メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「……それって、『桃』?」
「え?あ……ふふ、そうですね?桃、ええ、『桃』です♪」
コーヒーのくすぶった香りが窓の春風に運ばれ、二枚の桜の花びらが、僕らの間に佇むテーブルに舞い落ちる。何気なくといった面持ちで、その二枚を重ね合わせて形を作る彼女の様子がなんとも愛らしく、思わず僕は、言葉を紡いだ。
「うーん、確かにしっかりピンクに熟れて美味しそうな桃だこと……あ、そういえばメニュー、桃のタルトとかあったなぁ。頼むかどうか迷って、結局やめちゃったけど……」
「ふふふ、まだまだ入店したばかりでしょう?のんびりしましょうよ、せっかく素敵な喫茶店なんですもの♪」
「ふふっ、それもそうだね?すいませーん!この、桃のタルト二つ!」
ある春の日、ぴかひかと晴れ渡ったまるで夢心地な日曜日。たまたま見かけた喫茶店で、たまたま空いていた窓際の席に腰掛けた僕、それと僕の担当ウマ娘、メジロアルダン。
ブレンドコーヒーと、ジャスミンティー、それぞれバラバラなドリンクを啜りながら、それぞれバラバラに喋ったり聞いたり、また喋ったり、なんともたわいもない会話を繰り広げていた。
「まあ?私の分までよろしいのですか?」
「もちろん。美味しいものはさ、二人で一緒に食べた方が美味しいじゃない?」
「ふふふ、間違いありませんね?二人で……」
「……アルダン?」
ピクリと、彼女のビードロのような瞳が瞬く。まるでいくつもの宇宙を内包したかのようなその美しさについ見蕩れていると、少しだけ脱力した様子で、再び彼女は口を開いた。
「……私とトレーナーさんは、やはり、どこまでいっても二人のままなのでしょうか」
「えっ?」
「………………えっ?」
これまでの会話の流れを断ち切るかのよう飛び出した彼女の言葉に、しばし僕は目を丸くする。
「ええと、それは……その、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」
「……………………」
「……あの、えーと、アルダン?」
なんとも捉えどころのない質問に、恐る恐る質問で返す僕……であったが。何故だか僕よりも目を丸くしてしまっている彼女に向かってそれ以上何も言えずに、そのまま数秒の時が過ぎたのだった。
「……あっ、す、すみません、申し訳ございません。こんな訳の分からない事を言ってしまって……」
「う、ううん?大丈夫だよ?大丈夫だけど……えと、『どこまでいっても二人』っていうのは……?」
「それが、自分でもわからないのです」
「えっ」
「気づいたら口からこぼれ落ちていたと言いますか……本当に、自分でも何故そんな事を言ってしまったのかすら、分からなくって……ええと、その……」
今度は激しく目を泳がせる彼女の様子に、とりあえず嘘では無さそうだということを感じ取る。まあ、こんな嘘をついたところで、という話ではあるが。
「……この喫茶店に来るのは、初めて、でしたよね?」
「えっ?う、うん。少なくとも僕は初めてだね?間違いなく」
ここらで一番の桜の名所たる自然公園……の、すぐ近くにある古風な喫茶店。風貌はかなりよくある感じのお店だが、こんなに美味しいコーヒー、一度飲んでいたなら忘れるはずがないだろうな。それは間違いなく、確証を持って言えることだ。
「私も初めてです。初めてのはず、なのですが……」
「なのですが?」
「……今、一瞬だけ記憶がよぎったというか、同じような春の日、同じような喫茶店の同じような窓際の席で……先程の質問を誰かにも話したような。そんな気がして」
「誰かに……」
