メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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kid, I like quartet(+サクラチヨノオー)

「はいはーい、二名様ご参加っと、それじゃ、これ説明会のご案内ね?」

「はーい!」

「ありがと、ネイチャさん!」

 

 

「ダンススタジオ借りれるって!やったね!」

「わー!ありがとー!頑張ろーね!」

 

 

「リーーーーーニュ!ドロワットゥ!ボクに相応しいデート相手を探しているのだが……どうかなアヤべさん?立候補、してみるかい?」

「アヤべさん!アヤべさーーーーーん!その!ドロワのお相手まだ決まってませんよね!実は!私からすごくすごい提案があるのですが!」

「……貴方たち、二人で出たら?」

 

 

──────────────

 

 

春……陽気な風に吹かれ誰も彼もが浮かれ騒ぎ出す、芽吹きの季節。それはこのトレセン学園でも同じらしく、あちらこちらで生徒たちの色めく笑い声が聞こえてくる、とある昼下がり。

 

「そういや、いよいよそんな時期かぁ」

 

彼女達が浮かれているのは、何も春だからというだけでは無い。一年に一度のウマ娘のダンスパーティー『リーニュ・ドロワット』が間近に迫っているからだ。親愛なる学友、ルームメイト、はたまた普段はターフの上でしのぎを削りあうライバル同士ですら、手と手を取り合い踊り明ける一夜。程度の差はあれどやはり殆どのウマ娘が学生らしく、一生の思い出を創るべく寝食を忘れ舞い踊る季節が、今年もまた始まったのであった。

 

「とはいえ、僕には……いやまあ、今年はちょっっっとだけ、関係あるか?」

 

リーニュ・ドロワットとはまさしく、ウマ娘のウマ娘によるウマ娘のための祭典。例年、少しばかり運営の手伝いはしていたが、基本的に我々トレーナー陣にはあまり関わりのない催し……だったのだが、個人的に今年は、少々事情が異なり……

他でもない、我が担当ウマ娘メジロアルダンが長い沈黙を破り、今年のドロワに堂々参加することと相成ったのだ。衣装の事で少々一悶着ありはしたが、それもなんだかんだと丸く収まり、本年度の『ベストデート』の冠を戴くべく日夜修練に励んでいる彼女。

と、なれば。彼女が望むことであれば、全力でそれをサポートするのが僕の務めだ。レースとはまるで関係がない、すなわち『トレーナー』の務めでは全くない。が、それでも絶対に、それこそが『僕』の務めなのである。

 

「普段のトレーニングとダンス練習の両立、スケジュール調整に、練習場所の確保……全くもう、忙しいなぁ……」

 

そうと決まれば、早速仕事は山積みである。軽く伸びをして、僕はいつものトレーナー室の扉、そのドアノブに手をかけ……

 

……ガタッ……ガタガタッ

 

「…………?」

 

……ガタッ!ダンッ……!ダンダッ……!

 

「っ……うおっ……!?」

 

何かが……居る……!?

誰もいないはずのトレーナー室、その中から聞こえてきたなんとも激しい衝撃音……思わず僕は後方に飛び退い……

……なんて

 

「……アルダン、先に来てたのか……」

 

ほんの一瞬だけ、高鳴った胸を軽く撫で下ろす。もう既に僕は、なにもかもに恐れていたかつての僕ではないのだ。

そもそもこの部屋に僕以外に用事のある者なんて、まず間違いなく『彼女』しかいない。大方、ここで一人のんびりダンスの練習でもしているのだろう。分かっていればどうということはない、ちょっとだけ忍びないが、少しばかりお邪魔させて貰うとしよう。

 

「アルダン?ごめんね、入る……」

 

ダッ!ダンッ!ダダンッ……!

ダダン!ダッ!ダダッ……!

 

「……え」

 

…〜!………〜〜!

……〜!〜〜〜!

 

「ひ……ひぃぃぃぃっ!?」

 

いや、違う……『一人』じゃない……

『二人』……居るッ……!

