メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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KICK BACK(後編)

「ドロワ受付、こちらでーす。みなさん、参加者名簿へのチェックを済ませてご入場してくださいねー」

 

 

「ね!もうテイオーさんとマックイーンさん踊ってるんだって!」

「え!マジ?ちょ、急いで観に行かないと!」

 

 

「オペラオーちゃん……やっぱり三人で参加するのは、無理なんですって……」

「ふーむ!まあ仕方ないさ!来年こそは出られるように、一年がけで制度改革に励もうじゃないか!」

「だから、貴方たち二人で出れば……」

 

 

──────────────

 

 

三月、最後の金曜日。すっかり日も暮れ、夜の帳がコンサートホールのように降りきった頃。だと言うのに、ここトレセン学園の第一体育館は、まるで常夏の太陽の如き熱気に包まれていた。

 

「衣装、大丈夫?」

「ええ、問題なしです♪」

「髪のセットは?」

「問題なしです♪」

「振り付けは、きちんと頭に入ってる?」

「問題なし……ふふふ、トレーナーさんこそ、蝶ネクタイ曲がってますよ?」

「えっ?あ……ごめん、ありがとう……」

「タキシード、とってもお似合いですね?普段より愛らしくてこれはこれで素敵です♪」

「ただの運営スタッフの制服なんだけどね?でも……ありがとう、アルダン」

 

控え室の一角、なんとも余裕綽々の表情で僕のネクタイを整えるアルダン。凛々しい純白のパンツスタイルと、それに合わせて纏めあげた爽やかで気品溢れる髪型に、先程から僕の瞳は奪われっぱなしなのであった。

 

『リーニュ・ドロワット』

ひと月以上かけて準備をしてきたそのイベントも、とうとう本番の日。既に数多のウマ娘達が煌びやかな衣装に身を包み、生演奏される優雅な音楽に合わせて思い思い、自由に踊り、語らい、この一夜を楽しんでいた。

 

「……やはり、良いですね、この雰囲気は」

「うん、そうだね。普段どんな娘だろうと、どんなキャラクターだろうと、今夜だけはなんにも関係ない。本当に、自由でいい空間だと思うよ」

「あら、トレーナーさんもご自由に楽しんできてもよろしいのですよ?」

「もちろん、だからここにいるんだよ。君の隣以上に、行きたいところなんて、ないさ」

「ふふふ……本当に、仕方のない人……」

 

遠くから聞こえてくる音楽に合わせて、無性に高鳴る僕の心臓。祭りの高揚感からなのか、それとも……

 

「ちょっと待った!です!」

「これ以上二人だけの世界に浸らせてたまるかよ!」

 

「げっ……もう来たのか……」

 

……なんて、少し湿った雰囲気をカラリと乾かすような春嵐。舞い踊るようなステップでこちらへ歩みを進めてきたのは、もちろん……

 

「ふふっ、お待ちしておりましたチヨノオーさん。やはりよくお似合いです♪」

「えへへ……ちょっぴりオトナ過ぎるかとも思いましたが……ですね?」

 

サクラチヨノオー。アルダンのデート相手である彼女は、これまたなんとも爽やかな、桜色と水色を基調としたドレスに身を包んで現れたのだった。なるほど、アルダンが全面的にプロデュースして作り上げたと言っていたが、確かにパンツスタイルの彼女と並び立つときっちり対になる、よく練り上げられた衣装だ。流石アルダン。

 

「俺もいるってこと、ナチュラルにスルーすんじゃねーよ」

「うるさいな、お前こそナチュラルに人の思考に入り込んでくるんじゃないよ」

 

「あ、あのっ!アルダンさん!」

「はい?チヨノオーさん?」

「その、まだ終わってませんけど……私、アルダンさんとデートを組めて本当に良かったです!こんな私の手を取って下さって……本当に本当に、ありがとうございました!」

「ふふっ♪ええ、私もデート相手が貴方で良かった。貴方は私にとって、唯一無二の存在ですから……」

「……!今日は、頑張りましょうね!絶対に絶対に、『私たち』で取りましょう!ベストデート!」

「……ふふふっ♪」

 

