メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
Moment
あくる日も
きみ見ぬままに
もみじ窓
「うーん、これは……才能アリ!」
「ふふっ、ありがとうございます♪」
放課後、いつものトレーナー室。知らず知らずのうちに秋色に染まっていた窓の外を見つめながら、彼女は……我が担当ウマ娘メジロアルダンは、煌めくような笑顔と小さな短冊を同時にこちらに向けてきた。
「『貴方が通りがかるのを期待して毎日窓の外を見つめていたけれど、結局見つからないまま、紅葉の季節になってしまった』という意味合いで詠んでみました♪」
「少し切ない雰囲気の句だけど、秋って季節にピッタリで、すごくいいと思う!少し古風な言い回しなのもアルダンらしくて、ものすごくいいなぁ……」
「ふふ、あまり意識していませんでしたが、きっと無意識に百人一首をイメージしていたのかもしれません。恋愛チックな内容なのも、そうですね?」
「ああ、やっぱり好きなものを想えば、無意識にその良さが滲み出ちゃうもんなのかな?何はともあれ、これでようやく課題も完了だね?」
「ええ、クラスで発表するのが楽しみです♪」
なんでも、現代文の授業の一環として俳句の発表会があるとの事で、ここ数日登校する時も放課後も、トレーニング中すら筆ペンに短冊と行動を共にしてきたアルダン。凝り性でややのめり込み癖がある彼女の事、少しだけ心配だったけれど……自分でも満足いくものが詠めたということなら、まあ結果オーライか。
「それにしても、俳句かぁ……たった十七語で美しく意味を込めなきゃいけないのって、何気に凄く難しい芸術だよね?」
「そうですねぇ……ページ数やキャンバスのサイズにあまり決まりのない小説や絵画と違って、決められた枠の中で自分らしさを表現するというのは、やはり相当難しかったですね?名だたる俳人達の偉大さ、身をもって感じました」
彼女と取り留めのない会話を繰り広げながら、僕は机の上に綺麗に整列させられた真っ白な短冊のひとつを手に取り、窓の外から射し込む光にかざしてみる。僕の両手に収まるほど、小さな小さな四角形。こんな小さなスペースから、あれほどふくよかな情景を映し出す、なんて……
「……………………」
「……ふふ、けれどもこうして周りの風景と本気で向き合うのは、案外とても楽しい時間でした♪ですので……少しでも気になるようでしたら、トレーナーさんも是非、ね?」
「えっ?えー?どうだろ、僕もアルダンみたくできるかなぁー?」
「ふふ?はいはい、どうぞどうぞ?」
……と、言いつつも僕は彼女から差し出された筆ペンを早速手に取り、どこぞの文化人の肖像の如くしばし顎に手を置いた。たった十七語、されど十七語。かつての僕ならいざ知らず、数年に渡って彼女の美しい言葉遣いに触れてきた今の僕のセンスならば、案外スマートに名句が詠めたりなんたりしちゃったりして……
「………………………………!よし!できた!」
「あら?もう完成したのですか?」
「ふふ、まあね……?せっかくだし、君と同じテーマで一句、詠んでみたよ?」
「ふふふっ?それにその表情、余程自信がおありなのですね?本当の才能アリはトレーナーさんの方かもしれません♪」
「いっ……いやー?べっつに?そんなでも全然?全然ないけどー……?でもまあ、とりあえず見てみてよ?」
という訳で、鮮やかにスパンと一筆をしたため、墨色に染まった短冊を、桃色に染まる彼女の表情に向けて差し出す僕。いやー、本当、別に自信があるって訳じゃないけど?自信がある訳じゃないけど、案外、案外ね?
