メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか




2024/4
始まりの歌


『……しのぶれど 色に』

 

 

「はいっ……!」

「えっ?」

 

目にも止まらぬスピードで、彼女の…メジロアルダンの手が伸びる。そうして、僕の目の前…ずらりと並んだなんとも風流な札の中のひとつ、それが、彼女の手中に綺麗に収まった。

 

「……『しのぶれど色にいでにけりわが恋は、ものや思ふと人の問ふまで』、ふふ、また私の勝ち、みたいですね?」

「……やっぱり、凄いな…手も足も出ない…」

「ふふふっ、トレーナーさんもまだまだ、ですねぇ?」

 

携帯から流れる雅な音源を一時停止しながら、なんともわざとらしく目を細め、手中の札をこちらに見せつけてくるアルダン……彼女の勧めで百人一首をやってみた、のは、いいものの……経験者である彼女に勝てるはずもなく、あえなく現在3連敗中である。

 

「……ていうか、なんか、明らかに早過ぎない?今のせいぜい、最初の5文字ぐらいしか聞いてなかったよね?」

「……んー…ふふ、良いでしょう、もうそろそろ、教えて差し上げましょうかね?」

 

余程、僕を打ち負かしたのが嬉しかったのか、なんともノリノリなウマ娘である。が、彼女には少し申し訳ないが、その様子はなんとも迫力のない、まるで子供っぽいものであった。少し機嫌を損ねてしまいそうで口には出さないが、正直とても愛くるしい。

 

「百人一首に数えられている百句、もちろん覚えてきていますよね?」

「もちろん、昨日一夜漬けで丸暗記してきたよ」

「流石トレーナーさん……ではですね、その中で頭文字が『し』の句はいくつあったか分かりますか?」

「し…し、というと……」

 

『白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける』

『しのぶれど色にいでにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで』

 

「……二句、かな?」

「ふふ、正解です…では、『しの』まで絞るといかがでしょう?」

「……ああ!この一句だけ!」

「その通り、ということは…」

「『しの』まで聞いてしまえば、どの句か特定出来る、って事かぁ……」

「正解です♪ですので、もはや上の句全て聞く必要なく札を取ってしまえるのです、なんなら少し、手加減していたくらいなのですよ?」

「なるほどなあ…わかってしまえば単純なものだ…」

 

とは言っても、聞いた音と頭の中の知識を結びつけるのにだって多少の時間は必要だろう。技術として分かっていても、ここまで早く反応できるというのは相当な鍛錬が必要なはずだ。何度も反復し、思考より先に肉体を動かす…か。

 

「君のその類まれなる集中力や思考力は、なるほど、こういうところで培われたわけなんだな…凄く、合点がいったよ」

「ふふふ♪そんなに褒めても何も出ませんよ?」

 

珍しく調子乗りモードなアルダン。中々お目にかかれないその姿を、せっかくだし目に焼き付けておこうと、僕は言葉をつなぐ。

 

「いやいやほんとに恐れ入ったよ、ここまでのレベルになるの、相当苦労したんじゃない?」

「そうですねえ…確かに時間はたっぷりとかけてはきましたね?幼少期、皆と外で遊べないので、屋内でできる遊びを色々と探して…たまたま目に付いたので、やってみた、というのが始まりなのですが…」

「やってみよう!って気になるのが、また凄いとは思うけどね?」

「ふふ…とはいえ、流石にまだまだ物心ついたばかりの子供には難しかったのですけれども…文字しか書いていない上、言葉も難しくって、何を言っているのかさえ分からないのですからね……」

 

いつになく饒舌に喋るアルダン。僕も緩んでいた襟元を、軽く正して耳を傾ける。

 

「まあ、そうだよね…でも、そこから今まで続けてこれたんだよね?」

「ええ、ふふふ…というのも、時間だけは沢山あったので、まずは一句一句の意味、内容、成り立ちまで理解してみようと思い立ちまして……それでしばらく、寝る間も惜しんで百人一首の本を読み漁ったのです」

「え?この、百句全部?」

「ええ、勿論」

「それは…なんというか、とんでもない話だね…」

「ふふ、この話をすると、いつも驚かれるんですよ?」

「そりゃあ、ね?」

 

いとも簡単に彼女は言ってのけるが…これだけの数の句を一つ一つ考察していくのは、あまりに途方もない話だ。が、しかし、確かに彼女であれば…自分で決めた事を決して曲げない、ある種とてつもなく頑固な彼女の性格であれば、全くない、とも言いきれない話である。

 

「しかし…おかげで、当時の私にとっては意味不明な文字の羅列でしか無かったこの札一枚一枚が、まるで物語の登場人物のように、個性豊かな表情があるように思えるようになった。『百人一首』という大きな舞台の上、各々が各々の人生を自由に表現しているような…そんな群像劇のように、私の目には、見えるようになったのです」

「……百人一首というのは、当時有名だった百人の歌人が詠んだ句を、一人一句ずつ集めたもの、だったかな?なるほど、群像劇か…」

 

彼女のその明瞭で美しい言葉選びに、ただただ、感心する。同時に、百人一首の事を単なる暗記勝負としてでなく、その成り立ち、ルーツから理解し寄り添おうとする、その真摯な姿勢にも舌を巻く他なかった。そうだ、そういうところなのだ。彼女の、メジロアルダンの魅力というものは……なんて、堅苦しく思考を働かせようとする僕を遮るように、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「……ふふ、すると、どうでしょう、この百首の句の中でも…特別好きな句、というものが、私の中で生まれてしまったのです」

