メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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さよーならまたいつか!

「ええーと……ばあやさん?その、そろそろご用事、教えて、もらえません、かねぇ……」

「もう少しで到着いたしますので、しばしお待ちを」

「ち、ちょっとだけでも……」

「間違いなく、実際にご覧いただいた方が早いかと」

「ああ、はい……」

 

清々しい青空広がる、とある日曜日の朝。さてさて、貴重な休みを何に使おうか……なんてぼんやり顔を洗いながら考える僕の耳に、突然けたたましく突き刺さる我が家のチャイム。慌てて開いたドアの向こうに立っていたのは、他でもない、我が担当ウマ娘メジロアルダン……の、お着きのばあやさん。

理由も告げられぬまま、車で片道一時間。慌ただしく担ぎ込まれたのは、僕も何度かお邪魔させてもらったことのある、メジロ家の邸宅であった。

 

「……い、いやしかし、今日はアルダン一緒じゃないんですね?ばあやさんと言えば、いつでもアルダンのそばに居るってイメージなので、なんか、新鮮だったり、して……」

「………………」

「……ばあやさん?」

「いえ、そちらについてはご心配なく。じきにお会いできますよ」

 

本当に、いつ見ても信じられない程長い長い廊下を、ばあやさんの背を追い歩く僕。と、なんだろうな。普段は凛として逞しいばあやさんの背が、今日は少しだけ、小さく見える気が……

 

「あら?貴方は……アルダンさんのトレーナーさん?」

「んっ?その声は……」

 

なんてぼんやり上の空で歩いていると、廊下の向こうから聞こえてきた少し聞き覚えのある落ち着いた声色……ふと視線を上げた、そこに立っていたのは……

 

「メジロマックイーン?どうしてここに?」

「ええと、私がメジロの邸宅にいるのは、当たり前の事ではなくて?」

「ああ、まあ、そりゃそうか……」

「貴方こそ、どうしてこちらに?アルダンさんは?」

 

メジロマックイーン。アルダンと同じ、名門メジロ家のウマ娘である。キョトンと目を丸くした彼女。どうやら彼女も、僕がここにいる意味に心当たりはないらしい。

 

「いやぁ、それが僕にも何がなにやら……一応、ばあやさんにお呼ばれしたんだけど……」

「えっと……どういうことです?ばあや?」

「いえ、マックイーンお嬢様には関係のない…………ふむ」

「?」

 

マックイーンの問いに、しばし顎に手を置き考えるばあやさん。いつでもどこでも、アルダンの為に即決即断な彼女だが……やはり今日は、なんだかいつもと状況が違うらしい。慌てて口を挟もうとする僕を制して、彼女はようやく、やや歯切れの悪いまま、口を開くのだった。

 

「そう、ですね。宜しければマックイーンお嬢様も、御一緒に来ていただければ……その、助かり、ます……」

「助かり?」

「ます?」

 

 

──────────────

 

 

「ええと……ここは?」

「このお屋敷で、一番大きな応接間ですわね?今日はやけに使用人が少ないと思っていましたが……何か、催しでも開かれているのでしょうか?」

「それも、ご説明は後ほど……それと、トレーナー様」

「は、はい?」

 

僕の背丈の、およそ倍ほどはあろうか……なんて巨大な扉の前で、ばあやさんは僕に語りかけてきた。なんだか妙な程に仰々しい雰囲気に、思わず僕も襟元を正す。

 

「マックイーンお嬢様は大丈夫でしょうが……トレーナー様はどうか、あまり大袈裟にリアクションをされないようにだけ、お願い致します」

「え?は、はあ……」

「それでは、戸を開きますので……しばしお待ちを」

 

なにやらよく分からない忠告を受け、よく分からないまま空返事を返す僕を見据えてから……ばあやさんはしっかりと三回ノックをして、重々しい扉をゆっくり丁寧に開く。そこには……そこ、には……?

