メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
メジロアルダン×男トレ小説短編集
3rd ALBUM
『HEART BEAT MODE』
より、書き下ろし新作『運命』の冒頭試し読みとなります。
運命 試し読みver.
「うわーっ!凄っ!こんな大量の楽器、初めて見た!」
「ふふふ、それほどでもありませんよ?本邸の楽器室は、こちらの十倍の広さはありますので♪」
「じゅっ……⁉ひええ、おっかな……」
清々しい青空広がる、とある日曜日の昼下がり。ひょんなことからメジロ家の邸宅へ招かれた僕は、せっかくの機会だからということでその広々とした宅内を自由気ままに散策させてもらっていた。
目玉が飛び出るような美術品のコレクションやら、この邸宅の為だけに掘られた完全プライベート天然温泉やらを、まるで小旅行にでもやってきたかのような浮ついた気持ちで眺める僕。いやはや、このままもう二、三日程お邪魔させて貰えないだろうか?などと密かに企みながら歩みを進めていると、不意に現れたのは、『楽器室』と重々しく冠された大仰な扉であった。
「メジロ家の集まりで、時々楽器演奏を披露する催しがあるのです。そういった時に、皆でこの部屋に集まって練習したりしていましたね?本当に、懐かしいです……」
「あら、いいねそれ?今度やる時は僕も呼んで欲しいな?」
「……ふふふっ!ええ、是非とも♪」
いてもたってもいられず、すかさず足を踏み入れる僕。その半歩後ろを跳ね踊るような足取りで着き歩く、我が担当ウマ娘、メジロアルダン。僕らを待っていたのは、当然ながら各々色とりどりの多種多様な楽器達。
弦楽器に管楽器、打楽器、和楽器……あまりに馴染み深いものからまるで演奏方法の見当もつかないようなものまで、実にジャンルレスに、けれどもお行事よくずらりと並んだその光景に、僕も思わず鼻息を荒くしてしまう。
「しかし、こう言ってはなんですが、トレーナーさんが楽器室に興味を示すとは少し意外ですね?そんなに音楽、お好きでしたっけ?」
「うーん、まあ、アルダンはあんまり馴染みないかもしれないけど、実は昔からロックバンドが好きでさ。学生の頃はライブハウスとかフェスとか、よく行ったりしてたんだ」
「まあ、ロック……!ふふふ、それは少し驚きです♪ということは、エレキギターなどを嗜まれていたり?」
「ああ、いや、聴くのは好きだけど自分じゃからきしでさ。音楽の授業もほとんどちんぷんかんぷんで……」
「まあ、それはそれは……」
「けど、それはそれとしてやっぱり楽器ってかっこいいからさ。街中の楽器屋とかも、弾けもしないくせに何故だかつい覗いちゃうんだよねぇ……」
「……ふふっ♪」
目を瞑ると今でも浮かんでくる、僕の青春を彩ったロックスター達の、大きな大きな背中。
もしも僕の声がもう少しばかり透き通っていたならば、もしも僕の指先がもう少しばかり器用だったとしたら。僕は今頃ウマ娘達の背中じゃなく、彼らの背を追いかけていたのかもしれないな……なんて、僅かに香ってきたグリスの香りに、思わず僕は鼻の頭を掻きむしる。
「それにしても、本当に色々あってすごいなぁ……あ!ヴァイオリンだ!こんな近くで見るの初めてだけど、意外と大きいんだね?」
「ふふ、残念♪そちらはヴィオラと言いまして、ヴァイオリンよりも低音域を奏でるための楽器なのです。本物のヴァイオリンは、こちらですね?」
「えっ?あ、ほんとだ、大きさが違う……ギターとベースみたいなもん?」
「ええ、その通り♪ただヴァイオリン属には更に低音を奏でられる、チェロにコントラバスといった楽器もあるのです。あ、丁度あちらに立てかけてありますね?」
「えっ?え?こ、コントラバス、でっか⁉僕の身長よりおっきいじゃん⁉」
「ふふふっ♪貴方は本当に、何にでも良い反応をしてくれますね?」
大きかったり小さかったり、派手だったり素朴だったり、個性豊かな楽器達のオンパレードに否が応でも胸が高鳴ってしまう僕。よりにもよって彼女の前で滑稽な姿を晒してしまう。というのは実に不本意だが、こればかりはどうもやむを得ないだろう。
「すごいなぁ……アルダンはここにある楽器、みんな弾けたりするの?」
「ふふっ、流石に全ては無理ですよ?姉様の真似をして絵はよく描いていましたが……音楽に関しては、皆と比べてあまり熱心には取り組んでいませんでしたから」
「へぇ……とはいえ、少しはやってたんでしょ?いいなぁ、君の絵もそうだったけど、君の奏でる音楽も、とびきり優しくて綺麗なんだろうなぁ……」
「ふふっ、そんなにおだてられても何も……ええと、随分久しぶりだけれど、大丈夫かしら?」
「おっ?」
なんて、透き通るような控えめで謙虚な言葉を並べながら、彼女は手にしたヴァイオリンをそっと肩にかけ、こちらにおどおどと目配せを送る。なるほど、自信の無さはどうやらブラフや謙遜などではないらしい。
「あの、本当に大した曲は弾けませんから。わ、笑ったりしないで下さいね?」
「もちろん、笑ったりしないよ。約束する」
「……ふふ、では僭越ながら……ご清聴、お願いいたします」
僕の差し出した小指に、更に小さくはにかみを返してから。彼女はそっとヴァイオリンに弓を添わせて、しゃんと胸を張り、背筋を伸ばす。
