メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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ひとりより、ふたり。ふたりより……




ニブンノイチ(+メジロパーマー)

「コーヒー、どうぞ?」

「お、ありがとう、アルダン」

 

今日も今日とで、パソコンとにらめっこする僕の前に、アルダンはコーヒーを差し入れてくれた。先日からトレーナー室の一角を占有している結構本格的なサイフォンによって、彼女自身の手で淹れられたものである。昼食後のずっしり重たい瞼によく突き刺さる無糖ブラックの大人びた香りを、僕は真正面から受け止める。

 

「ん、美味しい……!」

「本当ですか?ふふ、それは良かったです……」

「昨日のより酸味が控えめだ、もしかして僕の好みに合わせてくれたの?」

「ええ、僭越ながら自己流でブレンドさせて頂きました♪と言っても、大部分はカフェさんのアドバイス通りなのですけどね?」

「マンハッタンカフェかぁ、相変わらずだけど、凄い交友関係だなあ。学園中全員と仲良しだったりするんじゃない?」

「ふふふ、流石にそれ程ではありませんよ?」

 

お上手ですね、と言わんばかりに、指先を唇にそっと添わせながら笑うアルダン。しかし、案外先程の言葉が冗談にならない程度には、彼女を取り巻くコミュニティは驚く程広く深いものがある。このコーヒーだってそうだが、彼女のその、他人の為に他人を巻き込むことができる。おおらかで、なおかつ真摯な人となりが為せる業なのだろう。彼女自身の魅力が広く評価されているのは、なんとも率直に誇らしい気分ではある。が……

 

「しかし本当に美味しいなぁ……普通、一朝一夕でこの香ばしさは出せないよ」

「ふふふ、実は一週間ほど前からカフェさんにコーヒーの教本をお借りしておりまして、毎晩寝る前に少し勉強をしているんです」

「え、教本?そんなのあるの?」

「ええ、入門編と応用編、実用編の三冊セットでして、最近ようやく入門編の終わりが見えてきたところなのです」

「一週間で!?随分と奥が深いんだなぁ……でも、大丈夫?無理してやってたりしない?」

「いえいえ、私がやりたくてやっていることなので。それにトレーナーさんのことを抜きにしても、コーヒーのお勉強、とっても楽しいですよ?例えば……」

 

ヴーッヴーッヴーッ……

 

「ん?電話かな?」

「あら、私のですね。トレーナーさん、少しだけ失礼しますね?」

 

律儀にも軽いお辞儀をしてから、彼女は小走りでトレーナー室を後にした。その忙しない背中を見送ってから、ふと、顎に手を置き考える。

勉学に、トレーニングに、と、トレセン学園の生徒として実に模範的に日々励むメジロアルダン。最近では自分より下の世代の娘たちの指導にも熱をあげているようである。その上、コーヒーの勉強まで、と……彼女のその八面六臂の活躍、なんとも誇らしいことこの上ない。のだが、全く不安がないと言ってしまえば、それは嘘になってしまう。

 

「……やりたくてやってること、かぁ」

 

彼女は、優しい娘だ。常人の想像しうる程度の優しさなど遥かに飛び越してしまう程の慈しみをその胸に秘めた、慈愛の女神と見まごう程の優しい娘である。なんだかんだ随分長い時間を彼女と共有しているが、彼女が他人の頼みを頭ごなしに断っている所など、本気で一度たりとも見た事がない。

そんな彼女だからこそ、心配になる。僕を含めた、他者からの期待の眼差しが、かえって彼女を苦しめていないか、と。他者からの純粋な信頼によって、彼女が本意としない、余計な労力を費やしていないか、と。

 

「……ええと、明日は海岸清掃ボランティアに、明後日はジュニアレース教室の特別講師か。清掃の方は自分から希望してたしなぁ。レース教室は、誰か代役を頼めるかな?取り合ってくれそうなトレーナーは……今日中ならなんとかなるか?いや、まずは彼女の意思確認からか、でも、僕が聞いた所でアルダンは……うーん……」

