メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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2025/11
Azalea


「今回は、ええと……なんて花?」

「アザレア、ですよ。可愛いでしょう♪」

 

トレーナー室の、いっとう日当たりのよい窓辺に飾られた、ほのかに薫る赤い花。勿体ぶらずにその名を教えてくれたのは、もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。

 

「アザレアかあ。いいね、君の持ってくる花は、いつも、すごくいい」

「ふふっ、なんですその感想?この世の中で、よくない花を探す方が逆に難しいでしょう?」

「ああ、まあ、そりゃそうだけど……」

 

僕の口からこぼれ出るなんとも間抜けな感想に、彼女はやれやれと肩を揺らす。アザレア、名前は聞いた事あるけど、こんなに綺麗な花だったとは。

 

「アザレアは、日本名ではセイヨウツツジと言いまして。自生するツツジを大規模に交配させて作り出された、実に栽培が容易なお花なのです。ですので、きっとトレーナーさんでも問題なくお世話が出来るはずですよ♪」

「それで今回は鉢ごと持ってきたんだね?しかし、ツツジの仲間なのかぁ。もしかして、花の蜜吸ったら甘いのかな?」

「どうでしょう?確か蜜どころか、全体にグラヤノトキシンという強力な神経毒を含んでいて、口にすれば嘔吐、痙攣、目眩などの中毒症状が現れるそうですが……試してみますか?」

「じゃあ試さないよ!」

「ふふふっ、冗談です♪」

 

彼女の口からこぼれ出るなんとも呑気な冗談に、僕はやれやれと肩を揺らす。その瞬間

確かに感じた幸せは、ちょっとかっこ悪い気がして口にはしなかったけど。

 

「でも確かに、野生で生えてるツツジより花びらが派手で、色も鮮やかだよね。どっちが優れてる劣ってるとかじゃないけど、室内の冷たい風景を飾り付けるのなら、これくらい派手な方がいいのかもね」

「そのように作り出されたお花ですからね、アザレアというものは。ツツジの持つ逞しい生命力はそのままに、より室内で鑑賞した際に魅力的に見えるようにと、品種改良を繰り返して今の姿になりましたから」

「かがくのちからって、すごいなあ……しかし、なんだろうな、これってさ」

「?」

 

スチールの無機質な窓枠に、鮮烈に映えるその赤色を視界に収めながら。僕は淹れたての熱いコーヒーを口先に燻らせ、自らの記憶を淡々と辿っていく。この小さくとも凛々しく咲く逞しい花々の事を、何故だか他人事のように思えなかったのは。

 

「元々持ってる適正を活かしたり、劣る部分を補ったり、全く違う性質を付け足したり……もしかして僕らトレーナーがやってることって、言わばウマ娘という種の『品種改良』って言えるのかもしれないね」

「まあ?私の事、こんなに素敵なお花に例えてくださるのですか?とっても嬉しいです♪」

「えっ?いやまあお花も素敵だけど、僕的には君の方がずっと綺麗だと思うけどね?」

「もう、そんなお世辞はいいですから」

「えっ、君の方から言い出したんじゃん……」

 

なんて、鼻の頭を僅かに染めて笑い飛ばす彼女の姿に目線を動かしながら、僕はずきんと、心臓を鳴らす。

 

「確かにそうですね。理想だけは高くって、それに至る肉体も精神も満ち足りていなかった野生の私に、貴方はじっくり、時間をかけて沢山のものをくださいましたから♪」

「……まあ、ねえ。君が喜んでくれてるんなら、もちろんいいんだけどね」

 

彼女のその顔、出会った時よりも少しだけ色素が増えたその頬に、思わず伸ばした右の指先。僕はその指先を、左の指先で押さえつける。

紫じゃなくて、赤くしよう。花びらはもっとレースのように、派手に煌びやかに。人の手で管理しやすいように、余計な部分、扱いづらい部分は削ぎ落として……

確かに感じた『後ろめたさ』。僕はずきんと、心臓を鳴らす。

 

「トレーナーさん?」

「んっ、ああ、アルダン?」

「ふふ、また何かお考えですか?」

「ああ、いや、その。大した事じゃないよ」

 

と、それとなく誤魔化そうと画策する僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女のその純真な瞳は、僕の瞳を鋭く貫いてくる。野暮なことは重々承知の上、僕は口を開く。

 

「……赤いアザレアも綺麗だけどさ、例えば正反対に、青いアザレアなんてあったら。それもすごく、綺麗なんだろうね」

「ええ、確かにそうですね♪」

「そんでもって、もっと大きくて可愛らしい花をつけて、それが枯れずにずっと残り続けるくらい寿命も長くなれば、最高だと思わない?」

「ふふっ、あとは毒も無くなって、蜜がとびきり美味しくなれば……などですかね?」

「でも、それはもはや『アザレア』と呼べるのかな、なんて」

「…………なるほど♪」

 

赤く、小さく、柔らかな花びらを撫でながら。彼女はピコリと立ち上げたその両の耳で、僕のなんとも取り留めのない台詞を受け止める。そして。

 

「では、私はいかがですか?」

「っ、う、うん?」

 

まるでケーキにナイフを差し込むように、いきなり僕の心の核心を穿つ、アルダン。彼女はその勢いのまま、まるでケーキをさくさくと切り分けるように言葉を並べていく。

 

