メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
シュガーソングとビターステップ
「トレーナーさん、クレープを食べに行きませんか?」
トレーニング用品や消耗品のあれやこれやを買い出しに来たショッピングモールにて、不意にアルダンに呼び止められて、振り返る。
「クレープ?いいよ?甘いもの食べたくなっちゃった?」
「実は先日、パーマーに誘われて初めて食べたのですが……ふふっ…」
「そんなに美味しかったんだ?」
「ええ、苺とチョコレートのトッピングで…それも美味しかったのですが、パーマーが食べていたアイスクリームが入ったものが…一口だけ交換したのが、美味しくって美味しくって……」
「ほうほう…」
クレープを分け合いっこする、名家のお嬢様二人…なんとも、絵になりそうな情景だなぁ……なんて、引っ張られそうになる思考を慌てて揺り戻す。
「と、いうわけで、今日はそちらの方もたっぷりといただきたいのです…付き合って、いただけますか?」
「もちろん、何種類でもご馳走してあげる」
「ふふふ…おなかを壊してしまいますので、今日は1種類だけ、お願いしますね♪」
鼻歌交じりで僕の二歩前を行くアルダンの、背中をいそいそと追いかける。しっかりと自立しているようで、その実甘え上手で乗せ上手、時々垣間見える彼女の『妹』らしい一面を目の当たりにして、なんだか、鼻の奥がヒリヒリとむず痒い気持ちになる。
「そのクレープ屋さんって、どこにあるの?」
「ちょうどここの外ですね、ワゴン販売しているお店で…あ、あそこです、見えますか?」
「ああ、あれか、随分並んでるんだねぇ」
「期間限定で、もうすぐ移動してしまうのですよ、なので最後の駆け込みで混んでるのでしょうね」
「ちょっと時間かかりそうだね、先、コーヒーでも買ってから並ぼうか?」
「あら、流石トレーナーさん」
青色の小さな可愛いワゴンの前に、わらわらと立ち並ぶ客の群れ。2、30分はくだらないと察知して、近くのコーヒーショップに駆け込んだ。香ばしい豆の香りが、じんわりと目頭を引き締める。
「ブレンドのS、ブラックで…アルダンは?」
「では、カフェモカのSを」
千円札を1枚取り出しつつ、ふと、前にこの店に来た時のことを思い出す。前はアルダン、ミルクティーだったな。その前は宇治抹茶ラテで、またその前はキャラメルラテだった。
「今日はカフェモカなんだね?」
「ええ、これから甘いものを食べるので、少し苦めのものがぴったりだと思いまして」
「へえ、色々考えてるんだ」
「トレーナーさんはいつもブレンドですね?お好きなのですか?」
「んー…まあどちらかと言うと反射で注文しちゃってるかな…並んでる時はあれこれ考えてるけど、結局レジに立つと何となくブレンドにしちゃってる」
「それは、十分好きと言ってもよいのでは?」
「そんなもんかな?」
「そんなもん、です」
腑に落ちるような落ちないような…まあアルダンがそういうのならそう、なのか?まあ、考えても仕方ないので、一端頭の片隅において置くことにした。それぞれカップを受け取って、えっちらおっちら、さっきよりやや長くなった気がする行列の最後尾に並び始める。
「ふふ、トレーナーさんの言う通りでしたね。飲み物があってよかったです」
「ほんとにね、あ、大丈夫アルダン?立ってるの、きつくない?」
「ええ、ご心配には及びません。それに、この感じ…うふふ…なんだかお祭りみたいで、ちょっと楽しくありませんか?」
「あ、た、確かに、そうかもね?」
僕の心配をも笑い飛ばすように、無邪気な笑顔を向けてくるアルダン。まるで花束みたいな、甘い眩しさを至近距離から浴びせられ、慌ててコーヒーの苦味で目元と口元を引き締める。
「…ブレンドの、ブラック…」
「ん?どうしたの?」
