メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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アイラブニージュー

「よし!それじゃあ今週のミーティング、初めていこっか!」

「はい、よろしくお願いいたしますトレーナーさん♪」

 

いつもとまるで変わらないトレーナー室。窓の外から注ぎ込む風に、存在しないはずの潮の香りを感じてしまう、そんな季節。これまたいつもの如く僕は部屋のソファーに腰掛け、担当ウマ娘との週に一度のミーティングに勤しんでいた。

 

「まずは一週間のトレーニング予定なんだけど、月曜日はジム室でのウェイトトレーニングで……」

「はい♪了解です♪」

「それと、火曜日から木曜日、ここはターフが使える予定だから、併走と坂路中心でいくね?」

「ええ♪異論なしです♪」

「それから……それから……なんだけど……」

「はいっ♪」

「……あのさ、アルダン?」

 

僕が広げた手帳のカレンダーに、粛々と相槌を打つ彼女。つつがなく進行していくミーティングに……ひとまず僕は、待ったをかけた。

どうしても、どうしても気になってしまったのは、僕と彼女の……我が担当ウマ娘、メジロアルダンの、その『距離感』、というか。

 

「なんか、近くない?」

「そうですかね♪そんなことはないと思いますよ♪」

「いや、近いでしょ?というかなんで横並び?普通にいつも通り向かい合わせに座ればよくない?」

「いえいえ、こちらの方が貴方の声がよく聞こえますでしょう♪貴方のお顔もよく見えますし♪」

「僕の顔じゃなくてスケジュール見てほしいんだけど……」

「ふふ、大丈夫です♪きっちりと頭には入っていますので♪まず月曜日がウェイトトレーニング、次に火曜から木曜日が併走と坂路、ですよね♪」

「ま、まあ、それならいいんだけど……?」

 

まあまあ、気まぐれな彼女の事だ。別に支障は無さそうだし、それに形はどうあれ僕に好感を持ってくれているのは、素直に嬉しいことだ。相変わらず彼女の真意は分からないけど、これくらいなら、気にするほどのことじゃ……

 

「いや、やっぱり近くない?なんで腕組んでるの僕ら?」

「ふふ♪きちんと手を繋いでいないと、トレーナーさんすぐに迷子になってしまいますでしょう♪」

「学園の中じゃならないよ!……いや別に外でもならないよ!」

 

 

──────────────

 

 

「きゅうじゅうはち……きゅうじゅうきゅう……ひ、ひゃくっ!ふぅ……下半身のウェイトトレーニング、完了です♪」

「お疲れアルダン!飲み物と、それとタオル!身体冷える前にちゃんと汗拭くんだよ?」

「ふふ、ありがとうございます♪流石はトレーナーさん、まさしく御仏の如き優しさですね♪」

「流石に悟りまでは開いてないかなぁ……それにしても、この部屋蒸し暑いね?ほんとに心頭滅却でもしてれば涼しくなるんだけど……」

「あら大変!トレーナーさんも汗だくですよ?ささ、もっと近くにいらしてください♪私が拭いて差し上げます♪」

「えっ、いやだから距離感……てか汗ぐらい自分で拭げぅぐぐぅぇ……!」

「ふふふ♪さ、もっとこちらにお顔を向けてください♪ふきふき♪ふきふき♪」

「もご、むぐぐ……あ、アルダっ!い、息が……!ぐ、ぐるじ……!」

 

 

──────────────

 

 

「お疲れ様ですトレーナーさん♪」

「お、お疲れアルダン。昼休みにどうしたの?」

「ええ♪お弁当を作って来たので、はい、あーん♪」

「むぐっ!?ほ、ほいひいねこの唐揚げ!そして一切の隙を与えてくれないんだね?いきなり目の前に君と唐揚げが現れたの、だいぶびっくりしたよ?」

「あら、これは申し訳ございません♪今日は少し張り切って多めに作ってきたので、どんどん食べて欲しくって♪」

「へえ、そんなに張り切ってくれたの?ちょっと申し訳ない気もするけど……」

「ええ♪早起きしてトレーナーさんの大好きなおかずを沢山詰め込んで来ましたよ♪まず一番上の、48階の部分にはですね……♪」

「ごめんね、今、東京都庁でしか聞いた事ない階数が聞こえた気がするんだけど、気のせいだよね?」

「あら、よく分かってますねトレーナーさん♪流石はアルダンファーストの会代表♪」

「別に出馬とかしてないよ僕?」

「もちろん、都庁といえばツインタワーですよね?という訳で……」

「誰かーーっ!今すぐオグリキャップ連れてきて!!!」

 

