メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
※2025/2/11開催 CC福岡61にて頒布予定のメジロアルダン×男トレ小説短編集
2nd ALBUM
『空想』
より、書き下ろし新作『POP SONG』の冒頭試し読みとなります。
POP SONG 試し読みver.
国境の長いトンネルを抜けると、『空想』であった。
目の前にかかる石畳の、豪華絢爛な橋の下にはマグマの川が轟々と音を立てながら流れ、僕の往く道を灼熱に照らしている。空は荒れ果て、まるで巨木の如き稲光が怒号のように大地に降り注いでいる。
足元に転がる竜の頭蓋を蹴っ飛ばしながら、一歩、また一歩と、僕は歩みを進めていく。橋の向こう、灼熱を渡った先にある城門……その更に向こう側に悠然と聳え立つ、漆黒に染まった巨城を目指して。
「……!」
橋を丁度半分渡り終えた、その瞬間。目の前で僕の視界を立ち塞ぐ、堅牢な門構えがぎいぎいと音を立て始めた。棘だらけの門扉が大きく大きくせり上がり、黴臭い、濁りきった砂埃がもくもくと立ち上がって、思わず僕は、眉を顰める。
「来たぞ!『勇者』だぁーっ!全軍、突撃よぉーいっ!」
大蛇の皮のドラムが響き渡り、黒鉄のホルンが鳴り響く。扉の向こうから現れたのは、オークに骸骨、ゾンビにワイバーン、空っぽの鎧に、首の無い騎士。
ゆうに千や二千は下らない、魑魅魍魎の群れ群れが一様に、僕を狙ってその妖しげな瞳をぎらつかせてきたのだった。
「……今いくよ、『アルダン』」
地獄絵図のようなその様を、僕は果敢に睨み返し……そうして背中に携える、七色に輝く剣にゆっくりと手をかけた。
オリハルコンの盾を真っ直ぐに掲げて、ごくりと、唾を飲み込む。辺りは静寂に包まれ、遠くから響く雷鳴の音と、飛竜の群れの鳴き声だけが、僕の鼓膜を揺らしていた。
「全軍、突撃ぃーーーーっ!」
「いぃーーーっ!」
「イィーーーーーッ!」
山ひとつ程あろうサイクロプスの、その巨体からけたたましく発される、大号令。それを合図に、一斉に動き出す魔物たち。だが。
平原を越え、山を越え、雪原を越え海を越え、遠路はるばるやって来たこの僕にとっては、この程度、物の数ではないのであった。
「っ、はあぁっ!」
いよいよと、僕も剣を引き抜き、勢い任せにそれを空へと振り上げた。発せられる斬撃の、その風圧だけで骸骨たちがバラバラと崩れ去る。
「うぉぉおおおっ!」
「っ!来たぞっ!応戦!応戦だあぁっ!」
怯む魔物たちに、全速力で駆け寄る僕。ゴブリンの発する弓矢を易々と盾で弾き返し、その胴を、思い切り袈裟斬りにする。オークの槍も、ゾンビの爪も踊る様に躱して、一匹、また一匹とその身を刈り取っていく。
「そこまでだぁぁ!」
「!」
ミノタウロスの不意の突進を、盾で凌ぐ僕。が、隙を見計らったかのように、ワイバーンの火球が僕の身を焦がさんと襲いかかった。
「う、おらぁっ!」
「な、俺を踏み台にぃっ⁉」
その鋭利な角を受け流し、その巨体を踏みつけに、僕は宙に飛び上がった。翼を叩き切られたワイバーンが墜落し大爆発を起こすのを横目に、そのまま僕は、グリフォンと、大コウモリと、空飛ぶ魔術師を踏み台に空を進んでいく。
目指す場所はただ一つ、不気味に輝く巨城の中に囚われた……僕が生涯唯一、忠誠と『永遠』を誓った彼女、メジロ王国の姫君、『メジロアルダン』の元、である。
「調子に乗るなぁっ!」
「ふぐっ……⁉」
大砲の弾のように飛んできた棍棒を間一髪切り払い、その発射地点に目を向ける。周囲の魔物たちを蹴散らしながら猛スピードで突撃してきたのは、サイクロプスの、山ひとつあろうその巨躯であった。
「オラッ!墜ちろ!墜ちろぉ!」
「えっ?ひぎゃあーっ⁉」
「ぎょえーっ⁉」
周囲で怯んでいた魔物たちを、その分厚い岩盤のような手のひらで掴み取り、次々と僕に投げつけてくるサイクロプス。まるで弾幕のように飛んでくるそれらを、僕は律儀にひとつひとつはじき返す……が、このままではジリ貧である。
「仕方ない……うおおっ!」
「……⁉なんだ、この光はぁっ⁉」
盾を投げ捨てて、僕は左手に全神経を集中させる。僕の心臓から放たれる光の束が、じわじわとその光度を上げていく。正直、魔法はあまり得意な方ではないが……今は、これが最善手。
「うぉぉぉお!ギガディーーーーール!」
「っ!うぎゃぁぁぁぁああああっ!」
僕の腕から解き放たれた光の槍が、サイクロプスの心臓を一撃で貫いた。その螺旋状のエネルギーの奔流は瞬く間に地を駆け巡り、そして……
「うわっ⁉うわっ⁉やり過ぎた⁉」
広場の床はどんどん崩れさり、あちこちから間欠泉のようにマグマが吹き出してきた。上空を飛ぶグリフォンすらも焼き落とす程高く吹き上がる熱線に、魔物たちもひたすら逃げ惑い、城壁の中は混沌に包まれる。
「まずい!急がないと……!」
再び地に降り立った僕は、指揮系統も崩れ去った魔物の群れを掻き分けてひた進む。もう一度でいい、一瞬でもいい、愛する彼女の、その小さな柔らかい手に触れるために。
◆
「うあっ⁉じょ、場内に侵入!場内に侵入!直ちに応せ……ふぎゃっ⁉」
門番のガーゴイルをなぎ倒し、僕はとうとう、城の中へと殴り込みをかける。あちこちに転がる宝箱も、伝説の武器も、今の僕には必要なかった。
