メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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多少の痛みを伴う方が、多分、強く記憶に残るから。




Numbness like a ginger

豚肉に片栗粉をサッとまぶし、ごま油をひいたフライパンでじっくり火を通していく。その間に醤油、砂糖、酒、みりん。ちょっと多めにすりおろしたしょうがを混ぜ合わせて、タレを作っておく。肉から溶けだす脂の香りと、甘辛く仕上げたタレの匂いが混ざり合い、なんとも食欲をそそる香りが、既に厨房中に広がっていた。

 

「お皿、出しておきますね?トレーナーさん?」

「ああ、待ってていいのに……」

 

僕の制止も虚しく、鼻歌交じりでテキパキと食器を並べていくアルダン。やれやれと肩を上下させた後、再びフライパンの上の肩ロースに向き直る。両面をしっかりと焼き上げたあとは、いよいよタレを流し込み、しっかりと味を染み込ませる。熱されたしょうがのツーンとした辛味が鼻の奥を貫いて、我慢出来ずにしかめっ面を晒してしまった。アルダンに見られていなければいいけど……

 

「キャベツ、切りますね?」

「ほんと、いいのに、もう……」

 

僕の小言になんて見向きもせずに、淡々とキャベツを千切りするアルダン。もしかして、案外慕われていないのか?なんてうっすらと不安になりながら、火加減を調節ししっかりと焼き上げていく。いつの間にかキャベツが盛り付けられていた皿に、フライパンから引き上げた肉を丁寧に盛り付け、ついでにミニトマトなんかを脇に控えめに乗せてあげる。うん、見栄えは上々。かな?

 

「味噌汁、よそいますね?」

「あ……じゃあ、ご飯は僕が」

 

しゃもじだけは慌てて確保し、茶碗を片手に炊飯器のドアを勢いよく開けた。今度は炊きたてご飯の甘い香りが鼻の奥底までくすぐってきて、またしても眉間にシワが寄ってしまう。

 

「さて、と、出来たね。どうかな?生姜焼き?」

「はい、とっても美味しそうです……お腹が空いて来てしまいました……本当にお上手なのですね?」

「普段は、こんなに丁寧じゃないけどね?」

「ふふ、そんなことはないでしょう?」

「いや、ほんとほんと」

 

他愛ない会話を繰り広げる、土曜日、午後2時。それにしても、一角だけとはいえ、カフェテラスの厨房をこんなに簡単に借りることができるなんて……借りる方も貸す方も、相当なものだと、ぼんやり考える。

 

「この辺りで食べましょうか?」

「うん、それにしても、こんなに人がいないカフェテラスは初めて見たなぁ」

「土曜日の午後はいつもこれくらいですよ?静かで落ち着きますから、お気に入りなのです」

 

各々のトレーを机に置いて、やや背の低い木製の椅子に腰をかける。席なんてどこでも空いている訳だが、何故だか示し合わせたように、端の方、陽の光が差し込むいつもの小さな席に、僕らは根を下ろしたのであった。

 

「さて…なるほどなるほど…ふむふむふむ…」

「…あのー、ど、どうかした?」

「いえ…改めてですか、本当に美味しそうだな…と…トレーナーさんがここまでお上手だったとは…おみそれ致しました」

「やだなあ、そんなに褒めたってデザートくらいしか出ないよ?」

「うふふ、それも楽しみです」

「とにかくさ、冷める前にほら、食べてみてよ」

「ええ、ではご遠慮なく…いただきます」

 

一切れ、黄金色に輝く肉を口に運ぶアルダンと、内心気が気でない、落ち着きなくそれを見守る僕。それなりにやってきた料理だが、流石にアルダン程の本物の令嬢に振る舞うのは、初めてである。きっと、アルダンは優しいので、口に合わなくっても美味しいとは言ってくれる…言ってくれるだろうが……

 

「……………!」

「……ど、どうかな?アルダン?」

「………ふふ…ふふふっ…」

 

……なんて、僕の勝手な想像を知ってか知らずか、アルダンからまず返してくれたのは、とびきりの笑顔であった。なんだか、一気に肩の力が抜ける…意外と緊張してたんだな、僕。

 

「ふふ、ええ、美味しいです…凄く凄く…んん、美味しい、美味しい……」

「…ふふふっ、そんなに?」

「ええ…とっても…ふふっ…」

 

一口、また一口と、箸を進めるアルダン。ここまで語彙力の無い彼女の姿は初めてで、自然とこちらも、笑顔が零れてしまう。

 

「新鮮です、ここまでの濃い味付け…まるで舌が痺れてしまいそうだけど、でもお米の甘みで中和されて、旨みだけが残る……ふふふっ、病院食や普段の食事では味わえないですね、とても好きな…味わいです」

「しょうが、多めに入れてるんだ、おかげでお肉も柔らかいでしょ?」

「ええ、とても…ふふふっ…これなら、いくらでも食べてしまえそう…」

 

……生姜焼きにして正解だったな、と、何となく思う。口当たりは刺激的だけど、消化には優しい、身体もぽかぽかと温めてくれる。アルダンにピッタリだ。

 

「いやしかし、そんなに食べたかった?僕の料理?昨日の今日で、厨房まで借りてきちゃうなんてさ?」

「ええ、食べたかったですよ?トレーナーさんの作る料理は…きっと、絶対、美味しいと思っていたので…」

「なんだってそこまで…」

「お料理というのは、人間の心が現れますから。人の為に作る食事なら尚更、なので、優しくて丁寧で…私のことを誰よりも考えてくれる、そんなトレーナーさんの作る料理は、絶対に私好みの料理になると、そう思っていました」

「そこまで手間暇かかってる訳じゃないけと…うん、確かに、作っている間はずっとアルダンのことを考えていた」

「でも、意外でした。トレーナーさんのことだから、もっと私が今まで食べてきたような、マイルドで食べやすいものを作ってくると思っていたのですが……うふふ、いい意味で、裏切られましたね?」

「そこまで考えていた訳じゃないけど…でも、ちょっとだけ対抗心はあったかな?」

「というと?」

「今まで食べたもののなかで、1番美味しかったって、言ってほしかった、なんて、ほんの少しは思ってた…かな?」

「…ふふふ、大きく出ましたね?」

 

自分でも少し…大きく出過ぎたとは思うが…まあ、いいだろう。少なくとも思いの強さだけは、誰にも負けていない、それだけは、確かだ。

 

「でも…流石に1番とは言えませんね?ばあやの作ってくれるご飯には、流石に及びません」

「あ…ははぁ…ま、そだよね…」

「ええ…ですので、またいつでも挑戦させてあげますよ?いつでも待っていますから…ね?」

「…ふふっ、うん、また、いつでも作るよ、アルダンの為ならね?」

「ええ、期待してます…さあ、トレーナーさんも食べましょう?せっかくのお料理が冷めてしまいますよ?」

「ああ、そうだね……いただき、ます」

 

アルダンに促されるまま、柔らかく手を合わせる。さっきは半分ノリで言ったけど…でも、いつか本当に、アルダンの1番になれたら…それは本当に嬉しいなぁ…なんて思いながら、僕はそっと、箸に手をつけるのだった。

 

「……うーん、やっぱりしょうが、多すぎたな…」

「ふふふ、日々精進、ですね?」

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