メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「そういえば、聞いてくださいよ?この間うちのメジロアルダンが自己記録更新したんですけど、その時の上がり3ハロンが35秒切ってて、凄く感動しちゃって…ここまで自力がついてきたんだなぁ…って…それで僕思わず…」
「僕、思うんですけど、アルダン意外とダートの適正もあるんじゃないかって…僕、ダート専門の子についたことないから詳しいことなかなか分からないんですけど、彼女が本格的にそっちも挑戦したいって言い出したら僕も…」
「アルダンはですね、まあ…見た目で分かっちゃうかもしれないんですけど、学業も優秀で、こないだなんか学年でも…」
「この間アルダンが作ってくれたカレーが美味しくって美味しくって…何杯おかわりしたか分からないくらい…」
「その時アルダンなんて言ったか分かります?それがですね…」
「そういえば、アルダンこうも言ってたなあ…ふふ、懐かしいなぁ…」
「そういえば、アルダンがですね?」
「アルダンはですね…」
「アルダンと…」
「アルダ…」
「ア…」
----------
「それで…二次会には連れて行って貰えなかった…と…」
「仕事のこと思い出して嫌になる、圧を感じて怖い、なんかムカつく、シンプルにつまらない…とか、なんとか…はぁ…そんなに空気読めてなかったかなぁ…僕…」
土曜日、昼下がり…すっかりと昨日の飲み会で貰った酔いも冷めきった頃…あてもなくやってきたトレーナー室で、じわじわと昨日の出来事を思い出してがっくりと項垂れている僕であった。
「大人の世界も、なかなか大変なものなのですね…」
「何が悪かったんだろう…普通に話してただけなんだけど…」
たまたま居合わせたアルダンに淹れてもらった、心が落ち着くハーブティーを少しづつ口に運びながら、ぼんやりと昨日のことを冷静に思い返してみる…が…
「先輩方や同僚の方とご一緒だったのですよね?一体どんなお話をされたのですか?」
「うーん…皆と同じように、仕事の話は普通にしてたかなぁ、アルダンのトレーニング方針の相談とか担当との接し方とか」
「ふむふむ」
「プライベートの事は…ああ、こないだアルダンと行った猫カフェのこととか、あとスムージー作ったこととか、美術館とかカラオケ行った話もしたなあ…それに大掃除した時のこととか…」
「…………………」
「……どしたの、そんな顔して?」
「……もしかして、ですけど。それって全部、私の話…だったりしませんか?」
「えっ?あっ…」
青天の霹靂、とはまさにこの事か。目をまんまるにしたアルダンからそんな事を伝えられ、自分の発言を振り返る。
「…………た、確かに…!全部アルダンとの思い出だ…!あれ!?スムージーも、カラオケもだ…!あれ…?あれぇ…!?」
「む…無意識だったのですか…?」
「無意識だった…なんかこう、楽しかった事とか、面白かった事とか、思い出すと…ううん、やっぱり、アルダンの話に…なる、のか?」
「………………………」
その大きな瞳を更に見開きつつ、ぽかんと開けた口を手先で隠すアルダン。やはり相変わらず所作が美しいな…なんて持っていかれそうになる思考をなんとか押しとどめ、僕の方から言葉を紡ぐ。
「ああ、ええと…ほら、アルダンと一緒にいると何やっても楽しいから…ついこうなっちゃうというか…なんていうか…」
「そっ……………れは…とても嬉しいのですが…その、えっと、少し恥ずかしいというか…なんというか…」
「う…うん…」
「…と、トレーナーさんは、普段私がいない時は、何をなされているのですか?」
「え?ええっと、それは…………………」
「……………………」
「……………………」
「……もしや、何も」
「いやいや、流石にそんな事は…」
口を動かしつつ、全力で頭を捻りあげる。が…しかし…
「ま、まあ、やっぱり仕事、忙しいからさ?」
「それは…トレーナー業、即ち、私…に関するお仕事、ですよね?」
「…あ、レース場!休みの日とかよくレース場行ったりするかな!」
「それも…その、私の走るレースの下見…だったりします、よね?」
「……シューズ屋さんとか、トレーニングウェアのお店とか…」
「…私の使う、シューズやウェア、ですよね?」
「……………うん」
「……その、私自身がこんな事言うのも、その、どうかと思うのですが…」
「うん……」
「……もしかしてトレーナーさん、四六時中、私の事ばっかり…考えてたり、します?」
「………………………」
ダッ…!