アルダンの手をがっちりと握りしめて、感極まった様子で語尾を強めるチヨノオー。思えばこのひと月、きっと彼女にとってはそれこそ文字通り、血の滲むような努力を重ねてきたのだろう。昨年の怪我を乗り越えてから、恐らく初めての関門と言えるこのイベント。初めは踊りきる事さえ出来なかったダンスも、今では彼女の肉体の一部と呼べる程、その身に染み付いている。互いに互いを見つめる、自信に満ち溢れた表情が、ありありとそれを物語っていたのだった。

 

〜♪〜〜♫

 

「あら、この音楽は……」

「あ!も、もうすぐメインパートが始まりますよ!そろそろダンスホールに移動しましょう!」

「ふふ、そうですね?では……」

「うん、僕は二階からちゃんと観てるからね?行ってらっしゃい、アルダン」

「ええ、行ってきます、トレーナーさん♪」

「頑張ってこいよ!信じてるからな、チヨ!」

「頑張りますよ!待っててくださいね、トレーナーさん!」

 

第一体育館に設置されたダンスホールは、ウマ娘達だけのもの。故に二階からの見学になる僕らトレーナー陣が付き添えるのは、この控え室まで。

さらさらと、優しい淡雪のように。ひらひらと、華やぐ桜のように。各々自らのトレーナーに向け手を振ってから、彼女達は気高く背を向け、歩き出した。

 

「なんか、あれだな。結婚式で娘を送り出す父親って、こんな気分だったりすんのかな」

「は?アルダンは誰にもやらんが?」

「お前に聞いた俺がバカだったよ」

「……ま、分からなくもないけどな。ほんと、トレーナーって辛い仕事だよ。送り出したら最後、指を咥えて見てるしかない。なんてさ」

「……そうだな」

 

付き添えるのは、控え室まで。そうだな、なんだかんだでこれもまた、いつも通り、か。

 

「……後で、メジロアルダンに伝えといてくれるか?感謝してるってな」

「ん?」

「最近のチヨ、なんつーか、ようやく緩んできたんだよ。ダービーの後からずっと張り詰めて、自分を追い込んできたのが……メジロアルダンと踊ることになって、少しだけ、肩の荷を降ろせたっていうか、な」

「…………」

「多分、ようやく自分以外に頼れる相手、手を引いてくれる相手が見つかった、んだろうな。悔しいが、俺じゃダメだったんだ」

「……『私たち』なぁ」

 

ふと、思い出したのは数日前。彼女がマルゼンスキーに対して切った啖呵。

『メジロアルダン』と『サクラチヨノオー』、二人揃えば誰にも負けない、か。

 

「……そう、上手くいくかな?」

「ん?なんか言ったか?」

「ああ、どういたしましてってな、お前の気持ち、しかと受け取ったよ」

「お前に言ったんじゃねえよ!メジロアルダンにだ!メジロアルダンに!」

 

 

──────────────

 

 

「あ、あれ、アルダン先輩とチヨノオー先輩じゃない!?」

「え?うわ!ホントだ!アルダン先輩めちゃくちゃカッコイイー!」

「ねー!いいなーチヨノオー先輩!私もエスコートされたーい!」

 

先程より一層、豪華で煌びやかな音楽が鳴り響くダンスホールのど真ん中。腕を組んで堂々と現れたのは……もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダン。それとそのデート相手、サクラチヨノオーである。その優雅に伸びるパンツスタイルの長い脚と、まるで中世の騎士を思わせる凛々しい表情に、僕の周りの席に腰掛けるウマ娘達の声色が、一斉に色めき始める。

 

「……おおおっ!出てきたぞ!出てきたぞおい!あそこ!あそこ!」

「うるさいな分かってるよ。今集中してんだから黙っててくんない?」

「お、おう……お前さっきからまばたきしてないけど……大丈夫か?」

 

 

「……では、行きますよ。チヨノオー、さん」

「っ、は、はいっ、アルダン、さん……!」

 

拍手鳴り止まぬオーディエンスに深々と頭を下げてから、二人は手と手を取り合い、目線を合わせて、そして……

 

