メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

2 / 146





2026/7
明日へ


[人類の進化]

『ヒトは、チンパンジーなどの類人猿と共通の子孫から枝分かれして進化したとされています。現在発見されている最も古い人類は、約七百万年前にアフリカで暮らしていた『サヘラントロプス・チャデンシス』。そこから約四百万年前の『アウストラロピテクス』を経由し、二百万年前には石器や火を扱うようになった『原人』が現れ、そして現在の人類の直接の祖先『ホモ・サピエンス』へと繋がっていったのです』

 

「ほえー、人の進化かぁ……もちろんなんとなくは知ってたけど、こう見るととんでもなく壮大な話だなぁ……」

 

まるで夜明け前のような薄暗い館内で、少しずつ背筋を伸ばしていく数体のスタチュー、そしてその脇のパネルに書かれた解説文をまじまじと見つめる僕。来る前はちょっと億劫だったけど、案外楽しいもんだなぁ……

 

「っと、いけないいけない、仕事仕事……」

 

という訳で本日僕は、学園の課外授業の引率として、地域一番の規模を誇る国立博物館にやってきていた。まあ、生徒の見張り役の人手として駆り出される、若手トレーナーにはよくある雑務である。

 

「なー、もう飽きてこねーかー……?こんなの見るくらいなら、駐車場に停まってたバイク見てた方がマシだぜー……」

「うるさいわね?別に好きにしたらいいじゃない……あ、ただし帰りのバスで頼んでも、レポート書くの手伝ってあげないから。わかってるわよね?」

「うっ、うるせーな!わかってるよ!」

 

「……うーん、まあ、案外大丈夫そうか?」

 

緩んだネクタイを締め上げ、辺りの生徒を見回してみる僕……であったが、まあ、そこは流石に名門トレセン学園生、皆なんだかんだ粛々と校外学習に勤しんでいるようで。僕もまた、呼吸と首元の隙間を静かな館内に解き放ち、再びそこらの展示品に目線を動かすのであった。

 

「お、これまた興味深そうな展示……ええと、なになに……?」

 

 

[ウマ娘の進化]

『ヒトとよく似た姿かたちのウマ娘ですが、昨今の研究で、実は類人猿とは全く異なる生物から進化したのではないか、という説も浮上しています』

 

「おっ、これは初めて聞く話だな?どれどれ?」

 

『その特徴的な耳と尾の形状、そして最新の遺伝子研究より、ウマ娘はサイ科やバク科などの『奇蹄目』に属する生物から進化したのではないかと目され、近年盛んに研究が行われています。こちらに展示されている模型が、ウマ娘の進化元とされている生物の想像図です』

 

「……うわっ!?なんだこの見た事ない生き物?」

 

パネルの指示通りに動かした目線の先、なんだかやたらと大きな生物模型の姿に、僕は思わず声を上げる。

た、確かに耳とかしっぽとかはウマ娘っぽいけど、その他はまるで似ても似つかないというか……なんかやたら首は長いし、図体に対して妙に脚は細いし、そもそも四足歩行だし……これ、ウマ娘というより鹿かトナカイの進化前なんじゃないの?

 

「いやでも、このトモの張りといい柔軟そうな足首といい、確かにウマ娘と同じくらい早く走れそうではあるかもなぁ……ほんとに変な生物だこと……」

「ふふっ、本当に不思議な生き物さんですね?一度ご一緒にレースを走ってみたいところです♪」

「ねー、本当に不可思議な……うわっ!?アルダンいつの間に!?」

 

そんな僕の隣に、これまた不思議と音もなく現れたのは……もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダン。まるで太古の昔から変わらない太陽のような笑みを携えて、彼女は僕に語りかける。

 

「実に興味深そうな展示があると思って近づいてみれば、何やら見覚えのある後ろ姿が見えたもので……ふふっ、課題のレポートのテーマは、これで決まりですね♪」

「ははは、ほんとどこにいても見つかっちゃうなぁ、僕……ま、それはそれとして確かに興味深いよね?君たちの祖先がこんな生き物なんて、とても想像がつかないよ?」

「しかしまあ、あまり言葉では説明できませんが……この立派なお背中、確かになんとなく見ていると安心する感じはいたしますね?」

「確かに、ちょっと自転車とかバイクみたいでなんか乗り心地良さそう、かも?」

「の、乗る……?」

「あれ?そういうことじゃなかった……?」

 

なんだかズレた話題の矛先に、二人して苦笑いを浮かべる。僕と彼女の間、呆れ返るほどよくある光景。まあ、言って別の生き物なんだから、ウマ娘にはウマ娘のものの見え方というものがあるのだろう。

 

「しかし確かに、この生き物の形は『人間と共に生きる』のにピッタリな形なのかもしれませんね?」

「人間と共に生きるのに、ピッタリ?」

「ええ、現存する生き物で例えるなら『ウシ』が近いかもしれませんね?畜産として育てられる傍らに、牛車を引かせて交通手段にしたり、農耕具を引かせて畑を耕したり……もしかしたらこの生き物も、太古の昔は人と共に、そういう風に生きていたのかもしれません」

