メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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離しちゃくれない、この気持ち。




Nihil Pip Viper

「ええと、アルダン?まさかとは思うけど……ここ、じゃないよね?」

「もちろん、ここ。ですよ♪」

 

先日、共に猫カフェへと赴き、たっぷり猫たちと戯れた僕とアルダン。それからというもの、僕らの間では『動物』が小さなブームとなっていた。

日夜、巷で見かけた可愛い動物の動画をシェアしまくったり、動物に関する映画を観てみたり。それはそれで輝かしい思い出なのだが、やはり湧き上がってくる、『本物』への渇望……

 

そんな中アルダンから、ある情報がもたらされる。

『猫以外の動物と触れ合えるカフェが、学園近郊にあるらしい』……と。

こうしちゃいられない、と、トレーナー室を飛び出し颯爽と街へ繰り出したのが、つい30分前の事。

 

そして今、僕の目の前に広がる、その光景は……

 

「その、大変言いづらいんだけど。普通、猫の次と言えば、犬とか、ウサギとか、その辺になるんじゃないかな?」

「まあ、一般的にはそうでしょうね?」

「……ヘビ?」

「ヘビ、ですね?」

「ちなみに、このお店のこと誰から聞いたの?」

「ええ、ファインモーションさんです♪」

「絶妙に怒りづらい!」

 

『スネークカフェ Pip Serpent』

小さなビルの一角、愛らしいロゴマークと、明らかに釣り合っていない大迫力のヘビたちの写真が大量に張り出されたなんとも異質な扉の前で、僕らは右往左往立ち話をしていた。

 

「ちょっと待って僕ほんとにこないだようやく猫触れるようになったんだよ?えっ、ヘビ?猫の次、ヘビ?本気?」

「大丈夫ですよ?流石に毒のあるような子はいないはずですから、恐らく」

「絶対って言ってほしいなぁ!」

 

心做しか、写真のヘビたちがなんだかこちらに狙いを定めているような、そんな不可思議な感覚を覚える。というか、扉越しにも伝わってくる妙な威圧感に、あからさまに心拍数が上がっているのがわかる。入るのか、今から、ここに……?

 

「ね、ねえアルダン、その、僕ちょっと心の準備が……」

「一体、どんな感触をしているのでしょう?人懐っこい性格だと嬉しいですね……」

「あ、アルダン?」

「ふふ、実はとっても楽しみにしていたのですよ?トレーナーさんのこといつ誘おうか、どうやって誘おうか。ずっと考えていましたので……」

「そ、そうだったの?」

「はい、ですので予習はバッチリなのですよ?コースの内容、席数、間取り、ドリンクバーの種類まで網羅してきましたから♪」

「……ふふ、それはすごいね?」

 

飾られた写真をニコニコと、ふんわりとした笑顔で眺めながらそんなことを話してくれたアルダン。その瞳は真っ直ぐキラキラと輝いていて、その言葉が嘘偽りないものであるのが、はっきりと分かった。

 

「……なんて、そんなこと言っても独りよがりなのは、分かっていますよ?」

「えっ?」

「無理やり連れてきてしまって、申し訳ございません、トレーナーさん。怖かった、ですよね?先程から顔が引きつっていますよ?」

「あ、いやその、これは……」

「ふふ、私は大丈夫ですので。今日は別の場所にお出かけしましょう?」

「で、でも、楽しみにしてたんじゃ……」

「トレーナーさんが楽しめないようでは、なんの意味もありませんので……さあ、どうしましょうか?少しカフェでも立ち寄って考え」

「ま、待って!」

「……!」

 

扉に背を向け、僕の肩隣りをすり抜けて歩き出すアルダン。その、すっかり大人びてしまった顔つきがしっかりと網膜にこびり付いてしまって、思わず僕は、彼女の腕に手を伸ばす。

 