「アルダーン!どこだーっ!いたら返事をしてくれーっ!」
「……さん」
「!」
「トレーナー……さんっ!」
「アルダンっ!」
廊下の向こう側から、今にも泣き出しそうな、か細い声が響いてくる。幾星霜ぶりに僕の耳に届いたその声に、思わず涙ぐみそうになる目頭を抑えながら、僕はその場所へ、歩みを進めて……
「おっと、ここから先はこの『ダークネスフォース』が通しませんよ?」
「……!」
「フッヒャッヒャッヒャ!どうせ真っ先にここに来るだろうと読んでたぜぇ?バカ正直な勇者さんよぉ⁉」
「さあて……誰が一番に勇者を殺せるか、ここはひとつ、競走と行こうじゃないかい?」
「フン、フン!オデ、ゼンブ、ゼンブコワス……!」
「全く、血の気の多いおバカさん達だこと……ですが、まあいいでしょう。勇者の首、魔王様への手土産に……」
「どけぇーーーっ!」
「ぐえーっ!」
「ふぎゃーっ⁉」
「フンガーッ!」
「……えっ?あ、あなた達⁉」
立ち塞がる魔物を、急いで切り払って先へ進む。なにかしら話しかけられてたような気もするが、今はそんなものに構っている暇は無い。
「アルダン!アルダン……っ!」
「トレーナー……さんっ……!」
ようやく見えてきた、そのどこまでも広がる青空のような美しい髪。鉄格子に阻まれ自由を奪われたそれを、僕は早く、一刻も早く、解き放ちたかった。
「アルダン!来たよ!助けに……!」
「……トレーナーさん、どうして、どうして来てしまったのですか?こんな私を、こんな所まで助けに、なんて」
なおも彼女は、僕に背を向けたまま話し続けた。その右足に結ばれた鎖が小さく震えて、まるでひび割れた硝子のようなか弱い音を奏で始める。
「君に、会いたかったからだよ。帰ろう、お城に」
「……いやです」
「!」
「いやです、あのお城も……結局ここと同じなのです。身体の弱い私は、ずっとずっとお城の外に出して貰えませんでした。青空も、花畑も、窓から眺める全てが、まるで拷問のように私の胸に突き刺さるのです」
「……アルダン」
「だから、いいのです。あそこに帰るくらいなら、私はここで、誰にも迷惑をかけずに一人で死にたいのです。きっとその方が、お父様もお母様も、姉様だって、幸せでしょうから……」
「…………」
嘘、だ。彼女は今、自分の心に蓋をしている。
僕は知っている、彼女が本当は天真爛漫で、好奇心旺盛な娘である事を。僕なんかよりずっと物知りで、お節介焼きで……僕は今まで、彼女に数え切れない程の事を教わってきた。
だから今度は、僕が彼女に教える番だ。彼女の好奇心を刺激するような、素敵な事を、沢山。
「いいや、そんなことはないよ。君は、君は何にでも『変身』できる」
「……変身?」
「結構ね、凄いんだよ僕。君に憧れるただの村人だったこの僕が、旅を続けるうちにいつの間にか、『勇者』と呼ばれるようになってたんだ」
「貴方が、勇者に?……それは確かに、とっても予想外、ですね?」
「そうでしょ?でもそれだけじゃない、それまでの間に色々試したんだ。戦士になって斧を振ってみたり、武闘家になって武術を習ってみたり、魔法使いになって……まあ、これはあんまり上手くいかなかったんだけど、まあまあそれなりの魔法は、使えるようにはなったかな?」
「……それは、それは」
彼女に語りかけながら、これまでの道中をひた思い出す。何もかも一筋縄ではいかない冒険の旅だったけど、それでも。
「遊び人にもなってみたけど……うん、思った通りあんまり役には……ああ、でもちょっとポーカーが上手くなった!あとは……そうだ、鳥になって飛んだり、魚になって泳いだりもしたんだ。どれもこれも、凄く面白かった!」
「まあ、鳥さんに魚さん……?ふ、ふふふ……確かにそれは、本当に面白そうですね?」
「……だからさ、絶対アルダンだって、なんにでもなれるよ」
「…………」
「なんにでも、なろうよ、僕と一緒にさ。いっその事、お城になんか帰らなくてもいい。勇者の次は、魔王に変身して、今度は僕が君をさらってあげるから、さ」
それでも僕は、君に教えたい。この世界が苦しいばかりじゃない事を。楽しいことも、面白いことも、くだらないことも、バカバカしいことも。なんでも、なんだって『やってもいい』世界だということを。
「なんでも、教えてあげるよ。僕は君の『トレーナー』だもん」
そうだ、僕は彼女の『トレーナー』である。
何にどれだけ変身しようとも決して忘れたりしない。僕の、僕だけの、唯一、永遠に変わらないもの。
「さあ、行こうアルダン!」
「っ、ダメですっ!」
「あっ……アルダン……?」
「ダメです、貴方は……貴方は魔王に、なってはいけない」
「……そ、それは、どうして……⁉」
彼女は檻の中、ゆっくりと、自分の脚で立ち上がる。ようやく、ようやくこの瞳に収めることが出来た、彼女の姿。相変わらず美しい、まるで星空のような瞳に、輝く雪原のような白い肌……そして。
「それは、それは……それはっ……!」
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2nd ALBUM
『空想』
2025/2/11 release!!