 

──────────────

 

 

「さて、今日の……トレーニング……は……」

「はい♪頑張って行きましょうね♪」

「……ええと、そんなに引っ付いてるとトレーニングできないよ?」

「ご心配なく♪走る時だけは、その時『だけ』は、やむを得ず離れますから、だから今は……ね♪」

「………………」

 

やはり、おかしい……!

 

普段から誰にでも、そして僕にでも実に気さくに接してくれるアルダン。けれど最近の彼女の僕に対する『距離感』は、明らかにおかしい……!一体いつから、どうしてこんな事に?理由なんて、まるで検討も……

 

「………………」

 

いや、いつからかは分かるな、理由も朧気ながら検討がつく。先日の『名古屋デート』だ。

あの高松宮杯の後の一件で、幸か不幸か今までよりもずっと近づいた僕たちの心。それそのものが良い事だったのか悪い事だったのかは、まだまだ判断が付かないから置いとくとして……

 

「あ、あれアルダン先輩とそのトレーナーさんだよね?」

「なんか距離感近くない?あれってさ、もしかして、もしかしたら……?」

 

「………………」

 

まさか、心だけじゃなく物理的な距離感まで近付いてしまうとは……

もちろんそれだって、僕個人として嫌という訳では無いが、このままでは世間体的に色々と不味い、不味すぎる。ここは僕個人ではなく一トレーナーとして、毅然とした態度で指摘しないと……!

 

「あのさ!アルダン!」

「っ……トレーナー、さん……?」

「…………あ、あ、えーと」

「トレーナー、さん……」

「……その、あんまりくっついてると、ほら、足元、足元、危なかったりするし、その」

「……ふふっ♪大丈夫ですよ、いざという時はトレーナーさんに飛びつきますから♪良いですよね♪」

「……うん!いいよ!」

 

ダメだぁ……そんな切なそうな顔されるとなんにも言えなくなるぅ……そもそも原因の一端は僕にだってあるわけだし、そんな強く言える立場でもないし……

しかし、だとしても当然この状態のままでいていいはずもない。原因の一端は僕にだってあるのだからこそ、たとえ彼女に多少嫌われたとしても、僕が、僕がなんとかしないと……

 

「ふふっ♪ありがとうございます♪ずっとご一緒ですよ、私のトレーナーさん♪」

「そ、それはもちろん!それはもちろんだけど……ん?」

 

或いは、ひっくり返して考えてみれば。

 

今の彼女は僕の『いい所』しか見えていない状態。すなわち、逆に僕の『悪い所』を積極的に見せて程よく嫌われれば、上手いこと中和されて丁度いい距離感に戻ってくれるのでは?

 

 

──────────────

 

 

作戦ナンバー①『スパルタ』

 

「お、オラ!まだまだァ!そんなことで、ど、どうするんだアルダン!」

「っ……!は、はいっ!」

 

彼女のような麗しの女学生に嫌われる存在と言えば、そう、鬼教師。言葉は厳しく、風紀にも厳しい、彼らのその威圧的な態度は、いつの時代も若人達の嫌われ者の代表として燦々とその名を轟かせてきた。多分。

 

「お、オラオラ勝手に休むな!休む時はきちんと水分補給しろって言っただろ!普通の水とスポドリ!どっちがいいんだァ?オラ!」

「ふ……ふふっ♪では、お水をお願いいたします♪」

「オラ!分かってんだろうなァ!急いで飲むんじゃねえぞ!気管に入らないようゆっくり飲めよ!」

 

と言うことで本日。僕は徹底的に心を鬼にして、彼女に対して地獄のように厳しい…………口調で、いつも通りの分量のトレーニングを課したのであった。オーバーワーク?ダメ、ゼッタイ。

