メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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AFTER LIFE

『……さて、今晩はもう間もなく、しし座流星群の大出現が予想されております!今まさに夜空を見上げながらこのラジオを聴かれている方も多いのではないでしょうか?』

 

「ねー?もうちょっとだって!」

「えー!めっちゃ楽しみー!」

「はいはい皆さーん?まだまだ沢山の人が来ますから、できるだけ詰めて座ってくださいねー?」

「はーいたづなさーん!」

「ほんと、理事長も粋なことするよね?夜の校舎の屋上、初めて来たかもー!」

 

すっかり日も沈みきって、深夜どきに片脚突っ込んだ暮時分。校舎裏花壇の慎ましい香りが、上昇気流に乗って甘やかに漂ってきた屋上で。

 

「うわーっ、やっぱり人いっぱいだね?」

「あ、でもあそこ、丁度二人ぶんくらいのスペースはありますよ?」

「あらほんと、詰めれば座れそうだね?」

 

僕と彼女……我が担当ウマ娘、メジロアルダンは、人並みをかき分け、その場に用意された長ベンチに一息、腰を下ろした。

 

「ん、しょ……ううん、狭いなぁ。これほとんど全校生徒に、トレーナーに職員もみんな来てるんじゃないの?」

「ふふっ?まあ、二十年に一度クラスの大出現を、こんな最高の場所から眺められる機会ですからね?普段星に興味のない人だって、流石に気になってしまいますよ♪」

「まあ、それもそうだね?理事長には感謝しないと……いや、それにしても狭いなぁ……流石にこのスペースを二人ぶんって言うのは無理がない?」

「ふふっ?もっとこちらに寄りかかっていただいても構いませんよ?私も、少し肩口お邪魔させていただきますので……♪」

「……じゃあこちらも。お言葉、甘えさせていただきます」

 

今朝からニュースで引っ張りだこの、しし座流星群。なんでも二十年に一度の大出現が今晩、この日本全土で綺麗に見えるらしい。

ということで、おなじみ秋川理事長の粋な計らいにより、今晩は校舎屋上を生徒や職員達に解放することと相成ったのである。

 

「しかし、ほんと凄いよね?二十年に一度のってタイミングで、僕ら丁度トレセン学園に在籍してたおかげでこんなにいい場所から流星群を観れるなんてさ、本当に凄い偶然だ」

「ふふっ、ええ、その通りですね?こんなに綺麗に星が見える場所なんて、都内ではきっとここくらいのものでしょうから♪」

 

周りに高い建物のまったくない自然に囲まれたこの学園は、図らずも星を観るのには絶好の環境。そんな場所に、偶然このタイミングで立ち会うことができたというのは……

何より、彼女と共に立ち会うことができたというのは、きっと僕の人生の中でも指折りの幸運、なのかもしれないな。

 

「……二十年後、この流星群がまた現れる頃。いったい僕らはどこで何をしてるんだろうね」

「ふふっ?それ、どちらかと言うと観終わった後に言うことではありませんか?」

「あ、あはは……まあ、確かにそれもそうだね?」

 

何気なくこぼした言葉に、彼女の至極当然なつっこみ。と、やわらかい笑顔、肩口に当たる吐息。その生暖かさに、思わず身震いを起こす僕。

 

「そうですねえ……正直、この学園を卒業してからの事など、さっぱり想像がつきませんね?」

「あー、まあ、ねえ?」

「なんなら二十年後も五十年後も、百年後も。この場所でトレーナーさんとご一緒にトレーニングに明け暮れたり、どこかでレースに出走したり、遊びに出かけたり……相変わらずそんな日々を繰り返しているのではないか。なんて、そんな気さえしてきます♪」

「……うーん、そっかぁ」

「ふふ、まあそんなことはありえませんけど。けれどもそれはそれとして、それなりに今と似たような生活を送れていたのなら、それはとても幸せだなあ、なんて思います。なにかの仕事について、働いて働いて、休みの日は思い切り遊んで、なんて、ですね」

「まあ……そうかもね?」

 

 

『さあ、いよいよ到来予想時刻になりましたが……いかがでしょう?リスナーの皆さんは、流星群、見えましたか?』

「うーん?まだ来ないのかなー?」

「そりゃあ自然現象なんだし、時間ピッタリってことはさすがにありえないでしょ?」

 

