メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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2026/5
魑魅魍魎マーチ


「……うーん、むにゃむにゃ……い、いけませんトレーナーさん、パスタは茹でると、意外とかさが増して……もう少し、もう少しだけ減らしましょ……トレーナーさ……」

 

…………ガタガタッ

 

「…………ん、んん……?」

 

ガタガタ……ドタンっ……!ドタドタッ!

 

「……!」

 

ドタドタッ!

〜〜!〜〜〜〜!

 

「こ、これは、一体……?」

 

 

──────────────

 

 

「それで最近、寝不足気味……なんだね?」

「は、はい……ふぁ……どうにもその物音が、気になってしまって……」

 

昼下がりのトレーナー室、目の下にバットコンディションを抱えた彼女……我が担当ウマ娘、メジロアルダン。大きなあくびを携えながら事の経緯を語る彼女に、僕はおずおずと一杯、眠気覚ましのコーヒーを差し出した。

 

「三日ほど前から、ですかね?寮の、私のベッド側の壁の向こうから、何やら激しい物音と声が聞こえるのです。それも決まって消灯時間後、日付を跨いだのちの時間に……」

「騒音問題かぁ……まあ確かにあの寮って結構古い建物だから、防音とかあんまりなさそうだもんね?」

 

トレセン学園の生徒達、そのほとんどが入居する、お馴染みの学生寮。確か彼女が暮らしているのは、ヒシアマゾンが寮長を勤める『美浦寮』の方、だったか。

 

「普通のマンションだったら、やっぱり大家さんとか管理会社とかへの相談になるんだろうけど……寮の場合ってどうなるんだろう?やっぱり寮長か、警備員さん?」

「もちろん既に各所相談したのですが、そんな音かしただなんて、誰にも信じていただけなかったのです……」

「信じて貰えなかったって、なんだそれ?アルダンは間違いなくその音聞いてるわけでしょ?」

「ええ、それはもちろん……まあしかし、これは寮の中での出来事ですので。トレーナーさんには、関係のないお話でしたね?」

「いやいや、そんなことないよ!」

 

目の前のコーヒーを健気にちびちびと啜りながら、なんとも申しわけなさそうに話を切り上げようとするアルダン。そんな彼女に、僕は慌てて待ったをかける。

 

「そんな調子じゃトレーニングにも、レースにだって影響出ちゃうでしょ?トレーナーとしてそれは見過ごせないし……それに僕個人としても。君が困ってるのなら、絶対にほっとけないよ」

「と、トレーナーさん……本当に、頼ってしまってもよろしいのですか?」

「ああ、もちろん!君のためなら、僕はなんだってできるから!ね!」

「……ふふっ?では、お言葉に甘えさせていただきましょうかね♪」

 

とはいえ、寮の問題に僕がどれだけ介入できるかは未知数だけど……

しかしまあ、乗りかかった船だ。第一、他人に迷惑をかけるような生徒がいるのならば、それを指導しに行くのだって一教育者として正しい行いであるはずだろう。僕はグッと拳に力を込めてから、覚悟を決めて、彼女の方へ強く向き直った。

 

「何はともあれ、まずは状況の整理からだ。その騒音について分かること、なんでもいいから教えてくれるかな?」

「そうですねぇ……音が聞こえるのはだいたい午前一時から四時くらい、いつも日の出前には止んでいますね?それと、音については何やら壁や床を叩くような音に、喋り声が少々。喋り声に関しては、誰かと会話しているわけではなく、独り言のような雰囲気でした」

「ふむふむ、独り言かぁ……」

「あと、何よりも不思議なのがですね?」

「うんうん」

「実は音の聞こえてくる方の部屋は空き部屋で、今は誰も居ないはずなのです」

「うんう……ん?」

 

 

おっと、なんか話変わってきたな。

 

 

