メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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たんぽぽ

「うおーっ!見て!見て!ほんとに咲いてる!すごいすごい!」

「ふふっ、分かってますよ♪」

「満開だ!すごい!こんなの久しぶりに見た!」

「っ……ふふっ!もう、はしゃぎ過ぎですよトレーナーさん?これではどちらが学生なんだか、分かりませんね?」

「うっ、それは……そうなんだけどぉ……」

 

雲ひとつない青空、たった一つ輝く太陽が僕らの足元に茂る芝生を朗らかに照らす日曜日。香ってくるほのかな風の匂いに、なぜだか干したてのシーツを連想させられ、夢うつつの面持ちのままさくさくと進んでいく僕と、それを呆れ交じりの笑顔で見つめる我が担当ウマ娘、メジロアルダン。

気が赴くままの、ただの散歩……というのもいいが、今日に限ってはもう少し雅に、華やかに。

 

「ふふふ、気持ちは分かりますけどね?こんなに満開の桜を見るのなんていつぶり……いえ、もしかしたら初めてかもしれません♪」

「あら、そうなの?」

「季節の変わり目というのは、もっとも体調を崩しやすい時期ですので……幼い頃は、この季節に行楽に赴くということ自体が難しかったもの、でしたね?」

「……そっか、それじゃほら!今まで見れなかった分たっぷり、おなかいっぱい見なきゃ、ね?」

「ふふふっ……!そんなに沢山食べきれませんよ?はんぶんこ、に、しましょう♪」

 

ここから数十メートルほど先、広大に広がる淡い桜色のカーテン。大地に逞しく立ち聳える数十本ものソメイヨシノが景観を彩る、ここらで指折りのお花見スポット。に、貴重な休日を使ってやってきた僕ら二人……とはいえ、単なるお花見が目的、という訳でもなかったり。

 

「ふふっ。それで、どう?どの辺の風景が描きたい?」

「うーむ、遠景もいいですが、もう少し近くの様子も覗いてみましょうかね?」

「アルダンの描く『水彩画』かあ……絶対、最高に綺麗なんだろうなぁ……」

「ふふふ、トレーナーさんも手持ち無沙汰でしょう?どうです、ご一緒に?」

「ぼ、僕はいいよ、ほんと、全然、大丈夫」

 

『久しぶりに、絵を描きたい気分です♪』なんてメッセージが送られてきたのは、今日の朝一番のこと。彼女の方から何かのお誘いがある時はだいたいこんな調子である。

僕も僕で今更驚きもせず、せっかくならどこか綺麗な場所を絵にしようと提案し、必要最低限の画材を抱えてやってきたのがこの公園、という訳だ。

 

「しかし……というかやっぱり?人が多いねぇ」

「ちょうど満開の日曜日ですものねぇ。午後からは風も強くなると予報されていましたし、今年の桜も、今日で見納めになるでしょうからね?」

「……ほんとうに、桜ってすごいよね。満開になるのは一瞬、けれども確かに、その瞬間はまるで世界の中心かのようにみんなから注目されるなんて、さ」

「確かに、なんだか物語の主人公のよう……ですね」

「ほんと……と、それはそれとしてどうだろう、あんな人混みの中で集中してお絵描きできるかな?」

「そうですねぇ……私は大丈夫なのですが、他の方々のご迷惑になってしまうかしら……?」

 

晴れ晴れとした空模様、とは裏腹に少し物憂げな目で二人見つめたのは、木々の根元群がる老若男女。

一様にはしゃぎ笑い、朗らかに舞う様自体はなんとも微笑ましいものではあるが……それにしてもな人混みである。この調子では絵を描くどころでは無いか……しかし、こんな所までやってきて、本来の目的を果たせずに帰る訳には……

 

 

「……!トレーナーさん!ストップ!」

 

「うえっ!?おっ……!とおっ!?」

 

……なんて、うだうだと遠い目で考えこんでいた僕の耳に突き刺さった、慌てた彼女の声。

反射的に僕は振り上げた右足をそのままに、片足立ちでその身を静止させる……が。

 

「とっ……とっ……うわあぁっ!?」

「トレーナーさんっ!」

 

ガシッ!

 

「ふぐっ!?」

「だ、大丈夫ですか?ごめんなさい、私が急に呼び止めてしまったせいで……」

「むぐ……」

「お怪我などございませんか?足を捻ってしまっていたりなど……」

「……く、くるし……息が……」

「……あっ!?ご、ごめんなさい!つ、つい……」

「っ、ぷはっ……うん、うん、全然大丈夫……」

 

バランスを崩して転げそうになる僕の身体を、彼女は強く強く抱き寄せる。一瞬だけ垣間見えた天国から解放され、安堵と、一抹の名残惜しさを両頬に残したまま、気を取り直して僕は口を開いた。

 

「僕は大丈夫だけど……さっきのストップって?」

「ええ、その、足元をご覧いただけますか?」

「ん?これは……」

 

