メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
Agitato
「トレーナーさん、あやとりをしましょう♪」
「え?あやとり?」
「ええ、あやとりです。ささ、さっそくやりましょう、あやとり♪」
「え、えーと、でも僕あやとりのルールとかあんまり……」
「大丈夫ですあやとり♪あやとりなんて、フィーリングでなんとかなりますよあやとり♪」
「むご……わかったから紐でぐるぐる巻きにするのやめで……ぐるじい……がら……」
昼下がりのトレーナー室。鮮やかな赤い組紐を指先でくるくると回しながら、彼女は、我が担当ウマ娘メジロアルダンはこちらへと小悪魔のような笑みを浮かべてきた。トランプマジックの次はあやとりかぁ……彼女の自由過ぎるマイブームの数々、毎度毎度どこから影響受けてきてるんだ?
「ありがとうございます♪ではでは早速、そちらに座ってください?」
「うわ!いつの間にゴザなんて敷いてたの?」
「ふふふっ、雰囲気出ますでしょう?形から入るタイプなのです、私♪」
「それはとっくの昔から知ってるよ?えーっと、なんだっけ?二人であやとりするときは、こう、向かい合って交互に取っていくんだっけ?」
「ええ、片方がまず形を作って、その後もうひとりが糸を取って違う形にしていくのです。昨日の夜、部屋で一人練習していたのですが、これがなかなか奥深くって……」
というわけで、僕は誘われるがまま彼女の用意したゴザの上に足を揃えて座り込む。イグサ、いい匂いだなぁ……なんだかよく分からないまま流されちゃったけど、確かにこういうやさしい遊び、仕事の息抜きにはピッタリかも……
「……なんか、狭くない?」
「ええ……ゴザ、寮の倉庫を探してみたのですがこのサイズしかなくって……イナリさんから畳を借りてくれば良かったかしら?」
「い、いやいやそこまでしなくても……ギリギリ二人は座れるし、これでも大丈夫……」
ざっと1メートル四方のゴザの上に、膝と膝を触れ合わせながら彼女も座り込んでくる。流石に、流石に若干狭すぎる気もするけど、まあ、ちょっとあやとりするくらいなんだから、充分……
「……ふふっ、良かった♪」
「…………!!!」
─────かわいい。
「では早速……あら、トレーナーさん?」
「えっ?あ、あ、う、うん?どしたのっ?」
「いえ、今少し貴方の動きがぎこちなかったような、そんな気がして……」
「あ、あーいや?そんなことないよ?ほら、すっごく元気!」
「ふふふっ?元気かどうかは別にお聞きしていませんよ?」
「……!」
目と目が合う、およそ20センチ。超至近距離で真正面から浴びた、彼女のやわらかな、笑顔。
…………かわいい。
「ではまず私からですね?ふふ、練習の成果お見せいたしましょう……」
「………………」
まるで甘く蕩ける飴玉のように、てりてりと輝く瞳の、絶妙な上目遣い。長いまつ毛の間から反射するその輝きが、僕の脳髄を刺激する。入念に泡立てられたホイップのごとくきめ細かい純白の肌に、添えられたえくぼのココアパウダー。甘みの中にふと香る苦味は、まるで底知れない彼女のこころ、そのものみたいで。
「手始めに……はい、ちょうちょです♪どうです?かわいいでしょう?」
「あ、ああ、そうだね」
「はい、次はトレーナーさんの番ですよ?」
「あ、うん」
淡い色付きのリップで飾られたその唇も、窓の外から射し込む西日に照らされて、まるで蜜漬けりんごのようなしっとりとした光沢を纏って。そんな胸焼けしそうなほど輝いたパーツが、しかし奇跡的なバランスで混ざり合うマリアージュなその小ぶりな表情。本当に、どこをどう切り分けても…………
「あら?トレーナーさん、その形は……?」
「……んぇ?あれ、僕いつの間にあやとりを?」
「その形、もしかして文字ですか?ええと……『か』『わ』『い』『い』……まあ!」
「えっ?えっ!?なにこれ僕が作ったの!?」
……ふと気がつくと、僕の指と指の間に描かれていた『かわいい』の文字列……文字!?こんなのどうやって作ったんだ僕!?怖い!?
