メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
『さあ!本日は日本ダービー直前スペシャル!と、言うことで、スペシャルなゲストがなんと御三方も!来てくれています!』
『ええ!という訳で早速お呼びしましょう!まずはこの方、先日の皐月賞を制し、今一番勢いに乗っているウマ娘のお一人、ヤエノムテキさんです!』
『お、押忍っ!ヤエノムテキです!宜しくお願い致しますっ!』
『ふふっ、気合いは充分、と言ったところですね?さて!続いては昨年の朝日杯を制し、皐月賞でも3着という素晴らしい成績を残しましたこの方、サクラチヨノオーさんです!』
『さ、サクラチヨノオーですっ!よろしくお願いしまふっ!』
『こちらも、負けず劣らずのやる気ですね?舌は噛まないように、注意して下さいね?』
『は、はいっ!気をつけます!』
『ふふふ……さて、皆様お待ちかね、最後のゲストの方は……現在、日本ダービー事前予想において圧倒的一番人気!デビュー前から注目を集めている、今年のクラシック戦線の大本命!』
『……ディクタストライカさん!どうぞ、スタジオへ……あら?で、ディクタストライカさん?お、おーい?ディクタさん?ディクタさーん?』
----------
「うわ、ほんとに出てる!生放送だよ生放送!」
「ふふふっ、おふたりとも、少し緊張されていますね?」
少しずつ夏の気配が強くなってきた、とある日の昼下がり。僕とアルダンは、トレーナー室に備え付けの小さなテレビを、二人並んで見つめていた。
流れていたのは、お昼の情報番組。全国的に有名な女性キャスターの横に並んでいたのは、僕らもよく知る、二人のウマ娘たちだった。
『え、えーと、ディクタストライカさんは、交通渋滞の影響で遅れての登場となりますが……気を取り直して、まずはヤエノムテキさん、先日の皐月賞、素晴らしい走りでした!』
『あ、ありがとうございます』
『ご自身で振り返られて、どのような手応えだったでしょうか?』
『はい、皐月賞では日頃の鍛錬の成果を充分発揮出来ていたと思います。しかしながら、終盤息を切らし少し冷静さを失ってしまいましたので、日本ダービーまでは、それを課題としてより一層精進して参ります』
「ふふ、ヤエノさん、きちんと昨日の練習通り話せていますね?一安心です♪」
「え?練習?」
「はい、実は昨日、少しだけお二人の個人的なリハーサルのお手伝いをいたしまして……」
「段取り、ちゃんと決められてるんだね……まあ、そりゃそうか……」
少しばかり夢を壊されたような気分ではあるが、それはあまり気にしないことにした。今は、そんなことよりも。
「……あらら、チヨノオーさん、台詞が飛んでしまってますね?でもいいアドリブです♪」
「………………」
ヤエノムテキ、サクラチヨノオー、そしてディクタストライカ。巷では今年の『クラシック三強』と呼ばれているようだが……まあ、それに関しては概ね異論はない。三人とも、本当に凄まじい強さを持ったウマ娘である。歴代のダービーウマ娘達だって、今の彼女達に勝てる者はそう多くないだろう。そんなことを、真顔で言えてしまう程に、だ。
が。
僕に言わせて貰えば、甘い。
まだ、まだ、足りない。今年のダービーは、『三強』で収まるはずがないのだ。つまり、要するに、何が言いたいかと言うと……
「『どうして、メジロアルダンがこの中にいないのか』……なんて、そう考えていますね?トレーナーさん?」
「えっ」
「ふふっ、急に喋らなくなるんですもの。何を考えているかなんて、お見通しですよ?」
……脳天に、矢を射られたような衝撃に。僕は思わず目を逸らす。けれども、それでも僕の横顔を見つめ続ける彼女に根負けして、渋々と僕は、口を開いた。
「……だってさ、悔しいじゃん?こんなに強くて、こんなに努力してて、おまけにこんなに綺麗なアルダンのこと、世間はちっとも話題にしないんだよ?もったいないよ、絶対。世界の損失だよ、これはさ」
「ふふふ、なんだか関係ないことも混ざっていたような気もしますが……でも、ありがとうございます。今は、トレーナーさんのその言葉だけで充分ですよ?」
矢継ぎ早に言葉を重ねる僕に、いつもと変わらぬにこやかな表情を向けるアルダン。その様子に、僕の気持ちにもほんの少しだけ、柔らかい風が吹き込んでくる。感謝の言葉を述べようと、僕は改めて口を開こうとする、が。
「それにですね?トレーナーさん。私はまだ、諦めてはいませんよ?」
「アルダン?」
「誰も注目していないウマ娘が、日本最高峰、ダービーの舞台にその名を刻み込む。それって、とっても……圧倒的に、強く、強く。歴史に名を遺せる。そんなチャンスだと、そう、思いませんか?」
「う、うん、それはそう、だね」
「この状況、むしろ好都合なのかもしれません。だからこそ……ええ、この身が砕けようとも、絶対に……」
「………………」
「……さあ、休憩はこれくらいにして、そろそろトレーニングを再開しましょうか?まだまだ、まだまだ、許容範囲内、ですよね?トレーナーさん?」
少しだけ、ほんの少しだけ。出会ったばかりの頃の彼女を思い出して、胸がざわめく。今にもどこか遠く、誰も追いつけやしない場所まで旅立ってしまいそうな、そんな、彼女の姿を。
「待って、待ってくれ、アルダン」
「トレーナー、さん?」
『……では、続いては視聴者からの質問です!えー、皆さんの、ダービーで最大のライバルになると思うウマ娘を教えてください……とのことです!ではこの質問は……ヤエノムテキさんから、お願いします!』