 

「……ひっ!?」

「トレーナーさん……!?堪えて、堪えてくださいまし……!」

 

……ばあやさんの肩越しに見えた異様な景色に、思わず忠告を忘れて怯え竦む僕。そこにあったのは……僕の知らない、映画や漫画の中の世界……みたいな……

 

「失礼致します。アルダンお嬢様のトレーナー様をお連れ致しました」

「お、おおー!君か!いやいや、待っていたよ待っていたよ!」

「ひっ!?へ、へいっ!?」

 

豪華絢爛な部屋の中、お高そうなソファにずらりと並んで座っていたのは……なんだかわざとらしいほど品格高いスーツを身にまとった、恰幅の良い壮年の男女。なんだか、ものすごくお堅いドラマのワンシーンのような光景に、上手く言葉をまとめる事ができない僕の脳。

 

「あら?あの方は、確か……」

「し、知ってるの?マックイーン?」

「ええ、あの方は、この国有数の規模を誇る大手宝石商の社長さんですわ。メジロ家とも本当に古くから……彼のおじい様の代から深いお付き合いをなされているそうなのです。どうやら周りの方々も、その会社の上役の方ばかりのようですわね?」

「宝石商の社長さん……って、もしかしてとんでもない大金持ちだったり、する?」

「えっ?そうですわね……風の噂によれば、個人資産でおおよそ……ゴニョゴニョ……」

「ひ、ヒィィイイッ!?」

 

マックイーンが小声で呟いた途方もない数字に、思わず白目を向いてしまいそうになる僕。というか、一体全体何故に僕は、こんな人たちのもとに……?

 

「いやはや、突然呼び立ててすまなかったが……ご協力感謝するよ、本当にね?」

「へ、へへ、へいっ!い、いいってことよォ!」

「えっ、江戸っ子?そんなベタな江戸っ子、今どき居るんだね……?」

「トレーナーさん!?本当にいい加減落ち着いてくださいまし!」

「……って、まま、マックイーン様まで!これはこれは……なんとお礼を申し上げれば良いか……」

「あ、え、ええ、ごきげんよう……」

 

のそのそと、ぎらついた笑みを浮かべながら歩いてきた社長さんを前にして、まるで型落ちのロボットのようにショートする僕の思考回路。ええと、なんだ、こういう時はとりあえず名刺でも差し出せばいいのか……って、今日は全然休みだったから、名刺どころか仕事道具何も持ってきてないぞ……!?

 

「いやはや、しかし助かった。お二人に『説得』されれば、流石のアルダン様も……」

「……説得?」

「一体、何のお話ですの?」

「……え?何?もしかして説明、してないの?」

「直接、ご覧頂くのが早いかと思いまして」

「えっ、先に言ってよそれ……」

 

話が噛み合っていない事をいち早く察して、なんとも怪訝な顔を浮かべながらばあやさんに目配せをする社長さん。未だ緊張が解けない僕をよそ目に、マックイーンは二人の様子を、軽い呆れ顔で見つめていたのだった。

 

「……それで?そろそろ教えていただけますか?私達は一体、何を見ればよろしいのでしょう?」

「……かしこまりました。お二人にご覧いただきたいのは、『アルダンお嬢様』ご自身でございます。ご覧いただき、まずはひとつ、率直なご意見をいただきたいのです」

「アルダンを?」

「やはり、よく分からないのですが……」

「と、言うわけで……アルダンお嬢様、アルダンお嬢様!どうか今一度、表に出ていらして下さいませ!」

 

豪華絢爛な応接間、の奥。控え室のような小さな扉に向かって大声で呼びかけるばあやさん。

やがて、バタバタと慌ただしい物音を立てながら、扉の向こうから吹いてくる柔らかく心地の良い、優しい風……この雰囲気は、そうだ、間違いない。

 

ガチャッ……

 

「……まだ、おられたのですか?申し訳ございませんが、なんと言われても……って、と、と、トレーナーさん!?」

 

