メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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2025/2
キャラクター


「お待たせいたしました♪いかがでしょう?」

「お、おおお……!ピカピカだ……!」

 

我が担当ウマ娘、メジロアルダン。彼女に招待されたメジロ家の保養所にて、未だ慣れない豪華絢爛さにおっかなびっくりしつつ、通された応接間でその彼女を待つ、僕。

やがて、しずしずとお淑やかに扉を開き現れたアルダン。その身に纏っていたのは……

 

「ふふふ、ひと月前程に採寸をして、ようやく昨日仕立て終わりました♪これでいつでも、『使え』ますよ?」

「ああ、絶対に、絶対に、近いうちに『使う』ことになるから。丁度いいタイミングだったね?」

 

柔らかくも、高貴な艶めきを放つ黒いサテン生地に、要所要所に彩りを加える黄金色の装飾……他でもない、彼女の、メジロアルダンの『勝負服』であった。

 

「本当に綺麗に仕立てていただけて……ふふっ、まるで初めて着た時と同じように、胸が高鳴ってしまいますね?」

「ほんとにねぇ……まあ、ダービーの時は晴れてたし、元々そんなに汚れてもなかったけどね。わざわざ採寸からやり直して仕立て直すとは、流石のこだわりだ」

「……ええと、それはその。……が、……きく」

「ん?何か言った?」

「い、いえ、こちらの話です」

 

嬉し恥ずかし。まるで祝福される花嫁のように口元に手を置きつつ笑みを浮かべるアルダン。なんだかこちらまでむず痒い気持ちにさせられて、僕は少し強めに鼻の頭を掻きむしった。

彼女が自主的に、この衣装を仕立て直す段取りを立てていた。と、そんな事実に少し涙腺が緩んでしまう。改めてだが、そうだな。あの『日本ダービー』が、この衣装の最初で最後の出番にならずに済みそうで、本当に本当に良かったと、心の底から、そう思う。

 

「そんなことよりも見てください?ほら、全身の装飾もほとんど作り直してもらっているのですよ?」

「だよね?めちゃくちゃピッカピカで眩しいもん……あ、でも胸元のブローチは少し色が違うね?というか、ここは昔のまま?」

「あら、お気づきですか?そうなのです。このブローチは私にとって、少し特別なもの、なので……」

「特別な、もの?」

「ふふふ、トレーナーさんには……というより、ほとんど誰にもお話してはいませんでしたが、ですね?」

 

彼女の胸元で光る金色のブローチ。少しくすんで傷がついた、けれども、その分威風堂々と輝きを放つそれを、彼女はなんとも神妙な面持ちのまま優しく両手で包み込み、そして口を開く。

 

「このブローチは、かつてお父様からいただいたネックレスが、モチーフなのです」

「お父さんから……ああ、いつもお出かけする時につけてる、あれか!」

「ええ、お父様はいつも世界中から色んなものを取り寄せてくれるのですが……とりわけあのネックレスは、私の誕生日のために大変な苦労をして手に入れてくれたもの、らしいのです」

「……本当に、大切に思ってくれてるんだね、アルダンのこと」

「ええ、ですから……そんなお父様の『願い』に応えたいと、そんな想いを込めてこうして目立つ位置に……いえ、そうですね……」

「?」

「お父様、だけではありませんね。このブーツも……」

 

たっぷりと、情緒を詰め込んだような表情を浮かべつつ、彼女はその場にしゃがみこんで、優しい手つきで自らの右足を彩るロングブーツを撫でる。

白を基調とした、爽やかさを突き抜けさせたようなエレガントなブーツ……の、上から、エメラルドグリーンのリボンがぐるぐると巻き付けられた、否が応でも目を惹かれる、センセーショナルなデザイン。確かに他ではまずお目にかかれないような、なんとも不思議なデザインだが……

 

「このブーツは……お母様がいつも巻いてくれていた『包帯』を、モチーフとしているのです」

「お母さんの、包帯?」

「ええ……幼い頃の、貧弱で、傷跡だらけの私の身体をいつも守ってくれた、お母様が巻いてくれていた、優しい優しい、包帯……ウマ娘として最も大切な、『脚』を守るブーツには、やはりそんなお母様の……私をウマ娘として産んでくれた、お母様の『願い』を宿らせたいと、そう思って、デザイナーさんにご依頼させていただいたのです」

「……なるほど、ね」

「それで言うと、この色もそうですね?この包帯や、全身を走るラインは、言うまでもなく『メジロ』を象徴する緑……おばあ様を始めとする、偉大な先人達の『願い』がこもった色、ですから」

「……そっか」

 

