メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
ハレ
「傘を、持っていきませんか?」
「え、傘?」
我が担当ウマ娘、メジロアルダン。彼女が放った言葉にちょっとだけ大袈裟に声を上げ、ちょっと大袈裟すぎたかなと首を傾げた僕。
それは分厚い雲の切れ間から、晴れ間が覗いた正午の事であった。
「えーと、あ、午後からは晴れるって出てる、け、ど……」
「あ、ああ、ええと……そうですよね?余計な荷物に、なってしまいますものね?」
「……ま、とはいえ備えあれば何とやら、だよね?ちょうど新しい傘も買ったばっかりだし、もっていこっか?」
「……ふふ♪ありがとうございます♪」
「別に、お礼言うとこでもないけどね?」
──────────────
「〜♪〜〜♬」
「あら、なんかご機嫌だねアルダン?」
「そうです?別に、ふつうなんですけどね?」
なんてことない買い出し、いつもの通り道。街に満ちた雨垂れの水溜まり、踏み抜き、リズムを刻む口。
虹か星のように煌めき放つその歌声に、僕の胸にもメロディーが宿る。
「それにしてもやっぱりその傘、可愛いよねぇ。真っ赤なのも、よく似合ってるよ?」
「ふふふ♪ありがとうございます♪トレーナーさんの傘も、よくお似合いですよ♪」
「そう?こんな綺麗な水色あんまり似合わないと思ってたんだけど、まあ、君が言うんなら間違いないね?」
例年より、わずかにカラッと乾いた梅雨景色。せっかくシーズン前に揃って買った傘も、トレーナー室の隅で味気なくパサパサになるばかり……の、はずだったけど。
「そうだ、せっかく持ってきたんだし、ちょっとだけひらいて歩かない?」
「あら?お空はすっかり晴れ模様ですが……」
「いいんじゃない?そんなにかわいいんだから、みんなに自慢しちゃおうよ?」
「ふふっ、それはナイスアイディアです♪」
いちに、さんの勢いで、彼女が手にしたパラソルは、晴ればれとした空を見上げる。
広がる水色にともる赤色は、まるで誰かの……具体的には彼女の耳にくくられた、お馴染みの飾りみたいで。硬い地面を踏み鳴らしながら、僕と彼女はそろって背を反り、それに見蕩れる。
「ふふっ、やはり傘というものはお外で見てこそですね?日に当たって、とてもキラキラして見えます♪」
「そうだねぇ、もしかしたら太陽なんて見るの初めてだから、彼女も喜んでるのかもね?」
「……ふふ、ええ、そうですねぇ」
「ん、アルダン?」
しゃんと張る傘に、当たる光。
その背に垂る影に、ふれるまなざし。
そのどちらもとびきり美しくて、ますますそれに見蕩れる僕。
空気は湿って、それもまた心地よく。
「……今更ながら、なのですが。いつも守ってくれているのですよね。傘たちは冷たい雨から、この私を。この子だけはやって来たばかりで、太陽どころかまだ雨も知らないけれど、それでも、いずれは」
「まあ、そうだね?」
「それに……傘だけではないですね?この身に降る雨から、私はたくさんのものたちに、一方的に守られてきた」
「………………」
「ふふ、どうでしょうね?今までの私は、そんなものたちにちゃんと『太陽』を見せてあげられていたのでしょうか」
「……そうだなあ」
踏み抜いていた水溜まりを、独りひっそりと見つめ直す彼女。揺らめく水面に、その表情が映る。
沈むその顔も、僕からすればまるでプリズム。消えかけのリズムを、不器用ながらも僕も刻む。
「ちょっとお行儀悪いかもだけど……よっ、と」
「あら?トレーナーさん、なにを……えっ?ほ、本当になにを???」
「見ての通り、傘をひっくり返してるんだよ、表を影に、裏を光に……わかるかな?君の傘たちって、きっといつもこんな感じなんだと思う」
「………………?????」
彼女にそろって僕も張らせた、水色模様のアンブレラ。上下内外、晴れと雨、光と影。空を見上げたパラボラみたいに、僕はそれをひっくり返す。
「……いつも見てるよ、太陽なら。表じゃなくて、裏側のほう、から」
「……!」
「どれだけ雨に濡れても、すぐそばにあったかく笑う太陽が居るから。だからきっと、その身を『張られた』彼女達にとっては、この世はずっと『晴れ』なんだ、と、思うよ?傘の気持ちなんて分かんないけど、少なくとも……」
「……ふ、ふふっ?」
天を向いた取っ手、地を指す骨組み。青空に向かって登る湿り気、七色に拡がる水溜まり。
太陽のような赤い頬を、ここであらわにした彼女。そしてそこをまんなかに、ひっくり返っていく広い世界。まるで傘をさしたかのように、僕の視界も覆っていく。
「ほんとうに、貴方は変な事ばかり考えますね?わずかばかり曇っていたのも、ばからしくなってきます♪」
「ははは……ま、それだけがちょっとした取り柄だからね?余計なお世話になっちゃうかもだけど、やっぱり君は、笑ってた方がいちばんいいよ」
「ふふっ♪本当に今日はご一緒できてよかったです♪備えあれば何とやら、ですね?」
「ね?持ってきてよかった、ね?」
相変わらずしゃんと帆と骨と胸を張る、凛々しいパラソル。春の気配が過ぎ去ったあと、湿り気と晴れが肩を並べる、極稀な季節。
刹那、やわらかな彼女の煌めきを食らった僕の心臓には、これまでで一番情熱的なリズムとメロディーが流れ出すのだった。