「ええ、いつの話なのかは全く分かりませんが、なんだか、ほんの最近の事のように思えて……って、すみません。いくらなんでも訳が分からなさすぎますよね?ふふふ……」
「ふむ……」
確かに、なんともふわふわし過ぎて掴みどころのない話ではあるが……けれども、まあ、ありえなくはないか。
「すなわち、言うなれば『デジャブ』ってやつなのかな?」
「ああ、なるほど。どこか別の場所で体験した、似たような記憶と混同しているのですかね?」
「もしくは……別世界、パラレルワールドの自分の意識がたまたま流れ込んできて……って、なんかそういう説もあるよね。それこそ荒唐無稽だけれども」
「ふふっ!確かに荒唐無稽……けれども、なんだかそっちの方が面白いですね?」
なんともすっきりしない表情を浮かべていた彼女の顔に、戻ってきたいつものほほえみ。そうだな、初めてだろうがそうでなかろうが、彼女の笑顔はやっぱり何度見たって美しい。少しだけ優しい甘さが混ざるコーヒーを口につけながら、僕はそんな、口にも出せない事を淡々と考える。
「パラレルワールドの私も、同じ喫茶店の、それもぴったり同じ席に座った……なんて」
「あ、そっちの説採用するんだ……」
「ふふふっ、なんだかそれって凄く『奇跡的』な事ですね?」
「奇跡的?」
「ええ、なんせパラレルワールドですよ?こちらからもあちらからも、通じることが出来ない世界です。それなのに、全く同じ行動を取ってしまうなんて……それって一体、どんな確率なのでしょう?」
「なるほどね……もしかしたらデジャブっていうのは、そういう奇跡的な瞬間が訪れた証、だったりするのかもね?」
などと話しながら、目の前のコーヒーをもう一口啜る僕。うーむ、何度飲んでも美味しいけど、やっぱり僕は何かを思い出したりなんてことは無い。すなわち先程の説に重ね合わせて考えれば、『パラレルワールドの僕は、この喫茶店に入っていない』ということになるか。と、いうことは……いや、そんなことを考えても仕方ない、仕方の無いこと、だ。
「そうなると、『私とトレーナーさんは、やはり、どこまでいっても二人のままなのでしょうか』だなんて……あちら側の私は、トレーナーさんとの関係でなにか悩んでいるのでしょうかね?」
「……こちら側の私は?」
「なんとも、悩んでなどいませんよ?この通り元気いっぱいです♪」
「ほんと?ほんとにほんと?なにか僕に不満とか、言えないこととかもあったりしない?」
「ふふっ、言えないことは、聞かれても言えないから、言えないことなのでしょう?そんなこと聞いたって、仕方ないですよ?」
「ああ、まあ、そりゃそうか……」
「例えなにかあったとしても、今言えることは、今言う。今言えないことは、言えるようになるまで待つ、それだけです。誰に言われなくても、どうせ私はこれからもずっと、貴方の隣にいるのですから」
「んぅ……アルダン……」
あまりに破壊力の高い彼女の言葉に耐えかねて、少しだけ目を閉じ、高鳴る胸を落ち着ける僕。何故だか鼻の中に青臭い芝の香りが広がったのは、僕の心象風景の表れか、それともこれこそ、パラレルワールドの僕と奇跡的に通じあった証、なのだろうか。
「……けれども、なんだろうな。悩んでいる、か」
「トレーナーさん?」
「これこそ荒唐無稽な笑い話なのかもしれないけれど……もし、あっちの世界の『メジロアルダン』がなにかに悩み、苦しんでいるのなら。例え触れられなくったって、通じることができなくたって、それでも、どうしても『救ってあげたい』と思ってしまうんだよ。僕は」
「……通じることができないのに、『救いたい』ですか……ふふっ、本当に貴方は欲張り、ですね?」