彼女が指さす方向へ、僕はおずおずと視線を下げる。先程まで視界にすら入れずに踏みならしていた芝生の中、そこに鮮やかに立っていたのは……

 

「……あ、タンポポ!」

「ええ、タンポポさんです♪」

 

日光を受け止めて、ほのかに光る優しげな黄色の花……花の品種にはそこまで詳しくもないが、それが『タンポポ』と呼ばれるものであることは、流石の僕にだって分かった。

 

「もしかして、踏んじゃいそうになってたのかな?僕がこのタンポポを」

「ええ……もちろんわざとでは無いのは分かっていますが、ギリギリだったのでつい大声を……本当にごめんなさい……」

「いいや、むしろ助かったよ。こんな綺麗な花、踏まずに済んで本当に本当によかった」

 

何とも申しわけなさそうな声色で話す彼女から、あえて目を逸らしてしゃがみこんだ僕。

それにしたって、本当に綺麗な花だ。花びらのひと房ひと房が柔らかな黄色から鮮烈なオレンジへグラデーションがかかっていて、遠巻きで見た時よりもずっとずっと鮮やかに見える。本当に本当に、無事でよかった。

 

「……ふふ、ふふふっ」

「アルダン?」

「いえ、なんだか面白くって、ですね?皆が空を見上げて桜に夢中になっている時に、私達だけは地面にしゃがみこんで、タンポポに見蕩れている、だなんて……」

「……ふふっ、確かにね?僕ららしいと言えばらしいかもね?」

「……ここなら、誰にも邪魔されずに絵が描けるかも、しれませんね?」

「うんうん、おっけー。レジャーシート敷くから、アルダンは絵の準備しときなね?」

「ふふふ、ありがとうございます♪」

 

 

──────────────

 

 

「ふんふふん♪ふふふふん♫」

「……ふふっ」

 

遠くで咲き誇る満開の桜……からはしばし目を逸らして。地面から力強く、けれども少し不安定に生えるタンポポを見つめて絵筆を動かすアルダン。その愛らしい口の端から鼻歌が漏れているのにも気付かずに、黄色、オレンジと、パレットに広げた絵の具を小さく混ぜ合わせていく。

 

「……冬を越して春に花を咲かせる植物と言えば、それこそ桜が有名ですが……実はタンポポもまた、そういう植物なのです」

「あら、そうなの?冬場にタンポポってあんまり見ないけど……」

「冬場のタンポポは厳しい北風を避けるため……また、日光を効率的に浴びるために、地面に沿って薄く広く葉を広げるのです。ですのでなかなか地上からは目立たないのですよ?」

「ふむふむ、それはなかなかの策士だこと……」

「そういうのお好きですよね、トレーナーさん♪」

「ふふふ、まあね?」

「あ、あと実は、冬場に栄養をたっぷり溜め込んだタンポポさんは甘みがあって、食べると意外と美味しいらしいですよ?」

「えっ?食べ……?」

「以前、グラスワンダーさんから聞いたのです♪」

「あるのかな、食べたこと……」

 

味はともかくとして……そうだな、頭を絞って厳しい環境を耐え抜き、鮮やかな花を咲かせる。なんて、それはまるで……

 

「……ふふっ、また私の事を考えていますね?トレーナーさん♪」

「えっ!?うえっ!?なんで分かっ……」

「まあ?ほんとうに考えて下さっているとは……半分冗談だったのに♪」

「え、ええ……もう、アルダンったら……」

 

丁寧に丁寧に、小さなスケッチブックを撫でる手は止めず。けれどもその軽やかな口も止めずにこちらに笑いかけるアルダン。その器用さになんとも目を丸くしながら、負けじと僕も言葉を紡ぐ。

 

「かっこいい花、なんだなって。見た目はこんなに可愛いのに、必死に生き残る為の策を練って、それを実行する忍耐力もあって……安直かもだけど、そういうところがやっぱり君に似てるな、なんてね」

「まあまあ、可愛いだなんて……トレーナーさんったら♪」

「んっ……!それは、まあ……その通りだけど……」

「ふふふっ……しかし、本当にもったいないですね?」

「もったいない?」

「皆、上ばかり見て……足元にだってこんなに美しい花があるのに……なんて」

「まあ……そうだね」

 

改めて、遠く見つめた広大に広がる淡い桜色のカーテン、の下に群がる老若男女。別に誰が悪いだとか、そういう話に興じるつもりはないのだけれども。

 

「……もちろん桜だって、生き抜くため、命を繋ぐ為、常に必死に考えてるんだろうけどね。桜も、タンポポも、そこに何の差も無いわけだけど」

「ええ、それはもちろんです」

「けれども、どうしてもその『見られ方』『扱われ方』には差が出ちゃうんだよな。パッと見の華やかさとか、希少性とか、後から付け足されたストーリーとかで、ね」

「ううむ。それもそう、ですねぇ……」

「……タンポポ、綺麗なんだけどな。どうしても『どこにでもある花』ってイメージが強いのがなぁ……付加価値、アピールポイント。何がある……何が……」

「……もしかしてトレーナーさん今、考えていたりします?『タンポポ』が『桜』に、勝つ方法を……?」

「えっ?いやいやそんなこと考えて……考えて……る、ね……無意識に……」

「ふふふっ!本当に、貴方ときたら……」

 