 

明らかに一人だけのものでは無い、絡み合うような二つの衝撃音。しかも……しかも何者かの囁くような『会話』まで聞こえてきて……!これは、今度こそ俗に言う、ラップ音……とかいうやつか!?幽霊!?ど、どうする?霊!?そ、そう言えば前に買っておいた塩が、ば、バックに……!って、だ、ダメだ……こ、腰が抜けて……力が……!

 

「だ、誰か……誰か助けっ……」

 

…………………………

 

「………?」

 

……………ガラッ!

 

「ひゃあっ!?お、お助けをぉ!」

「あ、あら?トレーナーさん?そんな所で何を?」

「……あ、あれ?アルダン?」

 

突然、扉が開いて、廊下中に僕のなんとも情けない声が響く……が、扉の向こうから覗いてきたのは、あまりにも見知った、昔よりもより一層見知りまくった顔……我が担当ウマ娘、メジロアルダンの、その小さく愛らしい顔……と。

 

「アルダンさん?どうされたのです……ひゃあ!?あ、アルダンさんのトレーナーさん?」

「き、君は……」

 

彼女の肩越しにひょっこりと、こちらを覗き込んできたまん丸な視線。あまりに見覚えのあるそのひたむきな瞳の持ち主は……

 

「……あ!チヨノオー!?」

「は、はいっ!サクラチヨノオーですっ!」

 

言うまでもなく、アルダンのライバルにして大親友、そして寮の同室でもあるウマ娘、サクラチヨノオーであった。

 

「ももっ、申し訳ありませんっ!音楽を流していたもので!来ていた事に気が付かずっ!」

「……ふふっ、と、言う訳です♪立てますか?トレーナーさん?」

「……えと、うん、ごめん、手を貸してくれたら嬉しいかな」

 

これまたデジャブのように、教え子の手を借りてよたよたと立ち上がる僕。何とか気を取り直し、彼女に向き直る。

 

「仕事、早めに片付けようと思ってさ、トレーナー室に来たら、なんかものすごい物音がしたからさ。まさか二人だったとは……いや、お恥ずかしい……」

「お、驚かせてしまって申し訳ございませんっ!や、やっぱり勝手にトレーナー室を使うのは、不味かった、ですかね……?」

「いやいや、ここはアルダンの部屋でもあるから、アルダンが良ければ全然大丈夫……ね?」

「ふふ、毎度毎度ありがとうございます♪」

 

柔らかい笑みを浮かべる彼女に、そういえば、と、僕は今度こそ先に口を開く。

 

「二人でこの部屋を使ってるってことは……つまり……」

「ふふふっ、今度は内緒にするような事ではありませんね?もちろん、『ドロワ』のダンス練習です♪」

「ま、そうだよね?」

 

何を隠そう、サクラチヨノオー。彼女こそが今年のリーニュ・ドロワットにて共に頂を目指す、メジロアルダンの『デート』、その相方なのである。

 

「今の時期、ダンススタジオは人が多いもんねえ。仕方ないけど……」

「寮の部屋は手狭ですし……やっぱり、ここが一番丁度よくって、ですね♪」

 

なんとも、歯切れよくはきはきと答えるアルダンに、しっかりと微笑みをお返しする僕。

思えば、チヨノオーがデート相手に決まったと報告してくれた時もこんな調子だったか。結成の細かい経緯こそ聞いていないものの、これに関してはきっと異論を唱える者も居ないはず。『メジロアルダン』と競い高め合う一番のライバルと言えば、それは『サクラチヨノオー』を置いて、他に居ないだろう。

 

が……

 

「集中して練習したいよね?僕はカフェテリアでも全然仕事できるから、まだまだゆっくり、二人でこの部屋使う?」

「まあ……ご協力、感謝いたします♪けれどもどうでしょうチヨノオーさん?少し煮詰まってきたことですし、ここはトレーナーさんにも見ていただいてご意見を……」

「…………」

「……チヨノオーさん?」

「あっ!そ、そうですよね!私はお邪魔ですよね!で、ではアルダンさんにトレーナーさん!わた、私はこれで!」

「あ、ちょっと……?」

 