「あら?トレーナーさん、何かお困りですか?」

「うおっ!?あ、いやいや、なんでもないよ?」

 

手帳を片手にうんうんと唸っていると、知らぬ間に帰ってきていたアルダンにあわやその様を目撃されてしまいかける。危ない危ない、またもや彼女に心配をかけてしまうところだった。いつの間にか額に浮かんでいた冷や汗を拭って、僕は彼女と向かい合う。

 

「電話は?もういいの?」

「ええ、それで一つ、トレーナーさんにお伝えしたいことがございまして、ですね?」

「ん、なになに?」

「突然のお話で申し訳ないのですが、実は本日夕方から、メジロ家の親戚が主宰する懇親会がありましてですね?そちらの方に、私も是非、出席して欲しいと……」

「え?そうなの?でも明日、ボランティアあるんじゃ……」

「ふふ、そこまで遅くはならないので、私は大丈夫ですよ?」

「ん、ううん、でも……」

 

いつもと変わらぬニコニコ笑顔で、彼女は応える。こんなになんの変哲もない金曜日の夕方から突然パーティを催せるなんて、流石はメジロ家。といったところではあるが、しかし……

 

「それでですね?主宰の方より、よろしければトレーナーさんも是非……と」

「うん、それはいいんだけど、でもやっぱりアルダンは少し無理し過ぎ……えっ?今なんて?」

「ですから、本日の懇親会、トレーナーさんも是非ご出席していただきたい……と」

「えっ、えっ、えっ、えっ?」

 

モヤモヤと、考えこんでいた脳髄に突き刺さる右ストレート。言葉の意味がうまく飲み込めず酩酊する頭に、彼女は構わず新たな情報を流し込んでくるのであった。

 

「実は先日その主宰の方にトレーナーさんの事をお話させていただきまして、面白そうなのでいつか是非お会いしたいと、その時から仰っておりまして、ですね?」

「えっ、僕、自分でも知らないうちに社交界デビューしちゃってたの?」

「それで、先程のお電話……今、トレーナーさんと一緒に居ると伝えましたら、せっかくなら、という話になったのです」

「いや、ちょっと待って今日?今日の夕方って本気?もう今二時だよ?なんの準備もしてないよ?ドレスコードとかさ?」

「ご心配なく、先方より言伝を預かっておりますよ……『ラフな恰好でいい』と♪」

「それ一番信用出来ないやつ!」

 

----------

 

「結局、ほんとにお互いいつも通りの服なんだけど……大丈夫なんだよね?」

「ええ、やっぱりトレーナーさんはその服が一番お似合いですよ?」

「えっ?え、あ、ありがと……」

 

やや日が傾きかけた街を行く、僕とアルダン。結局は促されるまま件のパーティに赴くことになったが……

 

「………………」

「ふふ、緊張されてますか?」

「いやまあ、緊張っていうかなんていうか……」

 

名家の主宰するパーティ。というのがどういったものなのかは分からないが、まあ、僕もついて行くことができたのは、結果的に幸運ではある。いつも通り、最後の一線は僕が守る。もし彼女が楽しめていない、無理をしている様子であるならば、すぐにでも僕が連れて帰れば良い。何気ない彼女の一挙手一投足をも見逃さないように、僕は密かに、心の襷を締め直す。

 

「ところで、結構歩いてるけどほんとに会場こっちであってる?」

「ええ、間違いありませんよ?」

「随分賑やかなとこでやるんだなぁ……名家のパーティというと、もっとこう静かな森の中のお城とかでやるもんだとばかり……」

「ふふふ、確かにそういう所があれば素敵ですけどね?」

 

だんだんと、放課後の学生達の姿も増えてきた駅前の繁華街。なんというか、とてもパーティという雰囲気ではないが……

 

「……アルダン?どしたの急に立ち止まって」

「ふふ、トレーナーさん?」

「ん?」

「着きましたよ?」

「えっ?」

 

----------

 

