メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「開催ッ!トレセン学園、読書フェア!」
「は、はいっ!私のおすすめはやはり、ロブ・ロイの英雄譚ですっ!もちろん内容の充実度ではこの新装版が一番なのですが、読書に不慣れな方にはこちらの……」
「わたしが好きだったのは、このファンタジー小説かな?内容は結構シリアスな話なんだけど、出てくる魔女がなんだかスイープさんにそっくりで……ふふっ!」
「むふふ……!実はトレセン学園の図書室はラノベ系も充実しておりましてですねぇ〜!異世界転生モノとウマ娘ちゃんとのラブコメモノ、どちらがお好みで?」
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「おおー、図書室がこんなに大盛況なの、初めて見たね?」
「皆さんあんなにたくさんの本を手に取られて……一読書家として、なんだか嬉しくなりますね♪」
とある日の昼下がり、我が担当ウマ娘メジロアルダンと共に、僕は学園の図書室で人並みを子気味よくすり抜け歩いていた。
なんでも毎度おなじみ秋川理事長がウマ娘達の文化発展の為、トレセン学園読書フェアと銘打ち、私財を投げ打って図書室へ本を大量寄贈したとのこと。そしてそんな理事長の思惑通り、現在ここトレセン学園では空前の読書ブームが巻き起こっていたのであった。
「で、ここがその新刊コーナーかぁ。ちょっとさすがに、一学園の図書室の規模は超えちゃってるね?」
「ええ、なんでも日に日に本も本棚も増え過ぎて、最近では図書室に入る度に配置が変わってしまうらしくてですね。良いなと思った本を取り逃してしまえば、もう二度と見つからないかも……との事らしいですよ?」
「不思議のダンジョン?」
眼前に広がる、途方もない量の本棚。そこにずらりと並ぶ背表紙を、まるで健やかな日用品の買い出しのようにやさしく撫でるアルダン。その僅かに高揚した息遣いと、輝く瞳に向いてしまいそうになる視線をなんとか抑えて、僕も彼女の指先に追従し、それを見定める。
「ふふっ、それにしても本当に沢山の本♪漫画やアニメも良いですが、やはり個人的には『小説』という媒体が最も性に合っていると言いますか……やはり、好きなのですよね」
「ね?やっぱりいいよね小説って。かくいう僕は君に勧められるまで、ほとんど読んだこともなかった……というかむしろ苦手な部類だったんだよね、読書感想文とか苦手で……」
「ふふふっ?つまり私の布教が成功した、といったところですかね?」
「あはは、まんまとね?」
唇は軽口を叩きつつ、けれどもガラス越しにトランペットを眺める少年のように瞳を輝かせながら、彼女は指先を這わせ続ける。比較的新鮮なインクの匂い、一瞬とも永遠とも思える時間。あんなに混みあっていた図書室も、なぜだか静寂に包まれた、ような気がして。
「『自由』なのですよね、小説は」
「自由?」
「ええ、漫画やアニメ、ドラマ、映画などは周囲の情景や人物の表情を視覚情報で伝える事が出来て……それもまた、優れた表現技法ではあるのですが」
「ああ、けれども小説はそれが出来ない。でもその分、自分の解釈の余地が拡がるってことかな?」
「ええ、そのとおり♪」
不意にぴくりと片眉を持ち上げて、棚の中数多並ぶ本から、丁度指先に触れていたものを手に取るアルダン。そうしてその表紙から2、3ページをパラパラと捲り、軽く目を通してから……彼女は、笑顔を浮かべる。
「例えば単に『笑顔を浮かべる』と書いてあったとして、果たしてそれが満面の笑みなのか、それとも少し口元を緩ませた程度なのか、はたまた照れ笑いか愛想笑いなのか。さらに具体的に、一体何に目線を合わせて笑ったのか、それの何が面白くて笑顔を浮かべたのか……という風に、小説という媒体はその想像の幅が他の表現技法よりもずっとずっと、果てしなく広いのです」