 

掠れたラジオが伝えた、流星群の到来予想時刻。そこから十秒が過ぎ、屋上に集ったウマ娘達は今か今かと待ちわびるように一斉に首を上げ始める。もちろん、例に漏れず彼女も。

 

「……実際問題、なかなか難しいけどね」

「はい?」

「『走るために生まれた』と称される存在が、いずれ走れなくなって。その後どうすればいいかなんて、ほとんど誰も何も教えてはくれないから、さ」

「………………」

「中央出身の生徒は、レース関係職で引く手数多だ……ってのも、結局受け皿には限界があるし。果たして今日ここに集まったウマ娘達のどれだけが、卒業後も今と同じように幸せな暮らしを送って、また二十年後も同じような心持ちで流星群を見る事ができるのか……なんて考え出すと、少し恐ろしいなって」

「……それは」

「って、ご、ごめんね?これこそこんな時にやる話じゃないよね?」

 

思わずこの口から溢れ出した、こんなにも賑やかで楽しい祝祭にはとても似つかわしくない、野暮で、無粋な弱音。慌てて僕は自らの喉を絞って引き笑いながら、誰もが天を仰ぐこの夜の中でただひとりだけ、地上に佇む彼女に眼を向ける。

 

「───────あ」

「……アルダン?どうしたの?」

「い、いえ、ただ、その、そうですね。少し、今のトレーナーさんの、お話を聴いて、思ったのです」

「っ、う、うん」

 

 

「────星空は、『いつも』綺麗だな、と」

 

 

「……えっと、それって、どういう

 

「あーーーーーっ!?」「きたきた!流星群!すごいすごいすごい!」「早く!カメラカメラ!撮って撮って!」「はいはい皆さーん?立ち上がらずに観てくださいねー?」「ヤーッべ!星ガチデカイんだけどー☆」「願い事しよ!願い事!」「えーっ?なんにしよー?」

 

「………………」

 

彼女のそのささやきの真意を問いただす、僕の言葉は、呆気なく闇夜の喧騒にかき消される。

まるで耳をつんざく轟音、肌を灼く熱狂、肩と肩がぶつかる衝撃、けど、その中で。

 

 

「────ああ、綺麗だ」

 

 

それでも……僕の視線は、脳は、こころは、釘付けになる。

彼女の、大銀河を封じ込めたかのような紫の瞳に。天の河を宿したような水色の髪に。超新星の如く輝く白い肌に。

そしてそんな麗しさを自在に纏いながらも、どこか物憂げに、満ち足りぬようにえくぼを落とす、三等星のようなその横顔に。

 

釘付けになった、ただ、釘付けになっていた。

 

 

──────────────

 

 

『……えー、気象庁によりますと、本年のしし座流星群はただいまの時刻もって収束が確認されたとの事です。いかがでしょう?リスナーの皆様はちゃんと観ることができましたでしょうか?というわけで、こちらの番組もそろそろお別れの時間がやってま

 

プツッ……

 

「さて、もう夜分遅いので皆さん足元にはお気をつけて。生徒の皆さんは、寄り道などせずまっすぐ寮へお帰りくださいねー?」

「はーっ!めちゃくちゃ綺麗だったねー!」

「ねー!こんなの一生忘れらんないよねー!」

 

すっかり月も登りきって、深夜どきに両足突っ込んだ宵時分。校舎正面ターフの燻った匂いが、上昇気流に乗って苦々しく漂ってきた屋上で。

 

「……ん?あれ、終わった?」

 

ぽつ、ぽつりと首を下げて席を立つ人々を、上の空なこころ模様で、僕は眺める。

 

「終わっ、たのか、これ?流星群、全然観た記憶がないんだけど……」

「………………」

「あ、アルダン。なんか、もう終わっちゃったみたいだから、僕らも帰る?」

「……ううん」

「……アルダン?」

 

終わりの鐘が鳴ったみたいに、ひとり、またひとりと姿を消していくウマ娘達、前も後ろも、右も左もいなくなった長ベンチの上。

それでも僕らは未だに、およそ一人半ぶんのスペースに吸い付くように詰めて膝を下ろしていた。

 