「えっ?えっ……と?居ないの?誰も?」

「ええ。騒音を初めて聞いた日の朝、ヒシアマゾンさんに件の部屋を見せていただいたのですが、ドアも窓も、誰かが侵入した形跡は一切見られず……」

「あっ、あー、だから、誰も信じてくれなかったって」

「ええ、きっと夢でも見たのだろうと……けれどもそれは、やはり今も続いている。誰も居ないはずの部屋から聞こえる、不思議な音と、誰かの、声……」

 

爽やかな晴れ間が広がっていた窓の外に、突如立ち込める暗雲。にも目もくれず、彼女はただひたすら、淡々と事の全貌を明かし始める。ていうかこれ、もしかして、もしかすると……

 

「……やはり、どうしても私、気になるのです」

「あ、アルダン?改めてだけど、気になるってのは、それって、どういう……?」

 

「もちろん、彼、ないし彼女が、一体どの時代のどんな方なのか……そしてどうしてこの場所に『居憑いた』のか……ふふっ、気になって、夜も眠れません♪」

 

「あ、ああ、な、なるほ、ど、ね…………?」

 

屈託のない彼女の笑顔で、疑心は確信に変わる。そうか、これそもそも僕の認識が間違ってたんだな……というか。

 

騒音問題じゃなくて『心霊体験』だこれ!?

 

「あっ、と、なるとちょっと僕にはどうしようもないかもなぁー?いや別に全然怖いとかそういうことは全然全然ないんだけど全然ね?」

「トレーナーさん?」

「ほらその、トレーナーとしてね?人やウマ娘だったら真正面から注意できるけど、それ以外のもの相手ってなると、一トレーナーとして出来ることなんて、流石にないんじゃないかなー?っていうか、全然ね?」

 

……全然怖いという訳ではないが、とにかく僕は彼女に背を向け、全力ダッシュで逃げ帰る……かのように矢継ぎ早で言葉を並べていく。全然、全然怖いという訳ではないのだが、全然。

 

「ふふっ?いいえ、そんなことはありませんよ?貴方にだって出来ることはあります。それも、貴方にしかできない特別な役割が……」

「あ、アルダン……?」

「実はあの後、実際に音が聞こえた深夜になってから部屋を確認させていただけないかと、ヒシアマゾンさんや管理人さん、果ては理事長にも提案したのです」

「り、理事長にまで?」

「しかしやはり、いくら隣の部屋とはいえ深夜に学生一人で行動させる訳には行かないと、そう言われてしまいまして……」

「ま、まあ、そうだよね?」

「しかし、ひっくり返して考えれば?『学生一人』ではないのであれば……?」

「…………えっ?」

 

 

──────────────

 

「皆が寝静まって、ほかのウマ娘の往来のない午前二時から三時までの一時間だけ。立ち入りは廊下と、件の部屋のみ。とはいえ、無事承諾を頂けて良かったです♪」

「ま、まさか本当に許可が降りるとは……大丈夫かこの学校……?」

 

草木も眠る丑三つ時。高揚感か、緊張感か、はたまた罪悪感か……何かしらの要因で異様に高鳴る心臓を擦りながら、僕は彼女の背に張り付き、その廊下へと恐る恐る足を踏み入れた。

 

「ふふ、そうおどおどしなくても良いですよトレーナーさん♪理事長さんには、『実はトレーナーさんは霊媒師とデビルハンターの資格も取得している専門家で、今回の件には適任』だということで、話を通しておきましたから♪」

「やっぱもうちょっとしっかりした方がいいと思うな!この学校!」

 

という訳で、霊媒師でもデビルハンターでもないトレーナー専門職な僕は、我が担当ウマ娘メジロアルダンと共に夜の寮を進んで行く。しかしまあ、いくら正式に許可を得ているとはいえ、出来ればこのことは同僚達にバレないようにしとかないとな……一応……

 

「それで?霊の……じゃなくて、例の部屋ってのは一体どこ……」

 

 

ガタガタッ!