「なるほど、なるほど?」
「ですので『小説を読む』という行為は、作者の作ったお話をそのまま受け取っているだけではない。読みながら、『自分だけの物語』を創造しているようなもの……だと、私は思うのです」
「まあ、まさしく君らしい……『メジロアルダン』らしい視点だね?」
「ふふふ♪そういうトレーナーさんはまだピンときていないご様子ですね?まあ、貴方にもそのうち解りますよ、この『自由』の面白さが♪」
「そ、そうかな?まあ、そうだったらいい、かな?」
……まさしく今、彼女のその笑みの意味が釈然と掴めず、僕は火を見るよりも明らかな愛想笑いを浮かべてしまう。
『自由』なのは確かに素晴らしいのかもしれないけど、それはそれとして、どうなんだろう。こう、『作者のきもち』とか、『作者の伝えたいこと』とか、なんとかかんとか……
「では、いかがでしょう?お互いにこの本の中から相手にオススメの一冊を探してきて、後ほどそれを紹介しあう、というのは♪」
「えっ?いやいや、君から僕に紹介するのはともかく、君が満足出来そうな本を僕が探してくるってのは、ちょっと難しいんじゃないかな?君の方が舌も肥えてるだろうし……」
「まあ?やる前からできないと決めつけるだなんて。貴方はレースの前にも私に同じことを言うのですか?」
「い、いやいやいや!もちろんレースじゃそんなこと言わないよ!?」
「では、それと同じことです。良いのですよ?貴方はただ単純にシンプルに『貴方だけの物語』で紹介していただければ……♪」
「僕だけの……って言われても、ええと……」
「では、早速私は探してまいりますので、また一時間ほど後に♪」
「え、ええ……」
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「ええと……アルダンが好きそうな本、アルダンが好きそうな本……」
僕の返答もろくに聞かずに、ダンジョンの奥地……ではなく図書室の奥の方に消えていったアルダン。やむを得ず僕は、彼女に言われた通り本棚の隅から隅まで彷徨い歩く、が。
「お、これガッチャのノベライズ版じゃん!理事長こんなのまで寄贈して……って、特撮ヒーローのノベライズなんてアルダン分かるわけないよな……ん?うわ、懐かし!これ子供の頃絵本で読んだなぁ……って、こんな有名な童話、アルダンも読んだことないわけないし……」
どれもこれも、帯に短し襷に長し。アルダンが興味を持ってくれそうな本は、なかなかそうそう、見つかりはしないのであっ……
「……ん?この本は?」
ふと、僕の指先へ静電気のようにパチリとぶつかってきたのは……美しいもみじ色の装丁に身を包んだ、少し薄めの、一冊の本。
[いまひとたびの]
「……このタイトル、百人一首の句に似たようなのがあった、よね?確か『いまひとたびの みゆき待たなむ』……とか、なんとか」
何気なく手に取って、何気なく見回してみたその一冊の本。ページ数的にそこまで長くなさそう……だいたい六千文字くらい?の短編小説らしい。それと作者は……うーん、どこかで聞いたような、聞いた事ないような……
「でも、なんかこれ結構丁度いい気もするなぁ。百人一首がテーマなんだったら、アルダンも僕も分かるし……」
否が応でも浮かんできた、僕の脳内。博物館のようにピカピカに展示された記憶達の、その十何番目か、あるいは百何番目か。楽しかったなぁ、百人一首……結局まだまだ、僕は彼女に一勝たりともできてないけど。
「……どれ、どれ?」
というわけで僕はその場に立ち尽くしたまま、件の本の1ページ目を何気なく、ほんの軽い気持ちで開いてみる。そして、不思議と少しだけ淡雪のような甘みを感じる和紙の香りを感じながら、僕はその文章に、目を、落とした。
