メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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2025/4
cody beats


「ふんふんふーんっと……お、いい席みっけ」

 

憂鬱な午前中のお仕事タイム……を、なんとか切り抜けて、ようやく待ちに待ったランチタイム。意気揚々とカフェテリアに駆け込んだ僕は、鼻歌混じりで丁度空いていた窓際の席に腰掛けるのだった。

 

「さてさて、『新作ナポリタン』かぁ……どんなもんか、お手並み拝見っと……」

 

テーブルに置いたトレイを目の前にして、僕がここまでご機嫌なのは、とてつもなく腹ペコだったから……というだけではない。

あの、カフェテリアの大人気メニュー『大盛りナポリタン』が、この度味付けや具材を一新してリニューアルされたのである。

味付けに使われていたケチャップの甘酸っぱさと具材のウインナーのジューシーさが相性抜群で、僕自身頻繁に食べていた『大盛りナポリタン』。それが更に美味しくなって新登場!ともなれば、真っ先に頂かなければ男が廃るというもの。というわけで僕は、お昼休憩のチャイムが鳴ると同時にカフェテリアに勢いよく転がり込んたのだった。

……あまりの勢いに、料理長さんにちょっと白い目で見られたが、まあ、それは良しとしよう。

 

「さてさて、前置きはこれくらいにして……いただき、ます!」

 

目の前の熱々のひと皿に深々と頭を下げてから、早速僕は顔を近づけて、勢いよく空気を吸い込んでみる……と……

 

「っ……おお……!めちゃくちゃいい匂い……!」

 

辺り一面に漂っていく、とにかく濃厚なケチャップの匂い……!なるほど、前のよりも酸味を抑えた、甘ーいケチャップを使ってるのか。これはなかなか、僕好みの良い采配だこと……

 

「ん、なるほど、ウインナーじゃなくてベーコン使ってるんだな……と、あれ?マッシュルームまで入ってる!最高じゃん!」

 

思い切り口に掻き込みたい気持ちを抑えつつ、今度は具材を確認する僕。ベーコンにマッシュルームにピーマンと……おお、具材の種類も、総量も明らかに増えている……!ウインナーが無くなったのは少し残念だけど、まあ、それは悔やんでも仕方ない。総合的に見れば、今の方が俄然……

 

「……ん?」

 

と、着々と実食の準備を進めていると……あれは、なんだ……?皿の底の方にギッシリと詰まっている、あの、透き通るような色合いの食材は……

 

「……げっ、タマネギ……!?」

 

……その正体に気がついて、そっと手にしていたフォークを置いた、僕。

間違いない、奴だ。僕の子供の頃からの天敵、『タマネギ』だ。

 

「ええ……まじかぁ……めちゃくちゃ入ってるし……ええ……?」

 

子供の頃の好き嫌いも、大抵は克服してきた僕。であったが、その中で唯一いまだ未解決なのが、この『タマネギ』なのである。あの、噛んだ時のザクっとした食感に、口内を支配してくるような辛みと青臭さがどうしても……今だって、想像するだけで気持ち悪くなってくる程、どうしても、どうしても、どうしても。苦手なのである。

 

「うーっ……まじかぁ……前は入ってなかったじゃん……」

 

きっと他人からは、鼻で笑われるようなちっぽけな悩みなのかもしれない。たかがタマネギぐらいで文句を言うなと、どこかの誰がに一喝されてしまうかもしれない。分かってる、それは重々承知している、けれども。

『嫌い』なものは、『嫌い』なのだ。誰になんと言われようと、『タマネギなんて、無い方がいい』。これだけは、どうしても変えられない僕の性質なのだ。

 

「……昔の方が良かったなぁ、なんで、こんな風になっちゃったん……」

 

 

「あら、トレーナーさんもお昼ですか?」

 

 

「……うおっ!?そ、その声は……!」

 

なんて、誰に聞かせる訳でもない愚痴をこぼしていると。不意に聞こえてきた、朗らかな、春の陽気のような声……

 

「ふふふっ、相席、よろしいですよね♪」

 

と、返事よりも先に腰掛けてきたのは、もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。

 

「あっ……あー、えーとその……」

「……?どなたか、先客でもおられましたか?」

「いや、そういう訳じゃない!全然、全然大丈夫だよ!」

「?」

 