まるで大地に一輪、力強く咲く薔薇の花のようなその姿にただ見惚れていると……不意に僕の鼓膜に流れ込んできたのは、思った通りの優しい優しい、純白の音色。
「っ……いち、に。いち、に……」
「あ、この曲……」
彼女が、一つ一つ丁寧に、真摯に紡ぎ出す澄んだ音階。それをまるで星座のように繋ぎ合わせて現れたのは、誰もが知っている有名な、星をモチーフとした童謡であった。
「いち、に。いち、に……ひ、か、る。いち、に、いち、に……ほ、し、よ」
「…………」
大した曲ではない。というのはまあ、その通りなのだろう。素人耳で聴いても分かる、おそらくこの曲は子供用のレッスン本の、更に初めの方に載っているような易しい難易度の曲なのかもしれない、けれども。
「……いい曲、だなぁ」
「……!」
月並みな言い方だが、その曲を何故だか僕は、心の底から『良い曲』だと、そう、思った。それこそ何百年と語り継がれたクラシックの大名曲や、街中で流れる最新のヒットソングにも、まるで引けを取らないほどに、である。
元来この曲の持つポテンシャルに今更ながら気づいたのか、それとも彼女がこの場で奏でているからこそなのか、はたまたその、両方か。理由は釈然としないが、そのどこででも聴けるようなありふれた一曲は、確かに今、文字通り僕の心の琴線に触れ、力強く胸に響き渡っていたのだった。
「……ふーふーふーふー、ふーふーふん♪」
「……ふふっ♪」
「ふーふーふーふー、ふーふーふん♪」
「〜〜♪〜〜〜♫」
まるで甘い蜜に釣られた小虫のように、思わず僕は、緩やかなその旋律に鼻歌を添える。
かたや、華やかな装飾が象られた高級そうなヴァイオリンの音色。かたや、特に上手くも透き通ってもいない、音程すらおぼつかない素人の適当な鼻歌。けれども、なんだろうな。
「ふーふーふーふー、ふーふー……ふふっ……」
「〜〜♪〜〜〜♫」
たったそれだけの事なのに、僕と彼女の間にじわじわ拡がっていく、モードなムード。まるで両翼の揃った飛行機のように、その音色達は先程よりも高く遠く、どこまでも飛び、舞い上がっていく。
「……ふぅ、いかがでしたでしょうか?」
「おおー!最高だ!すっごく上手だったよ!」
「ふふふ、いえいえそれほどでも……途中から、トレーナーさんがリズムを取ってくれたおかげ、ですので♪」
「えっ、そう?僕、ちゃんとリズム取れてた?」
「ええ、ヴァイオリンは昔から少し苦手意識があったのですが……今日のトレーナーさんとのセッションは、とても楽しかったです♪」
「セッションって……いやまあ、広義的には間違いじゃない、のか?」
彼女がその弓をそっと納め、僅かな名残惜しさを残しながら、演奏が終わる。
というか、なんか途中から僕も気持ち良くなっちゃって、鼻歌というよりほとんど普通に歌っちゃってたな?セッション、セッションねぇ……彼女のなんとも大袈裟な言葉に、僅かばかり僕は、肩をすぼめる、けれども。
「ふふっ、トレーナーさんは……いかがでしたか?」
「ああ、もちろん、僕も楽しかった!」
けれども、なんだろうな、この感じ。
未だ心臓とつま先が覚えている、二・二・三の軽やかな拍子。身体中がじんわりと熱くて、少し喉も乾いてて、それでも何か心地よい、何かで満たされている……理由も分からない、説明もつかない、この感じ……
「ではでは、今度はトレーナーさんもなにか楽器を持ってみましょう♪何か演奏出来そうな楽器、ございますか?」
「えっ?えーと、タンバリンとか、カスタネットとか?リコーダー……は、ちょっともう自信ないかも……」
「ふむ、確かに打楽器なら感覚的に楽しめますかね?少しお待ちください、確かスネアドラムやら、カホンやらがこの辺りにあったような……」
この感覚をなんとか言語化しようと模索する僕に背を向け、楽器の群れへと無鉄砲に突っ込んでいくアルダン。その勇猛さに、つい見蕩れていると……
「あっ」
「ん?どうしたのアルダン?」
「ええと、そうですねぇ。打楽器ではありませんが……貴方にぴったりな楽器が一つ、見つかりました♪」
「え?僕にぴったりって……」
ゴソゴソと音を立てながら、無事に群れの中から生還するアルダン。彼女がなんとも大切そうに抱えてきたその楽器に……一瞬だけ、本当に一瞬だけ僕は彼女の事を忘れ、少年の日に戻ったかのように強く強く、目を奪われてしまう。
「ギター、だ」
「ええ、エレキギターではありませんが……いかがでしょう、トレーナーさん?」
彼女が両手で大切に抱える、シンプルなアコースティックギター。複雑なパターンの木目が目を引くそのブラウンのボディーに、優しげなオレンジの照明が射し込んで、てらついて、思わず僕は、鼻の頭を掻きむしった。
「そうだね、僕は、これがいい。弾き方なんて一つもわかんないけど、これが、いいな」
「ふふっ、では決まりですね?どうぞ、トレーナーさん♪」
3rd ALBUM
『HEART BEAT MODE』
2025/9/7 release!!
詳細はこちらから⤵︎ ︎
https://x.com/izswaaaaaaaaa/status/1958137479732814050?s=46&t=m_WaJy8DeBiDx4Y30fknkg