ポカンと開いていた口を抑えたかと思えば……突然、最終直線もかくやという勢いで僕らの横をすり抜けて行ったチヨノオー。呆気に取られながら、僕もただただ、直感的に口を開く。

 

「行っちゃった……なんで?」

「……チヨノオーさん」

「練習中に、何かあった?色々……上手くいかなかったとか」

「そう、ですね……息の合わない所は多々ありましたが……しかしまだまだ、練習自体始めたばかりなので……」

「気に病む程のことでもない……けど、もしかしたら彼女にとっては、違うのかもね」

 

ふと思い出したのは、先日の合同トレーニング。歯を強く食いしばって、眉間に皺を寄せたサクラチヨノオーの表情。彼女の気持ちなんて、やっぱり想像なんてつかないけど。

 

「……どうしても、『言葉』で伝えないといけない。という訳でも、ない」

「……!」

「もちろんチヨノオーさんとデートを組んだのは、それで『勝てる』と思ったから。彼女とならベストデートの冠も夢物語ではないと、そう判断したから。まず、それは大前提」

「うん、それはもちろん」

「……ただ、それはそれとして。この『リーニュ・ドロワット』という場所ならば、『ダンス』という手段であれば。互いに言葉に出来ない気持ち……怒りも哀しみも、受け取り合う事ができるのでは、ないかとも、思ったの、ですが……」

「大丈夫だよ、大丈夫、アルダン。君のやっていることは絶対に、間違ってはいないさ」

「……!」

 

間違ってはいないが、まだまだ未完成なのも事実。だけど……優しく、品高く、何者にも言葉を尽くそうとする彼女が、言葉だけではどうにもならないものすらも掴み取るべく、更なる『成長』を今、遂げようとしている。ならば、そうだ。

まだまだ未完成なものを、彼女の中で『間違い』ということにさせない。それこそが、僕の仕事なのだ。

 

「とにかく、彼女を放って置くわけにはいかないよね。このままじゃお互いの気持ちどころか、普通の練習すらままならない。ここはまず手分けして、チヨノオーを探して連れ戻そう」

「そう、ですねぇ……」

「アルダン?」

「その、申し訳ございませんが……チヨノオーさんの捜索は、トレーナーさんにお任せしてもよろしいでしょうか……?」

「……うん、オッケー。改めてだけど、この部屋は好きに使ってて、いいからね?」

「ありがとうございます……あの、トレーナーさん?」

「ん?」

「……本当に、心から。貴方が私のトレーナーさんで良かったと、私はそう、思いますよ」

「……ああ、僕もだよ。本当に心から、君が僕の担当ウマ娘で、良かった。それじゃあ、行ってくるね」

「ええ、行ってらっしゃい、トレーナーさん」

 

彼女と軽く言葉を交わしあってから、トレーナー室を後にする僕。そうだな、僕くらいの単純な奴ばかりなら、世の中もっと楽なんだろうけど……

 

「でも、そうじゃないから、世の中はこんなに面白いんだろうな、アルダン」

 

 

──────────────

 

 

「全然面白くない!チヨノオーどこーっ!」

 

かれこれ三十分余り、学園内の至る所を駆けずり回った僕……であったが、未だ彼女の足取りは掴めず、ただただ時間だけが過ぎていく……というか、改めてだけど広すぎるだろ、この学園……!

