メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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苦難マシマシ、友情カタメ!




SOULSOUP(+サクラチヨノオー)

「アルダン、さぁああああん!!!!」

 

 

 

「うぉっ!?えっ!?何!?」

「あら…チヨノオーさん?いかが致しましたか?」

 

いつも通りのトレーナー室、メジロアルダンと過ごす、ぼんやりとした昼下がり…に、突然吹き込む春の嵐。部屋中響き渡るこぶしの聞いた叫び声の主は、何を隠そう、サクラチヨノオーである。腰を抜かしかける僕の間抜けな姿をよそに、美しい直角90度のお辞儀を見せつけながら、忙しなく彼女は口を動かした。

 

「アルダンさぁん!と、トレーナーさぁん!この通りのお願いです!私に、お料理をお教えいただけませんでしょうかぁ!」

「お?」

「料理?」

 

----------

 

「GOCHI WEEK……?」

「はい!ゴチウィーク、です!」

 

几帳面にクリアファイルに収納されていた資料を取り出し、机に並べるチヨノオー。と、顔を見合せつつそれらを薄ぼんやりと眺める僕とアルダン。綴られた資料の表紙には、ビタミンカラーで彩られたなんとも可愛らしいロゴマークが飾られていた。

 

「成程、URAと企業のタイアップイベント、って所か…ん?ねえアルダン、この企業って…」

「…まぁ、こんなに有名な企業さんと?」

 

ひとまず、一番分厚い資料に手を付け、ペラペラと目を通す。ずらりと並んだ協賛企業の1番上、一際大きな文字で書かれていたのは、誰もがよく知る大手食料品メーカーの名前であった。

 

「へぇ…随分大規模なイベントなんだなぁ…凄いや……けど、なんでまたこんな資料を君が?」

「じ、実はそのぉ…このイベントのキャンペーンガールとして、トレセン学園の生徒が選抜されることになったんです、四人ほど」

「ふむふむ?」

「まあ、たまにあるよね、そういうイベント」

「で…そのうちの一人に選ばれましたのが…」

「……もしかして?」

「…そ、その、私、です…」

 

控えめに、ごく控えめにその手を挙げるチヨノオー。その表情は曇のち雨、といったところで。なんだか無理やりお風呂に入らされた小型犬みたいで、申し訳ないが少し微笑ましい。

 

「まあ…!おめでとうございます、チヨノオーさん!」

「そ、そんなそんな!恐れ多いですよぉ!なんで私が選ばれたのか全然分からないですし!」

「いやいや、こんな大規模なイベントで選ばれるのは、間違いなく凄いことだよ、ほんと」

「そうですよ?もっと自分に自身を持ってください?」

「そ、そうなのでしょうか…ううん…」

 

浮き切れない表情のまま、もじもじと両の人差し指をこすり合わせるチヨノオー。その模様をある程度傍観してから、僕は再び、手元の資料に目を移す。

 

『GOCHI WEEK』、URAと大手食料品メーカー数社のタイアップで行われる大規模な販促イベント。ちょうど今年のゴールデンウィーク時期に合わせていくつかの企画が用意されているらしい。『GW』をもじって、『GOCHI WEEK』…と、なんともユルい雰囲気だが、キャッチーでなかなかいいセンスではある。

 

「あ、見て見てアルダン、ハガキにバーコードを貼って応募だって」

「まあ、特賞は大型テレビみたいですよ?」

「いいねぇ、欲しいねぇ、トレーナー室に大型テレビ」

「あ!ずるいです!関係者は応募出来ないんですよそれ!」

「ふふ、ではチヨノオーさんの分も当てなければなりませんね?」

「ね、対象商品いくつ買わなきゃいけないんだろう?」

「あー!でも私、テレビよりこのB賞の限定ぬいぐるみの方がいいです!」

 

これまたユルめの会話を繰り広げて、笑顔を向け合う僕ら三人。本人は相当謙遜していたが、その野山に咲く小さな花のように素朴な笑顔を見ると、やはりこのコンセプトのイベントで彼女が選ばれることは必然なのだろうと、穏やかな気持ちで、そう思

 

 

「って!!そんな場合じゃないんですよ!!」

 

 

「うおっ!?」

「ち、チヨノオーさん!?」

 

……いかけた所にまた一発、ビブラートの聞いた鋭いツッコミ。

 