「──────────」
次に僕が立っていたのは、改札を抜けた、朝の駅前だった。空気は澄んで、この頬には触れればほどけてしまいそうな秋晴れ特有の冷涼さを、確かに感じていた。
「……すごい」
そこに視えたのは、ほかほかと立ち込める暖気と甘い匂いに身を包み、京都の街をひとり……あるいはふたりで歩く、小柄なウマ娘。やさしい、やさしい気持ちに包まれた、幸せなデートの、その予行練習。
ページを捲る手が止められないまま、僕は確かに、確かにその風も香りも。傾斜の多いその道の歩きづらさも、それでも止まれず突き進む、みずみずしい若さも。その『空間』すべてを、理解できた。この世の中に、こんなに美しいことばが、文章があっただなんて。
「…………………………………あ、あれ?もう、おわり?」
心の中で、明日の光がほんのりと灯っているのを……感じながらめくったページに、打たれたエンドマークに、僕はただただ、目を丸くする。こんなに一瞬で小説を読み終えてしまうだなんて、実に生まれて、初めてのことだった。
「あっ、えっと。そうだこれ、アルダンに紹介しなきゃいけないんだよな。えっと、この小説は、まず……まず……」
ふと、京旅行から学園の図書室に帰ってきた僕は、慌てて己の頭の中を整理する。ええと、この作品で伝えたいことは、作者のきもちは……
「……美味しそうだったなぁ」
たい焼きに、炊き込みご飯にお吸い物はたまた抹茶パフェ、主人公が各地で欲張りに頬張る、食べ物たち。別にストーリーの中心に据えられているわけではない、情景を彩っているだけのはずの食べ物達が、なぜだかどれも実に美味しそうに視えて……僕はついつい、想いを馳せる。そんなところに注目して読まれるだなんて、作者は意図していないこと、なのかもしれないけど。
「えっと、この人の他の作品とか、ないのかな?」
まるで空腹を満たそうとするように、僕は本棚の中相変わらずずらりと並んだ背表紙たちに向けて、思わず再び手を差し伸べた。
きっと整理する暇もなく投げ込まれているのだろう、並ぶタイトルも作者も装丁も実にバラバラで、一見しただけではこの本と同じ作者の作品を見つけることは出来なかった、が。
「んん?なんだろうこのタイトル、気になるな……あれ、この本の作者の名前、なんかネットで見た事あるかも……あとこの本、表紙めちゃくちゃ綺麗だなぁ……」
なぜだか、真夏の空に浮かぶ雷雲の中みたいに。先程までは気にも止まらなかった沢山の本たちと僕の指先が、パチリパチリと音を立てて擦れあう。その閃光に心奪われるように、僕はそれらひとつひとつを少しだけ乱暴に、雑多に、半ば目的すら忘れながら、それでもこの瞳の中へ放り込んで行くのであった。
「おお?なんだこれ?内容は小難しくてあんまりわかんないけど、凄まじい世界観だ……何食べてたらこんなの思いつくんだ?」
「この本、文法がところどころ滅茶苦茶だけど……だけど、むしろ不思議とそれが、熱い性格の主人公にマッチしてるような……」
「ぶっ、ははっ!なんだこの小説?キャラへの愛が強すぎて、もはや演説みたいになってるし……!いやほんとどれもこれも、小説家ってほんっと『自由』だな……ん?」
『『自由』なのですよね、小説は』
「………………」
実に自然に、なんの気もなく飛び出した自分の言葉に、リフレインする彼女の言葉。
「そっか、それって『読む側』だけじゃなくて『書く側』も、か」
丁度読み終えた本を閉じて、そっと棚に戻し……僕はその小さな箱庭のような装丁を、しばし眺めてみる。
同じ棚に収められようと、他のどの作品とも相容れない強烈な個性。『この文章こそが、この世で最も美しく、最も面白いのだ』と一方的に宣言するような、片手サイズに濃縮された『エゴイズム』。まるで最終直線の壮絶な競り合いのように横一列に並んだその背表紙達を見つめ、僕はふと、そんな雰囲気を彼ら彼女らに感じてしまう。
