メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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2026/6
ハレ


「傘を、持っていきませんか?」

「え、傘?」

 

我が担当ウマ娘、メジロアルダン。彼女が放った言葉にちょっとだけ大袈裟に声を上げ、ちょっと大袈裟すぎたかなと首を傾げた僕。

それは分厚い雲の切れ間から、晴れ間が覗いた正午の事であった。

 

「えーと、あ、午後からは晴れるって出てる、け、ど……」

「あ、ああ、ええと……そうですよね?余計な荷物に、なってしまいますものね?」

「……ま、とはいえ備えあれば何とやら、だよね?ちょうど新しい傘も買ったばっかりだし、もっていこっか?」

「……ふふ♪ありがとうございます♪」

「別に、お礼言うとこでもないけどね?」

 

──────────────

 

「〜♪〜〜♬」

「あら、なんかご機嫌だねアルダン?」

「そうです?別に、ふつうなんですけどね?」

 

なんてことない買い出し、いつもの通り道。街に満ちた雨垂れの水溜まり、踏み抜き、リズムを刻む口。

虹か星のように煌めき放つその歌声に、僕の胸にもメロディーが宿る。

 

「それにしてもやっぱりその傘、可愛いよねぇ。真っ赤なのも、よく似合ってるよ?」

「ふふふ♪ありがとうございます♪トレーナーさんの傘も、よくお似合いですよ♪」

「そう?こんな綺麗な水色あんまり似合わないと思ってたんだけど、まあ、君が言うんなら間違いないね?」

 

例年より、わずかにカラッと乾いた梅雨景色。せっかくシーズン前に揃って買った傘も、トレーナー室の隅で味気なくパサパサになるばかり……の、はずだったけど。

 

「そうだ、せっかく持ってきたんだし、ちょっとだけひらいて歩かない?」

「あら?お空はすっかり晴れ模様ですが……」

「いいんじゃない?そんなにかわいいんだから、みんなに自慢しちゃおうよ?」

「ふふっ、それはナイスアイディアです♪」

 

いちに、さんの勢いで、彼女が手にしたパラソルは、晴ればれとした空を見上げる。

広がる水色にともる赤色は、まるで誰かの……具体的には彼女の耳にくくられた、お馴染みの飾りみたいで。硬い地面を踏み鳴らしながら、僕と彼女はそろって背を反り、それに見蕩れる。

 

「ふふっ、やはり傘というものはお外で見てこそですね?日に当たって、とてもキラキラして見えます♪」

「そうだねぇ、もしかしたら太陽なんて見るの初めてだから、彼女も喜んでるのかもね?」

「……ふふ、ええ、そうですねぇ」

「ん、アルダン?」

 

しゃんと張る傘に、当たる光。

その背に垂る影に、ふれるまなざし。

 

そのどちらもとびきり美しくて、ますますそれに見蕩れる僕。

空気は湿って、それもまた心地よく。

 

「……今更ながら、なのですが。いつも守ってくれているのですよね。傘たちは冷たい雨から、この私を。この子だけはやって来たばかりで、太陽どころかまだ雨も知らないけれど、それでも、いずれは」

「まあ、そうだね?」

「それに……傘だけではないですね?この身に降る雨から、私はたくさんのものたちに、一方的に守られてきた」

「………………」

「ふふ、どうでしょうね?今までの私は、そんなものたちにちゃんと『太陽』を見せてあげられていたのでしょうか」

「……そうだなあ」

 

踏み抜いていた水溜まりを、独りひっそりと見つめ直す彼女。揺らめく水面に、その表情が映る。

沈むその顔も、僕からすればまるでプリズム。消えかけのリズムを、不器用ながらも僕も刻む。

 

「ちょっとお行儀悪いかもだけど……よっ、と」

「あら?トレーナーさん、なにを……えっ?ほ、本当になにを???」

「見ての通り、傘をひっくり返してるんだよ、表を影に、裏を光に……わかるかな?君の傘たちって、きっといつもこんな感じなんだと思う」

「………………?????」

 

彼女にそろって僕も張らせた、水色模様のアンブレラ。上下内外、晴れと雨、光と影。空を見上げたパラボラみたいに、僕はそれをひっくり返す。

 

「……いつも見てるよ、太陽なら。表じゃなくて、裏側のほう、から」

「……!」

「どれだけ雨に濡れても、すぐそばにあったかく笑う太陽が居るから。だからきっと、その身を『張られた』彼女達にとっては、この世はずっと『晴れ』なんだ、と、思うよ?傘の気持ちなんて分かんないけど、少なくとも……」

「……ふ、ふふっ?」

 

天を向いた取っ手、地を指す骨組み。青空に向かって登る湿り気、七色に拡がる水溜まり。

太陽のような赤い頬を、ここであらわにした彼女。そしてそこをまんなかに、ひっくり返っていく広い世界。まるで傘をさしたかのように、僕の視界も覆っていく。

 

「ほんとうに、貴方は変な事ばかり考えますね?わずかばかり曇っていたのも、ばからしくなってきます♪」

「ははは……ま、それだけがちょっとした取り柄だからね?余計なお世話になっちゃうかもだけど、やっぱり君は、笑ってた方がいちばんいいよ」

「ふふっ♪本当に今日はご一緒できてよかったです♪備えあれば何とやら、ですね?」

「ね?持ってきてよかった、ね?」

 

相変わらずしゃんと帆と骨と胸を張る、凛々しいパラソル。春の気配が過ぎ去ったあと、湿り気と晴れが肩を並べる、極稀な季節。

 

刹那、やわらかな彼女の煌めきを食らった僕の心臓には、これまでで一番情熱的なリズムとメロディーが流れ出すのだった。

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