「そうではなくて!助けていただきたいんです!お二人に!」

「助けてって…言うと?」

「そういえば…お料理がどうとか仰っていましたね?」

「そうなんです!そうなんですよぉ!」

 

すざまじい勢いで僕の手元から分厚い資料をひったくるチヨノオー。唖然とする僕をよそに、彼女はペラペラとページをめくって…

 

「見てください!この企画!」

「これ…は?」

「フィナーレイベント、ファン交流会?」

 

勢いよく突きつけられたのは、資料後半の1ページ。見ればどうやらこのイベントの企画の一環、それもかなり大きな企画の予定書らしい。会場設営図だのタイムスケジュールだのが所狭しと書き並べられている。

 

「5月5日、GW最終日の日曜、大型ショッピングモールのイベント広場を貸し切って行うファンとの交流イベント…へえ、これはまた羽振りのいいことするなあ」

「ええ、トークショーにミニライブ…確かに、フィナーレに相応しい豪華さですね…」

「それで、このイベントがどうしたの?」

「ここ!見てください!お昼の12時からの企画!」

「ええと、どれどれ…」

「…ウマ娘先生による、キッズお料理教室…?」

 

チヨノオーの指した指先、一際大きな枠で囲われた、恐らくこの日一番の目玉イベント…『キッズお料理教室』…読んで字のごとく、来場した子供達相手に、キャンペーンガールのウマ娘四人がそれぞれの得意料理を教える企画らしい。この為だけに、広場に簡易キッチンまで用意する程の本気度、流石大企業様、といった所である。

 

「これはまた、とんでもないことするなあ…」

「成程、それで料理を…」

「そうなんです!そうなんですよお!そりゃまあ、全く出来ない訳じゃないですけど…でも、人に教えるレベルじゃ全然なくって!」

「ふふ、そうでしょうか?そんなことはないと思いますよ?この間の調理実習の時なんて…」

「えっ!?わっ!?ちょっと!その事は忘れてくださいって言ったじゃないですかぁー!」

 

調理実習…詳しく問いただしたい気持ちをグッと堪える。しかし、なるほど、ようやっと話が見えてきたな。気を取り直して僕はこの、目の前でぴょんぴょんとはね回るワンコオ…いや、チヨノオーに声をかける。

 

「それで、僕らに料理を教えて欲しい、ってことかな?」

「あ!はい!その通りです!この企画を説明されて、どうしよう!と思っていた時…お二人にスムージーを振る舞っていただいたのを思い出したんです!」

「あったねえ、そんなことも」

「ふふ、もう懐かしい気もしますね?」

 

情けは人の為ならず、などと言うが、逆に自分達の為にやったことが、誰かの助けになっている。なんてこともあるもんだな…なんて、少しこそばゆい気持ちになって思わず鼻の頭を掻きむしった。

 

「ん、そういえばだけど、キャンペーンガールって他に誰がいるの?」

「そ、それがですね、まずカツラギエースさんに、ヒシアマゾンさん…それと、シーザリオさん、の御三方なんです。こんな凄い人達の中に加わっちゃうんですよ私?」

「ほほぅ、これはまた錚々たるメンツ…芝2000mくらいかな?」

「まあ、ヒシアマゾンさんがいらっしゃるのですね?」

「ん、ヒシアマゾン?ああ!ヒシアマゾン!」

 

その名を聞いて、すぐにピンと来た。ヒシアマゾンと言えば、トレーナー達の間でも有名な程の料理上手。その実僕も、昨年のファン感謝祭の出店で彼女の作るチャーハンをいただいたことがあるが…あれは、正しく絶品…という他ないほどの出来栄えであった。まずなんと言ってもその米の粒立ち、まるで一粒一粒が独立したひとつの料理かのような旨味が、口に入れた瞬間弾け広がり、風味が鼻を通って

 

「トレーナーさん?」

「…………はっ!ご、ごめん、つい思い出し実食を…」

「ふふ、しかし、少し羨ましいですね?彼女の本気の料理が食べられるなんて…」

「ね、ほんとに…ん?しかし、彼女がいるのなら、そう心配することはなさそうだけどね?多分、彼女の指示通り動けば、万に一つも失敗はないだろうし」

「そ、それは、そうなのですが…」

 