「うふふ…いえ、コーヒーを淹れるの、勉強でもしようかしら…と思いまして」
「へえ、そりゃいいね?ちょっと楽しそう…だけどなんでまた?」
「そうですねえ…半分は、以前から気になっていたので…ですかね?豆選びに、焙煎、少しづつ少しづつ研鑽して最高の一杯を作り出す…なんて、とっても楽しそうでしょう?」
「確かに確かに、想像しただけで絵になるなあ…して、もう半分は?」
「……もう、半分は…」
「???」
軽く咳払いして、前髪を整え直すアルダン。やや上目遣い気味の視線がなんとも…絵画のような煌びやかさに、暫し思考を止められ、無心で魅入られてしまう。
「好きだと、言って欲しいのです、貴方に」
「えっ」
「……うふふっ、だってトレーナーさん、何を食べても飲んでも、見ても聞いても、なかなかそれが『好き』だとは言わないでしょう?」
「…えっ?えー…えっ?えと…そう?」
…不意に、思わぬことを吹き込まれ、声帯からあらぬ音が漏れてしまう。こちらの気を知ってか知らずか、小悪魔の如くくすくすと笑みを浮かべるアルダンは、まだまだ流暢に言葉を紡いでいく。
「ですので、私がとびきり美味しいコーヒーを作って、そうしてトレーナーさんに言わせてみたいのです…」
「…?」
「……アルダンの淹れてくれるコーヒーが、一番好きだ!」
「……!?」
「……なんて、ふふっ、それこそ絵になると、思いませんか?」
「…………ふふっ、ふふふっ…えっ、えっそれ、ぼ、僕のマネ???」
「なかなか特徴を捉えてませんか?結構自身があったのですけど?」
「いや…ふふっ…僕そんな…そんな爽やかじゃないし…ふふっ…」
…これまた不意をつかれた迫真のモノマネに、なんか…なんかツボをつかれて…しばらく、二人で言葉もなく、ただただ顔を見合せて笑っていた。甘え上手で、乗せ上手。おまけにこんな愛嬌まで…なんとも、アルダンは僕が思ってる以上に、まだまだ計り知れない子なのかもしれないな…
「ふふふっ…なんて、少しふざけ過ぎましたけど、本当ですよ?トレーナーさん、本当に自分の好きな物の話、全然してくれませんから、寂しいです、私」
「ま、まあねえ…でもまあ、ちょっとは多めに見て欲しいな…ここ最近は、アルダンのことばっかり考えてるからさ…」
「…………」
「……アルダン?」
「…人間って、一日何杯までコーヒー飲めるのかしら?」
「アルダンさん!?」
「うふふふ……」
なんともペースを狂わせられっぱなしで…バツが悪くなり一口、もう一口とカップを口に運ぶ僕であった。
「そうですねえ…コーヒーを淹れるとなると、ただのドリップでは味気ないですね…サイフォン…トレーナー室のどこに置きましょうか?」
「あ、トレーナー室でやるつもりなんだ…」
「もちろん、淹れたてを飲んで頂きたいので♪」
「掃除しとかないとな…」
「是非とも、お願いします♪…しかし、まあ、なにもコーヒーでなくても良いのですけどね?食べ物でも、音楽でも何でもいい、トレーナーさんの好きな物、それがどうして好きなのか、私、もっともっと沢山知りたいのです。こんなに長く一緒にいるのですし…これからも、ずっと一緒なのです、そちらの方が絶対、面白いと思いませんか?」
「……ふふっ、確かに、ね?」
…ずっと、一緒、か。彼女の、いとも簡単に言ってのけたその一言に、少しだけ、ほんの少しだけ、胸が高なる。僕も、彼女のように、もう一歩だけでも素直になれれば……
『短くとも。儚くとも。ほんのかすかな光跡であろうとも。私は私自身の生きた軌跡を、『今』にひと筋、残したいのです』
ふと、彼女の言葉を思い出した。出会ったばかりの頃に聞いた、彼女の信念。
「…いや、簡単なんかじゃ、ないか」
「トレーナーさん?」