 

「はぁーっ……はぁーっ……あと探してない所は、どこだ?倉庫に体育館に、寮に……あれ、寮に帰られてたら、僕じゃどうしようもなくない?」

 

 

「……あれ、あのままだと窓から落っこちそうじゃない?」

「ウソ!?ここ三階だよ!?」

 

 

「……ん?」

 

なんとも聞き捨てならない、生徒たちの声。ふと目を向けると、視界に入り込んで来たのは……

 

「………………」

 

「……えっ?チヨノ……!?」

 

まるで魂の抜けたような、揺蕩うような足取りと表情で歩く彼女……サクラチヨノオーの姿。と、その丁度進行方向に存在する、大開きにされた窓……

 

「あ、危ない!」

「へ?ひ、ひゃあああっ!?」

「う、おおおっ!?落ち……!」

「お……ち……ないっ!あ、危なかったです……すいません、ありがとうござい……って!あ、あ、アルダンさんのトレーナーさん!?」

「ああ、うん。大丈夫?怪我とかない?」

 

慌てて大声で彼女を呼び止め、間一髪危機を脱したチヨノオー。と、すぐにこちらに気が付いて、わたわたと大袈裟な身振り手振りを繰り返す。

 

「ええと、その、本日はお日柄もよく……で、ではなくっ……!」

「?」

「も、申し訳ございません!引き止めようとされていたのを無視して、練習から一目散に逃げ出してしまって!」

「ああ、一応聞こえてはいたんだね……?いいよいいよ、全然気にしてないから」

「あ、アルダンさんお待ちですよね?すぐに戻りますので、そのっ!」

「あ、う、うん……」

 

矢継ぎ早に言葉を並べて、一目散に駆け出そうとする、まるでデジャブのようなチヨノオーの姿。そうだな、『連れ戻す』というミッション自体は無事に完遂できそうだ、が……

 

「……ちょっと待って、チヨノオー?」

「っ、は、はいっ!?」

「ええと、せ、せっかくだからさ?ぼ、僕と、その……お茶でも、しない?」

「……はい?」

 

 

──────────────

 

 

「はい、どうぞ?」

「あ、ありがとうございます……」

 

自販機で買った暖かい緑茶を両手に、チヨノオーの待つ屋上のベンチにやってきた僕。そのうち一本を彼女に手渡して、隣に腰掛けた。

 

「いやー、ようやくだいぶあったかくなってきたねえ」

「え、ええ、そうですね……?」

「でも聞くところによると、来週からまた少し冷え込むらしいね?」

「まあ、そうらしいですね?」

「あと、週末は少しだけ雨がぱらつくようだから、折りたたみ傘を忘れないようにしないとね?」

「……お天気お姉さん?」

 

……まあ、掴みは上々かな。あとはここから、どう踏み込むか……

 

「あの……本当にごめんなさい……」

「!」

「私の様子が変だから、だからこう……励まそうとしてくれてるんですよね?えへへ、自分のトレーナーさんだけじゃなく、人様のトレーナーさんにまで心配かけちゃって、本当に私、こう、とことんダメダメですね!」

「………………」

「で、でも大丈夫ですっ!私、アルダンさんには絶対にご迷惑はおかけしませんから!ちゃんと私、アルダンさんの足を引っ張らないように、練習して、練習して、練習して……」

「チヨノオー」

「っ、は、はい?」

 

どうしても、『言葉』で伝えないといけない。という訳でも、ない。そうだな。

アルダンと、僕の本分はやはり『観察』し『考察』すること。そのために、まずは……

 

「まず……君のダンス、見せて欲しいんだ……今、ここで……!」

「えっ、嫌です」

「……あれ!?」

「あ、ああ、ごめんなさい!急に言われたもので咄嗟に言葉が……別に嫌という程でもないですが、とはいえ踊ると言っても、音楽もお相手もいませんし……」

「お、音楽なら僕が手拍子してあげるし、とりあえず個人練習の当て振りでもいいから、ね?」

「……でも」

「本当に、ただちょっとアルダンへの指導の為に見せて欲しいだけ。上手くても下手でも、何も言ったりしないよ。僕は君のトレーナーじゃないし、勝手に指導なんてしたら、またうるさいのが飛んでくるだろうからね?」

「……ふふ、私のトレーナーさんのこと、ですか?」

「まあまあ、ね?」

 

ほんの少しだけ、けれども、今日初めて見せてくれた春風のような笑顔。そうだな、やっぱり僕らの『ライバル』は、そうでないと。

 