こちらに気を使うように、おどおどと様子を伺うアルダンを静止させる。彼女とのランチタイムなんて、嫌なわけがない。の、だが……

 

「まあ、大盛りナポリタンですか?確か、美味しくなって新登場!したのでしたよね?」

「あっ、ああー?まあ、そうみたいだね?僕、注文して初めて知ったよ?」

 

などと、無意味な嘘をなぜだか口走ってしまう僕に、相変わらず彼女はいつもの優しい微笑みを浮かべていた。

さて、どうする。もちろん僕がタマネギ苦手なことくらい彼女は分かっているはずだが……だとしても、目の前でよちよちタマネギを避けながら食べるなんて、そんなの幻滅されても仕方ないだろう。ここはひとつ、めちゃくちゃ我慢して口に放り込んで……うわぁ……だいぶ厚切りで生っぽいなぁ、このタマネギ……

笑顔を引きつらせながら、脳をフル回転させる僕。そんな愉快な様子を知ってか知らずか、いつも通りの澄んだ声で、彼女は口を開く。

 

「ふふ、私も少し迷いましたが……今日はこれと、朝から決めておりましたので♪」

「っと、ええと、それって確か……」

「ええ、特別メニューの薬膳ランチです♪」

 

彼女の目の前のトレイに乗せられていたのは、なんだか凄く深緑色の葉が乗ったお粥に、およそ日常生活ではお目にかかれないような野菜がふんだんに入ったスープ、それと、湯呑みの中の、見るからに普通よりどす黒いお茶のようなもの……特別メニュー、というよりは頼む人がいなさすぎてメニュー表から消えてしまった、幻の『薬膳ランチ』なのであった。

 

「季節の変わり目ですので、体調を崩さないようにしっかり栄養を取らねば……ですのでね?」

「うんうん、それはいい心がけだ」

「と、言うわけで……いただきます♪」

 

小さく、愛らしく手を合わせて一礼し、そのまま迷いなくスプーンに手をかけるアルダン。なんだかその様が異様に眩しく思えて、思わず僕は、窓の外へと目を逸らす。

 

「……ふぅ、やはり良いですね、このお粥は。喉の通りもよくて、身体もぽかぽかと優しく温まって……」

「……ええと、アルダン」

「はい?なんでしょう?」

「いつも気になってるんだけどさ、その、薬膳料理って……美味しい、の?」

「えっ?うーむ……そうですねぇ……」

 

なぜだかふと、僕の口からこぼれ落ちた質問に、しばし顎に手を置き考えるアルダン。未だにフォークに手が伸ばせない僕は、ただただその様を、黙って見入るしかないのであった。

 

「恐らく、大抵の方は『美味しくない』と答えるでしょうね?」

「あ、やっぱりそうなんだ……」

「私はとても好きなのですけどね?やはり苦味、渋味、辛味など刺激的な食材が多いので、人を選ぶことは確かです」

「まあ、そうだよね。苦手な人は、仕方ない、よね」

「そうですよね。本当はクラスの皆様にも……トレーナーさんにも。一度味わっていただきたいとは思っているのですが……」

「…………」

「……ふふ、トレーナーさんの言う通り。苦手な方に無理して食べていただくなんて、それこそよろしくありませんからね?」

 

ドキリと、何故だか高鳴る心臓を、迷子と化していた右手で慌てて押さえつける。苦手な人は、仕方ない。そうだ、その通りなはずだ。『嫌い』なものは『嫌い』、それで充分なはず、なのに。

頭の中で、パチリと火花が散る。なぜだか、その事は僕にとって、とても許されざることのように思えた。

 

「……アルダンはさ、薬膳料理、子供の頃から食べれてたの?」

「ふふ、まさか。子供の頃、初めて食べさせられた時はきゃんきゃんと泣き喚いてしまったものです♪」

「えっ?そうなの?」

「そんなに驚くことですか?ほんの五、六歳の頃のお話ですよ?」

「いや、まあ……それはそう、か」

 

僕が、タマネギが苦手だということを彼女が知っているように。もちろん僕も、子供の頃のアルダンのことは何度か本人から聞いて、他人よりは沢山知っている、はずだ、けど。

嫌いな食べ物で、泣き叫ぶアルダン。その様は僕の頭の中、本当に、ちっとも思い浮かべることが出来なかった。

 