先程までとは打って変わって、なんともキレの悪い表情を浮かべるチヨノオー。しかし…ヒシアマゾンはもちろんとして、ほかの二人だって、なんというか、『頼り甲斐』という文字をそのまま具現化したような雰囲気を持つウマ娘達だ。彼女らが味方に付いているとなれば、安心こそすれど、心配事などそうないのではないか、と、小心者の僕なんかはそう思うのだか。

 

「……しかし、それでは嫌、なのでしょう?」

「嫌?」

「……確かに、ヒシアマゾンさんや他のお二人の指示通りにすれば、絶対に失敗などありえません、ありえない…けれども…」

 

チヨノオーはその小さな両手を、胸元でぎゅっと握りしめながら…小さく、搾り上げるように、しかし、ハッキリとした口調で話し始める。

 

「…けれども、それじゃダメなんです、どうして私なのかはやっぱり分からないけど、イベントに来てくれる子供達は『強くてカッコイイウマ娘』を見に来てくれてるんです。それなのに…他の人達に頼りっきりの、情けないウマ娘のままじゃ…私は胸を張ってみんなの前に出ることなんて出来ません…だから…」

「…チヨノオー」

 

可憐で、なおかつ芯の通った視線をまっすぐ僕に向けてくるチヨノオー。その瞳には、見覚えがある。かつて府中の地にて、メジロアルダンと一世一代、極限の死闘を演じあった……僕らの最大の好敵手、サクラチヨノオーの瞳だ。

 

「…ですって、いかが致します?『先生』?」

「…ここまで言われたら、ねえ?『助手』?」

 

好敵手からの挑戦状、となれば、大人しく引き下がれる程僕だって野暮では無い。僕は少しだけ腰を落とし、その芯の通った瞳に臆さず、視線を返す。

 

「すまないチヨノオー、君の事、見くびっていた。僕らで協力出来る事は何でもするよ、いや、協力させて欲しい、他でもない君の頼みだからね」

「と…トレーナーさん…いいんですか…?」

「ああ!今日だけは…僕が、君のトレーナーだ!」

「ああ、いえ、それは大丈夫です。私のトレーナーは私のトレーナーなので、お料理だけ、教えていただければと…」

「…ああ、うん、そうだね」

 

…どうやら少々テンションを上げすぎてしまったらしい。アルダンの生暖かい目線が、妙に鋭く突き刺さる。

 

「…さて、そうと決まれば実践あるのみ、ですね?早速移動しましょう?」

「あ、ああ、うん、行こう行こう、早く行こう」

「移動?どちらへ行かれるのですか?」

「ふふ、行けばわかりますよ♪」

 

 

----------

 

 

「さて、と、まずはどうしようかな?」

「あ、あの、えっと?」

 

いつもの如く、カフェテリアの厨房にやってきた僕達。しかし…実践と言っても、果たして何から手をつけるべきか…

 

「あの…トレーナーさん?」

「ん?どうしたのチヨノオー?」

「ここ、カフェテリアの厨房ですよね?勝手に入っていいんですか?」

「ああ…それは大丈夫、ちゃんとアルダンが許可取ってくれてるから」

「え、そうなんですか?誰に、どうやって?」

「えっ、それは…ええと…」

 

「トレーナーさん?チヨノオーさん?」

 

ごく当然の指摘に、思わず口ごもっていると、買い物袋を手に提げたアルダンが僕らに遅れてやってきた。

 

「あ、アルダン、その袋は?」

「食材です、使いそうなものをいくつか用意していただきました」

「えっ?誰に?」

「ふふ、まあ、細かい事はいいじゃないですか?」

 

ごく当然の指摘を、ゆるりと躱すアルダン。改めて…本当に底知れない子だ、なんて、薄ぼんやりとそう考える。

 

「と、言うわけで、本日は『塩ちゃんこ鍋』を作りましょう?」

「あ!ちゃんこですか!?やったあ!」

「ふふ、先程、件の企業のホームページを見ていたら、丁度良さげなレシピが載っていたのです。どうせなら、チヨノオーさんに馴染み深いものの方がよろしいかと思いまして…」

 

アルダンが、手にしたスマホでレシピを見せてくれる。丁度、例の企業の調味料を使った、美味しそうな塩ちゃんこ鍋のレシピだ。チヨノオーの性格からして、奇をてらったことをするより、シンプルに真っ直ぐなものを用意した方がいい、なんて、アルダンの判断なのだろう。流石にチヨノオーのことをよく理解している。彼女の人を見る目の正確さには、毎度毎度素直に驚かされるのであった。

