メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「ワン、ツー、スリー、フォー。ワン、ツー、スリー、フォー……」
「おおー、かっこいいー!」
「ふふっ、ワン、ツー、スリー、フォー♪ワン、ツー、スリー……ター、ンッ!」
「わっ!すごいすごい!流石アルダン!」
「ふふふ、そんなに褒めても何も出ませんよっ、トレーナーさん♪」
軽やかに、けれども華やかに。ざわめく季節の空気をその両手いっぱいに掴んで舞い踊る彼女……我が担当ウマ娘、メジロアルダン。そしてその姿に、ただ、ただただ、見惚れてしまう僕。床板と鏡張りだけの簡素な学園のレッスン場すら、ドームのセンターステージかと錯覚してしまうほどの圧倒的な輝きを放ちながら、彼女はまだまだ、まだ、自由に優雅に、その動きをペースアップしていくのであった。
「いやぁ、ダンス練習。久々に付き添って見たけど、やっぱり君はいつ見てもすごいなぁ……プロのダンサーとしてもやっていけるんじゃない?」
「いえいえ、流石にまだまだそれほどの『価値』はありませんよ?けれども……」
「けれども?」
「『ウイニングライブ』……これからもきっと、いえ、必ず何度も、何十回も何百回もあのステージに立つ事になるでしょうから。もちろん、センターとして」
「ああ、そうだね、間違いない」
「ふふっ、その際に不甲斐ないダンスを皆様にお見せする訳にはいきませんから。ですのでこうして、センターポジションの振り付けは完璧にしておかないと、です♪」
ようやく脚を止めて、けれどもその表情にますます花を咲かせて、堂々と不敵にそんなことを宣言してみせたアルダン。その情景を、まるでダイヤモンドのようにピカピカと光るその汗を、僕は鳥肌を立てながら仰ぎ見ていた。
『ウイニングライブ』
レース終了後、死力を尽くしてターフを走り抜けたウマ娘達の、その健闘を称えて行われる豪華絢爛なライブステージ。そんなステージ上の各ウマ娘の立ち位置を決めるのは、他でもない、『順位』という絶対的な指標である。
特に、センターポジション。その最も華々しく誇り高い場所に立つ事ができるのは、もちろん『一着』という唯一無二の栄誉を手にしたウマ娘、ただ一人だけ。この世界に生きとし生ける全ての競走ウマ娘にとって、それは他に例えようの無い程『価値』ある居場所、なのである。
「何十回も、何百回も、か。うん、僕ももっと頑張んないとな」
「ふふふ、その意気です♪その意気ついでで恐縮なのですが、トレーナーさんは私のダンスについて、何かご意見などございませんでしょうか?」
「えっ、ええ?急に言われても……そうだなぁ……」
「特に最後のターンの部分。なんだかダンスの先生のお手本通りの滑らかな動きがなかなかできなくって……どうすれば上手くいくか、ご一緒に考えていただきたいのです」
「ターンかぁ。ちょっと、もう一回やってみてくれる?」
「ええ、かしこまりました。せーのっ、ワン、ツー、スリー、フォー……!」
と、彼女は再び勢いよく、ダイナミックなステップを踏み始める。ええと、ここから確か、次のフォーカウントで……
「ワン、ツー、スリー……ター、ンッ!」
「お、おお……!?」
巧みなボックスステップ、から右脚を力強く踏み切っての、ターン。彼女に頼まれた通り僕はその様子を、眼を見開いて、まじまじと視つめてみる……の、だが。
「ふぅ、いかがでした、トレーナーさん?」
「………………」
「トレーナー、さん?」
「ぬぬ、ぬぬぬ……やっぱり素人目じゃ、普通に『綺麗』って感想しか出てこないなぁ」
「ううむ、そうですか……」
確かに彼女の言う通り、ターンに移る前動作がやや引っかかりがあるというか、少しわざとらしいというか、なんというか……
「……うーん?」
「あら、やはり何か気になることでも?」
「い、いいや、なんでもないよ?うん、やっぱり僕、ダンスのことはさっぱりわかんない、かな?」
「あらら。申し訳ございません、少しご無理を言ってしまって……」
けれども、正直に言えばむしろこれくらいの動きの方が、個人的にはメリハリあってかっこよく見えるような気がする……
けど、結局それはダンス素人である僕の好みの問題であって、きっと世間一般的にはもっと滑らかな動きの方が、難しくて、希少性があって、すなわち『価値』あるもの、なんだろうな。こんな素人がとやかく言っても、仕方の無いこと、か。