「…………アン」

「…………ドゥ」

 

「「…………トロワ!」」

 

 

「…………!」

「おお……すげぇ……」

 

アルダンの踏み出した一歩目から、始まる二人の世界。互いに寸分違わぬ歩幅で丁寧なステップを踏み、示し合わせの合図もなく華麗なスピンを回す。

縦横無尽、宙に舞うようなターンを放ったかと思えば、音もなく着地し、指先までピタリとポーズを決める。まさしく一心同体、阿吽の妙技。

 

「やっぱ、すげえな。こんなの俺たち、とても割って入っていけねえよ」

「……そうかもね」

 

 

「……すごい」

「なにあれ……目、離せないかも」

 

「おい!今メインステージでやってる娘、すごいらしいぞ!」

 

「あ、あの娘……確かメジロラモーヌの……」

「お相手は……ああ!去年のダービーの!」

 

「すっげえ……これ、いつかのルドルフとマルゼンに匹敵するんじゃないか……?」

 

回る、跳ねる、舞い踊る。一分の狂いも無いまさしく『完璧』な舞踏に、いつしか、誰もが、目を奪われていく。ムーディーな雰囲気を醸し出すライトも、緩やかに勢いを増していく演奏も、何もかも、二人のもの。贔屓目を除いても決して揺るがない、今の二人は、まさしくこの夜の主役であった。

 

 

「見えますか、見えてますかアルダンさん?みんなが、みんなが『私たち』の事、見てますよ……!」

「ええ、そうですね?」

「本当に、夢みたいです……!マルゼンさんが立ったこの舞台で、マルゼンさんと同じように……いえ、それよりもっと凄いダンスを踊ってる。『私たち』が主役に、なれている、なんて……!」

「……『私たち』が、主役?」

「ええ!そうですよ!みんなみんな、私たちの事を見て……」

「それは、少し違うかも、しれませんね?」

「えっ?どういう事ですか?」

 

 

 

「今宵の主役は……『私』ただ一人、ですから♪」

 

 

 

「はい?その、アルダンさっ……!?」

 

ダンッ…………

 

 

──────────────

 

 

「…………飛んだ」

 

としか、言いようがない。そうとしか、言いようがなかった。

 

「……なにいまの」

「……すごい」

 

一瞬にして静まり返る、ダンスホール。参加者、観客、スタッフ、肩書きなんて関係なく、一様に丸くした視線の先に立っていたのは……他でもない、我が担当ウマ娘メジロアルダン、ただ、『一人』であった。

 

「……おい、な、なんだよ今の動き。あんなの、練習じゃ一度も……!」

 

慌ててこちらを食い入るように見つめてくる、チヨノオーのトレーナー。だが、そんな事言われたって、僕だって見た事もないものを答えようがないだろう。

彼女は、アルダンは……突如として共に取り合っていたチヨノオーの手を振りほどき、そのまま、宙に飛び上がった。飛び上がって……チヨノオーの肩を軸に、空中で倒立を決めて、そのまま涼しい顔で着地と共にポーズを決めたのだ。自分でも、説明していて訳が分からない。分からない、けれど……

 

空中で、まるで氷柱のようにピンと伸びた脚も、重力を無視してふわりとランダムに跳ね上がった髪も、強く、強く覚悟を決めたような、凛々しい目線も、何も、かも。

 

「……きれい、だ」

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!?」

 

「凄い!凄すぎるっ!?」

 

「アルダンせんぱーーーいっ!かっこいいーーーっ!」

 

静寂から一転、一斉に立ち上がりアルダンに惜しみない拍手を浴びせるオーディエンス。何を思うか、その渦中のど真ん中に立つ彼女は、じっと、自らの手のひらを見つめていた。

 

「あ、アルダン、さん。今のは」

「………………」

「……も、もうっ!あ、あんな凄いのできるんだったら、さ、先に言っておいてくださ……いっ!?」

「黙って、舌を噛みますよ?」

 

 

「……!」

「こ……今度はなんだ!?」

 