「ええ、了解です♪どれどれ……?」
赤き窓
それはまさしく
「ひぃっ…………!?」
……まるで死の季節を先取りしたかのように、一瞬にして顔中を真っ青に染め直すアルダン。地獄の底を覗き込んだが如きその鬼気迫る表情に、さしもの僕でさえ、その感情の何たるかは容易に推し量る事が出来たのだった。
「……今、僕の事怖いって思った?」
「えっ……い、いえいえいえ?そんなまさか、こ、怖いだなんて、そんな、トレーナーさんの事を……」
「その、いいよ、別に気使わなくても?」
「…………………………その、ちょっと、ちょっっっとこの句は、いくらなんでも、その……壊滅的、と言いますか……」
「壊滅的」
「なんというか、才能の有無以前の話と言いますか……そうですね、例えば百点満点で点数を付けるとするならば……『
「百点満点中の、
僕はそっと、その霞のように軽い短冊をひとまず机の上に置いて、五体投地で天を仰ぐ。甘えや妥協を許さぬ、彼女らしい評、とはいえ……そこまで、そこまでなの、か……………
「ち、ちなみにさ、この句のどの部分が、ちょっと……あれだな〜って感じ、する?」
「どの『部分』が!?!?!?」
「えっ、僕今、そんなにびっくりすること言った?」
「い、いえ、申し訳ございません取り乱してしまって……ううむ、部分、部分……?この中から、どこかをピックアップしろ、と……?」
「いや、むしろ悪いとこなんてないって言うんだったら、それはそれで「そんなことはありませんので、ご安心くださいトレーナーさん」
「は、はい……」
真後ろに転げ落ちそうな身体を、なんとかゆっ……くりとソファーに下ろしてから、しばし目尻と頭を交互に抱える彼女。そんな様に対して手も足も口も出ず、ただただ低みの見物を決め込む僕。煌めくような笑顔溢れていたはずのこのトレーナー室も、いつの間にやら光届かぬ
「ルビ?俳句に、ルビ……?それに中七の部分があまりに文字数の無駄使いすぎる……というより、そもそもどこが季語のつもりで詠んで……?」
「………………」
「ど、どこか手直し出来そうなところ、手直し出来そうな……ううっ……!ダメです、手直しなんてしようものなら、原型が一文字も残らなくなってしまいます……!」
「あー……ははは?あ、アルダン?その、難しそうなら無理して向き合わなくていいよ?ほ、ほらその、トランプ、トランプとかで遊ばない?」
「……かくなる上は!」
「あ、アルダン?」
「トレーナーさん!これから私と『感性』を磨きに参りましょう……!」
「……かん……せい?」
──────────────
カコーン……カコーン……
「おー、なんとも風流な音……あれってたしか、えーっと……シシゴラン、だっけ?」
「ししおどし、です。まあお名前はいいとして、確かに風流な音色ですね♪」
と、言うわけで。僕は早速彼女に引きずら……つ、連れられて、学園から一番近いメジロの保養所にやって来ていた。目の前に広がる、小規模ながら趣深い和風の庭園。残してきてしまった雑務のことも一旦忘れて、僕はその光景にまったり目と耳を向ける。
「そんでもって、ここも紅葉が綺麗だねぇ……風も穏やかで気持ちいいし、この軒先は木の香りが素敵だし、出してもらったお茶菓子も美味しいし……」
「ふふっ?流石トレーナーさん、早速良い感じですよ?」
「えっ?何が?」
「俳句は、なにも『見たもの』だけを描写するのではありません。聴覚嗅覚味覚触覚……五感全てで感じたものなんでも、この十七字に切り取り収めても良いのです……と、例えばこういった感じですかね?」
鹿おちる
音に揺れなむ
静ごころ
「……!そっか、なるほどね?」
「そしてトレーナーさんは、それを『感じ取る』ところはお得意でしょう?あとはそれを丁寧に整えて、この短冊の中に飾り付けるだけですよ♪」
「よ、よーし……今度こそ……!」
彼女がさらさらと、まるで気の向くままの散歩道のようにしたためた一句。それを瞳と胸の奥にしまい込んで、僕は手元に携えた短冊と、それに己が視覚聴覚その他もろもろと向かい合う。感じ取ったもの、なんでも、なんでも……
「……………………!できた!僕の感覚の全てを飾り付けた……一句!」
「ふふっ♪それでは早速、お願いします♪」
「おっけー!じゃあここで一句!」
竹カコン
紅葉きれいで
風・木・菓子
「風・木・菓子!?!?」
「あれ……?ああ、まあ確かに下五はちょっと分かり辛い感じになっちゃったかもなぁ……十七文字で五感を表現するのって、やっぱり難しいね?一感平均3.4文字だし」
「別に十七文字に五感全て詰め込む競技ではありませんよ?」
「あ、でも上五と中七は結構良くない?こう、情景が容易に目に浮かぶというか……」
「トレーナーさん、申し訳ございませんが私の記憶の中には『竹カコン』で浮かぶ情景は存在しませんね……仕方ありません、次!行きましょう!」
──────────────
「私とした事が忘れていましたね。トレーナーさんは良く言えば類い稀なほど五感が鋭く、しかしその分悪く言えば注意力散漫で妄想力も無駄に高く、そのせいで野放しのハムスターの如き超絶的な空回りの常習犯だったのでした」
「その分のあとの方が多くない?錬金術?」
「という訳でアプローチを変えてみましょう。今回はお題をこちらで決めてしまいますので、貴方はただ、そのひとつのテーマにひたすら深く没頭して考えてみてください?」
「なるほど?さっきは描写するものをひとつに絞りきれなかったから、なんか少し散漫な句になっちゃったからね?」
