メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
フレーズボトル・バイバイ
『街角調査!百人に聞きました!今日のテーマは……あなたの好きなウマ娘!』
「んっ?」
昼下がりのトレーナー室。相変わらず盛大に塵積もった仕事を、一人てんやわんやで片付けていた僕……であったが。作業用BGMとして適当に流していたお昼のワイドショー、その中でアナウンサーが発した言葉に、思わず作業の手が止まってしまう。
『連日大盛り上がりのトゥインクルシリーズ、その主役と言えばなんと言っても、強くて愛らしいウマ娘の皆さん!という事で本日は街頭の老若男女百人に『好きなウマ娘』のアンケート調査を実施しました!果たしてどんな結果になったんでしょうか?』
「………………」
ああ、まあ、俳優とかアイドルとか、よくあるよなぁこういうワイドショーのランキング……全く、ファン投票なんて宝塚と有馬で大々的にやってるのに、たった百人ぽっちに聞いてなんの意味が……と、いけないいけない。
忙しすぎてトゲトゲし始めた思考を心の中で宥めながら、『ウマ娘』という単語に反応して止めてしまった両手を、僕は再びせかせかと働かせ始めた。師も走り出す程忙しい季節、僕だって悠長に、テレビなんて見てる場合じゃ……
『ではまず三位は……こちら!スーパークリークさん!男女共に、特に若年層からの熱い支持を集めたこのウマ娘がランクインしました!海外から来られた方からの支持も厚かったようですね?』
「………………」
『続いて、二位のウマ娘は……タマモクロスさん!長い長い苦労の期間を乗り越えてその才能を開花させ、トゥインクルシリーズを盛り上げた白い稲妻がここでランクイン!』
「………………」
『そして!圧倒的な得票数で、見事栄えある一位に輝いたウマ娘は…………』
「………………」
『……こちら!オグリキャップさん!』
「……まあ、そりゃそうだ」
そのあまりにも順当過ぎる結果に、思わず独り言でツッコミを入れてしまう、僕。というかこれ、ほんとに百人も集めてアンケートしたのか?スタッフが想像で作ってたとしても、そんな変わんないような気もするけどな?
『地方レース場であるカサマツから這い上がってきたシンデレラストーリーが多くの人を魅力し、その得票数はなんと脅威の63票!まさしく今年を代表するウマ娘という事なんですが……』
「いやー、そう言い切るのはちょっと早計なんじゃないの?まだ今年も終わってないからね?」
『そんな彼女の今年出走したレースをこちらにまとめてみました!ご覧下さいこの勝率!一着一着一着……ずらーーーーっと並んでますね!』
「いやいや確かに凄いけど、でも彼女が出てないレースにも、名勝負は沢山あったし……」
『いや〜!ほんとに壮観ですねぇ!私もね、昔からレースをよく観てるんですが、彼女の強さは、まるでかのシンボリルドルフを彷彿とさせて胸が熱くなりますね〜!いや〜!実に懐かしい!』
「えっ?いやいやいや、シンボリルドルフとオグリキャップじゃ全然、全く違うでしょ。走法といいレース運びといい、むしろ似てる所の方が……なんで僕、こんな番組熱心に見てるんだ?」
再び自らの手が止まってしまっている事を自覚して、僕は冷静に、淡々と、リモコンの電源ボタンに指をかける。静寂が帰ってきたトレーナー室、ちょっと静か過ぎても落ち着かないけど、まあ、背に腹は変えられないか。
「はぁー……よし、仕事仕事!」
カップ半分残ったコーヒーを飲み干し、自らの頬を叩き、三たび僕は、我が指先を忙しなく動かし始める。うんうん、やっぱりある程度静かな方が、僕の性には合ってるかな。
「……………………………………」
──しかし、本当にこのままでいいのか?
「……ん?」
クリアになった僕の頭脳で、ふと考えたのは先程見た番組の事。
果たしてどうだろう、一位どころかトップ3にすら、彼女が……我が担当ウマ娘『メジロアルダン』がランクインしていないというのは……流石にやはり、おかしいのではないか?