鳴り止まない拍手の中、アルダンは力強くチヨノオーを抱き寄せる。アドリブ劇を終えて、ダンスの再開……なんて、そんな雰囲気でも、ないらしい。

 

「っ!なんだあのステップ!?」

「は、速すぎる……!目で追い切れない!」

 

 

「ちょっ!あ、アルダンさん!?速すぎっ、速すぎますっ!待ってっ、待ってくださいっ……!」

「……ふっ!」

「えっ?ひああぁっ!?」

 

ステップ、ターン、ターン、ターン、ステップ、ステップ、ステップ……生演奏のストリングスの盛り上がりに合わせて、暴走する機関車のようにぐんぐん速度を増していくアルダンの動き。けれども、そんな速度でも彼女の動きはますます斬れ味を増していく。まるで触れるもの、全てを切り裂く程に。

 

「きゃーっ!アルダンさーん!」

「かっこいい……かっこよすぎますよーっ!」

 

「め、メインステージ!メインステージ撮って!早く!」

「メジロアルダン!今年のベストショットはこれで決まりだ……!」

 

「ラモーヌの妹……いや、『メジロアルダン』と言うのか……」

「まさかトレセン学園に、まだこんな逸材が眠っていたとは……」

 

「アルダン!アルダン!アルダン!」

「アルダン!アルダン!アルダン!」

 

 

「っ……はあっ……アルダン、さんっ……!」

「………………」

 

止まらないアルダンのダンス。止まない観衆の声援。の、一番近く。

観客も、スタッフも、人間よりずっと目も耳も良いはずのウマ娘達でさえ。ただ一人で煌びやかに輝くアルダンに目が眩んで、それに振り回され一人ボロボロに削れていくチヨノオーの声に、表情に気が付かない。息もできずに、脚ももつれて、それでも止まらない、止まらせてもらえない、操り人形。そんな彼女の、声無き叫びに。

 

「おい、本当にどうなってんだこれ……!」

「………………」

「クソ、誰か止めねえのかよ……!チヨ……!」

「………………」

 

確かに、やめさせた方がいいんだろうな。

勝手な行動を取る『教え子』を戒め、正しく規範的な道へと導く。それこそがきっと、本当の『トレーナー』の務めなのだろう。和をもって、逸脱せず、静粛に、弁えて……『私たち』皆で高みを目指す。それが真の、リーニュ・ドロワットのあるべき姿、なの、だろう。

 

が。

 

「アルダン!アルダン!アルダン!」

「アルダン!アルダン!アルダン!」

 

鳴り止まぬ喝采。熱い視線。その全てを欲しいままにする、『メジロアルダン』。

 

ダービーで辛酸を舐めさせられたサクラチヨノオーを、今度は一方的に蹂躙する、『メジロアルダン』。

 

この夜の、この世界の中心にただ一人立つ、『メジロアルダン』。

 

 

「最高、じゃないか……!」

 

 

どうしても、胸の高鳴りが抑えられない。今、目の前で起きていること、何もかもが『痛快』だった。ともすれば、そうだ、僕はまさしくこれを、望んでいたのだ。

サクラチヨノオーも、ヤエノムテキも、スーパークリークもタマモクロスもシンボリルドルフもマルゼンスキーもメジロラモーヌも、オグリキャップも。全員、全部、全てのウマ娘を一方的に、完膚なきまでにグチャグチャに叩き潰す。そんなメジロアルダンが、僕は見たかった。十バ身でも百バ身でも突き放して、世界中から拍手喝采を浴びせられる、そんな彼女の姿が、どうしても見たかったのだ、僕は。

 

ルール?マナー?歴史?権利?

繋がる想い?誰かの願い?