 

 

「ヴっ………………!!!」

「あら、全く不用心ですね?窓が空いて、すきま風が入り込んできていま……トレーナーさん?何故そのような所でうずくまっているのですか?」

「え………………?」

「………………」

「……そこ、ダンゴムシいた」

「まあ?こんなところに珍しいですね?」

 

別に、怖いという訳ではないが、不意に聞こえてきた物音に僕は廊下の隅へと転がり込む。ま、全く、別に怖いという訳ではないけど、ほんと、紛らわしいんだから……

 

ガリ……ガリ……

 

「ひっ……!」

「あら、窓の外で野良猫さんがじゃれあっていますね?ふふ、とっても愛らしいです♪」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

「ギャッ……!?」

「ふふ、あれはイナリさんとターボさんのお部屋ですね?今日もまた、芸術的ないびきです♪」

 

バクシーン……バクシーン……

マイルー……マイルー……

 

「ひいっ……!」

「向こうはバクシンオーさんに、こちらはアレグリアさんですね?何か楽しい夢でも見ているのでしょうか?」

「な、なんなんだこの寮……」

 

別に怖いという訳ではないが、生理的に喉奥から溢れ出かける声を、なんとか飲み込み続ける僕。入寮から僅か五分、ミイラ取りが何とやらの如く、僕の身も心も既に満身創痍なのであった。

 

「……ふふ♪」

「……アルダン?」

「あ、も、申し訳ございません、なんと言うか少し、楽しくなってきてしまって……トレーナーさんが真面目に付き合って下さっていると言うのに……」

「い、いやいや、それは気にしなくていいよ?しかし、楽しいかぁ」

「ええ、こうして真夜中に貴方と一緒に歩いていると……見慣れた寮の景色だと言うのに、凄くドキドキして、高揚感があって、何故だか凄く楽しいのです。もしかしたら、これが噂の『肝試し』というものなのでしょうか?」

「肝試し……まあ、似たようなもの、なのか?」

「家でも、病院でも、こんなに遅い時間に出歩くなんて、許された事ありませんでしたから……だから、今日はすごく新鮮で。ふふっ、やはり知らなかったことを新しく知れるというのは、何事にも変え難い喜びですね♪」

「今のこれも、許されてるかどうかは微妙なとこだけど……まあでも、それは凄く解るよ」

 

手にした懐中電灯の無機質な光。だと言うのに、それにうっすらと照らされた彼女のやさしい顔はまるで麗しの月に照らされているみたいで、思わず僕は本来の目的を忘れ、惚け見蕩れてしまう。確かにそうだな、この時間に見る彼女の姿もこんなに美しいだなんて。それを新しく知れただけでも、ここに来た甲斐が

 

ガタガタガタガタッ!

 

「あら、またすきま風……トレーナーさん?そんなところにもダンゴムシさんですか?」

「……うん、めっちゃ大物」

 

 

──────────────

 

 

「さて、こちらが件の部屋なのですが……」

「や、やっと着いた……長かった……」

 

息も絶え絶え、直線距離およそ百メートルくらいの道のりを、たっぷり十五分ほどかけて踏破した僕ら。辿り着いたのは、何の変哲もない木製のドアの前なのであった。

 

「とりあえず、アルダンは少し下がってて?大丈夫だとは思うけど、もし不審者とかいたら危ないから僕が先に入いいいいるるるるるねねねねねね?????」

「トレーナーさん?何やら震えすぎて扇風機みたいになっていますよ?」

「だだだだ大丈だだだだ大丈だだだだ大丈夫だよよよ???」

「ふふ、お疲れでしたら無理はなさらないでくださいね?私なら危なくなっても、すぐに逃げられますから♪」

「ああああっ、アルダン……」

 

僕の僅かばかりの静止を振り切って、ドアの前に立つアルダン。まるで旧友の元を尋ねるかのような朗らかな表情のまま、彼女はきっちりと三回ノックをした後、口を開く。

 

「夜分遅くに失礼致します、私、メジロアルダンと申します。今宵は是非、貴方とお話をさせていただきたく、馳せ参じました。よろしければ、こちらにお返事をいただけませんでしょうか?」