「まだ、帰りたくない?」

「……はい」

「うん、なら仕方ないね」

 

未だ僕の肩口をお邪魔し続ける、アルダンの小ぶりな頭。なんでもないようなふりを続けて、僕はその場に留まり続ける。

 

「あっ、アルダンはさ、流星群観れた?」

「ええ、見えましたよ。とても綺麗でした」

「うん、それは良かった。いやなんか、僕なぜか全然記憶になくてさ?せっかくの二十年に一度の機会なのに、もったいないことしちゃったなあ、って……」

「……あの、トレーナーさん」

「うん」

 

いつも通りの取り留めのない、ひどく心地の良い会話を繰り広げながら、僕は彼女の次の言葉を待つ。目線は合わないけど、彼女の器用に動く耳先が、しきりに僕の頬をなでる、その感触が、少しくすぐったかった。

 

「申し訳ございません、もしかしたらこの場に似つかわしくない、野暮で無粋な言葉なのかもしれませんが……」

「うん、大丈夫だよ、野暮で無粋なのは僕の専売特許だから。だから僕は、ちょっとやそっとくらいじゃなんとも思わない」

「────星空は、『いつも』綺麗なのです」

「……うん」

 

星の巡りのように、ようやく還ってきたその話題。聞き漏らさないよう、僕は耳を凝らす。

 

「流星群ももちろん美しいものです。けれども、流星群なんてなくても星空はずっと綺麗なのです。それに星空は、常に変わり続ける。二十年に一度どころか、今晩の星空は、今晩が終われば、もう二度と出会うことはできない」

「………………」

「今日のような満面の快晴の空もあれば、薄くくもったご機嫌ななめな空もある。星空はいつも綺麗だし、いつの星空も、またとない特別な空なのです」

「ああ、そうだね、その通りだ」

 

そうやって想い馳せるように、この夜の中でただ一人、空を眺め続ける彼女。その薄くくもったご機嫌ななめな横顔をもまた、僕は見つめ続ける。

 

「けれども、人々は流星群が終われば、すぐに何事も無かったかのように顔を下ろしてしまうのです。『綺麗だった』、『最高だった』、『一生忘れない』……全て何もかも、『過去形』にして。星空は、今もあんなに輝いているというのに」

「……そうだね」

「なんでしょうね、なんなんでしょう、私はその事が、とても恐ろしく感じるのです」

 

つい先程まで轟音と熱狂と衝撃に満ち溢れていた……今ではもうほとんどの人が捌けきった、誰も見上げてもいない夜空の元で。

奇しくも僕ら二人、どこか似た恐れを一人ひとつずつ、大切に抱きかかえていたのであった。

 

「大切なもの、そんなに増えたんだね、アルダン」

「……ふふっ?私、そんなこと話してましたっけ?」

「いいや、ただの僕の想像、だけどさ」

「けれども、なんだかすごくしっくりきます。私は、かつての私とは違う意味で『今』が大切になってしまった」

「きっとすこし昔の君なら、ほんの一瞬だとしても鮮烈に記憶に残る、流星群の方に憧れてたんだろうね?」

「ええ、そのとおり。けれども今の私は……さながら流星群からはぐれた、迷い星といったところでしょうか?」

「……野暮で無粋なブラックホールの重力にでも、捕まっちゃったかな」

「ふふふっ……!ええ、ええ、まったくです♪」

 

霞が晴れるように、天気予報が外れるように、思いがけず一瞬だけ満面の笑みを覗かせる彼女。そして彼女に少し預けた体重を、取り戻すことをためらう僕。知らぬ間に、この夜は僕と彼女のふたりだけになっていた。

 

「今の私は、何もかも大切なのです。ターフの上で、歴史に蹄跡を残すのももちろん大切ですが、そうじゃない時も」

「……うん」

「友人とショッピングに赴く瞬間も、姉様に髪をといてもらう瞬間も……貴方の肩で、こうして身を休める瞬間も。すべて、同じくらいに大切になってしまったのです、私にとって」

