メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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雨に笑おう、君と二人で。




花に嵐

「止まない……というか、余計強くなってきたし……」

 

昼下がり、駅前の喫茶店、窓際の席。普段ならなんとも心安らぐ絶好のロケーション、ではあるのだが。今、僕の胸元に宿っていたのは、生憎斜めの心模様であった。

降水確率10%……朝一番、キャスターの宣う甘言に乗って軽装備で繰り出した関係各所への挨拶周り。午前中いっぱいかけてあちらこちらと脚を動かし、ようやく学園への帰路に着こうと荷物をまとめ始めた、その時……

 

「まさか本降りになるとは……全く、ついてないなあ……」

 

……その時、天から降り注いだ雨粒が一滴、僕の頬を掠めた。そのまま二滴、三滴と続き、あっという間に束となり、たまらず僕は、咄嗟に目に付いた喫茶店に逃げ込んだという訳である。幸い今日はトレーニングも休息日、そう急ぎで学園に帰る必要も無いので、そのまま雨が弱まるのを待っている……のだが。もうかれこれ一時間弱、一向に止む気配はなく、それどころかますます勢いは増して。もう窓ガラス越しにでも雨の匂いが分かるほどになってきた。

ちびちびと、一杯のコーヒーにゆっくりと口をつけながら、なんとも憂鬱な気分と向かい合う。このまま雨が通り過ぎるのを待つ、というのはやはり期待出来なさそうだと、すっかり灰色に染まってしまった窓の外の世界を見て思う。であれば、どこかのコンビニでビニール傘を買ってしまえば済む話だが、それもなんだか億劫だ。が、やはりその他にどうすることも出来ないのもまた事実である。しかし……と、何度目かも分からない思案を巡らせ、またも時間を浪費してしまう。何か一つ、きっかけでもあればすぐに動き始められるのに……と、愚かにも他力本願な願いを元凶たる天に向かって投げかけて、また一口、半分より更に減ってしまったコーヒーを小さく啜るのであ……

 

ピロン

 

「ん?」

 

突然鳴った携帯の通知音に、暫し脳を休めて画面を覗き込む。見ればそれは、我が担当ウマ娘、メジロアルダンからのメッセージであった。

 

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[お仕事、お疲れ様です♪]

[傘、持っていっていませんよね?]

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「はは……よく覚えてるなぁ……」

 

あまりにタイミングのよいメッセージに、思わず笑みが溢れてしまう。本日彼女とは、朝出かける前にすれ違って、一言二言挨拶を交わし合ったきりなのであるが……彼女の観察眼の鋭さには、時折舌を巻かせられる。

 

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[アルダンも、お疲れ様]

[そ、傘忘れちゃった。今は絶賛雨宿り中だよ]

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なんだか、彼女に向かって文字を打ち込んでいると、先程までの鬱々とした気分が少しずつ晴れやかになっていく。そうだな、学園ではアルダンが待っている。彼女に会いたい、彼女の顔が見たい、きっかけなんてそれで充分だろう。一人携帯に向かって軽くお辞儀をしてから、僕は机の上、暇つぶしに読んでいた雑誌を片付け始め……

 

ピロン

 

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[今、どちらにおられるのですか?]

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「んっ?」

 

続けざまに送られてきたメッセージを見て、暫し片付けの手を止める。なんでまたそんなことを聞いてくるのか……今ひとつ理由は分からなかったが、まあ、いいか。

 

「ええと、駅前の喫茶店だよ……っと」

 

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[あ、もう大丈夫です]

[見つけちゃいました♪]

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「えっ?」

 

送信ボタンを押そうとした、その瞬間に届いたメッセージ……見つけた、って、それは、どういう……

 

カランコロン……

 

「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

「いえ、待ち合わせです♪」

 

「……んん!?」

 

 

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「ふふ、丁度窓際の席に座っていたので……外から見つけた時は、びっくりしてしまいましたよ?」