そんなもの、知ったことか。

 

『トレーナー』としてじゃない、やっぱり僕は、『僕』は、

『メジロアルダン』さえ輝いていれば、それでいい。

 

 

「っ、ああっ……!」

 

「チヨっ……!?」

 

 

──────────────

 

 

「……っ、はあっ……アルダン、さんっ……!」

「………………」

「おかしい……おかしいですよ!こんなのっ……!」

「何が、ですか?」

「言ったじゃないですかっ!『私たち』でベストデートを取るんだって!私とアルダンさん、二人揃えば誰にも負けないって!」

「……間違いなく、貴方は私にとって、唯一無二の存在です」

「あ、アルダンさん……!」

 

「唯一無二の、扱いやすい『道具』なのですよ?貴方は」

 

「……え?」

「私はこのドロワで、勝ちたいのです。ルドルフさんにもマルゼンさんにも……姉様にも」

「お、同じじゃないですか、私と!それなら……」

「いいえ、姉様はただ一人きりで、この場で踊っていた。この観衆の目線を、喝采を、独り占めしていた。だから、それを超えるためには私もまた、『独り』でなくてはならない。けれども、『ベストデート』、その冠を頂かなければ、ルドルフさん、マルゼンさんと同じ土俵へは、上がれない」

「……まさか、その為に私とデートを組んだと、そう言うんですか!?私をただの踏み台にして、『独り』で『ベストデート』を取るために……!?」

「ふふふ、思った通り貴方はとても扱いやすかったです♪きちんと私の言いつけを守って、必要最低限、自己主張し過ぎない、ちょうど壊しやすい『私たち』のダンスを完璧に習得してくれましたから。流石、私の大親友ですね♪」

「……そんな、そんなのって」

「さ、無駄話はそれくらいにして……いよいよラストスパートですよ?貴方は転ばないようにだけ注意していてください?そうすれば、形式上は貴方も『ベストデート』になれますから♪」

「………………」

 

『……敵はなにも『過去』にしかいないわけじゃない。私たちの前にラモーヌちゃんが現れたように……『今』、目の前をちゃんと見ないと、足元を掬われちゃうかも……ネ?』

 

「分かってたんだ、気付いてたんだ。マルゼンさんは……やっぱり、すごい人は、すごいんだなぁ……でも……」

「……まだ、何か?」

「っ……わた、わたしっ……私だっ……てっ……私っ……だってっ……!」

 

 

──────────────

 

 

「ファイッ…………オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!」

 

 

「っ…………チヨノ……オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!」

 

「…………!」

 

「……クソ、ちょうどいいとこだってのに」

 

全く、本当に本当に、どこまでも暑苦しくてうるさい奴だこと。真隣から発せられた無駄にけたたましい声に思わず耳を塞ぐ、僕。

 

「何が『俺じゃダメだった』だよ。お前以外いねえよ、ったく」

 

突然、ダンスホール中に響き渡った春雷のようにけたたましく暑苦しい反響音を食らって、ピタリと止まったアルダンを称える喝采。見計らったかのように猛るような声を上げたのは、もちろん、当然……

 

 

「勝ちますっ!貴方が私を踏み台にすると言うのならっ!その貴方に勝って、勝って!私が!『独り』で、頂点にっ!」

 

 

サクラチヨノオー。メジロアルダンの学友で、

同室で、大親友で……そしてそれ以上に。

 

最大にして、最高の『ライバル』である、彼女であった。

 

「……そう、ですか。残念です……それではもう、手加減、出来なくなってしまいました、ねっ!」

「ふんっ!」

「……!」

 

彼女の、魂からの叫びを受け止めてから、それでも尚変わらずにアルダンはチヨノオーの腕を強く強く引き寄せる。

が、動かない。今度は動かない、しっかりと地に突き刺した強靭な脚でその引力に耐え、そうして。

 

「今度は、私の番ですっ!」

「っ……!」

「スローッ!クイッ……ク!クイック!スロー!クイック!クイックッ!」

 

反対にアルダンの身を引っ張りあげて、自らのステップの渦中に引き摺りこんだチヨノオー。先程のアルダンとは比べ物にならない、強引で、稚拙で、テンポも滅茶苦茶な力任せのステップ……けれども。

 

「あ、アルダン先輩が……リードを取られてる……!?」

「ウソ……チヨノオーさんってあんなにカッコよかったっけ……?」

 

「メインステージ!まだまだ撮って撮って!」

「これは、大波乱だぞ……!」

 

「あの、相手の娘は誰だ!?」

「『サクラチヨノオー』だよ!去年のダービーの!」

 