「特別、好きな句?」

「ええ、そうですね…今の感覚で言えば…『推し』というもの、でしょうか?共感できる背景があったり、純粋に語彙を美しく感じたり…多種多様な詩の中でも、特に輝いて見える句が私の中で現れたのです」

「ほうほう…なるほど、言わんとしてることは、よく分かる……」

「そうですねぇ…あ、丁度この句もそうでした。『しのぶれど色にいでにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで』……どういう意味の詩なのか、分かりますか?」

 

丁度その手に握られていた札を、満開の笑みでこちらに向けてくるアルダン。その笑顔に取られそうになる気を叩き直し、考える。

 

「うーん…古文は苦手だったんだよなぁ…雰囲気から察するに、恋愛絡みの詩、なのかな?」

「その通り、ですね?簡単に訳すとすれば…『隠して来たはずの、あの人への恋心だが…どうやら顔に出てしまっていたらしい。他人から、恋の悩みでもあるのですか?と、尋ねられる程になってしまった……』と、いったところでしょうか?」

「ふふっ…なんだか…当時にそんな概念があったのかは知らないけど、青春…って感じの句だね?」

「ええ、まさしく…なんだか少女漫画みたいで、好きなんです♪」

 

コロコロと表情を変えるアルダンに、つい目を回してしまいそうになる……まるで幼い少女に戻ったかのように無邪気に、彼女は続けて朗らかに語る。

 

「他にも恋を詠った句は多いのですが…とりわけこの一句は、なんというか、凄くピュアで、瑞々しくて…とっても共感できると、そう思いませんか?」

「共かっ…………ん、うん、まあまあ、確かにね?」

「ふふ、まあ、好きな句はまだまだ沢山ありますけれども…これとか…あ、これも…それも…」

 

まるで宝物をかき集めるように、目の前に広がる札をひとつひとつ手に取っていくアルダン。その手には少し、普段よりも力がこもっていた。

 

「……ふふふっ、そうなると、ですね?」

「……?」

「なんだか、それまではただの遊びだったはずの百人一首に、だんだん、熱がこもって来るのです……こんなにも好きな句を、他の誰かに、取られたくない、絶対に自分が取るのだ…と…」

「……なるほど?」

「自分でも、なんて幼い意地の張り方だ…とは思いますが、でも、子供の頃の私を突き動かす原動力は、間違いなくそういうものだった…大切で大好きなものを手離したくない、なんて、小さな欲望…ふふっ、そう言ってしまうと、やっぱり私は、そこまで真面目に百人一首に向かい合っているわけでは、なかったのでしょうね?」

「……………………」

 

大切で、大好きなものを手離したくない、幼くて小さな欲望…なんて……

 

「……それは、さ?それは…今も同じ、なんじゃない?」

「……今も?」

「大切なものを手離したくない、自分の夢だったり、目標だったり、誰かに反対されてでもやりたいこと、だったり。そういったものを、君から奪おうとする人達への、反抗…それこそがウマ娘、メジロアルダンの歴史…だったりするんじゃないかなって、僕は、そう思うよ」

「……ふふ、確かに…さすが、トレーナーさんですね?」

「そして…そうやって強くなっていって、G1の舞台でも胸を張って戦えるまでに至ったのが、君だ。僕は、そんな君の事、真面目じゃなかったなんて、少しだって思いはしないな」

「…………!」

 

散らばった札を広い集める、彼女の手がピタリと止まる。マメや擦り傷の跡が少しだけ残る、悩み苦しみ抜いた者の手であった。

 

「今日は、いい事聞けちゃったな。君のその並外れた覚悟の強さ、その成り立ち、ルーツ……ふふ、今までよりも君の事、『特別』に思えるようになったよ、ありがとう、アルダン」

「……ふふっ…ふふふ…もう……ありがとう、ございます…」

 

くすくすと、朗らかに、爽やかに。彼女は屈託のない笑みを浮かべる。その笑顔はなんともとらえどころがなく…まるで即興の群像劇のように、自由であった。きっと、まだまだ、僕は彼女の事をそれこそ百分の一も読み解けていないのだろうが…それでも、いつかは彼女のように……

 

「…百人一首、もっと勉強してみたいな?もっともっと、アルダンの好きな句、教えてくれる?」

「…まぁ、本当ですか?ふふふ…それでは、次はどれにしましょ…あっ…!」

「…!」

 

うきうきと、手元の札を見定めるアルダン。その手元から…一枚、札が零れ落ちて。僕らは反射的に、それに手を伸ばした。

 

 

パシッ…!

 

パシッ…!

 

 

「…………………………」

「…………………………」

「……ふふ、今回は、僕の勝ちだね?」

 

先に手を伸ばし、その札に触れたのは、僕だった。その上に彼女の手が重なり、彼女のひんやりとした体温が、しっかりと伝わってくる。

 

「…………………………ぁ」

「……アルダン?」

「……手離したく、ない……」

「……えっ」

「…………!!す、すみません…」

 

暫しの間の後、今日一番の反射神経でその手を収めるアルダン……そして…顔を上げて、見えたその表情は…

 

「……………………」

「……え、ええと、その…トレーナーさん?」

「…あ、ああ、ごめん!はい、これ、札…!」

「あっ、あ、ありがとう、ございます…!」

「……………………」

「……………………」

「…きょ、今日は疲れちゃったから、また今度にしよう、か?」

「あっ、そ、そうですね?根を詰めすぎてもいけませんから、ね?」

 

いそいそと、こちらに顔も向けずに残りの散らばった札を片付けるアルダン。ただの気まずさか、それとも…今は、その顔を見られたくない、とか…

 

「……確かに、共感できる、かもなぁ…」

「……何か、おっしゃいました?」

「……ううん、なんでもない、よ?」

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