メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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毎日、毎日、僕らはこんなかんじ。




Simple

「お疲れ様です、トレーナーさん♪」

「あら、お疲れ様、アルダ……ん?」

 

いつもの如く、おしとやかにトレーナー室の扉を開ける我が担当ウマ娘、メジロアルダン。これまたいつも通りの爽やかなシャボン玉のような香り、と、共に香ってきたこの香ばしい香りは……

 

「その箱は……何か、おやつでも買ってきたのかな?」

「あら、流石食いしん坊で有名なトレーナーさん♪」

「えっ、そんなことで有名なの僕?」

「ふふふ、勿体ぶるのもなんですのでお見せしましょう、じゃん♪」

 

僕の目の前で開かれた、質素な手さげのお土産箱。食欲をそそる暖かな蒸気に包まれながら姿を現したのは……立派な鱗に、躍動感溢れる尾ひれ。それと対照的な、なんとも言えないとぼけ面。すなわち。

 

「……あっ!たい焼きだ!」

「そう、たいやきくんです。つぶあんとカスタードが、二尾ずつ♪」

 

パリッとした生地がなんとも魅力的な『たい焼き』が四尾、箱の中お行儀よく、整列していたのだった。

 

「あー!もしかして、駅前に新しくできたあのたい焼き屋さん!?」

「その通り♪先日からずっと気になって気になって仕方がなかったので、授業終わりに一走り、行ってきたのです♪」

「いいなぁ……チラッと見たことあるけど、あそこのたい焼き直火焼の天然ものなんだよねえ……皮はサクサク、中モチモチで……」

 

既に頭の中に想像として浮かんできた、たい焼きの旨み、甘み……きっと一口頬張れば、ほくほくの熱量と共に小豆の上品な甘味が口いっぱいに広がって……

 

「ふふふ、トレーナーさんったら……いくら食いしん坊でも、私の分まで狙わないでくださいね?」

「そ、そこまで食いしん坊じゃ……って、あれ!僕も食べていいの!?」

「もちろん、そのためにふたつずつ、買ってきたのですもの♪」

「め、女神……!」

「ふふん♪」

 

まるで大漁旗を掲げた漁師、なんとも大胆不敵なアルダンのご尊顔とそれをを拝み倒す僕。午後三時を回った憂鬱な午後に、ちょうど糖分を欲していた僕の脳を通して見えた彼女の姿はまさしく神か仏のようであった。

 

「さーてさて、そうと決まれば早速一緒に食べよっ……」

「……!」

「……アルダン?どうかした?」

「いえ、いえ、なんでもありませんよ?」

「?」

 

……なんだろう、そんな彼女のご尊顔が今、微かに怪しげな笑みを浮かべた、ような、気のせいの、ような……?

 

「……では、僭越ながら私が『ご準備』いたしますので、トレーナーさんは座って待っていてください、ね?」

「……準備?」

 

 

──────────────

 

 

「ささ、では早速トレーナーさんから……どうぞ、お召し上がりください♪」

「い……いただき、ます?」

 

向かいの席からずずいと身を乗り出し、にんまりと笑みを浮かべるアルダン。彼女に促されるがまま手を合わせる僕。これまたなんともいつも通りの風景、けれども、思わず眉を顰めてしまったのは……

 

「あの、アルダン?」

「は、はい!なんでしょうか……?」

「……ええと、その」

 

僕の目の前に手際よく並べられた二尾のたい焼き。その下にご丁寧に敷かれた高級感溢れる真っ白な皿、そして

その両脇に添えられた、ピカピカと銀色に輝く美しい……ナイフと、フォーク。そう、ナイフと、フォーク。

 

「……トレーナー、さん?」

「あっ……えーと、そ、その、アルダンはさ?」

「は、はい!」

「…………」

 

たい焼きとは、普通手づかみで食べるもの……と指摘しようと、する、が。ぱっちりくりくりと輝く、アルダンの純粋な視線に……なんだか何も言えなくなる、僕。

どういうことだ?もしかしてアルダン、たい焼き食べるの初めてだったり、するのか?

 

「あ、アルダンは……たい焼き、どこから食べる派なの?」

「……はい?」

「ほ、ほら、よく言わない?頭からとか、しっぽからとか?」

「……そう、ですねえ?」

 

なんだか意外そうな表情を浮かべながら、顎に手を置き考えるアルダン。やがて、僅かばかり口角を上げながら、彼女は口を開く。

 

「やはり私は、胴体、でしょうか?」

「胴体?それは……結構珍しいね?」

「そうですか?お腹の部分、たっぷりと身が詰まっていて美味しいでしょう♪」

「身」

「トレーナーさんはいかがですか?」

「え、えーと、僕は普通に頭かな?」

「あら、確かに尾頭付きでめでたいですものね♪」

「尾頭」

 

食べた事がない、訳ではなさそうか……え?てことは何?メジロ家ではこれが普通なの?

恐る恐る、両手にナイフとフォークを携えてみる。見慣れたとぼけ面だが、こうして見るとまるで高級フレンチの魚料理みたいで、ちょっとだけ、緊張で額に汗が浮かんできた。

 

「…………」

「……ふふ♪」

 

え?これ、このまま食べるの?たい焼きを、ナイフとフォークで?

