴方は……」
いや文法の問題じゃなくて。
「むむむ……むむむむ…………」
「………………」
握っていたボールペンと書類を一旦手放して。僕はひとまず目の前で揺れる五円玉と、その向こう側で釣られて動く、彼女の瞳をまじまじと見つめてみる。というかさっきから一応見てるけど、これっぽっちも眠くならないな?誰が最初に考えたんだ、この五円玉のやつ。
……とはいえ、凝り性の彼女の事だ。今回はどこから影響を受けてきたのかは分からないけど、このままでは以前のあやとりやアメリカンクラッカーの時みたいに、トレーニングの時間以外毎日催眠術漬けの生活になってしまうかもしれない。何かの遊びならいざ知らず、こんな時間が延々と続くのは、いくらなんでも暇すぎるよなぁ……
「…………すぅ」
「……!!!」
「すぅ、すぅ、うーん、むにゃ、むにゃ」
と言うわけで僕は、なんか、こう、それとなくいい感じに首を傾げて、彼女の目の前で狸寝入りを決め込んだ。我ながら何をやってんだかよく分からないけど、まあ、これで彼女が満足するんなら……
「せ、成功した……?正直上手くいくとは微塵も思っていませんでしたが……ううむ、これは私の才能でしょうか?それとも、トレーナーさんが信じられないほど単純なだけ?」
うん、やっぱやらなきゃ良かったかな。
「はっ、そ、それでは早速トレーナーさんに、め、命令をしなければ……!」
「えっ」
「えっ?」
「あ……ぐ、ぐぅー、ぐぅー」
そ、そのタイプの催眠かぁ……不味いぞ、一体何させられるんだ……?てかアルダン、どこで覚えてきたんだそんなもの……
「まずは、そうですねぇ……右手を顔の前に上げてください?」
「……ん」
「お、おお……!でっ、では左手も同じように!」
「……んん」
「おおお……!ではではその両手を、ピースに!」
いやほんとに何させられてんだ……?
恐らく人生初のダブルピースをよりにもよって彼女に晒す羽目になりながら、過ぎる時間を刻一刻と僕は待つ。頼むから、さっさと飽きてくれアルダン……
「うーむ、では次は犬さんになってください♪」
「わ……わぉーん……?」
「では、猫さんに♪」
「に、にゃーん!」
「ではお次は、サイさんに♪」
「さっ……?…………が、がぉーっ!がぉーっ!」
「まあ!サイとはこのような鳴き声をしているのですね?勉強になりました♪」
いや知らないよ?サイの鳴き声なんて知らないよ?趣旨変わってない?
「ではお次はそうですね?実は私、丁度幕末の歴史にハマっておりまして……坂本龍馬さんなど、お願いできますか?」
それもはや催眠じゃなくない?降霊術じゃない?
「ぇ、ぇぇと……に、日本の夜明けは、ち、近いぜよ……!」
「まあ……!早速出ましたね、いつものやつ♪」
モノマネ芸人みたいに扱うんじゃないよ!恥ずかしい!
「ところで、大変失礼なご質問なのですが……貴方を暗殺した方は、本当は一体、どなただったのですか?」
知らないよ!僕が聞きたいよそんなこと!
──────────────
「……さてと、見たところ催眠の効果は充分のようですね?チェックはここまでにして、本題に移りましょうか」
「………………ぐぅ」
あれから散々好き放題、世界中の名だたる偉人達と言葉を交わしたアルダン。満足そうに緩んだ目尻を締め上げ、彼女は再び口を開く。というかまだ本題じゃなかったのか……満足でしょあんなビッグネーム達と話せたんだか……
「……ねえ、トレーナーさん?正直にお答えくださいね?」
「ぐぅ、ぐぅ……」
「トレーナーさんは、私の事を、好いてくれています、でしょうか?」
「ぐぶふぉっ……!?」
……一音一音、振り絞るように発せられた彼女の言葉に、僕の脳内は盛大にかき乱される。す、すすす、好いてって、それは、どういう……?
「……はいの人は6ページに、いいえの人は7ページに」
いや懐かしいやつ。
「……ろ、6ペー……ジ?」
「…………!」
ひとまず……ひとまず僕は彼女の問いかけに対して、恐る恐る首を縦に振る。何が何だかは分からないけれど、けれどとりあえずいかなる理由だろうと、少なくとも僕が彼女の事を『好きじゃない』なんてことは全くないから。から、まぁ……
「……それは、その、『異性として』の好き、なのですか?」
「ぐっ……!?」
ふ、踏み込んできた……!?
「は、はいの人は、8ページ、いいえの人は9ページ……!」
「………………ぐ、ぐぅ」
……い、いやこれ、本気で言ってるのか?なんかうっすら冗談混じりだし、これ本当は僕が起きてるの分かってて、からかってるんじゃないの?