「確かに、そうかもなぁ……しかし不思議なものだよね?ウシとか、あとヤギとかヒツジとか、その生き物がたまたま進化した形が、たまたま人間にとって都合のいい形になってたって、偶然にしては出来すぎてるよなぁって」

「ふふっ、まあ完全に『偶然』というのも早計かもしれませんね?少し『進化』というものについてお勉強してみましょうか?」

「は、はいっ!」

 

かけていないメガネをクイクイっと持ち上げ、持ってない教鞭をブンブン振るうアルダン。彼女の博識っぷりに僕も早速、目から生えていない鱗を落とす準備を始める。

 

「まずもって『進化』とは、世代を経る中で生物の特徴が変化していく事を指します。同じ個体の中ではなく、親から子、子から孫、孫から曾孫……と、何世代も何世代も重ねて形が変わって行くのが進化というものなのです」

「ああ、それはなんか聞いたことあるかも。ピカチュウからライチュウに進化するのって、あれは世代を越えてないからほんとは進化じゃなくて成長なんだ、って話だよね?」

「その通り♪しかし『生物が進化をする』ということは、実際は結果論に過ぎないと言われています」

「と、言うと?」

「例えば、キリンを例に見てみましょう。キリンは他の生物には見られない長い首が特徴ですが、元はウシと同じ祖先を持つ偶蹄目の生物なのです」

「あ、あれウシの仲間だったんだ?とてもそうには見えないけど……」

「彼らは元々ウシと同じように特別首が長い種ではありませんでしたが……彼らも個体差として、特別首が長めの個体や短めの個体がバラバラに存在していたのです」

「まあ、確かに同じヒトやウマ娘でも身長高かったり低かったり、耳が長かったり短かったりするもんね」

「ええ、そして彼らが生息域を広げ森林からサバンナへやってきた時、地上に草が少ないサバンナでの彼らの主食は、高い木の上に生えた葉となりました。そうなると……」

「……ああ!そうなると首が長い個体の方が、生きていくのに『有利』になるんだね?」

「そのとおり♪森林で生きていた時はあまり意味のない個体差だった首の長さが、サバンナではそのまま生存のしやすさに直結するようになったのです。そして、生存のしやすさはそのまま、子孫の遺しやすさに繋がるわけで……」

「あっ、なるほど!そのまま生き残った首が長めの個体同士で子供を作ると、子供もまた首が長くなりやすくなる!そしてそれを何十回、何百回と繰り返して……!」

「と、言うことです♪まあ生物の進化の仕組みや過程は諸説あるようで、これが正解だとは限らない訳ですがね?」

「さっすがアルダン、ほんとになんでも知ってるんだね?」

「ふふ、ここに来る前に向こうの方のパネルを先に読んでいて良かったです♪」

「あ、そ、そう……まあでも、それを噛み砕いて説明できる力もあるからね?」

 

かけていないメガネを颯爽と外して、照れ隠し舌を出しておどけてみせるアルダン。用意していた鱗の代わりに、僕も目尻を落としながらその様に見蕩れ落ちる。

 

「……って、なるほど。それに照らし合わせて考えてみれば、ウシやヒツジとかは『人間に都合のいい形の個体』の方が生きていくのに有利だった。人間に守ってもらえるから」

「それだけとは限りませんが……少なくともそうでなければ、今日の大繁栄は無かったでしょうね?」

「逆に言えば、人間が彼らを必要としなくなってしまえば……って、ちょっとゾッとする話でもあるけどね」

「まあ、彼らにとっては果たして何が幸せなのか……というのは、私たちには理解し得ないところもあるのでしょうけど」

 

夜明け前のように薄暗く静かな館内、彼女の暖かくも冷たくもないフラットな声が小さく響く。この地球約四十六億年の壮大な歴史の一端に触れた後、一周回って僕らが帰ってきたのは善悪や功罪の話ではなく、目の前のこの生物のこと。

 

「それで言うと、この生き物はどうなんだろう?明らかに人間に都合のいい姿かたちのように見えるけど……でもその姿を捨てて、今では『ウマ娘』という姿を取っている」

「何故でしょう?一体私たちのこの身体の、どの辺りが生きていくのに『有利』だったのでしょうね?」

 

『ウマ娘』、この星に住む不思議な不思議な生き物。どこから来て、どこへ向かうのか、そのひみつは、誰にもわからない……

なんていう風に野暮な思考は取っ払って、なんとなく生きていくのは簡単なんだろうけど。

 

「まず大きな違いとして、四足歩行から二足歩行になってるよね?そこにはどんな優位性があるんだろう?」

「そうですね?人間と同じように考えれば『手で物を扱える』ようになるのが、一番大きな違いでしょうね?そしてその事が脳の発達を促し、言語を扱える要因になったとも言われていますし……」