そっと立ち上がって、部屋に添えつけられた大きな鏡を誇らしげな眼差しで見つめる、アルダン。果たして僕は、彼女のトレーナーたるこの『僕』は、今の彼女にどんな言葉をかけるべきなのだろうか。彼女の全身をくまなく瞳に収めながら、顎に手を置き、考える。

 

「……ああ、あとずっと気になってたんだけどさ?その服、かなりアシンメトリーな、左右非対称なデザインだよね?」

「……ふふ、お気づきですか?」

「どうだろう、もしかしてアルダン、そういうデザインが『好き』だったりする……のかな?」

「そうですね、とてもオシャレで気に入ってはいますが……これは、『彼女』の。私と共に産まれてくるはずであった、『彼女の願い』を、私なりに、汲み取ったデザインなのです」

「……ああ、なるほど」

 

昔、一度だけ教えてくれた事がある、彼女の出生のこと。彼女は、メジロアルダンは元々『双子』として生を受け、この世界に産み落とされるはずであったらしい。

しかし、そのもう一人の『彼女』は母親の産道を無事に渡り切ることが叶わず、なんとか辛うじて、彼女だけが生き延びることができた、と。

 

「敢えて、『欠けている』『不完全』なデザインにしているのは……貴方の事を忘れてなどいないと、どこかで見守っているはずの彼女に伝えるため。お父様と、お母様と、偉大なご先祖さまたちと、もう一人……私を産み落としてくれた、彼女の『願い』も、きちんと背負っているのだと、そう、宣誓するため、なのです」

「………………」

 

僅かばかり目を潤わせながら、ますます誇らしげな表情を浮かべる、アルダン。本当に、本当に、彼女は強いウマ娘だ。それだけの人の『願い』を一身に背負いながら、それらを決して重荷と思わず、自らを奮い立たせるための『誇り』に変えてしまうなんて、我が担当ながら、ただただ、驚嘆の一言である。

 

が。

 

「……やっぱり、『嫌』だな」

「はい?何かおっしゃいました?」

「いや、こっちの話」

 

彼女の宣う『願い』の欠片たちで煌めくその衣装から、しばし目を逸らす、僕。

決して、決して彼女の想いに水を差すつもりはないし、僕だってこの勝負服のことは、心から『美しい』と、そう思っている、が。

彼女が口を開く度、どうしても割り切ることの出来ない心が、高く高く積み上がっていく。自分がどうしようもなく偏屈で天邪鬼な男だということは自覚しているが、それでも。

 

「しかし、ひとつ後悔していることがありまして……」

「後悔してること?」

「ええ、お伝えした通り、この服は私にとって大切な方々の『願い』を、自分なりに込めさせていただいたのですが……如何せんデザインした時期が、私のデビュー前の頃だったのです」

「ああ、確かにそうだったね?」

「……ですので、決して忘れてはならない、『今』の私にとって心から大切な方の『願い』だけは、この服に込めることが、出来なかった」

「ふむ……?ええと……つまり?」

「……つまり、トレーナーさん」

「ん?」

「『貴方』なら、この衣装に、一体どんなものを付け加えますか?」

「………………」

 

優しく両手を広げながら、僕に向かって、一言一言噛み締めるように語りかける、アルダン。

『僕なら、この衣装に何を付け加えるか?』

なんて、考えるまでもなく、僕は口を開く。

 

 

「何も、付け加えたりしないよ、僕は」

「えっ……?」

 

 

思わずといった面持ちで、予想外に目を丸くする彼女の姿を見て、少しばかり口角を上げてしまう僕。軽く、わざとらしく咳払いをしてから、僕はまだまだ、言葉を繋げていく。

 

「何も付け加えたりしないし、何も引いたりしない。間違いなく、絶対に、その勝負服はそれで『完璧』な姿、だからね」

「……完璧、な?」

「……その黄金色のブローチ、空いたデコルテから覗く君の白い肌と溶け合って……本当に綺麗だと思うよ。間違いなく、『君のためだけ』のブローチだと、実際はどうあれ、僕はそう、思う」

「……!」

「そのブーツも、そうだ。その巻かれたリボンは、君のその長く耽美な脚を、更に美しく強調していると思うし。全身のグリーンのラインだって、君のその特異的な青白い綺麗な髪から繋がって、まるで幻想的なライティングのように、眩く見えるんだ」

「………………」

「白と黒、そのアシンメトリーなデザインも、そう。君の類いまれなるスタイルの良さをより引き立たせている『完全完璧』なデザインだ。全部、全部、この衣装に含まれているものは全て、『君だけ』を輝かせるために存在しているんだと、僕は、そう思うよ」

 