「うぇーーーーーーい☆☆☆次はアルダンパイセン!いっちょブチアゲたれぇーーい!!」

「ええ、僭越ながら、ブチアゲさせて頂きますね?」

「フゥフゥ!!さっすがアルダンさん!早速いってみよーー!!」

 

「………………?」

 

アルダンに連れられて、いつの間にやら僕が座っていたのは……繁華街の一角、一際大きなカラオケ店。その更に一際大きなパーティルームの中だった。

 

「は、はは……もしかして『メジロ家の親戚』が主宰する『懇親会』って……」

 

 

一段上がったお立ち台の上でスポットライトを浴びるアルダン。その傍らには彼女の友人であるダイタクヘリオスに……それと、同じメジロ家のウマ娘である、メジロパーマーの姿があった。なんとも見目麗しいスリーショットに、湧き上がるオーディエンスの派手めなウマ娘達。彼女らを横目に、僕は軽く目頭を押さえて息を吐く。

 

「まったくもう、最初からそう言えばいいのに……」

 

安堵なんだか、なんなんだか分からない心模様で、僕は彼女の歌う姿を眺めていた。流れ初めたのは、最近彼女がよく聴いているアップテンポなダンスナンバー。パブリックな彼女のイメージと離れたその選曲に少しばかりザワつくオーディエンスであったが、彼女のその繊細かつ力強い歌声に魅せられてどんどん熱量を増していくのであった。

 

「はぁ〜〜!!アルダンパイセン歌うんま!!みんなも、も一曲聴きてーよな?セイ!アンコール!アンコール!」

「ふふふ、もう、仕方がないですね?」

 

「……まあ、アルダンが楽しめてるんだったら、いいか」

 

 

オーディエンスからの声援を受け、今度はロマンティックなバラードをしっとりと歌い上げるアルダン。さしもの僕でも、その溢れんばかりの笑顔が嘘偽りないものである事ぐらいは分かった。

で、あるならば、彼女のそのせっかくの楽しみが、限られた時間や他者とのしがらみで薄められてしまわないようにする。きっとそれこそが今日の僕の『仕事』なのであろう。

 

「明日は、確か八時集合か。ちょっと早いな……今日のうちに先方に連絡して、アルダンだけは少し時間をずらしてもらおうかな。それから……」

 

「へいへい、アルダンさんのトレーナーさんっ!」

「うっ!?うおっ!?何っ!?何事っ!?」

 

黙々と、考えこんでいた脳髄に突き刺さる左フック。突然頬に触れる、キンキンに冷えた感触に情けない声を上げつつ、その声のする方に目を向けると、そこには……

 

「どうです?楽しめてますか?」

「あ、め、メジロパーマー?」

 

巷で話題の大逃げウマ娘、メジロパーマー。彼女はまるでこちらの思考を見透かすように目線を向けつつ、なんとも飄々とした態度で僕の隣に腰掛けてきたのだった。

 

「いやー、なんだか難しい顔してましたんで、ついついですね?ほらこれ、飲み物も持ってないようじゃ、干からびちゃいますよ?」

「あ、ありがとう……ごめんね?気を使わせちゃって?」

 

彼女が差し出してきたなんだか凄く蛍光色の炭酸飲料を受け取って、初めて自分が飲み物のひとつも持っていなかったことに気付く。派手な見た目とは裏腹に、滲み出る周囲への細かな気遣い。なんだか誰かを彷彿とさせて、思わず笑みが零れてしまう。

 

「いやー、アルダンさんって歌上手いよ……あー、歌上手いですよねー?あはは、ヘリオスめっちゃ邪魔になってるし、ごめ……あー、すいません、うちのヘリオスがご迷惑おかけして……」

「……ああ、別に僕にだったら、タメ口でもいいよ?」

「マ?トレーナーさんマジやさおー!やー、普段はそんなことないんだけどさ?なんかアルダンさんのトレーナーさんと話してる時は、敬語で!って感じしないんだよね?なんだろ?いい意味で〜……あんま偉そうじゃない?って感じ?」

