メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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Undercover

「ひ、ひいっ……!今、なんか向こうの方っ、動かなかった!?」

「ふふ、大丈夫そうですよトレーナーさん?風で柳が揺れただけみたいです」

「そ、それならよかったけ……ぎゃっ!?ななな、なんか向こうの方!、ひひ、光っ、目みたいなっ……!」

「ご安心ください?あれは恐らく、海辺の方の灯台の光のようですから」

「な、なんだ、怖がっ……じゃなくて、びっくりして損した……と、とにかく離れないでねアルダン?ほらその、女の子一人だと危険だし、ね?」

「ふふっ?はーい、絶対に離れませんからご安心ください、トレーナーさん♪」

 

日中上がった気温を、生ぬるく残した風が吹く雑木林。群れからはぐれた烏は、今更になってその不気味な声を高らかに上げていた。

 

「ふふっ、やはり肝試しは楽しいですねっ♪さすが夏合宿のメインイベントです♪」

「メイン……?ま、まあ君が楽しめてるんならいいんだけどね?」

 

そして、そんな不吉な情景とすら混ざり合うように、彼女の、我が担当ウマ娘メジロアルダンの笑い声が月夜にこだまする。トレセン学園夏合宿恒例の肝試し大会、まさしく今宵はその狂宴……もとい饗宴が高らかに催されていたのである。

 

「しかし、今年はまた面白いことを考えたものですね?ただ脅かし脅かされの肝試しではなく、『悪いおばけを退治しよう』だなんて?」

 

そして彼女の手元に握られていたのは、出発前に配られた小さな拳銃……の、おもちゃ。引き金を引けば吸盤付きの柔らかい弾が飛んでいくだけの、どこにでもよくある、簡単な玩具。

 

「えっと、順路のどこかにいるボス幽霊をこの銃で撃ち抜けばクリア、なんだったっけ?」

「ええ、それと弾は三発しかないので、使い切ってしまえばその時点で失格だそうですね?」

「個人的には、今すぐ無駄撃ちして失格になってもいい所なんだけど……」

「ふふ、豪華賞品目指して頑張りましょうね♪という訳でトレーナーさん、はいっ」

「……えっ?撃つの、僕?」

 

そんな拳銃を、丁寧に持ち手を僕に向けながら手渡してきたアルダン。ペシペシと笑顔で背を叩いてくるその姿は、スタート地点で見せてもらったボス幽霊の見本よりもちょっとだけ恐ろしい……気もしないでもなかった……ような。

 

「私は前衛で索敵を行いますので、貴方は後ろから、私が合図をした時に……バンッ!っと鮮やかに決めてくださいね♪」

「え、ええ……まあいいけど、後頭部には注意しといてね?」

 

そうして、彼女は僕の半歩前に出て両の耳をくるくるとレーダーのように回し始める。海辺からどんどん外れていき、生ぬるい風もやんだ、冷たい夜。けれども群れからはぐれた烏だけは、何かを示唆するかのように相変わらず僕の頭上を飛び回る。

 

「……まあ、本当なら退治などではなく、仲良くできればよいのですけどね?」

「ん、まあ、そうかもね?」

「『悪いおばけ』だなんて呼び方も、少しだけ思うところは、ありますね。そうやって悪く見えるのだって、私たちの立場からそう見えるだけなのかも……なんて」

「あはは、まあただの作り物、肝試しの為のフィクションの幽霊なんだから、悪いものは悪いで充分……」

 

────ほんとうに、そうだろうか?

 

「…………?」

「……トレーナーさん?」

「あ、ああいや。まあでも、確かにそうだね?やっぱりアルダンは、優しいね?」

「ふふっ、そんなことはありませんよ?私は……あら、これは……?」

「……うおっ!?な、なにっ!?なにこれ!?」

 

ほんの少しだけ物憂げな表情を浮かべる彼女と、そして僕の疑念を塗りつぶすように。現れたのは、まるで月明かりも届きはしない『闇』だった。

 

「トンネル……だよね、この暗いとこ?こんなとこ通るなんて、もらった地図に書いてあったっけ?」

「覚えはありませんが、しかし順路は間違いなくこちらのようですね?地図上では省略されているだけ、なのかもしれません」

 

闇に慣れてきたその瞳で、恐る恐る僕はそれを観察する。木々の茶色に紛れたレンガ造り、煩雑な造りのアーチ、どうやらそれは、古く錆び付いた『トンネル』……の、ようなもの、なのか?