会場が、世界が、美しい白氷から鮮やかな桜色に塗り変わっていく。まるで春の訪れのように、ひたむきで、暖かな陽気が、人から人へ伝番していく。

そうだった、この空気を味わうのは、『初めてじゃない』。

 

「いけぇーっ!チヨーっ!頑張れーーっ!」

「…………っ」

 

 

ふざけんな、今度こそ、負けてたまるか。

 

 

「アルダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!」

 

「うおっ……おいおい、マジかよ……」

 

 

「っ……チ、ヨ、ノ……オォォォォォ!」

「う、わっ!?アルダン……さんっ……!」

 

僕は思いっきり、思いっきり、喉がひっくり返るほどの熱量で、愛する彼女の名前を叫んだ。不意にピコンと両の耳を立てた彼女は、そのまま強引に主導権を奪い返しにかかる。

 

「いけっ!いけぇーっ!負けるな、アルダン!」

「っ……!勝てぇーっ!チヨーっ!勝つんだぁーっ!」

 

 

「…………頑張れーっ!アルダンせんぱーーーいっ!」

「負けないでっ!チヨノオーさーーーんっ!」

 

「そうだーっ!頑張れチヨノオーーーっ!」

「メジロアルダーーンっ!踏ん張れぇーーっ!」

 

「アルダン!アルダン!アルダン!」

「チヨノオー!チヨノオー!チヨノオー!」

 

南南西の風が運んでくる竜巻の如く、異常なほどの熱狂と声援に包まれるダンスホール。そのど真ん中、本当に全員の、もしかすると、この世に生きる者たち全員の視線の先、熱い熱い火花を散らし合うのは……

 

「……はぁ、本当に、貴方のせいで何もかも台無しです……チヨノオー、さん」

「ふふふっ、それは何よりです、アルダンさん……!」

「ああ、そのひたむきさ、暖かさ、優しさ、何もかも狂おしい程に、憎い、憎たらしい……もう姉様も何も、どうでもよくなってきました……」

「奇遇ですね……私もマルゼンさんなんて、もうどうでもよくなってきました……」

「今からは私の全身全霊を賭けて……絶対に貴方の全てを、何もかも『ぶっ壊して』差し上げますよ……サクラチヨノオォォォォォォッ!!」

「やれるものならやってみてください……メジロアルダンッッッッッ!!」

 

ドドドドドドドドッ……!

 

「えっ、なんかあの二人こっち来てない!?」

「ちょ、一回退避!退避ーっ!ダンスホールから出て!みんな出て!」

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

アルダンの、優雅さなんてかなぐり捨てた精一杯のスピンを躱して、彼女の肩を踏み台に力いっぱい飛び上がるチヨノオー。そのままアルダンの腕を掴んで、ダンスホールの幅いっぱいに全力で回転しながらその身を振り回す。

が、アルダンだって負けない。その身を捻り、チヨノオーの股下をくぐり抜け、彼女の背に掴みかかってそのまま激しいターンに繋げてみせる。氷上を滑るかのように、会場の端から端までめいっぱい使って繰り広げられる、壮絶な『潰し合い』に、他のウマ娘達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。

 

「アルダンせんぱーーい!負けないでーっ!」

 

「危なっ、危ないっ!テーブルも撤去するんだよ!急いで!」

 

「チヨノオーーーーっ!いいぞーっ!そこだーっ!」

 

「音楽!音楽も一回止めて!誰かあの二人止められないの!?」

「無理ですっ!あんな勢いで動き回るウマ娘ですよ!?こっちがタダじゃ済みませんよ!」

 

「チヨーーーーっ!飛べっ!飛ぶんだぁっ!」

「アルダン!走れーーっ!速くっ、速くっ!」

 

「ふんっ!これなら……どうですかっ!?」

「まだ、まだぁ!うりゃぁああああっ!」

 