「どうだろう、もっとダンスに詳しい人、その辺りにいればいいんだけどね?」
「どうでしょうね?それほど都合よく、ダンスにお詳しい方が通りかかることなんて……」
「素晴らしいですっ!」
「えっ?」
「この声は……?」
ややグツグツと煮詰まってきた僕らの脳内に、綺麗に風穴を開ける快活な、けれどもそこはかとなく大人な品性を感じさせる声が、一つ。どこか聞き馴染みの良い、その声の持ち主は……
「あっ、ライトハローさん!」
「どうも、ご無沙汰してますトレーナーさん!それに、メジロアルダンさん!」
そう、その声の主はライトハローさん。若くして有名イベントの総指揮をいくつも務める、やり手のキャリアウマ娘。
他でもない、ここトレセン学園出身の彼女はそのツテを活かして学園と企業のタイアップイベントをいくつも企画しており、故に生徒達とも職員達とも、もちろん僕ら二人とも、すっかり顔馴染みな関係なのである。
「こちらこそご無沙汰しております。本日も打ち合わせですか?」
「ええ、少し時間が空いたので何気なくレッスン場を覗いたら、おふたりの姿が見えたので……それ、『Special Record!』の振り付けですよね?」
「あら、お分かりですか?流石ライトハローさん」
「ふふっ!いえいえ、私も現役の頃はそれなりに練習しましたから、身体が覚えていただけですよ?それにしても、とても素晴らしいステップでしたね?一つ一つの動作に真摯に向き合った、良いダンスだと思います!」
「まぁ……ライトハローさんにそこまで言っていただけるだなんて、これ以上ない光栄です♪」
と、のどかに談笑し合う二人のあまりの和やかさに、少々気後れしてしまう僕。なんだか出る幕も無さそうな雰囲気だけど……ん?
「あっ、『ダンスに詳しい人』じゃん!ねえアルダン?」
「あら確かに、まさか本当に『ダンスにお詳しい方が通りかかる』だなんて。ふふ、今日は実についてますね?ね、ライトハローさん♪」
「えっ?私ですか?確かにまあ、他人より少しは詳しいと言えば詳しいですが……」
「実はその、かくかくしかじかというわけで……」
「ふむふむ、ターンですか。たしかに少し難しいですよね?あそこの振り付け」
「あはは、恥ずかしながら僕、ダンスはからっきしで……良ければほんの少しでいいので、アルダンのダンス、見ていただけませんか?」
「ええ、そういう事でしたら!とはいえ私も卒業して久しいですし、現役の娘のお役に立てるかは正直怪しいところですが……」
僅かに眉を顰めながら、控えめに、けれども普段の堂々たる瞳の輝きはそのままに。小さく首を傾げたライトハローさんの様子に、僕とアルダンは目を見合わせる。あのライトハローさんにダンスを見てもらえるだなんて、彼女の言う通り、今日は実についてるなぁ……
「ではでは、早速そちらのダンス、お見せいただいても?」
「承知いたしました、せーのっ、ワン、ツー、スリー、フォーッ……!」
「ふむ、ふむ……」
「ワン、ツー、スリー……ター、ンッ!」
ライトハローさんの目配せで、早速、先程と同じように軽やかに舞い踊り始めたアルダン。先程と同じ軽快なステップを踏んで、そして先程と同じ、やや実直過ぎるターンを決める。
……先程と同じように、少しだけそのターンに感じ入るところはあった僕。だけどまあ、今はライトハローさんだっているのだ。こんな素人の意見なんて、ますます出る幕はないだろう。
「ふうっ……いかがですかライトハローさん?」
「………………」
「……ライトハローさん?」
「あ、ああ!そうですね、『滑らかな動きがなかなかできない』でした、かね?」
「ええ、そうですね?何度やってもなかなか上手くいかなくって……」
「……そう、ですね」
と、性懲りも無く彼女の姿に目を輝かせる僕とは対照的に、ライトハローさんは何か粛々と、見定めるように視線を動かして、そうして、口を開いた。
「メジロアルダンさん。貴方は『そうなりたい』と、本当に思っていますか?」
「……?」
「……!」
綺麗に風穴を開ける快活さのなりを潜ませて、理知的で淡々とした口調で話し始める、ライトハローさん。その指摘に……何故だか出る幕のないはずの僕の胸が、どきりと跳ね上がる。
