メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
箱庭ロック・ショー
「あ、アルダン」
「あら、おはようございますトレーナーさん♪」
三十度を超えた日曜。浮かび始めた汗もそのままにやってきた、中心街から少し離れた待ち合わせのターミナル。いつも通りしゃんとした背筋で立っていたそのうるわしの影法師に、僕はただただ、早速目を奪われる。
「相変わらず早いね?まだ集合三十分前だよ?」
「ふふふ、私の堪え性のなさは分かっているでしょう?待ちきれなくってつい、です♪」
「はは……気持ちは分かるけど、別に早く行っても早く始まる訳じゃないからね?」
「はーい♪それと、いかがですか?このような服装で、問題なかったでしょうか?」
「うん、ばっちりだよ!ジーンズもスニーカーも、本当にほんっとうによく似合ってる!」
「似合っているかどうかではなく、場に相応しいかどうかを聞いたのですが……それはそれとして、お褒め頂きありがとうございます♪」
ドロワの時を思い出すスマートなまとめ髪に、彼女にしては珍しいグレーのTシャツ、ジーンズに身軽なスニーカー。上機嫌なスタイルでワンツーステップを踏んでみせるのは、もちろんお馴染み、我が担当ウマ娘メジロアルダン。彼女はニヒルな口元をそのままに、喜怒哀楽コロコロと変わる表情を僕に向けて、早速獲物を狙う蛇のように寄せてくるのであった。
「いやまあ、そこはアドバイス通りにしてくれたから大丈夫だよ?安定した低めの靴に、装飾の少ない服装……周りの迷惑にならない格好、うんうん、完璧だ」
「ふふっ、良かったです♪この姿なら頭を振るのも、ジャンプもダッシュもお手の物ですね?」
「頭……ジャンプ……?いやいや、そんなの無理してやんなくてもいいよ?」
「あら?何となくそういったイメージでしたが、違いましたか?」
「まあ、そういう盛り上がり方もあるけどね?でもわざわざ盛り上げようとしなくても、足を鳴らしたり指を鳴らしたり、はたまた音に集中したり……自分の好きなように過ごせばいいんだよ?」
「まあ……なんだかとてもご自由な場所なのですね?少しだけ緊張していましたが、俄然楽しみになってきました♪」
「ああ、そうだね?すごくすごく自由な場所だから、きっとアルダンも……いや、君だからこそ、気に入ってくれると思うな?」
「ふふふっ♪では、そろそろ歩き始めましょうか?まだまだお時間余裕ありますから、お散歩でもしながら、ゆっくりと……♪」
「うん、そうだね?それじゃ早速────」
そうして僕は、彼女の三歩先をエスコートしながら少しずつ、少しずつ歩き始める。太陽に急かされるようないつも通りの高揚感に、彼女と共に歩く特別な高揚感をブレンドしたカオス極まる胸の内を誤魔化すように、わざとらしく僕は、その言葉を口に出すのであった。
「ロックバンドを、観にいこう」
──────────────
「改めてですが、本日はお誘いいただき誠にありがとうございます♪」
「いやいや、こないだのオーケストラの時もそうだし、いつも君の方から誘ってくれるから。だから、たまには僕の方も、ね?」
会場へ向かう前の、ひとまずの腹ごしらえ。という訳で僕らは、たまたま見かけた路地テラスの良さげな椅子に二人で腰掛けランチを共にする。時計はそろそろ、十三時を指す頃合いのことだった。
「だけど、ほんとに僕が一番好きなバンドで良かったの?アルダンの好きそうなバンドは、もっと色々思いつくんだけど……」
「ええ、もちろん♪貴方の好きなもの、だからこそ良いのですよ?」
「う、うーん?君が良ければいいんだけど……」
「それに、気になった事はすぐに貴方に聞くことができますし……ところで、こちらのバンドは具体的にはどのような方々なのですか?」
