メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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ESCAPADE

「ん、アルダン先に来てたん……あれ?」

 

いつもの如く、代わり映えのしない殺風景なトレーナー室に戻ってきた、昼下がり。と、そこに待っていたのはもちろん、我が担当ウマ娘、メジロアルダン……

 

「の、鞄、だけ?」

 

ソファーの上に置かれていたのは、トレセン学園指定のスクールバッグ。控えめに括り付けられたアクセサリーで、間違いなくそれがアルダンのものだということは分かった。のだが、肝心の本人は……?

 

ゴソゴソ……

 

「……ん?」

 

「……『トレーナーさん、トレーナーさん?』」

 

そのやたら甘く幼めな声が聞こえてきたのは、僕のワークデスクの方。まるで追い込み漁のように釣られてしまった僕の視線、その先には……

 

「『きょうもおしごと、おつかれさまです♪』」

「……!?」

「……『だ、ぴょん♪』」

「だ、ぴょん!?」

 

デスクの上にちょこんと、お行儀よく座り込んだぬいぐるみのうさぎが一羽。と、それを操るアルダ……謎の手がひとつ。思わず悶えてしまいそうなほど愛くるしい情景が、そこには広がっていたのであった。

 

「……ええと、君、お名前は?」

「『私ですかぴょん?私の名前は……』」

「………………」

「『名前は……』……そういえば、お名前を決めていませんでしたね?うっかりしていました♪」

「えっ、せっかくノリに乗ったのに……!」

 

やや恥ずかしながら、そのなんとも奇妙な流れに身を任せた僕。それを嘲笑うかのようにあまりに呆気なくデスクの下から顔を出したのは、もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダンなのであった。

 

「ふふ、まあまあ?可愛かったでしょう?『可愛かったですかぴょん?』」

「そりゃもう、狂おしいほど心底可愛かったけれども……どしたの?そのうさぎさん、見ない顔だけど?」

「ふふふ♪この子は先程、ファインモーションさんにいただいたのです♪」

「え、ファインモーション?」

 

丁度手のひらに収まるサイズのうさぎさんを、ふわふわと両手で包み込みながらご機嫌なスキップでこちらに歩み寄るアルダン。まるで幼子を見ているような、保護欲掻き立てられるその姿に、僕の胸の奥もザワザワと鳴き声を上げ始める。

 

「なんでも、UFOキャッチャーというものをやってみたくなったとの事で。エアシャカールさんの収集した筐体のデータと、トランセンドさんの集めた最新の景品情報、それと、サトノダイヤモンドさんの技術指導を駆使して近くのゲームセンターで遊び尽くしたそうなのです」

「大丈夫?そのゲーセン潰れてない?」

「それで今朝、彼女がその景品をそれぞれ『似合う』と思った人にプレゼントして回っていたのです。ふふ、流石スケールが違いますね?」

「それで、アルダンにはそのうさぎさんかあ……確かに、よく似合ってるね?」

「あら、個人的にはトレーナーさんにもよくお似合いだと思いますよ?」

 

そう言いながら彼女が手渡してきたうさぎさんを、おっかなびっくり両手で受け止める僕。もふもふと編み込まれたスカイブルーの毛並みが、こそばゆく僕の指先をくすぐって、なんとも言えない感情が僕の中で燻り始める。

 

「うーん……確かに可愛い……この落ち着いた表情も、なんとも愛らしい……」

「ふふふ♪あ、そうです、せっかくですのでトレーナーさんが、この子にお名前を付けてあげてください?」

「えっ?僕が?」

「ええ、ええ、是非ともトレーナーさんらしい、素敵なお名前を……『素敵なお名前、付けてほしいですだぴょん♪』……だ、そうです♪」

「うぐっ……」

 

それ、やる前にやるって言ってくれないかなぁ……心臓が……

じゃなくて、名前、名前かぁ。こういうのは見た目が似てるものから付けるのが無難でいいんだろうけど……そうだなぁ、綺麗な水色に、優しい微笑み……

 

「……あ」

「?」

「……メジロ……あ……『あるたん』……」

「っ……!ふふっ……!」

「って……!いやいやなしなし!今のは無し!いくらなんでも恥ずかしすぎる!」

「あら?私は一向に構いませんよ?とっても素敵なお名前です♪あるたんも、そう思うでしょう?」

「もう採用されてる!?」

 

