メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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ホワイトマーチ

『ホワイトデー お返し』

『ホワイトデー お菓子』

『ホワイトデー 重い』

 

「ふぁあ……ううん……ううむ……」

 

寝不足の重たい瞼を擦りながら、目の前のノートパソコンとにらめっこする、平日朝、就業開始十五分前。と言っても、こんな時間から仕事に勤しむ勤勉者……という訳では全くない。

 

「どうしよっかなぁ……あんまり高いものだと重すぎるだろうし、いっそ自分で……お菓子はあんまり作った事ないんだよなぁ……」

 

こんな調子で昨晩から夜通し考えているのは、他でもない……三月十四日、既に本日迎えてしまった『ホワイトデー』のこと。

例年ならば殆ど関心も無かったこのイベント。だが本年度、僕は驚くべき事に我が担当ウマ娘、メジロアルダンからバレンタインチョコを受け取っていたのだ。それも凄まじい程のクオリティの手作りチョコを、である。どうして僕なんかに……なんて野暮な思考はひと月前とうに置いてきたが、それはそれとして。

 

「当然お返しは十割増……だけど、手作りだったもんなあ……そもそも値段で測るのも野暮ってもんだけど……」

 

あんな最高の物を受け取っておいて、とても下手なブツを渡すわけにはいかない。ということで、かれこれ数週間に渡って頭の片隅で考えていたのだが。普段の仕事に加えてドロワの準備……ここのところ休みもなくあくせく働いていたおかげで、未だ冴えたアイデアは見つからず今日を迎えてしまった訳である。

 

「ほんとならフルコースにでも招待したい気持ちだけど……立場的に流石にだよなぁ……普通にご飯を作ってあげる、のはなんかいつも通りだし……」

「何をそんなに、熱心に見ているのですか?」

「ああ、これは……どわーーーっ!?」

「ふふふ、おはようございます♪」

 

ぐったりと疲弊した脳を、ふわりふわりと解きほぐしてくれる、甘く優しい声……と、一瞬流されそうになる意識を叩き起し、慌ててパソコンの画面を閉じる僕。そんな僕の気を知ってか知らずか、いつの間にやらトレーナー室に入り込んで来ていた彼女……メジロアルダンは、なんとも微笑ましく目を細める。

 

「あ、アルダン!?その……もうすぐ授業じゃ……」

「家庭科室に行く途中、トレーナー室の前を通ったので朝のご挨拶を、と……今日の授業は学期末恒例の、調理実習パーティなので♪」

「なんだ、そういう事か……いいなぁ、調理実習パーティ、何作るの?」

「クッキーに、マフィンに、シュークリームに……班ごとに色んな種類のお菓子を作って持ち寄るのです。ふふ、お腹がすいたら覗きに来てもいいですよ?」

「めちゃくちゃ惹かれるけど……遠慮しとくよ。せっかくの学期末パーティなんだから、学生だけで楽しんできな?」

「了解です♪あ、ところで先程はパソコンで何を……」

「あっ!?ううん!?これはなんでも、なんでもないただの仕事の資料だから!」

「……なんだか怪しいですね?もしや……いかがわしい……」

「見ないよそんなの!学園じゃ!」

 

僕の目の前でくすくすと笑みを浮かべるアルダン。全く本当に、油断も隙もないんだから……

 

「ふふふ、まあ、なんにしても程々にですよ?夜更かしなんてもってのほか、です」

「いやいや、夜更かしなんてそんな……」

「まぶたの下、中々情熱的なアイシャドウですね?少しばかりお昼寝でもされたら、いかがですか?」

「あ……はは、これはその……」

「ではトレーナーさん、またのちほど♪」

 

なんとも小粋にさらりと言い放って、颯爽とトレーナー室を後にするアルダン……そうだな、なんというか、あまり奇を衒ったところで、少なくとも今年中は彼女には勝てそうにない、か……

 

「…………やっ、ぱり、お菓子とかが無難かな。なんだろ、クッキー辺りが日持ちもするし丁度いいか?」

 

思えば、策を講じようにももう当日である。ここは観念して、ちょっとお高めのクッキーでも昼休みの間に買ってくるのが関の山……なんて観念して、僕は再びパソコンの画面を覗き込む。

 

「ええと、この辺で手に入る良さげなクッキーは……あれ?」

 

 

[ホワイトデーのお返しの意味一覧!本命の相手には?義理で返す時は?]