「えっ?えと、そうなりたいと、思っている、とは……?」
「あっ!い、いえいえいいんですよ!そこまで深く考えなくても!滑らかなターン、でしたよね?」
「は、はい」
「……『そうなりたい』。いや、『そうあってほしい』か?」
慌てて取り繕うように、声色を元に戻したライトハローさん。けれども、ああ、なんだろうなこの感じ……『そうあってほしい』のか?僕は……
「それなら、今より少し早めに軸脚を完成させておくよう意識付けておけば、かなり回りやすさが変わってくると思いますよ?」
「少し早めに、ですか?」
「ええ、今のメジロアルダンさんはピッタリ『3』のカウントで脚の形を完成させていますけど、それをもう気持ち早く……『2.5』……は、流石に早すぎかなぁ……『2.8』、いや『2.75』……?」
「え、ええっと……?」
「う、うふふ……いやはや、人にものを教えるって難しいですね?トレーナーさんって、本当に凄かったんだなぁ、なんて……」
「ふふふっ?その気持ちは確かに解りますよ?凄いですよね、トレーナーさんって♪」
「『そう、あって』……ん?なんか今、僕のこと呼んだ?」
「…………いいえ?何も?」
ワンテンポ遅れて顔を上げた僕を待ち構えていた、アルダンのなんだか冷ややかな目線。慌てて僕は、思考をあちら側に向け直すのであった。
「……ちょっと待ってくださいね?ええと、ちゃんと覚えてるかな……?」
「あら、ライトハローさん?」
「すみません、私、歌いながらでないと上手く踊れないので、少し前の部分からになってしまうんですが……」
「ん?まさか……」
「ふぅ……1、2、3、4っ!」
何かを確認するように手首足首を捻りながら、少しだけ僕らと距離を取ったライトハローさん。つま先で刻んた4カウントから始まった、その動きは……
「〜〜♪〜〜~♫」
「っ!ライトハローさん、凄い……!」
「ほ、ほんと、すごいキレだ……」
指先まで、まるで巨大な一本の幹のように真っ直ぐ芯の通ったダイナミックなポージング。けれども不器用な力みも、不自然な硬さもない、まるで流れる清流のような流線型を描くスマートな動き。間近でまじまじと見せつけられるライトハローさんのセンターダンスに、アルダンも、そして僕ですらも惹き付けられる。もちろん侮っていた訳じゃないけど、これほどのウマ娘だったとは……
「〜〜♪っ、えいっ!」
「………………」
「っ、ふぅっ、はあっ……!い、いや、流石にパンプスで踊るのは、き、キツイ……!もう一曲丸ごとは無理だなあ……」
「………………」
「って!あ、あはは……お見苦しいとこ見せてしまいましたね?いかがでしたか?何となく、分かりました?」
「あ……すみません、ダンスそのものに気を取られてしまって……」
「えっ?そ、そうですか……ちょ、ちょっと待ってくださいね?もう一回できるかな……?」
「あの、ライトハローさん」
「ふぇ?は、はい、メジロアルダンさん?」
取り出したハンカチで額の汗を拭うライトハローさんに、アルダンは思わずといった様相で、口を開く。きっとウマ娘同士にしか解らないであろう、まるで自身の『存在価値』を賭けたかのような独特の緊張感。そんな雰囲気を察知して、僕は自らの口のチャックを綴じ、再び一歩、幕の外へと引き下がった。
「まずは、お見逸れいたしました。本当に素晴らしかったです、貴方のダンス。ターンも凄く滑らかで……きっと、これこそまさしく『価値』のあるダンス、なのでしょうね」
「えっ?いやいや、それほどでもないですよ?確かに学生の頃は結構のめり込んで練習してましたけど……」
「ええ、とても一朝一夕では真似出来ないセンターダンスでしたもの。ほんとうに本気で……本気で、狙っておられたのですね、『センターポジション』」
「ふふ、まあ、そうですね?」
「あ……その、申し訳ございません生意気な事を言ってしまって。ご気分を害してしまったのであれば……」
「えっ?いえいえ、いいんですよ私の事は?あの頃は確かに凄く悔しかったけれど、今となっては全て良い思い出。それに……あの経験がなければ間違いなく今、こんなにやりがいのある仕事には就けていませんでしたから」
「……ライトハローさん」
その美しく瞬く瞳に、僅かに憐憫の色を滲ませライトハローさんを見つめるアルダン。けれども当のライトハローさん本人はそれに気付かず……いや、恐らく気付いた上で。まるでこの世界に己の存在を示し出すかのように、しゃんと胸を張ってみせる。
