メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「皆さーん!おはようございます!総合プロデューサーのライトハローです!えー、皆さんにご協力いただきながら一歩一歩準備を進めて来たグランドライブも、いよいよ当日ということで……まずは、皆さんに……最大級の……感謝を……」
「ハローさーん!」
「泣かないでーー!」
「こっちこそ、ありがとーーっ!」
「……ふふっ、そうですね?しんみりするのは全部終わってから!今日は精一杯、貴方がたの輝かしい『今』を見せつけて、ファンの皆さんにめいっぱい感謝をお伝えしてあげましょう!以上ですっ!」
「うむ、では諸君ッ!それぞれの準備に移る前に、全員で声を出すぞッ!せーのっ、えい!えい!」
「「「「「オーーーーーーーーーッ!!!」」」」」
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「おーっ、やっぱり皆気合い入ってるなぁ……」
朝、人気のないアリーナ会場に、ウマ娘達の華やかで明るい声が響き渡る。それを横耳に僕は一人、運んできた荷物の最後のひとつを床に置いて大きく伸びをした。
「さてさて、僕も頑張んないとな。ええと、物販が九時からだから、それまでは……それまでは、まあ、やることないけど……」
グランドライブ……我がトレセン学園完全協力の元、普段はターフ上でしのぎを削りあう数多の現役ウマ娘が集結し、ファンへの感謝を伝える為に開かれる特別なライブイベント。
ドーム公演や全国巡業などこれまで様々な趣向を凝らしたライブが行われてきたが、今回はチーフプロデューサーであるライトハローさんの尽力により、日本最大級のアリーナ会場を貸し切っての開催と相成ったのである。
と言う訳で、そんな過去最大規模で開催されるグランドライブ。もちろん人手などいくらあっても足りないわけで、トレセン学園の職員、事務員、そして僕達トレーナー陣も総出で、こうして運営スタッフとして駆り出されているのであった。
「いやしかし、こんな大きな会場押さえられるなんてなあ……普段はあんまり意識しないけど、ウマ娘のファンってほんと、めちゃくちゃ多いんだな……」
もちろん、毎週末のレース場の賑わいを見れば、トゥインクルシリーズの人気ぶりは一目瞭然ではあるのだが、けれども、なんだろうな。
この会場のキャパシティは、確か三万人くらいだったか。それだけの人がわざわざ日程を合わせて、安くはないチケットを買って、レースではなく、ありのままのウマ娘達を見に来てくれている。その事実になんだか、ふわふわと宙に浮くような不可思議さを覚えてしまう。もちろん喜ばしいことではあるが、なんとも現実味がないというか……
「……設営長!ファンからのは並べ終えました!」
「はいお疲れ様!じゃあ次は向かい側の、企業さんからのを並べちゃいましょ?」
「んっ?あれは……もしかして……」
なんて、薄ぼんやり考えていた僕の背後から聞こえてきた、活気溢れるスタッフさん達の声。ちょうど暇が出来ていたところだ、手伝えそうなら手伝ってみるのも悪くないか。なんて思いながら振り返った、その先には……
『祝ご出走 ゴールドシップ様』
「……うわ!これって……フラワースタンドってやつか!」
赤と白のド派手な花々に、金色の錨型の装飾、中央には大々的に今日の出演ウマ娘の名前が刻まれた、大きな大きな花束がそこに堂々と鎮座してあったのだった。
そしてそれはもちろん、一つや二つではなく……
『祝ご出走!ゴールドシチー様!』
『オルフェーヴル様へ 家臣一同より』
『ヴィルシーナ! 今日は貴方がナンバーワン!』
「すっごいな……こんなに沢山……」
会場に向かう通路の一面、まるでファンタジーに出てくる花畑かと見まごう程に立ち並ぶフラワースタンド達。
力溢れそうな真紅に染められていたり、美しく優しいカラフルな花で彩られていたり、なんだか巨大な剣の装飾が取り付けられていたり、やたら直線的に角張っていたり、バナナだったり、哺乳瓶だったり、マイルだったり……とにかく、沢山の個性豊かな花々が各々それぞれのウマ娘の名を背負って、まるで彼女こそが主人公なのだと主張するかのように、しゃんと胸を張って立ち並んでいたのであった。
