メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「……うう、ずびっ……はぁ……」
「……ふふふ、ティッシュ、どうぞ?」
「うん、うん……ありがとう、アルダン……」
パチリと、薄暗くしていたトレーナー室の電気を付けてから、僕の目の前にティッシュを差し出してくれたのは……もちろん、我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。彼女から受け取ったティッシュ箱から二、三枚取り出して、ドロドロに湿り倒した顔中を拭う僕。彼女の前でみっともない姿を晒すなど、いつもなら耐え難いことではあるが……
「いや、ほんと、良かった……良かったよ、ユキちゃんが生きてて、二人が……ちゃんと、再開……出来て……」
「ふふふ、そうですねぇ。切ない終わり方も良いですが、やっぱり貴方は、ハッピーエンドがお好きですものね?」
「ほんと、君が薦めてくれる映画は外れがないなあ……」
トレーナー室のテレビを使って、互いが気になった映画、互いに薦めたい映画を持ち寄る、僕らの間で不定期に開催される鑑賞会。特にアルダンの選んできてくれる映画は間違いなく、僕の心に突き刺さるような作品ばかりで……なんだかんだ、いつの間にやらこの時間は僕の人生になくてはならないものになっていた。
「恋愛映画……なんて、やっぱり男一人で観るのは小っ恥ずかしくて、まともに見たこと無かったけど……」
「ふふふ、良さに気付いていただけたのなら光栄です♪まだまだ手札は沢山ありますので、今度はまた違う雰囲気のものをお持ちいたしますね?」
「ふふふ、それは楽しみだ」
レコーダーから取り出したDVDを、なんとも微笑ましそうに見つめるアルダン。新しい作品に出会えるのもそうだが、なんだか映画を見る度、新しい彼女にも出会えるような気がして……やっぱりこの時間は、僕の人生になくてはならないものなのだった。
「しかし、本当に面白かったなぁ今回の。役者さんの演技も良いし、絵作りもいい……けど、なんと言っても脚本が素晴らしい……」
「ふふふ、そうですよね?最初はただのラブコメディかと思わせておいて、丁度尺の半分から雰囲気をガラリと変えて……」
「でも、前半も無駄じゃない。あのくだらない日常があったからこそ、それを取り戻そうとする主人公に感情移入できる……と、いやあ、いいもの見たなあ……」
余ったポップコーンとジュースを口に運びながら、映画の感想を語り合う時間。これもまた、なくてはならないもの。大スクリーンで集中して観れる映画館もいいが、終幕0秒の時点で衝動のまま言葉を紡げる、この場所もなかなか乙なものだ。
「本当に、脚本家さんというのは凄い人達なのですねぇ」
「ね、一体どこまで考えた上で書き始めてるんだろう?いやはや、とても僕なんかには真似出来ない高等技術なんだろうなぁ……」
「あら?ふふふ、逆に私は『自分でもやってみたい』なんて、そう思ってしまいますけどね?」
「ふふっ、ほんとアルダンはなんでもやりたがるね?」
「とっても面白そうではないですか?自分自身で物語を紡ぎ出せるだなんて……それに、特別な道具がなくとも、紙とペンさえあればできてしまうのですよ?やらない方が、損というものです♪」
「ええと、紙、紙……あったかな?」
「あ、丁度現代文の授業で使った原稿用紙の余りがありました。これを使わせて貰いましょう♪」
そう言うと早速彼女は、ペンを片手に机に原稿用紙を並べ始める。末恐ろしい程のフットワークの軽さに軽く苦笑いしつつ、けれどもやっぱり高鳴る胸を抑えずに、僕もまた、彼女の隣に腰掛けるのであった。
「それで、どんなお話を書くの?」
「せっかくですし、私達も恋愛ものに挑戦してみましょう♪そうですねえ……ここはやはり、キャラ作りから、でしょうか?」
「そうだね、とにもかくにもキャラクターがいないと」
「まずは主人公の……映画に習って男の子から作っていきましょうか?」
「ふむふむ、男の子……」
ご丁寧に《主人公・男性》と用紙に書き始めるアルダンをよそに、顎に手を置き、知識の少ない頭ながらしばし考える。
「主人公の男の子かあ……恋愛ものだし、やっぱり超絶イケメンで、周りからキャーキャー言われるような、王子様みたいな人がいいんじゃない?」
「ふふふ、分かっていませんねトレーナーさん?」