 

「ふっふっ……ふっ!」

「オラオラどうしたァ!脚上がってねェぞ!どっか痛めたんじゃねェだろうなァ!?どっか痛かったら、今すぐ走んの止めて安静にしやがれェ!」

「ふふふっ♪問題ありませんよっ……ふんっ!」

「オイオイオイなんだァその走り?その走り……は……全く非の打ち所がねェじゃねえか!天才かァオイ!?」

 

うっ……!じ、自分で始めた事とはいえ、彼女にこんなに強く当たり散らかすなんて、つ、辛すぎる……!けれど、耐えるんだ僕!これも彼女の為……!彼女の……

 

「……っ、やめだやめだァ!今日のトレーニングはもう終いだァ!チンタラしてないで、入念なクールダウンしやがれェ!」

「……えっ?」

「えっ?……じ、じゃなくて、なんだァ、文句でもあんのかァ!?」

「いえ、もう、終わりですか?トレーナーさん、今日は随分と張り切ってらっしゃったので、普段より厳しく追い込んで指導していただけるのかと思っていたのですが……」

「…………あァ?」

「嬉しかったのですよ♪普段は優しいトレーナーさんが、こんなにも私の為を思って厳しく指導してくれるだなんて……♪ささ、私は全く嫌ではありませんから、夜通し走り込みでも崖登りでもなんでも、遠慮などされずご指示ください、トレーナーさんっ♪」

「……うん、それは普通にオーバーワークだから、今日は切り上げよ?ね?」

 

 

──────────────

 

 

作戦ナンバー②『金欠』

 

「お疲れ様で……あら?トレーナーさん、それは何を食べているのですか?」

「ん?ああ、モヤシだよ?い、いやその、今月めちゃくちゃピンチでさ?いやー、辛いわー?」

 

女性に嫌われる男性の特徴ナンバーワンといえば、そう、経済的に自立していない男。享楽的で、節度もなく、人に頼ってばかりの人間はいずれ愛想を尽かされ、ボロ雑巾のように捨てられるのが世の常なのである。多分。

 

「まあ……一体何にそこまでお金を使ってしまったのですか?」

「そりゃもちろんギャンブ……は流石にライン超えか……ええと、あ、ゲーム、ゲームに課金し過ぎちゃってさあ?い、いやぁ、このままじゃ家賃も払えなくて、追い出されちゃうかもなぁー?」

「………………」

 

お、おお?これはいい感じに程よく引かれているんじゃないか?流石のアルダンでも、こんな甲斐性なしなんてとても相手には……

 

 

ピッピッピッ……プルルルル……

 

 

「……あっ、もしもしばあや?一つお願いがありまして……ええ、トレセン近くにあるメジロ家のゲストハウス、あちらを無期限で手配していただけますか?」

 

「えっ」

 

「ええ、ええ、可能な限り早急に、では……ふふふっ、ご安心くださいトレーナーさん?貴方の住むお家は、今しがた手配いたしましたよ?」

「あ、え……?」

「それに、お家だけではありません。私におっしゃっていただければ食べ物も着るものも遊ぶお金も……貴方が私のトレーナーとしてそばに居てくださるのなら、貴方の事は一生涯、私が支えますから……ね♪」

「ごめんごめんごめんごめんごめん嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!ほら見てこれ僕の口座!ちょっとは蓄えもあるからほら!ほんと嘘ついてごめんなさい!だから君は絶対そんな風にならないで!ほんと!お願いだから!本気で!!!」

 

 

──────────────

 

 

「どうすればいいんだ……」

 

いつもとまるで変わらないトレーナー室。窓の外から注ぎ込む風に、切なさと焦燥感を感じてしまう、そんな季節。これまたいつもの如く僕は部屋の隅で膝を抱えて、迷路のような思考をぐるぐる辿っていた。

 

「適切な、距離感。適切な……ウマ娘とトレーナーの、関係。う、うぬぬぬぬ……」

 

当然、僕だって彼女のことは少なからず……というより、この世の他の誰よりも大切な存在だ。だから、そんな彼女がああして大いに僕の事を慕ってくれているのは、もちろん素直に嬉しく思う。しかし、それはきっとウマ娘とトレーナー、生徒と指導者との関係とは、違うのだろうな。