 

 

「……なんだこのサイト?」

 

開いた画面に表示されていた、見覚えのないまとめサイトのページ……どうやら先程、慌てて画面を閉じた弾みでクリックしてしまったらしいが……

 

「お返しの物によって、意味が……?はあ、ホワイトデーにまでそんなのあるのか……なんとも生きづらい世の中だこと……んん?」

 

[クッキーには『このまま友達でいよう』という意味が込められています。義理チョコのお返しや職場の同僚へのプレゼントなどには適していますが、本命の相手へのお返しに送るのであれば、あまりおすすめはできないと言えるでしょう]

 

「………………」

 

……いや、そんなどこの誰が決めたかも分からないような話、真に受けるなんてしないけど。

 

「………………」

 

……真に受けるなんて、しないけど。

 

「……クッキー、は。やめとこうかな、うん。調理実習で作るとかなんとか言ってたもんな、うん」

 

さてさて、また白紙に戻ってしまったわけだが。まあ、そんなに焦る必要も無いだろう。お菓子の種類なんてこの世界に星の数ほどあるわけだし。

 

「そうだ、チョコを貰ったんならチョコを返せばいいんじゃないか?」

 

我ながら、なんという名案。流石に調理実習でチョコなんて作らないだろうし、高級チョコレートショップぐらいなら、調べなくても何件か思い浮かぶ。そうだ、そうだな、それがいい。誰が見ている訳でもないが、僕はそっと胸を撫で下ろしてから、用済みになった目の前の画面を閉じ……

 

「………………」

 

カタカタカタ……

 

[バレンタインでチョコを貰った相手に、チョコをお返ししてしまうと『気持ちを返す』『貴方の気持ちは受け取れない』と言った意味になってしまい、逆効果になってしまう場合があります]

 

「ぬぅ……!こいつっ……!」

 

ほんと、一体誰が言い出したんだこんな事……!なんて、わざわざ調べた自分自身を棚に上げつつ、拳を強く握りしめる。いや本当に、こんなの無視すればいいんだろうけど、いいんだろうけどさあ!

 

「じゃあ何?逆に聞くけど何ならいいわけ?」

 

カタカタカタカタカタ……

 

[特別な人に贈るホワイトデーのプレゼントには、マカロン、マドレーヌ、キャンディーなどがオススメです]

 

「ほーん、確かになかなか可愛らしくていいかも……」

 

[マカロンには『貴方は特別な人』、マドレーヌには『もっと特別な関係になりたい』、キャンディーには『貴方が好き』といった意味合いがそれぞれあり、恋人や本命の相手に気持ちを打ち明けるのにピッタリなのです]

 

「……いいかも、いい、か……?」

 

……流石に、よくないんじゃないか?

 

「いや、『特別な相手』なのは間違いないし、『好き』っていうのも色んな種類があるし、別に、どういう意味でってまでは書いてないし。うん、大丈夫、全然大丈……」

 

 

『ではトレーナーさん、またのちほど♪』

 

 

「…………ぐぅぅ……」

 

思わず、開いた画面もそのままに机に突っ伏した僕。空気中に未だ漂う甘く爽やかな残り香と、寝不足の脳内にこびり付いた笑顔にぐらぐらと目眩を誘発させられて、とても起き上がることが出来なくなる。

 

「……アルダン」

 

次に脳裏に浮かんだのは、丁度ひと月前の、いつもとほんのちょっとだけ違った彼女の様子。

分かったつもりでいた、けど、そうだな。思った事、感じた事、考えている事、それらをはっきりと言葉や形にできないというのが、こんなにも辛いこと、だった、なんて。

 

「どうしよう……僕は、何をあげればいい……?何を……送りたかった……んだっけ……」

 

『好き』っていうのも、色んな種類が。

じゃあ僕の中のこれは、どういう種類なんだっけ?

どうしてクッキーじゃ……『このまま友達でいよう』じゃダメなんだっけ?

 

「こんなこと……してる場合じゃ……ない……僕は……アルダン……に……」

 

 

──────────────

 

 

柔く頬に触れたタオルケットと、窓から射し込む日の光の暖かさに、揺り起こされる僕。こんなに熟睡できたのは、一体何時ぶりなのだろうか。

 

「……って!僕、ね、寝て……!?」

「あら、おはようございます。お化粧もすっかり落ちましたね?とっても素敵なお顔です♪」

「……うおっ!あ、アルダン!?調理実習は!?」

「ふふふ、とっくのとうに終わりましたよ?もうお昼休みの時間なので♪」

「お、お昼!?」

 

なぜだか目の前に現れたアルダンと、壁にかかった時計を交互に視界に入れる僕。見れば、いつの間にやら時計の針は、午後の一時を指し示していたのだった。

 

「うわーっ、まじかあ……そんなにぐっすり寝ちゃってたか……あれ、パソコン……?」

「……ああ、パソコンならスリープモードにしておきました。電気、もったいないですからね?」

「あ、ああ、うん、ありがとう……」

 

これまたいつの間にやら肩にかかっていたタオルケットを畳みながら、やや深めにアルダンに頭を下げる。……パソコン?あれ、なんかさっきまで、すごく大切な事を調べてたような……なんだっけ?