 

「………………」

「中は、灯りなどは無さそうですね?まあ一本道のようですし、迷うことはなさそうです」

「えっ!?は、入るの?」

「ふふ、大丈夫ですよトレーナーさん?このトンネル、間違いなく順路に被っていますから。きっとどなたかが見張っていて、危険はないようになっているはずです♪」

「あ、うん……それは、そうじゃなきゃ困るんだけど……」

 

やはりというかなんというか、彼女は前衛の担い手らしく、まるで恐れおののく様子も見せぬまま手に持つ地図に従って脚を運んでいく。慌てて僕も、また後衛らしくその背にピッタリと張り付きながら、その闇の中へと、足を……

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

「はい?いかがいたしましたかトレーナーさん?」

「……その、手、繋いでいかない?この中、全然何も見えないくらい暗いし、はぐれちゃったりとか、迷っちゃったりとか、そういうこと、ある、かも、だし……?」

「…………ふふ?ええ、いいですとも?絶対に離しませんから、ご安心くださいね♪」

「い、いや僕は君が心配で……まあ、いいか。僕も絶対に、離さないからね」

 

ふと、背筋を走った悪寒を見過ごせす、僕は空いた右手で、彼女の左手を掴む。ウマ娘にしては少しだけ冷たいその手のひら、爪の跡が残りそうな程強く握った僕に、彼女はやさしく、吐息を漏らした。

 

 

──────────────

 

 

「………………」

「…………ヒッ……!……ヒイッ!」

「………………」

「…………ギャッ!?ひ、ヒィィィ……!」

 

どこかから聞こえる水漏れの音、石ころの転がる音。10センチ先すら一切見えない漆黒の中では、その音波が何倍にも増幅されて、僕の心臓をも震わせる。

 

「……ふふふ?そんなに震えなくても大丈夫ですよトレーナーさん?こわくない、こわくない♪」

「こ、これは怖いんじゃなくて、周囲を警戒してて……でも、うん、ありがとうアルダン」

 

けれども、その度に彼女の左手から伝わってくる健康的な脈拍。目では見えなくても、僕の頭の中で容易に結ぶ事が出来た、彼女の呆れたような笑顔。そんなもので、僕のきつく締まっていた心室も、緩やかに解きほぐされる。

 

「そうですね?気を紛らわせるついでに、先程のお話の続きでもしますか?」

「ああ、そうだね?君がとびっきり優しいウマ娘だって話?」

「ふふっ、それもそうですが……『悪いおばけ』さんのことですよ?きっとそう呼ばれるようになったのも、それ相応の理由があるはず、だと私は思うのです」

「それ相応の理由、かあ」

「霊魂の類が悪霊となってしまうのは、やはりそれだけの強い怨みの念があるから、満たされない情念があるから。に他なりません、ですので」

 

狭いトンネルの中を、彼女の優しい声が反響して染み渡る。じわりと、手と手の間に浮かんだ汗模様。これから続く彼女の言葉を、少しだけ先取りして、僕は口を開く。

 

「……そうだね、『紙一重』だよね。もし僕が今死んじゃったとしたら、きっと君への未練が強すぎて、同じようになっちゃうだろうから」

「ええ、私だってそうです。まだまだ私も、この世界に、そして貴方に

 

 

 

 

「…………え?あ、えっと、急に黙って、どしたのアルダン?」

 

「しっ、少し静かに、トレーナーさん」

 

「は、はいっ……!」

 

彼女に言われた通り、僕はギュッと口を噤んで、彼女の次の言葉を待つ。相変わらずほんの少し先すら見えない闇の中、彼女の些細な表情も、今の僕には感じ取ることは出来なかった。

 

「……!何か、います。この、トンネルの、中に」

 

「っ!?えっ、何かって、な、何かって?」

 

「それは分かりませんが……もしかしたら、今日のターゲットの『悪いおばけ』かもしれませんね?暗いトンネルの中に隠れていて、見つかりづらくしているの、かも?」

 

「そ、そうなのかな?そうだとしたら難易度高すぎじゃない?」

 

「けれども、ウマ娘の聴力ならなんとなくの位置は分かります……トレーナーさん、銃を構えて」

 

「えっ……!?やるの?やる気なの!?」

 

恐怖でこの身を引き攣らせながら、それでも僕は、何とか己が気を奮い立たせる。そして彼女の声に合わせて、左手に握った銃を……

銃……を……?