「ははは……ま、意味わかんないよね?あっちのアルダンにも、きっとあっちの……いや、まあ、誰かしら支えてくれる人がいるだろう。僕なんかが気にするところでは無いって、分かってるんだけど、なんか、ね?」
ちらりと目線を移した窓の外、今年も散りゆく桜に向かって、思わず僕は手を差し伸べる。
「……まあ、通じることが出来ないなんて言い出せば、ここにいる私とトレーナーさんも同じなのでしょうけどね?」
「ん、まあ、それもそうか……」
「その点で言うと、ここにいる私の見ている世界と、ここにいるトレーナーさんの見ている世界も、ある種一つのパラレルワールド、とも言えるかもしれないですね?」
差し伸べた手が窓ガラスにぶつかるのを見届けてから、再び彼女の、ビードロのような瞳に視線を戻す。パラレルワールドだのなんだのとスケールの大きな事なんて言わなくても、当然、ここにいる僕は僕でしかない。いくら彼女に手を伸ばそうが、その瞳の中、繊細で美しい彼女のこころに直接触れられるわけでは、ないのだ。
「けれど、そんな時こそ、『観察』と……」
「『考察』、君の本分だね」
「私と貴方の、ですよ?いつも貴方と私でやっているように、向こう側の私にもしてあげられるはずです。『どこまでいっても二人のまま』……と、今はこの一言しか、手がかりはありませんけれども」
「どこまでいっても、か。すなわち向こう側のアルダンは、トレーナーと『二人』じゃなくなりたい、ってことだよね。普通に考えれば」
「まあ、普通に考えればそうでしょうね?」
「なんだろ……流石にマンツーマン指導にも飽きてきたから、別のウマ娘も入れて、チームでやっていきたい……とか?」
「うーむ、でもそれですと、台詞が少し遠回し過ぎませんか?」
「まあ確かに、いくらパラレルワールドとはいえ、君だもんね?」
などと、この世のどこにも存在しない……いや、そもそも存在するかどうかすら定かではない『彼女』に向けて、うんうんと頭を捻らせる僕ら。その行為に一体なんの意味があるのか……なんて一言も口に出さずに付き合ってくれる彼女への感謝だけは、忘れないように。
「……通じることが、出来ない」
「ん?なにか思いついたの?」
「もしかしたら、増やしたいのではなく、減らしたい……二人じゃなく、『一つ』になりたい。ということ、なのかもしれませんね?」
「ひとつ……って……それは、その……」
「あっ……ええと、その…………」
「…………ま、まあすなわち。一蓮托生、もっと通じあった仲になりたい、ってとこなのかな?」
「え、ええ、要するに、そういうことでしょうね?」
どうということもない、どうということもないが、二人示し合わせたように飲み物に口をつける。やけに感じたブラックコーヒーの苦味で目元を引き締め、気を取り直して再び、僕は言葉を繋ぐ。
「一つになりたい、か。あれ?そういえばだけどあっちのアルダンは、一体誰にこんなことを相談してるんだろうね?」
「えっ?えーと……あら?そういえば、どなたなのでしょう?私勝手に、向こう側のトレーナーさんだとばかり……」
「もし、もしも万が一君が同じ悩みを抱えてるとして。それをそのまんま、本人に相談する?」
「それは……しませんね、間違いなく」
「そうだよねぇ。それもそうだし、それに……」
「それに?」
「それに……ええと、は、ははは、なんだろうね?なんて言おうとしたのか、わ、忘れちゃつたかも?」
「トレーナー、さん?」
続く言葉を紡ぎ出そうとして、言葉を詰まらせる僕。というのも、そうだ、彼女が見た『デジャブ』を僕は見ていない。ということはすなわち、『向こう側の僕』が何処に居るのか、未だはっきりとしていないということ……つまり、要するに。
向こう側の彼女が『一つ』になろうとしている『トレーナー』とは、一体どこの誰なのか?
