メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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世界が形失くしても

「もしも明日世界が終わるなら、トレーナーさんは今日、何をしますか?」

「えっ?それはまた……ベタな質問だね?」

 

なんでもない金曜日の夕方、何の変哲もない商店街の隅っこで、いつも通りの買い出しを済ませて帰路に着く僕。そしてそんな僕の真隣にくっついて歩くのは……これまたお馴染みの我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。

 

「そうだなあ……それはまあ、理由によるよね。なんでまた、終わることになってるの?世界」

「理由ですか?そうですねぇ……これまたベタに、巨大隕石の衝突、などにしておきますかね?」

「巨大隕石か……となると流石に世界中の人が知ってる訳だよね。それってなんかこう、世界中のミサイルとか集めて一斉射とかしたら、何とかならないかな?」

「えっ?それは……どうでしょう?」

「地球がダメになるかならないかだし、やってみる価値はあるんじゃない?となると、それってどこに連絡して誰に交渉すればいいんだろう……まずは大使館とかかな……」

 

彼女の発したシンプルながらなかなか奥深い質問に、僕はついつい真剣に、首を傾けながら考える……いや、明日には衝突してるぐらいだし、大使館なんて通してる場合じゃないか?となると、ホワイトハウスとか……?

 

「……っ、ふっ、ふふふふっ!」

「えっ?な、何、どしたのアルダン?」

「ふふ……申し訳ございません……トレーナーさんがあまりにも、あまりにも世界を終わらせる気が無さすぎるのが、おかしくって……」

「…………?」

「こういった質問は、恐らく大抵の方は『家族や恋人と過ごす』であったり、『大好物をお腹いっぱい食べる』であったり。そのような回答を挙げるものでしょう?それなのに貴方は……ふふっ♪」

「……あっ!?」

 

彼女に指摘され、初めて気が付いた自らの認識のズレ。慌てて僕は首を逆方向に回しつつ、脳内で浮かんだ単語を付け焼き刃で繋ぎ合わせる。

 

「あっ、あー……やっぱり今のなし!も、もちろん僕は最後の最後まで、君のそばに、一緒にいるよ?」

「まあ、それは心強いですね♪けれども……本当に、それで良いのですか?世界は?」

「……それは、まあ……正直なんでそんなに潔く世界を諦めなきゃいけないんだか、わかんないんだけどさ?」

「ふふふ、流石は私の……『メジロアルダン』のトレーナー、ですね?」

 

不意に歩幅を早めて、僕の二歩三歩先へと躍り出る彼女。そうして僕の顔を覗き込んで、まるで夢に夢見るプリンセスのような、屈託のない笑顔を余すことなくぶつけてくる。

そんな彼女自身の様相と、それと地平線に溶けゆく、優しげな夕焼けの光。どこかから香ってくる揚げたてのコロッケの香りに、遠く聞こえた横断歩道のメロディ。そうだな、やはり僕には、この世界をそう簡単に諦めるなんて到底無理な話なのだった。

 

「だったらさ、アルダンならどうするの?」

「私ですか?そうですね……私はむしろ、いつも通りの生活を送っていたいですね」

「いつも通り?」

「ええ、いつも通り起きて、いつも通り朝ごはんを食べて、登校して授業を受けて、ご友人たちと他愛もないお話をして。そうしていつも通りトレーナー室に向かって、いつも通り、次のレースに向けたトレーニングをして……そうして寮に帰ってお風呂に入って晩ごはんを食べて、いつも通りゆっくりと眠りにつきますね、私は」

「えっ?それでいいの?世界最後の日なんだから、授業とかトレーニングとかしてるの勿体なくない?」

「ふふふ、やはりなんだかんだでこういった何気ない日常こそ、私にとって本当に大切なものですから♪それに……」

「それに?」

「巨大隕石なんて理不尽に押し負けて、一方的に絶望させられ、行動を操られるのなんて……私、絶対に納得できませんので♪例え天変地異が起きようが、地球が無くなろうが、最後の一秒まで私はいつも通りの『メジロアルダン』で在り続けます♪」

「ふふっ……流石は僕の、自慢の担当ウマ娘、だね?」

 

両手を腰に置いて、堂々たる立ち振る舞いでそう宣誓してみせたアルダン。そんな彼女の姿をしずしずと仰ぎ見て、僕はぼんやり、想いを馳せる。

 