無意識の思考を読まれて、思わず自らの口を塞ぐ僕。職業病という奴かなあ……こんなのどかな陽気の日に、そんな勝つだとか負けるだとかなんて……つくづく、自らの野暮ったさに気が滅入ってくる……

 

「ん、簡単にですが……こんなものでしょうか?」

「えっ?もう……って、うわーっ!?」

「ふふ、いかがですか?」

 

なんて、グダグダと考えている僕に向けて、先程よりも鮮やかに染まったスケッチブックのページを向けてくるアルダン。そこに描かれていたのは……

 

「すっ……ごい……綺麗だ……」

「ふふっ、ありがとうございます♪」

「綺麗だし、凄いな……タンポポの絵なのに、こんなに色とりどりで……」

「正直に黄色やオレンジだけで描くのも良いですが……ちょっとだけ遊んでみました、そっちの方が面白そうだったので♪」

 

ページのど真ん中に咲く、大きな大きな、この世界を覆い尽くすほど大きなタンポポの花……それも、タンポポらしい太陽のような明るい色だけではない、深く静かな夜を感じさせる藍色や、燃え盛る怒りを表現したかのような朱色。様々な色が水彩画らしく滲みあって、美しいグラデーションを形成していたのだった。

 

「君には、こんな風に世界が見えてるんだなぁ……本当に凄いよ、君は」

「ふふふ、凄い事ではありませんよ?貴方にだって、誰にだって見れますとも♪というわけで、トレーナーさん?」

「ん?なに?」

「携帯、持っていますよね?少しばかりご協力をお願いします♪」

「う、うん?」

 

言われるがままに携帯を取り出した僕の様子を見守ってから……なんだか愛らしいポーズで、自らの描いたタンポポを掲げるアルダン。その様についつい見蕩れていると……

 

「……ほら、ぼーっとしていないで?早く撮ってくださいよ?」

「えっ?あ、撮るの?えっと……こ、こんな感じ?」

「ふふ、完璧です。それを私に送っておいてください?と、それとこのタンポポさんも撮って……」

「???」

「タグは……ええと、#お花見、#水彩画、#足元にもご注目……と」

「あっ、そのアプリって……」

「もちろん、『ウマスタ』ですよ♪言ったでしょう?誰にだって見れます、と……」

 

彼女の手元、手際よく『投稿』していたそのアプリ。ただただ関心していた僕に向けて、ますます優しく瞬くような笑顔を向けながら彼女は口を開く。

 

「……貴方があんなことを口走るものですから……ふふふ、私だって見たくなってしまったのですよ、『タンポポ』が『桜』に勝つ所を……」

「えっ?そ、それでまず、SNSで広めようってこと?タンポポの魅力を?」

「ええ、やっぱりこういうものはしっかりと人目につくところでやらなければ、ですものね?」

「……ふふっ、はははっ!本当に怖いもの知らずだね?君は?」

 

なんとも無鉄砲で突拍子もない彼女の行動に、思わず笑いが溢れ出してしまう僕の口。そうだな、彼女が何かを始める時は、だいたいこんな調子、だったな。

 

「ふふふっ!怖いもの知らずはトレーナーさんの方でしょう?いつだって貴方は、自分の信じたものを疑わない。相手が誰だろうと……ね?」

「……ああ、それはもちろんだよ。僕は絶対に疑わないさ。絶対にこのタンポポは、桜や、他のどんな花よりも美しいと思うし……それに……」

「ええ、分かっていますとも。本当に、貴方が私のトレーナーさんで、良かった」

 

二人笑いあってから、改めて足元に力強く咲くタンポポの花をじっくりと見つめる。うん、やっぱり間違いない。青々とした芝生に一人、燦々と輝くその姿は、他のどんなものより美しい。僕ら二人だけのものにしておくのは、絶対にもったいないんだ、絶対に。

 

「……さて、他に何が出来るかな?何かいいアイデアとかない?」

「トレセン学園で募ってみましょうか?タンポポを探して愛でるツアー……皆で公園に赴いて、タンポポを探して写真を撮ったり、絵に描いたり……ああ!お昼ご飯に皆でタンポポ料理を食べる、というのもいいですね?」

「需要あるかな……いや、案外あるのか?ううむ……」

 

ピロン!

 

「ん?通知?」

「私の携帯ですね?と……あら!早速シェアされていますよ?ふむふむ、あら?これは……これはもしや、カレン、さん……?」

 

……ピロン!ピロン!ピロンピロンピロン!

 

「きゃっ!?」

「う、うおおおっ!?なんだなんだ!?」

「ま……まさかこれは……ふふふっ、流石はトップウマスタグラマー……ですね?」

「……ふふっ、これはもしかして、もしかすると……かな?」

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