 

「しかしまた、なんでちゃんこ鍋?」

「チヨノオーさんのお父様は、有名な力士なのです。ご存知ありませんでしたか?」

「は、初めて聞いた…」

「えっへん!」

「ですので、チヨノオーさんにも馴染み深いであろうちゃんこ鍋を、と…思い出の味というのは、何者にも変え難いですからね?」

 

アルダンの言葉を聞いて、大きく頷く。どうせやるのであればより楽しく、より思い出深く…一瞬一瞬の時を何より大切にする、彼女らしい価値観だ。

 

「と、言うわけで、早速作っていきましょうね?」

「はい!お願いします!」

「今回用意した具材は、鶏肉、タラの切り身、白菜、お豆腐、にんじん、えのき…まずはそれぞれの具材を一口大にカットします」

「はい!了解です!」

「鶏肉はどうしよう?霜降りする?」

「霜降り…?」

「鶏肉を鍋で煮込む前に、個別で熱湯にくぐらせるんだ、そうすることで先に余計なアクがとれて、旨味の聞いたダシだけを鍋に入れられるってわけ」

「な、なるほど!わかりやすい!」

「そうですね、では鶏肉の処理はトレーナーさんにお任せします」

「うん、任された」

 

アルダンの、その瞬く美しいアイコンタクトを合図に、僕は早速鶏肉の下処理に取りかかる。先に硬い筋を包丁で取り去っておき、一口大にカット。そうして鍋にたっぷりのお湯を沸かして、酒と塩で軽く風味付け、と。

 

「その間に、お魚の処理もしておきましょう。そのままですと少し生臭さがあるので、こうして塩を振って、軽く揉みこんでおきます」

「んしょ…んしょ…これくらいで大丈夫、ですか?」

「ふふ、完璧です♪あ、トレーナーさん、白菜とにんじんも…」

「下茹で、ね?その分の鍋も用意してるよ?」

「ふふ、流石ですね、先生?」

「流石です!先生!」

「助手、増えちゃったなぁ…」

 

仲睦まじく食材の下ごしらえをする2人を横目で眺めつつ、お湯が沸騰するのを待つ。それにしても…本当に、いい友達を持ったものだと、そう思う。きっとチヨノオーは、僕の知らない、見たことの無いアルダンの表情を沢山知っているのだろう。合わせる食材によって溢れ出る旨味が変わっていくように、僕には引き出せないアルダンの魅力を、彼女は引き出すことができる。そう思うと…そう思うと、なんだか…

 

「トレーナーさん?お湯、沸いてますよ?」

「…え、あ!ほんとだ!危ない危ない!」

「ふふ、しっかりしてくださいね?先生?」

 

アルダンの言葉で、深い思考の底から帰ってきた僕は…気を取り直してグツグツの鍋にサッと鶏肉を30秒ほどくぐらせる。既に、脂質が気化した香ばしい匂いが、厨房中に広がっていた。

 

「にんじんは、切れましたか?」

「はい!バッチリです!」

「ふふ、では私の切った白菜の、この軸の部分と一緒に下茹でしていきましょう、水の状態から食材を入れて、20分ほど沸騰しきらない位の火加減でじっくり茹でて、甘みを引き出します」

「甘みを引き出す…!なんだか良い響きです!もうお腹が空いてきちゃいます!」

「ふふふ、私もです。では、下ごしらえもバッチリですので、次はいよいよ…鍋の出汁を用意、しましょうね?」

「!!」

 

アルダンの言葉に、チヨノオーがしゃんと佇まいを正す。なんだかボーイスカウトの少年隊員みたいで、もはや懐かしい気持ちさえ湧いてきた。

 

「お、おだしですね!ど、どうやってとるんです?かつおぶしを削りますか?昆布ですか?それとも豚骨をグツグツ煮込むとか…」

「それもいいのですが、今回はこちら…」

「……瓶?」

「近所のスーパーで買ってきた、鶏ガラスープの元です♪」

「…………えええぇぇっ!?」

 

ニコニコ笑顔でアルダンが取り出した瓶を目にして、両手を広げて驚きの声を上げるチヨノオー。恐らく本格的に出汁をとるつもりだったのだろう、気合いを入れて捲っていた制服の裾が、ズルズルと落ちていくのが見えた。

