メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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心地よさと、もどかしさと…時々、チヨノオー




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「……………」

「……………」

「…………ふふっ……」

「……………」

 

西日の差し込むトレーナー室で、特に、本当に何も変わったこともなく、ただただ溜まっていた事務仕事を片付ける。何一つ特出することも無い、日常。

 

「……あら、トレーナーさん、飲み物大丈夫ですか?」

「ああうん、大丈夫、まだあるよ」

「それなら、良かったです」

「あ、飲み物なら僕が…」

「いえいえ、お気になさらず」

 

読んでいた小説を1度テーブルに置き、部屋の端に備え付けられた冷蔵庫に向かうアルダン。しばらく考えた後、買いだめしていた紙パックの野菜ジュースを二本、手に取ってまた、ソファに戻る。ここからいい所なのだろう、先程よりも深めにソファに座って、少し神妙な面持ちで再びページを開いた。アルダンにとっても何一つ、特出することも無い日常、なのだろう。

 

トレーニングのない休息日、だけれども、何故かここ最近はそんな日でも彼女はこのトレーナー室に入り浸ることが増えてきた。曰く、静かで空気も澄んでいて、読書をするのにぴったりな環境なのだとか。今一つピンとはこないが、僕としてもアルダンの様子を休息日にもこまめにチェックできるのは有難いし、何より、こんな殺風景なトレーナー室でも、彼女がただそこにいる、ということだけで、まるで一輪の花を飾ったかのように華やかな空気に包まれる。ような気がするのだ。少し眉間に皺を寄せながら、食い入るようにページをめくるアルダンの横顔を眺めながら、僕はまた一口、なみなみに淹れられたコーヒーに口をつける。

 

 

----------

 

 

「……ふぁ……よいしょ…っと」

「……ふふ、今日のお仕事はおしまいですか?」

「いや…でもまあ、少し休憩かな。アルダンは、どうだった?今回の新刊」

「ええ、今回も素晴らしかったです…今の長編がケルト神話をモチーフとして描かれていることは既に考察され尽くしていますが、その考察を逆手にとっての読者をいい意味で裏切る展開が……あ、申し訳ございません、トレーナーさんはまだでしたね」

「ほほう?いや、俄然興味が湧いてきたな…まあ、ちょっと今日読むのは無理そうだけど…」

「ふふふ、いつも通り、ゆっくりでいいですよ?」

 

とは言いつつも、早く感想を長々と語り合いたい…と、まるでお腹がすいた飼い犬のような潤んだ瞳で訴えかけてくるアルダン…とりあえず、僕はいつも通り彼女から本を借り受ける。

 

「さて、そろそろ寮に帰るでしょ?送って行くよ?」

「あ、いえ、今日はまだ…」

「ん?何か用事があるの?」

「…………………ああ、まだ途中の編み物がありますので、それもある程度仕上げたいのです」

「うん?うん、まあそれなら…」

「うふふ……」

 

もう1時間もすれば日も落ちきってしまいそうな、そんな頃合であるが…まあ、彼女がそう言うのであればいいだろう。もぞもぞと鞄から編み物セットと毛糸玉を取り出して、アルダンは再び、ソファに深く腰掛ける。

 

「今は、何を作ってるの?」

「あみぐるみ、です。ハムスターの」

「へえ、凄く手間暇かかってるんだね?」

「はい、もうすぐU.A.Fの決勝大会ですよね?ヤエノさんがそちらに出場するので、ささやかながら、贈り物を…と思いまして」

「あら、なんか意外だね、彼女、そういうの好きなの?」

「ええ、ヤエノさんは小さな生き物が大好きなのですよ?この間もロードワーク中に散歩中のワンちゃんを見かけて…あら、これは口外しないように言われているのでした…」

「ははは…いやでも、何となくわかる…かも?」

 

慌てて口を噤むアルダンの様子に、思わず笑みを浮かべた。そうして、彼女の、友人達を思うその優しさに、なぜだかこちらまでじんわりと胸が熱くなってしまう。

 

「それで、どう?あと1週間くらいだけど、間に合いそう?」

「はい、あとは手足を作れば…いかがです?お顔、とっても可愛く出来たと思いませんか?」

「…ふふ、ほんとだ、可愛い」

「自信作なんです、ふふふ…」

「心做しか、アルダンに似てるような気もするなあ、凄く綺麗な顔してる」

「そう、でしょうか?もし本当なら…」

「本当なら?」

「……ふふ、トレーナーさんにも一匹、お作りしますね?是非とも私だと思って可愛がってあげて下さい♪」

「……本物がいるのに?」

「本物共々、です♪」

 

ほわほわとした柔らかい笑顔をこちらに向けてくるアルダン。その瞳に反射した夕日が眩しくて、思わず目を逸らす。

 

「んー…それじゃあ残りの仕事も片付けないとな…」

「ふふ、頑張って下さいね?私はここでのんびりやってますので」

「うん、寮に帰る時は言ってね?送るからさ」

「はい…」

 

大きく伸びをしてから、デスク上のキーボードに向き直る。同時にアルダンも、目の前の何とも愛らしいあみぐるみと、木製のシックな棒針にじっと向き合い始めた。遠くから聞こえてくる笛の音、誰かの掛け声。そんなものからも切り離された静寂の時間が再び訪れる。

 

「…………」

「…………」

 