「うっ……ま、まあ、別に偉くはないからね、実際」

「あっはっは!いやー、なんかめちゃくちゃ分かるわー!なんとなく想像してたアルダンさんのトレーナー像そのまんま!って感じ!」

「それは……うん!褒め言葉と捉えとくね!」

 

コロコロと表情を変えながら、絶え間なくこちらに話しかけてくるパーマー。その勢いに気圧されながらも、不思議と嫌な感じは一切しないのは、やはり根本に見え隠れする『品格』というもののおかげだろうか。

 

「それにしても、ごめんね?学生だけの方が絶対楽しいだろうに、僕なんかがこんな所に居ちゃって」

「え?いやいやいや!呼んだのはこっちだし!アルダンさんにしょっちゅうトレーナーさんの事聞いてたからさ?あのアルダンさんがこんなに懐くトレーナーって、何者!?ってずっと気になってたんだよね?」

「あ、その話は本当だったのね……」

「ん?何の話?」

「いやいや、こっちの話」

 

彼女のペースがさっぱり掴めず酩酊する頭に、先程受け取ったドリンクを流し込んだ。なんともケミカルな甘みが染み渡り、先程よりも少しだけ、視界が開けた感触を覚える。

 

「それにしても、ふんふんふん、なるほどねぇ?」

「な、何、かな?」

「いやさ?私って結構ちっちゃい頃からアルダンさんの事知ってて、まあ、要するに幼なじみってやつ?なんだけどさ?」

「うんうん、アルダンからもよく聞いてるよ」

「んで、なんかさ?ここ最近のアルダンさんって、こう、なんか違うのよ。今までのアルダンさんとは、さ?」

「……違う?」

 

聞き捨てならないワードが飛び出して、広がっていた視界を再びメジロパーマーに集中させる。メジロアルダンのトレーナーである以上、彼女の変化というものには、誰よりも機敏に反応していなければならないのだ。

 

「あー!いや!全然悪い訳じゃなくて!むしろ逆に、凄くいい事だと思うんだけどね?」

「と、いうと?」

「昔はさ?アルダンさんはすっごく完璧な人で、悩みなんてなんにも無いんだろうなあ、って思ってたんだよね。ほら、アルダンさんってものすごく優しいし、全然人の頼みとか断んないしさ?」

「それは……うん、確かにね」

「でも最近、悩み事とか相談事とか、アルダンさんの方から話してくれることが増えたんだよね?」

「えっ!?あ、アルダンが?」

「そうそう!それが凄い嬉しくって……なんかね、やっぱりアルダンさんも、私らと同じウマ娘なんだなーって、へへへ、まあ、当たり前のことなんだけどね?」

「そっ、か……それは……なんというか……」

 

彼女は、優しい娘だ。常人の想像しうる程度の優しさなど遥かに飛び越してしまう程の慈しみをその胸に秘めた、慈愛の女神と見まごう程の優しい娘である。そんな彼女が、彼女自身が、頼りに出来る人がきちんと居る。

日々の悩みや苦しみをきちんと共有出来る相手が間違いなく存在している。たったそれだけの、当たり前の事。だけれど、それは本当に、なんというか……

 

「……すっ、ごい、いいな。良かった、本当に。うん、それは凄く、いい事だ」

「……で、多分だけど、アルダンさんがそういう風になったのは、きっとトレーナーさんと出会ってから、なんじゃないかなー?なんてパーマーさんは思うわけですよ?」

「え?いやいや、それはないよ。いつだってアルダンはアルダン自身の力で成長してきた。僕にできたのは、いざと言う時のブレーキ役ぐらいのもの……いや、それだって殆ど必要になることはなかったなあ、結局は、ね?」

 

身体が、心が。限界を超えそうになった時のためのボーダーライン。彼女にとっての、そういうもので在り続けようと意識を高く保って来た。つもり、だが。

 

「……それが、いいんだよ」

「パーマー?」

 