「───────」

「あ、アルダンさん!?その、お姿は……」

 

扉をくぐって、少し渋い顔で現れたのは……間違いない、我が担当ウマ娘、メジロアルダン。

いつも通りの美しい青空のような髪に、いつも通りの瞬く星空のような瞳。やはり本当にいつも、いつでも彼女はどうしようもなく美しい……のだが、しかし、今言及すべきなのは……やはりその、身にまとった『衣装』について。

 

「なんとお美しい……どうされたのですか?その衣装は?」

「あ、ま、マックイーンも……ええと、その、この、服は……」

「パンツスタイル、アルダンさんには珍しいですが、よくお似合いですよ?貴方もそう思いますよね?トレーナーさ……トレーナーさん?」

「───────」

「あ、あの、トレーナーさ……えっ?泣っ、泣いてらっしゃいます?」

「───アルダン」

 

目を奪われる。とは、まさしくこの事なのだろう。その瞬間、僕の今まで生きてきた世界は崩れさり、彼女だけが存在する新たな地平が、産声を上げた。

 

彼女の長く美しい四肢を覆い隠す。けれどもその類まれなる際立ったスタイルを余すことなく浮き彫りにさせる、純白のパンツスタイル。きっちりと左右対称に揃えられた重厚感のあるロングブーツは、まるでターフを駆け抜ける彼女自身の重戦車のような力強さを、そのまま濃縮させたような雰囲気を纏っていた。

けれども、それだけではない。強さだけではない。こちらもきっちり左右対称、両手に取り付けられたレース模様の漆黒の手袋は、何者をも傷付けない、彼女の品格高い優しさ。そして、決して何者にも読ませない、彼女自身の心根の奥深さ、トリックスターとしての一面をも彷彿とさせる、まさしく底のない魅力を抱える『メジロアルダン』自身を体現したかのような造形美を醸し出している。

心臓近くに配置されたエメラルドのブローチも、深緑を差し色にした淡いミルキーなカラーリングも、何もかも彼女の個性的な髪色や瞳の色、純粋な白い肌と溶け合い、彼女の無尽蔵な魅力を引き出してしまっていた。とても目が、離せない。その長い脚からも、情熱的な胸元からも。爽やかで快活な、一人の少女としての魅力……と、いけないことだと分かっていても、つい、手を伸ばしてしまいたくなるような妖しさが共存した、調和が取れているようで、その実カオスに満ちあふれた、不可思議な感覚。光が強ければ影も色濃くなるように。清楚で優雅で隙の無い姿と、その中身、秘された部分を否が応でも想起させられる造形が混ざりあった混沌が、僕の脳内の、未開拓の領域を激しく揺さぶってくる。なんだ、なんだこの衝撃は。青天の霹靂なんて生温いものでは無い。世界が根こそぎ、ひっくり返る音が、僕の頭の中確かに鳴り響いたのであった。

 

「───トレーナー、さん」

「───アルダン」

 

思わず、一歩二歩と、よろめきながら彼女の元へ歩みを進める、僕の脚。何がどういう状況で、この衣装が何の何なのか。なんて、今の僕には些細な問題でしかないのだった。

 

「本当に、どうしてここに……この衣装、まだ貴方には内緒にしておきたかったのに……」

「そうなの?それは、ごめんね。でも、うん、大丈夫、本当に本当に、似合ってるよ」

「……ふふ、ふふふっ……良かった……受け入れてくれるのですね?貴方は、この、私を……」

「当然だよ。君のトレーナーだから……いや、違うな。トレーナーであることなんて関係ない。きっと、お互いどんな関係だったとしても、僕はその姿の君を、追いかけざるを得ない、んだろうな、絶対に」

「もう……トレーナーさんったら……」

 

 