それがもし、もしも……ならば、向こう側の彼女を救うということは、それすなわち……
先程からうっすらと感じていた一つの可能性が、今、僕の目の前の視界をうろうろと小賢しく巡り回る。本当の本当に、触れられも、通じることも出来ない相手だと言うのに。
「……あの、こういった表現が正しいのかどうかは、分からないのですが」
「ん、アルダン?」
「もしかして……『嫉妬』しているのですか?『向こう側のトレーナー』さんに?」
「うっ!?」
……『奇跡的』に、ぴったりと重なり合った僕とアルダンの心。
けれども、なんだ。嬉しいというよりも、ひたすら、やたら小っ恥ずかしいだけ、だな、うん……
「……ふっ、ふふふっ!本当にいつもいつも貴方は、私の想像をゆうに超えてきますね?」
「か、からかわないでよ……僕だって好きでこんな気持ちなんじゃ……」
「ふふふ、それは失礼しました♪」
「……君の、『メジロアルダン』のトレーナーは世界でただ一人、この僕だ」
「ええ、それはもちろん♪」
「まあ、そもそもこの世界にメジロアルダンは一人しかいないから当然なんだけとね?でも、この世界以外の世界があるのなら。もしかしたら、そのどこかに僕以外の……『僕以上』のメジロアルダンのトレーナーがいるかもしれない。その事が、僕はやっぱりどうしても……」
例えば、延々と僕が頭を悩ませてうまく表現しようとしている事を、いとも簡単に美しい言葉にできてしまえるような人だったり。
例えば、僕より遥かに頭が良くて、一目見ただけで物事の構造を理解し応用まで出来てしまえるような人だったり。
もしかすると、僕なんかよりも『メジロアルダン』の事を魅力的に世界に向けて発信することの出来るトレーナーは、この広い並行世界のどこかに、それこそ沢山、星の数ほどいるのかもしれない。ずっとずっと、そんなことはないと、僕こそが考えうる限り最高の『メジロアルダンのトレーナー』であると、そう片意地はって生きてきた、けれども。
やっぱり、そんな『可能性』をこうして見せつけられると……どうしても……
「……どうしても、悔しいんだよな。どうしても僕は、君の事でだけは、『一番』であり続けたい、から」
「……ふふっ!そこで『悔しがって』しまうあたり、本当に貴方は、変なトレーナーさんですね?」
「えっ……変!?」
「ええ、きっといくつパラレルワールドがあったとしても、貴方ほど変なトレーナーさんなんて、いやしませんよ?」
彼女の言っている意味が今ひとつピンとこなくて、せっかく重なり合っていた僕と彼女の世界が、またグングンと離れていくのを感じる。
けれども、なんだろうな。少しくらい離れてた方が、彼女のその美しい瞳は、よく見える、ような。
「そして今ので確信しました。向こう側の私のトレーナーさんは、間違いなく、向こう側の貴方、です」
「え?そうなの?」
「なにしろ、いくらパラレルワールドとはいえ私ですよ?大抵の人とは言葉を尽くして、争わず、分かり合うことの出来る、あの、私。です」
「……ふふっ、それはそう、それはそうだね?」
「……笑わないでくださいよ?自画自賛してるみたいでちょっと恥ずかしいんですから、こちらも」
「ご、ごめんごめん……!」
「……ふふふ、まあそれはそれとして。そんな私でさえ『一つになりたい』と考える程、荒唐無稽で突拍子もなくて、心の内が読めない、分かり合うのに難儀する変なトレーナーさんなんて……貴方くらいしか、いませんでしょう?」
「そ……そんなにめちゃくちゃかな僕!?」
「ええ、かなり♪ですので、その点はひとまず気にされなくて結構かと♪」
絶妙に、それなりにショックを受け高鳴る僕の心臓……そんなに、変、なトレーナー、なのか?僕は……
「気にされなくて結構……っていうか、別の気になる点が飛び出して来たんだけど……え?そんな変なトレーナーについて、こちら側の私は?」
「なんとも、悩んでなどいない……訳ではありませんね?今日だって突然『パラレルワールド』なんて言い出すものですから、頭の整理が追いつかなくて困ってます♪」
「それはその、アルダンだってノリノリだったじゃん!」
「そう、心の内が分からなくても、荒唐無稽でも突拍子がなくても、そんな貴方を、こちら側の私は『楽しむ』ことが出来るのです。予想外、想定外、イレギュラー……そういうものが無ければ、やっぱりこちら側の私は、満足出来ませんから♪」
窓の外から差し込む、目が眩むような光。そんな光に照らされて、今度は彼女の細めた瞳が、キラキラと瞬き出す。