「ああ、このバンドは三人体制、俗に言うスリーピースバンドでね?構成はシンプルにギターボーカルとベースとドラムなんだけど、やっぱり一番の特徴は三人で出してるとは思えない音数の多さで、音源でもそうなんだけど特にライブで演奏する時は…………」
「……ふふっ?」
「あ、あー……まあ、ほんと、すごくて、ははは……」
「あら、トレーナーさん?」
木漏れ日の中で何やらくすくすと笑う彼女を見て……僕は慌てて、コーヒーを啜りながら気を引き締める。今日はアルダンだっているんだ、いくら好きなバンドのライブ前だからって、僕一人で盛り上がってちゃいけないだろう。
「えーっと、そうだなぁ……演奏については口で説明するより観てもらった方が早いね?それを抜いてもその、色々凄いバンドなんだよ?結構色んな作品でタイアップしてたり、知名度もかなりあって……」
「あ、その辺りは私も少し調べて来ましたよ?確か、ここ最近ではサッカーのアニメで主題歌を務められて、それが話題になっていましたよね?」
「そ、そうそう!いや、凄いよね?作った曲があんなに沢山の人に聴かれるなんて、昔から応援してきた身としては、鼻が高いなー、なんちゃって……」
なんとか頭の中を掻き回して、彼女も一緒に盛り上がれそうな話題を探し回る僕。何かこう、ウィットに富んだ冗談だとか、情緒漫帆なアイデアだとか思いつかないものか……
「ふふふ♪それで、トレーナーさんは?」
「んぇ?」
「トレーナーさん自身は……どうしてそのロックバンドが好きになったのですか?」
「…………えっと、それは」
楽しいから。
ただ、曲を聴いていて楽しい、ライブに行って、楽しい。
歌詞を読むのだって、映像を見るのだって、CDを買うのも、はたまたサブスクで再生するのも、ギターを見るのもベースを見るのもドラムを見るのも……なんなら、ただ頭の中で空想しているだけでも。
彼女の問いかけに、僕の頭の中グルグル回る、ただ一つのシンプルな、答え。
「………………」
けれどそんなの、他人に言う理由としては、正しくないよな。
「……う、うん、その、トレーナー専門学校で辛かった時期にね?その、彼らの音楽にすごく勇気付けられたっていうか……その時からこう、僕にとって恩人というか、僕の一部っていうか……」
「まあ……!それは実に素敵な出会いですね?まるで運命みたい♪」
「ははは……いやいやそれほどでも……」
曖昧すぎて、ろくに話のネタにもならなさそうな言葉をクシャクシャに丸めて捨てる。そして僕は、宙に浮かんでいた言葉をそれっぽいストーリーにして、まとめて吐き出した。うん、これだって特段間違いってわけじゃないしな、うん。
「ふふっ?お話を伺っていたらますます楽しみになってきました♪今日のライブは、私にとってどんな出会いになるのでしょうね?」
「…………!」
『うわーっ、楽しみだなぁ……!なんの曲やるんだろう?生で観たら、どんな感じなんだろう……!』
「……トレーナーさん?」
「あ、ああ、そうだね?アルダンにとっても、運命みたいな出会いになるといいね?」
「ふふっ、はい♪」
……彼女の、満足そうに抱える笑顔を視界に収めて、何故だかいつかの少年の姿を幻視する僕。別に、別に、間違ってない、はずなんだけどな。
「あら、少し長話をし過ぎましたかね?物販の時間が迫ってきていますよ?」
「あらほんと……じゃ、そろそろ行こっか?」
「あ、トレーナーさん、お代は……」
「いいよいいよ、今日は僕が誘ったんだから。めんどくさい事は全部僕に任せて、アルダンは今日一日、自分のやりたいことだけ考えてて?」
「……ふふ?今日と言うよりいつものことだと思いますけど……ありがとうございます、トレーナーさん♪」