「……ねえ、あの二人、こんな公衆の面前で何してるの?」

「……?何か、妙なことでも?」

「いつも通り過ぎて、流石に見飽きてきましたわね?」

「えっ、あれがいつも通りなの?怖……じゃなくて!ストップ!一回戻ってきて!」

 

「えっ?」

「はい?」

 

……そのまま、初春のお散歩にでも洒落こもうか。なんて考えていた僕の耳に騒々しく響く声……そうだった、ここはトレーナー室じゃないんだった。

 

「全くもう……早く本題に移って移って!」

「かしこまりました、では、トレーナー様」

「は、はい」

「率直に、そちらのアルダンお嬢様のご衣装、いかが思

「本当に、美しいと思います」

「食い気味過ぎじゃない?早押しクイズじゃないんだよ?」

「……作用でございますか。では、あちらをご覧下さい」

「あれは……ドレス?」

 

ばあやさんが指し示した方に目を向けると、そこに飾られていたのは、一着のドレス。品格高い青白い布地に、たっぷりのレースと、要所要所にとびきり大きなジュエリーがあしらわれた、まるで映画の中のプリンセスが身にまとっているような麗しいドレスであった。

 

「あちらのドレスと、そちらの衣装。どちらの方が……アルダンお嬢様に相応しいと、思いますでしょうか?」

「えっ?相応しい……?」

 

ばあやさんに促されて、じっくりと件のドレスを観察する。この真っ青な宝石、サファイアとかかな、多分。確かにこのドレスだって、アルダンなら本当に本当に、とびきり美しく着こなしてしまうのだろうということは、想像に容易いことであった……と、いうより。

 

「……相応しい、なんて言い出せば。この世にある全ての服がそうなってしまいますね?彼女に……アルダンに似合わない服なんて、この世に存在しませんから」

「本当、凄いこと言うね君は……」

「なので、そうですね。どちらが相応しいかなんて僕らの好き嫌いより、どちらを着たいかっていう、彼女自身の意思のほうが大事……なんじゃないですかね?」

「…………ちょ、ちょっとちょっと!話が違うんだけど!?彼なら間違いなく、こっちの味方してくれるんじゃなかったの!?」

「……ほほほ、いやはや、これはなんとも大誤算でございましたね?」

「えっ、顔怖っ……!何その邪悪な笑み……!」

 

……ばあやさんが笑ってるの、初めて見……笑ってる?笑ってるのかあれ?どちらかと言うと、何か企んでいるのでは?

 

「そろそろ、事の経緯をご説明いたしましょう。あのドレスは……今年の『リーニュ・ドロワット』にて、アルダンお嬢様に着ていただく為に作られたドレスなのです」

「えっ、『ドロワ』……?」

 

『リーニュ・ドロワット』

毎年三月の末、トレセン学園にて行われるダンスパーティー。体育館に用意されたダンスホールにて、自分が定めたデートとダンスを踊る、ウマ娘の、ウマ娘による、ウマ娘のためのイベントなのである。

 

「そうか、今年はアルダンもドロワに……そういえば今年のドロワの日程って……」

「毎年メジロのウマ娘は、こちらの会社で用意された特注のドレスを身に纏う事が慣例……メジロの歴史が始まったその頃からの、習わしなのです」

「あー……なるほど。高いドレスを提供する代わりに、ドロワっていう注目度の高いイベントで良い広告塔になってもらおうって魂胆か」

「言い方、もう少しオブラートに包めませんこと?」

「ん?それで言うと、今アルダンが着てるこの衣装は?」

「私が自分でデザインしたのです。凄いでしょう♪」

「えっ、自分で!?凄い凄い!流石アルダン、かっこいいー!」

「貴方、どうしてアルダンさんのことになるとIQをかなぐり捨ててしまいますの?」

 

僕の目の前で、得意げに一回転ターンを決めてくれたアルダン。そのしなやかな体躯に、ただただ魅力されてしまう。が、しかしまだ繋がらない事の経緯……ドロワに着ていくのは件のドレス……?となると、今彼女が来ているその衣装は一体?僕が訪ねる前に口を開いたのは、アルダン自身であった。