「きっと、向こう側の私はまだまだ、そこまで楽しめていないのでしょうね?まだまだ『未知』のものが恐ろしくて、だから『一つ』に、誤解もすれ違いもない関係になりたかった。こちら側の私としても、まあ、気持ちは分からなくもないですが」
「ですが?」
「……ですが、どうせ私はこれからもずっと、貴方の隣にいるのです。すなわち、多少はふらついたっていい。何か共有したい感動的なことがあれば、その時にぐっと近づけば良い。こうして目線を合わせて意見をぶつけ合いたいことがあれば、少しだけ離れればいい」
「……なる、ほど」
「要するに……まだまだ出会ったばかりでしょう?のんびりしましょうよ、せっかく素敵な間柄なんですもの、と、いうことです♪」
「……ふふっ、それもそう、だね?」
ビードロのような瞳、窓の外の世界。そんな遠くのことなんて、やっぱり触れられも、通じることも出来ない、けれども。
少し空けた窓の隙間から感じた、ほんのわずかな夏の気配を感じて、またいずれ桜は咲くのだと信じることができたのと同じように。
向こう側の僕が何者なのか。とりあえず、彼女の荒唐無稽で突拍子もない、その『説』をひとまずは信じてみようと、そう思えたのだった。
「ふふ、それでは迷える向こう側の私に、その事を伝えて……伝えて?」
「……はは、考えてみれば、ここで僕らがなんだかんだど論を混じえたところで、向こう側に伝える手段なんて……」
カタン……カタン……
「……おっ?」
「あら、ようやく来ましたね?」
いつの間にやら運ばれてきていた、桃のタルトふたつをまじまじと見つめる僕ら二人。どうやら焼きたてらしい、香ばしいタルト生地に、つやつやと美しく輝く、大胆にカットされた桃の果肉……ほほう、これはまた、思っていた以上に……
「「美味しそう……」」
「……やはり、たまには誤解し合うのもいいですね?おかげでこんな、美味しそうなタルトが食べられるだなんて♪」
「……ん?何の話?」
「いえいえ、『こちら側』の話です♪ささ、議論は一旦休廷にして、早速、いただきましょう?」
「そだねえ……色々考え過ぎて、ちょうど糖分を欲してたところだ。なんて、前置きは置いておいて……」
「「いただきます!」」
形が崩れないように、慎重にフォークを差し入れ、そのみずみずしい果実を口の中に放り込む。桃の爽やかな甘酸っぱさと、下に敷かれたクリームのなめらかな甘み、二層の味が口の中混ざりあって、どんどん一つの美味しさに……
「「………………!?」」
パチリと、脳の奥底に閃光が走る。桃のタルトなんてそう頻繁に食べるはずがない。はずがない、はずなのに。
突然、頭の中に張り付いてきた、『ほんの最近』のビジョン……みずみずしい桃のタルトに、満開の桜、安っぽいシート、高そうなイス。輝くようなブロンドの髪に、自由にはね回る焦げ茶色の髪……
そして、あの青空よりも美しく澄み渡った、淡い水色の、髪。
「………………」
「………………」
「……トレーナーさんにも、見えました?」
「見えた……なるほど、これが『デジャブ』ってやつ、なんだな」
そして、よかった。本当によかった。
確かにちゃんと、そこに居たんだな、僕も。
「あっ……!トレーナーさん!もしかしたら今なら、『通じる』のではないですか?」
「えっ?こっちから、向こうに?」
「そうですよ!こんな『奇跡的』な瞬間なら、きっとこちらだって……!」
「よ、よーし、ものは試しだ……ええと、向こう側のアルダーン?初めましてー!僕、こっち側のアルダンのトレーナー!えーっと、今日はたまたま喫茶店に来たらー……」
「ええと、そんな長文が通じてしまったら、最早パラレルワールドではないのでは?」
「えっ?ま、まあそうか……って、じゃあどうしたらいいんだ?」
「…………と、りあえず、笑ってみましょうか?私とトレーナーさんの二人で」
「笑って?」
「ええ、トレーナーさんと共に笑う、少し先の自分の姿が見えれば……向こう側の私もきっと、分かるはずです。『このままでいい』のだ、ということは……」
「……そうだね?なんせあの、『メジロアルダン』なんだもんね?ふふふっ……ふふふふっ!」
「ふふ、ふふふ……!ええ、なんせあの、『私』なのですもの……♪」
二人、向かい合ってただひたすら笑い合う。視界にちらつく、霧の向こうに向けて。
そうだ、君はそこでいい。君が『メジロアルダン』である限り、いつでも僕らは、くっついたり離れたりできるから。
窓の外から吹きすさぶ優しい風は、確かに僕の輪郭をなぞり、そのまま何事も無かったかのように通り過ぎていくのだった。