 

「……?」

 

「……何してるんですか?急いでくださいトレーナーさん、取り逃してしまいますよ?」

 

「あっ、う、うん?」

 

僕は彼女に急かされるがまま、今度こそ慌てて正面に向け銃を構える。い、いくら怖くて身体が動かないからって、この役はアルダンに任された大切な仕事なんだ。きちんと、確実にやりきらないと……

 

「……んん?」

 

「………………それと、トレーナーさんは右利きでしたよね?左手で、きちんと撃てますか?」

 

「あ、ああ、多分大丈夫じゃない?ただのおもちゃの銃だし、難しくはないよ、多分」

 

「……それなら、良いのですが」

 

───まあ、という訳で。僕はしっかりと左手で銃を構えて、彼女の合図を待つ。右か?左か?一体、相手はどっちから……

 

「……!トレーナーさん!正面です!撃って!」

 

「えっ!?あ、え、えいやっ……」

 

 

 

バァァアアンッ……!!!

 

 

 

「っ!?うわっ!?なっ!?なにっ!?なんの音!?」

 

刹那────その引き金を引いた、瞬間。

 

一瞬目が眩む程の閃光と、耳を貫くような轟音が、トンネルの中で弾け飛ぶ。

どうしてなのかは、まるで分からない、理屈なんて分かりっこないけど……間違いない、僕が左手に持っていたおもちゃの銃は、いつの間にか『本物の銃』になっていたのだった。

 

「え、えっ?ほ、『本物の銃』って……?な、なんで……」

 

「っ……と、トレーナー、さん……!」

 

「ど、どうしたのアルダン!?」

 

トンネルの中に響く残響音、に紛れて聞こえてきたのは……間違いなく、我が担当ウマ娘メジロアルダン、彼女の酷く怯えた、弱々しい声であった。

 

「……化け物」

 

「ば、化け物?」

 

「いっ、今、トレーナーさんが発砲した時の光で、一瞬見えたんです……!トンネルの奥の方、見本で見たものとは明らかに違う、お、大きな怪物のような、何かが……!」

 

「は?え?そ、そんなもの、いるわけ……」

 

 

グルルルルルルッ……!

 

 

「…………え?」

 

そして、さらに立て続けに聞こえてきた重低音。それは疑いようもなく、血に飢えた獣が大きく歯ぎしりして、獲物の首元にその犬歯を突き立てる隙を今か今かと探る、唸り、声。

 

……ズシン……ズシン……ズシン

 

「えっ、いや、ちょっと……!」

 

「ま、まだ動いてる……?や、やはり左手で撃ったから……先程の弾が外れて……!」

 

「いや……あ、アルダ……」

 

 

グルルルル……グガァァァア!!!

 

 

「きゃっ……!お、お願いですトレーナーさん!今度こそしっかりと……しっかりと『両手』で狙ってください!」

 

「えっ……えと、『両手』って」

 

僕はしばし、考える。障害物もないまっすぐなトンネル、確かに左手だけじゃなくしっかりと両手で構えて撃てば、間違いなくこの弾を奴に命中させることはできるだろう。

けれども、自分が躊躇っているのは……きっとこの闇の中、ひと時でも彼女と手が離れることへの、恐怖。もしも自分が撃ち漏らして、そのまま彼女が襲われでもすれば……僕は二度と、彼女のこの手を、掴むことが。

 

「お願いします……!私、怖くって、もう、動けな……」

 

「……………………」

 

「あ、貴方だけが頼りなんです、トレーナーさん!あれを……あれを確実に退治してください!」

 

「………………!」

 

彼女を守るため、この手を離す?

 

彼女の手を離さず、二人同時に命を散らす?

 

ふと、目の前に香った選択肢……

だけど、いいや、迷っている暇なんてないだろ!このままだと二人揃って奴の餌食だ、『彼女を守るため』には、間違いなくこの方法しか……ないんだ!