 

「ふふふ、意外でしたか?」

「え、ええと、そうですねぇ…アルダンさんならもっとこう…素材からじっくり丁寧に…みたいな感じで作るものだと…」

「確かにそういう風にも出来ますが…お料理というのは、自らの技術を自慢する場ではありません。何事も適材適所というものがありますからね?」

「何事も、適材適所…」

「ええ、決して面倒だからでも、チヨノオーさんの技術を信用していない訳でもありません。今回の塩ちゃんこ鍋には、これが1番だと判断したのです。インスタントだから、手軽だから、愛情がない、なんてことは絶対にありません、むしろ…」

 

 

グゥゥゥゥゥゥ……

 

 

「…あ!?す…すみません!大切なお話の途中なのに!」

「…ふふふっ…!お腹、空きましたか?」

「…えへへ、はい…さっきから美味しそうな香りがいっぱいでしたので…」

「では、急いで作らなければなりませんね?一から煮出した出汁はやはり格別ですが、如何せん時間がかかります。できるだけ早く、手軽にお腹を満たしてあげたい…と思うのも、それもひとつの愛情の形、なのではないでしょうか?」

 

あまりに軽やかに、しなやかに、そんな事を言い放つアルダン。そんな彼女の暖かい笑顔に、つい作業の手を止めて、魅入ってしまう。安価でも、手軽でも、どんな形であれ、それが誰かの為になっているのであれば…間違いなく、そこには愛情が篭っているのだと。そんな事をまるで恥ずかしげもなく堂々と言ってのける彼女の事を、やっぱり僕は誇らしく思う。

 

「…『育たぬ大根も、カイワレと成る』と、いうことですね!」

「ええ、その通り、です♪」

「え?どういう意味?」

「それでは早速…水に、スープの元、あとはお塩とみりんと酒を加えて、ひと煮立ち…あとは順番に具材を入れてしっかりと火を通したら、完成です♪」

「ふふっ、なんだか凄く簡単ですね?これなら一人でだって作れそうです!」

「ええ、簡単なんです、けれども味は保証しますよ?ね?トレーナーさん?」

「…うん、そうだね?」

 

突然、味の連帯保証人にされてしまったが…しかし、まあ、自慢の助手が直々に手がけた料理なのだ。美味しくない、なんてことは万の一つにも有り得ない。

 

「あ…そうこうしている間に出汁が出来たみたいですね?」

「わあ…ものすごくいい匂い…!」

「では一番に、味見をどうぞ?」

「あ、いいんですか!?そ、それではお言葉に甘えて…」

 

コトコトと音を立てる鍋から、黄金色に輝く出汁を小皿に取り、チヨノオーに差し出すアルダン。そうして、受け取った彼女は慎重に、優しく息を吹きかけながら、それに口をつける。

 

「どうでしょう?」

「どうかな?」

「…!凄く…凄く美味しいです…!アルダンさんらしい、優しいお味で…うん、とっても美味しい…!」

「おお…それは良かった…!」

 

小さく綻ぶような笑みを浮かべながら、彼女は実直な気持ちを口にする。その言葉が、決して嘘偽りなどないものであることは、その瞳を見れば一目瞭然であった…が。

 

「……しかし、少し物足りない、といった表情ですかね?」

「んぇ!?い、いえいえ!ほんとにほんとに美味しいですよ!?」

 

大きく大きく、もげそうな程に首を横に振るチヨノオー。しかし……彼女の友達でもトレーナーでもない僕でもわかる。素直な気持ちの中に混ざる、違和感を抱えたような眉の角度……

 

「失礼、僕もいただいていいかな?」

「はい、どうぞ?」

「ありがとう、いただきます」

 

アルダンから小皿を受け取り、軽く空気を含ませながら口を付ける。流石アルダン。塩やみりんの加減の付け方によって、本来存在する鶏ガラスープのパンチの強さを綺麗に中和している。あまりにも優しく澄んだ、老若男女誰だろうと好きになりそうな風味の出汁である。

 

「うん、美味しい…本当に本当に、間違いなく…!」

「あ、ありがとうございます……」

「…しかし、これはあくまでアルダンの味。アルダンの生きてきた人生から煮出し濾しだした、アルダンだけの味なんだろうな」

「アルダンさんだけの、味……」

「で、だ。きっとおんなじように、チヨノオーだけの味っていうのが、もしかしたらあるんじゃない、かな?」

「わ、私だけの味?」

 