「……いやいや、流石にそれは高望みというかさ。まだまだアルダンはこれからのウマ娘だから、だからまた来年も、再来年も頑張ればそのうち……」
と、それとなく口で誤魔化してはみる……ものの、やはり晴れやしない、僕の心にかかった濃く深い、霧。
あんなに、あんなに真面目で勤勉で努力家で、おまけに超絶的に愛らしい彼女の魅力が、未だ世の中に伝わっていない、なんて、そのようなこと……
「い、いやまあ、真面目で勤勉で努力家で、おまけに超絶的に愛らしいのはもちろんその通りだけど……でもまあ、ただのワイドショーのお遊びのアンケートだし、そこまで目くじら立てるようなことじゃ……」
……いや、やはりこれはおかしい。そうだ、今すぐテレビ局に抗議しに行こう。抗議して、それで今度はメジロアルダン特集番組を二時間程のスケジュールで作ってもらうのだ。うん、それしかないな、うんうん。というわけで僕は早速いつものデスクから立ち上がり、颯爽とトレーナー室から
「出ていかないよ!?仕事溜まってるって言ってるじゃん……えっ?なんで僕、地の文と言い争ってんの?」
そうだ、せっかくだし帰りにわた……アルダンにお土産を買っていこう。そうだな……あっ!それなら駅前に新しくできたケーキ屋さんの、和栗のモンブランにしましょう♪先日から、ずっと食べたいと思っていたんですよね♪
「もう隠す気ないじゃん!出てきなさい大人しく!」
ふふっ♪バレてしまいましたか?」
と、なんとも白々しく舌を出しながら現れたのは、もちろん我が担当ウマ娘、『メジロアルダン』であった。
「また音もなく部屋に入ってきて……いつの間に来たの?」
「貴方が、なにやらテレビに夢中になっていた頃ですよ?ところで、いかがでしたか?トレーナーさんの頭の中の模倣、なかなかの完成度だったでしょう♪」
「あんなに血の気多いと思われてるの僕……?」
実に優雅に、のんびりと、しかし退屈そうにソファーに腰掛けるアルダンの姿を視線に収めて、僕は三たび、作業の手にブレーキをかける。暇を持て余す彼女に見つかってしまった、ともなればこのまま仕事を押し進めるのは……うん、諦めた方が身のためだな。
「ふふっ♪けれども、ちょっぴり悔しいのは本当……では、ありませんか?」
「ん……うーん……まあ、それはまあ、なきにしもあらずというか、まあ……」
軽く伸びをして、椅子から立ち上がり。和栗のモンブラン……では無く、スーパーで買い込んだ徳用パックのチョコレートを持って、僕は彼女の隣へと深く腰掛ける。まあまあ確かに、彼女の言う通り悔しい気持ちは……無いといえば、嘘にはなるけど。
「でもまあ、そこは誰を恨んでも仕方ないから。真面目で勤勉で努力家で、おまけに超絶的に愛らしい君の魅力を、世間にきちんと伝えきれなかった僕の努力不足でしかないからさ。だからそこは、悔しいとはちょっと違うかもね」
「まあ、超絶的に愛らしいだなんて……トレーナーさんったら、大胆ですね♪」
「えっ、うん?これ言い出したの君の方なんだけどね?」
「しかし……なんだかそれとは別に、思うところありけりな表情……と言ったところですかね?」
「え、ええと?別にそんなことはないけどね?」
「良いじゃないですか?年末ですよ年末?溜まったもの全部吐き出してしまっても、バチは当たりません♪」
「あ、なるほど……今日の君、年末テンションってことなのね……」
彼女の勘が鋭いのか、それとも僕が分かりやすすぎるだけなのか。うっすらと年末の異常テンション弾ける彼女に上目遣いで覗き込まれ、何気ないボディタッチで肩と心臓を揺さぶられて。靴の中に入り込んだ小石のように、ふとポロリ、言葉が転げ出る。
「いやまあね、ほんっと『世界』って……相変わらず、ぜんっっっぜん、変わんないんだなぁ、ってさ」