「……………」

「…………………」

「………………………」

「返事、ないね?」

「やむを得ませんね?少しだけ中の様子を覗かせて頂きましょうか。申し訳ございません、失礼いたします」

「き、気をつけてねアルダン……」

 

帰ってこない返事に、アルダンはゆっくりと慎重に、そのドアに付いた簡素なノブを回し引く。何の情緒も無くあっさりと開かれるその扉……で、あったが。

 

「─────!こ、これは!?」

「えっ?何っ?どしたのアルダン?」

「見てくださいトレーナーさん、これ……!」

「えっ!?な、なにこれ?荒らされてる!?」

 

そこに広がっていたのは、月明かりに照らされた、何の変哲もない寮の一部屋。ベッドが二対あって、テーブルと椅子も二対ずつ……

しかし、そのベッドの上。シーツも枕も踏み荒らされたかのようにぐちゃぐちゃと乱され、テーブルも椅子も、不自然にひっくり返ってしまっていた。

おまけにその床には……その輪郭達は暗くて上手く視認できないが、なんとも形容し難い『破片』のようなものが、所狭しと転がっていて……

 

 

『   タ  チ

 

      サ   レ   』

 

「ひっ……!?」

「こ、声?一体、どこから……?」

「あ、あああ、あるっ!あるだっ!あれっ……!」

 

声が聞こえて来たのは、月光の届かない部屋の隅。その方向へと視線を向けた僕ら二人を待ち構えていたのは、こちらを睨む紫色の鋭い瞳と、ギザギザと尖った狂犬のような牙なのであった。

 

 

ガラガラガラガラッ!

 

ボトボトボトッ……!

 

 

『イ  マ ス    グ  

 

   タチ  サ ル 

 

  ノ   ダ  ! !  !』

 

 

「ひ、ひいいいいいいっ!?あ、あれっ、人の指!?」

 

思わず耳を塞ぎたくなる金切り音と共に、更に床へと飛び散る謎の破片……いや、暗闇に慣れてきたこの目で見たそれは、単なる破片などではなかった。

割れた仮面に、白塗りの人形。鼠や虫の死骸に……人間の、千切れた指や眼球。見ているだけで身の毛がよだつような、おどろおどろしいその光景、口元を抑えることも忘れて、僕はその場に腰を着いた。

 

『ヴ ヴ   ヴ   ヴ

ヴ    ヴ  ヴ ! ! 』

 

「あ、アルダンっ……今すぐ逃げて……!」

「……いいえ、トレーナーさん」

「え、えっ?」

 

しかし、それでも彼女は。我が担当ウマ娘、メジロアルダンは一時もその暗闇から目を離さず、胸に手を置きながら、真っ直ぐに声を張り上げる。

 

「まずは、申し訳ございませんでした。私共の行いに何かお気に召さない部分があったのであれば、心より謝罪いたします」

「……アルダン」

「その上で、もし、もしよろしければ。貴方の身の上をお聞かせ願えませんでしょうか。この時代、この場所でお逢いできたのも何かの縁。もし貴方が何か、苦しみや怒り、怨みを抱えていて、そうしてこの場所に居憑いてしまったのであれば」

『……ヴゥ……ヴ』

「もし、それであれば……わがままかもしれませんが、やはり私は、貴方のことを知りたい。時間や空間を越えて、それでも残り続ける貴方の情念を、或いは、願いを。どうしても私は、知りたいのです。知ることで、貴方の力になりたいのです」

 

ただのひと時も逸らすことなく、前だけを見つめ続ける……僕も初めて知る、彼女の姿。そうか、君は本当に、僕の思っていた以上に、やさしいウマ娘、なんだな。

 

     ◆

 

『ふふっ?いいえ、そんなことはありませんよ?貴方にだって出来ることはあります。それも、貴方にしかできない特別な役割が……』

 

     ◆

 

……僕にしかできない役割って、結局なんなんだろうな。こんなに純真でやさしい彼女に、僕は一体、何をしてあげられるんだろう。

 

『ヴ、ヴゥ……』

「…………?」

 

『ウ ル サ イ !