勢い任せにアルダンを呼び止めた、は、いいものの。一体何を伝えるべきなのか。決めあぐねてる僕の耳を、底抜けに明るいキャスターの声がつんざいていく。思わずちらりと目線を向けた画面には、まさに今、彼女が、ヤエノムテキが大写しで語り始めていた。
『はい、それは勿論、ここにいるチヨノオーさんとディクタさん、このお二人です』
「……ふふっ、ヤエノさんったら、練習のまま喋ってしまっていますね?」
僕につられて、彼女もまた、再びテレビの画面を見つめ始めた。ここにいないはずのディクタストライカのことを、練習通りに喋ってしまうヤエノムテキ。そしてそんな彼女に、暖かい目を向けるアルダン。で、あったが。
『……ですが、申し訳ございません。もう一人だけ、どうしてもご紹介したい御方がいます。』
「えっ?ヤエノさん?」
突如、ヤエノムテキの言葉に合わせて目を丸くするアルダン。状況から察するに、どうやらこの展開は、本来想定されていない、彼女のアドリブのようだった。
『あ……ヤエノさん!それって、もしかして!』
『ええ、私と、それと、チヨノオーさんの最大のライバル……それはまさしく、メジロアルダンさん。彼女に他なりません』
「……!?」
『え?ええーっと……ああ、メジロアルダンさん!かのメジロラモーヌさんの妹さん!でした、よね?』
『ええ、その通りです。しかし彼女の走りは、メジロラモーヌさんともまた違う。圧倒的な知識量と思考力によって、ジリジリとこちらの隙を伺い虚を突いてくる。まるで柔術の如き彼女のレース運びは、間違いなく、私の最大の障壁となる……そう、思っています。』
『そうそう!それにアルダンさんは最終直線での粘りも凄いんですよ!まるで後ろに目がついてるんじゃないかーって思うくらい、追い抜こうとしても丁度いいタイミングで加速されちゃって、全然追い抜けないんです!』
『なんと!チヨノオーさんもそう感じていたとは!あの加速、一体どのようにしてタイミングを取っているのでしょうか……不思議でなりません。不思議と言えば、レース中盤、アルダンさんの存在感がふっ、と消えてしまうことがありませんか?』
『ああ!分かります!しばらく見当たらないなーって思っていたら、突然隣につけられるやつですよね!あれもどうやってるんでしょう?あと、それからそれから……』
『お、お二人ともそこまで!お楽しみの所申し訳ありませんが、生放送なので、ね?』
『あ、は、はい……すみません……』
『も、申し訳ございません!』
『とはいえ、お二人をそこまで熱くさせてしまうとは……メジロアルダンさん、これは要チェックかもしれないですね……え?あっ、と、ここで、ついにディクタストライカさんが到着された模様です!一旦CMを挟みまして、ついにディクタストライカさん登場です!』
「……ははは、まさか全国放送で手の内を晒されちゃうとはなぁ……」
「…………」
「……残念だけど、誰も注目していない、なんてことはなさそう、だね?」
「……ふふ、ふふふ。そうみたい、ですね?」
なんとも、生き生きとした瞳で画面を見つめるアルダン。その拳はしっかりと固く握られ、改めて、強い強い情熱と信念を感じさせられた。
「アルダン、君は強いよ。何番人気だろうが、誰に注目されていようがいまいが、君は強い。あの錚々たるライバル達が言うんだから、間違いない」
「……ええ、ヤエノさんもチヨノオーさんも、そして、トレーナーさんも。皆言うのですから、間違いないのでしょうね?」
「ああ、もちろん。そしてそんな強いウマ娘なんだったら、さ?そんなに気負いすぎなくたって、絶対に、世界の方から君を見つけてくる。歴史の方が、君を求めるようになる。ついさっきからだけど、僕は、そう思えたよ」
そんな、なんとも曖昧であやふやな僕の言葉に、彼女は言葉を紡がず、ただ大きく笑って見せた。そうして、一度二度呼吸を整えてから、彼女は口を開く。
「ありがとう、ございます、トレーナーさん。それと……お待たせしました。ようやく、胸を張ってこの言葉を口に出来そうです」
そう言うと彼女は僕に背を向け。一際大きく息を吸い込んだ。いつも通りの華奢で線の細い背中だったが、いつもよりずっとずっと、凛々しい背中に思えた。
「……誰が来ようと関係ない、全員、全員迎え撃つ……日本ダービーは、私のものです」
瞬間、感じたのは『熱』。全てを焼き尽くしてしまいそうな熱を、彼女の心臓から感じ取る。ただ、ただ気圧されるまま、僕は大きく頷いた。
「……ふふ、では今度こそトレーニングに戻りましょう?呼ばれなかった悔しさついでに、戻ってきた二人が驚いてしまうくらい、成長してしまいましょう、ね?」
「ふふふ、そりゃいいね?テレビなんて出てる場合じゃなかった!って、後悔させてやろうか?」
二人で悪い笑みを浮かべながら、勢いよく扉を開く。目前まで迫った日本ダービーの舞台には、テレビや映画のような台本はない。本命、大穴、ダークホース。そんな者など存在しない。そこにいるのは、勝者と敗者、のみ。ならば。
勝者になる。それ以外の道はない。府中の地に、日本最高峰の頂きに、永遠に潰えないメジロアルダンの名を刻み込む。その事で誰が傷つき誰が涙し、誰かの期待が裏切られようとも、構わない。僕の、僕が見ているこの世界は、既に彼女の、『メジロアルダン』のもの、なのだから。
「……と、思いましたが、ディクタさんが可哀想なので、やっぱり最後まで見ていきましょうか」
「えーと……録画もしとく?」