 

「ん?それは……クッキー?」

「あら、お気付きですか?私達の班はクッキーを焼いたのです。ほとんど食べてしまったのですが、ほんの少しだけ包んできました♪」

 

ふと視界の端に映りこんだのは、クッキーの入った小さな透明の袋。愛らしいリボンに包まれて、彼女の手のひらの上きらきらと輝いていた。

 

「それって、もしかして……」

「ふふふ、もちろんこれは……もちろ……ん……」

「?」

「……もちろん、これは、自分用です。自分用ったら、自分用……トレーナーさんには、あ、あげませんよ!」

「えっ?う、うん?なんでそんな渋い顔を……クッキー?」

 

パソコン、クッキー、お昼休み、今日……寝ぼけ半分だった僕の脳内で繋がっていく言葉たち。そう、そうだった、今日は……

 

「ホワイト……デー……!」

「……!」

「……あっ!?あ、いや、その、えっと」

 

目をまん丸くする彼女の姿を見て、慌てて自らの口を塞ぐ。が、時すでに遅し、無意識な言葉は既にこぼれ落ちて、気取られないようにしてきた努力も水の泡……と。

 

「……その、忘れてた訳じゃないんだ、むしろその逆っていうか」

「……ふふふ♪」

 

……しかし、そうだな。なんというか、奇を衒ったところで今年中どころか、今世紀中は彼女には勝てそうもない。ので、あるならば。

 

「ここのところずっと考えてて。でも、やっぱり君がくれたチョコレートに見合うものがとても見つからなくって……そのままなんにも決まらず、ずるずると……」

「……もう、本当に不器用さんなんですから」

「ああ、ほんと自分でも嫌になるほど不器用、だからさ。ほんと、恥を忍んで聴かせて欲しいんだ」

「はい?なんでしょう?」

「君の今、一番『好き』だと思うもの……一番『欲しい』と思うものは、なにか。なんだって構わない、教えて欲しいんだ、アルダン」

「………………」

 

あとはもう、『言葉を尽くす』しかないだろう。なんとも野暮な質問だけど、そうだ、僕が本当に彼女に送りたいものは、『奇を衒ったもの』でも『あのチョコレートに見合ったもの』でもないし、『何かしら意味が籠ったもの』でもない。

真に『彼女自身が欲しいと願うもの』を送りたいと、そう思う。そう思うし、それが何なのかを教えてくれるのは、画面の向こうのどこかの誰かじゃない。今、僕の目の前にいる彼女自身でしかないのだ。

 

「私の欲しいと思うもの、は、ですね……」

「う、うん……!」

 

僕の呼びかけに応えるように、彼女はその細い指を動かす。彼女が指し示した、その先にあったのは。

 

 

「……『トレーナー、さん』」

「えっ」

 

 

「……貴方と、ダンスを踊ってみたいな。と、ずっと思っていたのです。貴方がどんなステップを踏むのか、どうやって私をリードしてくれるのか……ふふっ♪私、とっても気になります♪」

「………………えっ?」

「どうか叶えてくれませんか?ね?トレーナー、さん♪」

 

胸に手を置きながら、しゃんとした背筋で僕に手の甲を差し出したアルダン。そのあまりの美しさに、思わず思考を捨てて、しばらく言葉を失い魅入ってしまう僕……けれども、けれども、ちょっと待った。

 

「えっ、だ、ダンス?で、いいの?」

「あら?『でいいの』とは、随分とご自信があるのですね?」

「えっ、いや、それは……」

「心配せずとも、トレーナーさんが嫌だと言うまでたっぷりとお付き合いしていただきますよ?もしかしたら、夜通しになってしまうかも……」

「そんなに!?……でも、うん、いいよ。それが、本当に君の欲しいものなら、ね?」

「ふふふ、それでは決まりですね♪」

 

形あるものじゃなくていいのか……なんて一瞬考えるけれども、そうだな。そんな誰かの決めた固定概念なんて、彼女には全く関係がない。誰になんと言われても、自分の胸が高鳴る方へ足音を響かせていく、それが『メジロアルダン』というウマ娘なのである。

 

「……とはいえ、ううん……ううむ……」

「どうされました?『決まったはいいものの、ダンスなんて踊ったことないぞ?どうする?』みたいなお顔をして……」

「いやその通りだよ!?まさに!」

「ふふふ、ぎこちないダンスもそれはそれで愛らしいと思いますが……そうですね、ここは……」

「う、うん」

 

しばし顎に手を置き考えるアルダン……もちろん僕も、期待には応えてあげたいのだが、いかんせん技術的なものになると、とても今の僕では……

 

「……では、『二週間』お待ちしましょう♪」

「え、あ……『二週間』……ああ、なるほど?」

「それまでに、貴方自身が納得して、私にお返しできるようなダンスを踊れるようになっていてくださいね?約束ですよ?」

「ああ、もちろん。自信を持って『プレゼント』できるように、頑張るよ?」

 

これはまた、寝不足の日々が続きそうだな……なんて苦笑いを浮かべる僕に、彼女はこんこんと笑みを浮かべる。春の雪解けのようにまた少しずつ『大人』に近づきつつある彼女の、今この瞬間にしかない絶妙なバランスの笑顔を正面から食らって、僕はまた僅かばかり、目眩を起こしてしまうのであった。

 

「……それはそれとして、やっぱりお菓子も欲しいです♪」

「えっ、もう、欲張りなんだから……」

「ふふふ、洋菓子は先程たっぷりいただきましたので、もっと優しい甘み……金平糖なんて、いいですね?」

「はいはい、仰せのままに……あ、じゃあそのクッキーと交換ってことで……」

「それはダメ、です♪」

「そ、そんなあ……」

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