「そうだよな、そりゃ他でもなく彼女の、『メジロアルダン』の性に合うのも、当然か」
そしてそんな雰囲気は、まさしく僕がずっと彼女に、我が担当ウマ娘メジロアルダンに感じてきたものと同じなのであった。
観客や世間の反応なんてまるで見向きもしない。その行いが誰にどう捉えられようと関係もないし、『走りで誰かに伝えたいこと』なんてものも、ない。ただひたすら、己がやってみたいと感じる方向に、欲張りに手を伸ばし続ける『エゴイスティック』なウマ娘。それこそが、これまで僕が視続けてきたメジロアルダンというウマ娘の姿……
「まあ、それだって『メジロアルダンの物語』を視た僕の想像でしかないのかもしれないけど……でも、それだったら、同じように……」
僕はもう一度、美しいもみじ色の装丁に身を包んだ少し薄めの一冊の本に指をかける。
そこには相変わらずひとり、あるいはふたりの小柄なウマ娘が、僕に読まれていることなんか気にもとめずに京都の街並みを散策していた。
「……そっか、そういうことか。確かに、僕にもだんだん解ってきたよ、アルダン」
その自由気ままな姿、僕には彼女が、実に欲張りで『エゴイスティック』な少女なのだと、そう視えた。美味しそうな食べ物を我慢できないのも、大切なあの方との想像をやめられないのも、全部、全部。
そしてそんな彼女の個性もまた、どこか僕の大切な『彼女』に重なって視える気がして。
それに気がついた瞬間、僕はこの物語が今までの何倍も何倍も、特別なものに感じてしまう。この物語の作者と僕は、全くの赤の他人だったはずなのに、そんなに僕に都合のいい『作者のきもち』とか『作者の伝えたいこと』とか、こもっているはずなんてないのに。
それでも僕の中の『エゴイズム』は、そう感じてしまった。いや、そうやって『自由』にこの物語を、僕は僕の中で、再創造してしまったのであった。
「そうか、これが『自分だけの物語』……ん?そう考えるとこっちの本、さっきはよくわかんなかったけどもしかして……そういえばこの話だって、例えば僕が書くとしたら……それを言うんなら、あれも、これも……」
静かな図書室の片隅で、何回戦でも繰り広げられる、エゴイスト同士の理想の物語の押し付け合い。審判も、感想文を採点してくる先生もいない、果てしなく自由な、1対1の真剣勝負。
「……ふふっ?この世の中に、こんなに面白いことが、あっただなんて、な?」
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「お待たせいたしましたトレーナーさん♪いかがです?紹介したい一冊、見つかりましたか?」
「あ、アルダン。ごめん、ちょっと僕、君に紹介する一冊、まだ用意出来てなくて……」
「あ、あら、そうでしたか?申し訳ございません、ご無理を言ってしまって……」
「ああ、ちょっと僕には難しいみたい。というのも、実は、その……」
「はい?」
「その、君にも読んで欲しい小説が多すぎて。『一冊』に絞ることが、どうしても出来なかったんだ……!」
「……ふ、ふふっ!ふふふっ!仕方がありませんね?ルール違反ですが、今回は許してさしあげましょう。小説は、『自由』ですから♪」
「ふふっ、よかった、ありがとうアルダン!」
「さてさて、そうと決まれば早速拝見させていただきましょうか?貴方がそこまで言うのならば、余程素晴らしい作品なのでしょうね?」
「それはもちろん!それじゃあ……まずはやっぱり、これからかな?」
不意にぴくりと片眉を持ち上げて、棚の中数多並ぶ本から、丁度指先に触れていたものを手に取る僕。そうしてその表紙から2、3ページをパラパラと捲り、軽く目を通してから……僕と彼女は、揃って笑顔を浮かべるのであった。