「では少しだけ、ほんの少しだけですが……」

「うんうん、それじゃいくよ?1、2、3、はい!」

「はいっ……!スロー……クイック……クイック……!スロー……クイック……クイック……!」

「…………」

 

僕の手拍子に乗せて、一人踊り始めたサクラチヨノオー。ダンスの善し悪しなどこれっぽっちも分かりはしないが、それでも彼女のひたむきさ、生真面目さが伝わってくるかのような、一歩一歩丁寧で均一なステップを、彼女は刻んでいく。

 

「スロー……クイック……あのですね、アルダンさんのトレーナーさん」

「……!どうしたの、チヨノオー?」

「これは本当に、本当にアルダンさんには言わないで欲しいんですが……あの時、私が練習を逃げ出したのは……その、嫌だったんです。アルダンさんに、私の心を覗かれるのが」

「……!」

「アルダンさん自身が意図した訳ではないのでしょうが……なんだかアルダンさんのダンスが、私をじっと『見て』いるみたいに感じて……それが、すごく怖いと、そう、感じてしまったのです……」

「……なるほど、ね」

 

流石はアルダン。心配せずとも彼女の意図は、間違いなくチヨノオーに伝わっていた。

否、『伝わり過ぎていた』、のか。

 

「アルダンさんほど、純粋にベストデートを目指してるわけでもないんです、私は。ただマルゼンさんの背中を追ってるだけ……いえ、ドロワの話だけじゃなくて、普段のレースでも、そうなんです。マルゼンさんみたいになりたくて、努力して、努力して、努力して……いたら、大怪我しちゃって……ふふふ、やっぱり中身が伴っていないんでしょうね、私」

「…………」

「だから、怖いんです。ただでさえ怪我をして、期待に応えられなかったうえに、こんなスカスカな中身までアルダンさんや私のトレーナーさんに見られたら……今度こそ、失望されてしまう、そう、思うと」

 

間違っては、いない。けれどもこのままでは、ただ言葉を尽くしていただけの頃と変わらない。怒りも哀しみも、『受け取り合う』為には、何か一つ『ピース』が足りない。

 

「……真面目だなあ」

 

一つ、目に付いたのは彼女の足元。相当練習したのであろう、こんな僕の適当な手拍子にすらピッタリとテンポを合わせた、丁寧で真面目なステップ。

 

「……1、2、3……123、123、ほら、ちょっと遅れてるよ?」

「えっ?ちょ……す、スロークイッククイック!スロークイッククイック!」

「123……123123123!ほらほら、もっと早く早く!」

「スロッ……!クイッ……!って!明らかに最初より早くなってるじゃないですかぁ!」

「あ、バレた?」

「もうっ!怒りますよ!」

 

ぷくりと頬を膨らませて、こちらを睨みつけるチヨノオー。なんか、何故だろう。小学生の頃友達が飼ってた、よく吠える柴犬の顔を不思議と思い出して思わず吹き出しそうになる僕。

 

「……うんうん、間違いないな。君だってスカスカじゃない、芯まで血の通った、一人の『ウマ娘』だ」

「え?ど、どういうことです?」

「いやさ、ほらだってさっき、イタズラされて怒ったじゃない?」

「い、イタズラされたら怒るのは当然ですっ!」

「そう?じゃあさじゃあさ?アルダンが怒ってるところとかは……見たことある?」

「えっ?アルダンさんが怒ったところ……確かに見たことないかも……」

「ふふん、僕はちょっとだけならあるよ?」

「えー!それはちょっとだけずるいです!私も見てみたい!」

 

なんて、今度はなんとも悔しそうな顔をこちらに向けてくる彼女に、少し安堵する。

僅かばかり危惧していたが、なんてことはない、サクラチヨノオーはサクラチヨノオーのままだった。ダービーを乗り越えて、少し別の感情を『獲得』しただけ。それが何なのかはまだわからないけど、それでもまだまだ彼女は『笑える』し、『怒れる』。『悔しがり』も、できる。だからこそ、やっぱり彼女との戦いは面白いんだろうな、ターフの上でも、きっと、ドロワでも。