「いや、ほんと……僕の方こそびっくりしたよ、もう?」

 

目の前に置いたミルクティーのカップを上品に口元に運びながら、アルダンはにっこりとこちらに笑顔を向けてくる。その顔は、なんだか雨上がりを錯覚してしまいそうになるほど、眩しかった。

 

「というわけで、傘、持ってきましたよ?」

「あ!ありがとう……こんな雨の中ごめんね?」

「いえいえ、むしろこんな雨では、学園にいても退屈なだけでしたので♪」

 

笑顔を絶やさないまま、鞄から愛らしい水色の折りたたみ傘を取り出し、手渡してくれたアルダン。その優しさ、こちらに気を使わせない明るい言葉使い。その全てが僕の胸にじんわりと溶け込んでいって……月並みな言い方だが、本当に彼女がいてくれて良かったと、そう、心から思う。

 

「何かお礼を……あ、アルダン、お腹空いてたりしない?なんでも注文していいよ?」

「あら、残念。先程お昼ごはんを食べてしまいましたので、お腹はいっぱいなのです♪」

「そっか……それは残念……」

「ふふ、退屈しのぎの話し相手になっていただくだけで、充分ですよ?」

「そんなもの、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ?」

「まあ、それでは交渉成立……ですね?」

「う、うん?まあ、アルダンがいいならいいけど……」

 

なんだかうまくはぐらかされた気もするけど……まあ、アルダンが笑ってるんなら、それでいいか……運ばれてきたおかわりのコーヒーをよく冷ましてから、これまたゆっくりと口をつける。

 

「それにしても、ふふふ……雨、止みませんねぇ……」

「それにしては、なんだか楽しそうに見えるけど?」

「ええ、元々雨は嫌いではありませんから。むしろ……好きと言っても、過言ではありません♪」

「そうなの?」

「なんだか、綺麗じゃないですか?雨が降っている日は、空気も景色も、凄く綺麗……」

「確かに……なんだか街中の汚れが全部洗い流されてるみたいで、見てて凄く気持ちいいかもなあ……」

「ふふ、そうでしょう?そうやって澄んだ空気を伝って、色々なところから雨音が響いてくるのです。その音も凄く綺麗で……だから、好きなんです、雨」

 

ふんわりとした、和やかな視線を窓の外に向けるアルダン。空気が澄み渡っているからか、なんだかその横顔すら普段よりも少し、綺麗に見える。

 

「ウマ娘は耳がいいからね。きっと、僕が聞いているものよりも、ずっと綺麗なハーモニーなんだろうな」

「もったいないですね……できることなら、この耳を少しお貸ししたいのですが……」

「ううん、大丈夫だよ。君の顔を見れば、僕にだって全部分かるから」

「あら、それならば、もっと近くで見ても良いのですよ?」

「んっ……そ、それは、また、こんどで……」

「ふふふ♪」

 

いたずらっぽく目を細めながら、ぐっとこちらに身を寄せてくるアルダン。まだまだ、こういう駆け引きは分が悪いな……酸味強めのブラックで、緩みそうになる口元を強く引き締める。

 

「それに……雨の日は皆、お外で遊べませんから。家の中でしか遊べなかった子供の頃の私にとっては、普段より遊び相手が増えて、凄く嬉しかったのです」

「……アルダン」

「ですので、いつも雨の日は朝から張り切っていましたね。皆が退屈しないように、おもちゃやゲームを沢山用意したりして……」

「ふふ、なんだか目に浮かぶなぁ……」

「まあ、しかし。やはりウマ娘ですので……部屋の中で遊ぶよりも、晴れた日の芝の上、自由に駆け回っている時の方が、どうしても皆、楽しそうではありました……けれども」

「それ、は……」

 

そんな事を、彼女は顔色ひとつ変えずに話してくれた。その目線の先では、より一層激しさを増した雨が、何かを急かすように強く窓を叩いている。

果たして僕は、彼女の無二のパートナーとして、僕は。彼女のその心、何処までも着いて回る雨雲に、どう向き合うべきなのだろう。

 