「どっ……!?どこに行くつもりですか!?」
いてもたっても居られなくなった僕は、無意識にその場からの逃走を謀る…が、ウマ娘の反射神経に適う訳もなく、あえなくアルダンに腕を捕まれ、情けなくその場に転がり落ちるのであった。
「うぁぁぁん!無理!恥ずかしい!ものすごく恥ずかしい!生きてけない!」
「責めてないです!別に責めてる訳では無いですから!」
「ほんとに…?ほんとにほんと…?」
「ええ、本当です!」
「……………本当に、なんとも、思ってない?」
「…………………………少し、ほんの少しだけ……怖いな…とは…」
「うわぁぁぁ!!やっぱり!やっぱりダメだぁぁああ!!」
「ほっ!本当に!本当に少しだけですから!本当に!ほんと!」
----------
「取り乱しました、誠に申し訳ございませんでした」
「こちらこそ…失礼な事を言ってしまい、申し訳ございません…」
落ち着きをなんとか取り戻し、二人向かい合い座るトレーナー室。しかし、まあ、やはり生きた心地はしなかった。何よりも大切な我が担当ウマ娘に、こんなしょうもなく恥ずかしい頭の中を除き込まれたわけであるから、まさに、穴があったら埋葬されたい気分である。
「でも、本当に、嬉しいと思っているのは嘘じゃありませんよ?トレーナーさんにここまで強く想われてるというのは…凄く、誇らしい気分です」
「あ…アルダン…ありがとぉ……」
「ただ、それと同時に心配でもあります…トレーナーさん…そのような調子で、本当に健康で文化的な最低限度の生活が営めているのか、と…」
「えっ、僕のこの状態って憲法違反だったりする?」
なんて会話を交わしつつ、ふとアルダンと目線を合わせる。なんとも悲しげな瞳だ…どうやら、僕は彼女を本気で心配させてしまっているらしい。トレーナーとして、不徳の致すところこの上ない話だ。
「…しかし、本当に無理してる訳じゃないんだよ?ストレスなんてないし、毎日ご飯も美味しいし」
「それはすごく良いのですが…でも私以外に話し相手がいないのもまた問題です。いざと言う時頼れる人がいないということですから…」
「ううん…まあ、そうだね…」
それはアルダンの言う通りだ。日頃から誰とでも仲良く、友好的に接しておくというのは、有事の時にこそその意義が現れてくるというものである。普段からそんなアルダンの姿をよく見てきたからわかる。彼女は本当に、いつでも、誰とでも対等な関係を結ぶことが出来る。そんな彼女の人脈に、僕自身も数え切れないほど助けられてきた。
「大切にして頂けるだけでももちろん嬉しい。でも、私は欲張りですから、私がいない間のトレーナーさんにもまた、常に幸福であって欲しいのです…」
「あ、アルダン…」
「…ですので、お友達を作る練習をしましょう?トレーナーさん?」
「うっ…う、うん…ものすごく自信はないけど…でも、それでアルダンが安心してくれるのなら…」
「ふふっ、その意気です♪」
「……とはいえ、友達を作る練習なんて、どうやればいいのかな?」
「そうですねぇ…ここは、やはり…」
----------
「普段、休日は何をされているのですか?」
「はい、私は休日によく散歩をしています。私は自然を観察するのがとても好きです。私の好きな場所は公園です……あ!公園と言えば面白かったのがですね!この間アルダンと一緒に公園を通りかかったときに…」
ピピーーーッ!!
「ストップ!です!また私の話してますね?」
「えっ!?あ、あれ!?そうだった!?」
目の前に座るアルダンが、笛を鳴らして僕の言葉を遮った…そう、これは他でもない…『アルダンの事を話し過ぎないようにする練習』である。
「本当に無意識なのですね…これは、なかなか骨が折れそうです…」
「ごめんよぉ…ギリギリまで意識してるんだけど…」
「いえいえ、まだまだ始めたばかりですから…気を取り直して、次、行きましょう?」
「お、お願いします…!」
頬を軽く叩き、襟元を正して再びアルダンに向き直る。ただでさえこんな個人的なことに付き合わせてしまっているのだ、せめて少しは成長を見せなければ…
「…ほら、見てください!家で飼っている犬なんですけれども…すっごく可愛くないですか?」
「はい、私も、とても可愛いと思います。私も犬が好きです。」
「まあ、それは奇遇ですね!トレーナーさんは、なにかペット飼ってますか?」
「いいえ、私はペットを飼っていません。」
「あら、そうなんですか?ペットはいいですよ〜?おすすめのペットショップがあるんですけど、犬と猫、どっちがお好きですか?」
「はい、私は犬と猫、どちらも好きです……猫…?猫と言えばこないだアルダンと猫カフェに行きましてね!そこで」
ピピーーーッ!!