「……世界の終わり、か」

「あら、いかがされましたか?話していて、少し怖くなってしまいました?」

「いやいや、そんなこと……いや、怖くはまあ、あるかも、だけど」

「ふふ、そんなに心配されなくっても、巨大隕石なんてそうそう落ちてはきませんよ♪」

「……まあ、そうなんだけどね?」

 

例えば今、視界の端に映りこんだ公園の時計塔、彼女の寮の門限まで、刻刻と近づきゆく秒針だったり。

例えば今、歩みを進めるこの商店街の、昔より目立って多く見えるアルミシャッターだったり。

 

「……『世界』って、何も『地球全部』だけを指す言葉じゃない、よなあって」

「というと?」

「例えばあの、遠くに見えるオフィスビル。あの中身だって、何人もの人が必死に働いてなんとか維持してる、一つの世界と言えるのかもしれない。そこにある一軒家も、家族全員それぞれの役割で回ってる一つの世界で……ああ、もちろんトレセン学園やトゥインクルシリーズなんかもそうか。言うなればこの世は、そういった小さな『世界』の集合体、なのかもね」

「まあ、確かにそうですね?」

「そんでもって巨大隕石なんてなくても、そういう小さな世界の終わりって、今日もこの地球上のありとあらゆるところで起こっちゃってるんだろうな、なんて、考えたらさ」

「ふふっ、そんなことまで気にされているなんて、やっぱりトレーナーさんはお優しいですこと♪」

「いやいや、明日は我が身……ってだけだよ?」

 

盛者必衰、形あるものはいずれ崩れ落ちる運命。至極当然の話だけど、やっぱり僕は、まだまだとても受け入れられる気がしないのだ。好きなバンドの解散とか、好きな漫画の打ち切りとか……あと、それと彼女が、メジロアルダンがいなくなった後の地球、とか。

 

「またまたご冗談を……どうせ貴方のことです。そんなことになれば、最後まで諦めず抗い続けますよ、絶対に」

「それでも、どれだけ頑張っても抗いようがない『終わり』が来てしまったとしたら、自分の心がどうなってしまうのか分からなさ過ぎて、怖いんだよね。もしかしたら、とっくに屍と化したものに縋り付き続ける、怪物のようになってしまうんじゃないか、なんて思ったり」

 

じっとりと、噛み締めるように、ぽつぽつと、いつもの如く、性懲りも無く、不安や恐怖を一つ一つ、丹念に数え始める僕。遠く見えた横断歩道の赤信号に、コロッケ屋さんの閉店を告げるベルの音。そして地平線の入道雲から香ってくる、明日を予知するぺトリコール。読み終えた絵本を畳むように、僕の周りの世界も皆全て、ほんの少しずつだけど『終わり』に近づいていて、思わず僕は、過ぎる時へと手を伸ばす。

 

 

「それで、良いのではないですか?」

 

 

それでも、そんな世界でも、彼女だけは。

まるで夢に夢見るプリンセスのような、屈託のない笑顔を余すことなく、絵本の背表紙を突き破るように僕にぶつけてくるのだった。

 

「終わったり、しませんよ、貴方が縋り付いている限り」

「終わったり、しない?」

「ええ、だってそうでしょう?『世界』とは、何も『地球全部』を指す言葉ではないのです。縋り付きたくなるほど強く覚えているということは、すなわち『貴方の中の世界』でずっと存在している、ということです」

「僕の、中の世界」

「ええ、『貴方の中の世界』。それってこの地球上で最も小さくて、けれども、最も存在が確かな『世界』なのではないですか?」

「……!」

 

まさしく、巨大隕石のように僕の心に鮮烈に降り注いだ彼女の言葉。そうだな、もしもこの世界全てが形無い夢や幻だったとしても、今僕が感じている切なさも愛おしさも、間違いなく、確かなものだ。

 

「……少し、ここで待っていていただけますか?トレーナーさん?」

「えっ?え、ちょっと?アルダン?」

 

彼女にしてはなんとも珍しく、持っていた荷物をガサツに僕にほおり投げるアルダン。そのまま……何故だか彼女は、黄昏に包まれる商店街のど真ん中を、最終直線のスパートばりに駆け抜けていく。

 

「…………?」

 

「…………お、またせいたしましたっ……!」

「うおっ!?そ、そんなに待ってないよ……って、それって?」

 

轟音を響かせながら、ものの数十秒で僕の元へと舞い戻ってきたアルダン、その手に、大切そうに握られていたのは……

 