  ウ ル サ イ !

 

 ア ッ チ ニ イ ク ノ ダ !』

 

「っ……ひゃあああっ!?」

「アルダン!っ……!」

 

アルダンの言葉を意にも介さず、その声はますます勢いを増していく。驚きのあまり足元がもつれ、その場によろめき倒れる彼女を見て……

 

見て、僕は。

 

ぼくは。

 

 

『モ ウ 

 コ ノ ヘ ヤ ニ 

   チ カ ヅ…………

 

 

 

「コラァーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

 

『ッ!ヒイッ!?』

「と、トレーナーさん!?」

 

入らない力を無理やり込めて、固まった喉を無理やり震わせて、僕は彼女の前へと足を踏み出して、思い切り、思い切り、思い切りその暗闇に向かって、力強く怒鳴りつけた。今の僕が彼女に何をしてあげられるか、なんてまだ分からないけれど。

 

けれど、そうだ、少なくとも彼女のその探求心を、そのやさしさを。

無為に踏みにじるような『理不尽』だけは、それだけは絶対に許してなんて、おけない。

 

「さっきから聞いてれば、なんだその態度は!君のせいで彼女は!アルダンはここ数日眠れてないんだぞ!下手に出てやったからって、つけあがるんじゃあない!!!」

『ヒ、ヒイイッ!?』

「怨みだかつらみだか知らないけど!無関係の他人に迷惑かけていいわけないだろ!こちとら一教育者なんだ!例え幽霊だろうが、人様に迷惑かけておいて見逃して貰えるなんて思うなよ!!!」

『ア、アワワワワ……』

「第一!なんで幽霊ってのはそう無駄に脅かしてくるんだ!言いたいことがあるんだったら、口で言え口で!だから嫌いなんだよ怪談とかホラーとか!陰湿過ぎるだろ!なんでみんな受け入れてんだよ!怒れよ!まず!」

「と、トレーナーさん?なんだか話が変わってきてないです……」

 

 

『ゴ……ゴ……ゴ……ゴ……』

 

 

「…………?」

 

 

「ごめんなさいなのだぁ〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 

「……え?」

 

 

──────────────

 

 

「……なるほど?溜め込んでたイタズラグッズを捨てられたくなくて、隠し場所を探して、それでこの部屋に辿り着いたってわけかい」

「そっ……!それはヒシアマが『全部捨てちまうぞー』なんて言うから……」

「そうとは言ってないんだよ!『共用の倉庫に仕舞うようなら、捨てられても文句は言えない』つって、自分の部屋に持ってくように言ったんだ!」

「へ?そうだったのか?」

「まったく、人の話はちゃんと聞けっていつも言ってるよな?『ウインディ』?」

 

騒ぎを聞いて駆けつけた、美浦寮の寮長ヒシアマゾン。そして、仁王立ちで睨みを効かせる彼女の前に小さく小さく膝をつく暗闇……もとい、『シンコウウインディ』。あんまりにもあんまりなオチに、僕の両膝もガクリと崩れ落ちる。

 

「まあ、見てくださいこの指、本物そっくりですねっ♪」

「目玉の方は……うーん、そうでもないな?暗いところで見ちゃったから、怖……じゃなくて、ちょっとびっくりしちゃったけど」

「っと、二人とも悪かったね?うちのきかん坊のせいで、余計な手間かけさせちまって……ほら!もっとちゃんと謝んだよ!」

「う、うう〜?まだ謝んないとダメなのか〜?」

「あ、ああまあ、僕にはいいよ?実際迷惑受けたのはアルダンだけだから、後はアルダンに謝りな?」

「あ、アルダン……ごめんなさいなのだ……幽霊騒ぎで話題になってるこの部屋なら、怖がって誰も近寄らないと思ったのだ……でもまさか、そんなにうるさくしちゃってるとは思わなかったのだ……」

「………………」

「……アルダン?」

 

「ばあっ♪」

 

「ヒッ!?」

「ウワーッ!一つ目お化けなのだ!?」

「ふふふっ?本当によく出来ていますねこのグッズ♪おひとついただいても?」

「アッハッハ!やるねえアルダン!その調子でもっとお灸を据えてやんな!」

「も、もうちゃんと反省したのだ〜!」

 

まるで水をかけられた猫のように、すっかりと大人しくなったシンコウウインディ。何はともあれ、霊媒師……じゃなくて、一教育者としての仕事は真っ当できた、のか?

