メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「おいしいねえ……」
「おいしいですねぇ……」
「ね、ほんと、止まんなくなっちゃうねぇ……」
「止まらなくなってしまいますねぇ……」
爽やかな、晴れ間広がる、昼下がり。も軽く過ぎ去って。時刻はすっかりおやつ時。いつも通りの殺風景なトレーナー室で、いつも通り並んでソファーに腰をかけていたのは、もちろんこの僕と、彼女……我が担当ウマ娘、メジロアルダン。
「もみじまんじゅうかぁ。もちろん存在は知ってたけど、案外食べるの初めてかも?」
「ふふっ、私もです♪けれども、中の餡がなんともお上品な甘さで……」
「あら、早速気に入っちゃった?」
「ええ、もちろん♪次に広島へ赴く機会があれば、買い込んでしまいそうです♪」
彼女と僕が、一つ、また一つととめどなく口に運んでいたのは、言わずと知れた広島銘菓、もみじまんじゅうである。毎度おなじみ理事長の出張土産でいただいたこのお菓子。その優しい甘みはやはり僕の見立て通り、彼女が淹れてくれる優しい渋みのブラックと相性抜群なのであった。
「まあ、あの辺りは中央のレース場ないからなぁ、中々行く機会ないかもね?」
「あらあら、機会がないなら作ればよいでしょう?あの辺りは、どんな名所がありましたっけ?」
「ふふ、流石アルダン。なんだろう、広島、広島……ああ、厳島神社とか……あれ?」
「あら……?」
なんて、薫るコーヒーの香りに誘われ幸せな未来を想像する僕ら二人……に、突如降りかかる、不穏な暗雲。これは、まさか……
「もう、残り『一個』になっちゃった……アルダン、いくつ食べた?」
「私は四個ですね?」
「僕も四個……あんまり見てなかったけど、これ、九個入りだったんだね」
「………………」
「………………」
……先程までたっぷりと詰まっていた化粧箱の中身が、いつの間にやらすっかり寂しげになって。そこに残っていたのは、たった『一個』のもみじまんじゅう、なのであった。というか、なんで奇数個にしたんだ?三人用もみじまんじゅうってこと?
「………………」
「………………」
しかし『一個』か……まあ、ここは当然……
「アルダ
「ト、トレーナーさんっ!」
「ンッ……!?ん、んん?な、何かな?」
「その、ひとつ、ひとつだけ……わがままを言っても、よろしい……でしょうか?」
「……アルダン」
少しだけ頬を染めながら、おっかなびっくり言葉を紡ぐ彼女の姿を視界に入れて、まるでその熱が伝わったかのように高鳴る僕の胸。
あの彼女が自分からわがままを言ってくるなんて、もみじまんじゅう、よっぽど気に入ったんだなぁ。それに僕の事を『わがままを言っても大丈夫な人』だと、そう認識してくれているのがなんだかむず痒くて、けれどもそれ以上に、嬉しかったり。
「ああ、もちろん!わがままでもなんでも、言っていいよ?」
「……!ありがとうございます……!では、こちらのもみじまんじゅうを……」
「うんうん、まあそもそも別に、言われなくてもこの最後の一個は……」
「こちらのもみじまんじゅうを賭けて、『ジャンケン』で勝負いたしましょう♪」
「…………ん?」
あれ、なんか思ってたのと違うな。
「ん?え、何?ジャンケン?」
「ええ、ジャンケン♪泣いても笑っても聞きっ子なしの真剣一本勝負、です♪」
当惑する僕の視線を知らんぷりで、凛々しくこちらに握り拳を掲げてくるアルダン。そのなんとも熱々しいキメ顔に、思わず手にしたコーヒーを吹き出してしまいそうになるが……とりあえず冷静に、僕は返す刀で口を開く。
「いや、ジャンケンなんてしなくても欲しいならあげ「ストップ!ストップですトレーナーさん!それ以上言ってはいけません!」
「はっ、はいっ!?」
「ふう、危なかった……危うく貴方と『対等』ではなくなるところでした……」
「た、対等?」
「トレーナーさん、このもみじまんじゅう、とっても……とっっっても美味しかったですよね?ね?」
「う、うん?美味しかったね?」
「こんなにも美味しいものなら、一個でも多く食べたいなぁ……と、そう思いますよね?」
「ま、まあ、そうだね?」
「であれば……私と『ジャンケン』で勝負です、トレーナーさん♪」