 

「……ああ、わかったよアルダン!僕に任せて!」

 

「……!流石はトレーナーさんです!やっぱり私、貴方のことが大好

 

 

 

バァァアアンッ……!!!

 

 

 

きっ……!?えっ?と、トレーナーさん?」

 

「…………………………」

 

……!?……あっ!えっと……!僕はその、慌てた拍子に間違えて、間違えてまたしても、左手だけで引き金を、引いてしまった。く、くそう……僕ときたらどうしてこう、ここ一番って時に決めきれないんだ……明後日の方向に飛んでいく弾丸の反響音だけが響く暗闇で、僕はひたすら自分を悔やむ。

け、けれども弾はあと一発残っている……!今度こそ、今度こそは間違いなく……僕は改めて、左手に持った銃を両手で

 

「いいや?僕は『間違えた』訳じゃ、ない」

 

「……トレーナー、さん?何を言ってるんです?」

 

……?あ、ああそうだ?アルダンの言う通り、僕は一体何を言ってるんだ?は、はは……そうか、あまりの恐怖に、自分でも気が付かないうちに、あ、頭が……

 

「『描写』、まだしてないよね?」

 

……描写?

 

「僕が、二回目に銃を撃った瞬間の、このトンネル内の描写だよ。確か一回目に撃った時は『発砲した時の光で、トンネルの奥の方が見えた』んだったよね」

 

「え、ええ?確かに見えましたよ?トンネルの奥からこちらを狙う、怪物が……」

 

「だったらさ、二回目に撃った時も当然トンネル全体が見えるくらいに光ってた……はずだよね?」

 

……そ、そうだ、そうだった。僕が二発目の弾丸を誤って撃ち抜いてしまったその瞬間、トンネルの中は、眩い光に、包まれた……のだ。

 

「よかった、『君』が『そう言って』くれて安心したよ」

 

「と、トレーナーさん?先程から、本当に何を?」

 

 

「二発目の発砲の瞬間。僕が見ていたのは……『アルダンの顔』だ。その瞬間、喋っていたはずのアルダンの顔は間違いなく『動いていなかった』。まるで眠っているみたいに、ピッタリと、止まっていたんだ」

 

 

「…………!?」

 

「つまり、さっきまでは暗闇で分からなかったけど。このトンネルに入った後、ずっと僕が会話していたのはアルダンじゃなくて、アルダンの声を真似た『別の何か』ってこと。どの時点からかは具体的には分からないけど……そうだろう?」

 

ほ、本当にどうしてしまったんだ僕の口は……!?か、勝手に動いて、意味の分からない事を……!

 

「じゃあ『君』はその瞬間を見ていたの?彼女の口、開いてた?」

 

そ、そうだ、もちろん僕は、間違いなく見ていた。彼女の口元は……発砲の瞬間、間違いなく、いつものように朗らかに開いていたのである。

 

「……だとしたら、おかしくない?君が言うには僕って『怪物を撃つために銃を両手で構えようとして、それで慌てて左手だけで発砲しちゃった』んだったよね?」

 

…………もちろん、その通りだ。僕は怪物を撃とうとして、それで慌てて、失敗したのだ。

 

「じゃあなんでそのタイミングで……暗闇で見えもしない、アルダンの顔の方を見つめてたの?」

 

………………………………

 

「ずっと妙だと思ってたんだ。これもまた具体的にどこからかってのは曖昧だけど、心の中というか、描写というか。例えるなら『小説の地の文』の部分が、いつもと違う、みたいな」

 

………………………………

 

「最初は僕だって怖がり過ぎ……じゃなくて、びっくりし過ぎて僕だけ精神的に参ってるのかと思ってた、けど」

 

…………けど?

 

「けど……僕の前で二度と『メジロアルダン』を騙るな。その怪物がこっちを襲う理由を知ることも、考えることもせず真っ先に『あれを確実に退治して』だなんて……言うはずが、ないだろう、アルダンが」

 

っ……くうっ!クソッ!ナんでよリニよってこンナヤツをえらんデ……!コンドこソ、コんドコソココかラデラレルと、オモッタノニ!

 

「……悪いけど、僕はアルダンほど優しくは、ない。君がどうしてこんな事をしたのかは……申し訳ないけど、君を退治して、このトンネルを抜け出してから、考えさせてもらうよ」

 

っ……!だ、ダガどウスル?それガワカッたとシて……どウやってコノトンネルからヌケダす?どうヤッて……ワタシヲ『退治』スル?