「ごめんね、アルダン。その……怖いのは、間違いないんだけれど、だけど嫌じゃないよ」

「トレーナーさん……その、無理はなさらなくてもよろしいのですよ?」

「ううん、無理じゃない、無理じゃないよ。アルダンが僕に無理を強いるはずが無い。ってのは分かってるからさ、だから」

「だから?」

「だから、しっかりと調べ尽くしてくれたんでしょ?自分だけじゃなくて、僕も怖がらず楽しめるようにさ?だから、大丈夫。アルダンが調べた限り、僕がどうしても無理なものはこの中には無かった。そうでしょ?」

「……ふふ、流石トレーナーさん。私の事、よく分かっていますね?」

 

分かってる訳じゃない、僕も同じだったから。なんて言いかけて、でも少し自惚れに思われそうで、そっと喉元に留めて笑顔だけを返す。そんな僕に、彼女もまた笑顔を……

 

「……では、早速入りましょうか?さあさあ、トレーナーさんも、早く早く?」

「えっ!?えとっ、は、入るけど!入るけどちょっと心の準備を!」

「どうしてですか?どうしても無理なものは無いと、分かってらっしゃるのでしょう?」

「そ、そうだけどぉ……!」

 

……逆に腕を引っ張られ、情けない声を上げてしまう僕。その模様を彼女は……ニヒルに舌をちらりと出した、獲物を狙う毒蛇のような笑顔で見守っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「いらっしゃいませー、お二人、でよろしいでしょうか?」

「はい。大人ひとりに、学生ひとりです」

「お時間どうされますかー?」

「では、1時間パック、ドリンクバー付き、でよろしいでしょうか?」

「う、うん、そうだね」

「承知しましたー、ご案内致しますのでお待ちくださいー」

 

「……これも、予習の成果?」

「いえいえ、この程度普通のことです♪」

 

なんとも堂々と店に入っていくアルダンに手を引かれ、おっかなびっくり足を踏み入れる僕。口を挟む間もなくテキパキと受付を済ませるアルダンの姿を見て、なんともバツの悪い気持ちにもなるが……まあ、そんなのは些細なことである。

 

「それではごゆっくりー」

 

「……あら、猫カフェのように床一面にヘビさんが居るわけではないのですね?」

「もしそんなんだったら泣き叫ぶよ?僕?」

「ふふ、それもそうですね?飲み物取ってきますけれども、何にします?」

「気にしなくて大丈……ああ、いや、それじゃコーヒーを、お願いしようかな?」

「ふふ、かしこまりました」

 

軽く笑みを浮かべて、席を立つアルダン。こういう時、アルダンは絶対に引かないということ。流石に最近分かってきたので、いたちごっこになる前に、早めに折れることにした。

 

「ふう……」

 

アルダン、メジロアルダン。視野が広くて、いつでも周囲に気を配れて。でも、いつだって気を張っていそうで時々不安になる。そんなウマ娘。でも、そんな彼女から今日は遊びに誘われた。ほんの気まぐれかもしれないけど……やっぱり、とびきり嬉しいことには違いない。さっきは早速情けない姿を見せてしまったけど、でも、これからは全力で、彼女が思う存分楽しめるように……

 

「ん?」

 

なんて、ふつふつと想いを馳せていると。僕の肩口に、何やらひんやりとした心地良い感触。なんとも身構えずに、何気なく僕はそちらの方に目線を向ける。

 

シャーッ……

 

「ミ"ッ"」

 

「お待たせしまし……あっ、トレーナーさん?抜け駆けはいけませんよ?」

「アッ、アルッ、アッ、アッアッ、アルダッ」

 

恐らくは、今僕が腰掛けているソファ。その縁の部分から伝って来たのだろう。艶のある真っ白な身体で僕の腕に巻き付き、ルビーの様な赤く輝くその瞳でしかと僕に狙いを定める、立派な大蛇が……

 

「少し動かないでくださいね?せっかくですし、写真を一枚……」

「えっ!?ちょ、待って!待ってっ!一回取って!まず一回取って!」

「了解です、はい、チーズ♪」

「撮ってじゃない!その撮ってじゃない!」

 

涙目を浮かべる僕の姿を、バッチリと写真に収めるアルダン。文句のひとつも言えないまま、二枚、三枚とシャッターを切られる僕。そしてそんな僕からひと時も目を離さず、じっとりと舌なめずりをする一匹のヘビ。なんとも奇妙な空間が広がる、午後三時。