メジロパーマーが、少しだけ真剣な表情を浮かべる。間違いなく数多の苦難を乗り越えてきたであろう、一人のアスリートの表情だ。

 

「私だってさ?正直言うと爆逃げなんてやるの、今でも怖いんだよ」

「……君にも、怖いものがあるんだね?」

「そりゃ、そうでしょ?前にも横にも誰もいない中で、一人ぼっちでただ全力で走り続ける。なんて、よっぽど走ること自体が好きな娘じゃない限り、誰だって怖いと思うよ?」

「それは……まあ、そりゃそうか」

「逃げるのってさ、なんていうか、本当に『孤独』なんだよね。周りの熱気も感じられないし、ただ全力で走って、途中で体力が無くなれば、はいおしまい、って。ずっと私を見てくれてた目が、みーんな別の娘の方にいっちゃうの、やっぱどう誤魔化しても、辛いしさ」

 

今や大逃げの代名詞として世間にその名を轟かせるメジロパーマー。そんな彼女から発せられる、『孤独』の二文字。爽やかで軽やか、自由というものを体現しているような印象の彼女には、とても似つかわしくない言葉に一瞬たじろいでしまう。

 

「だけどね?それでも私は『ひとりじゃない』んだって、最近ようやく分かってきたかな」

「ひとりじゃない?」

「そ、爆逃げ大失敗して、一着はおろか掲示板にすら入れない事、未だにしょっちゅうあってさ。その度にやっぱり、自分のやってきたことが信じれなくなるんだよ。もっともっと、それこそアルダンさんやマックイーン達みたいに、器用な走りが出来れば……ってさ」

「……うん、その気持ちは凄く、わかるよ」

「でも、ものすごく幸運な事にね?そんな事を思う度に、そういうんじゃない、メジロパーマーはそんなウマ娘じゃないんだ、って道を正してくれる人がいる。なんでか分からないけど、そこに居るだけなのに一人で百人分くらいの熱気をくれる人がいる」

「……うん、それも、ちゃんとわかる」

 

彼女の言う事、一言一言が確信をもって理解出来る。僕も、僕だって同じだからだ。

 

「そういう人ってさ、いてくれるだけでいいんだよ。そこにいてくれるだけで、半人前の私でも、完璧な私でいれる。直接、何かしてくれてるわけじゃなくても、そういう人がいるから私は迷わず爆逃げできるんだ。だからさ?なんとなくだけど、きっとアルダンさんにとってトレーナーさんって、そういう存在、なんじゃないかなーって、私はそう思うな?」

「……そっか、もし本当にそうだとしたら、凄く、すごく嬉しいな」

 

まだまだまだまだ、僕は半人前のトレーナーだ。他のトレーナー達みたいに器用に効率よくやれはしない。僕のやれる事など、結局はがむしゃらに、ひたむきに頑張ることくらいだ。

そんな僕を彼女は何度も『信じる』と言ってくれた。それはきっと彼女の元来の性格。彼女にとっては当たり前のことなのだろうが……それでも、僕にとってはその言葉こそが前に進む原動力。半人前の僕の、もう半分になってくれていたのだ。そして彼女も、僕の事をそんな風に思ってくれていたのなら、それはどんなに嬉しい事なのだろう。

 

「でも、それを言うなら、君だってそうだと思うよ?」

「……え?私?」

「アルダンが気兼ねなく何かを相談できる人、なんてそう多くは無いだろうし。それにさ、何度も何度も聞いた話だけど、アルダンにとって君は、昔から憧れの存在だったみたいだよ?」

「え?何?誰が?誰の?」

「だから、君が、アルダンの。誰が相手でも物怖じせずに、真っ先に仲良くなっちゃう君のこと、本当に羨ましくて尊敬してたんだって、いつも話してくれてたよ?」

「え……ほ、本気?そんなそんな、私なんてアルダンさんに比べれば、全然!全然大した奴じゃないって言うか……ううん……まあ、でも……」

「でも?」

「……それがほんとにほんとだったら……へへ、それは、すっごく嬉しい、かも……」

 