 

「……ある日突然、私の元に届いたのです。あのドレスのデザイン画と、今年のドロワに、私がこのドレスで参加することが決まった。という旨の文書が」

「えっ……参加するかどうかまで?」

「まあ、そうですね?毎年一名という習わしですので。今年は今まさに現役でレースを走っている私に、白羽の矢が立ったのでしょう」

「……それは」

「ふふふ、そんなお顔をしないでください?ドロワ自体には、いつかは是非参加してみたいと思っていましたから♪」

 

軽やかに揺蕩うような彼女の口調に一先ず、そこに嘘は無い事を感じ取って、僕は胸を撫で下ろす。とはいえ、参加の是非までどこかの誰かに定められてしまうなんて……それは僕にとってとても、彼女自身の意志とは関係なく、とても看過できない事であった。

が、そんな僕の苦虫潰したような感情を知ってか知らずか、やはりどこまでも軽やかに、彼女は言い放つ。

 

「しかし、このドレスだけはどうしても受け入れ難かった。無論こちらも、プロのデザイナーさんが心血込めて作り上げた素晴らしいものなのでしょうが、けれども、私は……」

「……そういう衣装が、良かったんだね」

「ええ♪美しいプリンセスに憧れたこともありましたが……今の私のモードは、強く逞しい騎士。そちらの方が心から、『好き』だと思えたのです♪」

「それで、アルダンお嬢様は誰にも……使用人達にも、私にも内緒でその衣装を仕立て上げ、そして今日……先方との初めての打ち合わせの場に、突然それに袖を通し現れたのです」

「そうですね?丁重にご説明する為、職人さんに急ピッチで仕上げていただいたのです。こういったものは間違いなく、実際にご覧いただいた方が早いかと思いまして♪」

「……全く、仕方の無いお方だこと……」

「でも、とてもとても……アルダンさん『らしい』ですわね?」

「ふふっ、うん、ほんとにね?」

 

僕と、マックイーンと……ばあやさんまで含めて。どうしようもなくわがままで欲張りな彼女に向けて、やれやれと視線を飛ばしあう。何があっても我を貫き通し、自分の大切にしているものを守り通す……まさしく、その衣装に袖を通すに相応しい『騎士』のような強さを、ありありと感じさせられたのだった。

 

「……ちょっとぉ!何解決した感じ出してるんですかぁ!アルダン様ぁ!」

「あ……ふふふ、申し訳ございません♪」

「君もそう!間違いなく自分のトレーナーの言う事なら聞いてくれるはずだ、って君が提案したから、トレーナーくんが来るまで大人しく待ってたんだけど!?」

「ほほほ、ですが嘘はついておりませんよ。見ての通り……アルダンお嬢様はトレーナー様の言う通りに、自分の意思を貫き通すように決められたそうですので」

「それは……ぐぬぬ……ほんと、ほんと困りますよアルダン様……祖父の代から続いたメジロ家との関係……万が一でも当代で壊してしまえば、私の、社内での立場は……」

「あらあら……もちろん素敵なドレスであることは間違いございませんので、気が向いたら、袖を通させていただきますよ?来年か再来年か……百年後のドロワかもしれませんけどね?」

「っ……!今一度!今一度よくご覧下さい!このドレスは貴方様を、貴方様だけを『イメージ』したものなのです!」

「……アルダンを、『イメージ』?」

「……ふふ、ならば今一度聞かせて頂けますかね?今度は、トレーナーさんもご一緒に……ね♪」

 

ドタバタと、折角の高級スーツに埃が立つのも厭わずに。彼は煌びやかに飾られるドレスに駆け寄って、拳に力を込めながら語り始めた。

 