小耳に挟んだ事が、と言うよりなんなら本人の口から聞いた事がある。ライトハローという競走ウマ娘は、そのキャリアの全てを『未勝利』のままで終えたということを。
すなわち彼女は、現役時代そのセンターポジションのダンスを。つい先程いとも簡単に僕とアルダンの視界を完璧に奪ってみせた、そのダンスを……世界に向けて披露する機会もなく、そのまま表舞台から去ることとなった、ということを。
「ずっと、腑に落ちなかったんです、『グランドライブ』のこと。その『存在価値』が」
「……と、言いますと?」
「私にとってライブとは、そこに立つ事そのものが『価値』であると、そう思っていました。唯一無二の勝者を称え、皆様の記憶に、歴史に刻み付けるための、荘厳で神聖な玉座。それこそがウマ娘のライブの本質なのだと」
「ええ、そうですね?」
「しかし、貴方の提言した『グランドライブ』は違う。誰でも立てて、誰でもセンターになれる不可思議な舞台……失礼ながら、その『存在価値』が、私にはずっと分からなかったのです」
『グランドライブ』
年に一度、トレセン学園に在籍する全てのウマ娘達が一堂に会し、ファンたちに感謝の想いを届ける大イベント。ウイニングライブに取って代わられる形で長らく開催されていなかったこのライブだが、他でもない、ライトハローさん主導の元数年前に復活を遂げて以降、今ではすっかり恒例行事として定着した……のだが。
「ふふふ、わかっていますよ?私が初めて企画を立案した時も、それはそれは凄まじい反発がありましたから」
「あ……ま、またしても申し訳ございません。あまり思い出したくないことでしたかね……?」
「いえいえ、実に当然の指摘ばかりでしたので、むしろ有難い限りでしたよ?」
……僕の在任前の話だ、詳しいことは全く知らないけれど。このライブの復活までの道程には、恐らく今しがたアルダンが述べたような……いや、きっとそれを遥かに凌ぐような厳しい批判が飛び交っていたのだろう。
それもそうか、この世界に生きとし生ける全ての競走ウマ娘にとって、他に例えようの無い程『価値』ある居場所、センターポジション。であるならば、グランドライブというものは、その『価値』を大暴落させてしまいかねない存在に他ならない。『頑張らなくてもセンターに立ててしまう』という実感は、当のウマ娘達から見れば、確かに受け入れ難い概念に写ってしまうのだろう。
「けれども、そうですね。なんというか……今しがた、解りました。例えレースに勝てなくても、歌やダンス、あるいはそれ以外。目には見えない形で『価値』あるウマ娘は、この世界に沢山存在するのでしょうね。自己経験からそれを知っていた貴方は、そんな方々を、救い出したかった」
「……遠からず、とも当たらず。といったところ、ですね?」
「……?」
「そもそも、『価値』とはなんでしょう?」
その憐憫を、慈愛の色合いに塗り替えて。アルダンはより深く深く、彼女の魂にのめり込むようにその眼を視開き、ライトハローさんと視線を混ぜ合わせる。が、そんなアルダンの想いをまるで意に介さないかのように、ライトハローさんは何か粛々と、見定めるように視線を動かして、そうして、口を開いた。
「例えばここに、ダイヤモンドがあるとします。サイズは1カラットですが、とても美しくカットされた、純度も高い、一欠片のダイヤモンド」
「は、はい?」
「宝石商に卸されたそのダイヤモンドは、『百万円』の価値を付けられてお店に並びました。先程伝えた通りそれはとても美しいダイヤで、尚且つその店でダイヤを扱うのはこれが初めてだったので、そのダイヤモンドはすぐに皆の憧れになりました」
「え、ええ」
「……けれどもある日、その店に新しいダイヤモンドがやってきます。10カラットの、ものすごく大きく、そして美しい、『一千万円』の価値を付けられた、そんなダイヤモンドが」
「……!」
「ダイヤモンドだけじゃない、ルビーも、サファイアも、色々な種類の宝石だってどんどんやってくる。どんどんやってきて、『二千万』、『三千万』。もっと、もっと、大きな『価値』を付けられていく」
「…………」