「いや、だから欲しいならジャンケンなんてしなくて「勝負です、勝負ですよ?ね?トレーナーさん♪」
「……わ、わがった……わがっだがら……どりあえず手、退けよっが……?」
……開いた口に突っ込まれそうな勢いで、掲げた握り拳をこちらにぐりぐりと押し付けて、というかほぼ殴りつけてくる彼女……これがわがままの範疇なのかは甚だ疑問だが、とりあえず僕はなあなあと彼女を宥め落とす、と。
「ふふふっ♪ずっと憧れていたんです。『対等』なお相手と、こうしてお菓子やおもちゃを取り合って喧嘩するのを♪」
「ふ、ふむ?憧れ……るようなもんかな?」
これまた朗らかに、堂々たる風格を纏いながら自らの考えを言葉に尽くすアルダン。分かるような、分からないような……僕はふわふわと取り留めもなく宙に浮かび上がるその言葉達を、できるだけ聞き漏らさないよう耳を澄ます。
「ええ、ご存知の通り我が家は二人姉妹……けれども姉様は幼い頃から大人びていて、私などよりずっと達観していましたから。だから、家族の中で『子供』だったのは、ずっと私だけだったのです」
「……なるほど?」
「故に、昔から私は与えられるばかりで……喧嘩どころか、こうして何かを取り合いになるシチュエーションすら、私は経験した事がない。だから、今までそんな状況に、強烈に憧れていたのです」
彼女の言葉を耳に収め、すとんと腑落ちする僕の胸の中。そうだよな、きっと彼女の人生で本当に対等な相手ってのは、殆ど……
「確か一般的なご家庭では、おやつや夕食のおかずを取り合い、日夜血で血を洗う戦争が勃発しているとお聞きいたしました。互いの意見をぶつけ合い、時には騙し合い、脅し合い、いよいよとなれば実力行使……」
「流石にそこまでではないよ?」
「ふふっ♪まあ私も流石にそこまでする勇気はありませんが……いかがでしょう?どうか私と『対等』に、このもみじまんじゅうを取り合って、いただけませんか?」
「……まあ、そういうことなら。いいよ、泣いても笑っても聞きっ子なしの真剣一本勝負、ね?」
「……!ふふ、ふふふっ!ありがとうございます、トレーナーさん♪」
彼女の純真無垢な本音に触発されて、僕もまた、拳にぐっと力を込める。まあ、乗りかかった船だ、ここはひとつ僕も、久々に本気でやり合うとするか……
「………………」
「さて、それでは参りましょうか♪」
「……う、うん、そだね?」
……いやでもこれ、もし僕が勝っちゃったらめちゃくちゃ気まずい感じにならないか?対等と言われても、僕がトレーナーで、彼女が生徒なのは変わんないし。そんな感じで僕が勝っちゃっても、正直なんか可哀想で、味に集中出来ないというか……
そうだなぁ、こう、ちゃんとジャンケンもしつつ上手いこと僕の方が負けてあげられればいいんだけど……確かジャンケンの初手って、なんか無意識下に出しやすい手があるって聞いた事あるんだよな……なんだっけ……?グー……いや、パーだった気も……
「……ふふ、トレーナーさん?」
「んっ?どしたのアルダン?」
「宣言します……私は最初、『グー』を出しますね♪」
「えっ」
ああ、なんかまたややこしい事言いだしたぞ……
「えっ?そ、そんな事言っていいの?」
「ええ、もちろん♪これは絶対です、絶対に私は『グー』を出しますからね、トレーナーさん♪」
「あはは……それじゃあ僕は『パー』を出したら、絶対勝てちゃうね?」
「ふふ、トレーナーさんにその度胸があれば、ですけどね?」
ほんと、よっぽどこの状況楽しいんだろうなぁ……彼女が幸せそうでなによりではあるんだけど……
なんだっけこれ、確かこうやって宣言することで、三択じゃなくて『グー』か『グーじゃない』かの二択に相手の思考範囲を狭めるみたいな、そういう戦術があるんだっけ?相手の出す手を『グー』か『パー』に絞らせて、自分は安全牌の『パー』を出す……みたいな。
となると、それに負ける為に僕は『グー』を出せばいいんだよな。うん、いきなり宣言された時には面食らったけど、理解していればかえって先読みしやすくなったな……良かった、助かったよアルダン……
「では行きますよ?最初はグー!」
「ぐ、グー!ジャンケン……」
────本当に、そうだろうか?