「手で物を扱う、言語を話す……人間と同等のコミュニケーションを取れるようになりつつ、その脚力と聴力を維持する。一見すると、単純な『上位互換』のように見えるけど……」

「しかし、この生き物はサバンナの草食動物のように目が横についていて、視野は私たちより広そうな気がしますね?私たちの視野は人間と全く同じで、真横や後ろまでは見えませんから」

「ええと、サバンナの草食動物が背後まで見えるのは、肉食動物に捕まらないようにだっけ?となると、この生き物の元々の生息域はウマ娘とは違っていたってことになるよね?」

「全方位を見渡さずとも暮らせるようになった、なおかつ食物も植物だけでなく、肉や魚なども含め雑食になった……となるとやはりウシやヒツジと同じように、この生き物もヒトに適応する形で、ヒトの営みありきでウマ娘の形に進化したという風に考えて良いのかもしれませんね?」

 

二人、肩を並べて目の前の彼、ないし彼女の姿をまざまざと仰ぎ見る。けれどもその目線はその身体を通り越して遠い遠い過去……ないし別の世界。どちらにしても、僕らには本来関係のない場所まで進んで、進んで行く。その道のりは、まるで四十六憶年間、明日を目指して回り続ける地球のよう、といえば流石に大袈裟か。

 

「だけどそれは、ある程度野生の部分を残したウシとかと違って、完全に『文明』に絡んだ形で進化している。故に人間と同じで、『文明に依存』してしまっているとも捉えられるのかな?」

「確かにそうですね?私たちは知性を備えた分、ウシやキリンのような強靭さを失ってしまっている。もしかしたら、貴方がた人間が作ってくださった文明がなければ、私たちウマ娘は存在すらできない……のかもしれませんね?」

「…………うーん」

「……トレーナーさん?」

 

進んで、進んでいった先。ちょっとゾッとした感覚を覚えて、僕はほんの少しだけ足を止める。日没前のように薄暗く静かな館内、次の言葉を、彼女に、『ウマ娘』にかけるべき言葉を、探して僕は彷徨う。

 

「何か、私に聞きたいことでも?」

「…………!」

「聞きたいことがあるのなら、何なりとおっしゃってください?それができるのが……できるようになるまで『進化』を繰り返したのが、今の『人間とウマ娘』なのですから」

 

まるで夜闇に灯る炎のように、輝いて見えた彼女の瞳。それを導に、僕も一歩、明日の方へと足を踏み込む。

 

「君にとっては、この進化は……『この生き物』じゃなくて『ウマ娘』として生まれたことは、幸せなことだったの、かな?」

「さあ、分かりませんね?こうしてたくさんの人と話して、営みを共にして。楽しいことも沢山ありますが、その分辛いこと、憂鬱なこと、思わずうんざりしてしまうようなことだって沢山ありますから」

「……そっか、そうだよね」

「だから……貴方次第ですよ、トレーナーさん?私が幸せになれるかどうかは……『ウマ娘』が幸せになれるかどうかは、それを生み出した『人間』にかかっている。なんて、私はそう思います」

「人間に?」

「ええ、貴方たちが自らの行いに絶望してその活動を止めてしまえば、ウマ娘だって共倒れですし……逆に、貴方たちがいつまでも、明日へ明日へ向かって歩き続けている限り、きっとウマ娘は、貴方がたが拡げてくれた世界の中で自由に走り回ることができますから♪」

「……ふふっ?まあ、そうだよね?人間を追ってここまで来てくれたんだもんね?人間だって、追われるに値する存在に『進化』……いや、この場合は『成長』し続けないといけないよね?」

「ええ、是非とも♪いつか貴方が語ってくれたように、日本一、世界一……いつかの未来で、是非とも私の事を宇宙一のウマ娘にしてくださいね?」

「ああ、望むところだよ!」

 

あんまりにもスケールの大きすぎる、彼女の明日への展望……けれど、それだってきっと夢物語じゃない。火を起こし、夜を照らし、海を越え、空を飛び、そうして進化してきた僕らなんだから。

並びあって向かい合う『ホモ・サピエンス』と『その生き物』のスタチュー。そしてその更に一歩先で、触れ合った僕と彼女の手のひらと手のひら。進化の最先端で混ざりあった僕らのこの交わりは、果たしてこれからどんな進化を誘発するのだろうか。

 

再び夜明け前のような明るさを放つ館内から、明日の地球へと……

僕らの旅路は、まだまだつづく。

 

 

「……はいみなさーん?そろそろ帰りのバスの時間ですよー?レポートはちゃんと書けましたかー?」

 

「……え、えっ!?もうそんな時間ですか?どうしましょうトレーナーさん、貴方との話が盛り上がり過ぎて、レポート一文字も書いていませんでした……!」

「え、えええっ!?ど、どどどどうしよう!?と、とりあえずバスの中でまとめるしかないかな!?」

「え、ええ……ではその時は、ご協力お願いいたしますね?トレーナーさん?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。