「そして、もう、最初のダイヤモンドは昔ほど見向きもされなくなってしまいました。見向きもされなくなって、そうして売れ残り品として、その価値は半分の『五十万円』まで、引き下げられてしまいました」
ライトハローさんが絶え間なく語る、とある一欠片の宝石の話。突拍子もなくはじまったその話に、彼女は……我が担当ウマ娘、メジロアルダンは僅かに、その眼を伏せ始める。きっとそれは、この話がただの『宝石』の話だとは、彼女自身、思えなかったから。
「けれど、どうでしょう?『価値』が変わったとして、そのダイヤモンドの『性質』自体は、何か変わっているのでしょうか?」
「えっ?『性質』?」
そんな彼女に対して、ライトハローさんは先程と一切『変わらず』に、まるで鑑定士のように、彼女自身の『性質』を見定めるような視線を、向け続けていたのであった。
「例えその『価値』が下がっても。それが『1カラット』の『美しくカットされた』『純度の高い』『ダイヤモンド』である事は……その『性質』は、変わらないんです、絶対に」
「その『性質』は、変わらない……」
「そして、例えばどうでしょう。10カラットもあるダイヤモンドでは大きすぎて、指輪やネックレス、肌身離さず普段使いで身につけるような扱い方は、かえってやりづらいでしょうね。例え今の『価値』は低くとも、そうやって愛着を深めていくような使い方であれば、むしろそちらの『性質』の方が適している、そんな『性質』を求める人だって、いる」
「……なる、ほど」
「それは、『ウマ娘』だって同じ事です。今、この国で一番の『価値』があるレースと言えば……きっと大多数の人はクラシック三冠だと、そう答えるでしょうね?」
「ええ、そうでしょうね?」
「けれども、知っていますか?十八世紀以前のイギリスでは、ヒートレースという同じ日に同じメンバーで二、三回レースをして、総合結果で順位を付けるレースが主流だったそうです。しかも走る距離だっておおよそ一戦4マイル……6000メートル以上の距離が一般的だったそうですよ?」
「そう、でしたね?歴史の授業で習ったことがあります」
「もし今もそんなレースが主流だったとしたら。たった3000メートルくらいしか全力で走れないウマ娘なんて、ほとんど『価値』がないでしょう。例えそれが、ミスターシービーさんや、シンボリルドルフさんのようなウマ娘だったとしても、です」
「………………」
「そして、未来の事だって分からない。もしかしたらいつの日か、クラシック三冠なんかよりティアラ路線や、ダート、スプリント……そんなレースの方が大人気になる時が来るのかもしれない。そうなれば、きっと『芝』の『中長距離』しか走れないようなウマ娘の『価値』は、今よりずっと低くなる」
「つまり……『価値』というのは周囲の環境によって刻々と変化する、不安定なものである、ということ、なのですね?」
「ええ、その通りです。けれども周囲がどうあろうと、やっぱりシンボリルドルフさんやミスターシービーさんの『2~3000メートルの芝コースで圧倒的に実力を発揮できる』という『性質』は、変わらない」
大きな身振り手振りを交えながら、高すぎず低すぎず、滑らかに耳に入り込んでくる語調で語らう彼女……ライトハローさん。そしてその姿に、ただ、ただただ、圧倒されるアルダン。床板と鏡張りだけの簡素な学園のレッスン場すら、ドームのセンターステージかと錯覚してしまうほどの圧倒的な輝きを放ちながら、彼女はまだまだ、まだ、自由に優雅に、その言葉をペースアップしていくのであった。
「そしてグランドライブとは。そんなウマ娘達に現在付いている『価値』を一度取り払って、永遠に変わらないその『性質』だけを皆様に見ていただく、そんな催しです。すなわち宝石店に並ぶ宝石達の値札を一度外して、その姿だけをお客様にじっくりと観察していただくような、そんな意味をもった、イベントなのです」
「……!」
「もちろん、今現在の『価値』を追い求めることだって世の中の発展の為には必要な行為です。それは日々のレースや、ウイニングライブの領分ですね?それはそれで大切にしつつ……けれどもグランドライブは、それとは全く異なる視点を皆様に提示できる。『価値』という強すぎる光で見えなくなってしまう『性質』という部分を、皆様に披露する催しなのです。つまり、両者は全くぶつからない、むしろ高め合える、ウイニングライブとグランドライブは、『価値』と『性質』は、間違いなく『共存』できる。私はそう、思っています」