ビルの隙間、押し出される様な強い風を纏いながら、スマートにこの場をすませる僕。
そうだな、僕だってもう大人になったんだ。彼らがいつかしてくれたみたいに……僕もまた、自分なんかより彼女にちゃんと最高の出会いを届けられるようにしないと、だ。もう、自分が楽しいだけなんかじゃ、ダメに決まってる。
──────────────
「Tシャツに、タオルにラバーバンド……ふふふっ?ななんだか思っていたよりずっとポップでオシャレなデザインなのですね?普段使いにも丁度よさそうです♪」
「ね?可愛いよね?これほとんどバンドのドラマーの人が監修してるんだってさ、すごいよね?」
「まあ?音楽だけでなくデザインもできてしまうだなんて、実に多彩な方なので……ええと、このマスコットは……人面瘡……?」
「それ、しょくぱんらしいよ……あとそれ描いたのは、ギターボーカルの人で……」
「ふ、ふふっ……!けれどもなんだか、見れば見るほど味のあるお姿ですね?せっかくですし、記念に買ってしまおうかしら?」
「………………」
『Tシャツと、ラババンと、タオル……も欲しいけど、今月ピンチなんだよなぁ……いっその事、仕送り前借りさせてもら……えないよなぁ、二ヶ月連続じゃ……』
「あら、どうなされましたかトレーナーさん?そんなにグッズを見つめて……トレーナーさんも、欲しくなりました?」
「えっ?あ、いや、僕はいいかな?それより……欲しいものあるなら、遠慮せず全部言ってね?僕が全部、買ってあげるからさ」
「まあ……!ふふっ、なんだかここはお言葉に甘えた方が良さそうな雰囲気ですね♪ではあちらのTシャツとタオルと、あのトートバッグに、ポーチも……」
「うんうん、それでいいんだよ、君はね?」
「あと、このマスコットを……私とトレーナーさんの分で、おふたつ♪」
「えっ?僕はいいって言ったのに!?」
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「いかがです?Tシャツ、似合ってますか?」
「うんうん、すっごく似合ってるよ?」
「ふふっ、ありがとうございます♪それにしても……入場まではお外で待機しなければならないのですね?少し新鮮な気分です」
「まあねぇ、普通のライブハウスのオールスタンディングだから、なかなかね?」
「ふう、しかし日が少し傾いてきたとはいえ、まだまだ暑いですね……お気を付けくださいね?トレーナーさん?」
「………………」
『はぁ……あっちぃ……でもできるだけ前列確保したいし、どうせ飲み物中で買うんだから、今は我慢我慢……』
「ご気分が優れなくなったのであれば、一度列から出て、飲み物を買いに行きましょうね?」
「……いや、その必要は無いよ。はい、これ」
「あ、あら?この沢山の飲み物は?」
「さっきちょっと一人になったときに買っといたんだ。今日の待機列も長くなるだろうし、僕はどうでもいいけど、アルダンに無理は絶対させられないからね」
「ふふふっ?流石はトレーナーさんです♪やはり持つべきものは、有識者ですね?」
「そこまで詳しい訳じゃないけどね?さ、飲んで飲んで?」
「ええ、ありがとうございます♪あ、飲み物といえば、このライブハウスは入場時に五百円でドリンクが買えるのですよね?」
「え?ああまあ、買えるというか、買わなきゃいけないというか……」
「五百円もする、ライブハウス限定のドリンク……一体どんなお味なのでしょう?ふふっ、実に楽しみです♪」
「………………………………えーっと、その」
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「……ふぅ、確かになんだか、普通のお水より美味しい気がしますね?流石はライブハウスのお水です♪」