それほどでも、と言わんばかりに、指先を唇にそっと添わせながら笑うパーマー。そんな彼女の姿を見て、やっぱり彼女もまたアルダンの半身なのだろうと、そう思う。

元来の性格、などでは無い。他人の為に他人を巻き込むことができる、そんなアルダンの美徳の心は、間違いなくメジロパーマーへの憧れから培われたものなのだろう。そうして成長していったアルダンを追いかけ、パーマーもまた這い上がる。

血液を循環させるみたいに、互いが互いに色々なものを受け取り合う、健全で美しい関係。これ以上に美しい関係を、未だ僕は知らなかった。

 

「だからさ、僕からもずっとお礼を言わせて欲しかったんだ。ずっとずっと、アルダンの憧れたままの君でいてくれて、ありがとう、メジロパーマー」

「い、いやいやいや!むしろお礼を言いたいのはこっち!いつもアルダンさんのこと、ありがとね、トレーナーさん?」

 

きっちりと両手両足を揃えて、小さく会釈するパーマー。その所作のあまりの丁寧さに、慌てて僕も頭を下げる。

 

「それでさ、出来ればこれからも、アルダンが悩んでたり、大変そうだったら話を聞いてあげて欲しいんだ。きっとそこだけは、僕じゃどうしようもないところだから……」

「んん?なんだか訳ありげなこと言うねえ?何か思うところでも、あったりする?」

「……自惚れかもしれないけど、きっとアルダンは、僕のことそれなりに大切に思ってくれてると、そう思うんだ」

「ほほう、言うねえ?」

「だから、かえって僕にそういう相談はしてこない。きっと彼女の事だから、僕に心配をかけさせたくない一心で溜め込んでしまうことも、あると思うんだ」

「……ん?」

「……本当は、僕も彼女の助けになりたい。けど、彼女は僕のことになるといっそう頑張っちゃうから……だから、僕自身じゃダメなんだ、君の力が必要、なんだ、だから……」

「………………」

 

ここ最近、モヤついていたものを恥ずかしげもなくパーマーにぶつける。なんとも悔しい話だが、やっぱりまだ僕とアルダンは、楽しみも苦しみも『なんでも分け合える』ような関係には至っていないからだ。

手に持っていたドリンクを一気に飲み干し、冴え渡る頭のままパーマーの瞳を見る。彼女は黙って僕の話を聞いて、それから……

 

 

「……ぶっ……!あっはっはっはっは!!」

 

「えっ」

 

……刹那、パーマーはまるでダムが決壊したかのように吹き出しながら、こちらに暖かい笑みを浮かべてくる。余りに突然の事に呆気に取られる僕に、見かねて彼女は話し始めた。

 

「やー、ほんと、マジで!トレーナーさんとアルダンさん、マジでお似合いだわ!てか、本気だよね?打ち合わせとかしてないよね!?」

「えっ!?ど、えっ!?どういうこと?」

「相手が自分の事大切に思い過ぎて、自分の事になると必死になり過ぎて怖い、無理しないで欲しいー、って、要するにそういう話だよね?」

「ま、まあ、要するにそういう話かな?」

「それ、マジで一字一句同じ事、アルダンさんにも相談されたんだわ!」

「えっ?」

 

モヤモヤと、考えこんでいた脳髄に叩き込まれるアッパーカット。言葉の意味がうまく飲み込めず酩酊する頭に、彼女は構わず新たな情報を流し込んでくる。

 

「トレーナーさんが、本当に本当に自分の事好き過ぎるから、自分のためにすぐ沢山の仕事を内緒で抱え込むんだって。でも自分が言ったところで、どうせまた無理するからどうにかしたいんだーってさ?」

「……………………」

「……おーい?トレーナーさん?だいじょぶ?」

 

まさかそんな、そんな、流石にそんな事。アルダンにそんな事思わせてる心当たりは……ある。ものすごく、めちゃくちゃ、あった。

 