「ポ
「ちょ!ちょっと待った!」
「あら?トレーナーさん、いかがなされました?」
「………………」
本当に、そんな単純な話でいいのか?相手はあの……『メジロアルダン』だぞ?
刹那、脳裏に浮かんだのは、ターフ上をトリックスターのように掻き回しながら走る、いつも通りの美しい彼女の姿、その記憶達。繊細な肉体を持つが故、相手の虚を突き柔を持って制するスタイルを主戦術とする彼女が……そんな簡単に解ってしまうようなブラフを撒くのだろうか?
「いや、そんなはずがない……アルダンに限って、そんなこと……」
「……っ、ふふっ……ふふふ……♪」
そうだ、これこそ彼女の罠に違いない……!
自慢ではないが、これでも彼女との付き合いはなんだかんだ長いこの僕。であれば、この程度の揺さぶりの意図は簡単に読めてしまう……と、言うことは間違いなく彼女自身も解るはずであるからして、つまり彼女は、更にその裏を突いてくる……!
すなわち彼女は、僕の『グー』を見越した『パー』を出してくるはず……
つまり、ということは、僕が出すべき手は……『チョキ』ということッ!!!
「……よし、おっけー完璧!待たせたねアルダン!いくよ!」
「ふふふっ、かしこまりました♪」
完璧な結論を脳内導き出した僕は、改めて真正面から、彼女のそのしたり顔に向かい合う。ふっふっふ……果たしてその余裕綽々な態度が、何時まで持つかな、アルダン……?
「それではいきますよ?最初はグー♪」
「グーーッ!……ん?」
「ジャンケン、ポ
「待った待った待った待った待った!?ごめんちょっと待って!?」
「っ……ふふふっ!ふふふふっ!もうっ?またですかぁ?トレーナーさーん?」
って!待て待て待て待て!なんでナチュラルに勝とうとしてんだ!僕のバカ!
「ふっふっふ……何がそこまで難しいのですかねぇ?私は『グー』を出すと、そうお伝えしていますでしょう?」
「わかった、わかったから、もうちょい待ってって!」
「ふふっ、はーい♪」
なんとも煽り性能の高い彼女の笑顔から目を逸らし、僕は自分の脳をガンガンと殴り倒す。とりあえず、落ち着け僕……逆だ逆、逆に考えればいい話だ。すなわち『チョキ』で勝ってしまうのなら、『グー』を出せばいいだけの……
あれ?『グー』?変わってなくない?『グー』って、最初に出そうとしてた手じゃん。でもそれじゃダメな気がして悩んでたはずだから、『グー』に戻ってくるのおかしくない?
ええと、ちょっと待てよ落ち着け?僕が最初『グー』を出そうとしたのは、当然彼女が『チョキ』を出すと思ったからで……あれ?彼女が『チョキ』を出すだなんて、一回でも思ったっけ僕?なんか記憶にないな?確か最初に彼女が『グー』を出すって言って、それで僕は……ああ、僕は負けなきゃいけないから、普通に考えたら『チョキ』を出さなきゃいけないけど、彼女が裏をかいて『パー』を出すんじゃないかって思って『グー』にした……んだっけ?なんかもっと複雑なこと考えてなかったっけ?ってかそもそも彼女はむしろ普通に勝とうとしてる訳だから、それで出すとしたら『グー』になる訳で……あれ、それじゃ宣言通りってことになるな?えっ?じゃあアルダンはどこまで考えて『グー』を出すって言ったんだ?自分が『グー』を出すって言ったら僕は『チョキ』を出すから、だから彼女は裏を突いてそのまま『グー』を出すけど、でもそれって別に裏を突いてる訳では無いし……じゃあほんとに裏を突こうと思えばその逆の『パー』を……
「はい!それではシンキングタイムは……あと5秒!です♪」
「……えっ!?ごっ、5秒!?」
「はい、ごー♪よーん♪さーん♪」
突然始まった運命のカウントダウンに、否が応でも掻き回される僕の脳内。お、おおお、落ち着け僕……!彼女は『グー』を出すと言ったんだから、僕は『パー』を……いや、『チョキ』の方がいいんだっけ?いや、やっぱ『グー』?