「ふふふっ、まさかこんなに粋な方法で感想をいただけるとは♪これは一本取られましたね?」
「えっと、粋っていうかなんて言うか……自分で作っといて言うのもなんだけど、あやとりで文字なんて書けるの?」
「どれどれ、ここは私も……えいっ、『流石ですトレーナーさん♪』と♪」
「あっ、できるんだね君も!?」
結んだ指先から、なんだか凄い文字列を錬成してみせるアルダン。よ、よかった……思わずあやとりで深層心理が出てきてしまったみたいだけど、なんかうまく誤魔化せたみたいだ……
「ふふっ、あやとりでコミュニケーションが取れてしまうなんて……こんな遊び方思いもよりませんでした♪」
「う、うん、僕もあんなふうになっちゃうなんて思いもよらなかったよ……」
「ではトレーナーさん、お次もよろしくお願いいたしますね♪」
「あ、う、うん……」
ひとまず僕は、彼女の手元から紐を一指ずつ抜き取りながら、頭を捻る。こ、今度は変な文字にならないように、ちゃんとあやとりに集中して……
「……ふふふっ♪」
「……!」
……必死に眉間へ皺を寄せる僕の顔を、ひょっこりと覗き込むアルダン。その表情、深く刻まれた二重まぶたに、黄金比のようになだらかに下がる目元。それら全てが先程とはまるで違う、サイダーのように刺激的ないたずらっぽい雰囲気を帯びていて……その爽やかさに、僕の思考も、泡となって弾けていく。
「……あら?今度は……?」
「え?あ、あっ!?また僕、勝手に!?」
「まあ!これ、もしかして私の似顔絵ですか!?」
「うわぁ!?ほんとだなにこれ!?僕凄くない!?」
……次に僕の指と指の間に刻まれていたのは、先程まで目撃していた、彼女のいたずらな笑顔の像なのであった。もしかして僕、あやとりの才能ある?
「まさか、即興でこんなサプライズを?トレーナーさんったら、本当に面白い人♪」
「あ、ああうん、全然自覚ないけど、もしかしたら僕あやとりで食べていけるかも?」
「ふむふむなるほど、ここをこうして……はいっ!私もできました、トレーナーさんです♪」
「あっ……君もできるんだ……」
世界初、プロアヤトリニストの夢を早々に打ち砕かれ。僕は改めておよそ20センチ、超至近距離で真正面から彼女の顔をまじまじと見つめ直す。今度こそ、今度こそ平常心で……
「さ、お次はどんなものを見せてくださるのでしょう?わくわく、ですね♪」
ああくそ無理!なんでこんなにかわいいんだこの娘は!目に入るだけで、彼女の事しか、考えられなくなる……!一体どうすれば……
どうすれば……
「……!」
「……トレーナー、さん?」
そうだ……彼女がかわいすぎてかわいすぎて、彼女の姿が見えるだけで集中できなくなってしまうというのなら……いっその事……!
「……ふう、ふんっ!」
「え、ええっ!?トレーナーさん、まさか、目を!?」
僕はそっと自らの瞳を閉じて、己が指先の触覚だけを頼りに、彼女の指先から紐を少しずつ、少しずつ取り始めた。簡単な話だ、彼女のその姿さえ見なければ、いくら近くたってなんの問題も……
「…………………………」
「す、凄まじい集中力……トレーナーさん、そこまであやとりのことを……!」
「…………………………」
……しかし、どうだろう?
彼女の魅力は、見た目だけなのだろうか?
いや違う、彼女は確かに他の何者をも圧倒する程のうるわしい姿を持っているが。しかし本当に美しいのはその精神性なのである。彼女の、その月の光のように思慮深く落ち着いた優しさと、陽の光のような貫き通す強さ。僕はそれに、これまで何度救われてきたことだろう。
けれども、彼女はそれに甘んじることなく常に変化し続ける。僕のことを見たこともない新しい世界に誘ってくれるのも、いつもいつも彼女だ。彼女のお陰で僕もまたいつだって成長できる。食べたことの無い料理、行ったことのない場所、まるで興味もなかったけん玉もトランプマジックもあやとりも、彼女のお陰で好きになれた。
……果たして僕は、そんな彼女にどれだけのものを返せているのだろうか。こんな僕では、まだまだまだまだ彼女に相応しい人間にはなれてなんかいないのだろうけれど。
けれど、けれども僕はいつか絶対に、彼女と肩を並べられるトレーナーになってみせる。その為なら、僕はどんな努力も惜しんだりしない。
だって、僕は、僕は君の事を心から……
バチィン!!!
「っ……!こ、これは、また、文字?」
「……………………」
「ええと、これは……『愛』『し』『て』……」
「うわーーーーーーーーっ!!!!」
「トレーナーさん!?」
……完成しかけた真っ赤な組紐を、慌ててぐちゃぐちゃに絡ませる、僕。その赤い糸は、まだもうちょっとだけ、結ぶわけにはいかない……だろう……から……
「ふふふっ?なんだかよく分かりませんが、貴方が途中で手を離したので、この勝負は私の勝ち、ですね♪プロアヤトリニストでも目指そうかしら?」
「あ、ああ……君ならなれるよ、きっと……」
「ふふっ?けれども貴方も素晴らしかったですよ?これから練習して、コンビのアヤトリニストとして世界を席巻いたしましょうか♪」
「は、はは……それもいいかもね?」
「そうと決まれば練習あるのみ、ですね?ではまた、私から……」
人の気を知ってか知らずか、相変わらずなんとも自由にこちらへ微笑みを向けてくる、アルダン……
しかし、なんだろうな。先程精神統一したおかげか、今度こそ落ち着いて彼女に向き合える、ような……
「ふふ、まずは……はいっ、トレーナーさんにハートマーク、です♡」
「………………」
「……トレーナーさん?」
「やっぱ、む〜〜〜りぃ〜〜〜〜!!!」
バターーーン!!!
「え、ええっ!?トレーナーさん!?わ、私なにか、なにかしてしまいましたか!?トレーナーさん!?トレーナーさーーーん!?」