 

「先日の猫カフェの時もそうでしたけど、トレーナーさんには、いつも動物の方から近づいできますよね?ふふふ、動物さんにも、心の優しさは伝わるものなのでしょうか?」

「そんな場合じゃない!そんな場合じゃない!これ、どちらかと言うと捕食対象として見られてない!?」

「確かに……なんだか少しお腹が空いていそうなお顔していますね?」

「毒とかないよね?この子、毒とかないよね?」

「そうですね……その子は強力な神経毒を持っていて、噛まれたところから細胞が壊死していき、そして最終的には……」

「ぎゃあ!し、死にたくない!せめてアルダンの引退までは絶対に……!」

「……と、いうことは全くありません♪この子はボールパイソンという種類のヘビで、全くの無毒でペットにも向いているそうですよ?」

「やめて!ほんとに!もう!」

 

さらりとした口調で華麗に嘘を吐き、お茶目に手を合わせるアルダン。なんだかもう、ヘビよりも彼女の方が恐ろしい気がしてきたが……それはそれとして。

 

「ところで、なんでこの子ずっと僕の事見てるの?巻きついたまま離れないし、そのうち腕が鬱血しそうなんだけど……」

「締め上げて弱ったところを、丸呑みにする算段だったりして……」

「ひい!って、もう乗せられないからね?」

「ふふ♪しかし、トレーナーさんばっかりずるいです。私はまだ一度も触っていないのに……」

「いいよ、遠慮しないで?というかその、出来れば引き取っていただけるとありがたいんだけど」

「では、ご遠慮なく……」

 

そっと、僕の隣に腰をかけて、じーっと僕の腕に巻き付くヘビを見定めるアルダン。というか、その、近いなぁ……ヘビの向こう側に僕もいるの、目に入ってないのかなぁ……

 

「触っても、よろしいのでしょうか?」

「いや、僕に聞かれても……」

「では、少しだけ失礼しま……」

 

ひたすらに優しく、優しく、彼女らしい手つきでヘビの胴体、一際柔らかそうな所に手を伸ばすアルダン。だったが……

 

シャーッ!!

 

「きゃっ!」

「あ、アルダンっ!」

 

その瞬間!じっと僕の顔面を見つめていたヘビの頭が向きを変え、大口を開け今まで秘されていた鋭い牙を覗かせる……!そうして、伸ばされたアルダンの指先、細く真っ白な柔肌目掛け、今まさに、飛びかかろうと……!

 

「だ、ダメだっ!」

 

シャッ……

 

「あ、あら?」

「だ、ダメだよ、噛み付いたら?この子は僕の大切な人だから……っていうか、誰だろうと噛み付いたらダメだから、ね?」

「……トレーナーさんの言うことを、聞いている、の、ですか?この子?」

「あれ?ほ、ほんとだ?なんで?」

 

僕の静止によって……?興奮していたヘビはすっかりと落ち着きを取り戻し、心做しか少し申し訳なさそうに、再び僕の顔を覗き込んできた。さっぱり理由が分からず呆然とする僕に、アルダンが口を開く。

 

「もしかしてその子……トレーナーさんに懐いているのでは?」

「えっ!?懐くって、そんな、今さっき会ったばっかりだよ!?」

「一目惚れ、というものでしょうか?ふふ、トレーナーさんも隅に置けませんね?」

「い、今は仕事一筋なので……」

 

なんて茶化されたが、まあ、確かに。僕の方が好感を持たれているのは間違いなさそうである。しかし、何故?あんなに怖がられていたのに……

 

「そういえば、ヘビにはピット器官という独自の感覚器があるそうで、我々には感じ取れないものを感じ取れるそうですね?」

「ああ、それなんか聞いた事あるかも」

「それで、もしかしたらトレーナーさんの心を感じ取ってるのかもしれませんね?トレーナーさんの優しい心に触れて、それで、好きになった……なんて、そう考えると、素敵じゃないですか?」

「……ふふ、まあ、そうだったら面白いかもね?」

 