「にーい♪いーち…………」
「えっと、『グー』か?いや、やっぱ『チョキ』?ぱ、『パー』?ええと、ええと……!」
「ゼロ♪はい、いきますよトレーナーさん?最初は、グー♪」
「っ……ぐ、グー!」
え、ええい!なんとかなれーーーーっ!!!
「ジャン♪」
「ケン!」
「「ポン!!!!!」」
「………………」
「………………!」
薄目で見つめた視線の先、彼女の白樺のような美しい手が結んでいたのは……宣言通りの、『グー』。
そして、そして……
「っ、な、トレーナー……さん……!?」
「……えっ、ええええええっ!?」
……そして、僕の筋張った皺だらけの手が広げていたのは……そんな彼女の握り拳を包み込まんばかりの、盛大な『パー』なのであった。
「か、勝った?勝ったの僕?」
「なんということでしょう……まさかこの私の策が、見破られてしまう、だなんて……!」
「……やった、やったーっ!うわ!めちゃくちゃ嬉しいーー!!」
ギュッと拳を握りしめて敗北を噛み締める彼女と、両手を挙げて喜びを露わにする、僕。さ、最後はやけっぱちだったけど、まさか彼女に勝てるなんて……!こんなこと、こんなことって…………
……………
………………………
「ん、んんっ。失礼、悔しいものは悔しいですが、これは泣いても笑っても聞きっ子なしの真剣一本勝負。私も潔く、負けを認めましょう」
「………………」
「さあ、勝者の証のもみじまんじゅうです……どうぞ私の分まで、よーく味わってお食べ下さいね、トレーナーさん」
「………………」
「……トレーナーさん?」
いや、なんで勝ってんの僕???
「え、えーと。いいや、このもみじまんじゅうは、受け取れないよ、僕」
「えっ?そ、それはどうしてですか?」
何となくそれっぽい枕詞を並べ奉り、先程以上の頭の回転で次の言葉を探す僕。というか、ま、まずいぞこれは……なんかこう、ここから上手いこと誤魔化す方法は……
「それは……そう、僕は勝負には勝ったけど、戦いに、負けたんだ」
「戦いに、負けた……?」
「感服したよ、君のその『覚悟』には、ね。自らの危険を顧みず、宣言通り『グー』を貫き通したその勇気……負けたよ、完敗だ」
「……………………」
「…………ね?」
どうだ……?
「むう……」
ダメか…………
──────────────
ガラガラガラガラッ!
「押忍!アルダンさん!ヤエノムテキと……」
「サクラチヨノオーですっ!これから二人で併走するんですが、アルダンさんもご一緒にいかが……」
「いいから!早くお食べ下さい!勝ったのはトレーナーさんでしょう!?」
「いいや!僕なんかこのもみじまんじゅうに相応しくない人間なんだって!君が食べなよ!」
「そう言って……やっぱり貴方も私の事子供扱いするんですね!?」
「ぜ、全然そんな事ないから!ほらほら!いいから食べなって!こんなに美味しそうだよ!ほら!」
「うぐ……い、いいえ、食べません!絶対に、このもみじまんじゅうは貴方に食べていただきます!」
「な、なんですかこの奇っ怪な喧嘩は……?」
「さあ……?けれども、なんだか少し羨ましいです。こんなに『対等』に喧嘩ができる関係だなんて……ねっ?ヤエノさん?」
「ふふっ、確かに解らなくはありませんね?」
「なにおう?うぐぐぐぐ…………!」
「なんです?むむむむむ…………!」