「むっ?どういうこと?」
「確かにそれもいいですが……こういうものに大切なのは『ギャップ』ですよ?」
「ギャップ?」
「例えば……『普段は少し頼りないあの人が、私がピンチに陥ったとき、本気で怒って、守ってくれる』なんて、そういうギャップに、女の子は弱いのですよ?」
「うっ……な、なるほど。アルダン自身も、そういうのに……弱かったりするの?」
「ふふ、ええ、正直に言うと……ですね?普段は穏やかで争い事なんてしないような人が、自分のためだけに本気になって、誰が相手でも立ち向かってくれるなんて……正直、キュンとしてしまいます♪」
「んっ、そっか、そっかそっか……」
彼女自身の趣向の話に、何故だか無性にざわめき立つ胸元を必死に押さえつける僕。というか、なるほど、ギャップ……なるほど、なるほどなぁ……
「トレーナーさん?どうされましたかぼーっとして?」
「あっ!?いやいやいや、なんでもないよ!」
「ふふふ、では主人公の男の子の特徴は、『少し気弱で目立たないけれど、相手の女の子のことを誰よりも強く愛していて、相手のためなら、どんな無茶でも押し通す強さを持っている』と、そんなところでしょうか?」
「う、うんうん、いいんじゃないかな?」
「ふふふ、さてお次は主人公の女の子ですが……こちらは私よりも、トレーナーさんの方が詳しいのではないですか?」
「えっ?僕?」
「聞かせて下さい。貴方は、どんな女の子にキュンとくるのでしょう?」
あまり考えたことないから、よく分からない……なんて言い出せないほどの彼女の羨望の眼差しを受け、僕はうんうんと頭を働かせる。
「そう、だなぁ……優しくて品のある人、が、やっぱり素敵だと思う、かなぁ……」
「ふむふむ?」
「こう、自分だけじゃなくて、誰にでもちゃんと優しくて、丁寧で、ともすれば、自分なんか手が届かないところにいそうな人……なんて、やっぱりそういう人が僕は魅力的に思えるかな……?」
「手が届かない……ふむ、例えば礼儀作法がしっかり身についた、名家のお嬢様……なんて?」
「ああ、なるほど、言うなればそうかな?」
ふんわりした僕のイメージを、一発で言語化してくれたアルダン。彼女の発想力には、やはりいつも驚かされる。
「では女の子の方は『名家の生まれで、誰に対しても優しい、けれども同時に繊細な心を持つ』といったところ……なんだか二人並べると、もう既にドラマが生まれてきたような気がします♪」
「『気弱な男の子が、憧れのあの子に相応しい男になる為に奮闘する話』ってとこかな?確かに、なんだか起伏に富んでて面白そうかも?」
「ふふふ、良いですね?きっと彼女は、そんな彼の事がどんどん好きになっていくのでしょう。失敗続きでも、自分の為を思って研鑽を重ねていく彼の事を……ふふふ、なんだか彼の事、私自身ももう好きになってきたかもしれません♪」
「二人は、どんな関係にする?よくあるのは、やっぱり学校のクラスメイトとか?」
「ううむ、しかし私は生まれてこのかた共学の学校に通ったことがなくって……あまり、イメージが湧いてこないのです」
「あー、まあそれはそうか……じゃあどうしようかな?」
「そうですねえ……ここは、少し攻めた設定にしてみませんか?」
「攻めた設定?」
「二人の間に、そう易々と告白出来ない理由があった方が、面白くありませんか?例えば……そうです、『教師と生徒』とか……♪」
「えっ!?それはなかなか……禁断な感じだけど……」
「いけないことでもなんでも、自由にやれてしまうのが物語の良いところですから♪」
「……ふふふ、まあ、それもそうか」
「と、言うわけで、トレーナーさんもご自由にアイデアを出していってくださいね?この女の子は、どんな見た目が良いでしょう?身長は?ヘアスタイルは?」
「えっ?えーと……し、身長は、160センチ前後くらいが丁度いいんじゃない、かな?髪型は……そ、そうだなあ……個人的にはロングヘアとかがいい、かも?」
「ふむふむ……そうなると、身長差は……15センチ程あればとても良いかもしれませんね?性格を反映して、女の子の方の髪を明るく、男の子の方は落ち着いた色合いで……」
「いきなり長編を書くのも大変だし、一度短編で二人のキャラクターを掴んでみるのもいいかもね?」
「確かに……一度どこかにお出かけをさせて、各々の反応の違いなどを見せるなんて感覚のお話がいいかしら?」