「ストップです!」
「えっ!?あっ!うわーーっ!またアルダンの話してる!」
「……ご自身で気付けるようになったのは、進歩…なのですかね…それと、ペットショップの話をしようとしているのに、急に猫カフェの話をするのもいただけません」
「ご、ごめん…アルダンの話をしないって、そっちに集中し過ぎて、話の内容が全然頭に入ってこなくて…」
「普通に私と話す時は、そんな事しないでしょう?」
「それはそうなんだけど…」
「それを踏まえて…次、行きましょう?」
「え、ちょ…僕ちょっと疲れちゃって…」
「……次、行きますよ?」
「……はい!お願いします!」
「そういえば、この間演劇の舞台を見に行ったんです!」
「それは、とても素晴らしいことです。」
「その演劇がとっても面白くって…トレーナーさんは、どんなお話が好きなんですか?」
「はい、私は歴史を題材とした演劇が好きです…そういえば!こないだア……いえ、知人の勧めで歌舞伎を観ました。とても楽しかったです。」
「まあ、歌舞伎ですか!私も好きなんです!歌舞伎!」
「そうなのですか。それは、とても素晴らしいことです。」
「どんな演目をご覧になられたのですか?」
「はい、私が観たのは義経千本桜です。義経千本桜は日本でとても有名な話で、源義経が主人公です。」
「まあ!私も観たことがありますよ!とても切ないお話ですよね…」
「はい、私は義経千本桜を見てとても感動しました。理由は3つあります。1つ目は、源義経と武蔵坊弁慶の絆の深さに感動したからです。彼らの絆の深さはまるで……………まるでウマ娘とトレーナーの関係を彷彿とさせ、僕自身もアルダンに対してかのように身を捧げる覚悟、ある種の忠義の心を持つべきだと考える。だとするならば彼らから学ぶべきことが」
ピピーーーッ!!
「…………最早、連想ゲームの域では?」
「……本当に、申し訳ないとは思っています…」
「……それと、先程から思っていましたが、口調が硬すぎますね…英語の教科書の例文みたいです…」
「それも…集中し過ぎて…」
「トレーナーさんはいつも一つのことに集中し過ぎなんですよ…それがいい所でもありますけど…」
「本当に、情けない限りです…」
思わず机に突っ伏し、モゾモゾと情けない姿を晒してしまう僕…いや、今更か…たったこれだけの事で疲弊感がすざまじい。こんな事を毎日、いとも簡単にやってのけるアルダンはやっぱり凄いな…なんて疲れ果てた頭で、そんな小学生並な事を考える。
「……ふふ、私でなければ見捨てられていたかもしれませんね?」
「あ、アルダン…」
しかし…しかし、そんな情けない僕を見て、アルダンは笑顔を浮かべてくれた。思えば、僕とアルダンの歩みはいつもそんな調子だった。未熟で、情けなくて、いつも失敗ばかりの僕の背を、アルダンはいつも優しく押してくれた。そのことに、僕はどれだけ救われたのだろう。彼女の瞳が、差し込む西日に照らされてキラキラと
ピピーーーッ!! ピピーーーッ!! ピピーーーッ!!
「……今、私の事を深めに考えて、良い感じに話を終わらせようとしていましたね?」
「な、なんで分かるの?」
「なんだか、よくあるパターンだなと、そんな気がしましたので…」
「は、はは…アルダンはすごいなあ…」
「……いけませんよ?トレーナーさん?私はトレーナーさんのためを思ってやっているのですから……ね?」
「あははー……そっかそっか、あはは…」
「ふふっ、一緒に頑張りましょう?ね?トレーナーさん♪」
「……はい、頑張ります……」
とほほ…もうコミュニケーションは懲り懲りだよー!……などと思っても画面は暗転せず……アルダン先生の御指導は結局、日が暮れるまで続いたのであった……