「ふう……ご馳走様でした。さて、トレーナーさん?」

「んっ?アルダン?」

 

答えに窮する僕をよそ目に、ミルクティーを綺麗に飲み干したアルダンが、相変わらずの明るい笑顔で口を開く。

 

「寄り道、しませんか?」

「えっ、こんなに雨なのに?」

「だからこそ、ですよ?それに……実はトレーナーさんに、見せたいものがありまして……」

「見せたいもの?」

「ふふふ、先に外で待っていますので、すぐに来て下さいね?」

「え?あ、ちょっと?」

 

伝えるだけ伝えて、足早に店を去っていくアルダン。慌てて僕もコーヒーを飲み干し、彼女の後を追って、店の外に出る。先程よりも更に強い、街全体を覆い尽くす雨の匂いにヒリつきながらも、辺りを見回すと、そこには……

 

「あ、アルダン。それは……」

「……ふふ、いかがですか?トレーナーさん?」

 

降りしきる雨の中、一人佇むアルダン。その手に握られていたのは……見覚えのない、一本の傘。

なんとも風情のある江戸紫で染められ、鮮やかな紫陽花の柄が控えめに施された、可愛らしさと、美しさを兼ね備えた品のある一本の和傘。それが彼女の手元で、てらてらと街頭に照らされて、輝いていたのだった。

 

「きれい、だ……」

「ふふ、そうでしょう?先日、街中を散策していた時に和傘の専門店を見つけまして、そこで一目惚れして、つい買ってしまいました♪」

「いや、ほんとうに綺麗だ……凄く、アルダンによく似合ってる……」

「ふふふ……そんなにですか?」

「うん、そんなに……だよ」

 

じっと、目を奪われる。あんなに憂鬱だったこの天気も、その雨粒一つ一つがまるでスポットライトのように彼女を照らし出しているように思えた。

 

「なので、最近は雨が楽しみだったのです。早くこの傘を差してお出かけがしたかった。早く、トレーナーさんにこの傘を見せたかった……ふふふ、やっぱり雨はいいですね?私、大好きです♪」

「……僕も、そうだね。生まれて初めて、雨のこと、いいなって思えたよ。ありがとう、アルダン」

「……ふふっ!それではせっかくですし、私達は雨の中で駆け回ってみましょうか?」

「それは……今日の所は、遠慮しとこうかな?」

 

二人顔を見合わせて、いつもより大きめに笑ってみる。うん、そうだ、それでいいんだ。

彼女は……メジロアルダンは、きっと他のどのウマ娘達よりも、雨を愛せる娘だから。だからその雨雲は、晴らす必要はない。ただ、今日みたいに僕が隣で、お似合いだねって言ってあげればいい。あとは……そうだな……

 

「駆け回るのもいいけど……でもそれよりも僕は、やっぱりその傘が気になるなぁ」

「あら?トレーナーさんも欲しくなってしまいました?」

「アルダンが持ってるの見てたら、ね?まあ、僕みたいなのが持っても、そんなに似合わないかもだけど……」

「ふふ、そんな事ありませんよ?そうですねえ……トレーナーさんに似合いそうなのは、龍……いえ、虎の模様かしら?」

「も、もう少し大人しめなやつがいいかな?」

「ふふふ、冗談ですよ?ちゃんとトレーナーさんにぴったりなもの、私が選んであげますから、ね?」

「……ふふっ、信頼してるよ、アルダン?」

「ええ、おまかせください♪」

 

あとは、そうだ。どんな雨の中でも二人で一緒に、お揃いの傘で歩いていければいいな……なんて、そう思う。

昼下がり、さんさんと降りしきる雨の中。普段ならなんとも心落ち込むロケーション、ではあるのだが。今、僕の胸元に宿っていたのは、どこまでも澄み渡った綺麗な心模様であった。

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