メジロアルダン。硝子のような脆い脚と、それをものともしない気高き心を持つウマ娘。彼女の『今、この瞬間』に拘るその強い信念は、何度も、何度も何度も何度も、僕を奮い立たせてきた。そんな彼女から零れ落ちた、『ずっと』という言葉。それがどれだけの覚悟を持って発せられたものであるのか、もはや言うまでもない。思わず、忘れかけていた感情がとめどなく湧き上がり、僕の胸を強く震わせる。
「…そうだなあ、昔さ、それこそトレーナー試験に合格する前だったかな?試験勉強でヘトヘトだった僕は、気晴らしに何の気なしに目に付いた喫茶店に入ってさ…」
「…ふむ?」
不意に、脈絡もなく、唐突に語り出した僕のことを、一際大きな瞳で、まるで読み聞かせをしてもらってる子供のように覗き込んで来るアルダン。本当に、どうして今なんだかよく分からないような些細な話なのだが、それでも、今、僕は彼女と話をしたかった。
「これまた何の気なしに、いつも通りコーヒーを注文して…当時はいつも普通にお砂糖もミルクも入れてたんだけど、大層疲れててね、どっちも入れずにそのまま飲んじゃったわけ」
「まあ…」
「一瞬、やばい!って思ったんだけど…そこのコーヒーがものすごく美味しくってさ?ブラックなのに雑味が全然なくて、濃い苦味の奥に、爽やかな風味を感じて……それから、ブラックも飲めるようになったんだよね」
「ふふふっ、まさに怪我の功名、ですね?」
「……今思えば、今まで飲んだコーヒーの中で、あれが一番…す、好き…だったのかも、しれないな…」
「………!!!」
本当にヤマもオチも無い、どこにでもありそうな普通の話。だけども、アルダンの瞳はいつになく、見てるこっちが焼き切れそうなほどの輝きを放っていた。
「…そのお店、なんというお店なのですか?名前は?住所は?」
「や、それがどうも記憶が…数年前の、だいぶ疲れてた時だし、それに美味しかったってのも、たまたま疲れてた時に飲んだからなのかもだし…」
「それでも、貴方が少しでも好きだと感じたものならば…私も、一緒に体験してみたいのです…貴方の好きな物ならば、きっと私だって、好きになれるはずなので…」
「……アルダン」
「それに、技術を盗ませて頂けるかもしれないので、ですね?結構本気なのですよ?コーヒー作りの勉強」
「ふふっ…そっか、そういうことなら、頑張って思い出してみるよ」
「是非とも、お願い致しますね?」
「うん………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……いや、今すぐには無理だから、ね?」
「そう…ですか……」
アルダンを窘めつつ、しかしまあ、言われた通りに記憶を探る…が、ううん……
「…正直、ここ数年の記憶が色濃すぎて、それより前の思い出って、思い出し辛いんだよなぁ…アルダンと会ってから、本当に色々あり過ぎて、ね?」
「まあ…それは、同感ではありますね…私も、トレーナーさんと出会ってから人生が何倍も濃く、濃縮されたような気がします」
「エスプレッソみたいにね?」
「まあ、お上手ですこと」
お上手かどうかはさておき、ふと、感傷に浸ってしまう。アルダンの言う通り、彼女と出会ってから僕の人生は、何十倍にも濃縮されたような気がする。きっとそれもまた、彼女に出会って僕自身の『一瞬一瞬』も、強く意識するようになったから、だろう。本当に、彼女には感謝の言葉しかない。が……
「まあ、アルダンの為なら頑張ってみるよ、コーヒー作り…に限らず、なにか新しいことを初めてみようって言うのは、それはとっても素晴らしい事だ」
「ええ、コーヒーを自分で淹れてみようだなんて、昔はそんな事思いもしませんでしたからね」
「本当に、ね」
