メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
SOUVENIR
『さあさあ皆様、縁もたけなわということで……お待ちかねの、ブーケトスのお時間です!参列者の皆様は、是非とも前方にお集まりください!』
「……ん!これも美味しい!これもいける!うーん、アルダンにも食べさせてあげたいなあ……こんなに余ってるんなら、ちょっとくらい持って帰れないかな?」
『皆様準備はよろしいですね?それでは花嫁さん……お願いします!せーのっ!』
ポーン……
「あ、スタッフさーん?なんかこう、持ち帰り用の容器とか……スタッフさん?聞こえます?スタッフさーん!こっちです!こっち……」
スポッ
「………………ん?」
──────────────
「…………んん?」
やや湿った、柔らかな風吹く日曜日の午後。遠くから聞こえてくる無邪気な子供たちの声を横耳に、ネクタイと第一ボタンで締まった首元を解放して、僕は一息、ため息をこぼす。
「なんか、悪いことしちゃったかなぁ……地獄みたいな空気だったし……いやでも、わざと取った訳じゃないし……いやでも……」
こぼした息を追うように、落とした目線の先。そこにはなんとも華やかに彩られた純白のブーケが、よりにもよってこの僕の、ろくに手入れもされていない乾いた手中へと収められていたのであった。何気なく招かれた同期トレーナーの結婚式、その帰り道の河川敷でのことである。
「なんだっけか、ブーケを掴んだ人は次に結婚できるみたいな、そんな感じの話だっけ?でもそれ、花嫁から次の花嫁へってニュアンスの話だよなぁ。男が取った場合どうなるんだ?通常想定されてない挙動で、神様がバグっちゃったり……?」
「あら、トレーナーさん?」
「ん?その声は……」
などと、微妙にズレてるような気がしないでもない若干おこがましげな心配をしていると……道の向こう側から聞こえてきたのは、ささやかで甘やかな、実に聞き馴染みのある声であった。
「あ、アルダン!こんな所でなにしてんの?」
「天気も良いので、きままなお散歩ですよ♪トレーナーさんこそ随分とご立派な格好ですが、いかがなされたのですか?」
「今日は同期の結婚式にお呼ばれしてたんだ、今はその、帰り道」
「なるほどなるほど。惚れ惚れするほど凛々しいお姿でしたので、一瞬結婚式を開かれた側かと思って、焦りました♪」
「ははは、多分それで君が焦る必要一生ないと思うから、安心していいよ?」
河川敷のへりから猛スピードでこちらに駆け寄ってきたのは、もちろん我が担当ウマ娘メジロアルダン。ずいずいと僕の隣に並び立ち、ふわふわと取り留めもない軽口を叩き始める彼女の様子に、僕もまた、ただ惚れ惚れと目を奪われた。
「あ、そういえばさ?そこで出てき……」
「あら?トレーナーさん、それはもしかして、ブーケ、ですか?」
「えっ?あ、ああ、これはまあ、なんというか、そのー……」
「あ!もしかしてブーケトスで見事キャッチなされたのですね?流石トレーナーさん、おめでとうございます♪」
「い、いやいやいや。キャッチしたんじゃなくて、たまたま僕の手元に飛んできただけで……」
と、初夏の風のようにぬるく惚ける僕をよそ目に、僕の手に握られていた鮮烈な花束を目ざとく見つけるアルダン。話題に出されたところで、正直その花束は大切なものでもなんでもないのだけど……次の言葉を決めあぐね口を開きっぱなしにする僕に、彼女は呆れ笑いを浮かべながら、口を開く。
「ふふ?まあ幸運とは大抵、求めていない時にこそ何故だか飛んでくるものですからね?こうして貴方がそれを掴めたのも、たまたまや偶然などではなかったりするのかもしれませんよ♪」
「……ふふっ?まあ、確かにそうかもね?」
こんな僕の情けない失敗談をも、幸福な未来への伏線にしてしまう彼女の魔法のような一挙手一投足。ほんと、こういう時の彼女の気と口の回り方に僕はどれだけ助けられてきたんだろうな。
「……あら?しかしブーケトスとは元来、花嫁から次の花嫁へというニュアンスの催しなはずで……ええと、男性であるトレーナーさんが手にした場合どうなるのでしょうか?通常想定されてない挙動で、神様達がその解釈について議論しなければならなくなるのでは?」
「ぶっ……あはは!それ、僕もまったく同じこと考えてた!」
「まあ?ふふふっ♪最近そんな事が多くなってきましたね?どちらがどちらに似てきたんでしょうか?」
「どうだろうね?それはよくわかんないけど……あ、そうだ」
「?」
他愛もない話にスカートを揺らす彼女に、僕はしばし足を止め、何の気なしに呼びかける。日頃のお礼、と言うにはあまりにも適当過ぎるけど。
「だったらこのブーケは、君にあげるよ。それなら神様だって困らないでしょ?」
「……ええと、私、未成年なのですが?」
「……確かに、その場合はどういう解釈になるのかな?」
「ふふっ、穴が多すぎますねこのルール?それでは、こういうのはどうでしょう?」
「お?なになに?」
「このブーケは、女性である私と大人であるトレーナーさん、二人共有のものということで……次に結婚するのは『私たち二人』ということにしておきましょう♪それならば神様も納得のはずです♪」
「………………ええと、それこそ、その、どういう解釈、なのかな?」
「もちろん、言葉通りの意味ですよ?」
「……ま、とりあえずそれでいっか?」