「まあ、百万歩譲歩して言えばその通りですね?という訳で、次の句のテーマはこちらにしましょう♪」
茶菓子を慌てて押し込んで、ふくよかな木の香り漂う軒先から名残惜しくも飛び出した僕とアルダン。そんな僕たちの、次なる目的地は……
「へぇー!これはまた、立派な松の木だ!」
「ええ♪この保養所一番の自慢である、一本松です♪」
秋空映えたうろこ雲を背景にして、雄大に大地に立つ、実に立派な一本の松の木。その堂々たる姿に、僕の心もまた否が応でも湧き上がる。
「しかし、この松の木だけがテーマって結構難しくない?他のものとか感情とかも、盛り込めないとなると……」
「あら、そんなことはありませんよ?例えば……うーむ…………こんなところですかね?」
巌松や
時風がつくる
鉄鎧
「おお!かっこいい!」
「ふふっ、ありがとうございます♪例えば『この木の皮、とっても硬そうだな』だったり『表面が傷だらけだし、凄く昔から生えているんだろうな』だったりなんて、小さな想像から言葉を紡ぎ出す事もできるのです」
「なるほど、対象を観察して芽生えた、小さな想像…………」
彼女のアドバイスをしかと耳にしまい込み、僕は目の前の立派な一本松にしっかりとピントを合わせ、向かい合う。
それにしても、本当に古い木だな。木の寿命って長いものだと確か何百年にもなるんだっけ?きっとそれだけの長い期間で沢山の人に出逢って、代が変わってもずっと大切に大切にお世話されてきたんだろうな……
「………………よし、できたよアルダン」
「あ、あらトレーナーさん、いつになく神妙な面持ちですね?これはもしかして、もしかすると……」
「ああ、そうだね。僕なりに、この木にまっすぐ向かい合って芽生えた思いを、そのまましたためてみたんだ」
「と、トレーナーさん……」
「そうだ、これが僕の気持ち、その全てだ」
~WOOD LOVE~
ひとつの大樹が
生む絆……
「……トレーナーさんの気持ちって、NHKスペシャルみたいですね」
──────────────
「ま、まさか自分にこれほど才能がなかった、だなんて……」
「こ、こちらこそ申し訳ございません……苦手なことを、強要させてしまうなど……」
「苦手なことだとは、思ってなかったんだけどね?」
その後も東奔西走、様々な場所で様々な句を詠みまくった僕とアルダン。しかし依然として僕の中に眠れる『感性』なるものは磨かれず……夕暮れに追われるようにして、僕たちはのこのことトレーナー室へと帰ってきたのであった。
「でも、なんだかんだ今日は楽しかったよ?君の素敵な句を沢山見ることができたから、さ?」
「……ふふふっ?あれ程風情あるものを沢山見たというのに、印象に残っているのは私の句の方、なのですか?」
「あれ?まあ確かに……なんだろうな、綺麗な自然や風景ももちろん凄く良かったんだけどさ?なんかそれ以上に……君には世界がこんなに綺麗に見えてるんだなーっていうのが、すっごく興味深くってさ?」
「……!なる、ほど……」
机の上に並べられたたくさんの短冊、その中に映し出された、彼女がいつも見ている世界の、ほんの一部達。僕の普段見ている殺風景な世界とは違う、実に色とりどりな瞬間達に、ただただ、目を奪われる。
「それに帰ってきてから気が付いたけど、やっぱり僕は、この部屋のこの景色が一番好き、なのかもなあって」
「この部屋が、一番好き?」
「うん、こうやってこの部屋で君と話してる、その瞬間が一番……どしたの、アルダン?」
「……申し訳ございません、トレーナーさん」
夕日に照らされた、赤き窓……からの反射光に目を瞑りながら、彼女はこちらにカコンと頭を下げる。その意図を読めぬまま、続けてカコンと小首を傾げる僕に向けて、彼女は続けて、小さく口を開いた。
「今まで私は『課題で発表する為の、良い句を』という想いに縛られて、最も大切な事を忘れていたのかもしれません」
「と、言うと?」
「俳句……いえ、芸術全ての基本中の基本……『好きなものを好きなように表現する』ということです」
「…………!」
「現に今日の貴方は、句の出来不出来に関わらず、とても楽しそうにしていました。技法や美しさになんて、囚われもせずに」
「……まあ、美しさや出来の良さだって重要な要素だと思うけどね?大切なのは、どちらも諦めず追求し続けること……なんて、それこそ僕も忘れてたんだけどね?」
「ふふ?私たちはこんなお話、一体何度繰り返すのでしょうね?」
机に雑多に並べられた、彼女の詠んだ美しい句、の隙間を埋めるように並べられていく、僕の楽しみ遊び尽くした奇妙奇天烈な句。ひとつの景色につきふたつずつ切り取られたその一瞬の光景達が煌めきあい、僕はしばし、目をはためかせるのであった。
「まあ、結局僕は今日かっこ悪いとこしか見せれてないし、いつかはまたリベンジしたいとこだけどね?」
「ふふふ……あら?それならばいかがでしょう?貴方が好きだと言った、この部屋の光景を句にしてみる……というのは?」
「えっ?この光景を?」
「ええ、ええ!やはり好きなものを想えば、無意識にその良さが滲み出てしまうものですから♪きっと今までで一番、楽しくて綺麗な句が詠めるはずです♪」
「なるほど……それは盲点だった……ちょっと待ってね…………」
「………………♪」
「この部屋の、僕が大好きな光景……五感を使って……それに集中して……………………よし!できた!!!」
「ふふふっ?ではトレーナーさん、お願いします♪」
「よーし!ここで一句!」
アルダンや
ああアルダンや
アルダンや
「ひ、ひぃいいっ…………!?!?」
「あ、あれぇ!?」