走る、回る、飛ぶ、跳ねる、放り投げて、踊り狂う。叫ぶ、怒る、壊す、叩き潰す、また、叫ぶ。

アルダンの振るった腕が、チヨノオーの頬を掠める。チヨノオーの振り上げた脚が、アルダンの髪を穿つ。いよいよテンポもリズムも、何も無くなってきた壮絶な死の舞踏の最中、品性も風情もあったものではない混沌極まるダンスホールのど真ん中で、彼女は、彼女達は、そして僕は。怒り、狂い、叫び、苦しみ、

 

そして、笑っていた。

 

 

 

──────────────

 

 

「お気分は、いかがでしたか?アルダンさん」

「……?何がですか?チヨノオーさん」

「扱いやすい『道具』だなんて、心にも無いことを言った気分、ですよ?」

「はて……なんのことだか分かりませんね?」

「とぼけなくてもいいんですよ、『言葉』でなくても……ちゃんと、伝わってきましたから♪」

「……!ふふっ、ふふふっ!まったくもう……それを言うのは、『野暮』ってもの、でしょう?」

「あははっ!それもそうですねっ!」

「……けれども、一つ言えるのは。やっぱり貴方と本気でぶつかり合うのは、たまらなく楽しい。と、いうことですね♪」

「ええ、ええ、私もそう思います!」

「こんなに楽しく貴方と戦えるのであれば……ふふふ、また来年も同じようにやってみようかしら?」

「もー、アルダンさんも大概不器用ですね?そんな騙し討ちみたいなことしなくても……言って貰えれば、いつでも全力でお相手しますよ。ダンスホールでも、ターフでも!」

「……ふっ!あははっ!ではお次はターフでもご一緒いたしましょう?どのレースがいいかしら?宝塚記念、天皇賞……有馬記念もいいですね?」

「マイルももっと走ってくださいよー!安田記念に、マイルチャンピオンシップ!」

「ふふふ、それはもう……全部走るしかありませんね♪来年も、再来年も、百年後だって。いつまでもご一緒に、走り続けてくださいね?約束ですよ、チヨノオーさん?」

「……『ニンジン一年、ウマ万年』ですね!ええ!約束です!アルダンさん!」

 

 

──────────────

 

 

「……ま、なかなかいい勝負だったんじゃない?最終的にはアルダンの方が一枚上手だったけど」

「は?何言ってやがる、どう考えてもチヨの方が凄かっただろ」

「なんだと?」

「やんのか?」

「………………」

「………………フフッ」

「っ、ふははははっ!くだらねーっ!」

「誰が勝敗決めんだよ!こんなんよ!」

 

体育館の剥き出しの天井に消えていく、僕らの笑い声。目線を下げた先に見えたのは、アルダンとチヨノオー、なんとも満足気な顔でダンスホールの床に転がっている、二人の姿だった。

 

『校内放送、校内放送。えー、お知らせです、本日開催中のドロワですが、会場設営の都合により、二十分間の休憩時間を設けさせていただきます。参加者、ご観覧の皆様は、一旦体育館の外でお待ちいただきますようお願いいたします。繰り返します、本日開催中のドロワですが……』

 

「……はあ、なんか、終わっちゃったねー」

「どーする?なんか食べる?」

 

「はいはい、テーブル戻して戻して!床も拭いて!」

「ひいー、下のマットもグチャグチャだよー。面倒だなー、まったく……」

 

無機質なスピーカーの音声だけが鳴り響く体育館から、ぞろぞろと消えていく冷めきった人影を何気なく見つめる。この場所こそが世界の中心なのだ、なんて思ってしまえるほどの熱狂の名残りなんて、とっくのとうに消え失せてしまっていた。

 

「はぁ……おい、何ボーッとしてんだ?さっさとあの二人迎えに行くぞ?なんか満足そうな顔して寝てっけど、あれ絶対疲れて一歩も動けないだけだろうからな?」

「うるさいな、分かってるよ。あとやっぱ絶対アルダンの方が動きも綺麗だったしポーズも指先まできちんと伸びてて……」

「まだ言ってんのかよ!もういいわ!」

 

けれども、僕の中で、だけは。

 

鳴り止まない拍手と重なった鼓動、いまだ昂る嵐のような胸の高鳴り。それだけが間違いなく、確かな証拠として残っていたのだった。

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