 

「それは……簡単だよ。今度こそ『左手』だけでだって、充分狙える。『君』は、『ここ』にいるからね」

 

…………?

 

「……そうして『僕』は、手にしたその銃を……自らの、こめかみに突き立てて」

 

ナッ……!?ア……ァ……!?

 

「そうして……思い切り、引き金を引いた」

 

 

 

 

──────────────

 

 

ビヨヨ〜ン………………

 

「……………………っ、はぁ、はぁ……」

 

その瞬間、僕のこめかみに鈍く突き刺さったのは……吸盤付きの、柔らかいおもちゃの弾。それは当然に僕の脳天を貫くことなく、そのままぽとりと足元の草むらに転がり落ちる。

それは、日中上がった気温を生ぬるく残した風が吹く、月明かりに照らされる雑木林でのことだった。

 

「……あ、あら?トレーナーさん?私、今まで、何を?」

「あ、アルダン。ええと、どこまで覚えてたり、する?」

「どこまで、ですか?確か貴方と共にトンネルに入って、そしてしばらく歩きながら貴方と話していたら……突然なんの音も聞こえなくなって……そして二、三分ほどして、ここに立っていた、という感じですかね?」

「……なるほど?」

「あ、けれどもそう怖くはありませんでしたよ?貴方が、最後まで手を離さずにいてくださいましたから♪」

 

そう言いながら、彼女は視線を落として。僕と彼女、いつの間にかしっかりと爪の後がつくまで締めあっていた手と手に、ピントを合わせる。ようやくきちんと見えてきた、健康的な僕と彼女の四肢と血色。僕は右手と左手の両方の手をひとまず解放して、そっと胸を撫で下ろした。

 

「……あら?あそこに見えるのは、『悪いおばけ』さん?」

「……あ、ほんとだ」

 

ふと、彼女の合図で正面を見つめると。雑木林の奥、こちらを恨めしそうに見つめるボス幽霊……の立て看板が、唸り声も何も上げず、密かにそこに立っていたのであった。

 

「もう既に何発か弾が当てられてますね?私達の前に出発した方々のものかしら?」

「………………」

「あら?そういえばトレーナーさん、私達の銃は?」

「あ……ご、ごめん?実は色々あって、その……ま、間違えて三発全部撃っちゃったんだ、さっき」

「あらら、まあ仕方がありませんね?豪華賞品は惜しかったですが、リタイアしてスタート地点に戻りましょうか?」

「そ、そうだね?なんかすごく疲れたし、早く帰ろっか?」

 

彼女の言葉に合わせて……僕は彼、ないし彼女の視線に、慌てて背を向ける。背筋を走った悪寒、を見て見ぬふりをしながら、ひたすらに、足早に。

 

「……トンネル、ありませんね?なんだかずっと林みたいですが……一体私達、どうやってここまできたのかしら?」

「あー……どうなんだろう?まあ、地図通り進めば無事帰れそうだし、そこまで深く考えなくてもいいんじゃない?」

「そういう、ものでしょうか?」

「うんうん、これだけじゃなくってさ。世の中の大抵のことってさ、そんなに深く考えなくても……」

 

────ほんとうに、そうだろうか?

 

「…………?」

「……トレーナーさん?」

「あ、ああいや。まあでも、確かにそうだね?またいつ変なこと起こっても大丈夫なように、また、手、繋いどこっか」

「…………ふふ?ええ、いいですとも?今度もまた、絶対に離しませんから、ご安心くださいね♪」

「い、いやだから、僕は君が心配で……まあ、いいか。僕もまた、絶対に離さないからね」

「ふふふ♪では、今度こそ先程のお話の続きをしましょうか?そうですねぇ……はたしてあの『悪いおばけ』さんは、どうしてそう、呼ばれるようになったのでしょう?」

「────そうだね、僕は」

 

……もう一度、最後に一度だけうしろを振り返ってから。僕は空いた右手で、彼女の左手を掴む。人間にしては少しだけ冷たいその手のひら、爪の跡が残りそうな程強く握った彼女に、僕はやさしく、吐息を漏らした。

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