「……コロッケ?」

「はい、商店街の端の端にある、隠れた名店コロッケ屋さんの、看板コロッケです♪おひとつ八十円♪」

「え?そんなお店あったの?初めて知ったんだけど?」

「隠れた名店、と言いましたでしょう?かく言う私も先日、ナイスネイチャさんに教えていただくまで、全く存じあげませんでしたが……と、いうわけで、はい、どうぞ♪」

「えっ?え、う、うん?」

 

両手に握られたふたつのコロッケ、そのひとつを、彼女はこちらに差し出してくる。何が何だか分からぬまま受け取った僕は、とりあえず空気を読んで、しゃくりとひとくち、それを口へと運び……

 

「…………!?」

 

さっくりと軽く、けれども硬すぎない。程よい湿り気を纏った衣に、ふんわりとした蒸気を放つ、調度良い温度感を放つ中身。塩コショウの加減だけで甘みを引き出されたじゃがいもは、ねっとりと僕の舌を包み込んで……つまり、すなわち……

 

「美味ぁ……!こんなに美味しいコロッケがあったなんて……!」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう♪」

「こんなの、毎日食べられちゃうね?ふふ、いいもの教えて貰っちゃったなあ……流石……」

「…………」

「……アルダン?」

 

もう一口、二口と、悩んでいたのもどこへやらという様相で、わんぱくにかぶりつく僕。のことを見つめる彼女。その口元に、なにやら僅かな綻びを感じて、僕はそっと彼女の様子を観察し、考察する。

 

「……教えるかどうか、悩んでいたのです、トレーナーさんには」

「え?それって、どうして?」

「もうすぐ、今月末には、この味は……あのお店は、無くなって、しまうから」

「えっ……」

「ふふ、少し頑固な店主さんですから。色々と拘りすぎて、隠れた名店でいすぎてしまった、のでしょうね……」

「……そっか」

「初めて食べた時に、トレーナーさんにもすぐに教えてあげようと思ったのですが……お優しい貴方のことです。知ればきっとショックを受けることだろうと、そう、思いまして」

 

流石、アルダン。僕の事、よく分かってるなぁ……彼女の言う事を証明する心臓のざわめきを、今だけは包み隠さず、胸を張る僕。

 

「けれども、やっぱり貴方には、この味を知っていて欲しかったのです。知って、『貴方の中の世界』に、加えていて欲しかった」

「…………」

「そうして……私と貴方で、このコロッケを『永遠』のものにしませんか?味を、食感を、完璧でないにせよよく覚えて、いつでも二人で再現できるようにするのです。あのお店の形は無くなっても、それでも、いつまでも、生き続けられるように」

「……………………」

 

そうだな、よく見て、観察して、考察する。構造を理解して、使いこなす。レースでもなんでも、やっぱりそれこそがアルダンの『いつも通り』なのだな。例え一つの世界の終わりを目撃してしまったとしても、落ち着いて、取り乱さず、最後まで、彼女らしく、か。

 

それなら、そうだ、僕だって。

 

「……だ」

「はい?トレーナーさん?」

 

 

「…………嫌だ!!!!!!!!」

 

 

──────────────

 

 

「ねえねえ!食堂の期間限定の『コロッケ定食』食べた!?」

「食べた食べたー!ウマスタで回ってきたの見て、我慢出来なかったわー!」

「ねー!めちゃくちゃ美味しいよね、あのコロッケ!」

 

「あのコロッケって、普段は商店街の端の端の方で売ってるんだよー?知ってた?」

「えっ!?学校の外でも食べれんの!?じゃあさじゃあさ、今日の放課後みんなで行かない?」

 

「ん〜!このコロッケなまら美味いべ〜!すいませーん!おかわりを……百個!お願いしますっ!」

「なにっ!?で、では私は五百……いや、千個だ!千個くれっ!」

 

 

「いやはや、まさかこんなに大盛況とはねぇ……ま、本当に美味しかったからねあのコロッケ。当然の結果、かな?」

「もう、貴方は毎度毎度、本当に白々しいのですから……しかし理事長さんはともかく、あの頑固な店主さんを、一体どうやって説得したのです?」

「……大丈夫、土下座までは、してないからね?いやはや、やっぱり『世界』を救うのは、骨が折れるなぁ……」

「ふふふっ♪本当にお疲れ様でした、『私の中のヒーロー』さん♪」

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