「ふふっ?まあ大体そんな所だと思っていましたよ♪」
「分かってるんなら、聞かなくってもいいでしょうに……」
こんな辛気臭い話が、よっぽど面白いんだかなんなんだか……テーブルに置かれた徳用パックのチョコレートを遠慮なく頬張りながら、彼女はやたらイタズラっぽく、こちらにぽかぽかと笑みを浮かべてくる。
そんな彼女を……まあ、敢えてそんなに気にせずに。僕は相変わらずボソボソと、辛気臭く口を動かすのであった。
「なんだかな、どこもかしこも、やれトゥインクルシリーズの中だったら何番目だとか、やれ昔の誰々や何々に似てるんじゃないかとかさ。みんなそういう、いつかどっかで聞いた事あるような話ばっかりしてて、ほんと、つまんないなあって」
「まあ、ふふふ?」
「今、目の前でこんなに面白いレースが繰り広げられてるのに、やっぱり皆が見てるのは、その裏側ばっかり。悲喜こもごも、お涙頂戴のドラマ性ばっかり欲しがって、肝心のレースそのもの、ウマ娘自身の個性そのものなんて、やっぱり皆、対して興味ないんだろうなぁ……なんて」
「ふむふむふむ」
「……第一!オグリキャップの強さはその低い重心から繰り出される踏み込みの力強さによる圧倒的な加速性能の部分なのであって!やれ地方出身で苦労したとか!やれ地元に残してきたお母さんがとか!そんなのレースの強さには全然関係ないからね!?地元から離れれば離れる程強くなるってんなら、オグリキャップより僕の方が速く走れることになるだろ!どいつもこいつも適当な事言ってるんじゃないよ!!!」
「ふふふっ!トレーナーさん、流石の血の気の多さですね♪」
「あ……っ……ま、まあ、ある程度仕方ないとは思ってるけどね?」
思わず年末テンション弾けてしまう僕に向けられた、生暖かい視線。慌てて僕は襟元を正して、一つ小さく、咳払いをする。
「ウマ娘だって生き物だ。空想上の存在でも、物語の登場人物なんかでもない。そんな波乱万丈、紆余曲折でドラマチックな生まれや育ちなんて、誰しもが持ってる訳じゃない……ましてや『走る為に生まれてきた』ことなんて、あるはずがない。けどこの世の中、世間一般的には、どうやらそうじゃないらしい」
「……そう、ですねぇ」
「せめてもうちょっとだけでも面白くなるように……自分なりにここ一年、色々とやってきたんだけどね?いやぁ、ほんと、現実は厳しいよ、ほんと」
消えたテレビと、デスクの上に塵積もる仕事の山に、暫し目を向け考える。僕がこの世を、ウマ娘達が走るこの世界の事を知ってから、早幾数年、だと言うのに。
未だにウマ娘は『走る為に生まれてきた存在』のままだし、僕にとっての面白いレースは、他人にとっては地味で淡白なレースでしかない。僕が考える世界中に溢れていて欲しい言葉は、世の中にとっては意味不明な言葉の羅列でしかないままで、僕らが血の滲むような思いで紡ぎ出したこの生き様も、いつの間にか綺麗にラベリングされて、どこかの誰かのコミュニケーションツールに成り果てていく。
世界はひっくり返らない、一発逆転もない、今日もまた、強いものは強いまま、ウケないものは、無条件で不正解のまま。幸福も不幸もこの手で掌握できないし、空想と現実は入り混じらないし、『その他トレセン学園生徒A』は、三冠ウマ娘にも、グランプリウマ娘にも、なれやしないままで。
……つまらない。
ちょっとだけ、疲れたな。
「……トレーナーさん、トレーナーさん?」
「ん?アルダン?」
「…………むんっ!」
「……ん?」
「………………むんっっ!!!」
「…………ん???」
そんな僕の、ご機嫌ななめな心のモヤを、一瞬で有耶無耶に吹き飛ばしたのは……なんだか苦ったらしい、わざとらしいしかめっ面を浮かべた、彼女の……彼女の、ええと、これは……なんだ……?