いや、しかしまあ、思えばパンケーキとか、そういうスイーツと同列だと考えれば全然おかしくはないのか……?いやでも、わざわざあんこを中に封入してある商品仕様的に、たい焼きとは間違いなく手づかみで食べる事を想定している食べ物なはず……でも、それは我々庶民の感覚であって、アルダンのような育ちの良いお嬢様の感覚としては……となると、わざわざ指摘するのも忍びないよな……でももしここで僕が指摘しないで、後々彼女が困ってしまうような事があれば……いやしかし、このお皿もカトラリーもわざわざアルダンが準備してくれたんだし、一度も使わずに突き返すなんて、そんなことは……

 

「……えいっ!」

「……!」

「そ、それじゃあ今日はアルダンに習って、お腹のとこから、食べてみよう、かな?」

 

僕は恐る恐る、そのこんがり焼けた小麦色の生地を刃で断ち切る。と、同時に、ぐるぐるとループを始めていた自らの良くない思考も、断ち切った。郷に入れば郷に従え。せっかくアルダンが買ってきて、準備までしてくれたたい焼きなのである。すなわちこのたい焼きは、アルダンのもの。アルダンの想定通りに口にしないと、それこそ一番失礼であろう。

 

「あ、あの、トレーナーさん?」

「いただきます!」

 

一口大にその身を切り分け、アルダン一押しのお腹の部分を口元に運ぶ僕。たっぷりと詰まった熱々のあんこにそっと息を吹きかけてから……ゆっくりと、舌の上に、乗せる……

 

「……!?」

「と、トレーナーさん?」

「……おいしい」

 

瞬間、僕の頭の中弾けた、閃光。

もちろん、この天然もののたい焼き自体の美味しさもある、のだが。

 

「ごめん、アルダン。その、僕庶民だからさ、最初はたい焼きをフォークとナイフで……なんて、少し戸惑ってたんだ、手づかみで良くないか?ってさ。正直に言えなくて、本当に、ごめんね」

「え、ええと、その、謝ることでは……」

「でも、そうか。そうだよね、アルダンがそんな、無意味な事するはずがない、よね」

「…………」

「美味しいよ、凄く……!手づかみで食べる時は、やっぱりたい焼き本体の熱さと、中身の不均一さがあって……まあ、それも美味しさの一部だとも思うけど。でも、こうやって切り分けて食べたらさ、ちゃんと冷ましてから口に運べる分、小豆の甘みをよりダイレクトに感じることができて、凄く合理的に、100%たい焼きの美味しさを楽しめるんだね?こんなこと、僕、知らなかったよ……本当に、君は凄いな……」

 

舌の上で優しくまろやかに溶け合っていく、生地とあんこの甘みに、思わず僕は、一口、もう一口とその身を口に運んでしまう。

手づかみで食べればどうしたって、その『熱』との戦いになってしまう……けれども冷めるとなんだか物足りない。そんなたい焼きを、こんなにまったりと味わえるなんて……言葉にならない感動を、なんとか彼女に伝えるべく僕は言語野を掻き回す。彼女のくれた糖分のお陰で、僕の頭は今、冴え渡っていた。

 

「んん、しっぽのところも美味しいなぁ……そうか、この方法だと頭からしっぽまで一直線に食べる必要も無いから、途中で食感の違いも楽しめるんだ……!」

「…………」

「……ちょっと待って?この方法だと調味料とか使っても手が汚れない……バターとか乗せてあんバターにするのもありか……?ねえアルダン、バターって冷蔵庫あったっ……け?」

「…………っ……っ」

「……アルダン?」

 

今まで目の前のたい焼きに向けていた熱い視線を持ち上げて、目の前のアルダンに向ける……と、そこで僕はようやく気がついた。なぜだか目の前のアルダンの顔もまた、たい焼きの如くほかほかと熱されていた、ことを。

 

「……冗談、です」

「へ?」

「その、冗談の、つもりだったのです……『食べ辛いよ!』とか、『手づかみで充分だよ!』だとか……その、そういった、ツッコミを、お待ち……して……いたの……ですが……」

「…………っ!?」

 

顔中を赤く染め上げながら、もじもじと話し始めるアルダンにつられて、僕の頬もどんどん熱を帯びていく。冗談?ツッコミ待ち?そんなことを、アルダンが……うん……全然、やりそう、だな……うん、うん……

 

「………………」

「………………」

「…………ふっ」

「ふ、ふふふっ……!あははっ!なんだそりゃ!」

「ふふっ!ふふふふっ!もうっ!どうしてそんなに私の言う事を真に受けてしまうのですか!?急に早口で語り始めた時は……本当に、どんな顔をしていいのか分かりませんでしたよ?」

「だ、だって、しょうがないじゃん!あー、メジロ家じゃ案外そんな感じなのかな?凄いなあメジロって……とか、思っちゃうでしょ!」

「もうっ、そんな訳ありませんよ?第一、わざわざあんこを中に入れてる時点で、手づかみで食べることを想定しているに決まってるでしょう?」

「いや……それも考えたけど……ふふっ……」

「ふふふっ、本当に、トレーナーさんのおとぼけさん……♪」

 

香ばしい香りに包まれながら、ゲラゲラと笑い合う僕ら二人、やっぱりこれもまた、いつも通りの愛おしい日常であった。

 

「……どれどれ……ん……!」

「……ふふ、どうかな?」

「……ふふっ、ふふ……確かに……これは間違いなく、バターが欲しくなりますね?」

「ね?そうでしょ?」

「たい焼きにこんな食べ方があっただなんて……また、教えられちゃいましたね、トレーナーさんに……♪」

「元々は、君が教えてくれたんだけどね?」

「あら、ではこれは、二人のお手柄ということで……♪」

「うんうん、手柄もアイデアも、綺麗にはんぶんこ……ね?」

 

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