「はぁぁああああ…………だめだぁ……もうだめだぁ僕……」

「あっはは!トレーナーさん顔真っ青じゃーん!」

 

こういうの、なんて言うんだっけ?ミイラ取りがミイラに?彼女を心配するあまり、自分が彼女に心配されるなんて、まるで落語みたいなしょうもないオチに、全身の力が抜けていく。

 

「ま、トレーナーさんが自分のためにめちゃくちゃ頑張ってるのは、凄く嬉しいって言ってたからさ?これからはまだまだ、もっともっとアルダンさんと話してあげなよ?」

「は、はい……ありがとうございますパーマーさん……」

「ん!よし!あとそれと……アルダンさんからは内緒でって言われてたんだけど……実は今日のパーティって、そもそもが」

 

 

「トレーナー、さん?」

 

 

「……うおっ!?あ、アルダン!?」

「お、アルダンさーん!すいませんね?トレーナーさんお借りしてましたー」

「ふふ、あまりに仲睦まじそうだったので、少しだけ話しかけるのを躊躇ってしまいました♪」

 

空っぽになった僕の脳内に、するりと入り込んでくるアルダンの柔く優しい声。なんとなくバツの悪い表情を浮かべた僕に、彼女はいつもと変わらぬ笑顔を惜しみなくぶつけてくる。

 

「何を、お話されてたのですか?」

「あっ、いやぁ、それはその……」

「さしものトレーナーさんでも、話せない事だってあるよねー?」

「ま、まあ、そんなとこかな」

「……そう、なんですか……ふむふむ」

「あ、アルダン?」

「……少し、妬けてしまいます、ね?」

「え……?そ、それって……」

「……ふふ、私だってパーマーと友達口調でお話したいのに……ずるいです、トレーナーさん」

「あ、そ、そっちの話か、うん、うん」

「あら?そっちの話とは?」

「いや、こっちの話」

 

「……あはは!やっぱ面白!」

 

しっかりと、僕の瞳を見つめながら言葉を紡ぐアルダン。沢山言いたいことがあった気がするけど……その瞳を見るだけで凄く満たされた気持ちになって、また明日でいいか、なんて考えてしまう。本当に、いいんだか悪いんだか……

 

「それはいいとして、トレーナーさん?まだ一曲も歌っていませんよね?」

「え?ああ、いやいや。僕はいいよ?僕の分まで歌いなよ、アルダン?」

「それはだめ、ですよ?せっかく来たのに見てるだけなんて、許しませんからね、私?」

「えっ、ええー……そんなに歌上手くないの知ってるでしょ?こんな大勢の前で一人で歌うのは流石に……」

「あら?ではデュエットはいかがですか?二人なら、恥ずかしくないでしょう?」

「お!いいですねーそれ!トレーナーさん!ここは男見せる時だよ!」

「ええ?ううーん……まあ……どうしても、って言うなら?」

「ふふふ、では、はい、マイクをどうぞ?ヘリオスさーん?曲、お願いします♪」

「え!?ちょ!?こ、心の準備が!」

 

アルダンに手を引かれ、足をもつれさせながらステージに引きずり出される僕。とんでもない視線の数に、気を失いそうになる、けど……

 

「くぅ……!こうなったらヤケクソだ!」

「ふふ、それでこそ私のトレーナーさんです♪」

 

 

「あっははは!そうそう!楽しみなよ?……君のための、パーティなんだからさ?」

 

 

----------

 

「ったはー!!っぱアルダンパイセンうめーわ!アルトレパイセンは……マジやべぇ、って感じ!」

「っ……はぁ……も、無理……酸素が……」

「なーなー!次なにいくー?あ!ウチとラップバトルやんべラップバトル!」

「こ……殺す気!?」

「ふふふ……しかし、申し訳ありません。明日も早いので、私達はそろそろ帰らなくては……」

 