「まず、ご覧下さいこの全身に散りばめられたジュエリーの数々!アルダン様の女性らしいお淑やかで優雅なイメージを損なわず、より一層洗練させる為、採算度外視で贅沢に、世界中から取り寄せた宝石を飾らせていただいております!」

 

「……女性らしい、お淑やかで、優雅?」

「……ふふふ」

 

「アルダン様のお清楚なイメージに合わせ、元々ロング丈のスカートは、フリルをふんだんに使い更にボリュームを増した特別仕様なのです!」

 

「……お清楚」

「……ええ、それで?」

 

「そ、それでいてですね!メジロ家の伝統と規律を何よりも重んじるアルダン様にお喜びいただけるよう、各所には当社が今まで手掛けた、歴代のメジロ家の衣装のモチーフをありとあらゆる箇所に忍ばせてあるのです!」

 

「………………」

「あらあら、それはそれは……♪」

 

「さあ!さあさあさあ!いかがですアルダン様!貴方様の、貴方様による、貴方様だけの『イメージ』を詰め込んだ、当社のドレスは!」

「……良いですよ」

「……!」

「もう、我慢しなくて良いですよ?どうぞ、思いのままにお話ください、トレーナー、さん♪」

「……へっ?」

 

アルダンの呼びかけを耳にして、強く噛み締めていた下唇を解き放つ。一度ゆっくりと息を吸い込み、気付けば一歩、また一歩と、彼に向かって、僕は無意識に歩みを進めていた。

 

「……貴方にとっての、『メジロアルダン』とは、何ですか?」

「へっ?わた、私にとっての?」

「恋に恋して、夢に夢見る、深窓の令嬢?儚くも高貴な、硝子の脚?お清楚でお耽美な、お人形さん?」

「ちょ、君、近い、近いって……!」

「見た事が、ありますか?ターフでの彼女を?」

「そ、それくらい見たさ!何度も!凄く……その、いい走りだったよ!」

「では、パドックでの彼女は?学園でトレーニングに勤しむ彼女は?勉学に勤しむ姿は?公園に遊びにいって、憧れの人に偶然出会ってテンションが上がる姿は?カフェテラスで仕入れた薬膳料理を、折角だからと食べ過ぎてしまう姿は?」

「えっ?そ、そんな、そこまでは知るわけがないだろう?」

「知ろうとは、しなかったのですか?彼女はとにかく『言葉を尽くす』娘だ。自分を知ろうとしてくれる人、自分に歩み寄ろうと言葉を尽くす人間を、絶対に彼女は無下にしたりしない」

「……そ、それは」

「言葉をも尽くさずに、貴方はただ、彼女に自分の『なって欲しい姿』になって欲しかった。それだけでは、ないんですか?自分の頭の中にある理想の『メジロアルダン』に……」

「ひっ!?へ、へいっ!?」

「……ふざけんな、あんたなんかに『メジロアルダン』を好きにされて、たまるか」

 

 

「……あ、アルダンさん?その……あの方は一体どなたでしょうか……私、もしかしたら存じ上げない方、かも知れません……」

「ふふふ、ではご紹介しましょう。あの方が……私の自慢の、トレーナーさんです♪」

 

お淑やかで優雅、お清楚、伝統と規律。そんな安い言葉で、メジロアルダンを縛るな。

彼女は『自由』だ。彼女はいつでも、どこまでも、彼女自身の胸が高鳴る場所へと飛び立っていく、その権利がある。僕にも、誰にも、彼女に言う事を聞かせる権利なんてない。あるのは……そんな彼女の『自由』を守る、義務だけ、なのだ。

 

「……う、ううぅっ……」

「えっ?」

「し、仕方がなかったんだ……父から家督を継いだはいいものの、業績はパッとせず、目新しい事業も打ち出せず、優秀な祖父や父と比べられて……」

「……!」

「ここで一つ、自分の一から十まで企画したドレスをアルダン様に着ていただいて、自分の力を、示したかった……『たとえ一瞬でもいい』、認められたかったんだ……私は……」