 

「……まあ、でも、そうですね。怒ってる所もそうですが、最近のアルダンさんは私の前であんまり大きく喜んだり、楽しんだりも無かったような気がしますけど……」

「そうなの?」

「えへへ……きっと気を使ってくれてるんですね?私が怪我のことでずっと落ち込んでいたから……」

「…………」

 

そして、なるほど、だからアルダンは上手くいかなかったのか。怒りや哀しみなんて、シリアスな感情ばかりを探し当てようとしたから、それ以外を……自分の感情すら、取りこぼした。本当に、心から優しくて思いやり深い、彼女らしい未熟さなのだった。

 

「……それならさ?チヨノオーも見てみたくない?アルダンが、怒ってるとこ……」

「えっ?そ、そんなこと……ないと言えば、嘘になります、けど……」

「僕もさ、わざとでは無いとはいえ何度もびっくりさせられてるからさ……一回ぐらいやり返しても、バチは当たんないかなって思って、さ?」

「…………」

「……そんでさ、その後にもう一回彼女と踊って欲しいんだ。踊って、また改めて彼女の『言いたいこと』を、考えてあげてほしい。きっと君なら、できると思うから、さ」

 

そうだ、きっとチヨノオーなら……そして、メジロアルダンなら。

自分の元に笑顔でやってきたサクラチヨノオーさえその目に入れば、細かい説明なんて、言葉なんてなくても、彼女は自分で『気付ける』はず、なのだ。

 

「……ふふっ、かしこまりました!ではでは〜……アルダンさんのこと、どうやって驚かせてあげましょうか?」

「そうだなあ……じゃあここはベタに……」

 

 

──────────────

 

 

「ではでは、行きましょうトレ……じゃなくて、フランケンシュタインさん!」

「よーし、いくよチヨ……じゃなくて、オオカミ男!」

 

しばらくぶりに、トレーナー室の前に帰ってきた僕ら二人。倉庫に残っていたパーティ用の仮装に身を包んで、ひっそりと身を潜める……うん、ここまで来るのに誰にも見つからなくて良かった……と、言うわけで。

 

「せーのっ……!おりゃー!」

 

ガラガラガラガラ!

 

「うおーっ!アルダーン!ハッピーハロウィーーン!」

「は、ハッピーハロ……ハロウィンではなくないですか?」

「え?ああ、確かに……って、あれ?アルダン?」

「いない……どころかカーテンまで締め切って……一体どこに……」

 

ガタガタッ……

 

「……?」

 

ガタッ……!ガタガタ……ガシャン!

 

 

「う〜ら〜め〜し〜や〜♪」

 

 

「ひゃぁぁぁぁぁっ!?」

「ひ……ひぃぃぃぃっ!?」

 

「……ええっ!?と、トレーナーさんに、チヨノオーさん……ですよね?その格好は……?」

「こ、こっちの台詞ですよアルダンさんっ!なんでそんな格好でロッカーから!?」

「それは……その、チヨノオーさんの気持ちを少しでもほぐしてあげようと思いまして。トレーナーさんにお時間いただいて少し、昔見た演劇の真似をしてみたのです」

「…………」

「……ええと、申し訳ございません、そんな雰囲気では、ありませんでし……」

「……ふふっ!ふ、あはははっ!もー!だからってびっくりさせることないじゃないですかあ、アルダンさんったら!」

「あ……チヨノオーさん、笑って……ふ、ふふっ……!」

「もう……まさか驚かそうとしたら逆に驚かされるなんて、さすがに予想外過ぎます!」

「まあ、チヨノオーさん達も?」

「ふふっ、師弟揃っておんなじこと考えつくだなんて、仲良し過ぎますよ?ね?アルダンさんのトレーナーさ……ん?」

 

 

「」

 

 

「……あの、トレーナーさん?トレーナーさーん?」

「……アルダンさん……これ、気絶してません?」

「えっ!?そ、そんな、トレーナーさん!?も、戻ってきてくださいトレーナーさん!トレーナーさーん!」

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