ふと、あどけなく笑う彼女の姿を、まじまじと瞳に焼き付ける。客観的に見ても、出会った頃より数段…まあもちろん出会った頃ももう既に他の追随を許さぬ程の圧倒的なポテンシャルを秘めていたことは間違いないのだかそれはそれとして、出会った頃より数段美しい女性に成長したと、そう、感じる。それは間違いなく、彼女が人生をかけて、レース場で強敵達を相手取ることによって、その姿を世の中の人々の記憶に刻みつけるのだと、自らの生きた証を、ターフ上に遺すのだと、そんな信念の元、戦い続けた結果に他ならない。そして、間違いなく彼女ならば、まるで年月を掛けてより煌びやかに、より繊細に精錬されていく宝石のように、これからも『ずっとずっと』時を経て、その美しさを増していくことだろうと、そう思う。
だからこそ、そう、だからこそ。きっと、彼女は不本意に思うのだろうが。いずれ考えなくてはならないのだろう。彼女がターフを去った時、彼女自身に何が残るのか、を。ターフに全てを遺していく覚悟で、この世界に脚を踏み入れた彼女が、果たしてその場所から旅立った後、何を糧にして生きていくのか。彼女自身の思いの強さを考えると、最後のレースが終わった瞬間、まるで春に溶けゆく粉雪のように、誰にも看取られない場所で、忽然と姿を消してしまう…なんてことも、あながちないとは、言いきれない、だからこそ…
「お次でお待ちのお客様ー!どうぞー!」
「…あっ!?もう僕らの番!?」
「あら、うふふ…なんだかんだあっという間でしたね?」
……突然頭の中に響き渡る、甲高い声。見れば僕らの前の人だかりはすっかり姿を消し、青く小さなワゴンがすぐ目の前に迫っていた。
「さ、注文しましょうトレーナーさん?」
「あ、ええーと…どうしようかな……」
やたらと派手な原色使いのメニュー表に目を回しながら、やや霞がかった頭で内容を精査する。なんかこう…なんか無難に美味しそうなの……
「では私はアイスチョコバナナ、ホイップ追加で…トレーナーさんは?」
「じ、じゃあこの…ストロベリーチョコレートで」
咄嗟に、それっぽい感じのやつを指さして、千円札を2枚、バタバタと差し出した。慣れない所での買い物は、案外骨が折れる。
「…ふふっ、トレーナーさんもそれ、美味しそうだと思いました?」
「え?まあ…無難に良さげかなーなんて思ってさ…」
「ふふふ、分かりますよ、後ろに沢山並んでて、焦って無難な物を選んでしまうのは…それ、私がこの間食べたのと同じですから」
「あれ?そうだったの?」
「ふふふっ、やっぱりお揃いですね、私達?」
アルダンにすっぱりと思考を読まれて何となく気恥しい気持ちと、アルダンも焦って無難なの注文しちゃうんだなぁ、なんて想像して暖かくなる気持ち。ふつふつと湧いてくる相反した気持ちを抱えつつ、目の前で手際よく焼かれていくクレープを見つめる。
「お待たせしましたー!」
「わあ…これは確かに…」
「ね?美味しそうでしょう?」
「ふふっ、ありがとうねアルダン、こんなとこ、一人じゃ絶対行かないから」
「お礼ならパーマーに…いえ、ヘリオスさんかしら、最初に見つけてきたのは…まあ、細かいことはいいですね?早速いただきましょう?」
出来たてのクレープをそれぞれ受け取り、仮置きされてある簡素なベンチテーブルに向かい合って腰掛ける。気づけばすっかりと夕焼けが辺りを染め上げ、アルダンの美しい水色の髪も、情熱的にキラキラと瞬いていた。
「それじゃあ、いただきます」
「ええ、いただきます」
目の前の、じんわりと熱を発する甘味のかたまりを、思い切りよく歯をたてていただく。じわりとクリームが湧き出してきて少し焦ったが、なんとか器用に、口に放り込んでいく。
「……ん!これは…確かに美味しい…」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう?」
「甘みが程よくて、苺の酸味とよく合うね、生地も、もっちりしてて、意外と分厚くて…食感もいい、これだけ並ぶのも、納得だ」
「うふふ、どうです?これは…好き、ですか?」
「んー…好き、と、言えるかもしれない…言えないかもしれない…少なくとも嫌いでは無い、かなあ…」