 

     ◆

 

『ふふ、ありがとうございます♪流石はトレーナーさん、まさしく御仏の如き優しさですね♪』

 

『今日は少し張り切って多めに作ってきたので、どんどん食べて欲しくって♪』

 

『ふふっ♪ありがとうございます♪ずっとご一緒ですよ、私のトレーナーさん♪』

 

     ◆

 

「……本当に、凄く嬉しいとは思ってるんだけどな」

 

彼女に嫌われる為の妙案は浮かばず、代わりに浮かんでくるのは、やはり彼女の、優しい笑顔。本当に、やはりどうして彼女はそこまで僕の事を慕ってくれるのだろう。こんな僕に対して『ありがとう』と言ってくれるのだろう。こんななんの取り柄もないトレーナーに、それでも着いてきてくれて……感謝を述べたいのは、僕の方だと言……

 

「……うっ!?」

 

そういえばここ数日、彼女からあれ程の献身を受けておいて。

 

僕の方はほんの一度でも、彼女に感謝を述べていたか?

 

「………………」

 

周囲からの目線、一般的な距離感、そういった『あたりまえの常識』というものに囚われて、肝心の、今目の前に存在する彼女自身の事を……僕はきちんと、視ていたのだろうか?

 

 

──────────────

 

 

「お疲れ様ですっ♪トレーナーさ……」

「……ああ、お疲れ様、アルダン」

「……トレーナーさん?」

 

またいつもの如く、トレーナー室に満面の笑みで乗り込んできたアルダン。そんな彼女の全身を綺麗に、ピッタリと過不足なく瞳に収まるように、僕は真正面から、半歩引いた距離感で彼女と対峙する。

 

「そのまま、そのままで。君に聞いて欲しい話があるんだ、アルダン」

「は、はい……!」

 

なんだか、こんな距離感で彼女の事を視詰めるのは、ひどく久しぶりな気がする。その麗しい顔立ち……から伸びた細く白い首に、驚く程スタイルの整った長い手足。『この距離感』だからこそ感じることのできる彼女の美貌にこの眼を奪われつつ、それでも僕は、言葉を紡いだ。

 

「……いつも、僕と一緒にいてくれて、ありがとう!」

「…………!」

 

そうだ、きっと彼女があんな距離感になってしまったのは……彼女が向けてくる想いに対した、僕の声が届かなかったからだ。彼女の献身を受け取るだけ受け取って、僕はありがとうのひとつも、彼女に言えなかった。だからこそ、彼女はその献身が伝わっていないのだと誤認して、どんどん、どんどんと距離を詰めていった。心配、だったのだ、きっと、彼女は。

 

だから僕は、ある程度離れていても聞こえる大きな声で、言葉を尽くす。君が尽くしてくれた言葉達の、更に何倍でも、返せるように─────

 