「いやほんと、よくこんなの思いつくなあ。これがまさしく、愛ってやつ……ん?なんかあそこ一帯は全部同じ色味で……」
『カサマツの星 オグリキャップ』
『祝ご出走!がんばるぞオグリキャップ!』
『オグリちゃん!いっぱい食べてね!』
「……ははは、ほんとに凄いなぁ……」
そんな中で突如僕の視界を遮った、通路の一角を文字通り埋め尽くさんとする薄灰色の大量の花々。これらが皆たった一人のウマ娘の為に贈られたものだというのだから、本当にただただ、驚愕の一言である。
「やっぱり、そうなるよなあ……ほんと、感心しちゃうよ、ほんと」
「ふふふ、お花だけでなく食べ物も沢山送られてきていましたよ?流石はオグリさん、ですね?」
「ねー?ほんとにほんとに……ん?」
「ふふっ、それでトレーナーさんは、こんなところでおサボりですか?」
「……うわぁ!?い、いつからそこに!?」
……あまりに自然に、いつの間にやら僕と肩を並べていたのは、もちろん、当然、我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。
「これからリハーサルなんじゃないの?こんな所にいて大丈夫?」
「ご心配なく、私の出番はまだまだ先ですので♪」
「あらそう、まあ僕も今はやることなくってさ、なにか手伝えることないかなって探してたんだ」
「あら、それならご一緒にゆっくりしませんか?どうせ物販が始まれば、嫌でもたくさんお仕事ありますよ?」
「ふふ、ま、そうだね?」
こんなに大きな会場でも、いつも通りマイペースにこちらへゆるりと手を差し出してくるアルダン。まだまだヘアメイクも衣装もない、これこそ本当にありのままの彼女の姿だが、やっぱり僕はそんな彼女にだって、思い切り見蕩れてしまうのだった。
「しかし改めてですが、本当にたくさんありますね?オグリさんへのフラワースタンド」
「ねー。ほんと悔しいけど今の時代の主人公はやっぱり彼女だって、皆思ってるんだろうな……」
「ふふ、まあ、それだけではないと思いますけれども……」
「それだけ、じゃない?」
「ただ強くて、レースに沢山勝つから人気……という訳ではありません。彼女は何があろうと絶対に『感謝』を忘れないウマ娘、ですから」
目の前に立ち塞ぐ薄灰色の壁を見つめながら、それでも妙に納得したような表情を浮かべるアルダン。少し釈然としない僕に向けて、彼女はしっとりと語り始める。
「オグリさんが中央に移籍してもうすぐ一年といったところで、彼女もすっかり歴史に名を残すG1ウマ娘……だと言うのに未だに彼女と会話していると、カサマツに残してきたお母様やご友人達、ライバルにファンの皆様、当時のトレーナーさん……そんな方々のお話が必ず出てくるのです。皆の事は、ひとときも忘れた事は無い、と」
「……なるほど?」
「オグリさんはきっとその調子で、今まで自分を応援してくれた人の事を全て、一人残らず覚えているのでしょうね。そしてそんな人々の声援に報いるため、ひた、走る」
「……まあ、それなら確かに、この量も納得か」
思い出したのは、遥か遠くに見えたオグリキャップの背中。一歩たりとも手を抜かず、がむしゃらに勝利を目指すストイックさと、それでも、これっぽっちも我欲を感じさせない誠実さを併せ持った、屈強な、背中。
まるで巨大な帆船のように、嵐のような人々の声援をそのまま推進力に変え走ることの出来るウマ娘。それがオグリキャップ、この時代の『主人公』か。
「うん、確かに気持ちは分からなくもない、かな」
「ふふ、もし私がトレセン学園のウマ娘でなかったら、もしかしたらオグリさんに花を贈る方の立場だったのかもしれませんね?自分の応援にあれほど真摯に応えられれば、好きにならざるを得ませんもの♪」
「……!」
なんて、目の前の薄灰色の向かい風に向かって一人、決して臆することなく不敵に笑ってみせたアルダン。その頼もしげな表情に、またしても僕は目を奪われてしまう。
きっと、少し前までの彼女がこの光景を目の当たりにしていたならば、また違った反応を浮かべていたのだろうが……
「……本当に、強くなったね」
「ふふ、そうですね?今の……大勢の声援を背負い強くなった彼女を倒すのは、なんとも骨が折れそうです♪」