「いやまあ、それ多分暑い中で飲んでるから……まあ、いいか」
「しかし……オールスタンディングのライブというのはこんなにも人がぎゅうぎゅう詰めになるのですね?こんなに狭い空間は、生まれて初めてです」
「………………」
『うぐ……今日はかなり詰まってるな……で、でも最前近くキープ出来たんだし、我慢、我慢……』
「……まあ、だいぶ最前列の方だからね?後ろの方なら割と余裕あるから、もう少し」
「トレーナー、さん」
「……アルダン?」
熱気籠る小さな箱庭のようなライブハウスの中、僕が何気なく差し出した手を、逆に握り返すアルダン。夕凪のように落ち着いたその表情に、またしても僕は、目を奪われる。
「私は、このままでも大丈夫ですよ?そんなことより、少し早いかもしれませんが、今日は本当にありがとうございます。貴方のお陰で、今日の私はずっと幸せでした♪」
「い、いやいや、当然のことをしてただけだよ?せっかく来てくれたんだし、嫌な思い出だけは残して欲しくなかったからさ?」
「それでも、嬉しかったです。また一つ貴方の言葉を知れて、貴方の逞しさを知れて……貴方の、好きなものを知れて。ふふっ、まだ開演前ですが、私にとってもう既に素敵な、運命的な出会いになりましたから♪」
「………………」
触れ合ってしまった指を、もう少しだけ絡ませて。けれども僕の頭の中に浮かんだのは、他の誰でもない、僕だけの事。
「どうして、好きなのか、か」
あんなに暑い思いも、逆に寒い思いも何度も何度もして、買えないグッズに歯ぎしりして、フロアのど真ん中で押し潰されそうにも何度もなって。
それでも、それでもいつかの少年は、今日もこの箱庭に足を運んでいる。
僕らの街の外れにある、へんぴな箱庭にふらっと現れては去っていく、恩人と呼ぶにはあまりにでたらめで制御不能なあの三人組。その声がする方へ、彼らが待つ場所へ、僕は今日もつい、手を伸ばしてしまう。
その理由は……やっぱり、たったひとつしかないのかもしれないな。
「あら、なにかおっしゃいましたか、トレーナーさん?」
「……いや、まだまだだよ」
「まだまだ?」
「まだまだ、こんなもんじゃないよ。今までのはただの『幸せになる準備』だからさ」
「ふふっ?それはそれは……実に楽しみで……」
……♪…………♬
「あら?この、音楽は……」
「───────」
かくして不意に流れ出す、新しいページに絵の具を落とすかのような優しいメロディ。
一千回、一万回と聴いてきた、僕らを『幸せ』に誘ってくれるそのメロディを合図に、またストーリーは、始まる。
「『───────ようこそ!」』
──────────────
「ただいまをもちまして、本公演は終了となります。お帰りの際は、お足元にご注意ください。ただいまをもちまして……」
星をなぞって、デットヒートを極めて、南南西も目指して。目まぐるしく変わり続けるフルカラーなプログラムが、今日もまたひとつ終わりを告げる。桜が咲いて散ったそのあとのような、モードなムードだけを残しながら。
「─────」
「─────」
「──あっ、あ、えっと、それじゃ、出よっか?」
「あっ、そ、そうですね?忘れ物なとしないように、お気を付けくださいね、トレーナーさん?」
なんとも締まらないエンドロールみたいに、ワンテンポ遅れて動き出す僕とアルダン。
い、言えない……正直今の今まで、二人で来てたこと忘れてただなんて……ライブ中、変な事とかしてないよね?僕?
「え、えーっと、どうだった……かな、アルダン?」
「……………………」
「……あ、アルダン?」
昂ったままの人、泣き出してしまう人。気まぐれ模様の雑踏の中、彼女は黙々と前だけを見据えて歩く。これは……なんていう表情なんだ……?