「え、何?どした?チョコ腐ってた?」
「見て分かりませんか?変顔ですよ、変顔♪」
「えっ?あ、変顔かぁ……変顔?なんで?」
「ぷぷっ……!これで少しは、『面白く』なるかしら?と、思いまして♪」
「…………………………」
「……………むんっ♪」
「……っ、はははっ!?」
ぎゅっと目を細めて舌を出したり、頬を上げたり下げたり、伸ばしたり捻ったり……見たこともないほど予想外に移り変わっていく、彼女の表情。
……そうだなぁ、もしかしたらこれだって。
今、僕の目の前に存在する、僕の愛するメジロアルダン。彼女だって、他人からすればよっぽど『メジロアルダンらしくない』メジロアルダン、なのかもしれない。大口を開けて笑ってみせたり、調子に乗って痛い目を見たり、独りよがりなエゴイズムで場を滅茶苦茶に掻き乱したり、たまには弱音を吐いて、脚を止めてしまったり。そんな奇妙奇天烈不可思議なメジロアルダン像なんて、この世の中からは、まるで1ミリも求められていないのかも、しれない。
けど。
「ほら、『世界を面白くしたい!』だなんて言っている方が、世界で一番のしかめっ面を浮かべているだなんて。そんなのあんまりにも説得力がなくて、誰もノってきてくれないでしょう?」
「っ、くくっ……!まあ、確かに、そりゃそうだ……!」
「という訳で。んー……んむーっ……!いかがです?ツインターボさん直伝の変顔、とっても面白いでしょう?」
「ふふっ、まあどちらかと言うと面白いより、超絶的に愛らしい。の方かな?」
「えっ?そんな……今ばかりはそう言われても、あんまり嬉しくありません……!」
「っ、ふふふっ!あははははっ!」
……やっぱり、こればっかりは譲れないな。
こうやって何にも囚われず、自由自在に笑ったり泣いたり、怒ったりふざけ合ったりできる。世界中どこにでもいそうな、世界最高のウマ娘であること。それこそが『メジロアルダンらしさ』なのだと。理屈でも気持ちでも、どこの誰にも負けない程に、今の僕は、絶対にそうだと思うから。
「……ふふっ?まったく、相変わらずトレーナーさんは欲張りですね?世界そのものをひっくり返したい……でしたっけ?」
「……まあ、そうだね。難しいのは分かってるけど、でもやっぱり諦めきれないな。君たちウマ娘が本当の意味で自由に走れるようになる、そんなとびきり面白い世界を」
「まったく……やっぱりいまいち私には、貴方の言うことは理解できませんけど。でも、それでも私は、応援していますよ」
「……!」
「私の座る席……『メジロアルダンの居場所』は、どうせ一番に用意してくれるはずですから。なんせ、『貴方の書く世界』なんですもの♪」
ふくれっ面、呆れ顔、そして、とびっきりの笑顔。コロコロと表情を変えていく彼女に、性懲りも無く僕は、見蕩れてしまう。というか、やっぱり、そうだな、どう考えても……
「……確かに、一位どころかトップ3にすら入ってないのは、納得いかない。かもなぁ」
「えっ?なんです急に?ただのワイドショーのお遊びのアンケートですし、そこまで目くじら立てるようなことではありませんよ?」
「……い、いや、元はと言えば君が言い出したんだけどね?」
「あっ、しかしテレビ局に抗議しに行くというのなら、私もお付き合いいたしますよ?なんだか面白そうなので♪」
「いやまあ、直接殴り込みに行くのも悪くないけど……でもやっぱり、僕は『ここ』で頑張るよ。一年でダメなら、五年、十年、書き、続ける。全てのウマ娘が幸せに……そして今度こそ、誰よりも君が、世界一幸せになれるような。そんな世界を、ね」
「では、帰りには和栗のモンブランを食べて帰りましょう?あと、貴方の好きなコーヒーもご一緒に……という訳で、そうと決まれば早速出発です♪」
「今の話、聞いてた?」
と、僕の静止も聞かず存ぜず、傍若無人に扉を開け放つアルダン。そのあまりに制御不能な自由さに、僕はやれやれと肩を揺らす。けどまあ、僕にとってはやっぱり、それが一番いいや。
そして、彼女が軽々こじ開けたその扉の、さらに向こう側。まだ見ぬ新しくて面白い未来を探しに……と、その前にまだ見ぬ和栗のモンブランを平らげに。僕は慎重に、ゆっくりと一歩ずつ、それでも確かに、歩き続けるのであった。