「ふふっ、その頃の私は本当に、何もかもが『嫌い』でしたから、ね?」

「何もかも、嫌い……?」

「病院も嫌い、注射も嫌い、苦いお薬も嫌い。無理やり注射しようとする、お医者様も嫌い。無理やり病院に連れていこうとする、お父様もお母様も、嫌い」

「…………」

「病院のベッドも嫌い、家のベッドも嫌い、自分と違って、自由に外を走り回れる親戚達も、嫌い……最早、この世界全てが嫌いと言っても過言ではありませんでしたね?」

「……アルダン」

 

ふっ、と。なんとも優しげな風が僕の頬を通り過ぎていく。そうか、そうだよな、アルダンだって初めから完璧なんかじゃなかったんだ。何かを嫌ったり、憎んだりだって、当然する。その事で、その事実で、少しだけ僕は安心し

 

「でも、『今』は違う」

「……!」

 

治まりかけた不整脈が、もう一発、ギュッと心臓を締め付ける。何故だかずっと広く感じたカフェテリアで、ビードロの目を瞬かせながら、更に彼女は、言葉を紡いでいく。

 

「教えていただいたのです。両親から、お医者様から、この薬膳料理からも。『嫌い』の中には、必ず『理由』があるのだと」

「理由……?」

「ええ、お医者様が注射を打つのは、それで病気を治したいから。両親が私を病院に連れて行くのは、私に元気になってほしいから……薬膳料理もそう、これ程刺激的な味なのは、それが一番身体に優しいから、そうなるように沢山のお野菜をブレンドしているから。だから誰に嫌われようと、いつもここに、この姿でいる……と、その事に気付いてから、私は少しずつ、少しずつ注射も、薬膳も克服していって、今ではこんなに美味しく食べられるようになったのです♪」

「…………」

「なんて、トレーナーさんには当然のことでしたかね?」

「……いいや、当然なんかじゃ、なかったよ」

「……?」

 

そうだ、当然なんかじゃなかった。『嫌い』なものは『嫌い』。なんかじゃない。

そして、君と僕の心も、『一つ』なんかじゃない。君はやっぱり、僕の遥か先に、いるんだな。

果たして、僕の目の前の彼女が、『嫌い』だということを、『やらない』理由にしていたのを、一度でも見た事があっただろうか?適正外のダートレースも、範疇外の短距離も、家族からの反対も、周囲からの軽視も、何がなんでもねじ伏せて、今日もターフに立ち続ける、彼女が。

 

「……ああ、けれども、絶対に無理をしてでもやらなければならない、という訳でもありませんけどね?どうしても、どうしても飲めなかったお薬は、お母様に頼んでお薬ゼリーに混ぜて貰ったことももちろんあります♪」

「あ、お薬ゼリー?アルダンも使った事あるんだ?」

「ふふふ、やっぱりあれは、皆さん使いますよね♪」

「ね?僕なんて小学校上がってからも使おうとして、母さんに取り上げられちゃったなぁ……」

「ふふっ!まあまあ、それくらいの助けはあったっていいと思います♪と、言うわけで……」

「ん……アルダン?」

「その『タマネギ』、とっても美味しそうですね?よろしければ、是非頂けませんでしょうか?」

「…………」

 

余っていた小さな取り皿を、こちらに差し出してくる、アルダン。ああ、本当に、本当に君は優しいな。

優しいし、本当に僕に『都合がいい』。いつもいつも、君は僕の一番言ってほしい事を、一番言ってほしいタイミングで言ってくれる。そんな君に、僕はどれだけ、救われたことだろう。

 

でも、だからこそ。

そんな、優しくて純粋な、君だからこそ。

僕は君を『都合のいい存在』になんて、やっぱり、したくない。

 

「……………」

「……トレーナー、さん?」

 

彼女の待つ方向へ、僕は右手を伸ばす。彼女の差し出してくれた取り皿に、じゃない。目の前の銀色に輝くフォーク、そこに歪に映りこんだ、醜い自分の顔に、である。

そうだ、こんないつまでも子供じみた、甘ったれた僕自身が、僕は『嫌い』だ。

 

けれども、『嫌い』の中には、必ず『理由』がある。それは、なんだ?