そう、これはまさしくアルダンの人生の味。幼い頃から病院食や健康食品に慣れ親しんだ彼女の、健やかに、健康的に生きていくための味付けである。しかし、もちろん当然の事だが、アルダンとチヨノオーの人生は全く違うものだ。

 

「確かに、これは最近分かってきたことなのですが、私の味付けは少々薄味すぎるようで……ご年配の方には概ね好評なのですが、もしかすると、お子さん方には少し……」

「まあね!僕はこの味、最高だと思うけど!でも、まあ、これだって適材適所だ」

「…………」

「……巡り合わせ、って、案外バカに出来ないものがあると思うんだ。今回のイベントだって、アルダンじゃなく君が選ばれた、その意味ってのは、絶対にあると思う」

 

きっと、もし。僕がアルダンよりも先にチヨノオーに出会っていたとしても、きっと僕は彼女のトレーナーにはなってはいないだろう。それに……自惚れが過ぎるかもしれないが、アルダンだってきっと、同じ気持ちでいてくれているはずだ。人生というのははそういう、意味があるんだかないんだかよくわからない、なんだか不思議な巡り合わせで動いていくものなんだろう。だと、するならば。

この巡り合わせには絶対に意味がある。自分でなければならなかった、宿命みたいなものがあるのだと、そう信じていた方がきっと人生は楽しく明るく輝いていくのだ、と、目の前の複雑な色味で揺らめく鍋いっぱいのスープを見つめながら、そう思う。

 

「そう、ですねぇ……私が昔、実家で食べていたちゃんこは、もっと、こう、味がグワーッ!て感じで、もっと舌の奥がギュッ……とする感じで……」

「……なるほど?」

「って、えへへ……さすがにこんなこと言ってもなんの参考にも……」

「グワーッ、ていうのは、味の濃さかな?とにかくもう少し塩味を効かせて、それから……」

「舌の奥がギュッ!というのは、なんでしょう?生姜の風味かしら?」

「そういえば、地域や家によってはニンニクとか入ってたりするらしいね?ニンニクのチューブとか、あったかな?」

「……え!もしかして作るつもりですか!?私、詳しいレシピとかなんにも分かりませんよ!?」

 

示し合わせたかのように、二人同時に動き出す僕とアルダン。と、それを宥めようとするチヨノオー。だが……こんな『挑戦状』を受け取って、僕らが黙っていられるはずもなく。

 

「だからこそ、だよ。まあ、その、お腹が空いてるとこ悪いんだけどさ?」

「ふふふ、私達だっていただいてみたいのですよ?チヨノオーさんの、人生の味……」

「え、ええぇ?そ、そんな、私なんかのために……」

「はい!これ!ちょっと塩足してみたんだけどどう!?」

「えっ!?あっ、んと……ま、まだ薄めですっ!」

「では、こちらはいかかです?醤油を足してみたのですが?」

「え、ええと、美味しいですが、醤油って感じではなかったかと!」

 

代わる代わる、左右囲まれながら小皿を差し出されるチヨノオー。少しづつ、味を足しては引いて、掛けては割って……まだ見ぬチヨノオーの人生の味を、少しづつ手繰り寄せる。なんとも地味な作業だが、それでも、アルダンもチヨノオーも、なんだか生命に満ち溢れたような表情をしていて、思わず僕の顔も綻んでしまう。

 

そして……

 

----------

 

「あ、開けますよ?いいですか?」

「ええ、どうぞ?」

「一気に、一気に行きな?」

「は、はい!せーのっ!」

 

チヨノオーが蓋を開けると……もくもくとした湯気と共に香ってくる、鼻をつんざく濃い濃い出汁の匂い。やっぱり、ニンニクは間違いじゃなかったわけだ。

 

「『サクラチヨノオー流、塩ちゃんこ鍋』完成、です♪」

「完成!やったね!」

「は、はい!やりました!」

 

湯気の中から現れる、色とりどりの食材達。お肉に魚に野菜にと、アルダンにチヨノオー、二人の美的センスで並べ飾られたその姿は、繊細にして豪快、大胆にして謙虚。量も質も良いとこ取りな……要するに。