会話はない、けれども居心地が良い。静寂の中、カタカタ、カチャカチャ、二人の立てる音が何とも子気味良い打楽器のようにセッションしているのが、何とも嬉しい。彼女の為になるようなことは、今はなにもしていないけど、それでも彼女の傍に居ていいのだと、そう許しを貰えてるようだった。

 

 

----------

 

 

「ふ…あぁぁ…終わっ…た…」

 

思わず絞り出した声に合わせて、これまた思わず天を仰ぐ。すっかり外は薄暗く、烏の鳴き声も聞こえない時刻になってしまっていた。

 

「あ、そうだ!?アルダンは…あれ?」

「……すぅ…すぅ…」

 

慌てて立ち上がった僕の目に飛び込んで来たのは……何とも小さく愛らしい寝息を立てながら、ソファに横になるアルダンの姿だった。その傍らには、これまた愛らしい、きちんと四肢も出来上がった、ハムスターのあみぐるみ……

 

「…完成したんなら、言ってくれればいいのに…」

 

そっと、あみぐるみを机の上に移動させ…意図せず、彼女のその透き通るような肌の白さに、魅入られてしまう。こんなに麗しい寝姿を、果たしてこんなにまざまざと見れてしまって良いのだろうか…などという葛藤とは裏腹に、とても理性では目を離すことは出来ず、ただただ黙々と、しばらくその姿を見つめていた。

 

「……信頼、してくれてるのはありがたいんだけれどもねぇ…」

「………………」

「……こっちの気も知らないで、全く…」

「………………」

 

思わず零れ落ちたそんな言葉に、思わず口を抑える。危ない、危ない…気が緩んでいるのは僕の方だな……

 

「さて、どうしたものか……」

 

名残惜しさを振り払い、暫し思案する。気持ち良さげに眠っているのを邪魔するのは忍びない……が、刻一刻と寮の門限は迫っている。僕のことはまあいいが、僕のせいでアルダンが怒られるのはさらに忍びない。どうする、いっその事抱き抱えて……いや、良くない、それは良くない。しかし、ううむ、やはりどうしたものか……

 

 

「アルダンさんのトレーナーさーん!」

 

 

ぐるぐると、考え込む僕の耳に飛び込んでくる、春風のような朗らかな声。勢いよく開けられたドアの方に目を向けてみれば……

 

「……あ!チヨノオー!?」

「はい!サクラチヨノオーです!アルダンさんがなかなか帰ってこないので探…し…に……」

「……あ、あはは……」

「……ひゃあ!あ…ご…ごめんなさい…大丈夫なんですか…?アルダンさんは…」

「あ…うん…ただ眠ってるだけだから…」

 

アルダンのライバルにして大親友、そして寮の同室でもあるウマ娘、サクラチヨノオーである。忙しなく部屋に入ってきた彼女…であるが、気持ち良さげに眠るアルダンを目にして、これまた極端なヒソヒソ声で話し始める。

 

「あ、これヤエノさんの…ふふっ、完成したんですね…」

「うん、凄く集中してたから、疲れちゃったのかも……あ、そうだ、君にアルダンの事、任せちゃってもいいかな?僕がおぶっていくのは、何とも流石に、だからさ?」

「それならっ!あ……そ、それなら…お易い御用です…」

「ありがとう、助かるよ」

 

完成したハムスターを、手頃な箱の中にしまってあげてチヨノオーに託す。それにしても…編み物道具はしっかりと片付けてから眠ってしまったのか…それまで何してたんだろう、アルダン……

 

「アルダンさーん…ちょっと失礼しま…あ、あれ?」

「……………………」

「どうしたの?」

「あ、い、いえっ!」

「うん?それじゃあ、はい、これ荷物…ほんとに1人で大丈夫?」

「は、はいっ!お任せ下さいっ!それではさようならトレーナーさん!また今度!」

「う、うん?ああ、また今度……」

 

そう言い残すと、アルダンをおぶったチヨノオーはこれまた忙しなく部屋を飛び出して行った……転ばなければいいけど……

 

「…………ふう」

 

なんというか、ふんわりと疲れが湧いてきて、チヨノオーを見送った僕はそのままソファに座り込む。まだ、眠っていたアルダンの温もりが少し残っていて、背筋にじんわりと伝ってくる。

 

「………………」

 

ふと、トレーナー室を見渡す。いつも通りの殺風景な部屋に、空になった野菜ジュースのパックが二つ。静寂に包まれた、何とも侘しい光景である。

 

「……もっと、一緒に……」

 

……いや、やっぱり気が緩んでるな。気付けのために叩いた両頬は、ソファと同じ、じんわりと火照っていた。

 

 

 

----------

 

 

「………………」

「……アルダンさん、アルダンさん?もうトレーナーさん、いませんよ?」

「……ふふふっ、バレちゃいましたか?」

「そりゃあ、分かりますよ?ごめんなさい、お邪魔しちゃいましたね?」

「いえいえ…自分でも、やめ時を見失ってしまいましたから……」

「ふふっ…!あのアルダンさんでもそんなふうになっちゃうんですね?罪な人、ってやつですか?」

「もう…からかわないで下さい……」

「ふふふ…あ、体、大丈夫ですか?降ろしますね……」

「あ…待って、チヨノオーさん、もう少し、このままで…」

「……?」

「その…多分、今、私…あんまり人に見せられない顔になってしまってます…ので…その…」

「……ふふ、アルダンさんは、あったかいですねぇ……」

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