僕が思わず口走ってしまった、あまりにもあんまりなネーミング……でも、アルダンのあの表情、あれは間違いなく本気で気に入った表情だ。今更、覆させてはくれないんだろうなぁ……

 

「『トレーナーさん、素敵なお名前ありがとうございますだぴょん♪あるたん、とっても嬉しいです、だ、ぴょん♪』」

「ぐふっ……」

 

……まあ、当の本人が喜んでるんなら、いいか。僕の手元からアルダンの手元にヒョイと帰っていったあるたんは、ご丁寧な所作でこちらに頭を下げてきたのだった。

 

「さてさて、あるたんの住処は……どこにしましょうかね?」

「えっ、あるたん、トレーナー室に住むの?」

「ふふ、ここなら寂しくないでしょう?あるたんも、それに、トレーナーさんも……おひとりでお仕事をされている時でも、あるたんがお話相手になってくれますから♪」

「そうかな?いや、そうかも……まあいいや、どこでも好きな所に住みな?」

「『わーい!ありがとうございますだぴょん!』」

「いえいえ、どういたしまして」

「『ところで、お家賃はいくらですかぴょん?』」

「え?えーと……ひと月、にんじん一本ぐらい?」

 

 

──────────────

 

 

「ふぅ、それでは私は、そろそろ寮に帰りますね?」

「うんうん、今日もお疲れ様、アルダン」

 

アルダンとの定期ミーティングも終わって、どっぷり日も落ちてきた頃合。寮の門限も近付いてきたところで、僕は彼女と帰りの挨拶を交わしていたのだった。

 

「トレーナーさんは、まだお仕事ですか?」

「あっ……うん、まあまあまあ、あとほんとちょっとだけだから。僕もすぐ帰るよ?」

「……本当、ですか?」

「ほ、ほんとほんと」

「……それなら、よろしいのですが……ふふ、あるたんもそろそろおやすみの時間ですものね♪」

「あるたん、寝るの早いね……」

 

結局、僕のデスクの隅っこに居を構えたあるたん。なんとも愛おしそうに、アルダンは彼女の頭を優しく撫でる。

 

「という訳でトレーナーさん、また明日も、よろしくお願いいたします♪」

「うん、アルダンも気をつけて帰るんだよー、また明日ー」

 

朗らかにこちらに手を振る彼女に、僕も負けじと手を振り返す。ぴしゃりと扉が閉まって、静寂に包まれた部屋で、僕は早速……

 

「……さーて、トレーニング計画書に予算案に、あとはターフ使用申請書か?日が変わるまでに終わればいいけど……」

 

早速、目の前のパソコンに齧り付く。まだまだ期限はあるものばかりだが、今のうちにこなしておけば、後々もっともっと仕事を詰め込めるという算段なの……

 

「………………」

 

ふと、チラリと視線に入り込んできた薄水色の小さな背中。少しだけ頭重たく、項垂れたようなその姿は、まさしく睡魔に抗う子供のよう、で。

 

「……でも、こうも明るいと眠れない、よね」

 

……本当に、何の気なしに。僕は目の前のパソコンをシャットダウンする。そうだな、別にわざわざ急ぐ程の仕事でもないのだ。今日はゆっくり休んで、明日集中してやった方が、むしろ効率だっていいはず。うん、そうだ、それがいい。

 

「ふぅ……よいしょっと……それじゃ、おやすみ、また明日……」

 

などと独り言をつぶやきながら、荷物をまとめて、部屋の電気を消した僕。普段はそうそう見れはしない、まだほんの少し残った優しい夕焼けに照らされるトレーナー室に心躍らせながら、僕は緩やかに、帰路に着くのであった。

 

 

──────────────

 

 

「おはようございます、トレーナーさん♪」

「おっ、おはよー。今日もよろしくね、アルダン」

「ふふふ、あ、あるたんもおはようござい……あら?この……耳についているリボンは?」

「ああ、昨日帰りに寄り道してたらさ、商店街の雑貨屋の店前にね?なんか、似合いそうだなーって思って、つい……」

「右耳に、赤いリボン……ふふふっ!私とおそろいですか?流石トレーナーさん♪」

「あっ、いやそれはその、たまたまで!」

「ふふっ♪」

 

 

──────────────

 

 