「まずは、毎日毎日元気でいてくれてありがとうアルダン。君が毎日元気でいる、というのはきっと他のウマ娘達よりもずっと大変なことだって事は分かっている。そんな中で辛い顔ひとつ見せずにいつも僕の前で笑顔を見せてくれている、それが僕は、本当に嬉しいんだ。もちろん僕も助けになるし、辛い時は辛いとすぐに言って欲しいけど。それと、いつも僕と一緒にトレーニングの事を考えてくれてありがとう。本当は僕一人で考えなくちゃいけないことだけど、やっぱり君の発想力と自由な視点にはいつも助けられてるよ。助けられてると言ったら、いつもトレーナー室の掃除も手伝ってくれてありがとう。君が掃除した後は埃一つも残らないから、本当に助かってるよ。その几帳面な所も、本当に素敵だと思う。けれどもそれだけじゃないのも知ってる、君は時々凄く大胆になる時もあって、ああ、例えばこの間一緒にラーメン屋さんに行った時に、僕が間違えで超メガ盛りを頼んじゃって、あの時は、何も言わずに助けてくれたよね?あの時の君の豪快な食べっぷり、凄かったよ。あの後すぐに満腹過ぎて気絶しちゃったから言えてなかったけど、あの時も本当に助かったよ、ありがとう。食べ物といえば、この間作ってくれた特大弁当も美味しかったなぁ、君が作ってくれる繊細な味の料理は、優しくて、けれども芯の部分に確かな主張の強さがあって、まさしく君自身を体現しているような味で、毎日食べても食べ飽きないんだ。こんな料理を食べられるなんて、僕は本当に幸せ者だって、ちゃんとわかってるよ。いつもありがとう、アルダン。あ、あとこの間解れた僕のボタンを縫ってくれたよね?僕、裁縫は苦手だからああなっちゃうと今まで捨てるしか無かったけど、でもあのシャツお気に入りだったから、直してくれて本当に嬉しかったんだ。料理に加えて裁縫まで、器用になんでもこなしちゃう君の事、本当に心から尊敬してる。あ、それと洗濯や、勉強や芸術もだよね。博識でなんでも知ってる君の事も凄く尊敬してるよ。博物館や美術館で生き生きと話してくれる君の姿がいつも心の中に焼き付いてて、いつも心の支えにしてもらってる。トレーナーだってのに君に教えてもらったことも沢山あったよね。君の話してくれる知識は、何時でも興味深くて、いつも君は謙遜しちゃうけど、でもやっぱりそれは君の誇っていいところだと僕は思うよ。そんな君の事も、僕は本当に尊敬し尽くしている。でも、本当に時々は弱いところを見せてくれてもいいと思ってるよ?完璧なだけが君の魅力じゃないって事、僕は絶対に忘れてないからね?ほら、こないだの名古屋デートの時も、少しだけお土産を買いすぎて新幹線に乗れるかどうかギリギリだったよね。ああいう欲張りな一面も、やっぱり僕は素敵だと思ってるし、それこそがメジロアルダンの強みだと思ってる。それは、そうだな、レースの時もそうだ。これからも、なんでも欲張って手にしていく君の事を心から応援してるよ。本当に、ほんのちょっとしか伝えられてないけど、いつもいつも、本当の本当にありがとう!アルダン!!!」

 

 

 

「ええ…………?」

 

 

おや、思ってた反応と違うな。

 

「……なんか、引かれるような事言った?僕?」

 

彼女への感謝の気持ちの、ほんの爪先程度を語った所で……奇特なものを見るような目でこちらを見つめる彼女の表情に、僕は気付く……あっ、これもしかして、『程よく嫌われる』の、成功してる?

 

「ふふっ、ふふふっ?もう、トレーナーさんは本当におかしな人ですね?」

「えっ?おかし、えっ?今のどの辺が!?」

「ほんと……私ったら、どうしてこんな人の事を……」

「ん?何?なんか言った?ちょっと聞こえなかった……」

 

コツン

 

「ふぎゃっ!」

「ストップ、女の子の身体に不用意に近付くものではありませんよ?トレーナーさん?」

「えっ!?え、いや、ついさっきまで君も……」

「お返事は?」

「は、はい!」

「よろしい♪」

 

少し広がった距離を詰めるように、踏み出した僕の身体を軽く小突くアルダン。その暖かくも冷たくも、優しくも厳しくもない『距離感』……そうだった、これこそが『今の僕ら』の、距離感なんだった。ようやく帰ってきた日常に、僕は一息、胸を撫で下ろす。

 

「……ふふっ、これからもよろしくお願いいたしますね?迷走し過ぎて、私に捨てられたりしないように……せいぜい頑張ってください、トレーナーさん♪」

「あ、ああ!望むところだよアルダン!……それはそれとして、たまには優しくしてくれていいんだよ?」

「それは……貴方次第ですね♪」

 

いつもとまるで変わらないトレーナー室。そして、いつもとまるで変わらない、丁度よく広かった彼女との距離。

手を伸ばしても、少しだけ届かないくらいのその距離。

 

そんな中で、僕らはこれまたいつも通りに笑顔と呆れ顔を暖かく結び合った。窓の外から注ぎ込む風が実に丁度よく、浮かんだ冷や汗を乾かしてくれる、そんな季節のことであった。

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