 

 

「いいや、食べる。僕がちゃんと食べる、よ」

「…………!」

 

 

間違いない、君の事が『好き』だからだ。

君が好きで、君に憧れて、いつか僕も君のような、誰かの苦しみを肩代わり出来るような優しい人になりたいと、そう願ったから。

だから僕は、今の何者でもない自分が『嫌い』なんだ。

 

「……んぐっ!」

「えっ?と、トレーナーさん?だ、大丈夫です……」

「……!?」

 

『嫌い』の中には、必ず『理由』がある。

そして、『変化』の中にも、必ず『理由』がある。そうか、なるほど。

昔のものより甘ったるいケチャップソースが猛烈に舌に絡み合って、思わず麻痺してしまいそうになる僕の口の中。けれども、これは、まさか……

そうだ、タマネギの辛味だ。タマネギを噛み締めた時の辛味が、甘いケチャップソースと上手く中和して味のバランスを整えて、食べやすさと食べ応えを両立させているんだ。そうか、だから今まで入っていなかったタマネギが、今回入って……いた……ん……

 

「…………いや、やっぱり……タマネギはタマネギかぁ……口中、青臭い……」

「あ、お、お水!お水ありますよ……!」

「ん、んぐ……あ、ありがとうアルダン……」

「もう、そんなに無理しなくったっていいと言いましたのに……」

「はぁ、はぁ……また、心配かけちゃったかな……ごめんね……?」

「ええ、全くですよ?本当に……貴方ときたら……」

 

アルダンの手渡してくれた水を飲み干して、一呼吸置いた僕……うへぇ、やっぱりタマネギはまだまだ『嫌い』……だけど、そうだな。

『タマネギなんて、無い方がいい』なんてことは……いや、きっとこの世界に、無い方がいいものなんて一つもないんだろう。例え誰に嫌われていたって、そこに『理由』があれば、それはきっと尊重されるべきもの、なのだ。それだけは、しっかりはっきり、僕にだって分かったのだった。

 

「……タマネギも、それと、薬膳料理も。これから頑張って、頑張って、絶対に食べれるようになるから、さ」

「……!」

「絶対、僕が君の方に向かって進んでいくからさ。だからその時は……君のオススメの薬膳料理、もっともっと、教えて欲しいんだ……いい、かな?」

「…………」

「……アルダン?」

 

今度こそ、彼女のそのビードロのような瞳を真っ直ぐ見つめながら語りかける僕……と、なんだろう、その様子をまじまじと観察してから彼女は、トレイの上の湯呑みを手に取り、中の、お茶……?を、ゆっくりと喉に流し込ん……

 

「っ…………!」

「うわっ!?ど、どうしたのそんな渋い顔して!?ていうか何その、お茶……?」

「こ……ちらは、センブリ茶……食欲不振、消化不良など、胃腸の症状によく聞く、薬用茶……で……」

「あ、アルダン?」

「……そして、すごく、ものすごく……苦いお茶……なのです……」

「えっ!?あ、アルダンでもそうなっちゃうぐらい?」

「え、ええ……正直これだけは今の私でも、かなり厳しくって……そもそもどうして薬膳ランチのメニューに入っているのか、分からないくらいなのです……」

「売れてないの、そのお茶のせいでは?」

「……ふふふっ♪」

 

眉間に深い深い皺を作ったまま、それでもとびきり愛らしく笑って見せた、アルダン。もしかしたら付け焼き刃の愛想笑いなのかもしれないけど……それでも、その笑顔は確かに未来への希望に満ち溢れていた。

 

「私もまだまだ、道半ばですね?まだまだ沢山『嫌い』なものがありますから」

「センブリ茶、以外にも?」

「ええ、ええ、『食べ物の好き嫌いの多い人』などですかね?」

「うっ……!それは……その……」

「ふふ、ま、今はまだ様子見ですね?私より先にこのお茶を飲めるようになったのなら、少しは見直してあげましょう♪」

「よ、よーし……それなら早速僕も注文して……」

「あ、あとそれと、『食べ物を残す人』も嫌いです♪」

「も、もちろん全部食べてから行くよ!た、タマネギおいしー!」

「ふふっ……ファイトファイト、です♪」

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