「あ、じゃあさ、猫カフェとかどう?丁度前に僕らで行った時の写真が資料として使えるかも!」
「まあ……!それは良いアイデアですね?では、導入はどうしましょうか……」
さらさらと、夢中で原稿用紙に互いのアイデアを書き連ねていく僕ら二人。先程見た映画のクオリティには遠く遠く及ばないけれど、でも、妙に胸が高鳴るのは……
「まずはきっかけ作りからだよねぇ。まあ、例えば道端で猫を見つけて、猫の話題になって……とか、作りやすいんじゃない?」
「実は隠していたけど、お互いに動物が大好きで……でも彼の方はカッコつけてなかなか言い出せなくて……なんて、ふふふ、なんだか少し彼らが愛おしく思えてきますね?」
「ふふふ……確かにね?」
……まるで我が子を愛でるような、彼女の眼差しについ見とれてしまうから。彼女の中から飛び出してくる目まぐるしいアイデアにも、ついつい見惚れてしまうからである。
分け隔てなく、どんな相手にも敬意を払い、すぐに打ち解け、友達になってしまう。そんな彼女のアイデンティティは、例え相手が空想の産物だとしても、なんの違いもないのであった。
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『……代わりに僕は、そっと彼女の瞳を見つめた。薄い紫色の、澄んだ美しい瞳だった。』
「ふうっ……!このような感じで、よろしいですかね?」
「うんうんうん!めちゃくちゃ良いと思う!ちゃんとお互いのキャラクターも分かって……めちゃくちゃ面白いよ!流石アルダン!」
「ふふふ、半分くらいはトレーナーさんが書いていましたでしょう?」
完成した原稿用紙をペラペラと捲って、その愛らしい文章と、鉛筆の芯を擦った二人分の汚れに、なんだか無性に感慨深いものを感じる。道中、まったくアイデアが浮かばなかったり、後の展開の事でほんの少しだけ言い合ったこともあったが、エンドマークを打ってしまえば、それらは全て、良い思い出。
「……本当に、楽しかったなあ」
「ふふふ、どうしてでしょうね?やっていることは、ただただ紙に文字を書いているだけなのに……こんなに楽しい、なんて」
「さあねぇ……でも確かに、なるほどこれはやめられないわけだ……っ、ふふっ、やっぱ、ここ面白いよね?猫にめちゃくちゃビビりまくるとこ……」
「ふふふ……!やっぱり面白いですよね?私もここ、好きなんです♪」
「この続きのお話も、色々読みたくなっちゃったなぁ……まあ、僕らが書かなきゃ読めないってのが、なんとも大変だけど……」
「ふふふ、ゆっくり書いていきましょう?私達が忘れない限り、向こうの世界も、ずっとずっと、消えたりしませんから……♪」
「そうだね、ずっと、忘れたりしないよ」
ずっと、忘れたりしない。この物語の事も、そしてこの物語が生まれた、この部屋での出来事も。
夕暮れに染まるトレーナー室で、僕らはまた、おそろいの場所を指さして笑うのだった。
「……しかし、この話、本当に『面白い』のでしょうか?もしや私達だけの、内輪ノリになってしまっていたり、なんて……」
「うーむ、そればっかりは誰かに読ませて見ないことには、なんとも……」
ドドドドドドドド……
ガラガラガラッ!
「押忍!ヤエノムテキです!アルダンさん居られますかっ!?もしよろしければ、これからご一緒に走り……込みを……?」
「………………」
「………………」
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「おおお……なんという緻密な文体……ありありと触れ合う猫達の愛らしさが伝わってきて……か、可愛……!」
「ふふふ……良かったですね?このお話、ちゃんと面白いみたいですよ?」
「猫の描写のところは、アルダンが書いたでしょ?アルダンの手柄だよ、ここは」
「ふふふ、独り占めはよくありませんから、ね?」
目を輝かせながら、原稿用紙を何度も何度も捲り上げるヤエノムテキ。と、胸が高鳴る僕とアルダン。自分の作り上げたもので人に喜んでもらえるのが、まさかこんなに嬉しいことだなんて……なんともご機嫌に、小さなハイタッチを求めてくるアルダンに、僕も小さく応え……
「いやはや、恐れ入りました!本当に読み応えがあって面白いですね、この『エッセイ』!」
「えっ?」
「えっ?」
「……えっ?」