「おはようございます、トレーナーさん♪」

「おっ、おはよー。今日もよろしくね、アルダン」

「ふふふ、あ、あるたんもおはようござい……あら?今日は……お洋服を着ていますね?」

「ああ、なんか……このままでいるのちょっと寒そうだなあって思って……最近は、百均にもぬいぐるみ用の服とか売ってるんだね?初めて知ったよ」

「そうなのですか?ふふ……それにしても、とっても可愛いパーカーですね?私もこういったお洋服、着てみようかしら?」

 

 

──────────────

 

 

「おはようございます、トレーナーさん♪」

「おっ、おはよー。今日もよろしくね、アルダン」

「ふふふ、さて、今日のあるたんは……まあ、ミニチュアの椅子に座っていますよ!」

「なんか、直座りだと足腰悪くしそうだったから……」

「……なんだか、着眼点が渋いですね、トレーナーさん」

「だってほら、トレーナーだもん……足腰は大事にしなきゃ、ね?」

 

 

──────────────

 

 

ガラガラガラ……

 

「おはようございます、トレーナーさん♪」

「うおっ!?お、おはよう……なんでまたこんな朝早くに?」

 

朝一番、いつもの如くトレーナー室にやってきた僕を待っていたのは、これまたいつも通りのおすまし顔で、あるたんを膝に乗せて遊んであげているアルダンの姿。なんとも優しげな情景に、早速僕は目を奪われる。

 

「今日はトレーナーさん、何を持って来るのだろう……と、つい気になってしまって、ですね?」

「ああ、なるほど。まったくもう……」

「さてさて、今日は何でしょう?お洋服ですか?それともアクセサリー?」

「ああ、今日は……眼鏡なんて、似合うんじゃないかと……思って………………」

「……トレーナーさん?」

 

彼女の膝の上、最初に出会った時から随分と姿を変えたあるたんを見て、ふと、我に返る僕。

 

「ちょっと、夢中になり過ぎちゃったかなぁ」

「夢中に、ですか?」

「ここ数日、あるたんの為に雑貨屋とか、手芸店とか、色んなところに寄って色んな物を買ってきたけど……それってもしかして、かなり変なことだったりするのかな、って」

 

ぼんやりと、ここ数日の自分の行動を反芻してみる。その瞬間は夢中で気が付かなかったが、男一人、手芸店をうろついてリボンだのフリルだの細々漁っている姿は、なかなか不気味なものだったかもしれないな。

そもそも、こんな殺風景な部屋のデスクに、ここまで可愛らしいぬいぐるみが置かれていること自体、かなり不自然なのかもしれない。ここ数日、来客自体がなかったから気が付かなかったが……こんなところに座らされているあるたんは、人から見れば『可哀想』に思われてしまうかもしれないな……なんて、考え出すと。

 

「……ふふっ、貴方が変な人なのは、今に始まったことではないでしょう?」

「えっ、いや、そうだけどさぁ……」

 

そんな僕の憂いも、当然の如く爽やかに笑い飛ばしてみせたアルダン。ふわりと、その淡く輝く水色の髪を揺らめかせながら、あるたんを抱きしめこちらへ歩み寄ってくる彼女に、どうしても僕は釘付けになってしまう。

 

「……『ありがとうございますだぴょん。トレーナーさんのくれた物、みんなみんなあるたんの宝物です、だ、ぴょん♪』」

「…………!」

「……なんて、あるたんが何を考えているのかなんて、私にも分かりっこありませんけれども、ね?」

「……そう、だね。分かりっこない、ね」

「けれども、おかしさや恥ずかしさ、矛盾点や損得を忘れるほど、ひとつのことに夢中になる。少なくとも私は、それをいけないことだとは思いませんよ?」

 

今度は少しだけ、真剣な表情を浮かべた彼女。その言葉にはほんの少しだけ、けれども確かな、楽しさや喜びだけでない『力』が込められていた。

 

「ここ数日、あるたんと過ごしてみていかがでしたか?トレーナーさん?」

「それは……うん、間違いなく楽しかった。あるたん自体を眺めている時間もそうだし、あるたんの為に雑貨屋に行ったのも、手芸店に行ったのも……『僕自身』は、凄く、凄く楽しかったと、そう、思うよ」

「ふふふ、ならばそれで良いのです。誰にも迷惑をかけてさえいなければ、その『楽しさ』は、絶対に否定されることではありません」

「……ふふっ、そう、かな?」

「ええ、ええ、もちろんです。それにきっと、あるたん自身も……」

 