「ん?いや、強くなったってのは……まあいいや。そうだね、まだまだ頑張んないと、ね」
「?」
自分の中にある感情の正体が分からず、怯え震えていた彼女の姿は……もう、そこにはない。
そこにあるのは、怒りも拒絶心も自らの糧として飲み込み消化して昇華した、ただ一人の強いウマ娘『メジロアルダン』の姿であっ……
「……あっ」
「んっ?」
……不意に僕の思考を斬り裂いたのは、そんな彼女の喉元から、思わずといった様相で溢れ出た声だった。何故だか目を丸くする、彼女の視線の先を追いかけると、そこには。
『祝ご出走 メジロアルダン様』
「……あ、ああーっ!あれ……アルダン宛のフラワースタンド!?」
まるで青空と潮風の柔さを混ぜ合わせたような、彼女の美しい水色の髪。それを模したかのような、青白い薔薇の花々が作り出すグラデーション。間違いない、彼女の、メジロアルダンの為だけに作り上げられた、立派で気品溢れるフラワースタンドが、堂々とそこに鎮座していたのだった。
「うわーっ!すごいすごい!ほんとにアルダンのフラワースタンドだよ!ちょっと、写真写真!写真撮るから、アルダン、そこに……」
「………………」
「……アルダン?」
感動と興奮で、まるで初めて夢の国のネズミに出会った人かのようにはしゃぎ倒す僕……
とは対照的に、何故だか一転してその顔を曇らせ始めるアルダン。取り出しかけた携帯をそっと仕舞って、僕はそんな彼女に言葉を選びつつ、声をかける。
「……ええと、ごめんね?いきなりはしゃいじゃって……お花、あんまり嬉しくなかった?」
「あ、い、いいえいいえ、とっても嬉しいですよ?こんなに立派なお花をいただけるなんて、とても、とても光栄なことですから……」
「……けれども?」
「……けれども、どうでしょう。こんなに立派なお花……こんな私が、受け取る資格なんてあるのでしょうか」
強いウマ娘……などではない。かつてのままの一人の繊細な少女としての顔をふと覗かせる彼女の様子に、僕は黙って、一言も取りこぼさないよう慎重に耳を傾けた。
「……私はオグリさんと違って、今の今まで一度たりとも『誰かのため』に走ったことなど、ありませんから」
「…………そう、だね?」
「私がターフに立っているのは、徹頭徹尾『自分のため』なのです。『自分』の名を歴史に刻むため、『自分』の飢えと乾きを満たすため、そうやって私は、これまで走ってきたのです。誰かの応援に報いようだなんて、一瞬でも考えたことは、なかった」
「ああ、それも分かってるよ」
「ですので……こんなに素敵なお花をいただいても、私は何も、何一つ、お返しなんてできないのです。本当に、どうしてオグリさんではなく、私に……こんな自分勝手なウマ娘に、こんな素敵なものを……」
思えば、そうか。
きっと、『メジロアルダン』というウマ娘が走る事で喜ぶ者など、今まで居なかったのだろう。彼女が走ったところで飛んでくるのはきっと歓声ではなく、その脆い硝子の脚が崩れ去るのを恐れた者の、恐怖の悲鳴だけ。それが、これまでの彼女のいつも通りで、これまでの彼女の原動力たる、怒りと飢えの源。だから、そんな彼女にとってはむしろ『声援』こそ異質なもの、か。
向かい風なんかには決して怯まない……けれども、自らに吹く追い風に対しては、ひたすら怯え竦んでしまう。なんとも難儀な難儀な、愛すべき我が担当ウマ娘。
そんな彼女に、僕は一体何を伝えられるだろう。一体、どんな『祝福』を贈る事が出来るのだろうか。彼女の言葉を受け止めきった後で、僕はより一層慎重に、一言一言丁寧に、口を、開いた。
「……例えば、毎週日曜朝に放送されてるヒーロー番組。いつもテレビの前の子供達に愛と正義を説いてるけど……あれだって、結局商売だ。子供達に玩具を買って貰いたくって、いつも子供達が休みの日曜日に狙いを定めて放送しているんだろう」
「…………?」
「前向きで夢のある言葉をくれるミュージシャンも、そう。心の中ではもっと売れて大金持ちになって、いい暮らしをしたいなぁ。なんて思いながら、歌ってるのかもしれない」
「……まあ、そうかもしれませんね?」