「…なんですか?その微妙な反応?」
「だ、だってさ?そんな好きか嫌いかなんて、今までそう考えたこともないし…急に言われても…」
美味しいのは間違いない、間違いないけど…な、なんだその膨れっ面は…可愛いだろ、そんなの…
「だったら、はい、こちらも食べてみてください?」
「え?でもそれアルダンの…」
「美味しいですよ?ふふ、とっても…」
「あー…んー…あー…」
それ、君が口付けたやつ…とも言いづらい…真っ直ぐな瞳で見つめられて…これは…
「ふふっ…トレーナーさん?あーん……」
「…………あ、あー……」
これは…逆らえないなあ…
「……ん!?」
「……ふふ、どうですか?」
「これは…これ…は…」
「……うふふ」
暖かなクレープ生地のおかげで、アイスが程よく溶け、しんなりとした生地にバナナとチョコレートの甘みがもったりと絡みつき…うん…これは…
「…ん…好き…うん…これは、好きだ…間違いなく…!」
「………っ…!!ほんとう!?本当ですか!?」
「っ!ふふっ…なんでアルダンが喜ぶのさ…」
「あ…ふふっ…ふふふっ…な…なんででしょうね?」
赤らんた顔を覚ますように、よく味わわずにクレープを頬張るアルダン。あのアルダンがここまで目を回してる姿は…なんとも、本当に、なんだろうな、この気持ち…うん…
「…本当に、大好きだ…ほんとうに…」
「………あら、あら、まあ……そんなに、気に入りました?」
「あ、あ…ああー…まあ、まあね?」
「では、もう一口、どうぞ?」
「い、いやほら、アルダンが食べたくて来たんだから…」
「いいから、はい、どうぞどうぞ……」
「ちょ、むぐ…!アルダ…もごっ…!」
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「ふぅ…ご馳走様でした…」
「ご、ごちそうさま…」
破れた包装紙と、空のカップに向けて手を合わせる。クレープ、ほぼ1.8個ぐらい…なかなか、胃に来たが…まあ、美味しかったからいっか…
「いや、本当に美味しかった、特にアルダンのやつ…」
「ふふふっ、これを食べに来ましたから…それに、トレーナーさんも絶対に好きだと、そう言ってくれると、思っていましたよ?」
「あら?どうして?」
「私の好きなものだから、です」
「……そんなもん、かな?」
「そんなもん、です」
アルダンが言うのなら…まあ、実際好きだったし、納得しておこう。ぼんやりと、沈みゆく夕日を見送る。もうすぐ寮の門限かな、名残惜しさが、胸に残っていた。
「そういえば、さっき言ってたコーヒーの勉強するって…あれ、ほんとにやるの?」
「ええ、もちろん。しかし、まあ…流石にトレーナー室でやるのは、ご迷惑、でしたか?」
「……いや、いいよ、大丈夫、僕だってアルダンの淹れてくれたコーヒー、飲みたいからさ?」
「まあ…それでは、妥協はできませんね?」
ひとしきり顔を見合せて笑ったあと、今にも消えそうな太陽に、再び目を向ける。コーヒーの勉強か…なんにしても、そうだな。ターフを去った後のアルダンを、この世界に繋ぎ止めるものがひとつでも沢山ある、というのは…少しだけ、安心する。彼女の言う『ずっと』がどれほどのものなのかは分からないけど、願わくば、少しでも長く、長く続いてくれたらいいなと、そう思う。
「ふふ、僕は厳しいからね?なかなか納得しないよ?」
「あら?それは…是非とも、御指導お願い致します、ね?トレーナーさん?」
「レース以外は、専門外なんだけどなぁ…」
重い腰を上げながら、一言二言言葉を交わす。もうすぐなくなるなんてアルダンは言ってたけど、せめてなくなる前に、もう一回、一緒に…今度こそたらふく食べさせてあげたいな…なんて、一番星を見上げながら、そう、思った。
「……クレープ作りの練習もしようかしら?」
「ははは、それは…流石にトレーナー室以外でお願いね?」