間違いなくこの衣装は、彼女に関わる沢山の人々の『願い』の元に作られている。それは絶対に間違いないこと……いや、そもそも『ウマ娘 メジロアルダン』という存在そのものが、きっと誰か……僕も、アルダン自身すら顔も名前も知らないような人々の『願い』から生み出されたもの、なのかもしれない。

そしてきっと、彼女達にとっても、世の中にとっても、それは本当に『誇らしいこと』なのだろう。叶えられなかった夢、言えなかった想い、そんな誰かの『願い』を背負って走る。それこそが、『ウマ娘』という存在の本質なのかもしれない。なんて、そう思ってしまえるほどに。

 

けれども、どうしてもそんなことが、僕には許せなく感じた。感じてしまったのだ。

 

『そうやって気安く、彼女の心に触れるんじゃない』と。

 

「凄いと思うよ、君のことは。こんなに沢山の人の『願い』を背負って走るなんて、とても並大抵の精神で、できることじゃない。けど」

「けど……?」

「……けど、そんなものとはまるで全く、全く関係なく。僕はその衣装を美しいと思う。その衣装に誰のどんな『願い』が込められてるか、なんて知ったこっちゃない。その衣装は、何よりも完璧な『ウマ娘 メジロアルダンの勝負服』以外の何者でもないし、そんな勝負服が、僕は心の底から『大好き』なんだ」

「……ふ、ふふっ……!なるほど、なるほど。貴方がつい先程から、少し不機嫌な顔をしていたのは、そういうことだったのですか♪」

「えっ…………そんな、僕わかりやすい顔してた?」

「ええ、かなり♪」

 

慌てて両手で顔面を隠す僕。けれども時既に遅し、少し瞳に涙を溜めながら、けれどもくしゃくしゃの顔で、お腹を抱えて笑う彼女の姿が、そこにあった。

 

「……少し悔しかったんだ、僕が大好きなその衣装が、ほんとは僕の全く知らない、見たこともないような人々の願いなんてものに、勝手に染め上げられた後の姿。だったなんて、知るのがさ」

「ふふ、本当に本当に、貴方は欲張り、ですねぇ……」

「ああ、本当に欲張りだよ。とんでもないわがままなのは自覚してる。それでも僕は、その衣装が僕と君『だけ』の、大好きなものであって欲しかった……なんて、そう思ってしまったんだ」

 

そして、なおかつ。僕は他の人達と……願いなんてものを、君に勝手に押し付けるような人達とは違うんだと……そんなことも思っていた。なんて、口に出しかけて、流石にそれはダサすぎるな、なんて思って、ギリギリで押しとどめる。

 

「何より、誰かの願いが込められてるとか、想いが詰まってるとか、思わず泣けてしまうようなドラマがあるとか。そんなの関係なく、君は君の『好き』な衣装を着るべきだと、第一に僕は、そう思う」

「私の、好きな……」

「だってさ、高校生の女の子、なんだよ?自分の『好き』が最優先であって、悪いわけがないじゃない?」

「……!」

「だからさ、だから、君にはもっともっとその衣装を、僕に負けないくらい『好き』になって欲しい。だから僕は、その衣装の『好き』なところを、沢山、数え切れないほど、君に伝えていきたいんだ」

 

この衣装は間違いなく、間違いなく、何よりも完璧な『ウマ娘 メジロアルダンの勝負服』なのである。だから僕は願いも何も、付け加えたりなんてしない、けど、一つだけ。

僕が『好き』になったこの衣装を、彼女にももっと『好き』になって欲しい。誰かの願いを背負うため着込んでいたこの衣装を、これからはただただ、ショーケースの中で一目惚れして買った服みたいに、『好き』だから、袖を通して欲しいと、そう思う。

 

「……そういえばですね。この勝負服、原案のデザインでは今よりもう少しだけスカートが長かったのですが……仕立てる時に、少し短くしてもらったのです」

「え?そうなの?それは……どうして?」

「そうですねぇ……それだけは上手くご説明できませんが……そちらの方が『好き』だと、そう思いましたので♪」

「……!」

「そんなことがあったなんて、今の今まで忘れていたのですけどね?ふふふ、トレーナーさんのおかげで、思い出すことが出来ました♪」

「……ふふ、ふふふっ!そうだね?僕も、その短さが一番いいと思う、よ?」

「では、今日はもっともっと、思う存分トレーナーさんにお褒めいただきましょうか♪360度、是非どこからでもくまなくご覧ください、ね♪」

「ふふふ、そうだなぁ……まずは……」

 

なんとも軽やかにスカートをはためかせながら、自由自在にステップを踏むアルダン。

願わくば、その煌めくブローチやブーツと同じくらい……いや、それよりももっとずっと、彼女にとっての『好き』に、僕だって、なりたいと……僕は、僕自身に、そう『願い』をかけるのであった。

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