まるで一曲踊り終えたダンサーのように、ライトハローさんは誠心誠意、粛々とアルダンに向かって頭を下げる。そんな様をアルダンは……ただただ真っ直ぐフラットに、無色透明、何の色も持たずに見つめていたのであった。
「あ……えと、その、私ばかり話してしまって申し訳ございません……ご理解、いただけました?」
「……驚きました。その、私が言うのも烏滸がましいかもしれませんが、ライトハローさんの話し方、伝え方が……ふふ、やっぱり上手ではないですか?人にものを教えるの♪」
「ありがとうございます、メジロアルダンさん。けれども、やっぱり得意という訳ではありませんね?得意ではなかったからこそ……きちんと準備をして、練習したんです。皆様に私の想いを、誤解なく解っていただけるように」
「……ふふっ?やはりライトハローさんは流石ですね?レースの勝ち負けなんて関係なく、貴方は本当に、かっこいいウマ娘です♪」
「ふふふ?けれどもどれだけ私が付け焼き刃で理屈を並べたところで、やっぱり本職の……そんな『性質』を自分から掴み取っている人には、勝てませんけどね?」
「……本職?」
「そうですよね?トレーナーさん?」
「……えっ?ぼ、僕?」
舞台袖から、そんな二人のやり取りを慎ましく見つめていた……ら、唐突にセンターポジションへと引きずり出されたのは、他でもない、僕自身なのであった。
「えっ?何、どど、どういうことですライトハローさん?」
「決まっているでしょう?解決してあげるんですよ、メジロアルダンさんの、彼女の抱えた悩みをっ!」
「な、悩みってその、ダンスのことですよね?それなら僕なんかより、絶対にライトハローさんの方が……方……が……?」
「……ふふっ?」
「と、トレーナーさん……?」
あまりに突然の事態に、華麗にどもり散らかす僕……であったが、ライトハローさんの呼びかけによって、じわじわと頭の中の言葉が繋ぎ合わされていく。そうだ、ライトハローさんのような滑らかさはないけれど、一つ一つ、丁寧に、真摯に。それが僕の……そして彼女の『性質』、なのだから。
「そうだ、僕は『そうであって欲しい』とは、別に思ってない、んだ」
「…………?」
「もしも君が本気で『そうありたい』と思っているのであれば、それはそれで応援するよ。己の『性質』を好き放題に塗り替えていく、それだって君の大切な『性質』だからね」
「……ええ、そうですね。それは、解っていますとも」
「けれども、そうだとは別に思ってないなら。それはきっとそのまま貫くべき、君の、君だけの個性。だから、その、つまり……」
「………………」
「例え『価値』があろうとなかろうと、僕は好きだよ、君のその、一つ一つの動作が凄く丁寧でメリハリがあって、最高にかっこいい、『君だけのターン』が」
「………!」
そうだ、僕は『それが好き』なんだ。『価値』なんでどうでもいいほどに、彼女の『性質』に焦がれ、眼を奪われた。
……けどまあ、そうだな、それだけじゃきっと満足できないのも解ってるから、君も、僕も、だから。
「だからさ、君は他のことなんて考えず、自分が変わりたいと思ったことだけ変わっていけばいい。そこに『価値』をつけるのは……その美しさを世界の方に気付かせるのは、僕が絶対に成し遂げるから、だから、君は」
「……ふふ、ふふふっ?なるほど、そういうことでしたか?やれやれ、そんなことなら先に言ってくれたら良かったのに♪」
「アルダン?」
「すみませんライトハローさん、やはり予定変更です。このターンをもっともっと、先生のお手本よりもさらにかっこよくするためにはどうすればよいか……ご一緒に、考えてはくださいませんか?」
「ふふっ?やっぱりトレーナーさんって、本当に凄いんだなぁ……ではでは、こういう動きはいかがでしょうか?視線誘導にライティングまで……『プロデュース』なら、お任せあれです!」
軽やかに、けれども華やかに。ざわめく季節の空気をその両手いっぱいに掴んで舞い踊る……僕ら三人の、身体と、言葉と、そして脳内。それぞれの『性質』が入り乱れ混ざりあった、床板と鏡張りだけの簡素な学園のレッスン場は、きっとどこぞのドームのセンターステージなんかよりも、ずっとずっと『価値』ある居場所、なのだった。