アルダンの言葉に、慌てて時計を見る。午後7時を少し過ぎ、アルダンと約束していた帰宅時間が、間近に迫ってきていた。

 

「あー、なんでしたっけ?海岸清掃ボランティア?」

「ええ、明日の朝八時からなので、そろそろ……」

「んえー!マジか!爆下げでぴえんなんですけど……なー、パマちーん……」

「…………」

「……パマちん?」

「ねえみんな!ちょっと聞いてほしいんだけど!」

 

----------

 

「いやー……やっぱ、凄いなギャルって……なんという行動力……」

「ふふふ、やはり叶いませんね?やっぱり彼女は、私の憧れです♪」

 

翌日、朝。少しくすんだ色の海と、心地よい陽の光に照らされていたのは。僕と、アルダンと……それと……

 

「おーーーーーっしゃあ!!拾うべ拾うべーー!!ワイキキ並にピッカピカにしてやんべ!!」

 

「……それは、無理なんじゃないかなぁ」

 

海岸に一列に並んだ、見知った顔のウマ娘達。何を隠そう、昨日カラオケにて共に肩組み歌いあった仲のウマ娘達である。たった一言で、こんなにもたくさんの娘たちを動かしてしまうなんて……

 

「確かに、これは憧れちゃうなあ、ね?」

「そうですねえ、ね?」

「はは……視線が痛いなぁ……」

 

僕とアルダン、二人分の熱い視線のその交わる先、そこに居たのは、バツの悪そうな顔で頬を掻くメジロパーマーであった。

 

「ま、アルダンさんもトレーナーさんも心配だったのはもちろんだけど、それよりもやっぱり、私自身が寂しかったんだよね?せっかく前より仲良くなれたのに、二人を置いて私達だけで盛り上がっちゃうのもなー、って」

「気にしなくていいのに……なんて、野暮だったかな?」

「へへ、だからさ?人手が二倍だったら、かかる時間は二分の一。そんでその浮いた時間で、また今日の続きやっちゃえばいいじゃーん!って、そう思ってさ?」

「ほんと、カッコイイなぁそう言えちゃうの、そのカッコよさ、ちょっとぐらい分けて欲しいよ?」

「トレーナーさんは……ふふ、そのままでもいいと思いますよ?」

「あっはは!それは間違いない!さーてと、そうと決まればどんどん拾っちゃうよー!」

 

朝日に負けないくらいの笑顔を浮かべながら、メジロパーマーはぐんぐんと海岸沿いを進んでいく。破天荒で、荒削り。だけども真摯な優しさを持ったウマ娘。なんだかその後ろ姿が、どこかの誰かのものと重なって見えて、少しだけ笑みを隠しながらまずは一歩、アルダンと一緒に僕も歩みを進めるのであった。

 

 

 

「てかさー?『ニブンノイチ』じゃ足りんくね?」

「えっ?」

「はい?」

「ヘリオス!?いつからいたの!?」

「人手二倍でニブンノイチならさー?三倍だとサンブンノイチ、百倍だとヒャクブンノイチなんじゃね!?たはー!ウチ天才!!」

「ええと、理屈は間違えじゃないけどさあ……」

「そんでさ!海ゆーたら肉!バーベキューっしょ!B!B!Q!」

「えっ?バーベキュー、ですか?」

「こーしちゃおれん!ちょ!いつメンもそれ以外も呼んでくっから!ありったけの肉持ってな!」

「あ、ちょ!?ええ!?そんな無茶苦茶な!?」

「……行ってしまいましたね、そもそもこの海岸、バーベキューしてもよろしいのでしょうか……?」

「管理人のおじさんに確認かな?まあ、きっと大丈夫でしょ?」

「まったくもー……ごめんねトレーナーさん?うちのヘリオスが余計な仕事増やさせちゃって……」

「ううん、いいんだよ。アルダンも、君も……それに僕だって、楽しいからさ?」

「ええ、皆で食べるご飯は美味しいですから♪」

「……あっはは!ほんとみんなみんな、最高のズッ友だよ!」

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