アルダンに促されて、僕の腕に優しく巻き付く彼女……彼女?勝手にメスだと決めつけてしまったが、まあいいや。彼女の瞳を、しっかり見つめる。今まで気づかなかったが、綺麗な目だ。気品に溢れた宝石のようで、それでいてなんとも優しげで、見ていてなんだか安心する。そんな瞳だった。

 

「でも、それならアルダンにも懐かないとおかしいよね?アルダン以上に優しい人、僕は他に見たことないよ?」

「あら、それ程でもありませんよ?」

「いや、あるある。間違いなく。だから、まあ、たまたまなんじゃない?」

「ふふ、そうですねぇ。もしくは……嫉妬、されているのかも……」

「ん?何か言った?」

「いいえ?何も?」

 

ぼんやりと、僕はアルダンのその澄んだ瞳に目を移す。自分では否定したけど、やっぱり彼女は優しいのだ。それも、とびっきり。誰もが彼女の優しさに頼って甘えるし、彼女もそれを拒まない。だからこそ、今日は。

 

「今日は、嬉しかったよ?アルダンから誘ってくれるなんて、本当に夢みたいだ」

「ふふ、大袈裟ですよトレーナーさん?私はただ……トレーナーさんと一緒に、色んな体験がしたいだけです。今まで損してきた分を取り返せるくらい、沢山の幸福を浴びてみたい。私ひとりでは受け止めきれませんから、よろしければ、これからも是非ご一緒に……」

「……もちろん、どこへだってついて行くよ、君と一緒ならね?」

「ふふ……まあ、今回の場合はトレーナーさんの怖がる顔を見たかった、というのもありましたけど……見てください?トレーナーさんこんな顔してたのですよ?」

「わぁーっ!見せなくていいから!」

 

イタズラっぽく舌を出す彼女の顔を見て、少し安堵する。彼女だってうら若き学生だ。少しくらい我儘を言ったってバチは当たらない。きっと学友や、家族にさえ無理を言えない彼女だから、せめて自分がその受け皿になってあげられれば……なんて、それこそ我儘になってしまうのだろうか、いやしかし……なんて、自分の尾に噛み付いたヘビみたいに、ぐるぐるとそう、考える。

 

「しかし、やっぱりずるいですね?トレーナーさんばかり巻きついて貰えて……」

「ええ、いやまあ、好きで巻き付かれてる訳じゃないんだけど」

「トレーナーさんから頼んでいただけませんか?私の腕にも、巻きついてくれないか……と」

「えっ?ヘビに?」

「トレーナーさんならやれますよ?」

「ええ……ううん……へ、ヘビさん?その、出来れば、出来ればでいいんですけど、彼女の腕にも巻きついていただければ嬉しいなー、なんて……」

「…………あら?」

「え?え、本気?本気で?」

 

僕ができるだけ腰を低く、ダメ元でお願いしてみると。なんと、驚くべきことに彼女はするすると僕の腕から離れて、そうしてアルダンの腕に……う、腕に……

 

「……止まった」

「や、やはり嫌、なのでしょうか?」

「ヘビさん、そ、そこをなんとか……お願いします!」

「……あら?あら、これは……」

「えっ?ちょ、ちょっと?」

 

しばらく迷う素振りを見せながら、彼女は……なんと、その長い身体を使って僕の右腕とアルダンの左腕、縄で縛り付けるように二人まとめて締め上げ始める。おのずと密着してしまう、アルダンのひんやりとした柔らかい肌の感触が真っ直ぐに僕に伝わってきて……

 

「これは……ふふ、よっぽどトレーナーさんから離れたくないみたいですね?」

「あ、はは、困ったな……これは、その、凄く困る……」

 

こんな公共の場で、いや公共の場でなくてもよろしくないんだけれど、ああ、ダメだ、本当によろしくない……なんだかぐるぐると、とぐろを巻くみたいに視界も回ってきて……

 

「ごめんアルダン、なんかやっぱり僕……毒にやられたみたいで、その、ううん……」

「え?トレーナーさん?無いですよ?本当に毒なんてないですよ?トレーナーさん?し、しっかりしてください?トレーナーさん!」

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