「…………アルダン」

「ええ、トレーナーさん♪」

 

ゆっくりと、僕の足元に崩れ落ちる社長さん。ありとあらゆる意味で、僕と視点が違う、とても分かり合えない相手だと思っていた……けれども、ようやく吐き出してくれたその剥き身の感情、その台詞には、確かに聞き覚えがあった。

 

「社長さん、お顔を上げてください?」

「あ、アルダン様……?」

「今回のドロワは……申し訳ございません。やはり私はどうしても、どうしてもこの衣装を着て参加したいと思います……けれども」

「…………」

「……来年も、再来年も、もしかしたら、百年後も。私も貴方も、これからも生き続けるのです。ですので『またいつか』、私にドレスを、作っていただけませんか?」

「……!よ、よろしいのですか?こんな私に……貴方様の……」

「もちろんです♪その時は、絶対にデザインの段階からよくお話しいたしましょう。何もかも、協力は惜しみませんから……ね?」

「……うっ、うっ……アルダン様……ありがとう……ございます……」

 

「……ほんと、敵わないな、アルダンには」

 

辛く突き放すことしか出来なかった僕と違って、彼すらも優しく引き上げてみせたアルダン。本当に彼女には、たとえ百年かけたって、敵わないかもしれないな、なんて。

 

「ばあやさんは、もしかしてこうなると分かって僕をこの場に?」

「まさか、ただ私は少しでもアルダンお嬢様の助けになればと思ったまでで……まさかお嬢様が、いつの間にかあんなに立派になっていたとは……」

「……ほんとに、ですね」

 

「……しかし、このドレスはどうすれば……私の役員報酬をほとんど全てつぎ込んで制作したので、着ていただけないとなると……私は……」

「あの、少しばかりよろしいでしょうか?」

「マックイーン様……?」

「実は、私も今年のドロワに出てみないかと、テイオ……とある方にお誘いを受けておりまして……丁度良いドレスを、探していたのです」

「……え、ま、まさか?」

「ええ、貴方とアルダンさんがよろしければ、そちらのドレス、私にお譲りいただけませんでしょうか?体型は少し違いますが、仕立て直せば、着れますでしょう?」

「ほっ……本当ですか!?マックイーン様!?」

「ふふ、もちろん私は構いませんよ?経緯はどうあれ、着る者がいなくなってしまうというのは、ドレスさんに申し訳ないですからね?」

「ふふふ、では決まりですね?……ああ、しかし、少しこの辺りの装飾は、余計、ですわ……ねっ!」

 

ビリッ!

 

「えっ!?まっ、マックイーン様!?」

「あと、なんですのこのフリル?流石に付けすぎて暑苦しい……です、わっ!」

 

ビリリッ!

 

「ふふふっ!なるほど確かに、自らで服を作るというのは、とても楽しいですわね?アルダンさん?」

「ふふ、そうでしょう?マックイーン♪」

「あ、あーっ!おやめ下さいマックイーン様ぁ!外します!私の方で外しますので!そんな、無理やり引っ張るのは!あーっ!あーっ!」

 

「……もしかして、これも見越してマックイーンを?」

「ほほほ、まさか…………後で、お説教、ですね」

「……はは、その、お手柔らかにしてあげてくださいね?」

 

愛らしく、自由に跳ね回る彼女達の笑い声に感じた、芽吹きの温かみ。どうやら春は、もうすぐそこまで迫っているらしい。

 

「あとは……ふふふ、どこが余計でしょうかね?」

「そうですねえ……あ、トレーナーさんもばあやも、ご意見、いただけますか?」

「……ふふ、そうだねえ?」

「では僭越ながら……ご協力いたします……♪」

 

願わくば、来年も再来年も、百年先だって、こんな景色だけが満ち溢れていて欲しいな……なんて、少しだけ僕は、僕自身に願いを込めるのだった。

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