「あっ……ええと、少しお待ちください、トレーナーさん。少しだけ、頭の中で、語彙をまとめておりまして……」
「う?うんうん、大丈夫だよ、ゆっくり考えて?」
「…………ええと、まず、申し訳ございませんトレーナーさん。今日一日、貴方に沢山助けていただいたというのに……」
「え?い、いやいや、そんなこと別に気にしなくっていいって……
「開演するまでは、今日のお出かけもきっとまた、トレーナーさんとの素敵な思い出のひとつになるのだろう、と思っていたのです。ロックバンドのライブというものもまた、今までトレーナーさんがくれた、沢山の運命のような素敵な出会いの中の、ひとつになるもの、なのだと」
「………………」
大好きな箱庭から一歩出て、黄昏に染まる街を見る。別に、悲しいは微塵すら無いのだけど、ないのだけど。
「そっか、じゃあ」
「けれども、ごめんなさい。私、途中から貴方が隣に居ること、すっかり忘れてしまって、いたんです」
「えっ?」
「その……お恥ずかしながら、ステージ上の様相が、そこから聴こえてくる音が、その、ひとつひとつが……素敵、過ぎて……!」
「…………!」
……まるで真っ赤な絵の具を垂らしたように、耳の先の先まで綺麗に染め上げ目を泳がせる、アルダン。散りばめられたダイヤモンドみたいに、黄昏をはじき返して光り輝くその眩しすぎる姿から慌てて目を逸らし、けれども、せめてその声はちゃんと聴こえるように、僕は情けなく耳を済ませた。
「その、私、大丈夫でしたでしょうか?はしたなく声を出してしまったり、人に見せられないような表情を浮かべていたり、していませんでしたか?」
「……えーっと、まあ、そうだね?きっとみんなステージの上で起こってることに夢中で、誰も気にしてなかったと思うよ?」
「ほ、本当ですか?本当に大丈夫でしたか?」
「あ、あはは……実は僕もその、君と同じでステージしか見てなかったから……正直、わかんないかな?」
「……ふっ、ふ、あははっ……!それなら仕方ないですね?」
今日、この箱庭で目撃してしまった大事件をひとつずつ踏みしめて、喜怒哀楽コロコロと変わる彼女の表情。その全てを流線型に繋ぎ合わせて、僕は空に、五線譜を描く。
「ふふふっ……まさしくかつてない、新しい世界を垣間見たような気分です♪ありがとうございますトレーナーさん?こんなに素敵なことを、また一つ、教えてくださって」
「素敵な、こと?」
「『ロックバンドは、楽しい」』ということ、です♪」
「……ああ、そうだね?「『ロックバンドは、やっぱり楽しい」』や!」
どこまでも続く五線譜、それを辿り直した先の先。そこに待っていた理由は……結局、それしか無かったのであった。そうだ、どう足掻こうとも、結局今日も、ロックバンドは、楽しい。
「なので、安心してくださいトレーナーさん?そんなに心配しなくとも、貴方の好きなロックバンドは、誰がなんと言おうと絶対にかっこいいですから。他でもない、私が保証します」
「……そんなに僕、心配そうな顔してた?」
「ええ、かなり」
「あはは……まあ、それなら良かったよ?」
「そうと決まれば、次の約束ですね?このバンドの次のライブはいつ頃なのでしょうか?」
「次は……来月のフェスかな?その次は再来月の対バンに、またワンマンもあるし……次の約束なんて、いくらでも立てられそうだね?」
「ふふっ、それは良かった♪あとそれに、他のロックバンドも気になりますね?私が好きになれそうなロックバンド、まだまだありますでしょうか?」
「もちろん沢山紹介できるよ!好きになれる可能性なら、いくらでもある、からね?」
「ふふっ?それはそれは、楽しみです♪あ、しかし気になったのですが、ロックバンドのベーシストというのは実に大変なパートなのですね?あんなに激しい動きをしなければならないだなんて……」
「……ぶふっ……!それはその、まあ、ね?」
……それに、ロックバンドだけじゃないな。
毎日毎日汗水垂らして、ウマ娘のトレーナーなんて激務にしがみついてるのも。
毎日毎日狂ったように、メジロアルダンという一人のウマ娘に拘り続けているのも。
毎日毎日寝る間も惜しんで、彼女との物語を、書き、続けているのも。
そうだ、僕の世界にも、彼女の世界にも……そして、そんな物好きな僕らが目撃した新世界にも、まだまだまだまだ、楽しい事が、いくらでもある。
そんな楽しさが、どれだけ正しくなかろうと。
『それも別に悪くねえよ、バイバイ』
そんな声が、聞こえた気がした。
あの箱庭から今日も吹き始めた、アザレアの風の中で。