差し出したブーケを両手で愛おしそうに抱え込み、妙案ここに見つけたり、といったドヤ顔でなんだかとんでもないことを口走っているような気がするアルダン……とりあえず今は、深く考えないようにしておこう。川辺から吹いてくる風が妙に冷たく澄んで、僕はぶるりと背筋を伸ばす。
「ふふふっ♪しかしまあ、自分が結婚している光景だなんて、今のところはまったく想像できませんけれども、ね?」
「あはは、それを言うなら僕だって、自分が家庭を持って、いずれ子育てして……なんて、夢のまた夢の、それまたさらに夢ってくらい想像つかないね?」
「そうですねぇ……結婚、結婚……」
「ん?アルダン?」
舗装された川沿いの歩道から、でこぼこ曲がりくねった河原に踏み出した、彼女のきままな散歩道。僕は特になんとも言わず、革靴のまま彼女の背を追いかける。
「……どんなに好きな相手でも……いえ、好きな相手だからこそ『永遠の愛』を誓わせるだなんて、私は少し、ためらってしまいそうな気がします」
「……というと?」
「だって、それはすなわち相手に『もうこれ以上変化をするな』と言うようなものではありませんか?『永遠に自分の愛した姿のままで生きていて欲しい』と……」
「………………」
「……まあ、その気持ちはとても分かりますけれど。少なくとも今の私はそんなことを、あ……相手に誓って貰えるほど、立派なウマ娘ではありませんから」
お互いぱっちりと合っていた目線をすこし逸らして、絶え間ない川の流れに沿って歩く僕の帰り道。魔法のような一挙手一投足の隙間に垣間見える、まるでずっと昔から解けない呪いのような、彼女の無意識の自己嫌悪。もちろんそんな君すら僕にとっては愛おしいし、永遠にそのままでいてくれるのだとしたら、それはそれで素敵なことだと思うけど。
「……まあ、そういう解釈もいいけどさ」
「トレーナーさん?」
「『永遠の愛を誓い合う』って、そんな大層なものじゃなくて……例えるならほんのちょっとだけ、相手に『めじるしを結び合う』みたいなものなんじゃないかなって、なんとなく僕は今、そう思ったよ」
「めじるし、ですか?」
「実はそのブーケとは別にさ、お土産持ってきたんだ、僕」
けれども僕は別にそうでなくても、なんでもいいな。再びぽかんと僕のことを見つめ始めた彼女に改めて手渡したのは、先程のブーケとは似ても似つかない、殺風景な無地のビニール袋。
「これは……まあ?実に美味しそうな料理ですね?もしかして余りをいただいてきたのですか?」
「そうそう、出てきた料理がほんとに美味しかったからさ?あまりにも美味しかったから……君にも、食べてほしいなって思ったんだ。さっきのブーケに比べたら見劣りしちゃうかもだけど、それでもこれは僕が、僕の意思で君に贈りたかった、大切なもの」
「……!」
「……一生離れない、ずっと変わらない、っていうのも素敵なのかもしれないけどさ。例え全然離れた場所にいても、変わってしまっても、常に頭の片隅に、ほんの少しだけその相手の姿がある。それで充分に『愛してる』ってことになるんじゃないかな、なんて僕は思うよ」
「…………………」
「そしてこうやってめじるしがあれば、それを辿って会いに行く理由にもなる。今日は運良く君が僕のところに飛んで来てくれたけど、そうでなくても僕は、お土産持って君の元へと飛んでいくつもりだったしね?」
「………………ええと、それは、その、どういう解釈をすればよろしいのですか?」
「え?もちろん、言葉通りの意味だけど……」
「……ま、とりあえずそれでいいですかね?」
右手にブーケ、左手に料理。僕がたまたま掴んだ幸福と、この手で選んだ幸福を欲張りに両手にかかえて、彼女は少し控えめに、けれども確かに微笑みを浮かべる。
その頬の赤らみ、こちらにひっかけてくる小指、そして僕自身の、胸の高鳴りは……これもまた、『解釈』の仕方に難儀しそうではあるけれど。
「では、こうしては居られませんね?早く帰って、このお料理を温め直していただきましょう♪」
「うんうん……あ、そうだ。これも君に伝えようと思ってたんだけどさ、今日の結婚式色々面白いこともあって……」
「あら、奇遇ですね?私も今日のお散歩、色々と面白いものを見つけたのです♪帰ったらゆっくりと……」
「あー!けっこんしきだ!すごいすごーい!」
「……ん?」
「あら?」
「えー?けっこんしき?はなよめさんとはなむこさんなのー?」
「いいなー!それブーケっていうんでしょー?なげてつかまえたひとが、つぎのはなよめさんになるのー!」
「ああ、ブーケ持ったまま歩いてたから、気になって子供たち集まって来ちゃったのか……」
「ふふ?なんだか私たち、憧れられてしまってるみたいですよ?まるで子供の頃の自分を見ているみたいです♪」
「えー!わたしはなよめさんになりたーい!なげてなげてー!」
「わくわく!わくわく!」
「えっ?い、いや君たち?このブーケはなんというか……ていうか君たち、まだ子供でしょ?」
「ふふふっ♪いいんじゃないんですか?花嫁からまた未来の花嫁へ……神様もきっと、十年くらい多めに見てくれますよ♪」
「……ま、それもそうだね?」
「ふふふ、それではリクエストにお応えして……準備はよろしいですか?未来の花嫁さん達?」
「はーい!」
「はーい!」
「はいはーい!」
「それでは……せーのっ!」
やや湿った、柔らかな風吹く日曜日の午後。宙に舞う純白のブーケを目線で追った、その先に広がる空は……まるでなにかを祝福するかのように、思いがけないほど青く透き通っていた。