メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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カラフル


「ええと、こちらはウマックスバリュ駅前店のチラシですね。今回のセール品をシンプルな色使いで均一に並べる……大手スーパーらしい秩序ある美しいレイアウトになっているのです」

「おお、なるほど……」

「そしてこちらが、同じく駅近くにある新鮮市場のチラシ。こちらは特大セール品のお値段を真っ赤な筆文字で凛々しく、力強くレイアウトされている」

「あら、同じスーパーって括りでもこんなに違うんだなぁ……」

「ええ、それぞれのお店の美意識の違いがはっきり出ていて、実に面白いのです♪」

 

昼下がり、トレーナー室。テーブルの上にずらりと並んだ、彼女があちこちから集めてきたチラシの山。仕事と授業とトレーニングの合間ののんびりとした時間に、僕と彼女は……我が担当ウマ娘、メジロアルダンは、のんきにお茶をすすりながらそれを眺めていたのであった。

 

「……あ、す、すみません。つい長々と語りすぎてしまって……チラシなんて、トレーナーさんはあまり興味ありません、よね?」

「いいや?確かに今までは対して興味なくて、すぐ捨てちゃってたけど、でもこうして見ると本当に面白いし、綺麗だと思うし、それに……」

「ふふ、何かふと閃いたりしましたか?何か、私とのトレーニングに活かせそうなアイディアが?」

「いや、今回はその辺はさっぱりだね?さっぱりだけど……単純に、レースとは関係ない君の好きなものを新しく知れたってのが、とにかく嬉しいな、って」

「……ふふふふっ?よろしいのですか、そのような事を言ってしまって?お話、長くなりますよ?」

「最近暑いからね、お茶もぬるくなった方が飲みやすいよ、きっと」

「ふふふふっ、ふふふふふっ♪」

 

彼女の日課としている、カラフルなチラシ集め。本日たまたま仕事の手が空いた僕は、いつも遠巻きに眺めるだけだったその様子を少しだけ近くから見学させて貰うことにしたのである。まるでおもちゃ箱を見せびらかすかのような彼女の表情に気を取られながら、僕はゆっくりと、目線をテーブルの上に戻す。

 

「さてお次は……ベビー用品店のチラシですか。ふふっ、やはりこのお店のチラシはいつ見てもとっても可愛らしいです♪あちこちにこのお店のマスコットのうさぎさんが描かれていて、そして細かいところにお花や木々の装飾が象られている、まさしく童話の世界のように美しいデザインが本当に素敵で……このお店は昔から何度かデザインリニューアルを繰り返しているのですが、その度に違った童話や昔話をモチーフにしておりまして、今は不思議の国のアリスですが、このひとつ前の人魚姫風のデザインもたまらなく美しくてですね?ああ、そういえばちょうどファイリングしていたものがあったので、今度お見せいたしますね♪」

「おお、それは楽しみだ……けど、なるほど、ベビー用品店か」

「あら、トレーナーさん?」

 

一枚のチラシに呆然と見蕩れながら、早口でまくし立てるように語り尽くす実に珍しい彼女の姿。それを余すことなく堪能しつつ……並行して、ふと考えたことをなんの気なく僕は口に出す。

 

「きっとこの店のお客さんは、ほとんどが子育て中の親御さんなんだろうね」

「ええ、まあ、そうでしょうね?」

「なるほどなぁ……となると、なるほど。このチラシ、親子で一緒に見る事を想定して作られてる、のかな?」

「と、言いますと?」

「ほとんど一時も目を離せないくらいの時期の子がいたとして、その親御さんは普通に考えれば悠長にチラシなんて見てる暇なんて無いわけで……でもこのチラシなら子供がマスコットに夢中になってる間に、親御さんは商品を見ることができる。子供から目を離させずに、安全にチラシに目を通してもらう事ができる……っていうのを狙ったデザインなのかな?なんて、そう、思って……」

「………………」

「……あ、あはは、なんて、野暮なこと言っちゃったかな?」

 

彼女から受け取った、まるで童話の世界のように愛らしいチラシを、ついいつもの癖で斜め下からジロジロ見つめてしまう僕。いけないいけない、彼女がせっかく純粋な気持ちで楽しんでいるというのに、それに水を刺すような真似は……

 

「なるほど……!ただ幼児向けなイメージでメルヘンなデザインにしているとしか思っていませんでしたが、そのような考え方もあっただなんて……!」

「あ、あれ?」

「まさしく新視点でした……!流石です、トレーナーさん♪」

「あ、えっと、そ、それほどでもないよ?」

「ふむふむ、お待ちください?その視点でいえばこちらのスポーツ用品店のチラシは……」

 

まるで水を得た魚のように瞳を潤わせ、早速顎に手を置き、手元にあったチラシを観察し始めるアルダン。その予想外の反応に、僕はただひたすら、目を丸くする。

 

「……ふふっ♪昔から何百、何千とチラシを見てきましたが、こんなに『面白く』感じたのは初めてです♪」

「……ふふ、そうだなあ。僕も君ほど沢山見てきた訳じゃないけれど、チラシの事こんなに『美しく』感じたのは、初めてだ。さっきのベビー用品店のチラシも、よく見ればすごく優しい色合いで、絵も緻密で、純粋に、綺麗だなぁ」