「うん、うん」

「……けれども、やはり『ウマ娘が走るために生まれる』この世では、それらは全てただの『背景』と化してしまう。あの穏やかで美しい星空が、派手で鮮烈な流星群の背景としてしか見てもらえなかったように、穏やかで美しい私たちの日常も、派手で鮮烈なレースの背景情報でしかなくなる」

「………………」

「そして私が、いつかターフを去る時。『メジロアルダン』という歴史を辿り終えた、その後に残るのは、誰も……友人たちも姉様も、貴方だって。誰一人見上げもしない、孤独な夜空だけなのかもしれない。私はそれが、とてつもなく恐ろしいのです」

 

『ウマ娘』としての喜び。

『ただの少女』としての喜び。

欲張りで頑固が専売特許の彼女は、もちろんどちらも、どちらも追い求める。追い求めるから、痛い、苦しい。その姿はまるで自らの身を燃やしながら、しかしその場を一歩も動けぬ恒星のようであった。

僕は、口を開く。

 

「……二十年後、この流星群がまた現れる頃。いったい僕らはどこで何をしてるんだろう」

「……!」

「君の答えを聞いて、僕はすごく嬉しくなって、すこし悔しくなった。その身が燃え尽きるのも厭わない程の修羅の中生きてきた君が、過ぎ去っていく今を惜しむほどの幸せを、とうとう手に入れることができたんだって。まず、嬉しくなった」

「……ふふ、それは、もちろん」

「けれどもひっくり返して考えてみれば、それは僕の不甲斐なさの証でもある。『このまままっすぐ頑張り続けてさえいれば、二十年後や五十年後、百年後の未来は今よりもっと幸せになる』。僕は、君にそう信じ込ませることができなかった。それがすごく、悔しかったんだ」

「………………」

「それを誤魔化す為に僕は、あんなタイミングで酷く野暮で無粋な弱音を吐いてしまった。本当に、ごめんなさい」

「……ほんと、いくらなんでも考え過ぎですね。貴方も、私も」

「ああ、ほんと、そうだね」

 

意を決して、自らの体重を取り戻す僕。そんな僕の様子を感じ取って、何を思ったか彼女はより深く、ぴったりと僕の肩口に土足で押しかけてくる。

その真意は、相変わらずよく分からないけど。

 

「……今の僕には、なんの力もない。この星空から顔を背けて去っていく人を止められる権力も魅力もないし、二十年後、今日と同じように平和に流星群を眺めていられるって保証も、できない、けど」

「できない、けど?」

 

「君の大切なもの、全てが君から離れていったとしても。僕だけは、隣で寄り添う、そんな未来だけは保証するよ。必ず」

 

僕は体制を立て直して、もう一度、意を決して彼女にこの重荷を預ける。しぼりの歪んだ望遠鏡のように、近く寄り添いすぎてもう横顔すらピントのあわない彼女の姿。

 

「……ふふ、ふふふ?そこまで言われてしまえば仕方がありませんね?」

「アルダン?」

「仕方がないので……本当に、もう少しくらいは信じてみますよ、貴方がいつまでも寄り添ってくれるらしい、未来というものを……♪」

「……ああ、絶対に一緒にいるよ。もし君と僕が遠くはぐれてしまったとしても、君がどこかで燃え尽きて、塵になってしまったとしても……この星空の中から、僕は、必ず、見つけだす」

「ええ、約束ですよ、トレーナーさん」

「ああ、約束だよ、アルダン」

 

それでもやっぱり、何度でも何度でも、きっと今だけじゃない、僕がこの先に生きていく全ての人生、時間の中で。

 

僕の視線は、脳は、こころは、いつまでも彼女に、釘付けにされてしまう。

 

「さて……そんなことを言っていたら早速私たち、ふたりだけで屋上に取り残されてしまったみたいですが……」

「あはは……まあ、それならそれでちょうどいいや。もう少しだけ、一緒に星を観ていようか?」

「ふふっ、賛成です♪」

 

何の気なしに笑いあってから、僕は……何気に本日、初めてこの星空を仰ぎ見る。

 

「あ、流れ星」

 

ちょうどその瞬間、流星群に遅れて自由に動き出した、ひとすじの彗星。

そんな彗星にこそ、僕はほんのひとつまみだけ、ひそやかな願いをかけるのであった。

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