 

「さてと、分かったらさっさと寝るよ!明日からしばらくは朝のゴミ拾い、手伝って貰うんだからね!」

「え、ええーっ!?許してくれたんじゃないのか!?」

「まさか!三日間も好き勝手してくれた分、きっちり働いて貰うからね!」

「ん?三日間?ウインディちゃんがこの部屋に来たのは昨日から……」

 

ガチャッ……

 

「……バア♪」

「ヒッ……!い、いいからもう、そのお面取りな?」

「ふふっ、はーい♪さてさて、これにて一件落着ですね?こんなにあっさり解決してしまうだなんて、さすが一流デビルハンター♪」

「それを言うなら一流トレーナーね?いやまあ、トレーナー業も一流なんかじゃ全然ないけど」

 

シンコウウインディが引きずられていき、すっかりと静寂が戻った部屋の中。窓の外から射し込む月光に照らされた、彼女のやさしい眼差しに、僕は思わず目を逸らす。

あんな状況でも、どんな相手でも、ひたすらやさしく、言葉を尽くして相手の事を知ろうとしていた彼女の前では、無為に反抗し、怒鳴り散らすことしか出来なかった己が、酷くちっぽけに思えて。やっぱり、僕は。

 

「……いいえ、貴方は間違いなく一流のトレーナーですよ。『貴方にしかできない役割』を、貴方は真っ当してくれたではありませんか」

「アルダン?」

「やさしさだけでは、何も成せなかった。やはり何かを成し遂げ、誰かの心を変えたいのであれば、相手よりもずっと『強く』なければならない、ですから」

「……!」

「あんなに凛々しいお声も出せたのですね?初めて知りましたよ?本当にかっこよかったです……ふふっ、貴方は間違いなく私の『夜』を守ってくれましたよ。強い強い、私の『ナイト』さん♪」

「……ふふっ?それってダジャレ?」

「まあ、こんなに早く見破られてしまうなんて♪」

 

まあ、彼女になんと言われても、やっぱり今の僕はそんなに強い訳じゃないけど。けどまあ、彼女の『やさしさ』と僕の『強さ』か。

 

改めて僕は、今度こそ強く強く、力いっぱいに彼女の元へと目線を送る。初めて知る、うつらうつらとまどろみの中へと入り込んでいく彼女の表情。その顔を知れただけで、今日のところは、よしとしよう。

 

 

「ふふふ……ふぁ……安心したら、すっかり眠気が……ふふ、今日はここで、眠ってしまおうかしら?」

「えっ、いやいやお隣なんだから、ちゃんと自分の部屋に帰りな……」

 

 

『   リガ  ト  』

 

 

「……ん?」

 

 

『  アリ  ガ  ト  ウ  

  ワ  タシ ノ  イバ ショ

   マ  モッテ  ク レ テ  』

 

 

「……………………」

 

 

『ゴ  メ ンナ  サ イ

モ  ウ ウルサ  ク シ ナイ ヨ 

 

  ズ ット ア ナ タノ コト

   

 ミ  テ  ル  カ  ラ  』

 

 

「…………───────」

 

 

バターーーーン!!!

 

「ふぁ……あらぁ……?トレーナーさんもおやすみ、ですかぁ……?ふふ、きょうはここでごいっしょに、ねむりましょうねぇ……?それでは、おやすみなさい……♪」

 

 

……そのまま明日の朝まで気絶してしまった僕。果たして誰にも見つからずに寮から脱出できたのか?

は、また別のお話……

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