 

「めちゃくちゃ美味しそう……!」

「さ、早速取り分けてしまいましょうか?」

 

テキパキと、アルダンが3人分の取り皿に遠慮なく食材を振り分けていく。僕が普段より丁寧に筋取りをした鶏肉が、ほろほろと音を立てるように出汁の中からすくい上げられ、小麦色に染まったスープと共に今、僕の目の前で黄金に輝いていた。

 

「さてと、じゃあみんな手を合わせて……」

 

「いただきます♪」

「いただきますっ!」

「いただき、ます」

 

カフェテラスに明るく響く掛け声を合図に、各々我先にと目の前の一杯に箸を付ける。まずは、二人がしっかり塩を揉みこんだタラの切り身から……

 

「ん!うまっ!」

 

箸を差し込むだけでほろりと崩れる身を、慎重に口に運ぶと……じんわりと舌にまとわりついてくる、まろやかで優しい海鮮の旨み。だけではなく、口の奥底、鼻の奥まで響いてくる張り手のような、鶏ガラスープのパンチの強い旨み。二層に分かたれた旨みが自己主張激しく口の中で争いを始めて、そのあまりの激しさに、思わず顔が綻んでしまう。

 

「いいなぁ、これ。溶け合わない、纏まってないからこその、美味しさだ。こんなアプローチがあったなんて……」

「本当ですね……鶏肉も柔らかくて、ホクホクしていて、けれども、舌が痺れそうなほど刺激的……いかがですチヨノオーさん?これで、間違いありませんか?」

「ん!これ!これです!へへ……おふたりとも、本当に凄いなぁ……」

 

白菜、にんじん、えのき、と、目にも止まらぬスピードで具材を口に運んでいくチヨノオー。ずっとずっと、一日中曇りがちだった彼女の顔に、ようやく陽の光が差し込み始める。

 

「やはり適材適所、ですね?お子さん方に食べていただくのならば、絶対にこちらの方が良いかと……」

「しかし、アルダンさんは大丈夫ですか?こんなに濃い味で、平気です?」

「ええ、全く。痺れる程の濃い味付けは、何処かの誰かさんに、すっかり教えこまれてしまいましたから、ね?」

「…………ふふ!それなら良かったです!」

「ははは、ね?」

 

二方面からの生暖かい視線に、なんとも居心地が悪くなる。誤魔化すようにかき込んだ椀の奥底、沈殿していた苦々しい風味が、僕の五臓六腑に染み渡っていくのであった。

 

 

「…………………はぁ…」

 

「どうしたのです?チヨノオーさん?ため息などついて……」

「もしかして、やっぱり何か違った?」

「あ!いえいえいえいえっ!完璧です!お味の方はあまりにも完璧なのですがっ!」

 

二手と一頭を激しく振りながら、慌てて喋りだすチヨノオー。舌を噛んでしまいそうで少し心配になるが、黙って見守ることにする。

 

「えへへ、実は。お味の方があまりに完璧すぎて、少しだけ、昔の事を思い出してしまって……」

「と、いうと?」

「実は昔、お父さんに憧れて、お相撲の稽古をやってみたいやってみたいーって、駄々をこねちゃったことがあったんです」

「ふふ、なんとも微笑ましいですね?」

「ほ、ほんとに小さな頃ですよ?……それで、そんな私に、お父さんもお弟子さん達も嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれて、丸一日稽古に付き合ってくれたんです!」

「ふふっ、暖かいお家だね?」

「……本当にヘトヘトになるまで稽古をつけられて、もう二度とそんな駄々こねなくなったんですけどね?」

 

なんとも楽しそうに、太陽そのものみたいな笑顔で語るチヨノオーを見て、ぼんやりと想いを馳せる。やっぱり彼女だって、決して凡庸な存在なんかじゃない。誰かから祝福を受けて、特別な存在としてこの世に生を受けたのだ。きっと、彼女にしか出来ない事のために。

 

「でも、その後にお父さんとお弟子さん達と食べたちゃんこが、なんでしょう……こう、ギリギリまで体力を搾り取られた身体に、スっと染み渡るような、その、味は間違いなくこのちゃんこと一緒なんですけど、なんて言うのかな……えへへ、ごめんなさい、分かんないですよね?」