「ええ、そうでしょうそうでしょう?あ、今気がついたんですが、スポーツ用品店というのは恐らく十代の学生がメインターゲットですよね?ということは……」

「ふむふむ?なるほど……確かに!」

 

僕と彼女で片眼ずつ交換した、お互いに普段見ている目線。なるほど、彼女は普段こんなにもカラフルな世界で生きているんだな。だからいつも、あんなにも物事を優しく、ふくよかに捉える事ができるのか。

目線越しにわずかにふれた、彼女の暖かな心根。僕のゴチゴチと直角に固まった心も、半分くらい、解かされる。

 

「……アルダンはさ、いつからこんなにチラシが好きになったの?」

「いつからと言いますと……そうですね?あれは確か、小児病棟に入院していた頃でしたかね?」

「っと、ごめんね?あんまり思い出したくない話だったり、する?」

「ふふ、お気遣いありがとうございます♪そんなことはありませんし……たとえ思い出したくないお話だったとしても、貴方に伝えることだけは、これっぽっちも嫌ではありませんよ?」

「…………ふふふ、ありがとね、アルダン?」

 

大切に握っていたスポーツ用品店のチラシを、そっと僕に預けるアルダン。そしてそんな僕の心配なんてものともせずに、まるで色鮮やかな自画像を描き始めるように、彼女はその桃色に染まる口を動かし始める。

 

「入院中の子供たち向けのレクリエーションで、チラシを使った工作をよく行っていたのです。折ってお手玉にしたり、ちぎり絵にしてみたり……」

「ああ、あったあった!僕も幼稚園の頃やったなぁ、懐かしい……」

「ええ、ええ。けれども私はなぜだか、理由もよく分かりませんがその時、ただの素材に過ぎないはずのチラシそのものに、目を奪われてしまったのです」

「ふむ、なるほど?」

「ふふ、そんな目で見つめられても、理由なんてまるでよく分かりませんけどね?ただ……ただその時の私は、その鮮烈なカラフルさに、どうしても心を奪われてしまったのです」

「………………」

「それからは毎日追加される工作箱の中を漁って、お気に入りのチラシはこっそり独り占めして、自分の病室にコレクションしてみたり……見つかっても咎められる事はありませんでしたが、看護師さん達は実に不思議に思っていたことでしょうね♪」

 

実にあっけらかんと、朗らかに語り出す彼女のカラフルな表情を、僕はじっと観察する。そうだな、勝手にこんなこと考えるのは、やっぱり野暮なことなんだろうけど。

 

「……いかがです?」

「ん?何が?」

「貴方の眼から観察して、幼い頃の私のこの行動には……どんな意味合いがあると思いますか?」

「ええと……いいの?せっかくのいい思い出に水を差しちゃって?」

「ええ、きっとその方が面白いので♪それに貴方のその表情、間違いなく何か思いついた顔でしょう?それをみすみす見逃すなんて、私の中の好奇心が黙っていられませんよ?」

「ふふっ、何その理屈?」

 

そんな野暮で無粋な心根もあっさり看破され、観念して僕は、ぽつりぽつりと話し始める。幼い彼女が、このカラフルなチラシ達に夢中になったのは、きっと。

 

「……『窓』みたいなものだったんじゃないかな、君にとっての、チラシって」

「窓、ですか?」

「ああ、無機質で真っ白な病室から、カラフルな人々の生活を覗き見て、想像する為の、ガラス板を挟んだ窓の外。そこに君は、強く惹かれて憧れを持った……とか、どうだろう?」

「……ええ、ええ、その通りかもしれません。私はきっと、このカラフルなチラシを通して見る、人々の『生活の色』が好きだった、のかもしれませんね?あの頃も、今も」

 

胸を抱えて、口元は緩く。純白のきめ細かな柔肌を数センチ僕の方へ近づけるアルダン。何か焦がれるようなその目線は、改めてテーブル中に散らばったカラフルな世界へと向けられる。

……そろそろ、いい頃合いかな?

 

「だけど、今の君は昔よりずっと自由で、力強くて。きっと、憧れていた窓の外にだって、自由に飛び出していける、はず、だからさ……」

「トレーナー、さん?」

「……このスポーツ用品店、めちゃくちゃ安くない?いいシューズも沢山揃ってそうだしさ。良ければ、次の休みに一緒に見に行かない?」

「…………っ、ふふふふっ!ええ、ええ?確かにチラシとは、本来そういうものですよね?もちろん、喜んでご一緒いたしますよ♪」

「ふふっ、よかった、さっきから気になってたんだよねこのチラシ?あ、気になるといえばこのレストランのチラシもさ、めちゃくちゃ美味しそうじゃない?」

「それを言うなら、こちらのケーキ屋さんも……ふふふっ?これはもう、全部行ってみるしかありませんね♪」

 

窓の外を空想するように、はたまたショーウィンドウを眺めるように、愛おしそうに沢山のチラシを抱きかかえるアルダン。そのカラフルな模様が、まるで彼女を美しく彩るドレスのように見えて……ぬるくなったお茶をすすりながら、僕はその様に呆然と見蕩れてしまうのであった。

 

「……あら?この、チラシは?」

「宝石店のチラシみたいだね?なになに……『うるわしの指輪フェア』だって?」

「なるほど、六月だから……指輪……」

「ん?アルダンもしかして、指輪とか興味あるの?」

「ふふ、ええ?実に、実に興味深いですね♪どうです?私に似合いそうな指輪など……ございますか?」

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