「そして、今日のライブだってそうだ。『ファンの皆様に感謝を』とは言いつつも、ちゃんと安くはないチケットを売って、何十種類の物販グッズを売って、しっかりと利益を出してる。世の中って結局、誰か何かの『自分のため』に満ち溢れているんだろうな」
「……ふふ、そうですね?だからこそ、そこから自分で解脱できるオグリさんのような方こそ、特別な主人公に相応しいのでしょうね?」
「……でも、それでもね、アルダン」
僕の口から溢れ出す、なんとも野暮で無粋で身も蓋もない言葉達に、少し苦笑いを浮かべるアルダン。けれども、間違いない。この野暮ったさこそが、今の彼女に必要なもの……今の彼女に、贈るべきものなのだろう。
「それでも、それを受け取った人の心だって、本物なんだよ。絶対にね」
「……本物?」
「剥き身の裏側に、どんな思惑があろうとも。そんなヒーローを見て、強く優しく育った子だっているし、そんな曲を聴いて、救われた命もある。そんなライブを明日への活力にして、毎日を懸命に生きる人も、いる」
「………………」
「……君の走りだって、そうだろう。君がどんな気持ちで、自分のことをどう思っていようと……そんなこと関係なく、勝手に胸を高鳴らせる人もいるし、勝手に救われる人だって、いる。勝手に感謝して、こうして立派な花束を、勝手に贈ってくれる人だって、間違いなく、いるんだ」
「…………!」
彼女は、オグリキャップとは違う。彼女の背を強く押すのは人々の声援などではなく、自分自身の勝利への強い渇望のみである。
けれども、それでも、そこから何かを見出す人もいる。勝手に何かを見出して、勝手に感謝して、勝手に、彼女のためになりたいと行動を起こす人だって、必ずいる。
微々たるものだけど、僕だってその一人だ。
「……だから、君だって勝手にやればいい。この花束に喜びを覚えた、君のその心だって本物なんだから」
「……そのようなもの、なのでしょうか?」
「うん、そんなもんだよ。気が向いたんなら、君のやれることをやりたいだけお返しすればいいし、気が向かないなら、そんな勝手な応援なんて無視すればいい。君も、僕も、ファンの人達も、それぞれ別の人なんだから。それは絶対に、君自身が決めていい」
そうだ、そんな彼女だからこそ。人々の声援なんてなくても走り続けられる彼女だからこそ、その声援に応えるかどうかを『自分自身で、自分のために決める』事ができる。それは間違いなくオグリキャップにはない、彼女だけの力であり……自分自身では何も決める事ができないほど脆弱な身体を持って生まれてしまった、かつての彼女に贈る最大の『祝福』だと、僕は、そう思う。
「……ふふっ、まあ、そんなことをおっしゃられても……やっぱり私がお返しできることなんて、所詮たかが知れていますけれども、ね?」
「そう……かなぁ?」
「けれども、そうですね?今日のライブはいつもよりほんの少しだけ、頑張ってみますよ?この花束に相応しいかどうかは分かりませんが……なんだか、私の心がそうしたいと、勝手に思ってしまいましたので♪」
「……ふふ、ああ、それがいいよ。君がそう思ったんなら、それが、一番いい」
改めて、しっかりと自分に贈られたフラワースタンドを瞳に収めるアルダン。その表情はやっぱりまだまだ固くて、未熟で、未完成。けれどもやっぱりその様に僕は、またしても勝手に、思い切り見蕩れてしまうのだった。
「アルダンさーん?メジロアルダンさーん?もうすぐリハーサルの出番ですよー?」
『えー、物販班のスタッフ一同、物販班のスタッフ一同。まもなく待機列の設営を始めますので、ご自身の持ち場にお戻りください』
「……あら?もうそんな時間ですか?」
「ひぃー……こっからが大変なんだよなあ……物販の列が無くなるまで、働き詰めだからさ?」
「あらあら、頑張ってくださいね?離れた所からですが、私も勝手に応援していますので♪」
「うん、僕だって。場所は違っても、心の底から本気で応援してるから、ね?」
「ふふふっ、ではまた後ほど……ありがとうございました、トレーナーさん♪」
こちらに優しく手を振ってから、彼女は僕に背を向け歩き出した。その姿は、思った以上に華奢で、線が細くて、不安定に揺れ動いていて……けれども、堂々と。まるで自分こそが主人公なのだと主張するかのように、しゃんと胸を張って立ち進んでいくのであった。