「……いいえ?よくよく分かりますよ?」

「えっ?ほんとですか?」

「いいよねえ、最高だ……めちゃくちゃ運動してペコペコになったお腹に、濃いもの流し込むの……背徳の味、ってやつかな?」

 

聞いていて、今まさに食べているはずなのに更にお腹が空いてくる。絶対最高だよなぁ……ちょっとだけ、お酒なんかもあったら尚更……

 

「しかし、流石にそれはズルいなぁ。そんな事言われたら、僕ら絶対勝てないよ?」

「確かに、空腹は最大の調味料、と言いますからね?」

「空腹は、最大の調味料……」

「ふふ、軽くターフを走って来ましょうかね?是非とも、トレーナーさんもご一緒に、ね?」

「せ、1000メートルくらいなら……」

 

「それです!!!!それですよ!!!!!!」

 

「うぉっ!?えっ!?何!?」

「チヨノオーさん!?」

 

 

----------

 

そうして、時は流れて5月5日。本当に雲ひとつない、清々とした日本晴れの、お昼前11時。

 

「それで、本当にやっちゃうんだもんなぁ……」

「ふふふっ、流石チヨノオーさん。全く敵いませんね?」

 

ひと月程続いた『GOCHI WEEK』のキャンペーン。その最終日。僕とアルダンはフィナーレイベントが執り行われるショッピングモール……の、その屋上。本来は駐車場となっているスペースの一角で行われている、『それ』を、遠巻きから眺めていた。

 

 

『はっけよい……のこったぁ!!』

 

 

清々しく響き渡る、こぶしの聞いた叫び声と、子供達のはしゃぐ声。なんとも耳触りがよく、ついつい聞き入ってしまう。

 

『さあのこったのこった!頑張って頑張って!』

『おお!もう少しだぞ!踏ん張れ踏ん張れ!』

『ほらほら!負けんじゃないよ!あと一歩!』

『…………今です、そこで差し切って!』

 

 

「……これじゃもう、『GOCHI WEEK』じゃなくって、『GOZZAN WEEK』だね?」

「ふふふ……はい?何か言いましたか?」

「いや何も」

 

どこまでも遠くまで響く、4人のウマ娘達の声。『サクラチヨノオープレゼンツ、ちびっこ大相撲大会』もいよいよ決勝戦を迎え、盛り上がりも最高潮を迎えていた。

 

「あの日、お鍋を食べ切ったあと、その足ですぐに運営の人に直談判しに行ったんだよね?とんでもない行動力だなぁ、とても真似出来ないや……」

「設営の案もタイムスケジュールも、全てご自身で提案されたらしいですよ?ふふ、流石はチヨノオーさんですね?」

「ほんと、とんでもない好敵手を持っちゃったなぁ……」

「あら?この歓声。そうこうしてるうちに優勝者が決まったみたいですよ?」

 

大盛り上がりの会場、勝利の雄叫びを上げる子に、敗北の涙を流す子。その心持ちは様々だが、しかし皆一様に、眩しい程に真っ直ぐ、芯を貫くような瞳をしている。4人のウマ娘達も、ちびっこ達を取り囲む大人たちも、みんな、みんな、黄金に輝くような笑顔を浮かべていた。

 

『さて!表彰式の後は……いよいよお待ちかねの、『キッズお料理教室』ですよー!!皆さん、お着替えして、よーく手を洗ってから広場に集合してくださいねー!』

 

自信に満ち溢れた表情で、彼女は子供達一人一人の目をしっかり見つめながら、舞台上で声を張り上げる。蕾が開いて大輪の花を咲かせるように、少し前までの彼女の姿は、そこには存在しない。そこにいたのは、間違いなく『強くてカッコイイウマ娘』であった。

 

「なんか、安心したらお腹空いちゃったなあ……あ、そうだ、こっそりお料理教室に混ざってこようかな?」

「ふふ、トレーナーさんの身長で『ちびっこ』は流石に無理がありますね?それに……」

「それに?」

「……お腹が空いたのなら、いつだって、どこだって……私が、満たしてあげますから、ね?」

「……ふふ、それは心強いね。約束だよ?」

 

遠くから、風に乗ってなんとも美味しそうな匂いが漂ってくる。それはきっと、芽吹きの風。花々も木々も、人間もウマ娘も鮮やかに色付かせる、退屈を吹き飛ばす『春の嵐』なのだろう。

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