「貴方は私に、どんなウマ娘になってほしいですか?」

「どんな、って?」

「例えばどうでしょう?もっと長い距離や、逆にもっと短い距離のレースを走れるようになって欲しかったり、しませんか?」

「えっ?う、うーん……それは……」

「見た目はどうでしょう?髪色、例えばゴールドシチーさんのような美しいブロンドヘアになって欲しかったりしませんか?それか、チヨノオーさんやヤエノさんみたいなショートカットが良かったり……それと、体型はどうです?例えばマックイーンのような女性らしいスレンダーな体型だったり、もしくはライアンのような筋肉質で凛々しい体型だったり……貴方は、どんな私が一番いいと思いますか?」

「い、いいや、君は今の君のままで、充分素敵だよ、絶対に、間違いない」

「ふふっ、まあ、貴方は絶対にそう言うでしょうね?けれども私は、それでは少しだけ、不満なのです」

「不満……?」

 

「私は貴方に、もっともっと『愛されたい』のです♪」

 

「…………えっ!?」

 

あまりにも堂々と、けれども身軽に、軽やかに放つ彼女の言葉を両の耳で受け止め……きれず、僕は思わず、仰け反りその場に立ち尽くす。

 

「アザレアの気持ちは分からないけれど、でも少なくとも私は。貴方にもっともっと愛して貰えるのならば、貴方好みの姿に変化させられることは、嫌なことではありませんよ?」

「で、でも……」

「トレーナーさん、お手手を貸して頂けますか?」

「う、うん……ん?」

「………………♪」

 

言われるがまま、呑気に差し出した僕の手を、指先から温めるように包み込む、アルダンの手。まるで神経をひとつひとつリンクさせていくように、しばらくの間何を言うわけでもなく、静かに、そして丁寧に、指の節を一本一本、なぞっていく。

 

「……髪は簡単に染めたり切ったりできますし、体型や顔の形だって、少し頑張ればどうとでもできます。けれども指紋や手の皺を変えるのは、意外にもなかなか、難しいことなのだそうですよ?」

「へ?そ、そうなの?」

「ええ、これを変える為には手の使い方自体を矯正する必要がありまして。それは身体中、他のどの部位の癖を矯正するよりも難しいらしいのです」

「なるほどなぁ……あ、だから手相占いっていうのがあるのかな?手のひらっていうのが、一番その人の変えられない性質が現れるところだったりするから?」

「あら、なかなか鋭いですね、流石トレーナーさん♪」

「いやいや、それほどでも……」

「という訳で……いかがでしょう?私の手は、トレーナーさんから見て、触れて、どんな感じがしますか?」

「どんな、感じ……」

 

アルダンの問いかけに、僕は僅かに戸惑いつつ、ゆっくりと彼女の手のひらをなぞり返す。

その手のひらは、少しだけ湿っていて、ほのかな温かみがあって。遠巻きに見れば小さく細く白磁のような指先も、確かに小さな皺が集まって織り重なり合い、まるで試行錯誤、幾重にも塗り重ねられた絵の具の跡のようで。

 

「………………」

「………………っ」

 

親指の付け根、特段皺が集まった谷間に僕の指先を優しく這わせて見れば、ややくすぐったかったのか、ほんの少しだけ彼女が吐息を漏らす。当たり前だがこの皮膚の裏には彼女の神経が通っていて、血も巡る。悪戯心を抑えながら、僕はまだまだそれにのめり込む。

手首には、小さなほくろが覗く。写真や画面越しでは絶対に気が付かない程の小さな黒点が、ふたつ。宝物を見つけたみたいで、なんだかそれが、異様に愛おしい。そうだ、愛おしい。

 

「愛おしい、よ、すごく」

「……ふふ、よかった♪」

 

そんなことを正面から口にしたその瞬間、湿り気を増したその手のひらを、僕はなぜだか、慌てて強く、ぎゅっとする。少しだけ力み過ぎたかな?なんて心配する僕をよそに、彼女の口角は、なぜだか鮮やかに、緩みきっていた。

 

「目には見えないけれど、言葉でも、例えようもないけれど。今、貴方が感じてくれたように……きっとどれだけ変わっても変わりようのない、『メジロアルダンの本質』のようなものは、ありますよ、必ず」

「……うん、そうだね。きっとそうだ」

「そして貴方はそれを、愛おしいと言ってくれた。だから私は安心して、貴方に愛されたいと望めるのです。貴方は私の、一番大切な所を大切にしてくれる人だから、だから私は、貴方に傷付けられるのは、怖くない」

 

一転攻勢、僕の目線に合わせながらゆっくりと指を絡ませてくる彼女の温い吐息に、唇の端の皮のめくれに、首筋に生える小さな色素に、僕は絶え間なく心臓を掴まれる。僕の心にほのかに灯る、くすぐったい感情。勿体ぶらずにその名を教えてくれたのは、もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。

 

「傷付けたり、跡をつけたり、染め上げたり、はたまた毒付けたり。自分の好きに、めちゃくちゃに、心地よく相手の事を乱したい。そんなことを感じてしまうことだって、ひとつの『愛』だと、私は思いますから」

「………………………………」

「……だから、貴方が今、想像している事だって、もちろん愛情のひとつだと思います。まあそれは流石に、むやみやたらに見せびらかすものではないでしょうけどね?何事も、程度を守って程々に、ですよ♪」

「っ、えっ?ええと?な、なんの話かな?」

「ふふふっ?まあそれはまたいつか……私が一番なのは分かっていますけど、この子のことも、大切にしてあげてくださいね?トレーナーさん?」

 

いっとう強く輝く陽の光に照らされて、さらに鮮烈に輝く赤い花。と、それを優しく、愛おしく撫でるその手のひらに、僕はひどく、瞳を奪われる。その気持ちはまるで火傷のように、僕の奥底にずきずきと強く強く、多分一生、残り続けるのであった。

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