「……ん、んもー、アルダンったら」
「……………………っ」
「…………!」
……どんなツッコミを入れてやろうかと、しばらくぶりに薄目を開いて外の様子を観察する僕。であったが、そこに見えたのは……
他でもない、我が担当ウマ娘メジロアルダン。彼女の大きく潤んだ瞳と、耳先まで真っ赤に染まった顔と、そして何より、この季節の切なさを全て閉じ込めたような、静謐な憂いの表情であった。
「ごめんなさい、トレーナーさん。こんな、こんな形でしか尋ねる事が出来ない臆病な私で、ごめんなさい」
「………………」
「こんな事を普通に聞けば、きっと優しい貴方は私の事を傷つけまいと、気持ちはどうあれ、心の底から悩んでしまうでしょう。私などの為に、何日も何日も」
「………………」
「けれども私は本当に、『答え』を知れるだけで充分ですから。それだけで私は、これからも前を向いて歩けます。だから、トレーナーさん」
ぽつり、ぽつりと、秋雨のようにこぼれ落ちる、ことのあらまし、やわらかい彼女の本音。
「………………………………8ページ」
「……!」
「けれども今はまだ、僕は次のページには行けないんだ、アルダン」
それを耳にして、僕はそっと目を開く。そうして彼女の、その大きな不安を抱えてしまった瞳を真っ直ぐに、できるだけ誠実に、見つめ返した。
「ごめんね、ごめん。これは、君が悪い訳じゃないよアルダン。けれどもまだ、僕は君のもとへと行けるほど立派なトレーナーでも、立派な人間でもないから」
「………………」
「だからこの夢の続きは、いつか、全部終わったあと。僕がもっともっと強く強く、君のことを守れるくらいの人間になってから、改めて、君のもとに、僕の方から行くから、だから、アルダン」
「…………………………」
僕はその、振り子のように揺れ動く彼女の瞳に向かって、はっきりと言葉を紡いでいく。そうだ、今はまだ半人前のこの身、好きだとかどうとか、異性としてどうだなんて、まだまだ、答えを出す時期なんかじゃ……
「……です」
「……アルダン?」
「いーやーでーすー!もっとはっきりしてください!トレーナーさん!」
「えっ」
おや、なんか思ってた反応と違うな?
「いつもいつもこういう話の時は思わせぶりな態度を取って!なんだか良い感じの雰囲気でまとめて終わらせようとして!今日と言う今日は逃がしませんよ!」
「ぐ、ぐえ……苦し……首はやめで……アルダ……」
「さあお答えください!貴方は一体、私の事をどう思っているのですか!?はい!答えて!」
「ど、どうって、そんな……それは……その……」
「おうおう!なーにをウジウジしちょうがか!日本男児が、聞いて飽きるる!」
「えっ……え……何?いきなり誰……?」
「まあ……坂本龍馬さん!来てくださったのですね!」
「えっ!?嘘!?ご本人登場!?」
「まっこと、情けない限りじゃ!おまんらがこのザマじゃあ、わしらが命懸けで歴史を守った甲斐もないっちゅうもんじゃき!のう?おまんもそう思うじゃろ?」
クオッ!クオッ!クオッ!
「うわあ!?本物のサイまでいる!?こんな鳴き声してるんだね!?」
「さあ、トレーナーさん!?はっきりとお答えを!貴方は、私と、一体どうなりたいのですか!?」
「どうなりたいんじゃ!?」
ブモーッ!ブモーッ!
「ひ、ひぃーっ!ぼ、僕は……!僕は…………
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───────
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「──ぼ、ぼくはぁっ……!アルダンと、ず、ずっ……?」
「……ふふふっ?おはようございます、トレーナーさん♪」
「……うわあああっ!?い、今言うから!?勘弁してぇええっ!?」
「今言う……?とは、何のお話ですか?」
「あ、あれ?」
拭った己の頬には、僅かなヨダレの後。抱えた頭には、盛大な寝癖。本物の坂本龍馬もサイもいない彼女と二人のトレーナー室で、突っ伏していた机から僕は飛び起きた……飛び起きた?
「も、もしかして僕……今まで……」
「ふふふっ……!そうですよ、三十分ほどですかね?実に気持ちよさそうに、ぐっすり眠っておりました♪」
「………………」
「ふふ、まさかここまで完璧に催眠術が成功するなんて♪正直上手くいくとは微塵も思っていませんでしたが、これは私の才能でしょうか?それとも、トレーナーさんが信じられないほど単純なだけ?」
「は、はは……多分前者だよ、きっと……」
彼女の手に握られていた、見覚えのある紐付きの五円玉で全てを察する、僕。というか、嘘だろ僕……こんなベタな催眠術にかかる人なんで、今日日いないだろ……
「…………あのさアルダン?その、なんだ、その催眠術って、相手をただ眠らせるだけのやつ……だよね?」
「はて?なにゆえにそんなことを聞くのでしょう?トレーナーさんは、ただ眠らせる以外の催眠術をご存知なのですか?」
「うっ!?い、いやー?僕は、別に?」
あれは夢か現実か……曖昧な記憶を、なんとか確定させるべく彼女に問いかける僕を、のらりくらりと煙に巻く彼女。くそう……これ一体、いつからいつまでが夢なんだ?もっとはっきり言ってくれれば……
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『いーやーでーすー!もっとはっきりしてください!トレーナーさん!』
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「……いや、僕も人のこと言えないか……ごめんアルダン、これからは……」
「…………がぉーっ!がぉーっ!」
「うわっ!?何急に!?」
「ふふ、急に黙り込むものですから、ついからかいたくなってしまって♪どうです?サイさんの鳴き真似、上手でしょう?」
「いやいや、本物のサイ全然違ったでしょ……ん?そのサイの真似……って、や、やっぱりアルダン知ってんじゃん!?」
「はい?何の話だか……分かりませんねぇ?」
昼過ぎのトレーナー室、目の前で繰り広げられる、寄せては返す彼女の自由な振る舞い。
そのなんとも言えない夢うつつのような表情に、またしても僕は、彼女漬けの毎日に落とされていくのであった。
「ぐぬぬ……かくなる上は僕だって催眠術で聞き出してやる!という訳で、その五円玉!貸してアルダン!」
「あらあら?まあ、良いですよ?丁度かけられる側の気持ちも、体験してみたいところでしたから♪」
「よ、よーし……あなたはだんだん眠くなる……あなたはだんだん……」
「ふふふっ?ふふふ…………」
「眠くなる……貴方はだんだん……って、こんなのやっぱりできるわけ……」
「………………───────」
「…………え?」