彼女から差し出されたあるたんの、その少し着膨れした体を優しく抱き寄せる。ほんの数日前よりもよく手に馴染むその姿を仰ぎみて、僕はなんだか不意に、笑みをこぼしてしまう。

 

「どこにでもいる名も無きうさぎのぬいぐるみが、トレーナーさんのおかげで、世界で一羽しかいない、特別な『あるたん』に成長することができた。あるたん自身の気持ちは分からないけれど、でも間違いなく、それは貴方の『功績』です。少しくらい誇ってみたって、誰にも迷惑はかかりませんよ?」

「……そういうもんかな?」

「ええ、そういうもん、です♪」

 

改めて、僕は両手に抱えた彼女の姿をじっくり眺めてみる。最初に出会った時から、本当に随分と変わった姿……いや、他ならぬ『僕が変えた』姿は……なんというか、まだまだファッションセンスが不格好に思えた。色合いの問題か、それとも生地の質か……

 

「……まだまだ、日々精進、かな?」

「ええ、まだまだ、もっともっと夢中になってもいいんです♪それにもし、やっぱり不安だというのならば……私も一緒に、夢中になってあげますよ?」

「アルダン?」

 

あるたんを僕に預けたまま、彼女はソファーに置かれていた自らの鞄の中に手を入れる。そうして、すこし勿体ぶるような仕草を挟みつつ、彼女が取り出したのは……

 

「……わっ!?それは……!?」

「ふふふ、トレーナーさんがいるとはいえ、やっぱり同じうさぎの遊び相手がいないのは寂しそうでしたので、ですね♪」

 

あるたんと同じ形をした、今度は黒い毛並みがもふもふのぬいぐるみのうさぎ、であった。

 

「先日ファインモーションさん達が来店されたゲームセンターで、今度は私自身でゲットしてきたのですよ?ふふ、なんとか上手く取れて良かったです♪」

「あ、潰れてなかったんだ、良かった……」

「ふふ、むしろあの四人のおかげで大盛況みたいでした♪品切れしてなくて良かったです♪」

「……ふふっ、それは本当に、良かった良かった、ね?」

 

ぎゅっと、両手でぬいぐるみを抱きしめながら、夢中で眺めたり、頬ずりしてみたり……思う存分可愛がるアルダンの姿を、更に見つめてみる僕。うん、そうだな、僕自身はどうか分からないけれど、やっぱり彼女が何かに夢中になる姿は、ぬいぐるみでもレースでも、それがなんであれとびきり魅力的なのだ。

 

「今度は私もトレーナーさんのように、この子を愛らしく育ててみせますよ?それで、彼女にも似合うお洋服を着せてあげて、いつかみんなでお出かけしましょう、ね?」

「ふふふ、アルダンの育てる子かぁ……きっととびきり、オシャレで可愛い子になるんだろうな……」

「あら、トレーナーさんだって。『育てる』ことに関しては、貴方の方が本職でしょう?」

「確かに……僕も頑張らないとね?」

 

そして、そんな美しくて魅力的な人に、僕もなりたいと思う。もっともっと、おかしさや恥ずかしさ、矛盾点や損得なんか忘れてしまうまで。

僕は目の前の『あるたん』にも、そして、『メジロアルダン』にも、もっともっと、いつまでも、とびきり夢中になっていたいと、そう、思うのだった。

 

「しかし、意図せずに一番前に出ていた子を取ったのですが……この子はなんだかあるたんより、少し大人っぽい表情をしていますね?」

「そうなの?うーん……あー、言われてみれば、確かに?」

「ふふふ、ではこの子は、あるたんのお姉さん、ですね♪という訳でトレーナーさん?この子にもお名前、つけてあげてください?」

「えっ、また僕が?」

「ええ、是非とも素敵なお名前、お願いします♪」

 

これは、すっかり味をしめたな……じゃなくて、ええと、どうしよう……あるたんのお姉さん……うさぎ……うさぎ……ラビット……

 

「……あ」

「!」

「……メジロ……ら、『らびーぬ』……」

「っ……!ふ、ふふふふっ!」

「って!いやいやいや!今度こそなし!ほんとにこれはなし!」

「……『そう、つまらないのね?だ、ぴょん……』」

「ひっ………………!?」

 

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